愛とか好きとか、区別しちゃいけないのよ。
そんなことをしたら、愛の重みが増しちゃう。
潰れちゃうわ。
ねえ、そうでしょう?
「……んむぅ」
晴れ渡った空の下、探し物から帰った私を出迎えたのは、正負どちらの感情とも判断のつかない色の声がした。
持ち主は、過去進行形で進んでいた槍の手入れもおざなりに、蓮華冠の両隣にある、「三角形」の耳を力なく下げて、難しい顔をしているご主人、寅丸星。
普段の凛とした顔とも、時折見せる頼りなさげな顔とも似つかない、力強さを感じさせつつも美しさを損ねていない指を顎に当てていた。
正体を周りに勘付かせかねない耳を露出させてしまっているのもいただけないのだけれども。
せっかく、千年間悔やみ続けていた過去から、聖白蓮を封印から解放させることができたのに。
その表情、気に入らない。
「寅丸様、ただいま戻りました」
「……ナズーリンですか。 おかえりなさい、そしてご苦労様」
普段滅多にしない呼び方をしたからだろう、ご主人は目を白黒させながらも懊悩から即座に帰還した。
寅丸様、と呼ぶ時の私が不機嫌だということを、よくドジを踏む毘沙門天様の代理も千年の間に学習していたようだ。
上の耳はぴくぴくと警戒感をあらわにしていた。
耳と同じ色をした髪も、心なしか揺れているように見える。
「えーと、今日は何もなくしてませんよ? 槍もあるし、毘沙門天様の宝塔も……」
服をあちこちまさぐりながら、慌てて持ち物確認を始めるご主人。
それを見て私の自分勝手な不満が、どこかへと飛んでいくような気がした。
「ご主人」
こらえきれない苦笑をもらしながら、自分の耳の円周を示すように、指をぐるりと回転させてみせた。
「えっ。 はうあっ! へうっ!?」
自分の失態に気付いたご主人の様子と言ったら、みんなに見せてやりたいぐらいにおかしいものだった。
顔を赤くしたと思ったら青くして、辺りを見回して人がいないことに安堵し……。
慌てて耳を隠そうとして、変なツボに入ったのか、頭を抑えて悶えていた。
「つぅ……久しぶりにやりましたね……」
最後に耳を見せたのも、隠すのに失敗したのも最近のはずだが。
「相変わらず痛そうだね」
「具体的に言うとかき氷を一気にいただいた時くらい痛いです」
「そしてお腹を壊す、と……それは大したことないんじゃないだろうか」
私の返答にご主人は不満そうだが、そんなことはおいて、だ。
「それで、悩んでいるのか迷っているのか、難しい顔をして、どうなされたんだい?」
「えーとですねぇ……んー、と」
妙に歯切れが悪い。
まさかまたなくしものでもしたのだろうか。
それなら先ほどの慌てようも頷ける、などと一人納得していると、ご主人の虎目がジト目になっていた。
「まさか、またなくしごとでもしたんだろうとか考えてませんか?」
「違うのかい?」
「むぅ」
また迷い始めた。
私の問いに答えて、悩みの種類を特定されたくないのか。
ご主人は気付いていないようだが、耳がまた露わになっていた。
今度は尻尾との豪華セットだ。
「ご主人が心の奥に閉まっておきたいのなら、これ以上は追及しないよ」
「……」
今度は沈黙。
ゆらゆらとうごめく尻尾を眺める限りでは、また悩んでいるようだ。
一人の世界に入られる前に話題を変えるべきかどうか、私も一緒になって悩んでいると、尻尾がピン、と天を指した。
「ナズーリン」
「なんだい?」
「ラブとライクって、どう違うんでしょう」
「は?」
また何か失敗したのだろうなどと、見当をつけていた私には、全く予想外の切り出しだった。
「LOVEとLIKEだって? なんでまた」
わけがわからない。
いまさら恋愛と友情の違いがわからない齢でもないだろう。
宴会で、図書館の魔女から教わった言葉でいうところの、『中二病』というわけでもないだろう。
本当にわけがわからない、のだけれども。
「ラブと、ライクです」
ご主人の目は真剣だ。
とても冗談を言っているようには見えない。
ならば、わからないなりに考えて返すのが、礼儀だろうか。
「私の個人的な価値観で答えるのは、その、あまりよくないのだけれど」
それでいいだろうか、と
そう問い返された上司は、確かに頷いた。
「LOVEは独占的だが、LIKEはある程度共有できる、と思う」
ピンとこない様子だったので、付け加えて説明する。
「例えば、人間の夫婦と友人。
つがいである以上、言い方は悪いがお互いにスペアなんてない存在だ。
友人同士であってもそうとも言えるだろうが、友人を精神的にも肉体的にも独占することはできないだろう。
それが許されるのが、LOVEという関係で結ばれている夫婦だと、私は思う」
我ながら理屈っぽい視点に、なんとなく呆れてしまった。
しかしご主人は私の拙い答えで満足してくれたのか。
「ふむ……むぅ」
などと頷きながらもまた何かを考えているようだ。
そんなご主人を見ていて、先ほどから泉の用に湧き出る疑問から、一つをすくってみることした。
「あの、ご主人、どうしてLOVEなんだい?」
愛とか、他にも言い方はあるのではないだろうか。
西洋文字を苦手としているはずの当のご主人は、ただいつもの微笑を浮かべて、こう言うだけだった。
「『愛』ではいけないんですよ」
まるで禅問答をしているようだ。
ご主人の目は相変わらず真剣で、同時にとても澄んでいて、ふざけているわけではないのが私の混乱に拍車をかけるばかりだった。
ナズーリンが去った後も、星は考え続けていた。
槍の手入れがほとんど進んでいないことにも気づかずに。
(愛とか好きとか、区別しちゃいけないのよ)
長きに渡る思考の源泉は、白蓮を封印から解放してしばらく経った日の夜に生まれた。
それは、白蓮に、彼女を結果的に見捨てるようなことをした、と謝罪して、許してもらえた後のこと。
「寅丸様……いいえ、星ちゃん。 今でも人間のことは好きかしら」
「はい、変わりなく」
元々人間好きなお人よしな星からすれば、当然の答えだった。
「ナズちゃんのことは、好き?」
答えは当然、好き。
彼女は星が代理を務めた頃からの付き合いなのだから。
村紗も一輪も雲山も、千年別れた時期もあったが、同様に好きだと断言できる。
ぬえも、今は付き合いは浅いが将来的にはそうなってほしいと、星は思っていた。
「じゃあ……私のことは?」
何を言うのだろうか、と星は少し不安になった。
嫌いなのであれば、封印から解放したりなどしない。
もしかして、白蓮に嫌われているのだろうか、と星は少し泣きそうになったが、なんとか微笑を浮かべて、言い切った。
「大好きですよ」
そうして、白蓮から返ってきた言葉が、愛とか好きとか区別するな、というものだった。
その後、別の話に移り、それ以降白蓮との会話でこの話題が上がることはなかった。
否、上げられなかったのだ。
寅丸自身もそうだが、白蓮もその話をしたがらないように感じたから。
だから、寅丸は自分で考えはじめた。
どうして白蓮はあんなことを言い出したのか。
毘沙門天の代理として、白蓮とナズーリンたち、そして他の人間たちとで区別してはいけないということなのか。
ナズーリンに問うたときに、LOVEとLIKEという形にしたのも、毘沙門天の代理という立場で考えていたからだ。
好きという感情を大雑把に区別するならば、好意と愛、といったところだろうか。
しかし、仏教において、いや、あらゆる教えにおいて『愛』とは特別な意味を指すからだ。
「愛は、情欲……」
星はそう解釈している。
別に星は白蓮に対して欲情などしているわけではないのだから。
「そんな汚らわしい感情を、聖に向けられるわけがないですよね……」
星はひとりごちながら、真面目に考え続ける。
もしかしたら、白蓮にからかわれただけなのかもしれないが、しかし。
「私は毘沙門天さまの代理……あらゆる信徒に慈悲を持って接するお方の代理」
公私の混同なんてできない。
とにかく真面目な星であった。
ねえ、星ちゃん。
聖白蓮と寅丸星の関係って、なんなのかしら。
友達というには丁寧すぎるし、上司と部下というには近すぎるわ。
恋人には、なれないしね?
そんな風に思っていた時期が僕にも(ry
相手を慈しく想う心って大切です
LOVEやLIKEみたいな型に捕らわれる事無く、相手と自分の関係が満足できる物ならそれで良い
ってのはダメか?
「好き」は「愛」の中にあるものでそれが曖昧なものだとわかっていれば考える必要はありません。
曖昧だからこそ人はそれを求め、形になれば手に入れたと誰もが思ってしまいます。
そのものが脆ければ、今度はその想いと心を大切にしようとするんです。
感情はその一時に訪れる不思議なものです。「好き」という感情もわからないから「愛」という形で呼ようになったのでしょう。
ただ、「好き」という感情や「愛」という言葉が人々を動かす力になっているのは事実だと思います。
漢字の成り立ちだけでこう思ってる自分がいたりw