晴天の人里。観客の大歓声。
そしてひな壇上の人妖少女たち。舞台は、整った。
「第一回幻想郷ちゅっちゅコンテスト、始まります!」
うおおおおおおおおおおお!
年がら年中春真っ盛りの、とあるところで。
一人の紳士が呟いた言葉がきっかけだったと言う。
「第一回幻想郷キス我慢選手権……」
それをタイミングよく聴きつけた住人があれよあれよと言う間に祭りを用意し、今こうして人里を百合色に染め上げていた。
退屈なら娯楽を求め、それが無いなら作ってしまおう――つまり、自給自足。某所の誇れる美徳である。
「実況・解説は毎度お馴染み、おやすみからおはようまで激写いたします射命丸文と、ついに百合本の蔵書数が三桁にとどいてしまった稗田阿求さんでお送りします。よろしくお願いしますよ阿求さん」
「よろしくお願いします」
「さてさっそくですが、コンテストのルールの説明をお願いします」
「はいでは僭越ながら。今回集まって頂いたのは各陣営から二人一組の、計七組です。
この一組一組の中で攻守が決まっていて、攻はキスをしなければ勝ち、守はキスをさせれば勝ちとなります。
攻守と分別しましたが、守るほうが攻めをその気にさせることが可能、というか必要です。
守は攻めを口説いたり、口八丁でキスをさせるようにし、攻めはそれに時間切れまで耐えてください。
制限時間は五分です。勝者には協賛の商店から賞品がありますよ」
「説明ありがとうございます。しかし五分とは短くありませんか?」
「それ以上だと糖尿病になる危険性がある、という配慮のもとの時間設定です」
「なるほど、世の中の全ての男女が紳士淑女なわけではないですからね。
それではっ! 皆さんお待ちかねの組発表に参りたいと思います。椛よろしく!」
「はーい」
文の号令で、板に掛けられていた白幕がばさりと大きく波打つ。
顕になったその全景は下記のことが書かれてあった。
攻 守
1.レミリア・スカーレット 十六夜咲夜
2.八雲藍 八雲紫
3.鈴仙・優曇華院・イナバ 因幡てゐ
4.八坂神奈子 洩矢諏訪子
5.古明地さとり 古明地こいし
6.霧雨魔理沙 風見幽香
7.博麗霊夢 アリス・マーガトロイド
阿鼻叫喚で満ちる会場。
あるものは喜びにむせび、またあるものは嗚咽を漏らしていた。
「はい、好きなカプが無かったからといって泣かない! 百合の楽しみ方は
泣かない
噛み付かない
よく分かり合って
至高を目指せ!
の、『なかよし』が肝心です! 今回のコンテストで新たな発見をする、そのくらいの気概で楽しんでください。よろしくお願いします」
「私からもお願いします」
その言葉を聴いて崩れ落ちていた者たちの眼に活力が湧き、立ち上がり始め、カプ論議で喧嘩していた親友たちが仲直りをした。
会場の空気は有頂天、観客の気持ちは一塊となる。
「それでは第一試合、攻め手レミリアさんと守り手咲夜さん入場お願いします!」
「ご覧くださいお嬢様、凄まじい観客数ですよ」
「ええ、ほんと多いわね。里は暇人ばかりなのかしら? って、私も暇潰しに出てるからそうなんだろうな」
観客席からの期待のこもった視線をものともせず、普段と変わらないテンションで会話をするレミリアと咲夜。
その会話と口元に浮かんでいる微笑から、この二人が全く緊張していないのが分かる。
「おおっと紅魔の主従組、大変落ち着いてます! これはどういうことでしょう阿求さん?」
「はい、おそらくですがこの二人、人前でキスすることに慣れているのでは無いかと」
「ご名答」
背後に咲夜を控えさせて観客に手を振っていたレミリアが、阿求の推測を肯定した。
「私の出身地である欧州では挨拶の一種にキスする。それだけでなく、恋人同士がするそれを外でやるのも珍しくない。そんな文化の中で何百年生きてきたのだからキスの一つや二つ、どうってことないわ」
「なんと羞恥心が全く無いようです! これは一組目にしてキス成るか?! では――試合開始ですっ!」
家族ちゅっちゅっうめえ! 可愛い幼女と綺麗なお姉さんは好きですか? 俺は好きです!
レミリアがさらりと言い放った言葉に観客が沸き立つ。
幼女という言葉を聞き付けてアグネスがやって来たが、よく訓練されている住人たちが歩いてお帰りを連発したので去って行った。ありがとうみんな。
「しかし悪魔の性なのかしらね。どうしようもなく期待を裏切りたい」
「単なるあまのじゃく、とも言えますわ」
「煽るね。なに、して欲しいの? してやらないけど」
レミリアの余裕を滲ませた笑顔は、自信を多分に含んでいた。勝算があるのだ。
この勝負は攻守と分かれて開始され、終わるまでその立場が変わることはない。
尚且つ、攻める側はキスを『しなければ』勝ちである。そう、何もせずに五分間を過ごすだけで勝利は手に入るのだ。
レミリアの勝ちは揺るぎようはない。ように見えた。
「何を望んだか知らないけれど、大抵のものは買えるだろうし、それが無理なら優雅に奪いなさいな。私が、勝つよ」
強気に言い放つレミリアを見、咲夜の口元に微笑が浮かぶ。
「お嬢様、私が何を所望したか申し上げてもよろしいですか」
「聞いてやろう」
「バニラビーンズです」
「なっ……!」
レミリアが驚きに眼を見開く。まさか、久しぶりにあれを食べられるというの?!
しかしバニラビーンズが何の事か分からない観客席では、疑問符が飛びかっていた。
「これは希少なものをメイドさんは賞品に選びましたね。バニラビーンズとはその名の通り、バニラの匂いの香辛料です。バニラの匂いの素、と言ったほうが分かりやすいでしょうか。これを使ったお菓子は香り高く美味しいのですよ」
外の世界でも見たことが無い者が大半であるほど、希少で高価なものだ。
幻想郷だとなおのこと手に入りにくく、原材料にバニラビーンズを一切含まず化学調味料でしかないエキスでバニラの風味付けをするしかないのだが、時折ごく僅かに生の物が外の世界から流れてくる。
咲夜は賞品として、洋菓子屋が買い占めたそれを分けて欲しいと望んだのだった。
「くう、バニラアイス……シュークリーム……」
本物の素材で作られたデザートたちが頭をよぎる。
数年食べていないそれらはヌーブ、ちょっとペタペタする大胸筋矯正サポーターよりもずっと魅力的だった。
「あとは、そうですね。バニラプリンも作りましょうか?」
「うわぁい分かってる! 咲夜、しゃがみなさい!」
「はい」
ちゅっ
うおおおおお!
「勝負あり! 勝者、十六夜咲夜!」
「文句のつけどころの無い勝ちですね。良い試合でした」
レミリアだけでなく咲夜の顔にも満面の笑みが浮かんでいる。その頬は心なしか紅く、歳相応に照れているように見えた。
「さて熱気冷めやらぬまま次の試合に進みたいと思います! 二組目、八雲家のお二人ご入場お願いします!」
主従二連発うめぇ! 一発もふりで落とせ藍様! 耳だ耳を攻めるんだゆかりん!
大声で叫ぶ者たちに呆れた眼を向ける藍と、対照的にニコニコと笑う紫が壇上に上がってくる。
「これは意外な二人。てっきりあの黒猫ちゃんと狐さんで出るのかと思いましたが」
「いや、橙にキスは早いだろう?」
「そう言うと思っていました。では、早速、試合開始です!」
うんうんという頷きとハンカチを引きちぎる音の中、二戦目が始まった。
藍は鋭く、紫は優しく相手を見つめる。向き合った二人の間には緊迫感が迸っていた。
「先ほどとはまた違った意味で不思議なことになっております。紫さんはともかくとして、藍さんの眼つきはとてもトゲトゲしい気がします」
「そうですね、尻尾の毛が膨らんでいることから、臨戦態勢にあるのだろうと思いますが」
更に付け加えると藍は少し腰を落とした半身で、今にも攻撃を仕掛けられるような体勢だった。
明らかに、主に対してする態度ではない。
紫が扇子を開閉するだけで耳がピクピクと動き、誰の眼からも藍が強く警戒しているように見える。
「らーん?」
「なんでしょう」
「キス「しません」なさい」
みなまで言わせず畳み掛ける藍。
その声は眼つき同様に鋭く、観客席にまで緊張を強いた。
「藍、藍、私の可愛い藍。帰ったら耳かきを「結構です!」しょう。だからキ「絶対しません!」さい」
「おっーとこれは紫さん劣勢か! 藍さんにことごとく突っぱねられています」
話を遮って聴く耳を持たない藍に、いつもの冷静さは無かった。
対照的に、傍目には劣勢に見える紫の様子に焦りはない。眼には余裕が、子を眺める親のそれが有った。
紫の表情を見て嫌な予感しかしない藍はプルプルと振るえて今にも泣き出しそうにも見え、また紫はその藍の怯えを楽しんでと、壇上はきゃっきゃうふふとは無縁の異様な空気に包まれている。
「来ないでください!」
「おおっと動きがありました!」
紫が藍に手を伸ばし、藍はその手から逃げる。
あの手はやばい。藍の弱いところを熟知している紫の手だ。
捕まれば一巻の終わり、しばらく人里を歩けなくなってしまうに違いなかった。
「その手に出ましたか紫さん。藍さんに撫で回しは有効かもしれませんね。その気にさせれば勝ちですから顔と言わず上半身と言わず下半」
「そこまでです阿求さん! ああっと藍さん捕まってしまいました!」
むんずと尻尾を掴まれてコケた藍がきゃんきゃん鳴き喚く。
グラマラスな藍様の絶対絶命に見入る会場はさながら中学生のAV鑑賞会。歓声は止み静けさがあたりを覆う。
藍の背中に紫が馬乗った。うっとりと性悪く笑う壮絶な表情に皆が固唾を飲み。
「って、向かい合っていないとキスって出来ませんけれど?」
「見てくださいあの良い笑顔。紫さんは手段のために目的を忘れているようですね」
「いやですやめて! 人前です!」
「昔は幽々子の前でもしてくれたじゃない。一回、ちゅっとするだけ、ね? お夕飯を作ってあげましょう。藍、藍?」
猫なで声で藍の耳を撫でまわす。
そこはらめぇ! と藍が暴れるのもなんのその。
止める気はさらさらなく逆に燃え上がるという紫の鬼畜っぷりに、観客たちが藍に同情を感じ始めたところで。
「タイムアップ! 勝者、八雲藍!」
「これはなんともいえない試合になってしまいました。紫さんが勝負を忘れたのが敗因かと思われます。これでいいのだと言わんばかりの笑顔ですけれど」
「やぁ……そこはやめてください紫様……」
「いやよ」
試合が終わっても舞台は騒がしく、その様子を見守る観客たちは大きい声で言えない感情を抱いて第二試合は終わった。
ああ藍様エロ可愛い。
「……ふぅ、八雲家にようやく壇上から出て行ってもらったところで、第三試合に行きたいと思います。永遠亭代表、攻め手鈴仙さん、守り手てゐさん、入場お願いします!」
制服百合来たー! 期待してるぜ詐欺兎! ロリの生ちゅっちゅ生ちゅっちゅ!
ロリと言う言葉を聴きつけてアグネスが再臨したが、てゐが千歳をゆうに超える妖怪兎であるという文献を見せられて首をかしげながら帰っていった。彼女は問題をもっと深く考えた方がいいよね。
「堅物兎さんに嘘つき兎さんですか。これは面白い試合になりそうです」
「ひっどーい、わたし嘘なんてつかないよ? 本当のことを言わないだけでさ!」
「これは先ほどの試合とは間逆の口撃戦が見られそうです! 試合、開始っ!」
腕組みをして鈴仙に笑いかけるてゐの顔には含みがある。何か、企んでいるのだ。
それはいつものことだけれど、今は戦いの、勝負の間だった。相手のペースに乗せられて、いつものように騙されてはならない。
鈴仙には負けるわけにはいかない理由があった。
握ったこぶしに力を入れて、変化球にも対応できるよう気を張る。
「鈴仙「聴かないよ!」ないで、って、なによ話も聴かないつもり?」
「聴かないわ。騙されたくないもの」
「なるほど、鈴仙さんは先ほどの藍さんと同じ戦法でいこうとしているのですかね」
てゐが一歩近寄れば一歩下がり一定の距離を維持し、横に移動したらその方向を向く鈴仙。
その様子はまるで格闘技のようで、観客の期待が高まっていく。
高台にいるミニスカートの女の子が暴れればどうなるか。聡い者であればすぐ分かることである。
さっきの藍様みたいになんねぇかな。てゐ追いかけて超追いかけて!
ちゅっちゅも見たいがパンツも見たい。欲望に素直な住民たちである。
「前試合は予想外の試合展開でしたが、結果的には藍さんの勝ちだったので攻め手の戦法としては有効と言えます」
「守り手の方からキスしたら負けですからね」
一分ほどを費やして試合の雰囲気が変わった。てゐが再度腕を組み、仁王立ちをする。
「鈴仙「聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない」姫様に頼まれてるんだよね私」
「……え?」
鈴仙の息が切れるのを待って言われた言葉が、鈴仙の耳に入った。
「私の賞品は姫様のご所望したものよ、って言ってんの」
「そんな」
てゐの言葉を聴いて固まる鈴仙。それも仕方ないことだった。
鈴仙が選んだ賞品は、師匠である永琳から頼まれたものである。
その師匠が仕える主が望んだものを、対戦相手は賞品に選んだと言うのだ。
私が勝てば、たしかに師匠の望んだものが手に入る。しかしそれでいいのか?
師匠として敬っているという私の心は表せようが、師匠自身の従者としてのお株が下がってしまうかもしれない。
いや、普通に考えて下がるだろう。そうなれば永遠亭での師匠の面子を潰してしまう。
「これはてゐさん、やはり策を弄してきましたね。鈴仙さんの耳が垂れてきています。戦意喪失中と見て間違いないでしょう」
「垂れてるのはいつものことですが、勝負はもう決まっているようですね」
「嘘だったら承知しないんだからね?」
「したら鈴仙は悪くないじゃーん。騙した私が怒られるだけよ」
てゐが、ぺとんと膝立ちになった鈴仙に近寄り眼を瞑った。
「ううう人前でなんて……勝つつもりだったから……」
「時間切れしそうだし、さっさとしたほうがいいよ?」
「うん……」
ちゅっ
うおおぉぉぉぉう!
「勝負あり! 勝者てゐさん! 期待を裏切らないてゐさんの力量でした!」
「賞品は、ああ春摘みの新茶ですか。鈴仙さんと一緒ですね」
「えっ?!」
「姫様から頼まれたものだから嘘は言ってないよ?」
「なっ……てゐーー!」
エコーとチラリを残しててゐを追いかける鈴仙。
てゐ、お前ってやつは……GJ! と、しばらくの間人里でてゐの株が上がったのは言うまでもない。
「いいもの見せてもらいましたねー聴いてくださいこの大歓声! この興奮そのままに次の試合に……あれ?
守矢神社のお二人の準備がまだ出来ていないようですね?」
「遅刻する、という連絡が入っていますね。あとに回しましょう。第五試合に進みたいと思います」
「そうですね。それではっ! 攻め手、古明地さとりさんと、守り手、古明地こいしさん入場お願いしますっ!」
姉妹ちゅっちゅ姉妹ちゅっちゅうおおおおおお! おねぇちゃんって呼んでこいしちゃん! 敬語! 妹に敬語こいよ!
「ああ五月蝿い。何が楽しいのでしょうか、こんなに騒いで」
「今日も捻くれてるねお姉ちゃん」
小股で壇上に上がるさとりとこいし。今から戦うと言うのに手を繋いでのご入場に、試合開始前から大歓声だ。
しかもよく見れば恋人繋ぎとあっては、観客席が姉妹萌えで大噴火しそうになるのも頷ける。
そんな騒ぎをよそに無表情なさとりと、にこにこしているこいしが位置についた。
「誰の心でも見れるさとりさんの、唯一の例外であるこいしさん。普段とは違うさとりさんが見れるかもしれない、というのも大きな見所となるでしょう」
「更にお二人はあまり地底から出てきませんからね、注目度の高い試合ですよ。それでは。試合開始っ!」
「手を離しなさい、こいし」
向かい合っても手を離さないこいしにさとりが冷たい声で言う。もちろん妹を嫌っての言葉では無い。ただ恥ずかしいのだ。
人の居るところに出るのに慣れていないうえに、こんなに大勢の前に初めて立つさとりは、とても緊張していた。
そんな姉も可愛いなぁと笑うこいしの顔に邪気はかけらも無い。
ツンを沢山浴びせられたあとのデレは美味いと知っていたから、後への期待で自然に良い笑顔になる。
「お姉ちゃん」
「なんでしょう」
「ちゅーしてよ」
「いやですね」
「ちゅー、して?」
「いやですったら」
常人なら一発目で落ちているほどの破壊力を孕んだおねだりで、こいしが迫る。
うひぃと情けない声をあげて倒れる者の出る中、しかしさとりは揺るがない。とある術で対応していた。
「さとりさん、こいしさんと眼を合わせないようにしていますね」
「あや、本当だ。おねだりに耐えるのでなくて避けているのですね」
直視してしまえば誘惑に負け……こいしの笑顔にほだされてしまう。さとりのとった行動は『見ない』だった。
内心で焦りはじめるこいし。この必殺技でキスからおやつだって思いのままだったのに、まさか見てすらくれないとは!
視界の中に入ろうと、かがんだり立ったりさとりの向く方へ動くこいしと、顔を背けたり眼を伏せたり上げたりするさとり。
今までの試合を萌えあがって見ていた観客が、少し顔を赤らめている。
「これは……非常に恋人っぽい」
「手を繋いで顔を近づけてキスのおねだり。どうみても恋人ですねありがとうございます」
姉の手で塞がっていないほうの手を使い、さとりの第三の眼を弄りだすこいし。瞼を撫で、コードに指を絡ませ、眼薬をさす。
それでも落ちないさとりの精神力に、観客たちがある種の感動を覚えたときだった。
「おねぇ、ちゃん」
「なんです」
「わたしのこと、きらい?」
震える声で尋ねられてはっとして見れば、こいしの眼は今にも涙が溢れんばかりに潤んでいる。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「でもちゅーしてくれない」
「試合中ではありませんか」
「かんけいないよぅ」
「ええええぇぇ……」
「女の人の理解不能な我侭、でましたね。さとりさんが混乱しています」
強気な態度を一変させて俯くこいしの、視界に入ろうとするさとり。先ほどとは全く逆の立場になっている。
嫌いじゃないですよ大好きですよと言うさとりに、こいしちゃんにちゅーしてあげな! と客席から天の声が降る。
その声がした方を見れば、観客のほとんどが百パーセントの自信を持って、ちゅー一回で解決すると心が叫んでいる。
キスシーンが見たいための嘘では無いようだった。藁にもすがる思いでさとりは決心した。
「こいし、ちゅーしてあげるから顔をあげて」
「してあげる、じゃなくて、させてください、じゃないの?」
「う、あ、分かったお願いちゅーさせて!」
「ん」
ちゅっ
うおぁああああああ!
「勝負ありっ! 勝者、こいしさん!」
「お見事! 文句なし、こいしさんのファインプレーでした」
手を繋いで帰っていく古明地姉妹に拍手を送る観客たちの顔は、気持ち悪いくらいににやけていた。
「さぁ盛り上がってまいりましたところで、次のカードは不思議ですよ。攻め手は魔理沙さん、守り手は幽香さんです」
「珍しい組み合わせですが何もおかしいところはありませんね。好戦的な二人ですからよく弾幕りあっていると聞いていますし、面白い試合になりそうです」
魔理沙負けるなー負けないでくれ! 幽香お姉様頑張ってー! なるほどこういうのもあるのか!
野太い声と黄色い声が飛び交う中、のんびりとした歩調で壇上にあがる二人の顔には、勝負に心躍らせた者の薄ら笑いが浮かんでいた。
「勝って賞品を手に入れるのは私だぜ、幽香」
「盗人は黙っていなさいな」
「気合充分、準備はよろしいようですね。試合、開始っ!」
妖艶な笑みで魔理沙に話しかける幽香。
「一分。一分で試合を終わらせる」
「たいした自信だな。叶わないから忘れたほうがいいぞ」
「忘れないわ」
健康的な肌色の指が魔理沙の頬を包みこむ。
ちゅっ
えぇぇぇぇぇええええ?! まりさぁああああ!
「うわぁぁぁあこれは……」
「なんと守り手からキスしていますね。ルール違反ですがどうしましょうか、顔を覆っている指の隙間が大きい文さん」
大妖怪の力で腰を抱かれた魔理沙に逃れる術はなく、幽香の思うままに貪られ続ける。
あわせた唇の間からチラリと覗くのは。
「あ、舌が入ってr」
「まりさ、まりさぁぁぁああ!」
観客たちの生唾を飲み込む音と、娘が蹂躙されている父親の絶叫のようなものが響く中、およそ一分そのキスは続いた。
「えー、先ほどの試合は魔理沙さんの勝利ということで。幽香さんにお話を伺ったところ、
『誘われたから出た。賞品? 別に……欲しくなかった。魔理沙の勝ちでいい』とのことでした。勝負にもこだわっていないとは。どういう意図があったのでしょうかね?」
「ただ出たかっただけじゃないですか?」
ぐったりした魔理沙と賞品を抱えて太陽の畑に飛んでいった幽香は、大変良い笑顔をしていたという。
「……深く突っ込んだら不味そうですね。気を取り直して次の試合に行きたいと思います。攻め手、博麗霊夢さん。守り手、アリス・マーガトロイドさん入場お願いします!」
うおおおお霊アリキタコレ! 最近増えてて嬉しいよおおお! がち百合こい!
顔を真っ赤にして壇上に上がってくる二人を包む、熱い視線。
最近熱いこの二人を見れるとあって、アダルトに振れていた観客の意識がちゅっちゅ方面に持ち直した。
「なお、守矢神社のお二人はまだ来ていませんので最後に後回させていただきます。このまま来なければ失格としますので、この試合が最後になる可能性もあります」
「残念ですが仕方ありませんね。最終試合にならないよう祈って、試合開始ですっ!」
もの凄い顔色で佇む霊夢とアリス。その眼はせわしなく動き、相手の背後や足元を見、時折眼が合っては頬に赤みが増していく。
無言である。二人とも、恥ずかしさで声も出ないようだった。
「アリスさん動きません、試合は膠着しております!」
「周知プレイと羞恥プレイですね。魔理沙さんが勝手に登録したようですから心の準備が出来ていなかったのでしょう」
そんな成り行きなのに、どうして二人は出場したか? 賞品が出ると聞いたからである。
キス一つ我慢するかさせるかで賞品だ。出なきゃ損だろ? という魔理沙の口車にのせられ、こうしてコンテストにでることになってしまったのだ。
と言っても欲しかったわけではない。
あげたかったから出ているのである。
アリスはちょっとお高い緑茶の葉を、霊夢は高級だと勧められた紅茶の葉を各々商品に選んでいた。
「あの、ね、霊夢」
「あ、うんなあにアリス」
「……やっぱりいい」
「え、あ、そう?」
「なにこれ焦れます。霊夢さんもアリスさんも普段と印象が違いますがどういうことでしょう」
「二人でいるとあんな感じであるか、もしくは恥ずかしさと緊張からでしょうね」
早くキスしろだとか五分一杯これでもいいなぁと多種多様な好みで試合を眺める観客たち。
そんな思惑を余所に、二人の脳内は焦りで一杯だった。
霊夢はアリスが誘ってくるタイミングでキスしようとしていたのに対し、アリスは試合時間いっぱい何もするつもりが無かったのに、霊夢の熱っぽい視線を真正面から、しかも衆人環視のもと受け止めているのである。
キスしてくらい言ってよアリス! え、ちょ貴方、する気?!
眼で語る二人の間に恋人の空気を読んで、観客席が生暖かい空気に包まれたそのとき。
「ええええいキスさせなさいアリス!」
「これは霊夢さんから動いてきましたが今までの流れでどうしてその気になった?!」
「弾けたんじゃあないですか。若いっていいですね」
巫女服を乱して飛び掛ってくる霊夢に、人形遣い百の禁じ手の一つである目潰しを放つアリス。
それを額で受ける霊夢を予測して人差し指を立てた握り拳、通称一本拳を作ったアリスの突きを、頭を傾けることで避けた霊夢がアリスに組み付いた。
「なっ、早い!」
「私の勝ちよ、おとなしくギブすることね!」
なんの試合だ。
「必殺の一撃が当たればアリスさんの勝ち、いや、負けでしたけど」
「ベアハッグがしっかりと決まっています。これはアリスさん逃げられない」
持ち上げられたアリスが激しくもがくも、妖怪退治でそれなりに鍛えられた霊夢には敵わない。
勝てると見込んだ霊夢がアリスの顔に唇を寄せるが、
「ああっと痛恨の判断ミス! 霊夢さん、アリスさんの唇に届かない!」
持ち上げて、更に上を向いて逃れられればなす術はない。
霊夢の腕力と自重で胴を締め上げられつつもどうにか抜けようとするアリスと、それを押さえ込む霊夢の顔がみるみるうちに赤らんでいく。
「霊夢さんがふらついてきましたね」
「アリスさんも疲れてきたようですが」
「アリス……大好きよ……だから、キスしましょう?」
「駄目よ、私のほうがっ、貴方のこと好きなんだから……っ!」
※プロレス中です
甘ったるいんだか汗臭いんだか分からない事態に戸惑う観客たち。
その状況のまま時間は過ぎ、残り三十秒というところだった。
「きゃっ!」
「がふっ!」
霊夢がうつ伏せるように倒れ込み、その勢いで後頭部を強かに打ったアリスの膝が霊夢の鳩尾に入り、二人の意識が無くなった。
「勝負ありっ?! 引き分けです、救護班、って用意してるわけないのですが、大丈夫ですかっ?!」
「熱い戦いでしたね。良い試合でしたよ、プロレス的な意味で」
観客置いてけぼりで試合は終わったが、二人は燃え尽きた良い顔で気を失っていたので、一部の人は満足してくれたかもしれない。
「先ほどのお二人に、命の別状はないと控え室から連絡がありました。そもそもあってたまるかってものですけどご心配は無用、ということです」
「それはさておき、第七試合まで終わってしまいましたが文さん。どうしましょう」
「守矢神社代表のお二人の姿が見えないのですよね。残念ですが、失格、とい」
「待ってください!」
静止の掛け声の主は早苗だった。
舞台を挟んで司会者席と反対の方から、春風に巫女服を翻らせながら壇上に駆け上る。
「私が出ます!」
おおおおおお!
意志の強い声が出場せんと高らかに叫び、観客たちから驚きと期待の混じった歓声があがった。
「えー……どうしましょう阿求さん」
「いいのではないですか? 私は見たいですが」
「私はちょっと……」
「文さん早くっ!」
早苗の呼びかけを聞いて、舞台上へと向いていた視線が一斉に文へと移動した。
「呼んでますよ?」
「ぐぅ……!」
名前を叫ばれた時点で万事休す。
先ほどの試合が微妙な終わり方をしてしまったため、空気を払拭できそうなこの盛り上がりを無視するわけにはいかなかった。
重たい足取りで舞台を目指す。どうしてこうなった。
二柱を恨めど答えは出ないまま、壇上に上がりきった。
「では実況進行解説全て私、稗田阿求がお送りします。攻め手は文さん、守り手は早苗さんでよろしいですか?」
「はいっ!」
「よろしく無くてもしないといけないんでしょう? いいですよもう……」
「うじうじしちゃってまぁ、恥ずかしいならさっさとキスすれば終わりますよ? 試合開始です」
早苗さん頑張ってー! 女を見せろ文! 良い試合見せろよ!
予定外のマッチに沸く観客のボルテージ。
その声にぐんぐんやる気を出す早苗と対照的に、ぎゅんぎゅんやる気を落としていく文。
新聞が注目されるように願っていても、自らが注目されることは恥ずかしいし、そも、そんなことは望んでいない。
恋人の機嫌を損ねない程度に終わらせなければ。ああ、ただただ面倒くさいことになったと密かに溜め息を吐いた。
「さ、文さん! キスしてください!」
「や、や、や。しませんよ。試合なんですから、勝ちにいかせていただきます」
「ではお願いします!」
「しません、ってば!」
「これは珍しい。文さんが圧されていますね」
客席から笑い声が聞こえてその方向を文が睨み付けるが、声は複数人から出ていたので止むことはない。
幻想郷最速と言われ、また自負をしている機動力をもってアグレッシブな取材をする彼女が、人間の少女相手にたじろいでいるのだ。
しかもその少女は異変を解決するほどの実力者だが、親しみやすい明るい性格で人里でも人気がある。
試合が予定外なら内容も予想外、といったところか。早苗の可愛らしい押しに困りきった顔をする文を面白がるのも、無理はなかった。
「早くしてください」
「しませんよ。帰ったらしてあげますから我慢してください。賞品も買ってあげますから」
「要りませんから!」
「わけがわからない……」
理解出来ない言動に頭を抱えるしかない。
「じゃあ、なんで出たんですか早苗さん」
「キスしたかったからです!」
「だからね、後で、って」
「今がいいんです!」
いけー早苗さん! 文頑張れよ!
ごり押す早苗に声援が飛び、意気地ない文に野次が投げつけられる。
そういう試合じゃねぇからこれ! と文が客席を睨むと、こっち向いてくださいと頬を掴み向けられ慌てふためく。
「あややややや、待ってください早苗さん、話せば分かります! 常識的に考えて人前でするのは恥ずかしいじゃないですか?!」
「違います、人前だからするんです!」
「何故ですか?!」
「見せつけるために決まってるじゃないですか!」
「なるほど無理です!」
背伸びをして顔を寄せる早苗と、その腰を支える文。
その顔の距離はたったの五センチほどで、どこからみてもいちゃこいてるカップルだった。
「常識は打ち砕くものなんです。キスの一つがなんですか、隠す必要などありません! モラルと節度を守って壁を破りましょう!」
「義務感に溢れた顔をして言っても駄目! 軽いキスでも駄目ですから!」
大騒ぎしながら全くなんたる醜態だと文は自分に呆れていた。強引に振り払うことは容易いのに、それだけは絶対に出来ない。
ちょっと小突くだけ、怪我なぞするはずがないと思っていても、気持ちを傷つけてしまいますよねぇと思い至れば優しく腰を抱く他は無いのだ。
困った、困りましたと天を仰ごうにも顔は捕まえられていて、カクンと下に向けられる。
そして再度五センチ先になる、大好きな少女。手と口を使用不能にしてくれている早苗が必死な顔でなにやら言っていた。
ふと気づいて心が揺れる。今まで、キスをこんなにもねだられたことがあったっけ?
無かったと思う。うん、無かった。古い神様二人から貞操観念を学んだらしい彼女は、なかなか身持ちが固かった。
っと、ああ、そうだった。こんな公衆の面前でキスしたなんて知れたらこの娘を眼に入れても痛くないほど可愛がっている二柱から大目玉をくらいそうだ。
くそう、困りました。
してもいいかな、したいなと思ったのに、しちゃいけないんですね。
「文さん、アドバイス要ります?」
阿求が実況解説を超えて戦法を提案してくる。
「聞くだけ聞きます」
「翼で隠せばいいんですよ」
おお、其の手がありましたか。
バサッ、ちゅっ
えええええええええええええぇぇぇぇ?
「勝負ありでしょう。勝者、早苗さん!」
ちょっと稗田なに言いやがる! いやこのシチュは良いだろGJ!
勝手なことを言う人の眼から隠れ続けながら、やっぱり早苗は変な娘だと思う。
ねだってきたのはそちらなのに、どうしてそんなに顔を赤らめているのやら。
「良い試合ばかりでしたね文さん」
「そうですか、そうですね」
満足気な阿求と観客たちを見、こいつら全員に新聞を売りつけようと誓う文。もちろん自分たちの写真は抜いたものを発刊する気でいる。
だが其の前にせねばならないことがあった。
「第一回幻想郷ちゅっちゅコンテスト、終わらせてください」
「みなさんお疲れ様でした」
<終>
らない
晴れた日の山は静かだ。春を喜ぶ鳥の鳴き声が澄んで聞こえる。
でも里は大騒ぎをしているのだろう。冬が終わるから。人間とはそういうもの。
私の巫女も半分は人間だから、きっと一緒になって騒いでいる。
ああ。
「そんなに気になるなら見てきたらいいじゃない。溜息多いよ」
「行けるか」
喧嘩をしたのだ。行ける訳がない。
神奈子は意地っ張りで、執着心が強くて、そして早苗を娘のように愛していた。
それをあの天狗が。
「はい」
「ありがとう」
お茶を啜る。美味い。
早苗も早苗だ。どうしてあんなのがいいんだ。
力のある神様だって、神奈子には沢山知り合いがいたのだ。
なのになんで、あんな!
「女の子って不思議だね」
「まったくよ」
「好きな人がいるってんだけであんな笑っちゃってさ。幸せそうで」
「早苗を悲しませたら天狗に罰当てる」
けらけらと諏訪子が笑う。笑い事ではないのに。
やると言ったらやるのだ。それは諏訪子も解ってるはずだ。
「神奈子の頑固神。文はそんなことしないって解ってるんでしょ? だから行かせたんでしょ?」
「……まぁ、そうだが」
文のことは嫌いではない。ただ早苗を大切にしすぎているだけ。
人前で接吻などしないで欲しい。そう思って神奈子は自らコンテストに出ようとしたが、早苗は怒った。
「何故、だろうなぁ。何故あんなに怒ったんだろう」
「私のものです、ってアピールしてくるって言ってたよ。若さだよね」
「だけどなぁ」
ううむと唸る。
その声を聞いて、諏訪子が神奈子の眉間を撫でる。
「悩み過ぎ」
「すまない」
「桜の蕾が柔くなってたよ。見に行こう」
「留守にするの?」
ぺちりと額に小さな平手。そのあとすぐに接吻が落ちた。
「情緒なし。二人きりで出かけよう、って言ってるの」
「む」
「子離れしようと思うんじゃなくてさ、子の居ぬ間にと思おうよ」
「むむ」
そう思えば、案外悪くも無いか?
早苗なしに花見なんてここ数年していなかったし。
風情の一つも感じ、言葉一つくらいかけれるかも知れないか。
「早くー」
「ああ」
見慣れた背を追った。
そしてひな壇上の人妖少女たち。舞台は、整った。
「第一回幻想郷ちゅっちゅコンテスト、始まります!」
うおおおおおおおおおおお!
年がら年中春真っ盛りの、とあるところで。
一人の紳士が呟いた言葉がきっかけだったと言う。
「第一回幻想郷キス我慢選手権……」
それをタイミングよく聴きつけた住人があれよあれよと言う間に祭りを用意し、今こうして人里を百合色に染め上げていた。
退屈なら娯楽を求め、それが無いなら作ってしまおう――つまり、自給自足。某所の誇れる美徳である。
「実況・解説は毎度お馴染み、おやすみからおはようまで激写いたします射命丸文と、ついに百合本の蔵書数が三桁にとどいてしまった稗田阿求さんでお送りします。よろしくお願いしますよ阿求さん」
「よろしくお願いします」
「さてさっそくですが、コンテストのルールの説明をお願いします」
「はいでは僭越ながら。今回集まって頂いたのは各陣営から二人一組の、計七組です。
この一組一組の中で攻守が決まっていて、攻はキスをしなければ勝ち、守はキスをさせれば勝ちとなります。
攻守と分別しましたが、守るほうが攻めをその気にさせることが可能、というか必要です。
守は攻めを口説いたり、口八丁でキスをさせるようにし、攻めはそれに時間切れまで耐えてください。
制限時間は五分です。勝者には協賛の商店から賞品がありますよ」
「説明ありがとうございます。しかし五分とは短くありませんか?」
「それ以上だと糖尿病になる危険性がある、という配慮のもとの時間設定です」
「なるほど、世の中の全ての男女が紳士淑女なわけではないですからね。
それではっ! 皆さんお待ちかねの組発表に参りたいと思います。椛よろしく!」
「はーい」
文の号令で、板に掛けられていた白幕がばさりと大きく波打つ。
顕になったその全景は下記のことが書かれてあった。
攻 守
1.レミリア・スカーレット 十六夜咲夜
2.八雲藍 八雲紫
3.鈴仙・優曇華院・イナバ 因幡てゐ
4.八坂神奈子 洩矢諏訪子
5.古明地さとり 古明地こいし
6.霧雨魔理沙 風見幽香
7.博麗霊夢 アリス・マーガトロイド
阿鼻叫喚で満ちる会場。
あるものは喜びにむせび、またあるものは嗚咽を漏らしていた。
「はい、好きなカプが無かったからといって泣かない! 百合の楽しみ方は
泣かない
噛み付かない
よく分かり合って
至高を目指せ!
の、『なかよし』が肝心です! 今回のコンテストで新たな発見をする、そのくらいの気概で楽しんでください。よろしくお願いします」
「私からもお願いします」
その言葉を聴いて崩れ落ちていた者たちの眼に活力が湧き、立ち上がり始め、カプ論議で喧嘩していた親友たちが仲直りをした。
会場の空気は有頂天、観客の気持ちは一塊となる。
「それでは第一試合、攻め手レミリアさんと守り手咲夜さん入場お願いします!」
「ご覧くださいお嬢様、凄まじい観客数ですよ」
「ええ、ほんと多いわね。里は暇人ばかりなのかしら? って、私も暇潰しに出てるからそうなんだろうな」
観客席からの期待のこもった視線をものともせず、普段と変わらないテンションで会話をするレミリアと咲夜。
その会話と口元に浮かんでいる微笑から、この二人が全く緊張していないのが分かる。
「おおっと紅魔の主従組、大変落ち着いてます! これはどういうことでしょう阿求さん?」
「はい、おそらくですがこの二人、人前でキスすることに慣れているのでは無いかと」
「ご名答」
背後に咲夜を控えさせて観客に手を振っていたレミリアが、阿求の推測を肯定した。
「私の出身地である欧州では挨拶の一種にキスする。それだけでなく、恋人同士がするそれを外でやるのも珍しくない。そんな文化の中で何百年生きてきたのだからキスの一つや二つ、どうってことないわ」
「なんと羞恥心が全く無いようです! これは一組目にしてキス成るか?! では――試合開始ですっ!」
家族ちゅっちゅっうめえ! 可愛い幼女と綺麗なお姉さんは好きですか? 俺は好きです!
レミリアがさらりと言い放った言葉に観客が沸き立つ。
幼女という言葉を聞き付けてアグネスがやって来たが、よく訓練されている住人たちが歩いてお帰りを連発したので去って行った。ありがとうみんな。
「しかし悪魔の性なのかしらね。どうしようもなく期待を裏切りたい」
「単なるあまのじゃく、とも言えますわ」
「煽るね。なに、して欲しいの? してやらないけど」
レミリアの余裕を滲ませた笑顔は、自信を多分に含んでいた。勝算があるのだ。
この勝負は攻守と分かれて開始され、終わるまでその立場が変わることはない。
尚且つ、攻める側はキスを『しなければ』勝ちである。そう、何もせずに五分間を過ごすだけで勝利は手に入るのだ。
レミリアの勝ちは揺るぎようはない。ように見えた。
「何を望んだか知らないけれど、大抵のものは買えるだろうし、それが無理なら優雅に奪いなさいな。私が、勝つよ」
強気に言い放つレミリアを見、咲夜の口元に微笑が浮かぶ。
「お嬢様、私が何を所望したか申し上げてもよろしいですか」
「聞いてやろう」
「バニラビーンズです」
「なっ……!」
レミリアが驚きに眼を見開く。まさか、久しぶりにあれを食べられるというの?!
しかしバニラビーンズが何の事か分からない観客席では、疑問符が飛びかっていた。
「これは希少なものをメイドさんは賞品に選びましたね。バニラビーンズとはその名の通り、バニラの匂いの香辛料です。バニラの匂いの素、と言ったほうが分かりやすいでしょうか。これを使ったお菓子は香り高く美味しいのですよ」
外の世界でも見たことが無い者が大半であるほど、希少で高価なものだ。
幻想郷だとなおのこと手に入りにくく、原材料にバニラビーンズを一切含まず化学調味料でしかないエキスでバニラの風味付けをするしかないのだが、時折ごく僅かに生の物が外の世界から流れてくる。
咲夜は賞品として、洋菓子屋が買い占めたそれを分けて欲しいと望んだのだった。
「くう、バニラアイス……シュークリーム……」
本物の素材で作られたデザートたちが頭をよぎる。
数年食べていないそれらはヌーブ、ちょっとペタペタする大胸筋矯正サポーターよりもずっと魅力的だった。
「あとは、そうですね。バニラプリンも作りましょうか?」
「うわぁい分かってる! 咲夜、しゃがみなさい!」
「はい」
ちゅっ
うおおおおお!
「勝負あり! 勝者、十六夜咲夜!」
「文句のつけどころの無い勝ちですね。良い試合でした」
レミリアだけでなく咲夜の顔にも満面の笑みが浮かんでいる。その頬は心なしか紅く、歳相応に照れているように見えた。
「さて熱気冷めやらぬまま次の試合に進みたいと思います! 二組目、八雲家のお二人ご入場お願いします!」
主従二連発うめぇ! 一発もふりで落とせ藍様! 耳だ耳を攻めるんだゆかりん!
大声で叫ぶ者たちに呆れた眼を向ける藍と、対照的にニコニコと笑う紫が壇上に上がってくる。
「これは意外な二人。てっきりあの黒猫ちゃんと狐さんで出るのかと思いましたが」
「いや、橙にキスは早いだろう?」
「そう言うと思っていました。では、早速、試合開始です!」
うんうんという頷きとハンカチを引きちぎる音の中、二戦目が始まった。
藍は鋭く、紫は優しく相手を見つめる。向き合った二人の間には緊迫感が迸っていた。
「先ほどとはまた違った意味で不思議なことになっております。紫さんはともかくとして、藍さんの眼つきはとてもトゲトゲしい気がします」
「そうですね、尻尾の毛が膨らんでいることから、臨戦態勢にあるのだろうと思いますが」
更に付け加えると藍は少し腰を落とした半身で、今にも攻撃を仕掛けられるような体勢だった。
明らかに、主に対してする態度ではない。
紫が扇子を開閉するだけで耳がピクピクと動き、誰の眼からも藍が強く警戒しているように見える。
「らーん?」
「なんでしょう」
「キス「しません」なさい」
みなまで言わせず畳み掛ける藍。
その声は眼つき同様に鋭く、観客席にまで緊張を強いた。
「藍、藍、私の可愛い藍。帰ったら耳かきを「結構です!」しょう。だからキ「絶対しません!」さい」
「おっーとこれは紫さん劣勢か! 藍さんにことごとく突っぱねられています」
話を遮って聴く耳を持たない藍に、いつもの冷静さは無かった。
対照的に、傍目には劣勢に見える紫の様子に焦りはない。眼には余裕が、子を眺める親のそれが有った。
紫の表情を見て嫌な予感しかしない藍はプルプルと振るえて今にも泣き出しそうにも見え、また紫はその藍の怯えを楽しんでと、壇上はきゃっきゃうふふとは無縁の異様な空気に包まれている。
「来ないでください!」
「おおっと動きがありました!」
紫が藍に手を伸ばし、藍はその手から逃げる。
あの手はやばい。藍の弱いところを熟知している紫の手だ。
捕まれば一巻の終わり、しばらく人里を歩けなくなってしまうに違いなかった。
「その手に出ましたか紫さん。藍さんに撫で回しは有効かもしれませんね。その気にさせれば勝ちですから顔と言わず上半身と言わず下半」
「そこまでです阿求さん! ああっと藍さん捕まってしまいました!」
むんずと尻尾を掴まれてコケた藍がきゃんきゃん鳴き喚く。
グラマラスな藍様の絶対絶命に見入る会場はさながら中学生のAV鑑賞会。歓声は止み静けさがあたりを覆う。
藍の背中に紫が馬乗った。うっとりと性悪く笑う壮絶な表情に皆が固唾を飲み。
「って、向かい合っていないとキスって出来ませんけれど?」
「見てくださいあの良い笑顔。紫さんは手段のために目的を忘れているようですね」
「いやですやめて! 人前です!」
「昔は幽々子の前でもしてくれたじゃない。一回、ちゅっとするだけ、ね? お夕飯を作ってあげましょう。藍、藍?」
猫なで声で藍の耳を撫でまわす。
そこはらめぇ! と藍が暴れるのもなんのその。
止める気はさらさらなく逆に燃え上がるという紫の鬼畜っぷりに、観客たちが藍に同情を感じ始めたところで。
「タイムアップ! 勝者、八雲藍!」
「これはなんともいえない試合になってしまいました。紫さんが勝負を忘れたのが敗因かと思われます。これでいいのだと言わんばかりの笑顔ですけれど」
「やぁ……そこはやめてください紫様……」
「いやよ」
試合が終わっても舞台は騒がしく、その様子を見守る観客たちは大きい声で言えない感情を抱いて第二試合は終わった。
ああ藍様エロ可愛い。
「……ふぅ、八雲家にようやく壇上から出て行ってもらったところで、第三試合に行きたいと思います。永遠亭代表、攻め手鈴仙さん、守り手てゐさん、入場お願いします!」
制服百合来たー! 期待してるぜ詐欺兎! ロリの生ちゅっちゅ生ちゅっちゅ!
ロリと言う言葉を聴きつけてアグネスが再臨したが、てゐが千歳をゆうに超える妖怪兎であるという文献を見せられて首をかしげながら帰っていった。彼女は問題をもっと深く考えた方がいいよね。
「堅物兎さんに嘘つき兎さんですか。これは面白い試合になりそうです」
「ひっどーい、わたし嘘なんてつかないよ? 本当のことを言わないだけでさ!」
「これは先ほどの試合とは間逆の口撃戦が見られそうです! 試合、開始っ!」
腕組みをして鈴仙に笑いかけるてゐの顔には含みがある。何か、企んでいるのだ。
それはいつものことだけれど、今は戦いの、勝負の間だった。相手のペースに乗せられて、いつものように騙されてはならない。
鈴仙には負けるわけにはいかない理由があった。
握ったこぶしに力を入れて、変化球にも対応できるよう気を張る。
「鈴仙「聴かないよ!」ないで、って、なによ話も聴かないつもり?」
「聴かないわ。騙されたくないもの」
「なるほど、鈴仙さんは先ほどの藍さんと同じ戦法でいこうとしているのですかね」
てゐが一歩近寄れば一歩下がり一定の距離を維持し、横に移動したらその方向を向く鈴仙。
その様子はまるで格闘技のようで、観客の期待が高まっていく。
高台にいるミニスカートの女の子が暴れればどうなるか。聡い者であればすぐ分かることである。
さっきの藍様みたいになんねぇかな。てゐ追いかけて超追いかけて!
ちゅっちゅも見たいがパンツも見たい。欲望に素直な住民たちである。
「前試合は予想外の試合展開でしたが、結果的には藍さんの勝ちだったので攻め手の戦法としては有効と言えます」
「守り手の方からキスしたら負けですからね」
一分ほどを費やして試合の雰囲気が変わった。てゐが再度腕を組み、仁王立ちをする。
「鈴仙「聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない聴かない」姫様に頼まれてるんだよね私」
「……え?」
鈴仙の息が切れるのを待って言われた言葉が、鈴仙の耳に入った。
「私の賞品は姫様のご所望したものよ、って言ってんの」
「そんな」
てゐの言葉を聴いて固まる鈴仙。それも仕方ないことだった。
鈴仙が選んだ賞品は、師匠である永琳から頼まれたものである。
その師匠が仕える主が望んだものを、対戦相手は賞品に選んだと言うのだ。
私が勝てば、たしかに師匠の望んだものが手に入る。しかしそれでいいのか?
師匠として敬っているという私の心は表せようが、師匠自身の従者としてのお株が下がってしまうかもしれない。
いや、普通に考えて下がるだろう。そうなれば永遠亭での師匠の面子を潰してしまう。
「これはてゐさん、やはり策を弄してきましたね。鈴仙さんの耳が垂れてきています。戦意喪失中と見て間違いないでしょう」
「垂れてるのはいつものことですが、勝負はもう決まっているようですね」
「嘘だったら承知しないんだからね?」
「したら鈴仙は悪くないじゃーん。騙した私が怒られるだけよ」
てゐが、ぺとんと膝立ちになった鈴仙に近寄り眼を瞑った。
「ううう人前でなんて……勝つつもりだったから……」
「時間切れしそうだし、さっさとしたほうがいいよ?」
「うん……」
ちゅっ
うおおぉぉぉぉう!
「勝負あり! 勝者てゐさん! 期待を裏切らないてゐさんの力量でした!」
「賞品は、ああ春摘みの新茶ですか。鈴仙さんと一緒ですね」
「えっ?!」
「姫様から頼まれたものだから嘘は言ってないよ?」
「なっ……てゐーー!」
エコーとチラリを残しててゐを追いかける鈴仙。
てゐ、お前ってやつは……GJ! と、しばらくの間人里でてゐの株が上がったのは言うまでもない。
「いいもの見せてもらいましたねー聴いてくださいこの大歓声! この興奮そのままに次の試合に……あれ?
守矢神社のお二人の準備がまだ出来ていないようですね?」
「遅刻する、という連絡が入っていますね。あとに回しましょう。第五試合に進みたいと思います」
「そうですね。それではっ! 攻め手、古明地さとりさんと、守り手、古明地こいしさん入場お願いしますっ!」
姉妹ちゅっちゅ姉妹ちゅっちゅうおおおおおお! おねぇちゃんって呼んでこいしちゃん! 敬語! 妹に敬語こいよ!
「ああ五月蝿い。何が楽しいのでしょうか、こんなに騒いで」
「今日も捻くれてるねお姉ちゃん」
小股で壇上に上がるさとりとこいし。今から戦うと言うのに手を繋いでのご入場に、試合開始前から大歓声だ。
しかもよく見れば恋人繋ぎとあっては、観客席が姉妹萌えで大噴火しそうになるのも頷ける。
そんな騒ぎをよそに無表情なさとりと、にこにこしているこいしが位置についた。
「誰の心でも見れるさとりさんの、唯一の例外であるこいしさん。普段とは違うさとりさんが見れるかもしれない、というのも大きな見所となるでしょう」
「更にお二人はあまり地底から出てきませんからね、注目度の高い試合ですよ。それでは。試合開始っ!」
「手を離しなさい、こいし」
向かい合っても手を離さないこいしにさとりが冷たい声で言う。もちろん妹を嫌っての言葉では無い。ただ恥ずかしいのだ。
人の居るところに出るのに慣れていないうえに、こんなに大勢の前に初めて立つさとりは、とても緊張していた。
そんな姉も可愛いなぁと笑うこいしの顔に邪気はかけらも無い。
ツンを沢山浴びせられたあとのデレは美味いと知っていたから、後への期待で自然に良い笑顔になる。
「お姉ちゃん」
「なんでしょう」
「ちゅーしてよ」
「いやですね」
「ちゅー、して?」
「いやですったら」
常人なら一発目で落ちているほどの破壊力を孕んだおねだりで、こいしが迫る。
うひぃと情けない声をあげて倒れる者の出る中、しかしさとりは揺るがない。とある術で対応していた。
「さとりさん、こいしさんと眼を合わせないようにしていますね」
「あや、本当だ。おねだりに耐えるのでなくて避けているのですね」
直視してしまえば誘惑に負け……こいしの笑顔にほだされてしまう。さとりのとった行動は『見ない』だった。
内心で焦りはじめるこいし。この必殺技でキスからおやつだって思いのままだったのに、まさか見てすらくれないとは!
視界の中に入ろうと、かがんだり立ったりさとりの向く方へ動くこいしと、顔を背けたり眼を伏せたり上げたりするさとり。
今までの試合を萌えあがって見ていた観客が、少し顔を赤らめている。
「これは……非常に恋人っぽい」
「手を繋いで顔を近づけてキスのおねだり。どうみても恋人ですねありがとうございます」
姉の手で塞がっていないほうの手を使い、さとりの第三の眼を弄りだすこいし。瞼を撫で、コードに指を絡ませ、眼薬をさす。
それでも落ちないさとりの精神力に、観客たちがある種の感動を覚えたときだった。
「おねぇ、ちゃん」
「なんです」
「わたしのこと、きらい?」
震える声で尋ねられてはっとして見れば、こいしの眼は今にも涙が溢れんばかりに潤んでいる。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「でもちゅーしてくれない」
「試合中ではありませんか」
「かんけいないよぅ」
「ええええぇぇ……」
「女の人の理解不能な我侭、でましたね。さとりさんが混乱しています」
強気な態度を一変させて俯くこいしの、視界に入ろうとするさとり。先ほどとは全く逆の立場になっている。
嫌いじゃないですよ大好きですよと言うさとりに、こいしちゃんにちゅーしてあげな! と客席から天の声が降る。
その声がした方を見れば、観客のほとんどが百パーセントの自信を持って、ちゅー一回で解決すると心が叫んでいる。
キスシーンが見たいための嘘では無いようだった。藁にもすがる思いでさとりは決心した。
「こいし、ちゅーしてあげるから顔をあげて」
「してあげる、じゃなくて、させてください、じゃないの?」
「う、あ、分かったお願いちゅーさせて!」
「ん」
ちゅっ
うおぁああああああ!
「勝負ありっ! 勝者、こいしさん!」
「お見事! 文句なし、こいしさんのファインプレーでした」
手を繋いで帰っていく古明地姉妹に拍手を送る観客たちの顔は、気持ち悪いくらいににやけていた。
「さぁ盛り上がってまいりましたところで、次のカードは不思議ですよ。攻め手は魔理沙さん、守り手は幽香さんです」
「珍しい組み合わせですが何もおかしいところはありませんね。好戦的な二人ですからよく弾幕りあっていると聞いていますし、面白い試合になりそうです」
魔理沙負けるなー負けないでくれ! 幽香お姉様頑張ってー! なるほどこういうのもあるのか!
野太い声と黄色い声が飛び交う中、のんびりとした歩調で壇上にあがる二人の顔には、勝負に心躍らせた者の薄ら笑いが浮かんでいた。
「勝って賞品を手に入れるのは私だぜ、幽香」
「盗人は黙っていなさいな」
「気合充分、準備はよろしいようですね。試合、開始っ!」
妖艶な笑みで魔理沙に話しかける幽香。
「一分。一分で試合を終わらせる」
「たいした自信だな。叶わないから忘れたほうがいいぞ」
「忘れないわ」
健康的な肌色の指が魔理沙の頬を包みこむ。
ちゅっ
えぇぇぇぇぇええええ?! まりさぁああああ!
「うわぁぁぁあこれは……」
「なんと守り手からキスしていますね。ルール違反ですがどうしましょうか、顔を覆っている指の隙間が大きい文さん」
大妖怪の力で腰を抱かれた魔理沙に逃れる術はなく、幽香の思うままに貪られ続ける。
あわせた唇の間からチラリと覗くのは。
「あ、舌が入ってr」
「まりさ、まりさぁぁぁああ!」
観客たちの生唾を飲み込む音と、娘が蹂躙されている父親の絶叫のようなものが響く中、およそ一分そのキスは続いた。
「えー、先ほどの試合は魔理沙さんの勝利ということで。幽香さんにお話を伺ったところ、
『誘われたから出た。賞品? 別に……欲しくなかった。魔理沙の勝ちでいい』とのことでした。勝負にもこだわっていないとは。どういう意図があったのでしょうかね?」
「ただ出たかっただけじゃないですか?」
ぐったりした魔理沙と賞品を抱えて太陽の畑に飛んでいった幽香は、大変良い笑顔をしていたという。
「……深く突っ込んだら不味そうですね。気を取り直して次の試合に行きたいと思います。攻め手、博麗霊夢さん。守り手、アリス・マーガトロイドさん入場お願いします!」
うおおおお霊アリキタコレ! 最近増えてて嬉しいよおおお! がち百合こい!
顔を真っ赤にして壇上に上がってくる二人を包む、熱い視線。
最近熱いこの二人を見れるとあって、アダルトに振れていた観客の意識がちゅっちゅ方面に持ち直した。
「なお、守矢神社のお二人はまだ来ていませんので最後に後回させていただきます。このまま来なければ失格としますので、この試合が最後になる可能性もあります」
「残念ですが仕方ありませんね。最終試合にならないよう祈って、試合開始ですっ!」
もの凄い顔色で佇む霊夢とアリス。その眼はせわしなく動き、相手の背後や足元を見、時折眼が合っては頬に赤みが増していく。
無言である。二人とも、恥ずかしさで声も出ないようだった。
「アリスさん動きません、試合は膠着しております!」
「周知プレイと羞恥プレイですね。魔理沙さんが勝手に登録したようですから心の準備が出来ていなかったのでしょう」
そんな成り行きなのに、どうして二人は出場したか? 賞品が出ると聞いたからである。
キス一つ我慢するかさせるかで賞品だ。出なきゃ損だろ? という魔理沙の口車にのせられ、こうしてコンテストにでることになってしまったのだ。
と言っても欲しかったわけではない。
あげたかったから出ているのである。
アリスはちょっとお高い緑茶の葉を、霊夢は高級だと勧められた紅茶の葉を各々商品に選んでいた。
「あの、ね、霊夢」
「あ、うんなあにアリス」
「……やっぱりいい」
「え、あ、そう?」
「なにこれ焦れます。霊夢さんもアリスさんも普段と印象が違いますがどういうことでしょう」
「二人でいるとあんな感じであるか、もしくは恥ずかしさと緊張からでしょうね」
早くキスしろだとか五分一杯これでもいいなぁと多種多様な好みで試合を眺める観客たち。
そんな思惑を余所に、二人の脳内は焦りで一杯だった。
霊夢はアリスが誘ってくるタイミングでキスしようとしていたのに対し、アリスは試合時間いっぱい何もするつもりが無かったのに、霊夢の熱っぽい視線を真正面から、しかも衆人環視のもと受け止めているのである。
キスしてくらい言ってよアリス! え、ちょ貴方、する気?!
眼で語る二人の間に恋人の空気を読んで、観客席が生暖かい空気に包まれたそのとき。
「ええええいキスさせなさいアリス!」
「これは霊夢さんから動いてきましたが今までの流れでどうしてその気になった?!」
「弾けたんじゃあないですか。若いっていいですね」
巫女服を乱して飛び掛ってくる霊夢に、人形遣い百の禁じ手の一つである目潰しを放つアリス。
それを額で受ける霊夢を予測して人差し指を立てた握り拳、通称一本拳を作ったアリスの突きを、頭を傾けることで避けた霊夢がアリスに組み付いた。
「なっ、早い!」
「私の勝ちよ、おとなしくギブすることね!」
なんの試合だ。
「必殺の一撃が当たればアリスさんの勝ち、いや、負けでしたけど」
「ベアハッグがしっかりと決まっています。これはアリスさん逃げられない」
持ち上げられたアリスが激しくもがくも、妖怪退治でそれなりに鍛えられた霊夢には敵わない。
勝てると見込んだ霊夢がアリスの顔に唇を寄せるが、
「ああっと痛恨の判断ミス! 霊夢さん、アリスさんの唇に届かない!」
持ち上げて、更に上を向いて逃れられればなす術はない。
霊夢の腕力と自重で胴を締め上げられつつもどうにか抜けようとするアリスと、それを押さえ込む霊夢の顔がみるみるうちに赤らんでいく。
「霊夢さんがふらついてきましたね」
「アリスさんも疲れてきたようですが」
「アリス……大好きよ……だから、キスしましょう?」
「駄目よ、私のほうがっ、貴方のこと好きなんだから……っ!」
※プロレス中です
甘ったるいんだか汗臭いんだか分からない事態に戸惑う観客たち。
その状況のまま時間は過ぎ、残り三十秒というところだった。
「きゃっ!」
「がふっ!」
霊夢がうつ伏せるように倒れ込み、その勢いで後頭部を強かに打ったアリスの膝が霊夢の鳩尾に入り、二人の意識が無くなった。
「勝負ありっ?! 引き分けです、救護班、って用意してるわけないのですが、大丈夫ですかっ?!」
「熱い戦いでしたね。良い試合でしたよ、プロレス的な意味で」
観客置いてけぼりで試合は終わったが、二人は燃え尽きた良い顔で気を失っていたので、一部の人は満足してくれたかもしれない。
「先ほどのお二人に、命の別状はないと控え室から連絡がありました。そもそもあってたまるかってものですけどご心配は無用、ということです」
「それはさておき、第七試合まで終わってしまいましたが文さん。どうしましょう」
「守矢神社代表のお二人の姿が見えないのですよね。残念ですが、失格、とい」
「待ってください!」
静止の掛け声の主は早苗だった。
舞台を挟んで司会者席と反対の方から、春風に巫女服を翻らせながら壇上に駆け上る。
「私が出ます!」
おおおおおお!
意志の強い声が出場せんと高らかに叫び、観客たちから驚きと期待の混じった歓声があがった。
「えー……どうしましょう阿求さん」
「いいのではないですか? 私は見たいですが」
「私はちょっと……」
「文さん早くっ!」
早苗の呼びかけを聞いて、舞台上へと向いていた視線が一斉に文へと移動した。
「呼んでますよ?」
「ぐぅ……!」
名前を叫ばれた時点で万事休す。
先ほどの試合が微妙な終わり方をしてしまったため、空気を払拭できそうなこの盛り上がりを無視するわけにはいかなかった。
重たい足取りで舞台を目指す。どうしてこうなった。
二柱を恨めど答えは出ないまま、壇上に上がりきった。
「では実況進行解説全て私、稗田阿求がお送りします。攻め手は文さん、守り手は早苗さんでよろしいですか?」
「はいっ!」
「よろしく無くてもしないといけないんでしょう? いいですよもう……」
「うじうじしちゃってまぁ、恥ずかしいならさっさとキスすれば終わりますよ? 試合開始です」
早苗さん頑張ってー! 女を見せろ文! 良い試合見せろよ!
予定外のマッチに沸く観客のボルテージ。
その声にぐんぐんやる気を出す早苗と対照的に、ぎゅんぎゅんやる気を落としていく文。
新聞が注目されるように願っていても、自らが注目されることは恥ずかしいし、そも、そんなことは望んでいない。
恋人の機嫌を損ねない程度に終わらせなければ。ああ、ただただ面倒くさいことになったと密かに溜め息を吐いた。
「さ、文さん! キスしてください!」
「や、や、や。しませんよ。試合なんですから、勝ちにいかせていただきます」
「ではお願いします!」
「しません、ってば!」
「これは珍しい。文さんが圧されていますね」
客席から笑い声が聞こえてその方向を文が睨み付けるが、声は複数人から出ていたので止むことはない。
幻想郷最速と言われ、また自負をしている機動力をもってアグレッシブな取材をする彼女が、人間の少女相手にたじろいでいるのだ。
しかもその少女は異変を解決するほどの実力者だが、親しみやすい明るい性格で人里でも人気がある。
試合が予定外なら内容も予想外、といったところか。早苗の可愛らしい押しに困りきった顔をする文を面白がるのも、無理はなかった。
「早くしてください」
「しませんよ。帰ったらしてあげますから我慢してください。賞品も買ってあげますから」
「要りませんから!」
「わけがわからない……」
理解出来ない言動に頭を抱えるしかない。
「じゃあ、なんで出たんですか早苗さん」
「キスしたかったからです!」
「だからね、後で、って」
「今がいいんです!」
いけー早苗さん! 文頑張れよ!
ごり押す早苗に声援が飛び、意気地ない文に野次が投げつけられる。
そういう試合じゃねぇからこれ! と文が客席を睨むと、こっち向いてくださいと頬を掴み向けられ慌てふためく。
「あややややや、待ってください早苗さん、話せば分かります! 常識的に考えて人前でするのは恥ずかしいじゃないですか?!」
「違います、人前だからするんです!」
「何故ですか?!」
「見せつけるために決まってるじゃないですか!」
「なるほど無理です!」
背伸びをして顔を寄せる早苗と、その腰を支える文。
その顔の距離はたったの五センチほどで、どこからみてもいちゃこいてるカップルだった。
「常識は打ち砕くものなんです。キスの一つがなんですか、隠す必要などありません! モラルと節度を守って壁を破りましょう!」
「義務感に溢れた顔をして言っても駄目! 軽いキスでも駄目ですから!」
大騒ぎしながら全くなんたる醜態だと文は自分に呆れていた。強引に振り払うことは容易いのに、それだけは絶対に出来ない。
ちょっと小突くだけ、怪我なぞするはずがないと思っていても、気持ちを傷つけてしまいますよねぇと思い至れば優しく腰を抱く他は無いのだ。
困った、困りましたと天を仰ごうにも顔は捕まえられていて、カクンと下に向けられる。
そして再度五センチ先になる、大好きな少女。手と口を使用不能にしてくれている早苗が必死な顔でなにやら言っていた。
ふと気づいて心が揺れる。今まで、キスをこんなにもねだられたことがあったっけ?
無かったと思う。うん、無かった。古い神様二人から貞操観念を学んだらしい彼女は、なかなか身持ちが固かった。
っと、ああ、そうだった。こんな公衆の面前でキスしたなんて知れたらこの娘を眼に入れても痛くないほど可愛がっている二柱から大目玉をくらいそうだ。
くそう、困りました。
してもいいかな、したいなと思ったのに、しちゃいけないんですね。
「文さん、アドバイス要ります?」
阿求が実況解説を超えて戦法を提案してくる。
「聞くだけ聞きます」
「翼で隠せばいいんですよ」
おお、其の手がありましたか。
バサッ、ちゅっ
えええええええええええええぇぇぇぇ?
「勝負ありでしょう。勝者、早苗さん!」
ちょっと稗田なに言いやがる! いやこのシチュは良いだろGJ!
勝手なことを言う人の眼から隠れ続けながら、やっぱり早苗は変な娘だと思う。
ねだってきたのはそちらなのに、どうしてそんなに顔を赤らめているのやら。
「良い試合ばかりでしたね文さん」
「そうですか、そうですね」
満足気な阿求と観客たちを見、こいつら全員に新聞を売りつけようと誓う文。もちろん自分たちの写真は抜いたものを発刊する気でいる。
だが其の前にせねばならないことがあった。
「第一回幻想郷ちゅっちゅコンテスト、終わらせてください」
「みなさんお疲れ様でした」
<終>
らない
晴れた日の山は静かだ。春を喜ぶ鳥の鳴き声が澄んで聞こえる。
でも里は大騒ぎをしているのだろう。冬が終わるから。人間とはそういうもの。
私の巫女も半分は人間だから、きっと一緒になって騒いでいる。
ああ。
「そんなに気になるなら見てきたらいいじゃない。溜息多いよ」
「行けるか」
喧嘩をしたのだ。行ける訳がない。
神奈子は意地っ張りで、執着心が強くて、そして早苗を娘のように愛していた。
それをあの天狗が。
「はい」
「ありがとう」
お茶を啜る。美味い。
早苗も早苗だ。どうしてあんなのがいいんだ。
力のある神様だって、神奈子には沢山知り合いがいたのだ。
なのになんで、あんな!
「女の子って不思議だね」
「まったくよ」
「好きな人がいるってんだけであんな笑っちゃってさ。幸せそうで」
「早苗を悲しませたら天狗に罰当てる」
けらけらと諏訪子が笑う。笑い事ではないのに。
やると言ったらやるのだ。それは諏訪子も解ってるはずだ。
「神奈子の頑固神。文はそんなことしないって解ってるんでしょ? だから行かせたんでしょ?」
「……まぁ、そうだが」
文のことは嫌いではない。ただ早苗を大切にしすぎているだけ。
人前で接吻などしないで欲しい。そう思って神奈子は自らコンテストに出ようとしたが、早苗は怒った。
「何故、だろうなぁ。何故あんなに怒ったんだろう」
「私のものです、ってアピールしてくるって言ってたよ。若さだよね」
「だけどなぁ」
ううむと唸る。
その声を聞いて、諏訪子が神奈子の眉間を撫でる。
「悩み過ぎ」
「すまない」
「桜の蕾が柔くなってたよ。見に行こう」
「留守にするの?」
ぺちりと額に小さな平手。そのあとすぐに接吻が落ちた。
「情緒なし。二人きりで出かけよう、って言ってるの」
「む」
「子離れしようと思うんじゃなくてさ、子の居ぬ間にと思おうよ」
「むむ」
そう思えば、案外悪くも無いか?
早苗なしに花見なんてここ数年していなかったし。
風情の一つも感じ、言葉一つくらいかけれるかも知れないか。
「早くー」
「ああ」
見慣れた背を追った。
いいぞぉ、どんどんちゅっちゅしろおらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
作者様は第2回を書くべきです。
賞品は文さなの小説でお願いします
観客の一人は俺
第二回を楽しみに待ってます
俺を出演させんなよw
出演料として第二回を要求するぜ?
でも面白かったです、特に観客どもに笑った。
第二回目はいつだね?
霊夢とアリスの試合はエキシビションマッチとして一時間くらいやるべきだと思う。
5本先取とかでw
その他のカップリングもかわいすぎて
はまってしまいそうだ・・・!
GJでした!!!
このように叫んでいたのが私です!
普段見れない組み合わせが見れて幸せです。
しかし一言だけ希望を言わせてくれ、貴方のゆかれいむが見てみたい…ッ!
>うおおおお霊アリキタコレ
仲間がいっぱいいて安心したw
大変よろしかったが幽香にお持ち帰りされた魔理沙のその後とかなすわに何が起こったのかが気になりすぎるので90点で!
すわかなは第二回に持ち越しですねわかります。
>おやすみからおはようまで激写いたします射命丸文
単なる寝顔の盗撮じゃねーかw
まるで缶チューハイを七本ほど一気飲みしたかのよう……!
なんか、もう、僕はフラフラです。
もう思い残すことはない…
ありがとう…ありがとう…
すわかな追加に驚喜して狂喜しました。
100点分と思って頂ければ…ッ!
トータル102点 ナイスちゅっちゅb
いぃやっほおおおぉぉおおおうう!
ああ……次は秘封倶楽部だ……
いいぞもっとやれ。
ご馳走様です。
欲を言えば、一カップル当たりのお話をもっと掘り下げて
分量を多くしても良かったと思います。
もっと読みたいです~
あれ?俺いつの間に幻想郷へ出張したっけ?
さあもっとちゅっちゅするんだ