これは、二人の話。
ふたりの
おはなし
※
昼。幻想郷の昼。昼の幻想郷。
昼間。神社の昼間。昼の神社に、紅白の巫女が一人。
夏は昼間の日差し。少少厳しいものがある。彼女も其れからは逃れられず。休憩と云う名の怠惰を貪っている。
一人の巫女は、傍らに箒を置く。落ち葉掃きの途中を演出したいのだ。残念なことに、季節は夏だ。
今日も巫女は一人。神社で一人茶を飲み、茶請けに手を伸ばす。
手は空を切った。
果てさて、何ゆえ手は空を掴んだ──思う紅白、視線を巡らせる。
其処に茶請けは無い。代わりに少女が腰掛けている。金髪と紫の少女。
茶請けは既に腹の中か──嘆息する。怒りが腹底から生まれる。
喉を駆け上がった怒りが口から飛び出した。
「私のお茶請けは何処に?」
巫女は怒る。答えは自明。
「あらら、非道い。私はお茶請けの精ですわ」
少女は笑う。意味は不明。
「何を巫山戯た事を。妖怪の賢者が、人の御菓子を盗み食いとは随分落ちぶれた」
非道い──賢者は再度笑う。
何を云おうと、のらりくらりと逃げられる。巫女は怒りを嚥下した。
少女が立つ。巫女は睨む。
少女が宙を歩く。
巫女が空に浮く。
弾幕ごっこ。
光弾が舞う。残滓は軌跡。否、軌跡が残滓を生む。其れが印すは空の文目。
巫女は絵画の中を抜ける。隙間を縫い、時には引き付ける事で間隙をつくる。
いつものこと。彼女達にはいつものことだ。そして巫女が勝つ事も。いつものこと。
の筈だった。
落下する。紅白の影。
巫女が
墜落
※
巫女が覚醒する。神社の内部。彼女の自宅。
顔を覗き込むのは少女。神妙な顔。心配そうな顔とも云う。
珍しい──。
なんだか頭がぼうっとする──巫女の思考に霞が掛かる。
上手く声が出せない。いや出せる。出せるが上手く出せないだけ。
必然的に甘えるような声になる。弱い声とも云う。ぅん──矢張り上手く声が出ない。
「珍しいわね、貴女が当たるなんて」
「むぅ──確かにそうね」
巫女が弾に当たる事など滅多にない。なら彼女は調子が悪いのだ。
異常。通常ではない。巫女も、少女も、其れを感じ取っている。
ふふ──少女が笑う。
「今日は付きっ切りで看病してあげようかしら」
「ええ、気持ち悪い」
夏風邪かしらね──さらりと流して少女は云った。
巫女の額に手が重ねられる。雪白の手套越しの手。冷たい、と巫女は感受した。
何故か心が落ち着いた。心がふわふわとする。頭がくらくらとする。
──どうやら少し、風邪っぽい。巫女は漠然とそう考えた。
少女が己の額に手を当てている。自分の体温と比べているのだ。
ん、と巫女が云うと、額から手が離される。其の手の冷たさに、恋恋たる想いを抱いてしまう。
「少し熱っぽいわねぇ。もう少し寝てなさい」
少女は云うが、其処は巫女とて強がる。
別に、大丈夫よ──立ち上がる。今や立ち上がるのにも一苦労を強いられる。
身体の重心が一定しない。ついに巫女は転ぶ。
少女が抱きとめた。
「危ないわね。寝てなさいなと云っているのに」
そう云って、巫女の頭を己の膝上に置いた。
「止めてよ、恥ずかしい」
巫女は逃げようとするものの、其処は病人の力。健康体である少女の力からは逃れられず。
諦めて身を預けた。巫女の顔を覗き込むのは、人形の様な、白磁の肌をした、整った顔。
口元は嬉しそうな笑みを浮かべていた。楽しんでいるのかな──巫女は何と無く考えた。
善い匂いがする。少女の香りだろうか。落ち着く香りだ。瞼が重くなる。
こんなことが、何時かあったような
錯覚
※
「お水」
「はいはい」
喉が熱い──全身が熱くて寒い。
苦笑と共に少女が巫女に水を飲ませる。
身体の熱は少し和らいだ。
※
「はい、あーんしなさい」
「むぅ──」
巫女の口元に、少女の作った粥が運ばれる。
身体の内側から温まった。
※
「後はぐっすり寝て、英気を養いなさい」
「ん」
少女の手が、巫女の髪を掻きあげる。
心が少し、拠り所を得た。
※
巫女はふう、と目覚めた。既に新しい日が昇っていた。
彼女の傍らには少女が居た。巫女に寄り添うような、母親のような姿で眠りこけていた。
紅白は目を細めた。そして昨日の記憶を掘り起こし、見る見るうちに顔が朱に染まる。
まるで赤ちゃんじゃない──言葉にしてみると、恥じらいは一層強くなる。
すっかり調子は元に戻っていた。気だるさも無く、昨日の身の重さが嘘のようであった。
しかし恥じらいに身悶えると云う症状を発症してしまった。其のうちに治まる。
甘い声を上げて、少女が目覚めた。寝ぼけ眼で、しかし巫女を手探りで探している。
巫女の転がり回る音が騒騒しい事もある。否、其れが原因だ。
彼女は蒲団に巫女が居ないことに気が付く。
顔が青くなる。
直ぐに巫女が転がり回っている事に気付く。
頬が安寧の朱を帯びた。
「何を転がっているのよ」
「否、人生を巻き戻せるかなーと」
「そいつは結構な事ね。博麗の巫女も変人ねえ」
矢張り口をつくのは憎まれ口。其れが彼女等の普段どおり。いつもの日常、常識の側。
日日は動く。其の常識も、日常も姿を変えて行く。留まり続けるものなど無い。
それでも、
「ありがと──ね」
この日常は、
この友人は、
この世界は、
何時までも留まり続けて欲しいと願う巫女だった。
※
顔合せ 憎まれ口を 叩けども 母の面影 彼女に重ね
※
これは、二人の話。
ふたりの
ちょっとした
看病の
おはなし。
─了─
ふたりの
おはなし
※
昼。幻想郷の昼。昼の幻想郷。
昼間。神社の昼間。昼の神社に、紅白の巫女が一人。
夏は昼間の日差し。少少厳しいものがある。彼女も其れからは逃れられず。休憩と云う名の怠惰を貪っている。
一人の巫女は、傍らに箒を置く。落ち葉掃きの途中を演出したいのだ。残念なことに、季節は夏だ。
今日も巫女は一人。神社で一人茶を飲み、茶請けに手を伸ばす。
手は空を切った。
果てさて、何ゆえ手は空を掴んだ──思う紅白、視線を巡らせる。
其処に茶請けは無い。代わりに少女が腰掛けている。金髪と紫の少女。
茶請けは既に腹の中か──嘆息する。怒りが腹底から生まれる。
喉を駆け上がった怒りが口から飛び出した。
「私のお茶請けは何処に?」
巫女は怒る。答えは自明。
「あらら、非道い。私はお茶請けの精ですわ」
少女は笑う。意味は不明。
「何を巫山戯た事を。妖怪の賢者が、人の御菓子を盗み食いとは随分落ちぶれた」
非道い──賢者は再度笑う。
何を云おうと、のらりくらりと逃げられる。巫女は怒りを嚥下した。
少女が立つ。巫女は睨む。
少女が宙を歩く。
巫女が空に浮く。
弾幕ごっこ。
光弾が舞う。残滓は軌跡。否、軌跡が残滓を生む。其れが印すは空の文目。
巫女は絵画の中を抜ける。隙間を縫い、時には引き付ける事で間隙をつくる。
いつものこと。彼女達にはいつものことだ。そして巫女が勝つ事も。いつものこと。
の筈だった。
落下する。紅白の影。
巫女が
墜落
※
巫女が覚醒する。神社の内部。彼女の自宅。
顔を覗き込むのは少女。神妙な顔。心配そうな顔とも云う。
珍しい──。
なんだか頭がぼうっとする──巫女の思考に霞が掛かる。
上手く声が出せない。いや出せる。出せるが上手く出せないだけ。
必然的に甘えるような声になる。弱い声とも云う。ぅん──矢張り上手く声が出ない。
「珍しいわね、貴女が当たるなんて」
「むぅ──確かにそうね」
巫女が弾に当たる事など滅多にない。なら彼女は調子が悪いのだ。
異常。通常ではない。巫女も、少女も、其れを感じ取っている。
ふふ──少女が笑う。
「今日は付きっ切りで看病してあげようかしら」
「ええ、気持ち悪い」
夏風邪かしらね──さらりと流して少女は云った。
巫女の額に手が重ねられる。雪白の手套越しの手。冷たい、と巫女は感受した。
何故か心が落ち着いた。心がふわふわとする。頭がくらくらとする。
──どうやら少し、風邪っぽい。巫女は漠然とそう考えた。
少女が己の額に手を当てている。自分の体温と比べているのだ。
ん、と巫女が云うと、額から手が離される。其の手の冷たさに、恋恋たる想いを抱いてしまう。
「少し熱っぽいわねぇ。もう少し寝てなさい」
少女は云うが、其処は巫女とて強がる。
別に、大丈夫よ──立ち上がる。今や立ち上がるのにも一苦労を強いられる。
身体の重心が一定しない。ついに巫女は転ぶ。
少女が抱きとめた。
「危ないわね。寝てなさいなと云っているのに」
そう云って、巫女の頭を己の膝上に置いた。
「止めてよ、恥ずかしい」
巫女は逃げようとするものの、其処は病人の力。健康体である少女の力からは逃れられず。
諦めて身を預けた。巫女の顔を覗き込むのは、人形の様な、白磁の肌をした、整った顔。
口元は嬉しそうな笑みを浮かべていた。楽しんでいるのかな──巫女は何と無く考えた。
善い匂いがする。少女の香りだろうか。落ち着く香りだ。瞼が重くなる。
こんなことが、何時かあったような
錯覚
※
「お水」
「はいはい」
喉が熱い──全身が熱くて寒い。
苦笑と共に少女が巫女に水を飲ませる。
身体の熱は少し和らいだ。
※
「はい、あーんしなさい」
「むぅ──」
巫女の口元に、少女の作った粥が運ばれる。
身体の内側から温まった。
※
「後はぐっすり寝て、英気を養いなさい」
「ん」
少女の手が、巫女の髪を掻きあげる。
心が少し、拠り所を得た。
※
巫女はふう、と目覚めた。既に新しい日が昇っていた。
彼女の傍らには少女が居た。巫女に寄り添うような、母親のような姿で眠りこけていた。
紅白は目を細めた。そして昨日の記憶を掘り起こし、見る見るうちに顔が朱に染まる。
まるで赤ちゃんじゃない──言葉にしてみると、恥じらいは一層強くなる。
すっかり調子は元に戻っていた。気だるさも無く、昨日の身の重さが嘘のようであった。
しかし恥じらいに身悶えると云う症状を発症してしまった。其のうちに治まる。
甘い声を上げて、少女が目覚めた。寝ぼけ眼で、しかし巫女を手探りで探している。
巫女の転がり回る音が騒騒しい事もある。否、其れが原因だ。
彼女は蒲団に巫女が居ないことに気が付く。
顔が青くなる。
直ぐに巫女が転がり回っている事に気付く。
頬が安寧の朱を帯びた。
「何を転がっているのよ」
「否、人生を巻き戻せるかなーと」
「そいつは結構な事ね。博麗の巫女も変人ねえ」
矢張り口をつくのは憎まれ口。其れが彼女等の普段どおり。いつもの日常、常識の側。
日日は動く。其の常識も、日常も姿を変えて行く。留まり続けるものなど無い。
それでも、
「ありがと──ね」
この日常は、
この友人は、
この世界は、
何時までも留まり続けて欲しいと願う巫女だった。
※
顔合せ 憎まれ口を 叩けども 母の面影 彼女に重ね
※
これは、二人の話。
ふたりの
ちょっとした
看病の
おはなし。
─了─
暖かい気持ちになれました。