注意:この作品は『ごめんなさい……』と表裏の関係になっている(予定の)作品です。
また拙作『大と並の境シリーズ』の設定を若干引き継いでいますが、読まなくても大丈夫に出来ています。
気になるようでしたら読んでいただけると幸いです。
『どうして私が!?』
マヨヒガ
ここは幻想郷であって幻想郷ではない曖昧な場所である。
そこには純和風な茅葺屋根の家が一軒あった。
その家の中のある一角の部屋に布団が敷かれている。
朝ということもあり東からの光が布団の中にいる者に目覚めのときを告げていた。
もぞもぞと緩慢な動きで布団の中にいる主がむくりと起き出す。
まだ眠たいのか何度も目をこすりぼーっと光の方を見ていた。
障子越しに映るのは空から何かが降っている影の跡である。
何度も降ってくる何かを見て、頭の中にエネルギーが回り始めたのかその目に生気が宿り始めた。
布団から抜け出し立ち上がって、彼女は深呼吸をする。
肺の中に広がるのは冷たい空気。
それを体で認識すると、静かに息を吐いた。
今の状況が分かり、彼女は自然と笑みを浮かべる。
あの季節がやってきたのだと。
ゆっくりと歩き出し、彼女は部屋から出た。
ぎしぎしと鳴る廊下を歩みだし、ある部屋に立ち止まった。
ふすまを開けるとそこはリビングに当たるのか、コタツとその上にみかんが用意されていた。
そう、今は冬なのである。
彼女はそのコタツの前に来て座りだした。
けれど足をコタツの中にいれず、両腕を組んだ上体で机の上におきその上にあごを乗せてコタツにもたれた。
ほうっと淡い息を吐き出し、ぼーっとしていた。
しばらくして襖が開いた。
コタツの前にいる彼女を見て、少し驚いた表情をした者がいた。
「おや。お目覚めですか?」
「ええ。もうそろそろ良い季節かなと思ってね」
「そうですか。実は今日辺りに目覚めるかと思いまして、貴方の朝食も用意できていますよ。御一緒にいかがでしょうか?」
「そうね。せっかく用意してもらったのだから頂こうかしら」
「畏まりました。レティ様」
「ふふっ。よろしくね、藍」
藍と呼ばれた女性はレティの前に朝食を並べた。
メニューはご飯に味噌汁、漬物、焼き魚であった。
質素ながらもつやつやなご飯を見ると食欲が湧いてくる。
藍はレティと自分そしてレティの対面の席に食事を並べてコタツの中に足を突っ込んだ。
食事の用意が寒かったのか、足を入れた瞬間に体が震えていた。
「おおげさねぇ」
「いえ。実際かなり寒かったですよ。手なんか真っ赤になりましたからね」
「あら、冷たそうね。ところで貴方のご主人様は?」
「もうそろそろ戻ってくる頃かと思いますが……」
そう言っているとレティの目の前にある障子が開いた。
そこには綺麗な黄金色をした髪を持つ女性が、パンパンと服をはたきながら雪を落としていた。
「あー寒かったわ。外は寒いわねぇ、藍」
「そりゃ、寒いでしょう。雪は降りますし、ついでにレティ様もお目覚めですから」
「あら、私はついでなのね」
寒い寒いと言いながらその女性も藍と同様にコタツに足を突っ込んだ。
「お目覚めのようね、レティ」
「ええ。大切な季節が来たので目が覚めちゃったわ」
お互いコタツの前にのめり出し、顔を近づけた。
「おはよう、レティ♪」
「おはよう、紫♪」
にっこりとした女性たちの笑顔は少女らしく愛らしさがあった。
そのまま楽しそうに手を絡ませあいながらお喋りをしていた。
「今回はちょっと遅かったんじゃないの?」
「ふふっ、たまには貴方が困る顔が見たくなってね」
「とか言いながら、本当はただ寝坊しただけなんでしょ」
「さぁ、それはどうかしら?」
意地悪ね、と言って紫はまた笑顔になった。
対するレティも笑顔が絶えない。
このままであればせっかく藍が用意した味噌汁も冷めてしまいそうだ。
「あの、紫様、レティ様。そろそろ朝食を頂いてくれませんか?まだ私にはやる事がありますので……」
「えー…ケチね、藍は……」
「そんなんだからまだ尻尾が八本なのよ」
「いや、それは関係ないかと思いますが」
とか言うものの、『大妖怪』である二人を前にして藍はこれ以上強く言うことが出来ず、恐縮してしまった。
その様子を見て二人は満足し合唱した。
「「いただきます!」」
「あ、い、いただきます…」
………
……
…
「あーおいしかったわ」
「そうね。今日はいつもよりおいしかったじゃない、藍」
「はい。今日はレティ様が目覚めると思っていつも以上に張り切らせていただきました」
照れた、けれどはっきりした笑顔で答える藍にレティは嬉しくなり頭をなでた。
藍もなでられて嬉しくなり、その表情のまま後片付けに取り組んだ。
満足した顔でレティは台所に向かう藍を見送った後、紫が声をかけてきた。
「これから、どうするの?」
「そうね……とりあえず目覚めの一発目と言うことで景気良く気温を下げてくるわ。目標は例年比の1.2倍で」
「あ、そう」
「何よ。冷たい反応ね」
「だってレティだし。熱い反応よりかマシでしょ」
「それもそうね」
先ほどまで食事をしながら絶え間なく会話をし、また時には手を握り合うなど傍から見て、熱かったのだが…
とりあえずレティはくすくすと笑いながら紫とまたしゃべっていた。
「ま、そういうわけだからちょっと行って来るわね」
「うん、ま、ほどほどにね……」
「ええ、ほどほどに」
そう言ってレティは玄関に向かった。
何年来の変わらない会話だったが、紫の寂しそうな声を見逃さなかった。
その時レティは、直ぐに出て行くことを寂しくなったんだろうな、と思うにとどまった。
玄関から出るとレティを迎えるように雪が吹き込んできた。
その場でもう一度深呼吸をすると今の寒さに満足した。
地面から足が離れふよふよと漂い始めた。
『行き先は人里近く』
景気良く寒くしようといたずら心を孕ませたレティは、先の紫のことが頭の片隅に追いやられていた。
◆◆◆
「あー楽しかった」
人里近くで思いっきり寒気を与えた彼女はとても満足した。
今日行ったことは偶然自分の前を通り過ぎた男の足を、つま先から徐々に凍らせていったことであった。
それを見た男は恐怖に慄き、助けを叫びながらうずくまってしまった。
ひとしきり観察した後は開放してあげた。
男はほうほうと人里に戻っていった。
今年もここに冬の妖怪レティ、健在と言わんばかりのデモンストレーションであった。
「ふふっ、それにしても大の大人がなさけないわね~。あれくらいで驚いてちゃ、物足りなかったわ」
その言葉通りレティはそれで満足することはなかった。
人里周囲の雪の量を増やすことでちょっとしたバリケードを作ったのだ。
本来守るはずの役目であるバリケードがレティにかかれば囲い込みに早代わりであった。
困った人間は数人がかりで除雪に取り組んだが一向に雪は収まることはなかった。
レティは困った或いはあせった表情の人間たちの様子に満足し、雪の量を少なくしていたずらを終えたのであった。
「ま、でもやっぱり人間はこうでなきゃね」
そう言ってレティは勢い良く地面に倒れた。
仰向けで見た空からはレティの子供と言ってよいだろう雪がしんしんと降っていた。
笑顔のまま目を瞑り少し昔を思い出していた。
幻想郷ができる前はレティは外の世界でも今と同じことをしては冬の世界を満喫していた。
これは人間にとっては迷惑ではあるがレティにとっては意義のある使命であった。
冬は誰にでも平等に苦痛を与える季節である。
その苦しみを乗り越えると幸福と称しても良いぐらいの春がやってくる。
でもただ春を満喫しているようでは生命のメリハリが付かない。躍動感が湧かない。
そう考えたレティをはじめ冬をつかさどる生命達は冬で大いに苦しんでもらおうと考えた。
そうすれば彼らは春という季節に感謝を覚え、また1年間を、生命を滾らせながら生きていってくれるだろうと考えたのであった。
しかしそれはレティ達の勝手な考えである。
それを知らない人間たちは冬を司る者達の住処を暴いては退治をした。
もちろんレティも例外ではない。
幸いレティは他に比べると強力な能力ないし妖力の持ち主だった。
なので冬以外の季節に襲われても対処はすることは出来た。
それでも本来の力には程遠かった。
そんなある時多数の人間に襲われ、これまでかと思ったとき、彼女が助けてくれたのであった。
八雲 紫
当時から強力な妖怪として噂には聞いていた。
その彼女が手を差し伸べてくれた。
「来なさい。生きたいでしょ?」
それは大げさかもしれないがレティにとって神の降臨であった。
迷わず彼女の手を取り、スキマに逃げ込んだ。
それからしばらくは紫の世話になり今の幻想郷に案内されたのであった。
「そういうこともあったわね」
呟いたレティはゆっくりと目を開けまた空を見ていた。
あの時と同じ空。
ただ違うのは、昔は死にそうな季節であったこと、今は幸せな季節であること。
まだ幻想郷が誕生して五百年かそこら。
その間レティは外の世界でやっていたことを繰り返していた。
それが亡くなった他の者たちとの約束のためである。
それを紫に話したときは、
「それなら冬以外は私の家で寝なさい。それなら安全でしょう?」
そう言ってもらえたのでレティはマヨヒガに住んでいるのである。
突然むくりと起きだしたレティは後ろを振り向いた。
そこには人里とは真逆の方向にある一つの『山』。
そこはいまだ何も名前が付いていない。
穏やかな笑みを浮かべ地面から離れた。
………
……
…
しばらくしてレティは先ほど見ていた山のふもとに来ていた。
そこには誰も足を踏み入れていないのか足跡が見当たらない。
そのことに満足しゆっくりと足を踏み出そうとして、やめたのであった。
「…………」
少しの間考えまた浮かび上がった。
そのまま頂上を目指すことになった。
………………
頂上にはたくさんの雪が積もっていた。
その道中もすごかったのだがやはりここには適わない。
レティは一本の杉の木に座った。
そこから人里のある方向を見渡した。
それは絶景であった。
山から見渡した雪原はまるで白い海のようであった。
そしてぽつんと遠くにあるのは島を模した人里である。
気分は船のマストにいる見張り役であった。
このような見張り役は贅沢だろう。
残念なのは今日の空が暗いことである。
「いつ見ても良いわね」
レティはここから見る景色が一番のお気に入りであった。
気分がよくなるといつもここに来ていた。
この絶景を誰にも邪魔されたくないし、誰にも見せたくなかった。
だからここには誰も近寄らせたくはなかった。
なので紫に無理言って誰も入らせないように頼んだこともあった。
それくらいレティはこの場所が好きであった。
そしてこの山と友人の紫を愛していた。
永遠に続くかと思われたこの時間も終わりを告げていた。
レティはゆっくりと立ち上がりマヨヒガに帰ったのであった。
◆◆◆
「お帰りなさいませ、レティ様」
「ただいま、藍」
玄関を開けるとそこには食器を持った藍の姿があった。
軽く雪を払ってレティは家に入った。
「今から晩御飯を用意しますので、少々お待ちいただけますか?」
「わかったわ。紫は?」
「ふふっ、茶の間でごろごろしてますよ」
「猫ねぇ」
「猫です」
お互いごろごろしている紫を思い浮かべ、クスッと笑った。
レティは部屋に入るなり、
「………猫ね」
「にゃ~♪」
体を寝転んだままごろごろしていた紫を見て呟いた。
一鳴きした紫は止まってレティを見た。
「遅かったわね。晩もいらないのかと思ったわ」
「ごめんね。ちょっと気が乗っちゃってね」
そう話しながらレティはコタツの前に座った。
朝と同様足を入れていない。
紫もコタツの前に戻ってきた。
こちらは足を入れ、暖を取っていた。
「どうだったかしら、久々の外は?」
「そうね、とても満足したわ」
それでね、とおしゃべりしながらレティと紫はご飯を楽しく待っていた。
しかしそれは今日あったことを一方的に話すレティだけであった。
時折寂しそうな表情を見せていた紫には気づかなかった。
………
……
…
「明日暇かしら?」
ご飯も終わりゆっくりと消化が始まる頃にレティが紫に声をかけた。
「え?そうね、暇と言えばいつも暇だわ」
「それなら都合が良いわ」
ぽんと軽く両手を合掌したレティの顔には楽しそうな表情を浮かべていた。
「明日紫にちょっと付き合ってほしいのよ」
「どこ?デートのお誘いかしら?」
「ふふっ、その通りよ。場所は着いてからのお楽しみね」
「分かったわ」
それから二人は寝るまでしばらくの間、まったりとした時を過ごしていた。
◆◆◆
「場所ってここ?」
「ええ、そうよ」
翌朝、昨日とは違いどんよりとした雲はなりを潜め、雪も降っていなかった。
紫を誘ったレティは昨日と同じ場所に来ていた。
「この山って前に私に頼んだ場所よね」
「そうよ」
レティはにっこりとした表情で答えた。
そして紫の手を取り、歩き始めた。
「さぁ、登りましょう、紫」
「登るの?飛ぶんじゃなくて」
「それでは情緒がないわ。せっかく誰も足を踏み入れていないから価値があるのよ。私ね、紫と一緒に足跡を付けようとして昨日は我慢したんだから」
「そう言えば、昨日そう言っていたわね」
「ならわかったでしょう」
「そうね」
納得した紫と一緒にレティは足を山に踏み入れた。
シャクッと小気味の良い音をたてた足音は二人を満足させた。
そしてまた一歩と二人は足を中に踏み込んでいった。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
「川があるわね」
歩き始めて大体三合目辺りだろうか。紫はふと目を横に向けると一本の小川が流れていた。
「奥の方にはもっと大きな川があるわ」
何度も足を運んだ事があるレティはどこに何があるか把握しているつもりだ。
一方の紫はレティに頼まれて以来、山に足を運んだ事がなかったのでよく分からなかった。
「河童が住めそうな場所ね」
「そうね…」
なんで他の妖怪を話すのだろうとレティは思った。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
「何か大きな音が聞こえるわ」
六合目付近で、どどどっと何か地響きのような音が聞こえた。
「さっき話した川があるでしょ。その川を作る滝があるのよ」
「へぇ~」
「その滝には秘密があってね。裏には窪地があるのよ。見つけたときには驚いたわ」
その時のことを思い出しながらレティはちょっと興奮気味に紫に話しかけていた。
「他には何かないかしら?」
「そうね……この山、木が多いでしょ?実はね滝の頂上部の向こうにはこの辺り以上に背の高い木がたくさん生えているの。群生林と言うものね」
「そう…」
考え中なのか、立ち止まった紫をレティは不思議そうに見ていた。
できれば早く上に行きたいと考えていたら、
「やっぱり彼らには丁度良いかも……」
小声で聞こえた彼らとは誰、とレティは思った。
まだ手を握っている紫はぶつぶつ呟きながら歩き始めた。
それを見てレティも歩き始めた。
心の中に言葉には言い表す事が出来ない辛い気持ちが浮かび始めていた。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
登ること一刻。
二人はついに頂上に到着した。
「やっと着いたわね」
「そうね」
まだ何か考え事なのか、紫の反応は少しそっけなかった。
レティは少しむっとしたけど、『あの光景』を見せればもっと良い反応をしてくれるだろうと思って気分を変えた。
「紫。ついて来て」
そう言ってレティふわりと浮いた。
紫もそれに習い地面から離れた。
二人が止まったのは一本の杉の木の枝。
この前レティが座っていた場所であった。
そしてレティはある一点を指差した。
「ほら、見て」
「…………うわぁ」
紫は心底驚いていた。
そこには昨日、レティが見たのとは違った光景が眼前に広がっていた。
時刻は日が沈む手前。
空では闇が陽光を塗りつぶそうと勢力が広げていた。
一方地面に目を向けるとまだ陽光の世界が広がっている。
そして地面と交わる一点で太陽が直視できないほど輝いている。
その為雪の海はオレンジ色に輝いていたのであった。
「どうかしら?」
「…言葉が出ないわ。これほどに自分の口下手が口惜しくなったことなんてないわ」
よく言うわね、と肩をすかしながらもレティは満足した。
紫の驚いている顔を尻目にまた彼女もその光景を見た。
初めてみた時と変わらない感動が蘇ってくる。
「貴方がここを誰にも入れさせたくない気持ちがよく分かったわ」
「でしょ!私は誰にもここを邪魔させたくないの。もちろん紫は除いてね。今日まで一緒に見る機会を取っておいて良かったわ」
嬉しそうにレティは話す。道中とは違う紫の反応が見れたからだ。ここにつれてきて正解だと思った。
だからレティは彼女の本当の表情を見過ごしていた。
意外にも紫は正反対な表情を浮かべていたのであった。
「だからこそ……他のものと共有すべきね」
レティに悟らせないように一人つぶやいていた。
太陽がレティに気づかせるように一際輝いた。
◆◆◆
二人が山登りをしてから数週間。
ある日、レティは前のように一人で山に来ていた。
あれ以来レティは人里で悪戯をしたり、マヨヒガでぼーっとしたりして過ごしていた。
なんとなくそうして居たかったからだ。
久しぶりに山まで登ろうと麓まで来るとそこには『足跡』があった。
「…………」
おかしいと思った。
あれ以来山には登ってはいないので足跡があるはずがなかった。
もちろん、初めて登ったときからその間も何度も雪が降ったので前の足跡はつぶれている。
「誰かしら……?」
低い声を自然と発したことにレティは少し自分でも驚いたが、それよりも足跡が気になった。
(誰が入ったのかしら?)
彼女の周りに風が渦巻く。
その風は雪の妖怪としての寒気が、『大妖怪』としての畏怖が渦巻いていた。
「ちょっと懲らしめておきましょうか」
そう言って誰かの足跡を潰すように、山へ足を踏み入れていった。
そのとき、レティは本当に懲らしめるつもりであった。
………
……
…
山にはいって幾らか登った後、一本の川に出た。
そこには複数の足跡があった。
どうやら一人ではなく集団でいるらしい。
きょろきょろと見回してみるが誰もいない。
しかし気配はある。
(適当に攻撃してみようかしら)
そう思うがむやみにこの山を傷つけるのは彼女の本意ではない。
なので手を引っ込めた。
仕方がなくレティは更に足を進めていった。
彼女が通り過ぎた後、ぱっと見ては気づかない陽炎がいくつも立っていた。
レティが完全にいなくなったと分かったら、いっせいに陽炎が消え、代わりに現れた河童たちがおしゃべりをして彼女を見送った。
…………………
レティは轟音が唸る滝の前に来ていた。
天から降りているかのような高さから降ってくる滝はずっと見上げていると首が痛くなるが、レティはじーっとみていた。
そこには黒い汚れが一つ。
その汚れがだんだんとでかくなる。
レティに近づいてきたそれはなんと天狗であった。
「…………」
「…………」
一言も発さずお互いが相手の様子を伺っていた。
天狗の風体からは鴉天狗であろう。
静寂の均衡を破るように威厳のある声で警告した。
「ここから先は天狗の住処だ。痛い目に会いたくなければ立ち去るが良い。今なら見逃してやろう」
威圧感がある天狗の警告はレティを驚かせた。
ナニヲイッテイルンダ、コイツハ?
テングノスミカダト?
レティは彼の発した言葉に怒りがこみ上げてきた。
目を細めその心を射るかのように冷たい目を向けた。
「なかなか面白い冗談ね。天狗の住処?天狗はユーモアと言う言葉を知らない堅物な妖怪だと思ったのにね」
「…………」
「邪魔よ、鳥頭風情が!!!」
「!?貴様!!!」
侮辱された鴉天狗は持っていた扇子で吹き飛ばそうと振りかぶった。
しかしその一瞬に天狗は氷の彫刻に成り代っていた。
レティは彼の横を通り過ぎた時、聞こえもしないのに言葉を投げかけた。
「永久に眠りなさい」
音もなくその氷像は砕け散り、雪に帰っていった。それをバックにレティは俯いた。
フーッと長いため息をついたレティは顔をゆっくりと見上げた。
そこには無数の天狗が群がっていた。
先ほどの所業に怒りを覚えているのか、殺気が辺りに渦巻いていた。
天狗は仲間意識が高い妖怪である。
その為、仲間が傷つけられると直ぐに駆けつけて来るのが特徴である。
特に今回は殺されたと言うこともあって、空は黒の世界で覆われ始めていた。
軽く腰に手を添え、呆れたようにレティは言った。
「来なさい。残らず葬ってあげるから」
言葉と同時に比較的レティに近くにいた天狗達が凍りついた。
そのことに天狗達は驚き、壊されていく光景にまた驚いた。
「『アイシクルエンド』。気づかないうちに貴方たちは私の巣に閉じ込められていたわけね。たっぷり愛してあげるからね♪」
指を唇に当て、目が合った一匹の天狗に投げた。天狗は場違いにも不意に見惚れてしまった。瞬間にその天狗は凍りつき、無残にも砕かれてしまった。
彼女の愛は氷のように冷たかった。
………
……
…
レティが暴れ始めて幾ばくか。
天狗の数は最初に比べて4分の1減らされたところで、一際大きな妖気が辺りを漂っていたことに気づいた。
その源に目を向けると一匹の天狗が川の頂上からレティを見下ろしていた。距離にしておよそ10メートル前後。
レティはじーっと見すぎた所為か目が乾いたので瞬きをした。目を開いたときには1メートル近くまでいた。それに驚き後退して距離を開けた。
「これ以上同胞に手を出すな!」
凛とした声は辺りに静寂をもたらした。どの天狗もその天狗を見ていた。
その視線は歓喜の様である。天狗達の空気には希望が広がっていた。
それを面白く思わない者がいる。
「突然出てきて、あなたは誰なのかしら?」
レティはその天狗を睨んだ。
良く見ると女性の天狗であった。長身な背丈は可愛いと言うより、綺麗或いはかっこいいが当てはまるだろうと思った。
「私は天魔。天狗を統べる者である」
「天魔……ね」
これは厄介だと思った。天魔と言えば、スピードは幻想郷一で妖力自体もかなりのものだと聞く。勝てない相手ではないが負かすことも難しいと思った。冷静に彼女を観察していた。
そこでふと思った。
何故天狗がここにいるのだろうか。
そもそも天狗は天狗自体の住処が別の場所にある。
それは人里近くの集落であった。
なんでもいつの間にかそこに住み着くようになり、そこから勢力を拡大していたと言う。
時々人間を襲うこともあったが、大抵は人間との仲はそれほど悪くはないと聞いた事があった。
「どうした、冬の妖怪。私は名乗ったぞ」
「……ええ、そうだったわね」
とりあえず今はそんなことを考えている場合ではないことを思い出した。
とりあえず、天魔をのしてからここに来た理由を聞き出そうと思った。
「とりあえず、私のことは知っているようだから、名乗らなくてもいいわね」
「ああ、結構だ。とりあえず、冬の妖怪よ、ここでお前は終わりだ」
「あら、物騒ね」
「同胞たちの仇。その身をもって後悔しろ!」
「出来るものならやってみなさい!群れるしか能がない駄妖怪が!」
身を凍らせる寒気を伴った氷風と家をも吹き飛ばす突風が邂逅した。
………
……
…
天狗達はこの場から立ち去りたかった。
理由はこの辺りに渦巻く『風』のせいである。
風と言えば天狗にとっては頼もしいパートナーと言っても過言ではない。
それだけ彼らにとって生活に密着した存在であった。
しかし今は違う。
「さぁどうかしら、天狗」
「そんなもの微風に過ぎないな」
微風だって?そんな馬鹿な事があるか、とここにいた天狗全員が天魔に突っ込みを入れていた。
レティと天魔の闘いは熾烈であった。
辺りを省みないレティのオールレンジな寒気は天狗と言わず木々や滝、川ですらうっすらと凍りつかせていた。
そして天狗達を守るように天魔は気流、突風、竜巻を繰り出して寒気を吹き飛ばしていた。
しかしこの風が並の天狗以上の妖力を孕んでいたので天狗にさえ害を与えていた。
天魔はそれを分かってはいたが、レティの攻撃に比べれば被害は少ないほうだと確信している。そしてそれを分かっているからこそ天狗達は天魔に何も言わないでいた。
だからこの戦闘空間から離れたかったが、風が右へ左へ、上へ下へともう気流が読めないほど乱れていたので動くに動けないのだ。
もちろん周りでさえこういう状況なのだ。
無差別な風の中で戦っている二人の被害は相当なものである。
レティはかまいたちに斬られたような傷が無数にあった。
そこから滴る血は彼女の白い服を赤く染め上げていた。
天魔の方は傷と言うものはあまり見当たらない。
代わりに凍傷の痕であったり、翼や体の一部は寒気によって凍り付いていた。
そのために現状はレティが有利に動いていた。どうしてレティが有利か?
天魔の武器はスピードである。
誰よりも早いと言うことを自他共に認めていた。
幻想郷最速を生み出すのはこの漆黒の大きな翼である。
広げられた翼はまるで大地を闇で覆わんと言うほど力強さがあった。
しかし凍らされた翼は天魔に氷の重みを与える。
そのために本来のスピードが出せないでいた。
「重そうね、その氷。砕いてあげましょうか?」
「結構。これくらい同胞たちに比べれば軽いものだ」
既に体の半分まで凍った天狗たちも居た。
彼らは身に耐えられないほどの重石を載せられたので、その重さを利用して地面に降りようとしていた。
しかし風がそれをさせてはくれない。重いから落ちるのにそれが出来ずに宙ぶらりんの状態でいるのが大半であった。
このときばかりは天狗達も風が憎らしく思えた。
そのような状況なので、天魔は攻めあえいでいた。
現状を打破する有効な案が思いつかないからだ。
いや、正確にはあった―切り札が―。しかしそれを出すための条件が整っていない。
レティはそれほど動きが俊敏とは言えない(天狗に比べれば)。それでも並の妖怪よりは早い。
だから切り札を使いたいが、当てれるかどうかは確実性がない。
この時、翼が凍ってなければと栓もないことを思っていた。
レティの動きを一瞬でも止められればと。
一方のレティは寒気を駆使して常に攻撃し、またそれで風を防いでいた。
あともう少しで陥落するだろうと、しかし油断はしてはいけないと冷静に天魔を見つめていた。
彼女をここまで戦闘に駆り立てるのは山からの景色を取り戻すため。
大切な友人と見た『あの時』を取り戻すためである。
そのために邪魔となる障害は全力で葬る。
これは彼女の我侭かもしれない。
けれど譲れない気持ちであった。
「さて、そろそろ止めとさせてもらうわね」
「…………」
レティの周りに一段と高い妖気が集合してくる。
そして誰もが悟る。
天魔が潰えると。
周りの天狗達は彼女を助けようとするが寒気を纏う風のせいで動くに動けない。
天魔の方はまだこれだけの力があったのかと、当事者なのに第三者の視点でレティを見ていた。
「そうだ。その前に聞きたい事があったのよ」
「聞きたい、事?」
もう終わるかもしれないと感じていた天魔にとっては不意な言葉であった。
「貴方たちはどうしてこの山に入ったのかしら?ここは紫が誰も入らせないようにしていた管理地なのよ」
その目には答えろ、と強い気持ちが働いていた。
しかし天魔にはその目より気になるところがあった。
紫。
その部分が強調されて発せられたので天魔は気になった。
だから少しでもこちらに有利な方へ展開するように、慎重に言葉を選びながら紡いだ。
「……私たちは新しい住処を探していた」
「元の場所では駄目だったのかしら?」
「あそこは人里が近すぎる。私たち妖怪だけが住む地が欲しかった」
「魔法の森じゃ駄目だったのかしら?」
答えると直ぐに新たな質問が飛んでくるので天魔には考える時間が少なかった。
それでも場をもたせようと天魔は尚、言葉を紡いで言った。
「あそこは私たちには合わない。もちろん迷いの竹林もだ」
「そう。おとなしく人里近くにいるか、違うところに行けばこんな目にあわなかったのにね」
ようやく初めて質問じゃない言葉が投げられたので天魔は反撃の言葉を考えた。
そして考えた末の結論がこれだ。
「どうして貴方の方こそ紫殿の地にいるのだ?」
レティにとっては不意打ちであった。
主導権は握っていた。そして直ぐに潰すことが出来るくらい威圧もかけていた状況で質問が飛んでくるとは思わなかった。
しかも紫と言ったか。八雲ではなく。
「私はここが好きだからよ。それより馴れ馴れしく紫と言わないでくれるかしら」
天魔は有利に導くきっかけを掴んだと思った。
どうやらレティは紫に対して敏感である。なにか関係があるのかもしれないと。
とは言え直接は聞きにくいので周りから攻めることにした。
「申し訳ない。貴方が『紫』とおっしゃっていたので、つい私も釣られてしまった。それから失礼ながら、貴方が何故ここを好きなのか教えてくれないだろうか?」
「……貴方に関係があるのかしら?」
「私はもうじき貴方によってこの生を全うするだろう。しかしそれが気になってこのままでは地縛霊と化しこの場に留まるかもしれない。山が好きな貴方にはそれは好ましくはないだろう」
「……貴方の言う事も一理あるわね」
先ほどまで凛としていた天魔の様は美しくあったが、今は少し下手に出るようになっていた。
天狗と言うのは主としてそういう存在なのかもしれない。
とは言え他の天狗に比べれば凛々しくもあるので、台詞とのギャップがレティの心をその気にさせた。
それに地縛霊とは…例えがくだらなくもあり、面白くもあったことも彼女の心をこじ開けさせた。
「私はね、この山から見下ろす景色が好きなの。それは何物にも変えられない大切なものなの。だからよ」
「そう……」
その言葉を聞いて、天魔は賭けに出ることを決意した。
「そしてその光景を『紫』殿と見るのがお好きなんですね」
天魔はレティの怒りに触れた事が分かった。けれど何も攻撃してないので、まだ大丈夫だと信じた。
「実はある時、私たちの集落に『ある方』がやってきて私たちをここに導いてくれました」
「誰?誰かしら、そいつは?」
レティは気持ちを抑えられずにいた。何とか歯を食いしばりそいつの正体を聞き出そうと我慢した。聞いてからこいつを潰そうと思った。
妖力が更に高まった。辺りには獣のような咆哮が轟いていた。
天魔の前に手をかざし、いつでも葬れる準備をした。
「その方は私たちにここで自由に暮らせばよいとおっしゃりました。そして私たちと霧の湖に住んでいる河童と共に、新しい生活を作ろうとしました。これからはあの方に足を向けて眠ることなんて出来ないでしょうね」
「だから、誰なのよそいつは!?」
「幻想郷の管理人、八雲 紫です」
「!?」
レティは言葉に絶句した。
こいつを潰した後、馬鹿なことをした先導者も潰そうと考えていた。
それが、まさか……
レティは信じられずにいた。困惑していた。動揺していた。
顔はみるみると真っ青になり、天魔のことさえ眼中に入っていなかった。
それが天魔にとっては切り札を出す条件を築き挙げた。
「不意打ち御免。『無双風神』!!!」
「!」
天魔は凍りついた翼を目いっぱいに広げた。
みしみしと軋む音を立て、天魔も苦しそうな息を吐くがこの期を逃さずに一直線に向かった。
レティは音速をも超えた天魔の捨て身の突進に反応が出来ず、手で防ぐしか方法が取れなかった。
ぶつかった瞬間、この世のものとは思えない衝撃が手を、体を、頭を突き抜け山から追い出されてしまった。
………
……
…
場所は雪原。
天魔によって吹き飛ばされたレティは、距離にして元の場所から1キロメートル近くのところにいた。
体の自由が利かずいまだ衝撃が体中を駆け巡っている。
指一本動かすのでさえ、苦痛であった。
そう言えば一人で山を見に行ったときも寝転がっていたなと、仰向けのまま思い出した。
そこへ数名の天狗に支えられた天魔がやってきた。
天魔のほうも体があまり宜しくないのだろう。
口元は一文字に閉じられていたが表情が苦痛で歪んでいた。
「殺しなさい」
「……………」
か細く発せられたレティの声は、先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように消えていた。
レティの目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「どうして殺す必要がある?」
「ここにいる意味がなくなったからよ」
「……貴方の我侭に付き合うつもりはない」
「殺さなければ、いつか貴方を殺すわ。貴方だけじゃない、天狗も河童もこの山もね!」
「……その時は返り討ちにする。今回のようにな」
そう言って天魔は去った。
残されたレティはしばらく人目もはばからず叫んだ。
…………………
「宜しかったのですか?」
天満を支える大天狗が天魔に話しかけた。
「ああ。あれ以上制裁する必要もない」
「天魔様がそうおっしゃるのであれば私は何も言いません」
それっきり本当に大天狗何も言わなくなった。
代わりに後ろから付いてくる鴉天狗が文句を言った。
「私は悔しいです。あいつのせいで仲間がやられました。なのにどうして?」
小さな体は人間で言うと十もいかない年齢だろうか、その天狗は両手をぶんぶんと振り回していた。天魔の行動に納得が出来ないのだろう。
「ふふっ、確かに。お前の言う通りかもしれない」
後ろを振り向いた天魔はあやすように鴉天狗に言い聞かせた。
「実はな、私たちは罪人なのだ。罪人が大手を振って、罪人に罪を与えられるはずがない。だからあれ以上、手出しはしてはいけないのだよ」
「罪人?」
鴉天狗はぽかんとした表情浮かべ、天魔の目を覗いていた。言っている意味が分からず真意を覗こうとしているのだろう。
「そうだ。あの妖怪は我侭だ。ただし友を思っての我侭だ。そして私も『あの方』に我侭を言った。私も仲間を思っていたからだ。だから罪人なのさ」
難しいかなと苦笑して天魔は鴉天狗の頭を手でぐりぐりした。
「難しいのだよ、中立に生きるって。『あの方』はそれを良くやっているよ。だから頭が上がらない」
「中立、ですか…」
「そう。もしおまえが中立という意味が分かったら、私の『無双風神』をくれてやろう」
「本当ですか!?」
鴉天狗は目を輝かせて天魔を見つめた。
その表情を見て嬉しくなり、また頭をなでた。
「ああ、もちろんだ」
「なら私いっぱい勉強しますね。それからいっぱい修行します。それから、それから……」
分かった、分かったといって天魔達は山へ戻っていった。
その日から、天狗や河童はそこで独自の社会を作り上げた。
彼らはここが自分たちの故郷だと他の者に認識させるため、山を『妖怪の山』と名づけた。
また後にこの鴉天狗はある意味中立に生きるようになった。
人間にも深く、妖怪にも深く、万遍に関わるように……
◆◆◆
しばらく叫んでいたレティはゆっくりと体を起こし帰路に着いた。
衝撃は収まり始めたとは言え、まだ体が軋む。
冬の妖怪なのでここで休んでいても死ぬことはないが、それでもマヨイガに行きたかった。
引きずる足は雪道に蛇のような通り道を作る。
寒さとは無関係に震える左腕を右手でぎゅっと握った。
長い長い家路。
これほど遠いと思ったことは今までなかった。
それでも歩みは止めなかった。
辛そうにはく息は壊れかけの玩具の様であった。
ふと顔を見上げると傘を差した少女が立っているのが見えた。
会いたいと思った人物である。
レティはゆっくりと近づき、お互いの距離が手の届くところまで来た。
「天狗にあったわ」
「…………」
「こっちからケンカ売ったんだけどね………ふふっ……ご覧の通りよ」
「…………」
傘のせいでよく表情は見えずにいた。何も言わない彼女に怒りがこみ上げてきた。けれどそれと同時に悲しみが迫ってきた。さっきあれだけ泣いたのに……
「ねぇ……何か言ってよ………」
涙声が彼女の耳に通る。けれど何も反応を示さない。
「………ゆかりぃ~~……」
防波堤を破った涙がぽたぽたと降り積もった雪の上に落ちる。
落ちた涙はきらきらと輝いていた。
「どうして私が!?」
魂さえも震わすような叫びはそれでも彼女を動かすことはなかった。レティはそのまま紫に身を委ねる様に頭を紫の胸に押し付けた。とめどなく流れる涙は紫の胸に吸収されていく。これだけ痛切な気持ちをぶつけても、紫は反応を示すことはなかった。
それを見てレティは観念し、もと来た道を歩き始めた。
「もう貴方に会うことなんてないわ」
「…………」
「貴方の顔なんて見たくもない!!!」
「…………」
体が万全であればもっと早く立ち去れたのかもしれない。
レティはゆっくりと歩き、そして彼女の目には映らない程になった。
雪が激しく舞っていた。
後日
悲しみにくれていたレティは湖で偶然見つけた氷精とその仲間たちを率いて異変を起こした。
大量の雪や氷塊を幻想郷に突き刺し、また寒気を起こしてありとあらゆるものを凍らせていった。
人里が氷塊に潰され、山は抉られ、魔法の森や竹林は凍りつき、彼岸は雪で埋もれた。
この異変を解決すべく博麗の巫女、八雲 紫は退治に向かったが、実際はほとんど博麗の巫女によって解決された。八雲 紫は後処理に奔走した。
幸い死者は出なかったものの二次災害がひどく、幻想郷の環境、自然は大きく壊された。
一人の妖怪が起こしたにしては、あまりにも惨いことだったので、歴史の闇へと葬られた。
『幻想郷冬幻郷異変』
これが最初の異変として幻想郷の裏の歴史に刻まれた。
FIN………..
また拙作『大と並の境シリーズ』の設定を若干引き継いでいますが、読まなくても大丈夫に出来ています。
気になるようでしたら読んでいただけると幸いです。
『どうして私が!?』
マヨヒガ
ここは幻想郷であって幻想郷ではない曖昧な場所である。
そこには純和風な茅葺屋根の家が一軒あった。
その家の中のある一角の部屋に布団が敷かれている。
朝ということもあり東からの光が布団の中にいる者に目覚めのときを告げていた。
もぞもぞと緩慢な動きで布団の中にいる主がむくりと起き出す。
まだ眠たいのか何度も目をこすりぼーっと光の方を見ていた。
障子越しに映るのは空から何かが降っている影の跡である。
何度も降ってくる何かを見て、頭の中にエネルギーが回り始めたのかその目に生気が宿り始めた。
布団から抜け出し立ち上がって、彼女は深呼吸をする。
肺の中に広がるのは冷たい空気。
それを体で認識すると、静かに息を吐いた。
今の状況が分かり、彼女は自然と笑みを浮かべる。
あの季節がやってきたのだと。
ゆっくりと歩き出し、彼女は部屋から出た。
ぎしぎしと鳴る廊下を歩みだし、ある部屋に立ち止まった。
ふすまを開けるとそこはリビングに当たるのか、コタツとその上にみかんが用意されていた。
そう、今は冬なのである。
彼女はそのコタツの前に来て座りだした。
けれど足をコタツの中にいれず、両腕を組んだ上体で机の上におきその上にあごを乗せてコタツにもたれた。
ほうっと淡い息を吐き出し、ぼーっとしていた。
しばらくして襖が開いた。
コタツの前にいる彼女を見て、少し驚いた表情をした者がいた。
「おや。お目覚めですか?」
「ええ。もうそろそろ良い季節かなと思ってね」
「そうですか。実は今日辺りに目覚めるかと思いまして、貴方の朝食も用意できていますよ。御一緒にいかがでしょうか?」
「そうね。せっかく用意してもらったのだから頂こうかしら」
「畏まりました。レティ様」
「ふふっ。よろしくね、藍」
藍と呼ばれた女性はレティの前に朝食を並べた。
メニューはご飯に味噌汁、漬物、焼き魚であった。
質素ながらもつやつやなご飯を見ると食欲が湧いてくる。
藍はレティと自分そしてレティの対面の席に食事を並べてコタツの中に足を突っ込んだ。
食事の用意が寒かったのか、足を入れた瞬間に体が震えていた。
「おおげさねぇ」
「いえ。実際かなり寒かったですよ。手なんか真っ赤になりましたからね」
「あら、冷たそうね。ところで貴方のご主人様は?」
「もうそろそろ戻ってくる頃かと思いますが……」
そう言っているとレティの目の前にある障子が開いた。
そこには綺麗な黄金色をした髪を持つ女性が、パンパンと服をはたきながら雪を落としていた。
「あー寒かったわ。外は寒いわねぇ、藍」
「そりゃ、寒いでしょう。雪は降りますし、ついでにレティ様もお目覚めですから」
「あら、私はついでなのね」
寒い寒いと言いながらその女性も藍と同様にコタツに足を突っ込んだ。
「お目覚めのようね、レティ」
「ええ。大切な季節が来たので目が覚めちゃったわ」
お互いコタツの前にのめり出し、顔を近づけた。
「おはよう、レティ♪」
「おはよう、紫♪」
にっこりとした女性たちの笑顔は少女らしく愛らしさがあった。
そのまま楽しそうに手を絡ませあいながらお喋りをしていた。
「今回はちょっと遅かったんじゃないの?」
「ふふっ、たまには貴方が困る顔が見たくなってね」
「とか言いながら、本当はただ寝坊しただけなんでしょ」
「さぁ、それはどうかしら?」
意地悪ね、と言って紫はまた笑顔になった。
対するレティも笑顔が絶えない。
このままであればせっかく藍が用意した味噌汁も冷めてしまいそうだ。
「あの、紫様、レティ様。そろそろ朝食を頂いてくれませんか?まだ私にはやる事がありますので……」
「えー…ケチね、藍は……」
「そんなんだからまだ尻尾が八本なのよ」
「いや、それは関係ないかと思いますが」
とか言うものの、『大妖怪』である二人を前にして藍はこれ以上強く言うことが出来ず、恐縮してしまった。
その様子を見て二人は満足し合唱した。
「「いただきます!」」
「あ、い、いただきます…」
………
……
…
「あーおいしかったわ」
「そうね。今日はいつもよりおいしかったじゃない、藍」
「はい。今日はレティ様が目覚めると思っていつも以上に張り切らせていただきました」
照れた、けれどはっきりした笑顔で答える藍にレティは嬉しくなり頭をなでた。
藍もなでられて嬉しくなり、その表情のまま後片付けに取り組んだ。
満足した顔でレティは台所に向かう藍を見送った後、紫が声をかけてきた。
「これから、どうするの?」
「そうね……とりあえず目覚めの一発目と言うことで景気良く気温を下げてくるわ。目標は例年比の1.2倍で」
「あ、そう」
「何よ。冷たい反応ね」
「だってレティだし。熱い反応よりかマシでしょ」
「それもそうね」
先ほどまで食事をしながら絶え間なく会話をし、また時には手を握り合うなど傍から見て、熱かったのだが…
とりあえずレティはくすくすと笑いながら紫とまたしゃべっていた。
「ま、そういうわけだからちょっと行って来るわね」
「うん、ま、ほどほどにね……」
「ええ、ほどほどに」
そう言ってレティは玄関に向かった。
何年来の変わらない会話だったが、紫の寂しそうな声を見逃さなかった。
その時レティは、直ぐに出て行くことを寂しくなったんだろうな、と思うにとどまった。
玄関から出るとレティを迎えるように雪が吹き込んできた。
その場でもう一度深呼吸をすると今の寒さに満足した。
地面から足が離れふよふよと漂い始めた。
『行き先は人里近く』
景気良く寒くしようといたずら心を孕ませたレティは、先の紫のことが頭の片隅に追いやられていた。
◆◆◆
「あー楽しかった」
人里近くで思いっきり寒気を与えた彼女はとても満足した。
今日行ったことは偶然自分の前を通り過ぎた男の足を、つま先から徐々に凍らせていったことであった。
それを見た男は恐怖に慄き、助けを叫びながらうずくまってしまった。
ひとしきり観察した後は開放してあげた。
男はほうほうと人里に戻っていった。
今年もここに冬の妖怪レティ、健在と言わんばかりのデモンストレーションであった。
「ふふっ、それにしても大の大人がなさけないわね~。あれくらいで驚いてちゃ、物足りなかったわ」
その言葉通りレティはそれで満足することはなかった。
人里周囲の雪の量を増やすことでちょっとしたバリケードを作ったのだ。
本来守るはずの役目であるバリケードがレティにかかれば囲い込みに早代わりであった。
困った人間は数人がかりで除雪に取り組んだが一向に雪は収まることはなかった。
レティは困った或いはあせった表情の人間たちの様子に満足し、雪の量を少なくしていたずらを終えたのであった。
「ま、でもやっぱり人間はこうでなきゃね」
そう言ってレティは勢い良く地面に倒れた。
仰向けで見た空からはレティの子供と言ってよいだろう雪がしんしんと降っていた。
笑顔のまま目を瞑り少し昔を思い出していた。
幻想郷ができる前はレティは外の世界でも今と同じことをしては冬の世界を満喫していた。
これは人間にとっては迷惑ではあるがレティにとっては意義のある使命であった。
冬は誰にでも平等に苦痛を与える季節である。
その苦しみを乗り越えると幸福と称しても良いぐらいの春がやってくる。
でもただ春を満喫しているようでは生命のメリハリが付かない。躍動感が湧かない。
そう考えたレティをはじめ冬をつかさどる生命達は冬で大いに苦しんでもらおうと考えた。
そうすれば彼らは春という季節に感謝を覚え、また1年間を、生命を滾らせながら生きていってくれるだろうと考えたのであった。
しかしそれはレティ達の勝手な考えである。
それを知らない人間たちは冬を司る者達の住処を暴いては退治をした。
もちろんレティも例外ではない。
幸いレティは他に比べると強力な能力ないし妖力の持ち主だった。
なので冬以外の季節に襲われても対処はすることは出来た。
それでも本来の力には程遠かった。
そんなある時多数の人間に襲われ、これまでかと思ったとき、彼女が助けてくれたのであった。
八雲 紫
当時から強力な妖怪として噂には聞いていた。
その彼女が手を差し伸べてくれた。
「来なさい。生きたいでしょ?」
それは大げさかもしれないがレティにとって神の降臨であった。
迷わず彼女の手を取り、スキマに逃げ込んだ。
それからしばらくは紫の世話になり今の幻想郷に案内されたのであった。
「そういうこともあったわね」
呟いたレティはゆっくりと目を開けまた空を見ていた。
あの時と同じ空。
ただ違うのは、昔は死にそうな季節であったこと、今は幸せな季節であること。
まだ幻想郷が誕生して五百年かそこら。
その間レティは外の世界でやっていたことを繰り返していた。
それが亡くなった他の者たちとの約束のためである。
それを紫に話したときは、
「それなら冬以外は私の家で寝なさい。それなら安全でしょう?」
そう言ってもらえたのでレティはマヨヒガに住んでいるのである。
突然むくりと起きだしたレティは後ろを振り向いた。
そこには人里とは真逆の方向にある一つの『山』。
そこはいまだ何も名前が付いていない。
穏やかな笑みを浮かべ地面から離れた。
………
……
…
しばらくしてレティは先ほど見ていた山のふもとに来ていた。
そこには誰も足を踏み入れていないのか足跡が見当たらない。
そのことに満足しゆっくりと足を踏み出そうとして、やめたのであった。
「…………」
少しの間考えまた浮かび上がった。
そのまま頂上を目指すことになった。
………………
頂上にはたくさんの雪が積もっていた。
その道中もすごかったのだがやはりここには適わない。
レティは一本の杉の木に座った。
そこから人里のある方向を見渡した。
それは絶景であった。
山から見渡した雪原はまるで白い海のようであった。
そしてぽつんと遠くにあるのは島を模した人里である。
気分は船のマストにいる見張り役であった。
このような見張り役は贅沢だろう。
残念なのは今日の空が暗いことである。
「いつ見ても良いわね」
レティはここから見る景色が一番のお気に入りであった。
気分がよくなるといつもここに来ていた。
この絶景を誰にも邪魔されたくないし、誰にも見せたくなかった。
だからここには誰も近寄らせたくはなかった。
なので紫に無理言って誰も入らせないように頼んだこともあった。
それくらいレティはこの場所が好きであった。
そしてこの山と友人の紫を愛していた。
永遠に続くかと思われたこの時間も終わりを告げていた。
レティはゆっくりと立ち上がりマヨヒガに帰ったのであった。
◆◆◆
「お帰りなさいませ、レティ様」
「ただいま、藍」
玄関を開けるとそこには食器を持った藍の姿があった。
軽く雪を払ってレティは家に入った。
「今から晩御飯を用意しますので、少々お待ちいただけますか?」
「わかったわ。紫は?」
「ふふっ、茶の間でごろごろしてますよ」
「猫ねぇ」
「猫です」
お互いごろごろしている紫を思い浮かべ、クスッと笑った。
レティは部屋に入るなり、
「………猫ね」
「にゃ~♪」
体を寝転んだままごろごろしていた紫を見て呟いた。
一鳴きした紫は止まってレティを見た。
「遅かったわね。晩もいらないのかと思ったわ」
「ごめんね。ちょっと気が乗っちゃってね」
そう話しながらレティはコタツの前に座った。
朝と同様足を入れていない。
紫もコタツの前に戻ってきた。
こちらは足を入れ、暖を取っていた。
「どうだったかしら、久々の外は?」
「そうね、とても満足したわ」
それでね、とおしゃべりしながらレティと紫はご飯を楽しく待っていた。
しかしそれは今日あったことを一方的に話すレティだけであった。
時折寂しそうな表情を見せていた紫には気づかなかった。
………
……
…
「明日暇かしら?」
ご飯も終わりゆっくりと消化が始まる頃にレティが紫に声をかけた。
「え?そうね、暇と言えばいつも暇だわ」
「それなら都合が良いわ」
ぽんと軽く両手を合掌したレティの顔には楽しそうな表情を浮かべていた。
「明日紫にちょっと付き合ってほしいのよ」
「どこ?デートのお誘いかしら?」
「ふふっ、その通りよ。場所は着いてからのお楽しみね」
「分かったわ」
それから二人は寝るまでしばらくの間、まったりとした時を過ごしていた。
◆◆◆
「場所ってここ?」
「ええ、そうよ」
翌朝、昨日とは違いどんよりとした雲はなりを潜め、雪も降っていなかった。
紫を誘ったレティは昨日と同じ場所に来ていた。
「この山って前に私に頼んだ場所よね」
「そうよ」
レティはにっこりとした表情で答えた。
そして紫の手を取り、歩き始めた。
「さぁ、登りましょう、紫」
「登るの?飛ぶんじゃなくて」
「それでは情緒がないわ。せっかく誰も足を踏み入れていないから価値があるのよ。私ね、紫と一緒に足跡を付けようとして昨日は我慢したんだから」
「そう言えば、昨日そう言っていたわね」
「ならわかったでしょう」
「そうね」
納得した紫と一緒にレティは足を山に踏み入れた。
シャクッと小気味の良い音をたてた足音は二人を満足させた。
そしてまた一歩と二人は足を中に踏み込んでいった。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
「川があるわね」
歩き始めて大体三合目辺りだろうか。紫はふと目を横に向けると一本の小川が流れていた。
「奥の方にはもっと大きな川があるわ」
何度も足を運んだ事があるレティはどこに何があるか把握しているつもりだ。
一方の紫はレティに頼まれて以来、山に足を運んだ事がなかったのでよく分からなかった。
「河童が住めそうな場所ね」
「そうね…」
なんで他の妖怪を話すのだろうとレティは思った。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
「何か大きな音が聞こえるわ」
六合目付近で、どどどっと何か地響きのような音が聞こえた。
「さっき話した川があるでしょ。その川を作る滝があるのよ」
「へぇ~」
「その滝には秘密があってね。裏には窪地があるのよ。見つけたときには驚いたわ」
その時のことを思い出しながらレティはちょっと興奮気味に紫に話しかけていた。
「他には何かないかしら?」
「そうね……この山、木が多いでしょ?実はね滝の頂上部の向こうにはこの辺り以上に背の高い木がたくさん生えているの。群生林と言うものね」
「そう…」
考え中なのか、立ち止まった紫をレティは不思議そうに見ていた。
できれば早く上に行きたいと考えていたら、
「やっぱり彼らには丁度良いかも……」
小声で聞こえた彼らとは誰、とレティは思った。
まだ手を握っている紫はぶつぶつ呟きながら歩き始めた。
それを見てレティも歩き始めた。
心の中に言葉には言い表す事が出来ない辛い気持ちが浮かび始めていた。
シャクッ、シャクッ、シャクッ………
登ること一刻。
二人はついに頂上に到着した。
「やっと着いたわね」
「そうね」
まだ何か考え事なのか、紫の反応は少しそっけなかった。
レティは少しむっとしたけど、『あの光景』を見せればもっと良い反応をしてくれるだろうと思って気分を変えた。
「紫。ついて来て」
そう言ってレティふわりと浮いた。
紫もそれに習い地面から離れた。
二人が止まったのは一本の杉の木の枝。
この前レティが座っていた場所であった。
そしてレティはある一点を指差した。
「ほら、見て」
「…………うわぁ」
紫は心底驚いていた。
そこには昨日、レティが見たのとは違った光景が眼前に広がっていた。
時刻は日が沈む手前。
空では闇が陽光を塗りつぶそうと勢力が広げていた。
一方地面に目を向けるとまだ陽光の世界が広がっている。
そして地面と交わる一点で太陽が直視できないほど輝いている。
その為雪の海はオレンジ色に輝いていたのであった。
「どうかしら?」
「…言葉が出ないわ。これほどに自分の口下手が口惜しくなったことなんてないわ」
よく言うわね、と肩をすかしながらもレティは満足した。
紫の驚いている顔を尻目にまた彼女もその光景を見た。
初めてみた時と変わらない感動が蘇ってくる。
「貴方がここを誰にも入れさせたくない気持ちがよく分かったわ」
「でしょ!私は誰にもここを邪魔させたくないの。もちろん紫は除いてね。今日まで一緒に見る機会を取っておいて良かったわ」
嬉しそうにレティは話す。道中とは違う紫の反応が見れたからだ。ここにつれてきて正解だと思った。
だからレティは彼女の本当の表情を見過ごしていた。
意外にも紫は正反対な表情を浮かべていたのであった。
「だからこそ……他のものと共有すべきね」
レティに悟らせないように一人つぶやいていた。
太陽がレティに気づかせるように一際輝いた。
◆◆◆
二人が山登りをしてから数週間。
ある日、レティは前のように一人で山に来ていた。
あれ以来レティは人里で悪戯をしたり、マヨヒガでぼーっとしたりして過ごしていた。
なんとなくそうして居たかったからだ。
久しぶりに山まで登ろうと麓まで来るとそこには『足跡』があった。
「…………」
おかしいと思った。
あれ以来山には登ってはいないので足跡があるはずがなかった。
もちろん、初めて登ったときからその間も何度も雪が降ったので前の足跡はつぶれている。
「誰かしら……?」
低い声を自然と発したことにレティは少し自分でも驚いたが、それよりも足跡が気になった。
(誰が入ったのかしら?)
彼女の周りに風が渦巻く。
その風は雪の妖怪としての寒気が、『大妖怪』としての畏怖が渦巻いていた。
「ちょっと懲らしめておきましょうか」
そう言って誰かの足跡を潰すように、山へ足を踏み入れていった。
そのとき、レティは本当に懲らしめるつもりであった。
………
……
…
山にはいって幾らか登った後、一本の川に出た。
そこには複数の足跡があった。
どうやら一人ではなく集団でいるらしい。
きょろきょろと見回してみるが誰もいない。
しかし気配はある。
(適当に攻撃してみようかしら)
そう思うがむやみにこの山を傷つけるのは彼女の本意ではない。
なので手を引っ込めた。
仕方がなくレティは更に足を進めていった。
彼女が通り過ぎた後、ぱっと見ては気づかない陽炎がいくつも立っていた。
レティが完全にいなくなったと分かったら、いっせいに陽炎が消え、代わりに現れた河童たちがおしゃべりをして彼女を見送った。
…………………
レティは轟音が唸る滝の前に来ていた。
天から降りているかのような高さから降ってくる滝はずっと見上げていると首が痛くなるが、レティはじーっとみていた。
そこには黒い汚れが一つ。
その汚れがだんだんとでかくなる。
レティに近づいてきたそれはなんと天狗であった。
「…………」
「…………」
一言も発さずお互いが相手の様子を伺っていた。
天狗の風体からは鴉天狗であろう。
静寂の均衡を破るように威厳のある声で警告した。
「ここから先は天狗の住処だ。痛い目に会いたくなければ立ち去るが良い。今なら見逃してやろう」
威圧感がある天狗の警告はレティを驚かせた。
ナニヲイッテイルンダ、コイツハ?
テングノスミカダト?
レティは彼の発した言葉に怒りがこみ上げてきた。
目を細めその心を射るかのように冷たい目を向けた。
「なかなか面白い冗談ね。天狗の住処?天狗はユーモアと言う言葉を知らない堅物な妖怪だと思ったのにね」
「…………」
「邪魔よ、鳥頭風情が!!!」
「!?貴様!!!」
侮辱された鴉天狗は持っていた扇子で吹き飛ばそうと振りかぶった。
しかしその一瞬に天狗は氷の彫刻に成り代っていた。
レティは彼の横を通り過ぎた時、聞こえもしないのに言葉を投げかけた。
「永久に眠りなさい」
音もなくその氷像は砕け散り、雪に帰っていった。それをバックにレティは俯いた。
フーッと長いため息をついたレティは顔をゆっくりと見上げた。
そこには無数の天狗が群がっていた。
先ほどの所業に怒りを覚えているのか、殺気が辺りに渦巻いていた。
天狗は仲間意識が高い妖怪である。
その為、仲間が傷つけられると直ぐに駆けつけて来るのが特徴である。
特に今回は殺されたと言うこともあって、空は黒の世界で覆われ始めていた。
軽く腰に手を添え、呆れたようにレティは言った。
「来なさい。残らず葬ってあげるから」
言葉と同時に比較的レティに近くにいた天狗達が凍りついた。
そのことに天狗達は驚き、壊されていく光景にまた驚いた。
「『アイシクルエンド』。気づかないうちに貴方たちは私の巣に閉じ込められていたわけね。たっぷり愛してあげるからね♪」
指を唇に当て、目が合った一匹の天狗に投げた。天狗は場違いにも不意に見惚れてしまった。瞬間にその天狗は凍りつき、無残にも砕かれてしまった。
彼女の愛は氷のように冷たかった。
………
……
…
レティが暴れ始めて幾ばくか。
天狗の数は最初に比べて4分の1減らされたところで、一際大きな妖気が辺りを漂っていたことに気づいた。
その源に目を向けると一匹の天狗が川の頂上からレティを見下ろしていた。距離にしておよそ10メートル前後。
レティはじーっと見すぎた所為か目が乾いたので瞬きをした。目を開いたときには1メートル近くまでいた。それに驚き後退して距離を開けた。
「これ以上同胞に手を出すな!」
凛とした声は辺りに静寂をもたらした。どの天狗もその天狗を見ていた。
その視線は歓喜の様である。天狗達の空気には希望が広がっていた。
それを面白く思わない者がいる。
「突然出てきて、あなたは誰なのかしら?」
レティはその天狗を睨んだ。
良く見ると女性の天狗であった。長身な背丈は可愛いと言うより、綺麗或いはかっこいいが当てはまるだろうと思った。
「私は天魔。天狗を統べる者である」
「天魔……ね」
これは厄介だと思った。天魔と言えば、スピードは幻想郷一で妖力自体もかなりのものだと聞く。勝てない相手ではないが負かすことも難しいと思った。冷静に彼女を観察していた。
そこでふと思った。
何故天狗がここにいるのだろうか。
そもそも天狗は天狗自体の住処が別の場所にある。
それは人里近くの集落であった。
なんでもいつの間にかそこに住み着くようになり、そこから勢力を拡大していたと言う。
時々人間を襲うこともあったが、大抵は人間との仲はそれほど悪くはないと聞いた事があった。
「どうした、冬の妖怪。私は名乗ったぞ」
「……ええ、そうだったわね」
とりあえず今はそんなことを考えている場合ではないことを思い出した。
とりあえず、天魔をのしてからここに来た理由を聞き出そうと思った。
「とりあえず、私のことは知っているようだから、名乗らなくてもいいわね」
「ああ、結構だ。とりあえず、冬の妖怪よ、ここでお前は終わりだ」
「あら、物騒ね」
「同胞たちの仇。その身をもって後悔しろ!」
「出来るものならやってみなさい!群れるしか能がない駄妖怪が!」
身を凍らせる寒気を伴った氷風と家をも吹き飛ばす突風が邂逅した。
………
……
…
天狗達はこの場から立ち去りたかった。
理由はこの辺りに渦巻く『風』のせいである。
風と言えば天狗にとっては頼もしいパートナーと言っても過言ではない。
それだけ彼らにとって生活に密着した存在であった。
しかし今は違う。
「さぁどうかしら、天狗」
「そんなもの微風に過ぎないな」
微風だって?そんな馬鹿な事があるか、とここにいた天狗全員が天魔に突っ込みを入れていた。
レティと天魔の闘いは熾烈であった。
辺りを省みないレティのオールレンジな寒気は天狗と言わず木々や滝、川ですらうっすらと凍りつかせていた。
そして天狗達を守るように天魔は気流、突風、竜巻を繰り出して寒気を吹き飛ばしていた。
しかしこの風が並の天狗以上の妖力を孕んでいたので天狗にさえ害を与えていた。
天魔はそれを分かってはいたが、レティの攻撃に比べれば被害は少ないほうだと確信している。そしてそれを分かっているからこそ天狗達は天魔に何も言わないでいた。
だからこの戦闘空間から離れたかったが、風が右へ左へ、上へ下へともう気流が読めないほど乱れていたので動くに動けないのだ。
もちろん周りでさえこういう状況なのだ。
無差別な風の中で戦っている二人の被害は相当なものである。
レティはかまいたちに斬られたような傷が無数にあった。
そこから滴る血は彼女の白い服を赤く染め上げていた。
天魔の方は傷と言うものはあまり見当たらない。
代わりに凍傷の痕であったり、翼や体の一部は寒気によって凍り付いていた。
そのために現状はレティが有利に動いていた。どうしてレティが有利か?
天魔の武器はスピードである。
誰よりも早いと言うことを自他共に認めていた。
幻想郷最速を生み出すのはこの漆黒の大きな翼である。
広げられた翼はまるで大地を闇で覆わんと言うほど力強さがあった。
しかし凍らされた翼は天魔に氷の重みを与える。
そのために本来のスピードが出せないでいた。
「重そうね、その氷。砕いてあげましょうか?」
「結構。これくらい同胞たちに比べれば軽いものだ」
既に体の半分まで凍った天狗たちも居た。
彼らは身に耐えられないほどの重石を載せられたので、その重さを利用して地面に降りようとしていた。
しかし風がそれをさせてはくれない。重いから落ちるのにそれが出来ずに宙ぶらりんの状態でいるのが大半であった。
このときばかりは天狗達も風が憎らしく思えた。
そのような状況なので、天魔は攻めあえいでいた。
現状を打破する有効な案が思いつかないからだ。
いや、正確にはあった―切り札が―。しかしそれを出すための条件が整っていない。
レティはそれほど動きが俊敏とは言えない(天狗に比べれば)。それでも並の妖怪よりは早い。
だから切り札を使いたいが、当てれるかどうかは確実性がない。
この時、翼が凍ってなければと栓もないことを思っていた。
レティの動きを一瞬でも止められればと。
一方のレティは寒気を駆使して常に攻撃し、またそれで風を防いでいた。
あともう少しで陥落するだろうと、しかし油断はしてはいけないと冷静に天魔を見つめていた。
彼女をここまで戦闘に駆り立てるのは山からの景色を取り戻すため。
大切な友人と見た『あの時』を取り戻すためである。
そのために邪魔となる障害は全力で葬る。
これは彼女の我侭かもしれない。
けれど譲れない気持ちであった。
「さて、そろそろ止めとさせてもらうわね」
「…………」
レティの周りに一段と高い妖気が集合してくる。
そして誰もが悟る。
天魔が潰えると。
周りの天狗達は彼女を助けようとするが寒気を纏う風のせいで動くに動けない。
天魔の方はまだこれだけの力があったのかと、当事者なのに第三者の視点でレティを見ていた。
「そうだ。その前に聞きたい事があったのよ」
「聞きたい、事?」
もう終わるかもしれないと感じていた天魔にとっては不意な言葉であった。
「貴方たちはどうしてこの山に入ったのかしら?ここは紫が誰も入らせないようにしていた管理地なのよ」
その目には答えろ、と強い気持ちが働いていた。
しかし天魔にはその目より気になるところがあった。
紫。
その部分が強調されて発せられたので天魔は気になった。
だから少しでもこちらに有利な方へ展開するように、慎重に言葉を選びながら紡いだ。
「……私たちは新しい住処を探していた」
「元の場所では駄目だったのかしら?」
「あそこは人里が近すぎる。私たち妖怪だけが住む地が欲しかった」
「魔法の森じゃ駄目だったのかしら?」
答えると直ぐに新たな質問が飛んでくるので天魔には考える時間が少なかった。
それでも場をもたせようと天魔は尚、言葉を紡いで言った。
「あそこは私たちには合わない。もちろん迷いの竹林もだ」
「そう。おとなしく人里近くにいるか、違うところに行けばこんな目にあわなかったのにね」
ようやく初めて質問じゃない言葉が投げられたので天魔は反撃の言葉を考えた。
そして考えた末の結論がこれだ。
「どうして貴方の方こそ紫殿の地にいるのだ?」
レティにとっては不意打ちであった。
主導権は握っていた。そして直ぐに潰すことが出来るくらい威圧もかけていた状況で質問が飛んでくるとは思わなかった。
しかも紫と言ったか。八雲ではなく。
「私はここが好きだからよ。それより馴れ馴れしく紫と言わないでくれるかしら」
天魔は有利に導くきっかけを掴んだと思った。
どうやらレティは紫に対して敏感である。なにか関係があるのかもしれないと。
とは言え直接は聞きにくいので周りから攻めることにした。
「申し訳ない。貴方が『紫』とおっしゃっていたので、つい私も釣られてしまった。それから失礼ながら、貴方が何故ここを好きなのか教えてくれないだろうか?」
「……貴方に関係があるのかしら?」
「私はもうじき貴方によってこの生を全うするだろう。しかしそれが気になってこのままでは地縛霊と化しこの場に留まるかもしれない。山が好きな貴方にはそれは好ましくはないだろう」
「……貴方の言う事も一理あるわね」
先ほどまで凛としていた天魔の様は美しくあったが、今は少し下手に出るようになっていた。
天狗と言うのは主としてそういう存在なのかもしれない。
とは言え他の天狗に比べれば凛々しくもあるので、台詞とのギャップがレティの心をその気にさせた。
それに地縛霊とは…例えがくだらなくもあり、面白くもあったことも彼女の心をこじ開けさせた。
「私はね、この山から見下ろす景色が好きなの。それは何物にも変えられない大切なものなの。だからよ」
「そう……」
その言葉を聞いて、天魔は賭けに出ることを決意した。
「そしてその光景を『紫』殿と見るのがお好きなんですね」
天魔はレティの怒りに触れた事が分かった。けれど何も攻撃してないので、まだ大丈夫だと信じた。
「実はある時、私たちの集落に『ある方』がやってきて私たちをここに導いてくれました」
「誰?誰かしら、そいつは?」
レティは気持ちを抑えられずにいた。何とか歯を食いしばりそいつの正体を聞き出そうと我慢した。聞いてからこいつを潰そうと思った。
妖力が更に高まった。辺りには獣のような咆哮が轟いていた。
天魔の前に手をかざし、いつでも葬れる準備をした。
「その方は私たちにここで自由に暮らせばよいとおっしゃりました。そして私たちと霧の湖に住んでいる河童と共に、新しい生活を作ろうとしました。これからはあの方に足を向けて眠ることなんて出来ないでしょうね」
「だから、誰なのよそいつは!?」
「幻想郷の管理人、八雲 紫です」
「!?」
レティは言葉に絶句した。
こいつを潰した後、馬鹿なことをした先導者も潰そうと考えていた。
それが、まさか……
レティは信じられずにいた。困惑していた。動揺していた。
顔はみるみると真っ青になり、天魔のことさえ眼中に入っていなかった。
それが天魔にとっては切り札を出す条件を築き挙げた。
「不意打ち御免。『無双風神』!!!」
「!」
天魔は凍りついた翼を目いっぱいに広げた。
みしみしと軋む音を立て、天魔も苦しそうな息を吐くがこの期を逃さずに一直線に向かった。
レティは音速をも超えた天魔の捨て身の突進に反応が出来ず、手で防ぐしか方法が取れなかった。
ぶつかった瞬間、この世のものとは思えない衝撃が手を、体を、頭を突き抜け山から追い出されてしまった。
………
……
…
場所は雪原。
天魔によって吹き飛ばされたレティは、距離にして元の場所から1キロメートル近くのところにいた。
体の自由が利かずいまだ衝撃が体中を駆け巡っている。
指一本動かすのでさえ、苦痛であった。
そう言えば一人で山を見に行ったときも寝転がっていたなと、仰向けのまま思い出した。
そこへ数名の天狗に支えられた天魔がやってきた。
天魔のほうも体があまり宜しくないのだろう。
口元は一文字に閉じられていたが表情が苦痛で歪んでいた。
「殺しなさい」
「……………」
か細く発せられたレティの声は、先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように消えていた。
レティの目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「どうして殺す必要がある?」
「ここにいる意味がなくなったからよ」
「……貴方の我侭に付き合うつもりはない」
「殺さなければ、いつか貴方を殺すわ。貴方だけじゃない、天狗も河童もこの山もね!」
「……その時は返り討ちにする。今回のようにな」
そう言って天魔は去った。
残されたレティはしばらく人目もはばからず叫んだ。
…………………
「宜しかったのですか?」
天満を支える大天狗が天魔に話しかけた。
「ああ。あれ以上制裁する必要もない」
「天魔様がそうおっしゃるのであれば私は何も言いません」
それっきり本当に大天狗何も言わなくなった。
代わりに後ろから付いてくる鴉天狗が文句を言った。
「私は悔しいです。あいつのせいで仲間がやられました。なのにどうして?」
小さな体は人間で言うと十もいかない年齢だろうか、その天狗は両手をぶんぶんと振り回していた。天魔の行動に納得が出来ないのだろう。
「ふふっ、確かに。お前の言う通りかもしれない」
後ろを振り向いた天魔はあやすように鴉天狗に言い聞かせた。
「実はな、私たちは罪人なのだ。罪人が大手を振って、罪人に罪を与えられるはずがない。だからあれ以上、手出しはしてはいけないのだよ」
「罪人?」
鴉天狗はぽかんとした表情浮かべ、天魔の目を覗いていた。言っている意味が分からず真意を覗こうとしているのだろう。
「そうだ。あの妖怪は我侭だ。ただし友を思っての我侭だ。そして私も『あの方』に我侭を言った。私も仲間を思っていたからだ。だから罪人なのさ」
難しいかなと苦笑して天魔は鴉天狗の頭を手でぐりぐりした。
「難しいのだよ、中立に生きるって。『あの方』はそれを良くやっているよ。だから頭が上がらない」
「中立、ですか…」
「そう。もしおまえが中立という意味が分かったら、私の『無双風神』をくれてやろう」
「本当ですか!?」
鴉天狗は目を輝かせて天魔を見つめた。
その表情を見て嬉しくなり、また頭をなでた。
「ああ、もちろんだ」
「なら私いっぱい勉強しますね。それからいっぱい修行します。それから、それから……」
分かった、分かったといって天魔達は山へ戻っていった。
その日から、天狗や河童はそこで独自の社会を作り上げた。
彼らはここが自分たちの故郷だと他の者に認識させるため、山を『妖怪の山』と名づけた。
また後にこの鴉天狗はある意味中立に生きるようになった。
人間にも深く、妖怪にも深く、万遍に関わるように……
◆◆◆
しばらく叫んでいたレティはゆっくりと体を起こし帰路に着いた。
衝撃は収まり始めたとは言え、まだ体が軋む。
冬の妖怪なのでここで休んでいても死ぬことはないが、それでもマヨイガに行きたかった。
引きずる足は雪道に蛇のような通り道を作る。
寒さとは無関係に震える左腕を右手でぎゅっと握った。
長い長い家路。
これほど遠いと思ったことは今までなかった。
それでも歩みは止めなかった。
辛そうにはく息は壊れかけの玩具の様であった。
ふと顔を見上げると傘を差した少女が立っているのが見えた。
会いたいと思った人物である。
レティはゆっくりと近づき、お互いの距離が手の届くところまで来た。
「天狗にあったわ」
「…………」
「こっちからケンカ売ったんだけどね………ふふっ……ご覧の通りよ」
「…………」
傘のせいでよく表情は見えずにいた。何も言わない彼女に怒りがこみ上げてきた。けれどそれと同時に悲しみが迫ってきた。さっきあれだけ泣いたのに……
「ねぇ……何か言ってよ………」
涙声が彼女の耳に通る。けれど何も反応を示さない。
「………ゆかりぃ~~……」
防波堤を破った涙がぽたぽたと降り積もった雪の上に落ちる。
落ちた涙はきらきらと輝いていた。
「どうして私が!?」
魂さえも震わすような叫びはそれでも彼女を動かすことはなかった。レティはそのまま紫に身を委ねる様に頭を紫の胸に押し付けた。とめどなく流れる涙は紫の胸に吸収されていく。これだけ痛切な気持ちをぶつけても、紫は反応を示すことはなかった。
それを見てレティは観念し、もと来た道を歩き始めた。
「もう貴方に会うことなんてないわ」
「…………」
「貴方の顔なんて見たくもない!!!」
「…………」
体が万全であればもっと早く立ち去れたのかもしれない。
レティはゆっくりと歩き、そして彼女の目には映らない程になった。
雪が激しく舞っていた。
後日
悲しみにくれていたレティは湖で偶然見つけた氷精とその仲間たちを率いて異変を起こした。
大量の雪や氷塊を幻想郷に突き刺し、また寒気を起こしてありとあらゆるものを凍らせていった。
人里が氷塊に潰され、山は抉られ、魔法の森や竹林は凍りつき、彼岸は雪で埋もれた。
この異変を解決すべく博麗の巫女、八雲 紫は退治に向かったが、実際はほとんど博麗の巫女によって解決された。八雲 紫は後処理に奔走した。
幸い死者は出なかったものの二次災害がひどく、幻想郷の環境、自然は大きく壊された。
一人の妖怪が起こしたにしては、あまりにも惨いことだったので、歴史の闇へと葬られた。
『幻想郷冬幻郷異変』
これが最初の異変として幻想郷の裏の歴史に刻まれた。
FIN………..
悲しいよこの物語
それにしても実に天魔らしい天魔。未熟を感じさせますが、その分成長も見込めます。
紫、ねぇ。レティはちょいと激情に呑まれちまったのね、うん。