場所は、悪魔の住む館・紅魔館。
夜空に紅い満月が浮かび上がる静かな夜に、一人の少女が紅魔館の門を訪れていた。
来訪者の名は、古明地こいし。
幻想郷の地底に広がる地下都市に住む、さとり妖怪の少女である。
その身に纏うのは、鮮やかな萌黄色のスカートと燃える様な山吹色のワンピース。
そして、ワンポイントのリボンが結ばれた黒い帽子。
その胸元には、さとり妖怪の証である第三の瞳が姿を見せている。
無造作に下げられた片手には真紅の薔薇の花束を抱えたままで、こいしは呼び鈴を鳴らす。
静かな夜だからこそ、呼び鈴の音は遠くまで聞こえるのだろうか。
こいしには、湖に立つ小波がほんの少しだけ呼び鈴の音と共鳴して激しく波打った様に思えた。
暫く経つと、守衛室より一人の妖精メイドが姿を見せ、こいしに向けて一礼をする。
初めて見る顔だった。
恐らくは、新入りのメイドなのだろう。
「ようこそ、おいで下さいました」
「ええ、おいでになりましたよ」
「当主様がお待ちです。何卒、宜しくお願い致します」
「はいはいっと。当主様がお待ちとあっちゃ、無視は出来ませんからね」
うやうやしく頭を下げる妖精のメイドを前にして、こいしは軽く笑みを向ける。
こいしは、昔からの友人である吸血鬼のフランドールに会う為に、こうしてこの館を訪れていたのだ。
フランドール・スカーレット。
こいしの友人にして、この紅魔館の当主となった吸血鬼。
かつてこの館を治めていたのはフランドールの姉のレミリアだったのだが、今はフランドールが館に君臨している。
遠い昔――レミリアの元に、従者の十六夜咲夜を始めとする人妖が集っていた頃、この紅魔館には多数の妖精メイドが奉公をしていたと言う。
騒がしいながらも楽しくて、危険と死の危機が常にありながらも何処か愉快な日常が、其処にはあったと言う。
だが、今や紅魔館にかつての栄光は無く、寂れた館には一人の狂った吸血鬼が隠れ住むばかり。
妖精メイドもまた、最低限の衣食住の世話を行う為だけの人数を残して皆解雇されているのだ。
もはや、悪魔の棲む館は没落の一途を辿るのみである。
「フランちゃんは地下室だっけ?」
「はい。当主様は酷く日光を嫌っておられますので……」
「お姉さんが日光に殺されたから、だっけ」
こいしの言葉に対し、妖精メイドは黙って頭を下げる。
言葉は無くとも、その様からは肯定の意思が伝わっていた。
それ以上を問うのは無礼に当たると考え、こいしは別の言葉を口にする。
唇から出たのは、友人であるフランドールの事だ。
「もう、何年前なんだろうねぇ。フランちゃんがこの紅魔館の当主になったのって」
「私の前任者の、さらに前任の前任の頃だと伝え聞いております。
細かい数字までは分かりませんが、おおよそ二百年程昔ではないか」
「ふぅん。二百年か……人間なら四世代くらい。確かに私がフランちゃんと会ったのも、多分その頃だね。
あの頃は、このお屋敷はもっともっと賑やかだったのを覚えてるもん。本当に賑やかなお屋敷だった。
……でも、お姉さんが死んでから全てが狂ってしまった。今でも覚えているよ。
棺桶に入れられた灰の山を前にして、泣き崩れるフランちゃんの事も。
ま、私も今や隠居したお姉ちゃんに代わって、地霊殿の当主をしているワケだけどさ」
こいしは、面白く無さそうに過去の事と自らの置かれている立場を呟いている。
相対する妖精メイドはと言えば、僅かに視線を俯かせると、すがり付く様な声で一言、
「…………お願いします、こいし様。どうか、当主様のお傍に」
当主の友人でもある来訪者に、そう告げる事しか出来なかった。
こいしは、あくまでも悠然とした表情を崩さない。
壮絶な覚悟も、重い決心も必要ない。
ただ、こいしは友人に会うだけなのだから。
「うん、フランちゃんはお友達だからね。任せて。心配はいらないよ」
「………………では、お気をつけて」
深く頭を下げた妖精メイドを後にして、こいしは紅魔館庭園へと足を進める。
庭園を鮮血の如く咲き誇る真紅の薔薇が彩っていたのは昔の事。
今の荒れ果た庭園を満たすのは、鬱蒼と茂る雑草と朽ちた薔薇の蔦。
そして吸血鬼の瘴気を浴びて醜く変質した植物達である。
庭園の管理をしていた門番妖怪が館を去ったのは何時の事だったろうか――その様な事を考えながら、こいしは紅魔館の扉に手を掛ける。
「お邪魔します」
虚空へと向けて放たれた言葉に返事をする者は、誰も居ない。
侵入者にいち早く気付いたメイド長も、来客に素っ気無い反応をしていた七曜の魔女も、この館には居ないのだから。
だから、誰もこいしの言葉に返事を返してはくれない。
「さてと、地下室はっと……」
薄らと埃が積もった廊下の上を、妖怪少女が駆けている。
ひび割れた窓。引き裂かれたカーテン。剥がれた壁。歪んだ窓枠。
廃墟と化した紅魔館の廊下を、古明地こいしは歩んでいる。
途中で廊下の段差に足を取られ、転んでしまいそうになったが、そこは無意識の間に姿勢を取り戻す事で回避成功。
特に問題も無く、こいしは地下へと続く階段まで辿り着いていた。
階段へと一歩を進めようとしたその瞬間、こいしの隣に突然闇の塊が姿を現わしていた。
突如として己の傍らに出現した闇の塊に対し、こいしは特に驚きも怯えもしない。
それは、見慣れた光景。見慣れた妖怪。見慣れた友人の姿だったのだから。
「ういっす。久しぶりだね」
「ぬえちゃんも来てたんだ。久しぶり」
「うん。ここ数年バタバタしていたからねぇ。
こいしちゃんと会うのは本当に久しぶりな気がするよ。
今日だって、ちょっと友達にお寺の方を任せてお休みを無理やり作った様な物だしさ」
「へぇー。その友達ってのも大変だねぇ……」
「うん。小傘ってヤツなんだけどね、まあ昔からの付き合いなのさ」
「ほほーう成程。……って、ぬえちゃん髪伸びた?」
「微妙にね。昔よりかは伸びてるよ」
「おっぱいは育っていないけどねー」
「うっさい。こいしちゃんだって育ってないじゃん」
闇の塊の正体は、正体不明の妖怪少女・封獣ぬえ。
彼女もまたこいしと同じくフランの友人であり、紅魔館の来訪者でもある。
歪な形をした羽を翻しながら、ぬえはこいしの隣に着地、久々の友との再会を喜んでいた。
「ぬえちゃんもすっかり出世したよねー。昔は悪戯好きな妖怪だったのに、凄いよ。
今や命蓮寺の代表で、毘沙門天さんの代理人の身分なんでしょう?」
「形だけだよ。命蓮寺設立の頃からのメンバーだと、私しか生き残っていないってだけだもん。
信仰とか正義とか法とか、まだまだ修行中の身だから分かっていない部分も多いしさ」
「にへへっ、ぬえちゃんの毘沙門天姿、ちょっとだけ見たいなー」
「聞いちゃいないよこいつ……昔から変わらないんだから、はぁ……
まあ、そんな所がこいしちゃんらしいと言えば、らしいんだけどね」
「お褒めに預かり光栄ですよー」
「褒めてないってば。毘沙門天的には咎めています」
軽口を叩き合いながら、二人は地下へと続く階段を降りる。
松明やランプの無い階段は、油断をすると足を取られてしまいそうだ。
だが、二人は何の困難も無く地下室の扉の前まで辿り着いていた。
久々に友人と出会えた事が、二人の感覚を刺激していたのかもしれない。
ぬえが錆び付いた鉄扉を軽く二度、三度とノックすると、内側から鍵が外される音が聞こえた。
ギギ、と金属同士が擦れ合う濁った音を響かせながら、重厚な鉄扉がスライドし、閉ざされていた地下室への通路が開かれる。
地下室内から吹き込むのは冷たい風だ。
冬の朝にも似た冷たい空気の流れが、こいしとぬえの頬を軽く撫で、二人に痛みにも似た冷たさを感じさせる。
フランドールは、姉を日光に殺された日から、ありとあらゆる光を嫌ったと言う。
最初は太陽を。
次は月光や星の光を。
更には炎の光を。
そして、最後にはランプやフィラメントによる人工の灯をも拒絶し、完全な暗闇の中に閉じ篭もってしまった。
それ故に、意図して光や熱を遠ざけた当主の間は何時も冬の如き寒さに覆われている。
凍える風の向こう側。
こいしとぬえの視界の中に、燃え上がる様な金髪が捉えられる。
金色の髪だけではない。
色とりどりの宝石にも似た羽や、滅茶苦茶に歪んだ時計の針にも似た杖。
鮮やかな赤と白で彩られたドレスと、赤のリボンが可愛らしいナイトキャップ。
口元から覗くのは、一対の牙。
何年ぶりであろうとも、見間違える事は無い。
紛れも無い、友人の姿。
「久しぶりだね、フランちゃん」
「……こいし、ちゃん?
その声、こいしちゃんだよね……?」
久しぶりに耳にした声そのは、酷く弱々しく感じられた。
枯れ木と枯葉が擦れ合っているかの様な、今にも消え入りそうな声。
だが、吸血鬼が発するとは到底思えないその声は紛れも無くフランドールの発した物。
何十年もの間を地下室で過ごした結果、衰弱を極めた吸血鬼の発した羽虫の如き声だった。
「うん。こいしだよ。さとり妖怪の、古明地こいし。
私だけじゃなくて、ぬえちゃんも一緒」
こいしの囁きは、嬉しそうな声色だった。
久々に友人と会えた事が嬉しかったのだろう。
傍らに立っていたぬえもまた軽く頭を下げると、フランドールへと向けて声を掛ける。
面倒くさそうにしながらも、その口元は喜びや楽しさを隠しきれていない。
ぬえもまた、久々に友人に会えた事が嬉しかったのだろう。
「や、久しぶりだね。今では命蓮寺の代表にまで出世しちゃいました、ぬえですよっと。
どう? 信仰していく?」
「も、もー! こんな所で勧誘しちゃ駄目だよ、ぬえちゃん。
フランちゃんは悪魔なんだから、仏教とは多分無縁だし」
「にひひっ、そうだったかそうだったか」
「信者の勧誘に熱心なのも良いけど、お友達を巻き込むのはめーですっ」
「悪い悪い。つい癖でね」
やや強引な信仰の勧誘をしながらも、その言葉の端々には少女らしい、悪戯好きな妖怪の雰囲気が残っている。
其処に居たのは、毘沙門天の代理としての封獣ぬえではなく、正体不明の妖怪としての封獣ぬえ。
「お互い、変わらないんだよね。私もぬえちゃんもフランちゃんも、昔から何も変わらない」
ぬえだけではない。
もう一人の客人であるこいしもまた、数百年前から変わらない笑顔を浮かべている。
姉から地霊殿の当主を継いださとり妖怪ではなく、無意識に放浪を続けるさとり妖怪としての古明地こいしが其処に居た。
だから、フランドールは――……
「……………………うん。変わっていないよね、私達」
何十年かぶりに出会った友人へ、最高の笑顔で応じる事にした。
無意識の間に瞳の奥から零れてしまう温かな涙を手で拭いながら、冷たい表情のまま固まっていた頬を和らげて、友人へと向かい合う。
久しぶりの友人は大切な館へのお客様なのだから、当主として恥かしくない態度で居たい――その様な考えもまた、フランドールの頭の中には浮かんでいた。
「ふふふっ。変わっていませんとも。妖怪がそんなに簡単に変われるもんですかっての」
「UFOを飛ばして、無意識に殺戮をして、手当たり次第に破壊活動を行っていた昔からなーんにも変わっていない。
私もこいしちゃんもフランちゃんも、昔から今までずーっとお友達だよ」
「フランちゃんがこのお屋敷の当主になったみたいに、時間の流れは確かに私達をほんの少しだけ変えてしまったかもしれない。
でも、根っこの部分はずーっと同じだよ。今でも私達三人は仲良しの妖怪トリオなの。
最近の数十年はお互いに忙しくて会う事も少なかったけど、またこれから仲良く過ごそうと思って、今日はこうして来ました」
一度言葉を言い終えると、こいしはフランドールへ向けて薔薇の花束を手向けする。
紅い薔薇はさながら血の如く、暗闇に包まれた地下室の中においてもその鮮やかな色合いを主張していた。
やれやれ、キザなんだから――そう呟くぬえも何処からか虹色のUFOを出現させると、景気付けとばかりに地下室の中を飛び回らせる。
ならば私だって負けてはいられない――そう考えたフランドールもまた、手を握ると虹色のUFOを盛大に破壊し、地下室の中に虹の破片を盛大に撒き散らす。
驚いたぬえが悲鳴を上げ、こいしがケタケタと笑い、フランもまたしてやったりと笑顔を浮かべ、ぬえが怒る。
遠い昔に出会い、意気投合をし、騒がしく賑やかな毎日を送っていた三人の時間が少しずつ動き出していた。
◆ ◇ ◆
「へぇー。ぬえちゃんって、毘沙門天さんの代理をしているんだ」
「大した事はあまりしていないけどね。先代の寅丸さんの方がずーっと立派だったし。未だ修行の身ですよ。
こんなに大きなお屋敷の当主になったんだから、フランちゃんの方が立派だと思う」
「そんな事無いよー! お姉様の方がずっとカリスマも実力もあったし……えっと、私なんかじゃまともに執務も出来ないから……」
「ま、何時ぞやのメイドさんみたいなのが入ればそこは解決でしょう。
フランちゃんにとって大切なのは、スカーレットの家と紅魔館を守る事――だよね?」
「……うん。あんまり自信は無いけど――あたっ!?」
自信が無さそうなフランドールの頭を叩いたのは、こいしだった。
さも無意識に手が出ました、とでも言いたそうな表情を浮かべると、こいしはほんの少しだけ怒りを込めた口調で咎める。
「自信とか関係無いの。フランちゃんは当主なんだから、胸を張りなさい。
私だって何だかんだで地霊殿の主になっちゃって、最初は自信が無かったけど今ではしっかりお務めしているしさ。
地霊殿と紅魔館の違いはあるけど、私はきっちりと主をやってるよ。
なら、私に出来る事がフランちゃんに出来ないワケないでしょ? フランちゃんは今でも……えっと……私の、憧れみたいな物だしさ。
昔は事あるごとにペットになれなれって言っていたくらい、好きだったんだよ?」
最後の言葉は、何処か恥かしそうな口ぶりだった。
それでも、先程の言葉はこいしにとっては混ざり気の無い純粋な気持ちだ。
フランドールを慕っていた頃の気持ちも、フランドールを飼いたいと思っていた頃の気持ちも、昔から変わっていないのだから――だから、こいしにとってはその気持ちをそのまま口にしただけ。
ただ、それだけの事だった。
「ま、ペットがどーのこーのってのはどうかと思ったりするけど……私もフランちゃんの事は好きだったしさ」
こいしに続いて、ぬえもフランへの思いを語っていた。
それは、素っ気無い口調だが、どこか温かさや親しみの込められた言葉だ。
「信者さんから紅魔館の当主がここ数十年の間ずーっと引き篭もっているって聞いて、少し心配していたんだよ。
出来ればもっと早く来たかったんだけどね……ウチの住人の不幸事が重なって、来るのが遅れちゃって、えっと……ごめん」
「それはしょうがないよ。白蓮さん達が事故で亡くなったのは、ぬえちゃんの責任じゃないんだからさ」
「……うん。そう言って貰えると少しは救われるかな。
本当……どうして私だけが生き残っちゃったんだろう。船から落ちたり、崖から足を踏み外したり……
皆くだらない事故で命を落としちゃった。……どうして、私だけが――」
「ぬえちゃんにさ、託したんじゃないかな?
命蓮寺の事も、毘沙門天の事も、白蓮さんの教えの事も全部託して一足早くあの世へ行った。
立派な後継者が居るんだから、後悔はしていないと思うよ?」
ぬえが自らの身に起こった過去の不幸事を思い出して瞳を潤ませたのに反応をしたのだろうか。
さり気なく優しい言葉でフォローを入れるのは、こいしの役割だ。
無意識に優しい言葉を掛けるのは、こいしにしか出来ない事。
だから、こいしは存分にその役目を果していた。
それがこの場において、自分に出来る事なのだと他ならないこいし自身が考えていたのだから。
「そう、かなぁ……」
「うん! きっと……聖さんも他の皆も、ぬえちゃんの事を見守ってくれているよ。
だから弱音を吐いたりせず、ぬえちゃんも頑張らなくちゃ」
「……うん! こいしちゃんがそう言うなら、そうする」
軽く拳を握ると、ぬえの表情に少しばかりの光が差した――気が、した。
少なくとも、こいしとフランドールの瞳にはぬえの明るい表情が映っていたのだから。
「よしよし。偉い偉い」
「う、うー! 子供じゃない! って言うか、私はこいしちゃんよりも年上だっての!」
「おっぱいはちっちゃいけどねー♪」
「あんまりサイズは変わらないだろうがぁ!」
「おー怖い怖い。ご主人様にそんな言葉遣いとは」
「私はー! こいしちゃんのペットじゃないのーっ!」
「……ふふっ。二人とも昔と変わっていなくて、何だか私まで懐かしい気持ちになってきちゃった。
ねぇねぇ。久しぶりに悪戯とかしてみよっか? それとも肝試しでもしてみる?
紅魔館のホールでパーティーなんかも面白そうだし、お茶会なんかも面白そう」
何時の間にか、フランドールの表情には笑みが零れていた。
懐かしい友人と会い、不幸事が重なる前の頃を思い出す事が出来たからだろうか。
「おぉー。流石は紅魔館の当主様だ。会場を出してくれるとは太っ腹!」
「貸しだからね。次のパーティーは地下か命蓮寺でやりますよーだ。きちんとお掃除しておいてよね」
「良いよー。とは言っても、お掃除をするのは私じゃなくて私のペットだけどね」
「ズルいよなーこいしちゃんは。私はいっつも広いお寺をお掃除しているって言うのに」
「えへへー♪ そこはその、役得ってヤツなのですよーだ」
「きちんと家事もしないとダメだよー? メイドに任せてばかりの私が言うのもダメかもしれないけど」
「あーそう言えば! フランちゃん、地上フロアが滅茶苦茶だよ! お掃除なり補修工事なりをしないと!」
「う、うぅ……面倒だから館ごと破壊して」
「「ダメですっ」」
「あぅぅー。二人とも酷いー……でも、日光は怖いし……うぅー……」
「真面目にお掃除すれば良いじゃないの」
「こいしちゃんも、真面目にお掃除はしなさいっ!」
◆ ◇ ◆
その後、三人は思い思いに土産話に花を咲かせ、持ち寄ったお菓子を食べ、一つのベッドで眠り――そして、別れ際には軽くキスを交わした。
次は毘沙門天様の格好で来るよ。
何時かペットにしてあげる。
今度は、館を復興させてお客様として招くからね。
三者三様の別れの言葉は、再び会う日へ向けて――……
◆ ◇ ◆
「ただいま」
「にゃー。お帰りなさいませです、こいし様。
おくうのヤツは核融合炉の調整中なので、今は私がお相手をさせて頂きます」
「ん。分かった」
外出から戻った私を迎えてくれたのは、もう何百年もの付き合いになるペットのお燐だった。
小柄な黒猫の姿のままで私の足元に擦り寄ってくるお燐を抱き上げると、私は執務室への廊下を歩く。
「こいし様、成果はどの様な具合でしたか?」
「んー……そうだねぇ。フランちゃんもぬえちゃんも、昔と全然変わっていなかったよ。
立場だとか家族構成だとかは変わったけど、本人は昔のまま。私の記憶通りの二人だった」
「ほほう」
「フランちゃんは紅魔館の当主になって、ぬえちゃんは命蓮寺の代表になった。
――うん。私の計画通りだ」
「ですよねー。二百年も掛けてコツコツ行った計画がこうも順調に進むとは、流石はこいし様です」
「褒めても何も出ないぞっと」
「にひひィ、そいつは失敬失敬」
腕の中で気持ち良さそうにしているお燐に語り掛けていると、私の視線は無意識の間に中庭の方へと向けられていた。
「でもまあ、お友達をペットにする、なんてバカげた計画を真面目に実行してしまう辺りは流石こいし様ですねー」
お燐の言葉を聞き流しながら、私は中庭の景色をぼんやりと眺める。
其処に見えるのは、焦熱地獄へと繋がる出入り口。
地熱を利用した簡易露天風呂。
そして、お燐によって捕らえられた怨霊達。
どれがどれだったかはいちいち覚えてはいないけれど、紅魔館と命蓮寺の元住人達だ。
小柄でコウモリに似た羽を生やした怨霊と、それを庇っている薄らと銀色の混じった怨霊。
あれはきっと、紅魔館の元当主とその従者なのだろう。
その隣には昼寝をしている怨霊や、何処かから流れ込んだボロボロの新聞を熱心に読んでいる怨霊も居る。
紅魔館組(仮称)から少し離れた所には、石と泥で作られた像を前にしてじっと立ち尽くしている怨霊達が居た。
粗雑な像だが、木の棒や石を持っているから毘沙門天のつもりなのだろう。
となれば……そうか。あの怨霊達は、元命蓮寺の住人達か。
「流石はお燐だね。あれだけの死体を運び込んで死後に怨霊にしてしまうのだから、飼い主としては鼻が高い」
「大した事はしていませんよ。こいし様が殺して、私が運ぶ。それだけのルーチンワークでしたから」
「ふふっ、そう言えばそうだったっけ」
「吸血鬼の死体を運ぶのは少しだけ疲れましたけどね。何せ、灰ですから」
この中庭に居る怨霊達は、特別扱い――所謂VIP待遇の怨霊達だ。
私のペット候補である、フランちゃんとぬえちゃんにとっての大切な存在の死後。
裁きを受けて転世なんてさせない。
永久に、この地霊殿の中庭に閉じ込めておく怨霊達だ。
野生動物をペットにするのに必要なのは、首輪でもなければネームタグでもなく、ましてや餌を遣る皿でもない。
ただ、奪ってやれば良い。
ペットにしたい動物が依存している物を、何もかも奪ってやれば良い。
家族も、逃げ場も、弱みを見せられる誰かも、庇護をしてくれる何かも、何もかもを奪えば良い。
そうして、私以外の何にも依存が出来なくなれば、それで完璧だ。
そうすれば、おのずとペットの方から飼い主である私に懐いてくるのだから。
私はそれを忠実に実行し、フランちゃんとぬえちゃんから家族を奪った。
時には事故に見せかけて。
時には自然に命が尽きるのを待つ事で。
私は、あの二人から居場所を奪い続けた。
だからもう、もうあの二人は私無しで生きる事は出来ない。
突如として与えられた役職の重圧や責務から逃れるには、私と楽しく過ごす他に無いのだから。
もう、あの二人には私以外に心を休める事が出来る場所は無いのだ。
私の物になるのは、もはや時間の問題。
あの二人には、私と言う名の見えない首輪が嵌められているのだから。
いや――既に、フランちゃんはもう私の物になっていた、かな?
ありとあらゆる光を嫌う様になってしまったフランちゃんの事だ。
光の届かない地底世界でならば、きっと自分からペットになってくれるだろう。
「……そう言えば、お姉ちゃんはどうしているの?
二百年程前に、私のペットになった、あのお姉ちゃんは」
「んふふー♪ 地下牢でお待ちですよー。
こいし様に撫でて頂けるのを。こいし様のお声を聞けるのを。こいし様にキスをして頂けるのを、今か今かとお待ちです」
「そっか。それじゃあ……ふふっ、もう少しだけ、焦らしちゃおうかなぁ」
「相変わらずこいし様はイジワルですねー」
「イジワルですよぉだ。キヒヒヒヒッ」
私の計画に反対したお姉ちゃんもまた、今や私のペットなのだ。
地霊殿の当主としての古明地さとりが最後に叫んだ言葉は何だっただろうか――そうだ、「許して下さい」だったか。
私は許してあげた。
その身分をペットへと落とし、当主の座を私に譲る事を条件に、私はお姉ちゃんを許したのだった。
遠い遠い、昔の事だけど。
中庭から視線を外し、私は執務室の扉に手を掛け、ふと大切な事を思い出す。
大切な事だから、今の内にお燐に言っておこう。
「ああ、そう言えばお燐」
「んにゃ? どうかなさいましたか?」
「ぬえちゃんにね、お友達が居るんだって。小傘って言う名前らしいんだけどさ。
――これも、奪っちゃおうか」
せめてタイトルぐらいは意味あるかと思ったが
けどゾクゾクした
まさかこんな展開だとは思わず……切ない系と思ってたら不意打ちでした。
読む人を選ぶ作品な気がするので少し点数は抑え目に。
はるかさん、あなたは狂っているんだ!
どれくらいの衝撃かと言うと、油断したところを後ろからばっさり斬られたくらいの衝撃でした。
まあ、二次創作ですし、こういう結末もアリかなと私的には思うんですが、これは見る人を選ぶ作品ですね。
とりあえずタグの「Ex三人娘」を見てほのぼのを期待して来た人にはきついと思います。
面白かったです。
色んな意見はあると思いますが、自分はこういうお話も大好きです。
続きがありましたら、次も楽しみに待ってます。
だけど話はぬるいね。
雰囲気もバッチリで話もなかなかに怖くて、文章・内容の完成度は良いんですが
どうしても全編にかけての設定の説明口調セリフが不自然すぎて気になってしまった。
個人的にさとり様の服従が一番キました。
でも面白かった。
ほのぼのした三人娘にこそ違和感を覚える俺にはこの位がちょうどいい。
裏から手をまわして暗躍するというこいしのキャラ付けに若干馴染めなかったので、この点数で。
若干ですが、こいしと燐の会話部分がクドく感じました。これはこれで忌み嫌われた妖怪っぷりが表現されてて良いとも思ったのですが……、しかし、ここはサラリと短めに纏めた方が作品全体の怖さが引き締まったかと思います。
良かったんです。ゾクゾクしました。けど、高得点は入れられないんです。なんでだろ……
ホントにごめんなさい。でも面白かった
ペットの発言がしきりに出たあたりから違和感はあった、気がする、が…
俺には、無理だ。
次からこのシリーズでどんな話を読んでもこいしは
こういう魂胆だ、ってのがついてまわりかねないけど。
あばばばばば、これは正しく“退治されてしかるべき妖怪”!
博麗の巫女は何をしている?被害者が妖怪では動かない?それとも、まさか……
が、引き込まれた
こいしの企みだな…とは前半あたりで解ったけど、ここまで黒いとは・・・
まぁ本来狂気があってもおかしくないキャラなので不自然ではないんですねぇ。
未来の可能性のひとつであって欲しいところ。
ただ、前半のこいしのセリフが冗長で説明臭かったと思う。
だがな、小傘は渡さんぞ