時折私と妹紅の関係について、村の者に問われることがある。
「慧音様、妹紅さんとはどこまでの仲なんですか?」と。
この場を借りて言わせて貰おう。私と妹紅は断じてそのような仲ではない。
里を守る人間好きな半獣と、その親友である蓬莱人が全く持って清い付き合いをしているだけなのだ。
付き合うという言葉も誤解を招くか。まあそのなんだ、一緒に連れ添っているというか、なんというか……。
ええいこっ恥ずかしい。つまり何が言いたいかというと、私と妹紅は単なる友人であって、特別面白い関係にあるわけではないのだ。
だから実を言うと、これまでお互いの家に泊まったこともなかった。
だってその、お泊りなんて言い方をすると、まるで夫婦か何かのような響きがあるし……。
とにかくだ、私はこれまで、妹紅と一夜を共にしたことはなかったのだ。
だから、風呂に入っている妹紅を見て驚くのも、当然の反応だったのだ。
「おー慧音。長湯しちゃって悪いね。もうすぐ出るよ」
「も、妹紅……? お前は何をやってるんだ……?」
今日は里で小さなお祭りがあり、それに便乗して妖怪やら半妖やらがたくさん里へ集まってきた。
妖怪も流石に晴れの日に暴れるような愚か者はいなかったが、人間も妖怪もたくさん酒を呑んで、そこらで寝てしまうような始末だった。
私と妹紅はその対応に追われた。人間はそれぞれの家に帰して、妖怪は村の入り口まで運んで。
その結果気がつけば丑三つ時になってしまった。もうじき卯月だというのに、今日は一段と冷え込む。
寒風吹きすさぶ中妹紅を家まで帰らせるというのも酷だと思って、私は初めて妹紅に泊まっていかないか、と促した。
妹紅の返事はもちろん二つ返事だった。
「何って……なんか変なことしてるか? 私」
「お、おかしいだろうそれは。だって、だって……」
今、妹紅は私の家のお風呂に使っている。
客人に先にお風呂を薦めるのは当然のことだ。我が家の自慢の檜風呂、さぞかし気持ちが良いだろう。
そう思ってなんとなく様子を見に来て、私は愕然とした。なんで、なんで妹紅は。
「なんで妹紅は服を着たまま風呂に入ってるんだ!?」
そう。私の驚きとは妹紅は着衣したまま湯船に浸かっているということである。
おなじみサスペンダーのついた服に下半身は見えないがたぶんいつものもんぺ、どう考えても水着とかそういう類の衣類ではない。普段着である。
「何でって……あれ? 慧音、言ってなかったっけ?」
「な、何をだ」
「私の服のことをさ」
一体何の話だろう。妹紅の服に何か特別な秘密があるのだろうか。
「私の服ってさ、ほら。蓬莱の服だからさ。もう体の一部みたいなもんなんだよ。生きてるんだ」
「……は?」
ちょっと何言ってるのかわからない。
蓬莱の服? 薬の間違いだろう?
「慧音はさ。私と輝夜が殺し合いしてるのを見たことあるっけ」
「あ、ああ。何度かはあるな。壮絶な撃ち合いをしてるところを」
「それじゃ、私が死んだところは見たことある?」
「……うーん、そういえば、一度だけある気がするぞ」
いつだったか竹林にある妹紅の家を訪ねたとき、偶然輝夜と妹紅が戦っているのを見たことがある。
その時は妹紅が輝夜に圧されていて、私の見ている目の前で、妹紅は死んだのだ。
あの時の光景は今でも瞳に焼き付いている。思い切り胸を打ち抜かれ、妹紅が絶命する姿。あまり思い出したいものではない。
「そのあと慧音、私と話したりした覚えある?」
「ああ、あるぞ」
私が当然そのまま妹紅を見捨てるはずもなく、事が終わるまで見守って、妹紅に声を掛けた記憶がある。
当たり前だが傷口は塞がっていた。当然だ、妹紅は蓬莱人なのだから。
「じゃあ慧音。その時の私の服装を思い出してくれ」
「服装……? 服っていっても、いつもと同じ服だったような……」
妹紅の服はいつものアレ以外見た事がない。
あの時だって胸を打ち抜かれていたはずなのに、今もこうして着ている服は綺麗なままで……?
「……ま、まさか。妹紅」
「やっと気付いてくれた? そういうことだよ」
輝夜との数百、あるいは数千に及ぶ殺し合い。
妹紅のあの服は、それを幾世紀に渡って見守ってきたのだ。
はっきり言って普通の服なら繊維が持つはずがない。いちいち新調しているのなら他のデザインの服がないのは不自然だ。
つまり、ということは―――
「妹紅の服は、妹紅と同じでリザレクションしてるのか!?」
「うん。そういうこと。蓬莱の薬の効果でね」
なんということだろう。
全く知らなかった新事実。妹紅の服はいちいちリザレクションしているのだ。
「で、でも妹紅、蓬莱の薬は『飲んだ』って言ってたよな? どうして服にまで効果があるんだ?」
「あーあれは言葉のアヤだよ。正しくは蓬莱の薬を頭からかぶったのさ。
薬を『かぶった』なんて言い方をしたら、いちいちみんなが訝るだろう?」
言われてみれば確かにそうだ。
今まで妹紅の服がぼろぼろになっているところなど見た事がないし、いつでもまるで新品のようだった。
「でも、でもちょっと待ってくれ妹紅。
その服が蓬莱の服ということは分かったが、服を着たまま風呂に入る説明にはなってないぞ」
「ああ、そのことか。これはね慧音、私なりの洗濯なんだよ」
「洗濯って……。妹紅、それはいくらなんでも不肖すぎるだろう」
永年同じ服と過ごしてきたから、もはや脱ぐ必要すらもないということか。
だからと言って洗濯と入浴をごっちゃにするのもどうかと思う。確かに楽といえば楽だが。
「違うんだよ、慧音。さっき言っただろう? この服は生きてるんだって」
「どういう意味だ?」
「まあまあ、ちょっと見てなって。ほら慧音、ここの辺り」
湯船の中からちょいちょいと手招きして、妹紅がそんなことを言う。
言われるがままに洗い場の辺りまで足を踏む込むと、妹紅の服はあちこち傷だらけなのが分かった。
「この傷が……? どうなるんだ一体」
「うーん、いつもならそろそろ始まるんだけどな……っと、来た来た」
妹紅の服をじっと見つめていると、突然小さな傷を含めた服全体が淡く輝き始めて、
一瞬にして服の傷が全て癒えてしまった。これは驚きだ。
「おお……なんだか神秘的だな。これはどういう仕組みになってるんだ?」
「簡単なことじゃないか慧音。私はずっと肩までしっかり湯船に浸かってたんだよ」
ざばりと音を立て浴槽から立ち上がりつつ、妹紅は私に言った。
「蓬莱の服が溺死したのさ」
しかし嫌な洗濯だw
しかも後書きがw
面倒だからって、死ぬのやめましょうよw
なるほどねーw
いや、でも面白い。
素晴らしいテンポのおもしろい話でした。
確かにこれは嫌だw
脱帽
って思ったことはあったけど、この発想はなかったwwwすげぇ
ただただ脱帽です。
人妖とも奇人変人ばかりな幻想郷だが、服までヘンだったとは。