~起~
-ある日の紅魔館は大図書館-
陽の光も満足に入らず年中に渡って薄暗くカビ臭い、壁掛けのロウソクがなければ一寸先どころか足元すら見えず、ひとたび声を上げればどこまでも反響しそうなほど広大な一室を埋めるは、迷路のように配置された本棚たちと、そこに納められた、現代では忘れ去られ幻想と化した種々様々な本たち。
本の墓場か、あるいは宝の山か、いずれにせよ…
「こぁ~~~!!?」
ズドドドドドドーーーーン
図書館である以上、騒音や叫び声をあげるべきではない。
「ケホッコホッ…ちょっと 小悪魔ー?あなた また本落とし……」
舞い上がった埃に咳こみながら騒音が起きた場所へと向かうのは、紫の長髪を赤と青のリボンであしらい、寝間着を思わせるゆったりとした服装に身を包んだ『七曜の魔女』ことパチュリー・ノーレッジ。この図書館の実質的な館長だ。
「なにをどうやったら本棚に収まってるはずの本をこんなに落とせるのかしらね……」
そう彼女が溜息まじりに呟く先には、
「んん~!!ん~!ん~!!」
山のように詰まれた大量の本と、その頂上に頭から突っ込まれたかのような格好で、脚だけをバタバタと動かしもがいている彼女の使い魔の姿があった。
(似たような光景を本で読んだことあるわね、確か…犬走神家の一族だったかしら…?)
銀田一という探偵が、犬走神家でおこる怪事件を解決していくという内容の、幻想郷では割とポピュラーな、だがタイトルの語録が悪いと不評のある小説だ。
暇つぶしに読んだことのあるパチュリーだったが、
(まぁ そんなことどうでもいいか)
すぐに頭から追い出し、声をかける。
「小悪魔ー?大丈夫ー?」
「んー!?んんんんー!!」
(まぁ 一応大丈夫みたいね)
何を言っているのかはわからなかったが、叫んでいる姿を見て、大事ないと判断したのだろう、ホッと胸をなでおろす。
「引っ張り出すからちょっと待ってなさい」
言い、フワリと身体を浮き上がらせる。そして本の山から突き出した脚の足首を掴み思うことがあった、
(…相変わらず綺麗な脚ね…)
自分のとは違うスラリと伸びた長い脚には、
(スカートじゃなくパンツの方が似合うんじゃないかしら?)
今度着てもらおう。そう思うパチュリーであった。
どうでもよかった。
「それじゃあいくわよ?せー…のっ!!」
声を張り上げ気合を入れると共に、無い力を振り絞って思い切り引っ張った。
―――――☆★☆★☆―――――
「こぁ~、助かりました~。」
「まったく、これで何度目よ…」
パチュリーが、はぁ…と溜息つく先で、
「こぁ…すみません……」
真っ白なYシャツに赤いネクタイ、その上から黒いベストと同色のロングスカートを着て、申し訳なさそうにうなだれる赤い色の髪をした少女がいた。
「たまにあなたがレミィの同類だというのを忘れそうになるわ…」
彼女は人間ではない。
背中にはコウモリのそれに似た翼、頭にも小さな羽が一対生えており、計4枚の羽を時々パタパタと動かしている。
「あなた、ホントに悪魔なの?」
そう、彼女は悪魔。
七曜の魔女パチュリー・ノーレッジの使い魔にして 、紅魔館大図書館の司書をやっている『小悪魔』である。
「こぁ…ごめんなさい…」
埃まみれの姿で正座させられ、謝り続ける姿は およそ一般的な悪魔のイメージとはほど遠いものであったが……
「ちなみに今日の小悪魔の下着は、アダルトな黒のレースなのね?」
「こぁ~~っ!!見ないでくださいっ!!」
という会話があったとか、なかったとか…それはまた別の話。
―――――★☆★☆★―――――
~承~
先の事故(?)にも一段落つき、各々の作業に戻った彼女たち二人。
パチュリーは部屋の中心にある彼女の指定席とも言える席に座り、その傍らに山と積まれた本の一冊を広げ。
小悪魔は…先ほど増えた『後片付け』という仕事にとりかかっている。
「小悪魔ー?お茶のおかわりちょうだーい?」
「はーい ただい…まぁぁあぁあ!!?」
ズドドドーン!!
(また あの子は…)
だが再び聞こえる大惨事の音。
(こんなだから喘息が治らないのよ…)
ケホッケホッと咳込みながら、さらに増えた悩みに、パチュリーは微かに痛む頭を抱えた。
暫くして、
「た、ただいまお持ちしました♪」
ティーセットを持った小悪魔が、先の失敗をごまかすように笑顔でやってきた……服はヨレヨレ、髪はグシャグシャのベタベタ埃まみれというひどい惨状で、
「また 随分働いてくれたみたいね…」
「えっと…あはははは…」
あからさまな嫌味に苦笑いで返す小悪魔。
「はぁ…まったく…」
と呟き、読んでいる本を閉じ席を立つパチュリー。
「こぁ?どうされました?」
「ちょっとお風呂に」
「紅茶冷めちゃいますよ?」
「たまにはアイスティーもいいでしょ」
「では氷を用意しときますね」
微妙に的外れな返事に、微妙に的外れなままで返事をして氷を取りに行こうとする自身の使い魔の襟を、
「あなたも来るのよ。」
と言いグイッと引っ張る、
「Σグフッ ゲホッゴホッ…私も、ですか?」
ズリズリ
「当たり前じゃないの。」
ズリズリ
「私は本の片付けがあるので…」
ズリズリ
「後にしなさい。」
ズリズリ
「本の配置とか忘れちゃいますよ~。」
ズリズリ
「私が覚えてるから大丈夫よ。」
ズリズリ
「というかいい加減苦しいんですが!!」
ズリズリ
どうにか逃れようとする小悪魔を無視して、そのまま浴場へと引っ張って行くパチュリーだった。
―――――☆★☆★☆―――――
『Bath Room(バスルーム)』と書かれた扉を開ける。
フワッと香る、浴室独特のシャンプーの仄かな香り。
そして部屋の中央には人一人、いや二、三人は余裕で入れそうな巨大な西洋バスタブ(幻想郷では東西洋の区別はないが)があり、お湯が湯気と共に並々と溢れている。
ここは図書館の中にいくつかある別室の一つを改装して、バスルームとして使っている部屋である。
湿気は本を傷めるため、あまりいいことではないのだが…そこは『七曜の魔女』、部屋から一切湿気が逃げないよう結界を張ってある。
「さっさと洗って出るわよ。今読んでる本だってまだ途中なんだから。」
言うや ポンポンと服を脱いでいくパチュリー。
…と それを見ている小悪魔。
「…なにしてるの?」
「え?」
ジト目で睨むパチュリーに、何を言われているのかわからずに戸惑う小悪魔。
「あなたも脱ぐのよ。それとも何?服着たまま入るつもり?」
「え、あ 私もですか?」
パチュリーの背中を流すだけと思っていたのだろう、小悪魔は予想外の言葉に驚きの声をあげる。
「先入ってるから、早く来なさいよね。」
これ以上の問答は無用とばかりに、早々に脱ぎ終えたパチュリーはとっとと湯舟に浸かるのであった。
―――――☆★☆★☆―――――
暫くして来た小悪魔も湯に浸かり、
「ほら、後ろ向いて」
「え?どうして…」
「いいから、ほら。」
未だにお風呂に来た理由がわからずにいる小悪魔を無理矢理促し、背を向けさせるパチュリー。
「あなたは私の、七曜の魔女の使い魔なんだから もっと身嗜みにも気をつけなさい?」
「え?あ…」
言われてようやく自分の状態に気づいたのか、小悪魔は慌てて髪を整えようとするが、
「すみま…こぁっ!?」
頭からお湯をぶっかけて、そのまま石鹸を泡立てていくパチュリー
「わっ じ、自分でやりますよー!!」
「いいからじっとしてなさい。」
一蹴、有無を言わさぬ態度で黙らせる。
「………」
「………」
しばしの静寂。室内には石鹸が泡立つ音だけが響く。
だが沈黙に耐え兼ねたのか小悪魔が口を開く、
「あの…」
「何?」
「一つ、お願いしていいですか?」
「なによ改まって?」
突然の真剣な雰囲気に、疑問を抱くパチュリーだったが、すぐにその疑問は晴れた、
「私の名前なんですが…」
瞬間、髪を洗う手が止まる。
「何か思い出したの?」
「それが全然…」
アハハ…と、ごまかすように笑う小悪魔。
『小悪魔』というのは、当然名前ではない。
使い魔として契約する際、契約者同士はお互いの額を合わせ、そこから魔力を触れ合わせて繋がりをつくる。それで使い魔としての契約は完了するのだが、
「私ともあろう者が、まさか失敗することすら稀な使い魔契約で失敗するなんてね…」
契約に必要な魔力はほんの微量でいいのだが、その頃はまだ、魔女として半人前のパチュリーは初めて見る悪魔に興奮し、自身の魔力のほとんどを小悪魔に流し込んでしまったのだ。
そしてその結果、
「あなたの記憶はおろか、名前すら忘れさせるなんて…」
「気にしないでください、過ぎたことですから。」
心から申し訳なさそうに言うパチュリーに、笑いかける小悪魔。
でも…とパチュリーが続ける。
「あと少し、もう少しで研究が完成するの…」
小悪魔の記憶喪失が魔力的要因によるものである以上、同じく魔力で治すしかない。だが脳に魔力をかけるのだ、失敗すればまた記憶を失う、最悪の場合、脳死ということにもなりかねない。
だからパチュリーは長い年月をかけて、大図書館の無数の本を参考に、慎重に慎重を重ねて記憶回復の研究を進めてきたのだ。
「あと少しなの…」
その一言を最後に、パチュリーは黙ってしまった。
小悪魔も何も話さず、話せず、ただ黙っていた。
お湯の温もりとは裏腹に、二人の間に流れる空気は冷えてしまったように思えた。
―――――★☆★☆★―――――
~転~
それから数日が経ったある日、
「よぉーっす!!遊びにきたぜ!!」
バァーンッ!
壊さんばかりの勢いで扉を開けたのは、
「あなたが入口から来るなんて珍しいわね?…魔理沙。」
「おいおい、人を泥棒みたく言うなよ。」
ハハッと愉快そうに笑うは、金色の髪に、片手に箒、これぞ魔女とも言える白黒の三角帽子にエプロンドレス、どちらもが大量のフリルで飾られ可愛さをアピールしている。
彼女の名前は霧雨魔理沙、魔法使いである。
普段から図書館に忍び込んでは、本を盗んでいく…まさに泥棒だった。
「今日は日頃の礼も兼ねて、お前にお土産を持って来たんだ。」
そう言って帽子から何かを取り出す魔理沙に、それはみすみす本を盗まれている私への嫌み?そう言いたげにジト目で睨むパチュリーに向かって、
「ほれ。」
投げられたのは一冊の本だった。よほど保存状態が悪いのだろう、宙を舞う途中で表紙の紙の破片がパラパラと落ちる。
「ずいぶん古い本ね…」
「あぁ、実家を飛び出すときに拝借した本だが、どこに仕舞ったか忘れちまってな。」
ハッハッハツと今度も心から愉快そうに笑う魔理沙。
そんな彼女を無視して受け取った本を開いてみるパチュリー。
(なによこれ…)
だが表紙どころか、中身も虫食いやシミ、かすれだらけでほとんど読めない有様だ。
読むのを諦めて閉じようとした、だがその時一つの文章が目に入った。
『使い魔の記憶喪失と治療法』
「………え?」
驚きに目を見開くパチュリー。それはそうだ。自分が数百年もの間、こつこつと研究してきた、その答えがそこにはあったのだから。
パチュリーは慌ててそのページを読む。
そこには、必要な魔法陣と呪文が載っていた。所々虫食いやシミがあったものの、奇跡的にも読むには十分だった。
(こんなことって…)
ヴワル魔法図書館をもってしても得られることが出来なかった治療法、それがこんな簡単に見つかったことに涙が出そうになり口元を押さえるパチュリー。
「ホントは香霖のとこにでも持ってこうと思ったんだが…っておい、どうした?」
パチュリーの様子に気づいたのだろう、心配そうに顔を覗きこむ魔理沙。
だが、パチュリーにはもう何も見えなかった。
「小悪魔!研究室に来なさい!今すぐに!!」
叫び、足早に立ち去るパチュリー。
(やっと記憶が戻るわよ。小悪魔!!)
―――――☆★☆★☆―――――
「何だ?そんなにすごい本なら、やっぱり香霖のとこに持ってくべきだったな。」
残された魔理沙は一人愚痴をこぼすしかなかった。
―――――★☆★☆★―――――
それから少しして、合流したパチュリーと小悪魔。
「ホントにこれで記憶が…?」
「戻るはずよ。」
今彼女たちがいるのは『研究室』と呼ばれる、3m四方に石畳を敷き詰めた小さな別室で、危険の少ないだろう実験をするときに使っている。
部屋の中央に立つ小悪魔の足元から広がる巨大な魔法陣。
魔理沙から受け取った本に書かれていたものだ。
「あとは魔法陣を起動させて呪文を唱えるだけ。」
「そう…ですか…」
もうすぐ記憶が戻る、だというのに何故か小悪魔の表情は晴れない。
「?どうしたの…?」
「いえ、なんでもないです…」
そう言って俯いてしまった小悪魔の表情は伺えないが、もうすぐ記憶を取り戻せるのだ、すぐに笑顔になるだろう。そう思い、パチュリーは儀式開始の宣言をする
「それじゃあ始めるわよ。」
パチュリーは精神集中のため、小悪魔は覚悟を決めるため、それぞれ瞳を閉じる。
…ィィィィイイン
パチュリーが魔力を流し込むにつれ、徐々に薄い紫色に光り輝いていく魔法陣。魔方陣に問題はないようだ。そうでなければ、初めからこのような反応はしない。
(いける、このまま…)
ゆっくり、だが確実に光を増していく魔法陣。
小悪魔も祈るように両手を組み、完成を待っている。
(小悪魔の記憶を…)
そしてそれが部屋を眩しいばかりに満たし、
(これで…!)
最後に呪文を唱えようと、パチュリーが目を開き、口を開けた瞬間、
(え?)
その目に映ったのは、ぼやけ、歪んだ視界だった。
(そんなはず)
身体は不思議な浮遊感に支配され、指一本すら動かせない、
(だって本には)
そのまま視界は下降し、目の前に広がる鈍色の石畳、
「…チュリーさま!?……リー…ま!?」
小悪魔が叫んでいるのが聞こえるが、意識が薄れていき途切れ途切れにしか聞こえない。
(こあ…く…ま……)
その思考を最後に、パチュリーの意識は闇に落ちていった。
―――――☆★☆★☆―――――
~side小悪魔~
記憶が戻る。
そう聞いたとき、正直少し残念に思った。
ずっと言おうとし、でも言えずにいたことが。この前、一緒お風呂に入ったとき、あと少しで言えそうで、でも言えなかったことが。記憶が戻れば二度と叶わなくなるのだ。
だが結果として儀式は失敗し、パチュリーさまは眠ってしまい、そして私の記憶は戻らなかった。
なら言おう。パチュリーさまの目が覚めたら、私の願いを…今度こそ……
―――――★☆★☆★―――――
~結~
「パチュリーさま!気がついたんですね!?」
パチュリーがうっすらとまぶたを開けたのに気づき、小悪魔が涙を浮かべて呼び掛ける。
「ここ…は…?」
「パチュリーさまの寝室です。」
研究室と同じような一室に、なんの飾り気もない寝るためのものとして置かれたベッドと、その傍らに小さな本棚があるだけのシンプルな部屋で、パチュリーは使いなれたベッドに寝かされ、小悪魔はその隣に、図書館から持ってきたであろう椅子を置き、腰掛けている、
「なんで…」
「パチュリーさま覚えてないんですか?」
何を、そう言いかけて思い出す。
「っ!!あなた記憶…は……」
全て思い出し、起き上がろうとしたが、強烈なめまいに再び意識が飛びかけ、ベッドに崩れ落ちるパチュリー。
「無理ですよ起き上がるなんてっ!!」
倒れるパチュリーを慌ててベッドの中に戻しながら叫ぶ小悪魔に、
「小悪魔、あなた記憶は?」
パチュリーは自分に喝を入れて頭だけでも起こし聞く、だが答えは…
「………」
無言で首を振る小悪魔の姿だった。
「……そう」
今度こそ全身の力が抜けて、全ての体重をベッドに預ける。
ようやく記憶を戻せると意気込んだ結果が、自分の体力不足による術の不発だったのだ。肉体はもちろん、精神的にも疲れがでたのだろう。
「……」
「……」
「あの、パチュリーさま、」
僅かの静寂の後、小悪魔が真剣な面持ちで声をかける。
「もうやめませんか?記憶を戻すなんて。」
それを聞いたパチュリーは驚きに目を見開く。
その一言はパチュリーにとっては予想外、いや、ありえない一言だった。
なぜならその言葉は、今までの小悪魔の苦しみを、パチュリーの努力を、全てを無駄にしかねない言葉だったのだから。
だが、すぐに我に返り冷静に聞く。
「……あなたはそれでいいの?」
当然の疑問だ。
記憶を失くしているのは小悪魔自身、ならば一番それを求めているのもまた、小悪魔なのだ。
だが、小悪魔の返答は、
「私には、パチュリーさまと出会ってからの楽しい毎日の思い出があれば十分です。」
無理に笑ってるのが丸わかり、僅かに声を震わせ瞳は今にも泣きそうに潤んでいる。だが、
「私はどうなっても構わないと思ってました…でもパチュリーさまに何かあったら…私は…」
最後まで言う前に我慢できなくなったのだろう、小悪魔は俯き、顔を伏せる。握りしめた小さな拳にポタポタと雫が落ちていた。
「…わかったわ、やめましょう。」
そんな小悪魔の姿を見てパチュリーも決断する。
本人がいらないと言うのだ、あくまでそれを手助けする立場の自分は小悪魔の意思を尊重すべきと、
「パチュリーさま…」
顔を上げ、目尻から流れる涙を拭い、微笑みを浮かべる小悪魔。
と、その額に、
ペシッ
「こぁ!!」
「でも言うの遅すぎ。」
デコピンをくれてやるパチュリー。
「あなた、儀式始める前から乗り気じゃなかったわね?その時もホントは言うつもりだったんでしょ。」
さらにジト目で睨みつけ、
「あの時は言うタイミングが……」
図星をつかれ、デコピンで赤くなった額を押さえながらたじろぐ小悪魔。
「今までの研究も無駄になっちゃったし…」
やれやれ、と頭を降るご主人さまに、
「あぅ…ごめんなさい…」
原因である使い魔は頭を伏せて謝るしかなかった。
でも、と呟き、
「あなたが無事でよかった…」
顔を伏せる使い魔を、優しく、愛おしそうに抱き寄せるパチュリー。
「うぅ…ぅ…わぁぁぁぁぁぁぁん!!」
優しく声を掛けられて緊張の糸が切れたのだろう、パチュリーの胸に抱かれながら号泣する小悪魔。
パチュリーは泣きやむまで、その頭を撫でていた。
だが、その眼にもまた、小さな雫が浮かんでいた。
―――――☆★☆★☆―――――
しばらくして、泣きやんだ小悪魔が抱きついた姿勢のまま静かに声を掛ける、
「あの、パチュリーさま」
「なに?」
「私に…」
そこで一度まぶたを閉じ、決意を固める。これから言う言葉は小悪魔にとって、それだけの意味を持つものだから。
(これが私の本当に欲しかったもの)
眼を開け、願う。見上げた瞳にそれを与えてくれる、与えてもらいたい唯一の人を映して。
「私に名前をくれませんか?」
それを願う者はどれほどいるだろう。誰もが当たり前のように持ち、当たり前のように使うモノ。在って当然のモノ。
だから願う。小悪魔にとって名前とは過去そのもの。今を、これからを生きていくために、
「そう…ね…」
その決意を瞳に写し、真っ向から受けたパチュリーは、
「あなたはなんて呼ばれたいの?」
とりあえずと、本人の希望の有無を聞いてみる。
「パチュリーさまにつけてもらえるなら何でも」
かくいう小悪魔は、言うだけ言った後はご主人さま任せという感じで、パタパタと頭の羽を動かしながら、幸せそうな顔をしてパチュリーに抱きついている。
それを聞いてから10秒ほどで、
「ん、決めたわ。」
決まったらしい。
「早いですね…」
なんでもいい、そう言った割には心配そうな声を上げる小悪魔に、
「こういうのは直感とインスピレーションが大事なのよ。」
人差し指を天へ向け、くるくると回しながらもっともらしく言うパチュリー。
わかるようなわからないような、曖昧な答えだが、
「こぁ~、なるほど~…」
小悪魔は理解したらしい。
純粋なのだ。
そんな可愛い使い魔を見てパチュリーは思う、
「心して受け取りなさい。七曜の魔女の使い魔にして紅魔館が大図書館司書。今度こそ、あなたがずっと名乗っていく名前よ、」
明日からは、
「あなたの名前は……」
この子の名前を呼ぶことが一番の楽しみになるだろう、と…
fin...
-ある日の紅魔館は大図書館-
陽の光も満足に入らず年中に渡って薄暗くカビ臭い、壁掛けのロウソクがなければ一寸先どころか足元すら見えず、ひとたび声を上げればどこまでも反響しそうなほど広大な一室を埋めるは、迷路のように配置された本棚たちと、そこに納められた、現代では忘れ去られ幻想と化した種々様々な本たち。
本の墓場か、あるいは宝の山か、いずれにせよ…
「こぁ~~~!!?」
ズドドドドドドーーーーン
図書館である以上、騒音や叫び声をあげるべきではない。
「ケホッコホッ…ちょっと 小悪魔ー?あなた また本落とし……」
舞い上がった埃に咳こみながら騒音が起きた場所へと向かうのは、紫の長髪を赤と青のリボンであしらい、寝間着を思わせるゆったりとした服装に身を包んだ『七曜の魔女』ことパチュリー・ノーレッジ。この図書館の実質的な館長だ。
「なにをどうやったら本棚に収まってるはずの本をこんなに落とせるのかしらね……」
そう彼女が溜息まじりに呟く先には、
「んん~!!ん~!ん~!!」
山のように詰まれた大量の本と、その頂上に頭から突っ込まれたかのような格好で、脚だけをバタバタと動かしもがいている彼女の使い魔の姿があった。
(似たような光景を本で読んだことあるわね、確か…犬走神家の一族だったかしら…?)
銀田一という探偵が、犬走神家でおこる怪事件を解決していくという内容の、幻想郷では割とポピュラーな、だがタイトルの語録が悪いと不評のある小説だ。
暇つぶしに読んだことのあるパチュリーだったが、
(まぁ そんなことどうでもいいか)
すぐに頭から追い出し、声をかける。
「小悪魔ー?大丈夫ー?」
「んー!?んんんんー!!」
(まぁ 一応大丈夫みたいね)
何を言っているのかはわからなかったが、叫んでいる姿を見て、大事ないと判断したのだろう、ホッと胸をなでおろす。
「引っ張り出すからちょっと待ってなさい」
言い、フワリと身体を浮き上がらせる。そして本の山から突き出した脚の足首を掴み思うことがあった、
(…相変わらず綺麗な脚ね…)
自分のとは違うスラリと伸びた長い脚には、
(スカートじゃなくパンツの方が似合うんじゃないかしら?)
今度着てもらおう。そう思うパチュリーであった。
どうでもよかった。
「それじゃあいくわよ?せー…のっ!!」
声を張り上げ気合を入れると共に、無い力を振り絞って思い切り引っ張った。
―――――☆★☆★☆―――――
「こぁ~、助かりました~。」
「まったく、これで何度目よ…」
パチュリーが、はぁ…と溜息つく先で、
「こぁ…すみません……」
真っ白なYシャツに赤いネクタイ、その上から黒いベストと同色のロングスカートを着て、申し訳なさそうにうなだれる赤い色の髪をした少女がいた。
「たまにあなたがレミィの同類だというのを忘れそうになるわ…」
彼女は人間ではない。
背中にはコウモリのそれに似た翼、頭にも小さな羽が一対生えており、計4枚の羽を時々パタパタと動かしている。
「あなた、ホントに悪魔なの?」
そう、彼女は悪魔。
七曜の魔女パチュリー・ノーレッジの使い魔にして 、紅魔館大図書館の司書をやっている『小悪魔』である。
「こぁ…ごめんなさい…」
埃まみれの姿で正座させられ、謝り続ける姿は およそ一般的な悪魔のイメージとはほど遠いものであったが……
「ちなみに今日の小悪魔の下着は、アダルトな黒のレースなのね?」
「こぁ~~っ!!見ないでくださいっ!!」
という会話があったとか、なかったとか…それはまた別の話。
―――――★☆★☆★―――――
~承~
先の事故(?)にも一段落つき、各々の作業に戻った彼女たち二人。
パチュリーは部屋の中心にある彼女の指定席とも言える席に座り、その傍らに山と積まれた本の一冊を広げ。
小悪魔は…先ほど増えた『後片付け』という仕事にとりかかっている。
「小悪魔ー?お茶のおかわりちょうだーい?」
「はーい ただい…まぁぁあぁあ!!?」
ズドドドーン!!
(また あの子は…)
だが再び聞こえる大惨事の音。
(こんなだから喘息が治らないのよ…)
ケホッケホッと咳込みながら、さらに増えた悩みに、パチュリーは微かに痛む頭を抱えた。
暫くして、
「た、ただいまお持ちしました♪」
ティーセットを持った小悪魔が、先の失敗をごまかすように笑顔でやってきた……服はヨレヨレ、髪はグシャグシャのベタベタ埃まみれというひどい惨状で、
「また 随分働いてくれたみたいね…」
「えっと…あはははは…」
あからさまな嫌味に苦笑いで返す小悪魔。
「はぁ…まったく…」
と呟き、読んでいる本を閉じ席を立つパチュリー。
「こぁ?どうされました?」
「ちょっとお風呂に」
「紅茶冷めちゃいますよ?」
「たまにはアイスティーもいいでしょ」
「では氷を用意しときますね」
微妙に的外れな返事に、微妙に的外れなままで返事をして氷を取りに行こうとする自身の使い魔の襟を、
「あなたも来るのよ。」
と言いグイッと引っ張る、
「Σグフッ ゲホッゴホッ…私も、ですか?」
ズリズリ
「当たり前じゃないの。」
ズリズリ
「私は本の片付けがあるので…」
ズリズリ
「後にしなさい。」
ズリズリ
「本の配置とか忘れちゃいますよ~。」
ズリズリ
「私が覚えてるから大丈夫よ。」
ズリズリ
「というかいい加減苦しいんですが!!」
ズリズリ
どうにか逃れようとする小悪魔を無視して、そのまま浴場へと引っ張って行くパチュリーだった。
―――――☆★☆★☆―――――
『Bath Room(バスルーム)』と書かれた扉を開ける。
フワッと香る、浴室独特のシャンプーの仄かな香り。
そして部屋の中央には人一人、いや二、三人は余裕で入れそうな巨大な西洋バスタブ(幻想郷では東西洋の区別はないが)があり、お湯が湯気と共に並々と溢れている。
ここは図書館の中にいくつかある別室の一つを改装して、バスルームとして使っている部屋である。
湿気は本を傷めるため、あまりいいことではないのだが…そこは『七曜の魔女』、部屋から一切湿気が逃げないよう結界を張ってある。
「さっさと洗って出るわよ。今読んでる本だってまだ途中なんだから。」
言うや ポンポンと服を脱いでいくパチュリー。
…と それを見ている小悪魔。
「…なにしてるの?」
「え?」
ジト目で睨むパチュリーに、何を言われているのかわからずに戸惑う小悪魔。
「あなたも脱ぐのよ。それとも何?服着たまま入るつもり?」
「え、あ 私もですか?」
パチュリーの背中を流すだけと思っていたのだろう、小悪魔は予想外の言葉に驚きの声をあげる。
「先入ってるから、早く来なさいよね。」
これ以上の問答は無用とばかりに、早々に脱ぎ終えたパチュリーはとっとと湯舟に浸かるのであった。
―――――☆★☆★☆―――――
暫くして来た小悪魔も湯に浸かり、
「ほら、後ろ向いて」
「え?どうして…」
「いいから、ほら。」
未だにお風呂に来た理由がわからずにいる小悪魔を無理矢理促し、背を向けさせるパチュリー。
「あなたは私の、七曜の魔女の使い魔なんだから もっと身嗜みにも気をつけなさい?」
「え?あ…」
言われてようやく自分の状態に気づいたのか、小悪魔は慌てて髪を整えようとするが、
「すみま…こぁっ!?」
頭からお湯をぶっかけて、そのまま石鹸を泡立てていくパチュリー
「わっ じ、自分でやりますよー!!」
「いいからじっとしてなさい。」
一蹴、有無を言わさぬ態度で黙らせる。
「………」
「………」
しばしの静寂。室内には石鹸が泡立つ音だけが響く。
だが沈黙に耐え兼ねたのか小悪魔が口を開く、
「あの…」
「何?」
「一つ、お願いしていいですか?」
「なによ改まって?」
突然の真剣な雰囲気に、疑問を抱くパチュリーだったが、すぐにその疑問は晴れた、
「私の名前なんですが…」
瞬間、髪を洗う手が止まる。
「何か思い出したの?」
「それが全然…」
アハハ…と、ごまかすように笑う小悪魔。
『小悪魔』というのは、当然名前ではない。
使い魔として契約する際、契約者同士はお互いの額を合わせ、そこから魔力を触れ合わせて繋がりをつくる。それで使い魔としての契約は完了するのだが、
「私ともあろう者が、まさか失敗することすら稀な使い魔契約で失敗するなんてね…」
契約に必要な魔力はほんの微量でいいのだが、その頃はまだ、魔女として半人前のパチュリーは初めて見る悪魔に興奮し、自身の魔力のほとんどを小悪魔に流し込んでしまったのだ。
そしてその結果、
「あなたの記憶はおろか、名前すら忘れさせるなんて…」
「気にしないでください、過ぎたことですから。」
心から申し訳なさそうに言うパチュリーに、笑いかける小悪魔。
でも…とパチュリーが続ける。
「あと少し、もう少しで研究が完成するの…」
小悪魔の記憶喪失が魔力的要因によるものである以上、同じく魔力で治すしかない。だが脳に魔力をかけるのだ、失敗すればまた記憶を失う、最悪の場合、脳死ということにもなりかねない。
だからパチュリーは長い年月をかけて、大図書館の無数の本を参考に、慎重に慎重を重ねて記憶回復の研究を進めてきたのだ。
「あと少しなの…」
その一言を最後に、パチュリーは黙ってしまった。
小悪魔も何も話さず、話せず、ただ黙っていた。
お湯の温もりとは裏腹に、二人の間に流れる空気は冷えてしまったように思えた。
―――――★☆★☆★―――――
~転~
それから数日が経ったある日、
「よぉーっす!!遊びにきたぜ!!」
バァーンッ!
壊さんばかりの勢いで扉を開けたのは、
「あなたが入口から来るなんて珍しいわね?…魔理沙。」
「おいおい、人を泥棒みたく言うなよ。」
ハハッと愉快そうに笑うは、金色の髪に、片手に箒、これぞ魔女とも言える白黒の三角帽子にエプロンドレス、どちらもが大量のフリルで飾られ可愛さをアピールしている。
彼女の名前は霧雨魔理沙、魔法使いである。
普段から図書館に忍び込んでは、本を盗んでいく…まさに泥棒だった。
「今日は日頃の礼も兼ねて、お前にお土産を持って来たんだ。」
そう言って帽子から何かを取り出す魔理沙に、それはみすみす本を盗まれている私への嫌み?そう言いたげにジト目で睨むパチュリーに向かって、
「ほれ。」
投げられたのは一冊の本だった。よほど保存状態が悪いのだろう、宙を舞う途中で表紙の紙の破片がパラパラと落ちる。
「ずいぶん古い本ね…」
「あぁ、実家を飛び出すときに拝借した本だが、どこに仕舞ったか忘れちまってな。」
ハッハッハツと今度も心から愉快そうに笑う魔理沙。
そんな彼女を無視して受け取った本を開いてみるパチュリー。
(なによこれ…)
だが表紙どころか、中身も虫食いやシミ、かすれだらけでほとんど読めない有様だ。
読むのを諦めて閉じようとした、だがその時一つの文章が目に入った。
『使い魔の記憶喪失と治療法』
「………え?」
驚きに目を見開くパチュリー。それはそうだ。自分が数百年もの間、こつこつと研究してきた、その答えがそこにはあったのだから。
パチュリーは慌ててそのページを読む。
そこには、必要な魔法陣と呪文が載っていた。所々虫食いやシミがあったものの、奇跡的にも読むには十分だった。
(こんなことって…)
ヴワル魔法図書館をもってしても得られることが出来なかった治療法、それがこんな簡単に見つかったことに涙が出そうになり口元を押さえるパチュリー。
「ホントは香霖のとこにでも持ってこうと思ったんだが…っておい、どうした?」
パチュリーの様子に気づいたのだろう、心配そうに顔を覗きこむ魔理沙。
だが、パチュリーにはもう何も見えなかった。
「小悪魔!研究室に来なさい!今すぐに!!」
叫び、足早に立ち去るパチュリー。
(やっと記憶が戻るわよ。小悪魔!!)
―――――☆★☆★☆―――――
「何だ?そんなにすごい本なら、やっぱり香霖のとこに持ってくべきだったな。」
残された魔理沙は一人愚痴をこぼすしかなかった。
―――――★☆★☆★―――――
それから少しして、合流したパチュリーと小悪魔。
「ホントにこれで記憶が…?」
「戻るはずよ。」
今彼女たちがいるのは『研究室』と呼ばれる、3m四方に石畳を敷き詰めた小さな別室で、危険の少ないだろう実験をするときに使っている。
部屋の中央に立つ小悪魔の足元から広がる巨大な魔法陣。
魔理沙から受け取った本に書かれていたものだ。
「あとは魔法陣を起動させて呪文を唱えるだけ。」
「そう…ですか…」
もうすぐ記憶が戻る、だというのに何故か小悪魔の表情は晴れない。
「?どうしたの…?」
「いえ、なんでもないです…」
そう言って俯いてしまった小悪魔の表情は伺えないが、もうすぐ記憶を取り戻せるのだ、すぐに笑顔になるだろう。そう思い、パチュリーは儀式開始の宣言をする
「それじゃあ始めるわよ。」
パチュリーは精神集中のため、小悪魔は覚悟を決めるため、それぞれ瞳を閉じる。
…ィィィィイイン
パチュリーが魔力を流し込むにつれ、徐々に薄い紫色に光り輝いていく魔法陣。魔方陣に問題はないようだ。そうでなければ、初めからこのような反応はしない。
(いける、このまま…)
ゆっくり、だが確実に光を増していく魔法陣。
小悪魔も祈るように両手を組み、完成を待っている。
(小悪魔の記憶を…)
そしてそれが部屋を眩しいばかりに満たし、
(これで…!)
最後に呪文を唱えようと、パチュリーが目を開き、口を開けた瞬間、
(え?)
その目に映ったのは、ぼやけ、歪んだ視界だった。
(そんなはず)
身体は不思議な浮遊感に支配され、指一本すら動かせない、
(だって本には)
そのまま視界は下降し、目の前に広がる鈍色の石畳、
「…チュリーさま!?……リー…ま!?」
小悪魔が叫んでいるのが聞こえるが、意識が薄れていき途切れ途切れにしか聞こえない。
(こあ…く…ま……)
その思考を最後に、パチュリーの意識は闇に落ちていった。
―――――☆★☆★☆―――――
~side小悪魔~
記憶が戻る。
そう聞いたとき、正直少し残念に思った。
ずっと言おうとし、でも言えずにいたことが。この前、一緒お風呂に入ったとき、あと少しで言えそうで、でも言えなかったことが。記憶が戻れば二度と叶わなくなるのだ。
だが結果として儀式は失敗し、パチュリーさまは眠ってしまい、そして私の記憶は戻らなかった。
なら言おう。パチュリーさまの目が覚めたら、私の願いを…今度こそ……
―――――★☆★☆★―――――
~結~
「パチュリーさま!気がついたんですね!?」
パチュリーがうっすらとまぶたを開けたのに気づき、小悪魔が涙を浮かべて呼び掛ける。
「ここ…は…?」
「パチュリーさまの寝室です。」
研究室と同じような一室に、なんの飾り気もない寝るためのものとして置かれたベッドと、その傍らに小さな本棚があるだけのシンプルな部屋で、パチュリーは使いなれたベッドに寝かされ、小悪魔はその隣に、図書館から持ってきたであろう椅子を置き、腰掛けている、
「なんで…」
「パチュリーさま覚えてないんですか?」
何を、そう言いかけて思い出す。
「っ!!あなた記憶…は……」
全て思い出し、起き上がろうとしたが、強烈なめまいに再び意識が飛びかけ、ベッドに崩れ落ちるパチュリー。
「無理ですよ起き上がるなんてっ!!」
倒れるパチュリーを慌ててベッドの中に戻しながら叫ぶ小悪魔に、
「小悪魔、あなた記憶は?」
パチュリーは自分に喝を入れて頭だけでも起こし聞く、だが答えは…
「………」
無言で首を振る小悪魔の姿だった。
「……そう」
今度こそ全身の力が抜けて、全ての体重をベッドに預ける。
ようやく記憶を戻せると意気込んだ結果が、自分の体力不足による術の不発だったのだ。肉体はもちろん、精神的にも疲れがでたのだろう。
「……」
「……」
「あの、パチュリーさま、」
僅かの静寂の後、小悪魔が真剣な面持ちで声をかける。
「もうやめませんか?記憶を戻すなんて。」
それを聞いたパチュリーは驚きに目を見開く。
その一言はパチュリーにとっては予想外、いや、ありえない一言だった。
なぜならその言葉は、今までの小悪魔の苦しみを、パチュリーの努力を、全てを無駄にしかねない言葉だったのだから。
だが、すぐに我に返り冷静に聞く。
「……あなたはそれでいいの?」
当然の疑問だ。
記憶を失くしているのは小悪魔自身、ならば一番それを求めているのもまた、小悪魔なのだ。
だが、小悪魔の返答は、
「私には、パチュリーさまと出会ってからの楽しい毎日の思い出があれば十分です。」
無理に笑ってるのが丸わかり、僅かに声を震わせ瞳は今にも泣きそうに潤んでいる。だが、
「私はどうなっても構わないと思ってました…でもパチュリーさまに何かあったら…私は…」
最後まで言う前に我慢できなくなったのだろう、小悪魔は俯き、顔を伏せる。握りしめた小さな拳にポタポタと雫が落ちていた。
「…わかったわ、やめましょう。」
そんな小悪魔の姿を見てパチュリーも決断する。
本人がいらないと言うのだ、あくまでそれを手助けする立場の自分は小悪魔の意思を尊重すべきと、
「パチュリーさま…」
顔を上げ、目尻から流れる涙を拭い、微笑みを浮かべる小悪魔。
と、その額に、
ペシッ
「こぁ!!」
「でも言うの遅すぎ。」
デコピンをくれてやるパチュリー。
「あなた、儀式始める前から乗り気じゃなかったわね?その時もホントは言うつもりだったんでしょ。」
さらにジト目で睨みつけ、
「あの時は言うタイミングが……」
図星をつかれ、デコピンで赤くなった額を押さえながらたじろぐ小悪魔。
「今までの研究も無駄になっちゃったし…」
やれやれ、と頭を降るご主人さまに、
「あぅ…ごめんなさい…」
原因である使い魔は頭を伏せて謝るしかなかった。
でも、と呟き、
「あなたが無事でよかった…」
顔を伏せる使い魔を、優しく、愛おしそうに抱き寄せるパチュリー。
「うぅ…ぅ…わぁぁぁぁぁぁぁん!!」
優しく声を掛けられて緊張の糸が切れたのだろう、パチュリーの胸に抱かれながら号泣する小悪魔。
パチュリーは泣きやむまで、その頭を撫でていた。
だが、その眼にもまた、小さな雫が浮かんでいた。
―――――☆★☆★☆―――――
しばらくして、泣きやんだ小悪魔が抱きついた姿勢のまま静かに声を掛ける、
「あの、パチュリーさま」
「なに?」
「私に…」
そこで一度まぶたを閉じ、決意を固める。これから言う言葉は小悪魔にとって、それだけの意味を持つものだから。
(これが私の本当に欲しかったもの)
眼を開け、願う。見上げた瞳にそれを与えてくれる、与えてもらいたい唯一の人を映して。
「私に名前をくれませんか?」
それを願う者はどれほどいるだろう。誰もが当たり前のように持ち、当たり前のように使うモノ。在って当然のモノ。
だから願う。小悪魔にとって名前とは過去そのもの。今を、これからを生きていくために、
「そう…ね…」
その決意を瞳に写し、真っ向から受けたパチュリーは、
「あなたはなんて呼ばれたいの?」
とりあえずと、本人の希望の有無を聞いてみる。
「パチュリーさまにつけてもらえるなら何でも」
かくいう小悪魔は、言うだけ言った後はご主人さま任せという感じで、パタパタと頭の羽を動かしながら、幸せそうな顔をしてパチュリーに抱きついている。
それを聞いてから10秒ほどで、
「ん、決めたわ。」
決まったらしい。
「早いですね…」
なんでもいい、そう言った割には心配そうな声を上げる小悪魔に、
「こういうのは直感とインスピレーションが大事なのよ。」
人差し指を天へ向け、くるくると回しながらもっともらしく言うパチュリー。
わかるようなわからないような、曖昧な答えだが、
「こぁ~、なるほど~…」
小悪魔は理解したらしい。
純粋なのだ。
そんな可愛い使い魔を見てパチュリーは思う、
「心して受け取りなさい。七曜の魔女の使い魔にして紅魔館が大図書館司書。今度こそ、あなたがずっと名乗っていく名前よ、」
明日からは、
「あなたの名前は……」
この子の名前を呼ぶことが一番の楽しみになるだろう、と…
fin...
それと、さりげない感動ストーリー、最高です。
小悪魔~好きだーー!
在るべき姿を固定するものだと聞きます。
二人の関係がずっと続くようにと願って名前をつけたんでしょうか。
いいお話でした。ありがとう。
p.s.
このSSとは関係ありませんが、ぜひ大ちゃんの命名は任せて頂きたいものですw
いい話でした。
P.S
ならば私は東方怪綺談5面中ボスの名付けをしようかな。
話もうまくまとめてあってとても読みやすかったです。
起承転結とあったのも良かったと思います。
これが処女作か…。次回が楽しみです。
擬音と固有名詞とで分けてるんだろうけど、カタカナが半角と全角混じってるのが気になります。個人的には全角で統一して欲しかったかも
あと、場面転換はあんまり☆とか単語じゃなくて地の文で区切るようにしたほうがいいかと。
キツい言い方になってしまったらすいません。
次も期待しています。
このお話好きです。
あなたレヴァリエ出さなくても場面を変えられる程度の文章力あるでしょうに
P.S.(Patchouli Says)残念だけど小悪魔は渡せないわ
簡単にですがレスをさせていただきますね;
miyamoさん1番さん21番さん>そう言っていただけると次回に向けてやる気がでてきます!ありがとうございます!!
4番さん>そこまでは考えてなかったんですが;でも二人がずっと仲良くしていってくれたらな、とは切に願ってますw
大ちゃんの命名がんばってください!w
7番さん>ありがとうございます。怪綺談5面中ボス、ぜひがんばってあげてくださいw
13番さん>全然キツくないですよ♪というかキツい意見大歓迎ですw
全角半角を分けたのは読みやすいかと思ってのことだったんですが逆効果だったみたいですね;次回はどちらかに統一し
ようと思います!
☆についても同様なんで次回はがんばって文章で区切りたいと思います。
具体的な修正点を上げていただき、ありがとございました。
23番さん>☆については↑で述べたとおり修正したいと思います。文章力については・・・がんばります;
そしてパチュリーさま・・・ごめんなさい、謝るのでロイヤルフレアは勘弁してください(土下座
以上です。ホントにどうもありがとうございました。
P.S.小悪魔は既に俺の嫁
内容は面白かったです。構成も分かり易く、十分楽しめました。
ただ、もう少し話を膨らませることが出来たかな、とも感じました。
特に小悪魔を召喚した過去を振り返る部分。パチュリーが説明口調になっていて、違和感を感じました。
ここは当時の回想シーンを入れたりしたら、話も膨らむし、読者も感情移入しやすくなるかと思いました。
話の軸がしっかり整っているので、多少の脱線話を加えても楽しめたかもしれませんね。
僭越ながらご意見させて頂きました。
小悪魔はやらん!!