冬が明けた。
ここは幻想郷にある魔法の森。弱いものにとっては近づき難い、独特の雰囲気を醸し出している。その森の中にアリスの家はある。
アリスは一人で暮らしている。しかし、常に一人でいるわけでは無かった。
「よお、アリス。今日も邪魔しに来てやったぜ」
「よくもまあそんなに来れるわね。それに私は邪魔しに来るよう言っていないわ」
アリスの家に訪れる人は様々であるが、その中でも特によく来るのが魔理沙であった。その目的は大抵アリスの蒐集物をせしめに来る事である。
アリスはその事について、魔理沙はそういう性格なんだと思う事で納得していた。
本当に嫌なのであれば、玄関にちょっとした魔法の細工をし、魔理沙が家に入れないようにすればいいだけの事である。しかしアリスはそれをしていない。
有無を言わさず、魔理沙は家に上がった。これもいつもの事だった。
「それで、今日は何がご希望なのかしら?」
「お、話が分かるようになってきたな。とりあえずお茶でも淹れてくれ」
「普通そちらから頼むような事では無いと思うわ」
口ではそう言いつつも、紅茶の準備はしっかりとしてあった。魔理沙がやって来た時はいつも紅茶を淹れてやっている。
「しかし、普段なら私のコレクションに真っ先に飛びついて盗んでいくのに、今日はそうでもないのね」
「おいおい、盗んでいくと言った覚えはないぜ。ただ死ぬまで借りているだけだ」
「その台詞は聞き飽きたわ」
「とりあえず、折角紅茶を淹れてくれた様だし、まずは飲もうか」
「そっちが頼んだんでしょうに」
アリスは基本的に、客人を蔑ろにする様な事はしない。
用意している紅茶は、市販されている物より質のいい物だ。茶請けも持ち前の器用さを生かして、自分で作ったクッキーやマカロンを振舞っている。
それは魔理沙に対しても同じだった。それどころか、他の人以上にもてなしている。
アリス自身、この事には気付いている。不思議と、魔理沙に悪い感情は抱いていない。
「ふう、一息ついたぜ」
「全く、いつもいつも……魔理沙はやる事が無いのかしら?」
「その言い草は酷いな、折角会いに来てやったというのに」
「頼んでいる訳じゃないわ。来るならせめて、有益な物とか情報とか持ってきなさいよ」
「私といる時間は有益じゃないのか?」
「持て余した時間を潰すのには辛うじて有益ね」
「私の扱いはそんなものかよ。まあいいや」
そう言って、魔理沙は立ち上がった。
「アリスに、ちょっと見せたいものがあるんだ」
「何よ」
「外でいい物を見つけたんだ。ちょっとついて来てくれ」
「唐突ね。何か物珍しい物でも見つけたの?」
「まあ、来てみれば分かるさ」
そしてそのまま魔理沙に手を引かれ、玄関に連れ出された。
アリスは自分の顔がほんのりと赤みを帯びてきている事に気付いた。
「ここから結構離れた所にあるんだ。と言う事で、ちょっとした空の旅と洒落込もうじゃないか」
「ちょっと、まさか箒に私を乗せていくつもり?」
「もちろん。アリスって、私の箒に乗った事って確か無かったな。いい機会だろう」
「しょ、しょうがないわね……じゃあ、一緒に乗ってあげる」
アリスは内心、魔理沙が箒に跨り自由自在に空を飛んでいる事を羨ましく思っていた。満天の星空の下、光り輝く星型の弾幕を操り、空を翔る姿に憧れていた。
その魔理沙には、飄々とした普段の姿からは感じられない尊さを感じていた。
そして今、一緒に空を飛ぼうとしている。それは、魔理沙にとっては大した事では無いかもしれないが、アリスにとって特別な行動に思われた。
「決まりだな。アリスに限って無いとは思うが、振り落とされるなよ」
「そんな事、ある訳無いじゃない」
「そりゃそうだな。よし、しっかり掴まってろよ。じゃあ、いくぞ!」
その瞬間、強い風に吹かれた感覚を味わった。そして、足が地から浮いた。
「ひゃぁ!」
「アリスって意外と可愛い声出すんだな。知らなかったぜ」
「い、今のは聞かなかった事にして頂戴……というか、高い、高いって!」
「もしかして高所恐怖症なのか?魔法使いがそんな事でいいのか」
「ちょっと驚いただけよ、こうするのは初めてなんだし」
「へへ、初めてか。何か特別な感じがするな」
二人はどんどん高度を上げ、あっという間に幻想郷一体を見渡せる程の高さに到達した。
どうやら妖怪の山の方向へ進んでいるようだった。
「ねえ、一体どこへ向っているの、魔理沙」
「まあまあ、もうすぐ着くさ。スピード上げるぞ、しっかり掴まってろよ」
「分かってるわ」
そこから真っ直ぐ、妖怪の山の裏側まで飛んでいった。流石に着陸時はアリスに気を使ったらしく、緩やかな速度だった。
「ここは……」
「ああ、妖怪の山だ。前に私が行った時とはまた別の方面だけどな」
「ここって確か、河童や天狗が住んでいたわよね?見つかったりしたら大変な事にならないかしら」
「大丈夫、奴らもここまで来る事は無いだろう。さて、漸く到着だ」
山の中腹よりも少し上といった所であろうか。二人はそこに降り立った。そこには、花を満開に咲かせた、沢山の桜の木があった。
まさに春の訪れを感じさせる光景だった。風が吹けば、ひらひらと花びらが舞い落ちた。
二人の周りは春の匂いに包まれていた。まるで幻想を見ているかのようだった。
「これを見せたかったのね」
「ああ。この前空を飛んでいたら、偶然見つけたんだ。その時はまだ満開じゃなかったけどな。ちゃんと満開になってよかった。アリスだけに、見せたいと思ったんだ」
「どうして私だけに?霊夢とかを呼んで、皆で宴会を開いても良さそうだけど」
「何でだろうな。アリスには色々良くしてもらってるしな。それに誰に見せようか考えた時、真っ先に思い浮かんだのがアリスだったんだ」
それを聞いて、アリスは顔を赤らめた。
暫くの沈黙の後、高まる鼓動を感じながら、やっとの思いで口を開いた。とても小さい声だった。
「ありがとう」
「へへ、何だか照れくさいな。気に入ってくれて良かったよ」
「ねえ……手、繋いでもいいかしら」
魔理沙は何も言わず、アリスに手を差し伸べた。
アリスはその手を強く握り締めた。
長い間そうしていた。もうすっかり日も暮れてしまった。
夜空には沢山の星が輝いていた。
徐にアリスは口を開いた。
「ねえ、魔理沙。この空の下で、二人一緒に飛んでみたい。駄目かな」
「どうしたんだ急に?」
「いえ……ただの気紛れよ。駄目なら別に良いんだけどね。流石に夜は冷えるし」
「いいぜ。行こう。今日は特別だ。思う存分、今を楽しもう」
アリスはゆっくりと頷いた。
二人は笑顔だった。
二人の心は、春の匂いで満たされていた。
ここは幻想郷にある魔法の森。弱いものにとっては近づき難い、独特の雰囲気を醸し出している。その森の中にアリスの家はある。
アリスは一人で暮らしている。しかし、常に一人でいるわけでは無かった。
「よお、アリス。今日も邪魔しに来てやったぜ」
「よくもまあそんなに来れるわね。それに私は邪魔しに来るよう言っていないわ」
アリスの家に訪れる人は様々であるが、その中でも特によく来るのが魔理沙であった。その目的は大抵アリスの蒐集物をせしめに来る事である。
アリスはその事について、魔理沙はそういう性格なんだと思う事で納得していた。
本当に嫌なのであれば、玄関にちょっとした魔法の細工をし、魔理沙が家に入れないようにすればいいだけの事である。しかしアリスはそれをしていない。
有無を言わさず、魔理沙は家に上がった。これもいつもの事だった。
「それで、今日は何がご希望なのかしら?」
「お、話が分かるようになってきたな。とりあえずお茶でも淹れてくれ」
「普通そちらから頼むような事では無いと思うわ」
口ではそう言いつつも、紅茶の準備はしっかりとしてあった。魔理沙がやって来た時はいつも紅茶を淹れてやっている。
「しかし、普段なら私のコレクションに真っ先に飛びついて盗んでいくのに、今日はそうでもないのね」
「おいおい、盗んでいくと言った覚えはないぜ。ただ死ぬまで借りているだけだ」
「その台詞は聞き飽きたわ」
「とりあえず、折角紅茶を淹れてくれた様だし、まずは飲もうか」
「そっちが頼んだんでしょうに」
アリスは基本的に、客人を蔑ろにする様な事はしない。
用意している紅茶は、市販されている物より質のいい物だ。茶請けも持ち前の器用さを生かして、自分で作ったクッキーやマカロンを振舞っている。
それは魔理沙に対しても同じだった。それどころか、他の人以上にもてなしている。
アリス自身、この事には気付いている。不思議と、魔理沙に悪い感情は抱いていない。
「ふう、一息ついたぜ」
「全く、いつもいつも……魔理沙はやる事が無いのかしら?」
「その言い草は酷いな、折角会いに来てやったというのに」
「頼んでいる訳じゃないわ。来るならせめて、有益な物とか情報とか持ってきなさいよ」
「私といる時間は有益じゃないのか?」
「持て余した時間を潰すのには辛うじて有益ね」
「私の扱いはそんなものかよ。まあいいや」
そう言って、魔理沙は立ち上がった。
「アリスに、ちょっと見せたいものがあるんだ」
「何よ」
「外でいい物を見つけたんだ。ちょっとついて来てくれ」
「唐突ね。何か物珍しい物でも見つけたの?」
「まあ、来てみれば分かるさ」
そしてそのまま魔理沙に手を引かれ、玄関に連れ出された。
アリスは自分の顔がほんのりと赤みを帯びてきている事に気付いた。
「ここから結構離れた所にあるんだ。と言う事で、ちょっとした空の旅と洒落込もうじゃないか」
「ちょっと、まさか箒に私を乗せていくつもり?」
「もちろん。アリスって、私の箒に乗った事って確か無かったな。いい機会だろう」
「しょ、しょうがないわね……じゃあ、一緒に乗ってあげる」
アリスは内心、魔理沙が箒に跨り自由自在に空を飛んでいる事を羨ましく思っていた。満天の星空の下、光り輝く星型の弾幕を操り、空を翔る姿に憧れていた。
その魔理沙には、飄々とした普段の姿からは感じられない尊さを感じていた。
そして今、一緒に空を飛ぼうとしている。それは、魔理沙にとっては大した事では無いかもしれないが、アリスにとって特別な行動に思われた。
「決まりだな。アリスに限って無いとは思うが、振り落とされるなよ」
「そんな事、ある訳無いじゃない」
「そりゃそうだな。よし、しっかり掴まってろよ。じゃあ、いくぞ!」
その瞬間、強い風に吹かれた感覚を味わった。そして、足が地から浮いた。
「ひゃぁ!」
「アリスって意外と可愛い声出すんだな。知らなかったぜ」
「い、今のは聞かなかった事にして頂戴……というか、高い、高いって!」
「もしかして高所恐怖症なのか?魔法使いがそんな事でいいのか」
「ちょっと驚いただけよ、こうするのは初めてなんだし」
「へへ、初めてか。何か特別な感じがするな」
二人はどんどん高度を上げ、あっという間に幻想郷一体を見渡せる程の高さに到達した。
どうやら妖怪の山の方向へ進んでいるようだった。
「ねえ、一体どこへ向っているの、魔理沙」
「まあまあ、もうすぐ着くさ。スピード上げるぞ、しっかり掴まってろよ」
「分かってるわ」
そこから真っ直ぐ、妖怪の山の裏側まで飛んでいった。流石に着陸時はアリスに気を使ったらしく、緩やかな速度だった。
「ここは……」
「ああ、妖怪の山だ。前に私が行った時とはまた別の方面だけどな」
「ここって確か、河童や天狗が住んでいたわよね?見つかったりしたら大変な事にならないかしら」
「大丈夫、奴らもここまで来る事は無いだろう。さて、漸く到着だ」
山の中腹よりも少し上といった所であろうか。二人はそこに降り立った。そこには、花を満開に咲かせた、沢山の桜の木があった。
まさに春の訪れを感じさせる光景だった。風が吹けば、ひらひらと花びらが舞い落ちた。
二人の周りは春の匂いに包まれていた。まるで幻想を見ているかのようだった。
「これを見せたかったのね」
「ああ。この前空を飛んでいたら、偶然見つけたんだ。その時はまだ満開じゃなかったけどな。ちゃんと満開になってよかった。アリスだけに、見せたいと思ったんだ」
「どうして私だけに?霊夢とかを呼んで、皆で宴会を開いても良さそうだけど」
「何でだろうな。アリスには色々良くしてもらってるしな。それに誰に見せようか考えた時、真っ先に思い浮かんだのがアリスだったんだ」
それを聞いて、アリスは顔を赤らめた。
暫くの沈黙の後、高まる鼓動を感じながら、やっとの思いで口を開いた。とても小さい声だった。
「ありがとう」
「へへ、何だか照れくさいな。気に入ってくれて良かったよ」
「ねえ……手、繋いでもいいかしら」
魔理沙は何も言わず、アリスに手を差し伸べた。
アリスはその手を強く握り締めた。
長い間そうしていた。もうすっかり日も暮れてしまった。
夜空には沢山の星が輝いていた。
徐にアリスは口を開いた。
「ねえ、魔理沙。この空の下で、二人一緒に飛んでみたい。駄目かな」
「どうしたんだ急に?」
「いえ……ただの気紛れよ。駄目なら別に良いんだけどね。流石に夜は冷えるし」
「いいぜ。行こう。今日は特別だ。思う存分、今を楽しもう」
アリスはゆっくりと頷いた。
二人は笑顔だった。
二人の心は、春の匂いで満たされていた。
若干あっさりしてる気もしますが、自分的にはかなり好みです。
さらっと読めてよかった。