この作品は続き物です。本作を初めて読む方は先に前の二作をお読みください。作品名にポイントを入れて、検索欄に『花呪霊』と打って検索するとでてくると思います。
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私は罪を犯した。
少しでもおまえと一緒にいたい。おまえとの暖かで尊い毎日を大切にしたい。
だから私はおまえに告白することを拒否した。私の感情も、私がもうすぐ消えてしまうということまで、全部。
けれどおまえは全てを知っていたようだ。知っていて言えなかった。私も同じだ。私たちは二人とも悲しいくらいに不器用だったんだ。
あの日も、だんだんと透けていき、忘れ去られていく自分を感じながら—私は何も伝えられなかった。私達の言葉は、大きな空洞をぐるぐるとなぞっているに過ぎなかった。
私は気弱になっていた。
もとから色恋には関心が湧かないたちで、くっつけることは好きだが自分がくっつくのはなんとなく嫌だった。
人類を滅ぼすのには何の躊躇いもなかったのに、私はおまえを前にすると悩み苦しんだ。
好きだ
愛してる
その一言を、もしかしたらないがしろにされてしまうのではないか。おまえの前での私は、いつになく大人しかったのだ。
おまえを一目見た瞬間から、なにか閃光のようなものが身体中を駆け巡ったのを覚えている。
いつものようにそのあたりを散歩していたある日、道の外れで見知らぬ姿を見掛けた。私のものよりウェーブがかった緑の髪。赤い服を着て、日傘をさして。圧倒的な強さと静かな美しさを讃えた瞳を、少し憂い気に陰らせて。
そう。あのとき、おまえは黄色い花に触れていた。群生していない場所にあったので、おそらく誤って咲いてしまい弱っているのだろう。
少し頭をもたげ、枯れかけている花。おまえは心配そうに唇を噛みながらその茎に触れる。
その瞬間、私は煌めきを感じた。
おまえは茎を強く握る。すると花はかすかに揺れ—次の瞬間には、まるで手品の主役のように堂々と、滑稽な仕草でみずみずしく蘇っていた。
失われた色彩が、おまえの手を中心に鮮やかに広がっていく。自信をなくした老人が、希望とエネルギーに満ち溢れた若者になっていくのがわかる。私は生命の素晴らしさを初めて感じた。
気づけば花は燦々と咲き誇り、可憐で力強いおまえは何処かへ行ってしまっていた。
後日談になるが、恥ずかしいことに私はその花の名前を知らなかった。まだ赤い髪をしていた子分に訊くと、どうやらその太陽に良く似た花は向日葵というらしい。それで私はその花だけは覚えていた。しかし、今回の異変のその花は、嫌いにも好きにもなれなかった。
信仰を失い、この世を漂う不確かな存在に成り下がった私。
そんないまにも消え去りそうな、もう誰にも発見できないような稀薄な存在になった私を、ぎりぎりこの世に押し留めたのがおまえだった。
無数に近い向日葵。それを咲かしている、痛々しいほど美しく、儚いおまえ。
もうやめろ
私はここにいる
ここにいるんだ
叫びたくなるが、語る口を持たない。目を塞ごうと思っても、瞼も手もない。
嗚呼、嗚呼。何故私には力がない。何故こんなことになった。おまえを抱擁したい。頬を伝っている涙を拭ってやりたい。だけど叶わない。ただ刹那的な今を享受し、ここにいるだけで精一杯だった。
おまえが境界の穴に落ちる。でもおまえは攻撃をやめない。
紅い瞳は狂気に染まっている。
向日葵を優しく撫でていた華奢な手は、甲の部分が醜く抉れていた。
力をくれ
それは、そう願った直後に訪れた。
ーーーーーーー
その瞬間、魅魔の耳に懐かしい声が飛び込んで来た。
「まずい__復活___信___要___」
「いまから___とて___無理___」
いつもからかいながら面倒を見て来た魔法使いと巫女。
彼女達の声が何故いま聞こえるのだろうと怪訝に思ったその時___
幻想郷は、強い光に包まれた。
ーーーーーーー
私は、太陽の畑にいた。
夏なのか冬なのかわからない季節。ただ向日葵は咲いていて、そよそよと風になびいていた。けれど肌にまとわりつく不快感がないため、私はこれが夢だと確信した。
私は、死んだのか
しかしまだ、あちら側には渡っていないのがわかる。—橋渡しの娘に出会ってないからだ。
とすると、これは私が生み出した幻想か。
向日葵畑はどこまでも続いていて、その色はなんともいえない、優しい色をしている。青く澄み渡った空とほどよくマッチしていて、爽やかな風景を創り出していた。
私のからだも、傷ひとつない。やはり、これは夢なのだ。あんなに酷かった頭痛もない。もういないあんたを想って発狂してつけた刺し傷も、綺麗になくなっていた。
—綺麗
ぼんやりと向日葵を見つめながらそう思う。私が咲かせた花のような理不尽さはかけらも孕んでいない。ただ自然の、全てを悟った美しさがそこにあった。
目をこらしてみても、あんたはいなかった。どうやら私の本能がいくら望んでもあんたはそれに応えてくれないらしい。
当たり前と言えば当たり前だ。何故なら、あんたは私がしたような洒落ですまないような事態が嫌いだからだ。
私はあんたに嫌われてもしょうがない。それだけのことをした。
しかし私は後悔はしていない。しても無駄だからだ。
あんたを失って、毎日毎日鬱蒼とした日々を送ってきた割りに、私はこういうところで冷酷だった。
さて、これからどうしよう。迎えが来るまで待っておこうか。こんなだだっ広い向日葵畑を探索してみる気には、どうしてもなれない。
私はその場でしゃがみこみ、ただ感じていた。あんたの温もりを。たまにみせる照れ笑いを。それらが脳裏に浮かぶたび、私は泣きたくなった。
この場所はいいところだ。ここで眠ったら、いずれ地獄に行けるのだろうか。いや、地獄にすらいけないのかもしれない。待っているのは、ただの闇。それでも良かった。もとより、ろくな死に様を期待していない。
ふと、頬に暖かさを感じた。それから、頭にも。
その感触はひどく懐かしくて、ひどく切なくなるもので。触られると同時に、いままでの毎日が走馬灯のように脳裏を過った。
ありえない
思いつつ、驚愕に我を忘れた私は、瞳を開けた。
ーーーーーーー
まずでてきたのは、涙。口を開いても嗚咽しかでてこなくて、それが虚しくて。
それからなにか言おうとしても言葉にならない私の口元に、あんたは優しくお粥ののったスプーンを宛がった。
「ここは、永遠亭の特別治療室。並みの妖怪が十匹粉々にされるくらいのダメージを負ったんだ、無理しちゃ駄目よ」
見ると、確かに見覚えのある薬屋が立っていた。こちらを認めるとにこりと微笑み、あとは若いお二人でと言い残してどこかに行ってしまった。
「…あいつなりに気を効かせたんでしょうけど、実際恥ずかしいことを知らないのかねぇ…」
あんたは困ったように笑って、私に口を開くよう促した。お粥は普通に美味しい。あんたに食べさせてもらうのは少し恥ずかしいけれど、いまはそれどころではなかった。
「…魔理沙が機転を効かせたんだ。霊夢と協力して魔法陣を描き、私を召喚させたんだ。まったくあのこは、師匠泣かせの弟子だ」
私の怒鳴りに近かった疑問の答えはこうだ。
紫がとどめをさそうとした時—あんたは私を庇うようにしてそこに現れた。そして必死に弁解した。この凄惨な異変の首謀者だとしても、こいつは私の伴侶となる者だ。だから待ってくれ、と。
紫としても元からあまり乗り気でなかったらしく、この件を内密にして、一面に咲いた向日葵を全て散らしてから帰って行ったらしい。その始末はどうやら私がするそうだが、当然のことなので口は挟まない。
「勿論、召喚だけでうまくいくわけではない。求められたのは、膨大な信仰者。それを知った魔理沙と霊夢はいまからじゃ間に合わないと慌てたそうだが—」
そのとき、魔法の森にも咲き乱れていた向日葵が一斉に輝いた。私の念がつまったこれらなら、求められた信仰の数に勝る。—そして、あんたは蘇った。
「生きていて良かった。もうだめだと、何度も思った。けど、おまえがここにいてくれてよかった」
あんたは長い話を終えると、目を細めて微笑んだ。本当に安心したような笑みだった。
…なんといったらいいかわからない。あんたは生き返って、私も生きて。なんという奇跡だ。安っぽい絵物語だ。そう思っても、あんたを失った絶望を知って初めて得た私の感情は、ただただ喜んでいた。
私達は、途方もないほど長い輪廻を辿って、遂に生まれ変わったのかもしれない。
そんなことを考えつつ—私は、口を開いた。
「……魅魔」
あんたは優しい瞳で私を見つめている。いつもならこれに怯えてしまうけれど、今日は違った。
あんたを失い、己を失った今なら言える。一生分のあらゆる感情を詰め込んだ、あの短い言葉を。
「 」
その刹那、あんたは私の頭に手をやり、緊張に喘ぐ唇に乱暴に口づけた。
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私は罪を犯した。
少しでもおまえと一緒にいたい。おまえとの暖かで尊い毎日を大切にしたい。
だから私はおまえに告白することを拒否した。私の感情も、私がもうすぐ消えてしまうということまで、全部。
けれどおまえは全てを知っていたようだ。知っていて言えなかった。私も同じだ。私たちは二人とも悲しいくらいに不器用だったんだ。
あの日も、だんだんと透けていき、忘れ去られていく自分を感じながら—私は何も伝えられなかった。私達の言葉は、大きな空洞をぐるぐるとなぞっているに過ぎなかった。
私は気弱になっていた。
もとから色恋には関心が湧かないたちで、くっつけることは好きだが自分がくっつくのはなんとなく嫌だった。
人類を滅ぼすのには何の躊躇いもなかったのに、私はおまえを前にすると悩み苦しんだ。
好きだ
愛してる
その一言を、もしかしたらないがしろにされてしまうのではないか。おまえの前での私は、いつになく大人しかったのだ。
おまえを一目見た瞬間から、なにか閃光のようなものが身体中を駆け巡ったのを覚えている。
いつものようにそのあたりを散歩していたある日、道の外れで見知らぬ姿を見掛けた。私のものよりウェーブがかった緑の髪。赤い服を着て、日傘をさして。圧倒的な強さと静かな美しさを讃えた瞳を、少し憂い気に陰らせて。
そう。あのとき、おまえは黄色い花に触れていた。群生していない場所にあったので、おそらく誤って咲いてしまい弱っているのだろう。
少し頭をもたげ、枯れかけている花。おまえは心配そうに唇を噛みながらその茎に触れる。
その瞬間、私は煌めきを感じた。
おまえは茎を強く握る。すると花はかすかに揺れ—次の瞬間には、まるで手品の主役のように堂々と、滑稽な仕草でみずみずしく蘇っていた。
失われた色彩が、おまえの手を中心に鮮やかに広がっていく。自信をなくした老人が、希望とエネルギーに満ち溢れた若者になっていくのがわかる。私は生命の素晴らしさを初めて感じた。
気づけば花は燦々と咲き誇り、可憐で力強いおまえは何処かへ行ってしまっていた。
後日談になるが、恥ずかしいことに私はその花の名前を知らなかった。まだ赤い髪をしていた子分に訊くと、どうやらその太陽に良く似た花は向日葵というらしい。それで私はその花だけは覚えていた。しかし、今回の異変のその花は、嫌いにも好きにもなれなかった。
信仰を失い、この世を漂う不確かな存在に成り下がった私。
そんないまにも消え去りそうな、もう誰にも発見できないような稀薄な存在になった私を、ぎりぎりこの世に押し留めたのがおまえだった。
無数に近い向日葵。それを咲かしている、痛々しいほど美しく、儚いおまえ。
もうやめろ
私はここにいる
ここにいるんだ
叫びたくなるが、語る口を持たない。目を塞ごうと思っても、瞼も手もない。
嗚呼、嗚呼。何故私には力がない。何故こんなことになった。おまえを抱擁したい。頬を伝っている涙を拭ってやりたい。だけど叶わない。ただ刹那的な今を享受し、ここにいるだけで精一杯だった。
おまえが境界の穴に落ちる。でもおまえは攻撃をやめない。
紅い瞳は狂気に染まっている。
向日葵を優しく撫でていた華奢な手は、甲の部分が醜く抉れていた。
力をくれ
それは、そう願った直後に訪れた。
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その瞬間、魅魔の耳に懐かしい声が飛び込んで来た。
「まずい__復活___信___要___」
「いまから___とて___無理___」
いつもからかいながら面倒を見て来た魔法使いと巫女。
彼女達の声が何故いま聞こえるのだろうと怪訝に思ったその時___
幻想郷は、強い光に包まれた。
ーーーーーーー
私は、太陽の畑にいた。
夏なのか冬なのかわからない季節。ただ向日葵は咲いていて、そよそよと風になびいていた。けれど肌にまとわりつく不快感がないため、私はこれが夢だと確信した。
私は、死んだのか
しかしまだ、あちら側には渡っていないのがわかる。—橋渡しの娘に出会ってないからだ。
とすると、これは私が生み出した幻想か。
向日葵畑はどこまでも続いていて、その色はなんともいえない、優しい色をしている。青く澄み渡った空とほどよくマッチしていて、爽やかな風景を創り出していた。
私のからだも、傷ひとつない。やはり、これは夢なのだ。あんなに酷かった頭痛もない。もういないあんたを想って発狂してつけた刺し傷も、綺麗になくなっていた。
—綺麗
ぼんやりと向日葵を見つめながらそう思う。私が咲かせた花のような理不尽さはかけらも孕んでいない。ただ自然の、全てを悟った美しさがそこにあった。
目をこらしてみても、あんたはいなかった。どうやら私の本能がいくら望んでもあんたはそれに応えてくれないらしい。
当たり前と言えば当たり前だ。何故なら、あんたは私がしたような洒落ですまないような事態が嫌いだからだ。
私はあんたに嫌われてもしょうがない。それだけのことをした。
しかし私は後悔はしていない。しても無駄だからだ。
あんたを失って、毎日毎日鬱蒼とした日々を送ってきた割りに、私はこういうところで冷酷だった。
さて、これからどうしよう。迎えが来るまで待っておこうか。こんなだだっ広い向日葵畑を探索してみる気には、どうしてもなれない。
私はその場でしゃがみこみ、ただ感じていた。あんたの温もりを。たまにみせる照れ笑いを。それらが脳裏に浮かぶたび、私は泣きたくなった。
この場所はいいところだ。ここで眠ったら、いずれ地獄に行けるのだろうか。いや、地獄にすらいけないのかもしれない。待っているのは、ただの闇。それでも良かった。もとより、ろくな死に様を期待していない。
ふと、頬に暖かさを感じた。それから、頭にも。
その感触はひどく懐かしくて、ひどく切なくなるもので。触られると同時に、いままでの毎日が走馬灯のように脳裏を過った。
ありえない
思いつつ、驚愕に我を忘れた私は、瞳を開けた。
ーーーーーーー
まずでてきたのは、涙。口を開いても嗚咽しかでてこなくて、それが虚しくて。
それからなにか言おうとしても言葉にならない私の口元に、あんたは優しくお粥ののったスプーンを宛がった。
「ここは、永遠亭の特別治療室。並みの妖怪が十匹粉々にされるくらいのダメージを負ったんだ、無理しちゃ駄目よ」
見ると、確かに見覚えのある薬屋が立っていた。こちらを認めるとにこりと微笑み、あとは若いお二人でと言い残してどこかに行ってしまった。
「…あいつなりに気を効かせたんでしょうけど、実際恥ずかしいことを知らないのかねぇ…」
あんたは困ったように笑って、私に口を開くよう促した。お粥は普通に美味しい。あんたに食べさせてもらうのは少し恥ずかしいけれど、いまはそれどころではなかった。
「…魔理沙が機転を効かせたんだ。霊夢と協力して魔法陣を描き、私を召喚させたんだ。まったくあのこは、師匠泣かせの弟子だ」
私の怒鳴りに近かった疑問の答えはこうだ。
紫がとどめをさそうとした時—あんたは私を庇うようにしてそこに現れた。そして必死に弁解した。この凄惨な異変の首謀者だとしても、こいつは私の伴侶となる者だ。だから待ってくれ、と。
紫としても元からあまり乗り気でなかったらしく、この件を内密にして、一面に咲いた向日葵を全て散らしてから帰って行ったらしい。その始末はどうやら私がするそうだが、当然のことなので口は挟まない。
「勿論、召喚だけでうまくいくわけではない。求められたのは、膨大な信仰者。それを知った魔理沙と霊夢はいまからじゃ間に合わないと慌てたそうだが—」
そのとき、魔法の森にも咲き乱れていた向日葵が一斉に輝いた。私の念がつまったこれらなら、求められた信仰の数に勝る。—そして、あんたは蘇った。
「生きていて良かった。もうだめだと、何度も思った。けど、おまえがここにいてくれてよかった」
あんたは長い話を終えると、目を細めて微笑んだ。本当に安心したような笑みだった。
…なんといったらいいかわからない。あんたは生き返って、私も生きて。なんという奇跡だ。安っぽい絵物語だ。そう思っても、あんたを失った絶望を知って初めて得た私の感情は、ただただ喜んでいた。
私達は、途方もないほど長い輪廻を辿って、遂に生まれ変わったのかもしれない。
そんなことを考えつつ—私は、口を開いた。
「……魅魔」
あんたは優しい瞳で私を見つめている。いつもならこれに怯えてしまうけれど、今日は違った。
あんたを失い、己を失った今なら言える。一生分のあらゆる感情を詰め込んだ、あの短い言葉を。
「 」
その刹那、あんたは私の頭に手をやり、緊張に喘ぐ唇に乱暴に口づけた。
20KBぐらいでこう、ビシィッと流れを一直線に、ね。
魅魔様は間に合いましたか。幽香も救われたようで良かったです。霊夢と魔理沙はよくやったと言わざるを得ない。
やはりハッピーエンドが一番ですよね!