――地霊殿。
正午から幾分時間が過ぎただろうか。気だるい午後の時間だった。
さとりとその二匹のペットは、白昼の惰眠を貪っていた。
さとりはまどろみの中、胸の上に僅かな重みを感じた。お空とお燐が左右から自分に抱きつくようにして寝息を立てている。
さとりよりも身長の高い彼女たちの頭をそっと抱きしめる。さとりの『眼』をしても、二人の夢の中までは覗き見ることはできない。
故に――
彼女たちの心の声が自動的に入ってくることも無く、温もりだけを感じることができた。
サトリという妖怪なのに。その能力が発揮されないこの状況こそ最もさとりが安らげる時間なのだ。
抱きしめる。
ぎゅう、と。
「うにゅ……」
と。
「あ……」
お空が身じろぎする。起こしてしまったか。
「しゃとりさま、おはようございまひゅ」
呂律が回らない目覚めの挨拶に思わずときめいてしまうが、それを表情には出さないよう努めて微笑む。
「起きる?」
「まだ寝てますー……」
お空は再び瞳を閉じて、ごろんと仰向けになった。
ぽよん。
「…………」
目の前で揺れる胸。
「…………」
柔らかそうだ。
そう思ったときにはもう、むんず、とお空の胸を鷲づかみにしていた。
「ふわああああ!?」
絶妙な弾力とともに歪み、あまつさえ指の間からも零れ落ちそうな豊かな乳房。
ふにふにふにふに。
「な、なな、なにしてるんですかさとり様!」胸を押さえて飛び起きた。
「あ、つい」
なんか出るかと思って。
「引っ張らないで下さいー!」
お空の焦りと驚き等々が入り混じった雑音のような心がさとりの頭の中に入ってくる。それに顔をしかめながら、さとりはお空の胸から手を離した。
「いきなり何をするんですかもう……」
胸を押さえつつさとりから距離をとるお空。今は寝巻きなので少しでも動くたびに胸が揺れる揺れる。
が、さとりの視線は胸から別の場所へ注がれていた。正確には、胸の間。お空の胸に埋まった赤い瞳だ。
濡れた光を湛える赤い瞳。今はお空が胸を寄せ上げているので、少し隠れる形になるのだが、少し潰れているような気がする。
「ねぇお空?」
「はい?」
「それ……」
さとりはお空の胸に埋まった瞳に指を近づけようとして――
「あ、ちょっとさとり様ごめんなさい」
お空にやんわり拒絶された。
「触らせて?」
せめて硬いのか柔らかいのかくらいは知りたい。
「えーと、ダメですよ?」
お空はさとりの片手を握って、動きを封じる。
それならばと、さとりはもう片方の手を胸の瞳へと伸ばすが、それも掴まれてしまった。
「ん、こら。お空……!」
「だめですってば」
カクカクと微妙な攻防がベッドの上で繰り広げられる。傍から見れば上半身だけダンスをしているようにも見えるのだろうか。
「触らせなさいって」
「これはダメなんです」
珍しく頑なに拒むお空。
「ん、にゃあ……どうしたんですかぁ?」
そんなことをしていたから、お燐も目を覚ましてしまった。
なんとなく、これ以上続けるのも主人としての威厳に関わるような気がしたので、さとりは手を引いた。
「ごめんなさいねお空」
「あ、そんな。気にしないで下さい」
言いながら胸を両腕で抱えるように押さえ、さとりに背中を向けるお空だった。
「……? どうしたの二人とも?」
「なんでもないわよ」
「なんでもない……」
さとりとお空は同時に声を発し、お燐は首を傾げたのだった。
翌日。
「ところで、お空」
さとりがその事でお空に声をかけたのは夕食事時だった。
「前から気になっていたんだけど、その胸の瞳は何なの?」
「え、これですか?」
お空は自分の胸を覗き込んで赤い瞳に触れた。
さとりはその瞬間を見逃さなかった。
僅かな波紋のようなものが表面に浮かび、昨日触ったお空の胸以上にプルプルと揺れ動いたのだ。
胸とは違った震え方をしたし、しっかりと触ったから痛覚も無いようだ。
「これは、えーっと、なんだっけ、ほら、あのー、うー……何だったったかなぁ……山の神様にもらったときにえーとうーんと……あー、うー?」
お空の心を読んでみたが、それでも要領を得なかった。
「どれどれ」
「あ、さとり様は触らないで下さい」
伸ばした手をお空に叩き落とされた。
このお空の拒絶ぶり。
「ふぅ……む……」
ひとつ確実なことが判明した。
お空の主人として、あの胸の瞳は何なのか調査せねばならないということだ。決して個人的な好奇心なのではなく、ついでに味もみておく必要がありそうだ。
「さとり様がずっとあたしの胸見てるんだけど……」
さとりの視線を不審がるお空。
「やだなぁ、さとり様はそんなことしないよお空」
お燐、ナイスフォロー。
「そ、そうかなぁ」
「そうよ。私がお空の胸ばっか見てもしょうがないじゃない」
「さとり様、ヨダレヨダレ!」
お燐、ナイスフォロー。
「え、あれ、あはは」
さとりは慌てて口元を拭った。
「全くさとり様ってたまに本当に子供っぽいとこあるんだからー」
「まぁお燐ったら失礼ね」
「口元が緩んでるのはお空だけで十分さ!」
「あたしはそんなにゆるくないぞー」
あはははは、と食卓に明るい笑顔の花が咲いた。
あはは。あははと口元を笑みの形に曲げつつも、さとりはスプーンをそっと袖に隠すのだった。
「もう、二人とも笑ってないで早くお風呂に入ってしまいなさい」
「はーい」
「お燐行くよーさとり様も後から来てくださいね!」
無邪気な笑顔にさとりは優しく微笑み返した。にこりと。三日月のような微笑を――
さて、どうしたらお空に悟られず胸の瞳まで到達できるかだ。
正攻法で行けば拒絶される。ならば無理やり押さえつけるか? それは無理だ。八咫烏の力――核を操る能力にさとりが敵うはずも無い。
というわけで。
「不本意ながら夜這いしかないという結論に至りました」
すやすやと眠るお空の前に立ったさとりは表情だけでも申し訳なさそうにしてみる。
これで少しは自責の念を取っ払えるというもの。
ベッドの上で幸せそうに眠るお空。就寝してから数刻経ったので、ちょっとやそっとじゃ起きない筈だ。
禁忌を犯す直前の高揚感がさとりの胸の中で渦巻いた。自然と息が荒くなるのを抑えることもせず。
足元から。
お空の布団にぬるりと入る。
布団の中が意外に息苦しくてはぁはぁと息がさらに乱れるが、馬乗りになる形で覆い被さった。
布団をかぶり、無防備なお空を見下ろした。僅かに上下する豊満な乳房の間で光を放つ赤い瞳。これからこれをどうこうしてしまおうと考えるだけで心臓がドキドキと踊りだした。
「……いざ」
まずはゆっくりと。さとりが恐る恐るお空の胸の瞳に触れるまさにその瞬間――
「んにゅ……しゃとりさまぁ」
「!?」
起きたか!?
否、まだ瞳は閉じている。
寝言のようだ。
「……だいすきですしゃとりしゃま……」
どんな夢を見ているのだろうか。頬を紅潮させ、ときおりぺろぺろと舌を出すお空。
そんな彼女を見て、さとりはふと我に返る。
自分のことをこんなに好いていてくれるお空が嫌がることをしようとしてる。
そうだ。
お空はあんなに嫌がっていたではないか。それを主人の好奇心半分で、夜這いまがいのことをしてまで行おうとしている。古明地さとりは――地霊殿の主は――こんなに卑怯な妖怪に成り下がったのか。
「……ふ」
やめよう。お空が嫌がるのならそれを尊重しよう。
濡れた指先を拭いてここを去ろう。
「……濡れた……?」
右手の指が全て第二関節くらいまで、胸の瞳にずっぽりと入っていた。
「あ……」
人肌よりも少し暖かく、プルプルとしていて――
「きもちいい」
ヌルヌルと指を動かしてみる。
そしたら、キュって締まった。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「う……うぅ?」
お空が目を覚ます。そして、自分の胸を見た。そこにはさとりの右手が刺さった胸の瞳があって。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
悲鳴を上げた。
ズボォと指を引き抜くさとり。
「なにこれ!? なにこれ!?」
「え!? え!? えええ!?」
焦るさとりの頭にお空の混乱した心が割り込んで来て思考が停止する。
さとりはもはや本能で当初の計画を実行していた。
袖に隠し持ったスプーンを取り出し、お空の赤い瞳を思い切り掬い上げると同時に、口に運ぶ!
ぱく。
…………………………
………………
……
「あ、おいし」
「い、今の季節はいちご味なんです……」
お空は恥ずかしそうに両手で顔を覆うのだった。
(了)
最後イイハナシダナーになるのかと思ったら、オチで吹いたwww
>どんな夢を見ているのだろうか。頬を紅潮させ、ときおりぺろぺろと舌を出すお空。
夢の内容kwsk
どうしてアレを見てスプーンで掬えると思えるんだw
胸にある瞳に指が入ってからの展開やいちご味だということとか面白かったです。
え? なに……これ?
お空はお空でさとりのサード愛を味見する夢を見ていたに違いない
最初から食べる気だったのか
「味もみておく」って比喩かと思ったのに
あと何味があるのか、非常に気になるww