幻想郷で『山』と言えば『妖怪の山』を差す。それくらい幻想郷は狭い。幻想郷で『森』と言えば『魔法の森』を差す。それくらい幻想郷は狭い・・・・・・
・・・・・・ただでさえ狭いと言われているところなのに、僕は部屋の窓を閉じ、ドアに鍵をかけ、幻想郷の数千倍も狭い部屋に閉じこもっていた。こんな空間に比べたら、幻想郷なんてどれだけ広いと感じられるのだろうか・・・・・・この狭い空間で世界が成り立ってしまったら、僕はどうしてしまうのだろうか・・・・・・考えたくもない。それよりも今は、この状態を何とかしないと・・・・・・
霊夢が僕の状態に気付いたのか、色々と調査に向かっているらしいが、この状態が治るまで、僕は部屋から出ることが出来なさそうだ。こんな想いになるのは、一体何年振りだろうか・・・・・・幻想郷で生きていく為に身に付けたスルーのスキルが、まるで歯が立たなくなっている。そんな状態だと、この幻想郷で生きていくのが厳しくなってしまうだろう。何より、こんな状態では、出来なくはないけど商売も上手く行かなくなりそうだ。霊夢に頼るだけでなく、自分も何とかしないと・・・・・・
コンコン・・・・・・
部屋のドアをノックする音が、静かに僕の耳に届いた。こんな時に誰だろうか。今日は閉店としたはずなのに、店の中に入り込み、加えて僕の部屋にまで来るなんて。誰にも会えないような顔だっていうのに、非常識な・・・・・・
コンコン・・・・・・
「誰だい?」
再びノックをする音が聞こえたので、僕がドア越しにそう訊いた。
「こんにちは、名乗るほど大した名じゃないけど、貴方に笑顔を届けに来ました、ラフ・メイカーと申します」
・・・・・・ラフ・メイカー? 聞いたことのない名前だ。だいたいこの声、ドア越しから聞いても分かる人物の声だった。
「咲夜か・・・・・・一体何の冗談のつもりだい?」
向こうで動揺したかのように慌てふためくような動きを感じたが、ラフ・メイカーと名乗る少女は気持ちを落ち着かせてこう言った。
「違います。私はラフ・メイカーと呼ばれる者です。決して十六夜咲夜と言う名前ではありません」
「・・・・・・」
自爆していることに気づかないのか、堂々とした声で咲夜がそんなことを言う。
「ハァ・・・・・・それで、ラフ・メイカーさんですね」
一先ず深く追求すると疲れそうなので、僕はドアの向こうにいる人物を咲夜ではなくラフ・メイカーと名乗る人物であるということにした。
「それで、一体何の用だい?」
「そうですね・・・・・・この辺りで涙が落ちる音が聞こえたので此処に来ました。私の役目は貴方に笑顔を持ってくることです。ですので、中に入れてくれませんか?」
咲夜・・・・・・ラフ・メイカーは温かみのある声を鍵付きのドアから通してきた。
「・・・・・・気持ちは有り難いけれど、僕は今1人になりたいんだ・・・・・・それに、そんなもの呼んだ覚えはないんだ。わざわざ来てくれて悪いが、帰ってくれないか・・・・・・」
僕らしくない発言かもしれないが、咲夜にあまり気を遣わせたくない。
今の僕は、どこかおかしいんだ・・・・・・一緒にいたって逆に相手を傷つけてしまうだけかも知れないし・・・・・・僕がそう言うと、ドアの向こう側が静かになった。帰ってくれたのだろうか・・・・・・
言い過ぎた気もしながら少し安心した僕だったが、そう思った次の瞬間、再びノックの音が僕の耳の中に飛び込んだ。
「あの・・・・・・」
次に聞こえたのは、戸惑う咲夜、いや、ラフ・メイカーの声。まだいたのか・・・・・・
「僕に構わないで、消えてくれないか・・・・・・」
僕はいつの間にか、思ってもいない言葉を口に出してしまった。あとから気付いて「しまった」と思ったが、その言葉は確実にドアの向こうまで通ってしまっていた。
「・・・・・・まさか、貴方からそんな言葉を言われるなんてね・・・・・・ちょっと、泣きたくなるわね」
ラフ・メイカー、いや、咲夜の声に涙が混ざり始めた。流石に今のは失言だったと僕も思った。なんて言葉を口にしてしまったのだろうか。これでは、何の為に追い返そうとしたのか、分からなくなったじゃないか・・・・・・
だけど、泣きたいのは僕だって同じだ。1人になりたかったっていうのに、どうして君は、いつも・・・・・・僕はドアを背にして座り、眼鏡を外して両目を左手で抑え込んだ。
ドアの向こう側でも咲夜がドアを背にして座り込んでいた。僕と同じように、瞳を手で押さえながら・・・・・・ドアを挟んで背中合わせになっているのにも拘らず、僕は背中に咲夜の温もりがあるように感じられた。僕は分からなかったが、それは向こうにいる咲夜も同じような気持ちを持っていたのだった。
それからどれくらいの時間がたったのだろうか・・・・・・
泣くことに疲れた僕は、膝を抱え、咲夜に静かにこう言った。
「すまない・・・・・・」
「え・・・・・・?」
「さっきのは失言だった。あれは僕の本心なんかじゃない。だけど、ごめん・・・・・・」
深く反省している。自分でもどうしてあんなことを言ってしまったのか分からない。だけど、それで咲夜が傷ついたのなら、謝るべきだ。僕の謝罪が聞こえると、咲夜は目頭を押さえながらも少しだけ笑顔を取り戻していたようだった。
咲夜が立ち上がるような音が聞こえると、僕もそれにつられるように立ち上がった。そして僕は、ドアの方を向いてこう聞いた。
「・・・・・・今でも、僕に笑顔を届けるつもりかい?」
あんなことを言ってしまった僕に・・・・・・君のことを傷つけてしまった僕に・・・・・・
「それが私の生き甲斐なんだから・・・・・・笑わせれないと、帰れないわ」
「そうか・・・・・・」
そこまで言ってくれるのなら、もう咲夜を受け入れない理由はないな。追い出して傷つけるくらいなら、素直に受け入れた方がよっぽどいい。そう思って僕はドアの鍵を外し、静かにドアを開けようとした。だが・・・・・・
「・・・・・・あれ?」
ドアが開かない。まるで部屋の中に水がたまっているかのような重い水圧がかかっているかのようにびくともしなかった。こんな時に立て付けが悪くなるなんて・・・・・・ドアを押そうにも、泣きつかれた今の僕の力ではどうにもならなかった。困ったな・・・・・・
「咲夜、すまないがそっちでドアを押してくれないか? 鍵なら開いているから・・・・・・」
僕がそう言うも、反応がない。
「咲夜? 悪いけどドアを・・・・・・」
反応がない。明らかにドアの向こうまで声は届いているはずなのに、向こうからは声らしきものは届いて来なかった。
「咲夜、どうしたんだ?」
あまりにも反応がないので、頭の中に不安が募った。まさか・・・・・・!?
「おい、咲夜!?」
僕は思わずドアを乱暴に叩きつけて叫んだ。しかし反応がない。
「冗談じゃない・・・・・・!」
僕は両手をドアにつけて背中を低くし、首を下に傾けた。
帰ってしまったのか? 笑顔を届けると言っておいて・・・・・・確かに帰ってくれとは言ったけど、折角、折角君を受け入れようとしたのに・・・・・・絶望感を与える重い沈黙が部屋の中に溜まってしまった。僕は一体どうしたら・・・・・・?
そう思う中、背後から耳慣れない音が、この沈黙を破って僕の耳の中に入り込んできた。振り返ると、そこにはナイフを持って部屋の窓を破っているラフ・メイカー、咲夜の姿がそこにあった。割ったガラスから手を伸ばして窓の鍵を開け、強盗の如く堂々と僕の部屋の中に入ってきたのだ。
「咲夜・・・・・・」
「こんにちは、霖之助さん」
涙の流れた後を残しながら、咲夜が平然そうに微笑んできた。
「窓・・・・・・」
完全に割れたな。破片が痛々しそうに部屋の中に散らばってしまった。
「だって、開けてくれないし」
「こ、これから開けるはずだったのに・・・・・・」
こんな侵入するんだたら素直にドアを空けるべきだったな・・・・・・本当に咲夜は予想もつかない行動に出ることが多いな・・・・・・
「フフッ・・・・・・」
咲夜は僕の顔を見て、楽しそうに微笑んだ。窓を割るような悪い子に見えないくらい純粋に。
「な、何だよ・・・・・・」
「霖之助さんの泣き顔なんて想像もつかなかったけど、案外面白いんですね」
そんな失礼なことを言いながら、咲夜は僕に向けて小さな鏡を差し出してきた。眼鏡を外した自分の表情。アイシャドーでも付けたかのように涙の流れた後。さっきまで自分はこんな顔をしていたのかと、自分でも呆れてしまいそうだった。確かにこれは笑えるだろう。自然と僕にも笑顔がこぼれて出てきてしまった。
「こんな狭い空間に1人でいちゃダメですよ。居心地が悪くなるだけですよ?」
鏡を服の中にしまうと、咲夜はそう言って左手の指をパチンと鳴らした。すると、とたんに僕の部屋が夥しく形を変え始めた。すぐ隣に飾ってあった掛け軸が、あんなに遠くに見える・・・・・・ベットも一歩歩けばそこに辿りつけるくらいの場所にあったはずなのに、いつの間にか歩幅が20歩ほど増えていた。
「咲夜、これは・・・・・・?」
いつぞやの種無し手品の類だろか・・・・・・そう訊くと、咲夜は頷いた。
「外はこれの何倍も広いんだから、霖之助さん1人を受け入れるのも余裕ですよ。その為に広くしているのに、あんな狭い空間に閉じこもってちゃダメですよ」
そう言って咲夜は、今度はどこか意地悪そうに微笑んだ。全く、その通りだな・・・・・・似たようなことを、僕も思っていたところだったし・・・・・・
「そう、今度は霖之助さんが能力を使えなくなったのね・・・・・・」
部屋の大きさを少しだけ戻しながら、咲夜が僕のベットに勝手に座った。
「朝目が覚めたら、急に、ね・・・・・・最初は体調でも悪くなったかと思ったんだけど、別に身体のどこにも異常はなかったし」
僕は咲夜に今日のことを話した。このことはまだ霊夢しか知らない。魔理沙にもまだ話していないのだ。
「咲夜は、時間を操る能力が使えなくなった時、どう思っていた? 多分、それと同じ気持ちなんだと思うけど・・・・・・」
以前咲夜も、1日だけだが能力が使えなくなっていた日があった。その時の咲夜は、本当に辛そうだった。1人になることも容易ではない環境の元でそうなってしまった為に、わざわざ此処を訪れたくらいだったんだし。
「そうね・・・・・・あの時は本当に哀しかったわ。それに恥ずかしかったわ。霖之助さんにあんなところを見られるなんて。
でも、私は嬉しかったと思うよ。力が戻ったことも嬉しかったけど、何より霖之助さんが励ましてくれたことが、私にはとても・・・・・・」
「・・・・・・」
僕は何か力になれたかどうか、今も分からないけれど、そう言われて悪い気はしなかった。
「でもまさか、今度は霖之助さんが力を失うなんて、想像もつかなかったわ。私のせい、かしら・・・・・・?」
少し悲しそうな表情で咲夜がそう言うが、僕は首を横に振った。
「そんなことはないと思う。霊夢がこの辺りを捜索して異変を突き止めているから、すぐに原因が分かると思う。だから、それまで待てばいいさ」
能力が使えなくなって落ち込んでいた僕の言えることじゃあないけれど。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・僕は、自分の能力を活かす為にこの『香霖堂』を建てたんだ」
気が付けば僕は、咲夜にそんな事を話していた。
「本当なら能力がなくても、頑張れる気はするんだ。けど、自分の中で何か大切な物を失った気がして、つい自身が無くなってくるんだ。このままで、本当にやって行けるんだろうか、って・・・・・・」
自分がこんなに自分に自信が無くなることなど、今までにあっただろうか。無かったからこそ、僕は今複雑な気持ちを抱いているのだろう。
「やって行けるわ、霖之助さんなら・・・・・・」
咲夜が嘘じゃない言葉を僕にかけてくれた。
「それに、私もいるし」
根拠がないが、どこか心強そうな言葉を、咲夜が言う。咲夜が、いる・・・・・・?
「そう、例えばこれ・・・・・・」
そう言って咲夜は、鏡を入れたポケットとは逆のポケットから何かを取り出した。それはいつぞやの、僕の能力では音楽を奏でてくれる機械だと判明した、あの白い箱の色違いの物だった。色が黒いところを除いて違うところとすれば、その箱に細長いコードのような物が繋がれているということだ。
コードは途中で2つに分かれていて、先端部分が少し膨らんでいる。
「それは・・・・・・」
「これの使い方、分からなかったんでしょ? これはイヤホンと言うものを一緒につけて、それを耳につけて聴くのよ、ほら」
そう言って咲夜は、僕にその箱を渡した。試しにイヤホンと呼ばれる物の先端部分耳につけてみて、箱についているボタンを押した。すると、今まで一度も音を奏でてくれなかったその箱が、きれいな音色を奏で始めた。思わず僕は驚きながらも、その箱から聞こえてくる旋律に耳を傾けた。
これは、聞いたことがある。確か、「童祭 ~Innocent Treasures」と言うタイトルの曲だったはず。
「元々私は幻想郷出身じゃないから、こう言った物の使い方は、ある程度は知っているわ。だから、何かあったら私を呼んで。多分使い方も教えれると思うから、色々サポート出来ると思うわよ」
「咲夜・・・・・・」
僕は一旦同じボタンを押して曲を止めた。なるほど・・・・・・それはとても頼り甲斐があるな・・・・・・僕はイヤホンを外し、それを咲夜に返そうと差し出した。その時だった。
咲夜が箱を取り出したポケットから、何かが一緒にポケットの外からはみ出ていたのだ。あれは確か・・・・・・
「・・・・・・? あぁ、これね」
僕の目線を辿って、納得したように咲夜はポケットの中の物を取り出す。
それは、いつぞやの僕が店の品を引き換えにして修理した、咲夜の懐中時計であった。
「今もちゃんと動いてるわ。直してくれて有り難う」
そう言って咲夜は、箱を受け取ると同時にその懐中時計を僕に差し出した。僕はそれを受け取り、金属状の上蓋を外して中を見た。確かに、時計の針が正確に時の流れを刻んでいるのが分かる。ちゃんと治ってくれたようだな・・・・・・
そう安心している時だった。何かが僕の頭の中をよぎったのだ。あまりに一瞬過ぎて分からなかったが、頭痛のようなものが、頭の中を迸(ほとばし)ったのだ。僕は思わず頭を押さえた。その時、こんな言葉が頭の中に広がってきた。
――懐中時計、カバン、あるいはポケットなどに入れて持ち歩く小型の携帯用時計である――
「懐中時計、カバン、あるいはポケットなどに入れて持ち歩く小型の携帯用時計である」
僕は無意識のうちに頭の中に思い浮かんだ言葉をそのまま呟いた。
「え?」
僕がそう呟くと、咲夜が驚いたような声を上げた。だが、正直なことを言うと、驚いているのは僕の方だ。今、確かに力が・・・・・・
「能力が、戻ったの?」
咲夜がそう訊くのを聞いて、僕は試しに自分の眼鏡に能力を使ってみた。すると、ちゃんとした結果が出てきた。どうやら・・・・・・
「戻ったらしいな」
安心感に満ちた声で、僕が言う。
「そう」
咲夜は安心したようで、どこか残念がったような声でそう呟いた。
「じゃあ、お手伝いは出来ないってわけね。まぁ、私も暇じゃないけどね・・・・・・」
協力できなくなったことが残念だったのか、咲夜が溜息を吐く。
「いや、確かに戻ったけど、使い方は相変わらず分からないままだから・・・・・・だから、その、いつかまた、使い方が分からない物が出てきたら、教えてくれないか?」
咲夜の方が断然信頼出来て頼りになりそうだ。
「そう? じゃあ、また、いつかね」
そう言うと、咲夜はどこか安心したような微笑みを見せた。
「それじゃあ、それ、返してくれる?」
咲夜がそう言って手を伸ばした。
「あ、あぁ・・・・・・」
僕は咲夜に懐中時計を返した。それを受け取ると、咲夜はそれをポケットにしまい込んでベットから立ち上がった。
「・・・・・・もう行くのか? じゃあ、帰りは気をつけて」
少しものさびしそうな気分になるのを抑えながら、僕は咲夜を見送ろうとした。だが・・・・・・
「え? まだ帰らないわよ」
咲夜は僕の方を振り返ってそんなことを言ってきた。
「え・・・・・・もしかして、店に何か用でもあるのかい?」
今日は閉店しているが、今日は色々と世話になったし、特別に開けてやってもいいだろう。そう思ったが咲夜は首を横に振った。
「違うわ。部屋の窓を壊したお詫びに、今日は何か御馳走してあげるってこと。今日の私はラフ・メイカーなんだから、それくらいはしないとね。じゃあ、早速だけど、台所を借りるわね♪」
珍しくウィンクをしながら、ラフ・メイカーは部屋を出て行って静かに台所へと向かって行った。
自信かと、それ以外は全体的に面白い文だったと思います。ラフ・メイカー好きですし、ただちょっと読みにくかったところもあります。
能力消失ネタ、他のキャラでも読んでみたいです。
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次はかさぶたぶたぶを待ってますよー