Coolier - 新生・東方創想話

東方中不在 ~ Proliferation of Niceboat

2010/03/23 20:27:59
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本をめくる、紙が擦れる静かな音は、畳の香る紫の和室に良く似合う。
紫の読む古書の表紙には『稗田家当主覚書』と、そう記されている。
部屋は、陽の光に淡く輝く縁側に面した障子の白を、唯一の光源としている。
薄暗い部屋だと、人によってはそう不満を感じるかもしれないが、かつての日本家屋は常にこうだったのだから、それを良く知る紫は、これくらいの明るさに落ち着きを感じた。
紫は美しい正座を保ったまま、またぺらりと、ペーシをめくる。
稗田家の当主達は長い年月をかけ『幻想郷縁起』なる妖怪辞典的書物を編み続けているが、その裏でもう一冊、この『稗田家当主覚書』を代々受け継ぎ、書き連ねてきた。
紫は、現当主阿求の書斎引き出しに納められているそれを、隙間経由でこっそりと持ち出していた。
内容的には大した本ではない。
代々当主の個人的な物思いが記された、言わば日記帖である。
そこに記された美しい文字を、紫の目が追う。
『私の身の回りに起こった些細な出来事は、あるいはもっと大きな出来事の断片なのかもしれない。けれど一々そんな可能性を考えていては、酷く疲れる。身の回りの事だけ、身近な人達の事だけを考えて日々過ごす方が、きっと幸せ』
ふっ…と一つ息を吐き、紫は微笑んだ。
幻想郷縁起などと言う大それた資料を作成している者が、どの口でそんな慎ましやかな事を言うのか。
だが稗田家当主としてはどうあれ、一個人としては、やはりそういう思いもあったのだろう。
紫は少しの間、先の一文を残した稗田阿未との記憶に思いをはせた。
古紙の上の文字を、指でなぞる。
彼女はもういないが、この古紙に染み込んだ墨は、間違いなく彼女の仕業なのだ。
わざと言葉を口に出し、紫は遠くなった阿未に語りかけた。
「思い通りにはいかないわね」
藍と橙、それと少しの友人達の事だけを考えて暮らせるならば、確かににとても気楽だ、という思いが紫にもある。
けれども、幻想郷の管理者を気取る八雲にそれは許されない。
許されないからこそ、古い友人、稗田阿未の書き残したこの愚痴に、今また目を通した。
ふんぬ、と気合を入れて紫は立ち上る。
「さ、頑張りますか…」
用済みとなった覚書は、隙間を開いて元の書斎引き出しに戻しておく。
縁側に向かって畳の上をトストスと歩き、閉じられた障子を開け放つと、晴天の空に輝くマヨイガの庭が、一瞬紫の視界を眩ませた。
気にせず、紫は式神を呼ぶ。
「藍」
呼んで間もなく、屋内に続く縁側の角から、豊かな九尾を尻に揺らしつつ、藍が現れた。
「は、なんでしょう」
「出かけるわ」
それ以上の言葉は必要無いはずであった。
藍はいつも通りに、頭を下げて返事をするのだが、
「…。はい」
その返事が一瞬遅れた事を、紫は見逃さなかった。
「藍。何か言いたい事が?」
すると藍は視線を泳がせてあからさまに迷いを見せた。
藍は言うべきか言うまいか、という様子でしばし唇を閉じ開きした後、おずおずと問うた。
「…紫様は、幽々子様の所へ行くのですか?」
「いいえ、違うわ。…それを聞きたかったの?」
「む…その…」
もごもごとして煮え切らない。
普段、殊更に理知的であろうとする藍が、あまり見せない姿である。
「自分でも良くわからないのですが…なぜか、どうしても気になってしまって…紫様が幽々子様の所へ遊びに行かれるのは、もちろんおかしくもなんともない事のはずなのですが…」
藍はしきりに首を傾げ、額に眉を寄せる。
紫はその藍の額に、ぴしりとデコピンをした。
うっ、と藍が小さな悲鳴を上げる。
「しっかりなさい」
そう叱りつける紫の顔が、戸惑う藍の瞳に映っていた。
子を躾ける親の様にも見えるが、どこか道化じみていて、芝居臭い。
「おかしいと感じる事があるのなら、何であれ、必ずその原因を明らかにしなさい。八雲は絶対にそれを怠ってはいけないの」
藍は突然の指導に面食らいながらも、紫の言葉の意味を租借している。
「その意味がきちんと理解できたら、今度は貴方が橙にそれを伝えなさい。私が直接伝えるのは、藍だけよ。藍は」
紫は片手の平で藍の頬を撫でながら、暖かい瞳で、伝える。
「藍は世界でたった一人の、私の式神なのよ」
「…!」
陽炎の様に揺れていた藍の瞳が、力強い輝きを取り戻す。
紫はそれに満足して、藍の頬から手を離した。
「では、行ってくるわね。お仕事よ」
「はいっ」
藍の返事には、いつも通り、一片の迷いも無く、曇りも無い。






この数日というもの、レミリアはパチュリーのおかげでどうにも気持ちが落ち着かないでいた。
ハァ、と湿った溜め息を吐きながら、ベットの上で何度も何度も寝返りを繰り返す。
パチュリーと魔理沙の関係についての疑問ばかりが、頭に浮んだ。
二人はどれくらい仲が良いのか、二人はお互いをどう思っているのか、これまでそんな事は気にしていなかったはずなのだが。
なお腹立たしい事に、一度考え出すと中々それが頭から離れないのだ。
とうとう眠る事を諦めたレミリアは、起き上がり、そしてまた溜め息を吐いた。
虚ろな目で、壁掛け時計を見る。
月明かりにカーテンが僅かに光るだけの暗い部屋であるが、夜目の利くレミリアには問題ではない。
時計は、午前二時を示す。
本来は吸血鬼にとっての活動時間帯なのだが、レミリアは昼夜が逆転している。
幻想郷にはおもしろい連中が大勢いるが、そのほとんどが吸血鬼とは違い昼行性であるからだ。
『やつらは光栄に思うべきなのよ』
そう豪語しつつ、レミリアは昼間起きて夜寝るという、本来とはひっくり返った生活を送っていた。
意地の悪い親友などは、
『素直じゃないのねレミィ』
などと言うが、ヴァンパイア・ロードにも色々と意地があるのだ。
レミリアは、なるべく魔理沙の事を頭に浮かべないようにしつつ、パチュリーの事を考えた。
彼女はすでに眠っているのだろうか、あるいは眠る事を忘れてまだ本を読んでいるのだろうか。
その姿は、まるで恋焦がれる乙女のようで、
「何歳だ、私は」
と、500歳を越えた吸血鬼は、自嘲気味に笑った。
ここ数日の愚考は自分でもあまりに馬鹿らしいから、この事は誰にも打ち明けていない。
だが、レミリアはざわめき続ける自分の気持ちを制御できず、しまいに苛立ちを感じ始めていた。
そこにきて泣きっ面に蜂というか、今晩などは酷い夢を見てしまった。
思い出したくも無いのだが、夢に出てきたパチュリーのあの言葉は、記憶に深く刻み込まれてしまっている。
『レミィ、今までありがとう。今日から私、魔理沙の家の居候になるの』
魔理沙と仲むつまじく手を繋ぎ、レミリアに背を向けて紅魔館の門を出て行くパチュリー…。
なんて夢を見るのだろう。
レミリアは苛立ちを通り越して自分が情けなくなってきた。
ベットから降りて、窓辺により、カーテンを開ける。
偽物ではない本物の月の光が、レミリアの体に注いだ。
残念ながら三日月ではあるが、それでもレミリアが一つ深呼吸をする度に、肌の表面から魔力が染み込んでくるのが、ほんのりと温かく感じられた。
そう言えば、とふいに記憶が蘇る。
昼夜が逆転している事が原因で魔力が半減している、そうパチュリーに言われたことをがある。
常に外敵の脅威にさらされていた外の世界ならば、それは致命傷になりうる危機だが、この幻想郷においては大した問題ではないだろう。
レミリアはそう思っていた。
しかしひょっとして、それが原因で思考がボケてしまったのだろうか。
知らず知らず、少しづつ精神的に負担がかかっていて、とうとう情けない夢まで見るようになってしまったのだろうか。
だが、またふいに、レミリアはある事を思い出した。
その記憶は、恐ろしい可能性を示しており、胸が締め付けられ、渇いた声が漏れた。
「運命夢…」
それもまた、パチュリーから聞いた事である。
今でこそ昼に起き夜に眠るレミリアだが、これまで数百年はそれと反対の生活を送ってきたのだ。
肉体がその急激な変化に順応するには今しばらく時間が必要である。
つまり、レミリアが睡眠状態にある時でも意識の深い部分はしっかりと覚醒していて、無意識に運命視を行っている事があるかもしれないと言うのだ。
確かに以前から、レミリアは少なくない頻度で正夢…運命夢とやら…を見ていた。
頭の奥に冷たい物が流れて、レミリアはまた胸を押さえた。
「まさ、か」
恐ろしい考えが、噴出してくる。
『レミィ、今までありがとう。今日から私、魔理沙の家の居候になるの』
腹の臓物がすべて足元に落ちたような感覚。
「違う、そんな、違う」
レミリアは駆け出しそうになるのを堪えなければならなかった。
どこへ? と考えてから、パチュリーの所か、と気づく。
行って、泣きつきでもするのだろうか。
自分がどれほど動揺しているか思い知らされ、しかしかえってそれが、冷静になれという意識を喚起してくれた。
二度三度深呼吸をし、月の光を反射する紅魔湖を見つめる。
静寂に包まれた黒い湖面の情景は、心を落ち着かせてくれた。
運命視をしてみようか、とも思ったが、止めた。
どうせ意味が無い。
レミリアは、親友の運命を弄る事はせぬと決めているのだから。
だがもし本当に、夢で見た通りになるのならば…。
先ほどとは違い、幼きヴァンパイア・ロードの瞳は、冷静である。
冷静に、辛い未来の可能性に向き合っているのだ。
「パチェが本当にそう望んだなら…」
それを受け止めるのが、親友だろうか。
先ほどのように慌てふためいていなくとも、これは難題であった。
答えは、簡単には出せない。
パチュリーに会いたくなったな、と思う。
レミリアはクローゼットを開け、白いカーディガンを羽織った。
どうせ目が冴えてしまったのだし、地下図書館へ冷やかしに行こう。
もしパチェが眠っていたなら、美鈴の所にでも行けばいい。
不思議と今は、パチュリーと魔理沙の事もそれほど気にならなくなっていた。
一番大事なのは、常に自分の気持ちをハッキリさせている事のなのだ。
なぜ勝手に他人の気持ちを想像してヤキモキしていたのだろうと、今になってみると自分でも不思議だった。






パチュリーが外の世界にいた頃は、ついぞ友人と呼べる魔法使いはいなかった。
この才能溢れる稀代の魔女にとっては、他の魔女などとは、関わる価値がなかったのである。
ひたすらに魔道を独歩するパチュリーの瞳を動かしたのは、唯一、レミリア・スカーレットのみであった。
そのレミリアとの交わりですら、最初のうちは、今時珍しい吸血種だから、という打算があったのである。
それを思うと、今はレミリア以外にも友人と呼べる相手…しかも一応魔法使い…ができたのだから、自分は少し変わったのかもしれないと感じる。
友人を、思う。
(レミィに似ているのかもしれない。私が持ち得ない、あの奔放さ…)
霧雨魔理沙。
彼女は流れ星の軌跡を残しながら、自由気ままに幻想郷の空を翔る。
(我がままな所…負けず嫌いな所…子供みたいにはしゃぐ所…よくよく考えると、類似点が多いわね。あの二人の性格。魔理沙はレミィほど見栄っ張りではないけれど)
レミリアは幻想が抹殺されてゆく外の世界にあって、炎のように、自由に、苛烈に生きた。幻想郷の平和に中てられたのか、今は少々ヘタレてしまっているが、その熱い輝きに、かつてのパチュリーは、憧れてたのだ。
魔理沙にもまた、レミリアほどではないにしろ同じ様な煌きがある。
(けれど残念。魔理沙はただの人間。数十年もすれば、あっけなく死んでしまうのね)
惜しい、と思う。
魔道を歩むのなら、さっさと人間をやめて魔女になってしまうべきなのだ。
百年にも満たない短い寿命では、いったい何ができるものか。
(なぜ、人間という括りにこだわるのかしら)
そう考えるパチュリーの脳裏に、一人の少女の姿が浮ぶ。
博麗霊夢。
悔しいが、彼女こそ魔理沙にとっての一番の友人であり、最大のライバル。
思うに、魔理沙は霊夢と同じ土俵に立って、競い合いたいのかもしれない。
人間をやめるのはフェアじゃない、などと思っているのだろうか。
(博麗の巫女が普通の人間と言えるかどうかは、妖しいけれど)
ならば、もし霊夢がいなければ?
魔理沙は魔女になってくれるのだろうか。
自分と同じ道を歩んでくれるのだろうか。
霊夢に悪感情を持っているわけではないのだが、ここ数日、そのような可能性を夢想をすることが度々あった。
本を読む手を止めて、机の上の時計に目を向ける。
午前二時、真夜中である。
もっとも、地下図書館は昼夜関係なく一定の薄暗さを保っている上、書を読む事と魔道だけが生きがいの魔女なのだから、今が何時であろうが関係はないのだ。
昼か夜かぐらいは把握しておこう、という程度である。
時計に関心を向けたのはほんの一瞬で、パチュリーはまた本に目を落とした。

うたた寝をしてしまったようだ。
ぼやける視界に目をこすりながら、パチュリーは上体を起こした。
「しくじった…」
本につっぷして寝ていたのか、大事な本に、ヨダレのシミができてしまっている。
顔をしかめながら、短い呪文と共にクルリと人差し指を回す。
すると、本を汚していたシミはあっという間に跡形もなく消えうせた。
時計は、二時二十分。
本の続きを読もうとして姿勢を正したパチュリーは、そこでやっと、机の対面にレミリアが顎肘をついて座っている事に気づく。
パチュリーは驚いて、喉から甲高い間抜けな音がでてしまった。
レミリアは、ニヤニヤと気に食わない笑みを浮かべていた。
「ねぼすけパッチェ」
「馬鹿」
パチュリーの心臓が、せわしなく動いていた。
「何をしているのよ」
「寝顔をみてたの」
「阿呆」
レミリアは、ぶすりとしたパチュリーの反応が面白いのか、くっくっくと楽しげに笑った。
パチュリーしばしレミリアを睨んだあと、再び本を読み始めた。
一言だけ吐き捨てる。
「大嫌いよレミィ」
レミリアはごめん、ごめんと謝ったが、半笑いの顔では気持ちを逆なでされるだけであった。
しばらく二人とも口を閉じたままで、図書館は静まりかえっていた。
パチュリーはひたすら本を捲り、レミリアは時折パチュリーの表情をチラリチラリと伺いながら、何をするでもなく座っていた。
パチュリーは、レミリアが何か言いたい事があるらしいと分かっていたが、レミリアが自ずから話すのを待っていた。
こちらから問うということを、パチュリーはあまりしない。
ねぇパチェ、とレミリアが口を開いたのは5分程経過してからであった。
「何?」
常そうであるようにパチュリーが本に目を落としたまま聞くと、レミリアの返事は少し間をおいてから返ってきた。
それは返事というより、何かの宣言に思えた。
「大好きよパチェ」
明るい、ハッキリとした声であった。
パチュリーは本から目を上げて、また自分をからかっているのかと、いぶかしげにレミリアの顔を観察した。
レミリアは、机の上で合わせた両の手の平を閉じたり開いたりしながら、少し照れた顔で、「まぁ…たまにはハッキリさせとかないとね…やぁ久しぶりだから照れるねぇ」などと、ボソボソと呟いていた。
冗談ではなく、本気で言ったようである。
少し呆れた顔をして、パチュリーは言った。
「唐突すぎよ、レミィ」
レミリアははにかんだ笑みを見せた。
「確かにそうなんだけどね、まぁ、ちょっと、ね」
パチュリーは、ふにゃりと笑うパートナーの顔に、今日は様子が変だな、という感じを受けたが、レミリアは基本的に気分屋なのだから、めずらしい事ではない。
レミリアはちらちらとパチュリーに目線を送って、露骨に返事を待っていた。
パチュリーはふぅと息を付いて、本を閉じた。
(今更またこんなことを、ね)
という思いがありつつも、パチュリーは本を置き、立ち上がる。
最後にこれをしたのは、まだ咲夜がいなかった頃のはずだ。
レミリアはパチュリーが立ち上がるのを確認した後、口元に笑みをたたえたまま、きゅっと目を瞑った。
そして、膝に手を置き、ピンと背筋を伸ばす。
パチュリーはその姿に、落ち着いた清楚なご令嬢、という印象を受けた。
(昔はもっとこう、大好きなお菓子が運ばれてくるのを今か今かと待っている子供、という感じがしたのだけど)
パチュリーは机を回り込みながら、レミリアの様子を見てそう思う。
かつてレミリアにあったその幼さは、今は、レミリアの妹であるフランドールに受け継がれている。
パチュリーは、椅子に腰掛けるレミリアの右手すぐそばに立った。
「本当、久しぶりね」
パチュリーが言うと、レミリアは小さく頷いた。
(確かに少し、照れる)
パチュリーは少しためらってから、中腰になり、自分の左手をレミリアの左肩に回し、右手はレミリアが膝で組んでいるその手に重ねる。
半ば包み込むような格好になり、自然、二人の顔は近ずく。
パチュリーの胸がレミリアの肩に押し当てられる。
柑橘系を連想させる香りが、パチュリーに鼻腔に流れ込んだ。
自分の体臭はどうなのだろうかと少し気になったが、パチュリーはそのまま、大好きな匂いに惹かれるように、レミリアの白い頬に自分の唇を触れさせた。
暖かくて柔らかい。
レミリアがわずかに顔を動かし、その細い髪の毛が、パチュリーの左瞼をくすぐった。
その刺激が、滅多に熱くならないパチュリーの脳髄を、僅かに燃え上がらせた。
レミリアの背中と左肩を包んでいる自分の左手に力を入れて、お互いの体を少しでも強く感じ合えるよう引き寄せる。
レミリアと肌を触れさせている間だけは、心の奥深くに押し込めてしまったパチュリーの原始的な欲求が露になる。
レミリアがそれに反応して小さく吐息を吐く。
とは言え、それでもやはりパチュリーはこういう方面には慎ましいのである。
二度三度、ゆっくりと鼻で呼吸をしてから、パチュリーは唇を離した。
それ以上は何もせず、普通の立ち姿勢に戻る。
パチュリーは今しがたの行いに頬を染めながら、自分の髪を弄った。
(終わったあとって、本当、どうしていいのか分からない)
レミリアは、満ち足りた表情で、はぁと火照った息を吐きながらパチュリーの唇が触れていた頬に手をやっていた。
「久しぶりのパチェのちゅー、やっぱり良いわぁ」
つい、パチュリーはつっけんどんな反応を返してしまう。
「単なる口付けでしょ」
「うふ、こんなに気持ちの篭った口付けは、ちょっと他に無いよ」
パチュリーは、レミリアがそう言ってくれる事を内心では嬉しいと感じているのだが、その気持ちを、どうしても言葉に表す事ができなかった。
「でもねぇ、一度くらいは…好きって、パチェに言って欲しいなぁ」
申し訳ない、という気持ちはあるのだが、パチュリーは肩を竦める事でレミリアの願いに返事をして、再び席に着いた。
その昔、まだ二人の関係が今ほど成熟していなかった頃、時折レミリアはパチュリーに人間達がやる様な戯れを求めた。
愛しているだの、ずっと一緒だのとさえずり合う事も、その児戯の一つであった。
けれどパチュリーには、どうしてもそれができなかったのだ。
外の世界でひっそりと暮らしていたパチュリーが、レミリアと出会うまでに過ごした孤独な数十年という時間は、悲しいほどに己を頑固にしてしまっていた。
強いて言い訳をするならば、呪文を扱う魔女は、言葉の重みに人一倍臆病になっているのかもしれない。
ともあれ、その代わりとして、パチュリーは口付けを用いてレミリアの求めに応えた。
そして今も、そのやり方は変えられずにいる。
「ま、これも良いのだけどね。あはぁ、パチェの唇の感じ、頬にまだ残ってる」
レミリアがそうやって余韻を楽しんでいる間にも、パチュリーはすでに本を捲っていた。
そんなパチュリーに気づいたレミリアは、相変わらずね、と笑った。
「私ね、もしパチェを誰かにとられたら…パチェが私以外の相手を選んだのなら、大人しく引き下がろうと思っていたんだけど、多分、無理ね。そいつの事、殺しちゃうかも」
パチュリーは表情を変える事も本から顔を上げることもせず、ただ一言、
「馬鹿ね」
とだけ言った。
だがレミリアには、込められた意味が伝わったのだろう。
少し、いじけたような顔をした。
「だって、パチェはあの白黒ネズミとずいぶん仲良しじゃない」
パチュリーは本から顔を上げた。
「魔理沙はスペルカード戦限定ではあるけど、私やレミィを負かしうる相手よ。もちろん興味あるわね。魔術そのものはまだまだ未熟だけれど。それに、まぁ、その…」
つい言い分けのようにまくし立ててしまった事を恥ずかしく思うと同時に、これから自分が言おうとしている事も、やはりまた恥ずかしかった。
けれどせめて、こういう婉曲な表現でくらいは、言葉で思いを伝えたい。
「魔理沙の自分勝手なところとか、鬱陶しくなるくらい前向きな所って、少しだけレミィに似てる」
レミリアは、少し目をぱちくりとさせて、パチュリーの言葉の意味を理解しようとしていた。
パチュリーは気恥ずかしくなって、話をそらそうと、何気ないふりを装って言った。
「レミィこそ、幻想郷にきてから人間と縁が強いみたいね。霊夢に、咲夜に…」
レミリアは少し驚いたような顔をした。
「ん、あいつらは人間のクセに中々やるし、可愛いしね。…なんだパチェ、気にしてたの」
レミリアがニヤリと気に触る顔をしたので、パチュリーは釘を刺した。
「そうじゃなくて。レミィに友人がいるように、私にも友人ができたと言いうことよ」
だがレミリアの顔は、鬱陶しい笑みのままである。
「ふぅん。それで、魔理沙は、」
レミリアはわざわざ一度間を置いて、パチュリーの顔をじぃっと覗き込んで、それから言った。
「私に似てるの? その事が、パチェと魔理沙が仲良しである事と、どう関係あるのかしら?」
パチュリーは言い返す言葉がとっさには見つからず、苦し紛れにレミリアを睨んだ。
「そういう所は大嫌いよレミィ」
レミリアはまた半笑いで、ごめんごめんとパチュリーの心に届かない謝罪を繰り返した。
それから少しの間だけ図書館の夜を二人で静かに過ごした後、レミリアはすぐに
「そろそろ眠れそうだわ」と言って、現れた時と同じくらい、唐突にまた部屋に帰っていたった。
そういうところもまた、魔理沙は似ている。
静かになった図書館で一人、パチュリーは夢想した。
魔理沙が人間をやめて魔女になれば、それこそ魔女版レミリア・スカーレットになるのではないだろうか。
今の所、魔理沙に人間をやめる気は無いようだが。
(まぁ、魔理沙が選択することなのだから、私には関係ない)
そう考えてから、おや?、と思う。
自分は魔理沙に魔女になって欲しかったのではないのか?
霊夢がそれを妨害していると思っていたのでは?
ここ数日、妙にその事が気になっていたはずだったのだが、今考えてみると、自分でも不思議なほど、どうでもいい事に感じられた。






妖精に好きと言われたら?
なぁに、にっこり笑って『ありがとう』と返しておけばそれで良い。
美鈴は、太ももにしがみ付く大妖精の頭を優しく撫でた。
「私も、大ちゃんの事好きだよ」
可愛い子猫がにゃんにゃんと頭をこすりつけてきたので撫でてやった、美鈴の感情としては、そんなところである。
大妖精はごろごろと喉を鳴らさんばかりに、気持ちよさそうに頭を撫でられながら、美鈴の足に抱きついていた。
コアラのようである。
咲夜さんに見られませんように、と美鈴は内心で祈った。
サボって妖精と遊んでいるだのと、また怒られるに違いない。
晴れた日の午後、お日様の光を浴びながら美鈴がいつもと同じく門の前に立っていたら、なにやらこわばった顔の大妖精が現れて、どうしたのと声をかけたら突然好きだと告白された。
美鈴の知る大妖精の印象からすると、随分と大胆な行動である。
大妖精はウットリとした目をして、呟いた。
「美鈴さん、優しくて、かっこよくて…憧れちゃいます…」
舘の外では、案外高い評価を貰っているのだな、と美鈴は苦笑いをした。
「美鈴さんと、もっと一緒にいたいです…」
「私はいつもここに立っているから、いつでもおいで」
そうじゃないんです、と大妖精が首を振った。
うむ?、と美鈴が首を傾げる。
「一緒にお散歩したり、遊んだりしたいです」
ごめんねと思いつつ、美鈴は断ることしかできなかった。
「ごめんね。私は門番だから、一緒にはいけないの」
大妖精は目に見えてシュンとなって、美鈴はいくらか心をくすぐられてしまった。
うつむいたまま、寂しそうに言う。
「美鈴さんは、なんで門番なんですか」
「うーん…」
もちろん大妖精の問いは哲学的な意味ではなく、門番でなければ一緒にいられるのに、という単純なものである。
だがそれだけに、門番をやりたいからやっている、という答えは返せなかった。
過去をたどればちゃんとした理由があったはずだが、普段あまり深く考えないので直ぐには言葉にできない。
だが突然、美鈴の脳裏に、一人の少女の顔がちらついた。
無意識に、名前を呼ぶ。
「フランドール様…」
その名前に反応して、大妖精が拗ねた顔をしたが、美鈴は気がつかなかった。
美鈴の頭には、時折自分の所にやってくる、無邪気で愛らしい少女の笑顔があった。
門の外に立つ美鈴に、フランドールは門の内側から、決まってこう言う。
『ねぇ美鈴、門を開けてほしいの。お外に出たいよ』
だが美鈴の返事も、いつも決まって同じだった。
『ごめんなさい。でもその代わりに、私と遊びましょう』
彼女を館の外に出してはいけない。
その無邪気さの下には、誰よりも深い狂気と破壊衝動が潜んでいるのだから。
その凶悪な力が幻想郷を乱せば、フランドールには恐ろしい制裁が待っているだろう。
無論、フランドールがその気になれば美鈴が止められるものではないのだが、不思議と美鈴の言う事には、大人しく従ってくれた。
美鈴はそんなフランドールの事が好きである。
だからこそ絶対に、フランドールに幻想郷の門を開いてはならないのだと心に決めた。
ああ、そうか、門番にはそういう役目もあるのだ。
外敵の侵入を防ぐだけが門番ではないのだと、今、美鈴はこっそりと決意を新たにした。
そして、はっ、と夢想から覚める。
「ごめんね、ぼーっとしてた」
大妖精はぷっくりと頬を膨らませて、それこそフランドールに劣らず美鈴がぎゅっと抱きしめたくなるような愛らしい顔をしていた。
「フランドールさんって、レミリアさんの妹さん、ですよね」
「知ってるの?」
「里の慧音先生から…。危険な吸血鬼だって…」
気が引けるのか、半ば呟くように、大妖精は言った。
嘘ではないし、仕方ないのだが…、と美鈴は内心で顔をしかめた。
美鈴はできるだけ優しく微笑みながら、大妖精を撫でた。
「フランドール様ってね、可愛らしいお方なんだよ」
大妖精はどうしていいのかよくわからない、という顔だった。
「…美鈴さんは…フランドールさんの事が好きなんですね」
美鈴はにっこりと笑い、頷いた。
いつか、フランドールがこの愛らしい大妖精と遊べる日がくればいいな、と願う。
だが大妖精は、おもしろくなさそうな顔をして、美鈴の足から離れた。
嫉妬しているようだ、と美鈴には感じられて、つい言ってしまう。
「ごめんね」
「…いえ…」
とだけ大妖精は答え、それから二人の間に少し気まずい沈黙が流れた。
ところで唐突だが、美鈴は気の達人である。
これまでの修行の成果もあって美鈴は半径数十メートル以内に存在する生物の気配を的確に察知することができる。
その美鈴の感覚が、数メートル先の木の陰にこちらを伺っている存在があることを捉えていた。
大妖精がやってきた少し後に現れ、ずっと木陰にいる。
邪気のある気配ではない。
チルノちゃんだろう、とあたりをつけていた。
明確な根拠があるわけではないが、大妖精と一緒に現れるのはたいていチルノである。
美鈴は気づかないふりをしつつ、どうするつもりなのかな、と密かに様子を伺っていた。
そして、美鈴と大妖精の会話が途切れて、少したった時である。
やはりチルノが木陰から飛び出してきた。
「やっと見つけた!大ちゃん、ここにいたんだ」
美鈴にとっては滑稽なセリフだが、それを笑ったりするような事はしない。
「皆もう集まってるよ。早く遊びにいこーよ」
「チルノちゃん…う、うん…」
大妖精はどことなくなごり惜しそうに、チラリと美鈴の方を見た。
美鈴はにこりと笑って手を振る。
「また、遊びにおいでね。チルノちゃんも」
「は、はい。また来ます」
こくりこくりとうなずく大妖精の隣で、チルノは憮然とした顔のまま、黙って小さく一度、頷いただけだ。
美鈴は、おや? と思う。
「行こう、大ちゃん」
「うん」
大妖精とチルノは美鈴に背を向け、紅魔湖へ飛び立っていく…と思われた。
だが飛び立ったのは大妖精だけで、チルノは美鈴に背を向けたまま、まだ地面に立っていた。
「…チルノちゃん?」
大妖精は、チルノがついてきていない事に気がついておらず、一人遠ざかっていく。
背を向けたまま、チルノが言った。
「美鈴ねーちゃん」
そのチルノの声は、いつもの朗らかで明け透けな声とはまったく一変して、重い声であった。
美鈴はそこに憎悪の欠片を感じて、自分の感覚を疑った。
「チ、チルノちゃん…?」
「あたい…」
自分の感覚は間違っていないと、今一度聞いたチルノの声から確信する。
憎悪、というのは言い過ぎかもしれないが、好いた相手に出す声色ではなかった。
「あたい、負けないからねっ」
チルノはそう吐き捨て、美鈴が言葉の意味を問い返す間も無く、力強く地を蹴って飛び去っていった。
「ど、どういう…」
問いかける相手はすでにいない。
だが、大妖精を追いかけていくチルノの後ろ姿を見ていると、すぐにピンときた。
「…ぷっ」
と、吹きだしてしまう。
美鈴の心にあった不安も、同時に霧散した。
チルノが抱いていたのは確かに負の感情に違いないが、それは憎悪などではない。
嫉妬、なのだ。
美鈴はカラカラと笑った。
大妖精も罪作りな娘だ。
自分のすぐ隣にあんなにとっても可愛い娘がいるのに、自分のようなデクの坊に寄ってくる事もなかろうに。
灯台もと暗し、というやつだ。
澄んだ青空と、その空を写して青く輝く湖の間、小さくなっていく二人の背中に向けて、美鈴は言った。
「頑張れ、チルノちゃん」
美鈴は嫉妬するチルノの姿が可愛らしくて、嫉妬が憎悪に変わりうることを、忘れていた。






ルーミアの精神の奥に潜む底知れぬ知性は、幻想郷の住人で最も早く、異変が起こりつつある事を察知していた。
「そーなのかー」
暗い洞窟の置くで、一人呟く。
比較的弱い妖怪である自分は異変の影響を受けやすいらしく、すでに精神が変調している。
大妖精を食い殺したくて仕方が無い。
その衝動は日に日に強くなっていた。
異変が終息するまでは人前に出ないほうがいいだろう、そう判断して、山奥の誰にも知られていない洞窟に身を横たわらせる。
ルーミアは二つの点で、己を笑った。
一つ、自分はなんと弱くなったのだろう。
一つ、自分はなんと優しくなったのだろう。
かつての自分なら、何であれ周囲の世界から影響を受ける事など全くなかった。また、誰かを殺したいと思ったならば、それが誰であろうと、躊躇なく殺した。
金色の魔王。ロード・オブ・ナイトメア。
その名前は、もう遥か彼方になってしまった。
「そーなのかー」
けれど、今の自分には満足している。
頭につけた真っ赤なリボンを意識しながら、目を瞑って充足に浸った。
この楽園の一員になりたいと願ったとき、魔王は己の力を封じ込めるために、このリボンを結った。
今や、たゆたう混沌の海は狭い空間に押し込まれて、その唯一の出入り口はこのリボンできつく縛られ、時折そこから水滴が漏れるだけである。
かつて自分がきつく締めたそのリボンは、今の自分の力ではもう解く事ができない。
だが、それで良い。
この平和な幻想郷で、かつての世界であれば数日と待たずに消滅させられていたであろう儚い妖精達や、今を楽しむことしか知らない馬鹿で力の弱いあやかし達と、共に楽しく日々を過ごせればそれでよい。
チルノのまぶしい笑顔を思って、ルーミアは微笑んだ。
だがそのまぶしい笑顔が向かう先には、ルーミアではなく、大妖精がいるのだ。
ルーミアは顔をしかめ、その心にザワリと黒い霧が舞った。
チルノが愛らしい笑顔を向ける大妖精は、しかし、その笑みを紅魔館の門番に向けている。
ルーミアは、己の犬歯をむき出しにして、唸った。
大妖精、お前の目は節穴なのか? 自分に向けられたその瞳に、なぜ気づかない。お前は、この私が欲っしてやまないものを持っているというのに、なぜそれを無碍にする。なんと愚かしい。なんと妬ましい。殺してしやる。
その鋭い犬歯で妄想の大妖精を数十回も八つ裂きにした後、ようやくルーミアは正気に戻った。
今しがたの己の思考を振り返って、やれやれと肩をすくめた。
大したもんじゃないか、と地底に座す嫉妬の源を思う。
このまま放置すると、あるいは過去のどの異変よりも血なまぐさい事件になってしまうかもしれない。
それは、今のルーミアが望む世界とは違う。
「そーなのかー」
しっかり頼むぞ八雲に博麗。
ルーミアの奥深くに眠る金色の魔王は、そう願った。







紫はようやっと霊夢を異変解決に出発させたが、霊夢は最後までブチブチと愚痴を言い続けていた。
紫は空に小さくなっていく霊夢を博麗神社境内から見送り、やれやれと息をつく。
まぁ現れたタイミングも悪かったのだが、それにしても霊夢は相変わらずのぐうたらである。
紫が現れたのは、霊夢が境内の掃除を終えて、お茶に口をつけたちょうどその時だった。
お茶を取り上げ、今すぐ異変解決にいけと霊夢の尻を叩いたのである。
お茶の時間を邪魔された霊夢は、へそを曲げた。
しかたなく、紫は霊夢にこんこんと説明した。
現在異変が発生しつつある事。そしてこの異変が危険な物である事。急ぎ、今の初期段階で解決させなければならない事。
それでもものぐさ巫女の興味は、お茶とお菓子に向けられていた。
しかた無いと言えばしかたが無い。
霊夢はこの異変の影響範囲外にいるのだから、そのため今ひとつ危機感が無いのだろう。
なぜ霊夢が異変の範囲外にいるかは、少し説明が必要になる。
紫が幻想郷を駆け回って観察したところ、異変の基本構造は次の通りであった。
かりに幻想郷の住人をA,B,C,,,Zと表現していくとする。
単純といえば単純である。
AはBを好きになる。
BはCを好きになる。
Zまでずっとその連鎖が続くのだ。
ただ厄介な事に、「自分の好きな相手が誰を好きか」という情報がなんらかの形でそれぞれに与えられる。
その結果、AはCを憎み、BはDを憎むようになる。
A,B,C、B,C,D、C,D,E...の三人一組で異変が形になるのだ
複数が一人を好きになるパターンもあるようだが、基本構造は以上である。
まさに嫉妬の連鎖である。
紫もまた、異変に巻き込まれている。
紫をBとすると、Aは藍であり、Cは幽々子、Dは豊穣の神、秋穣子である。
確かに近頃、紫の胸の内に、『おのれ売女神め、飯で幽々子をつりおったな』、という呪詛の念が浮かび上がる事があった。
ただ、藍に嫉妬されるという点だけは悪い気がしなかった。
もっとも、A,B,Cの組み合わせに必ずしも日ごろの好感情が関わっているわけではないようだが。
話はそれたが、この構造ゆえに、霊夢は異変の範囲外にいた。
付け加えると霧雨魔理沙もまた、異変の範囲外にいる。
霊夢はいわゆるZ、連鎖の終着地点にいるのだ。
何事にも中立な博麗には、好きになる相手がいない。
紫はそれが悲しくもあり、誇らしくもあった。
霊夢は正真正銘の博麗なのだと、また証明されたのだ。
またそのため、霊夢を好くという条件付けになっている魔理沙には、妬む相手が存在しない。
これまで数々の異変を解決してきた二人は、今回もその立役者になるようだ。
ちなみに、近頃異変解決に意欲を見せている守矢の巫女は、幸か不幸か、もろに異変の影響を被り、八坂神との婚姻権を巡って己の先祖である洩矢神に勝負を挑むというパラドックス的な大立ち回りを繰り広げている。
ただニ柱のほうは、さすがに神格だけあって今の所は異変の影響を一切うけておらず、おかしくなった自分達の巫女に対して「またか」と頭を抱えていた。
それはさておき、霊夢が自発的に異変に気づくのは、その性質ゆえにもう少し遅くなっていただろう。
今回の異変は、それが命取りになりうる。
すでに、普通の人間や力の弱い妖怪達の間には、危険な感情を抱く者も現れ始めている。
いずれ力の強い者にも影響は広がっていくだろう。
そうなれば、今は途切れ途切れになっている嫉妬の連鎖が本格的につながり始め、いよいよに恐ろしい事態になってしまうだろう。
そのために、紫は早々に霊夢をたきつけたのだ。
頬を流れる冷や汗をぬぐいもせず、紫は呟いた。
「Niceboat…」
かつて外の世界で起こった、嫉妬に端を発した忌まわしい事件。
絶対に幻想郷であれを起してはならない。
紫は中空に隙間を開いた。
これから幻想郷を飛び回り、霊夢が異変を解決するまでの間、殺傷事件になりそうな火種を、なんとか消してなだめて回らなければならない。
もし今すぐ異変の源を抹殺すれば、この危機は確かに収まるだろう。
だがここは、妖しがたどり着く最後の楽園、幻想郷。
備わった能力ゆえに排除されるなどという事は、あってはならない。
そしてその理想と現実の隙間を埋める事が、八雲に定められた使命なのだ。
「忙しい忙しい」
紫はそう言って、隙間に潜る。
ふょん、と摩訶不思議な音を立てて、跡形もなく隙間は消え、博麗神社の境内から人気が消えた。
八雲が集めた断片は一つの大きな欠片となり、そしてそれらが合わさって、幻想郷の歴史を形作っていくのだ。
        ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは勇×パル物を書いていると
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったら勇義もパルスィも一度も出てこなかった』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれも何をされたのかわからなかった
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    プロットミスだとか構成ミスだとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

まずは読んでくださった方々へ。
本当にありがとうございます。
始めは普通に勇×パル物を書いていたんです。
けれど書いている最中に、サイン、クローバーフィールド、ミスト、REC、という映画を立て続けに見たのです。そしてそれらがとってもおもしろかったのです。
で、つい影響されて、『事件の裏にいた人達を描いてみてえ!』と思い立ち、こんな有様になりました。
分かり難い話になってしまったかなぁ、もっと面白いと思ってもらえる場面があったのかなぁ、といろいろ不安ですが、ともあれ今書ける全力は尽くしました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

お目汚し。
KASA
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コメント



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つづきがないとおれがしぬ
5.100名前が無い程度の能力削除
これはいいものだ。
うっかりレミパチュがすてきすぎる
11.80即奏削除
な、なんでしょうか……。
話の一つ一つは素敵な雰囲気ですし、異変全体としてもなかなかに艶めかしいのに、
紫の呟き一発で色々と吹き飛んじゃったような気がします……!

Niceboatって、業の深い言葉ですね……。
12.90名前が無い程度の能力削除
これはどういう結末を迎えるのか激しく気になります。
故に私は続きを希望しますw
13.90名前が無い程度の能力削除
ロード・オブ・ナイトメアって、竜破斬も幻想入りしてそうですね、っと・・・
それはともかく、とても良かったので、続きを書いて欲しいですね
16.80名前が無い程度の能力削除
嫌だ、嫌だ、Niceboat.はもう嫌なんだ…。
20.90ずわいがに削除
ぅわこれ異変やったんか!?ビビッたわ;;
なんか、愛情の再確認みたいな感じで凄い胸をえぐられたり、もしくはほのぼのしたり、色々あったんですが……わぉ。

>おれは勇×パル物を書いていると思ったら勇義もパルスィも一度も出てこなかった
う、嘘だろ?そ、そんな恐ろしい事がこの世に……ある、のか?
21.100名前が無い程度の能力削除
異変です
私の2828が止まりません
これの続編を読めば解決するってばっちゃが言ってた
22.80名前が無い程度の能力削除
是非続きを書いてほしいです!
23.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
31.80楽郷 陸削除
異変の裏側でそれぞれの思惑が交差していて興味深かったです。
後書きも笑いました。