Coolier - 新生・東方創想話

ソメイヨシノ

2010/03/15 15:02:36
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「はぁあ。寒い」

 もぞもぞとこたつの中で手と足をすり合わせる。すると足が誰かの足に当ったようだ。誰も居ないはずだったのに、誰だろう。


 寝転がっていた体勢から体を起こし、反対側を見る。するとそこには変な仮面をつけて、変な槍を持って、わらで出来た衣を羽織った正体不明の人が居た。

「おはようムラサ」
「ぬえ?」
「ばれたか」


 もはやここでは恒例行事となったこの流れ。ぬえはよく自身の体に正体不明の種を植えて、この船に乗っている人の前に現れて遊ぶのだ。この船の住人達も慣れてきてしまって、余程のことが無い限りはすぐにぬえと気づくのだが。

 ぬえの力は正体不明の物が何だったのかを見破られれば解けてしまう。今回も私がぬえかとすぐに問うたから、みるみるうちに変な仮面や変な槍は消えていって、ぬえの姿に戻った。

「ねぇ、何に見えた?」
「仮面つけて、槍もって、わらで出来た衣羽織って。なんか山の中で狩りでもしそうな感じ? もののけの姫にでもなってそうな感じ?」
「何でそんなものに見えたのよ」
「知らないわよ」



 こたつの上に置いてあるおせんべいに手を伸ばして一枚食べる。この硬さが堪らない。おせんべいほど何かを食べているんだ、という気分になるものはこの世に無いと思っている。


「それにしても寒い」

 三月中旬ともなれば、結構春の陽気だったような気がするのだが。私達が長い間封印されている間に、どうやら三月は真冬になったらしい。今朝みたら外で雪が降っていた。降っていたなんてもんじゃない。軽く見積もっても今頃五センチは積もっているだろう。あれ、でも少し前までは暖かかったような。


「なんかねー、人里でも噂してたけど、今日は異常らしいよ。今日だけ寒いんだって」
「へぇ。そりゃとんでもない年に復活したね、私ら」
「いいじゃん! 雪見れてさぁ。ほら!」



 ぬえが立ち上がって豪快に襖を開け、外の景色を見せ付けてくる。今この船は飛んでいて、上空から見る雪景色はそれはそれは綺麗だったけれど、それと同時に暖まり始めた部屋に冷たい空気が入ってきて寒かった。

「寒い。閉めて」
「船長だらしないなぁ」


 ぶつくさと文句を言いながら襖を閉めるぬえ。そしてまたこたつに戻ってきた。



「復活早々別に悪いことしようとしてるわけじゃないのに人間達に退治され、結果聖は復活出来たはいいものの、今度は異常気象ですか。いいこと無いねぇ。もっと地上はあでやかなところって勝手に想像してたよ」
「……船長、今船はどの辺り飛んでるの?」
「冥界の近くじゃない? そんなこと聞いてどうするのよ」

 ぬえはばんとこたつに手を突き、勢い良く立ち上がる。
 両手を一杯に広げて何やら天井に向かって叫びだした。



「世界は美しい! やっぱり地上は綺麗なんだ!」
「どうしたのよ」
「ちょっと行ってくる」
「どこに……。って行っちゃった」


 ものすごい速度で部屋を飛び出していったぬえ。
 別に彼女が外に行くのは珍しいことでも無いし、彼女の奇行に関してはもっと珍しいことじゃないから心配する必要も無いだろう。そう思い、単にここから動きたくないだけという考えを否定し、私は眠りにつくことにした。春眠暁を覚えずやらなんとやら。今冬みたいに寒いけど。





     。     。     。





「せーんちょーせーんちょー。みーんなーのせーんちょー」

 折角気持ちよく寝ていたというのに、何やら不快な歌が聞こえてくる。その声は間違いなくぬえのもので、その何故か不快になる歌詞と体をゆすってくるぬえの所為でどんどんイライラが溜まってきた。こうなったら私も意固地だ。絶対に起きてやるものか。


「せーんちょーせーんちょー。そんなとこで寝ーてたーらかーぜひーくぞー」

 ぬえが私の体をこたつから引っ張り出す。


「って寒いわッ!」
「せんちょーがおきたー。いぇー」

 目を開けるとそこには両手一杯に桜を持ったぬえがいた。


 それどころか!


 それどころか部屋中が桜だらけでは無いか!


 天井に、こたつに、床に、壁に。どこにでも桜がついている。花びらが閉鎖された部屋の中で特に舞い散る場所も見つけられずに、この部屋の床へと落ちていく。

 何千、何万の花びらがここにあるだろう。

 何分、何十秒、一秒。どのくらいの間に百の花びらが散るのだろうか。それくらい部屋一面が桜だらけだったのだ。



「ぬえ、これは一体なにかしら?」
「何って桜だよぅ。船長がまるで思ってたほど地上が綺麗じゃないみたいなこと言ってたから、私が地上の美しさを教えてあげようと思って」
「ここは誰の部屋?」
「キャプテンムラサ。いてっ!」


 とりあえず部屋をこんなにしたぬえを一発殴っておいた。殴るといってもげんこつだげんこつ。そんな思いっきり右ストレートを決めたわけではない。

 それなのにさも大変なことが起こった見たいに頭を抱え込む。丈夫なんだし、そんなに痛く無いだろうに。


「どうすんのよこれ」
「ほら、船長の能力」
「水難事故?」
「船長は沈めた船をどうするよ」
「別にどうもしなかったわよ。ちょっと何か面白い物ないか探索するくらいで」
「嘘だね。水に流すでしょ。だからこれも水に……痛っ!」

 足らないようなのでもう一発。相変わらず動きというか表現がオーバーなぬえ。



「それにしても、綺麗ねぇ」
「でしょう?」

 ぬえが床に落ちた沢山の花びらを両手で持ち上げて、ぱぁっと大きく撒いた。ぬえの手から離れた無数の花びらは綺麗な弧を描くことは無く、ひらひらと優美にゆれながら落ちていく。私もちょっと楽しくなってきて、両手で花びらを掬う。


「ねぇ、ぬえ。これ本当に桜? こんなに大きな花びらの桜見たこと無いわ」

 手で掬った花びらをまじまじと観察してみると、何故今まで気づかなかったのだろう、その花びらは私が本来知っているものよりも随分大きかったのだ。


「それはねぇ、ソメイヨシノって桜なんだって。なんか庭師の人が、主がその桜を好きだからって言って張り切って植えたらしい」
「へぇ、これがソメイヨシノ。本で読んだことあるんだけど、そういえば普通の桜よりも大きいみたいなことも書いてあったわね。今思い出した」
「ムラサ頭いいー」

 割と本を好んで読む私は、悪く言えば暇人なのだけれど、そういった知識は人よりも多いつもりだ。このソメイヨシノについてもいつか読んだことがある。



 ソメイヨシノ、ソメイヨシノ……。確か。



「優れた美人」
「はい?」
「花言葉よ。ソメイヨシノの」
「あぁ、成る程」


 本で読んだときはそうなんだ程度に思ったこの花言葉も、こうして実物のソメイヨシノを見るとぴったり当てはまっているように思える。

 大きな花びらは、それでも大きすぎてうるさいというわけではなく、程よいピンクもふわふわしている花びらも全部が綺麗だった。まるでお洋服についているフリルのよう。それが最初のイメージだった。



 封印されていたときも、桜という物がどんな植物なのかは知っていた。文学でも美しい植物、綺麗な植物として描写されていたし、図鑑で写真も見た。そのとき美しく、綺麗だともたしかに思った。


 でも、でも。本物をこうして間近で見たときの圧倒的さ。そう、ソメイヨシノという植物、大きくまとめれば桜は圧倒的だった。

 美しいだとか、綺麗だとか。そういうものでは表しきれない。圧倒的に優れていた。



 優れた美人。



 美しいこと、綺麗なことは大前提。そうしてさらに手に届かないような存在、優れた美人。まさにぴったりの花言葉だ。


「優れた美人ねぇ。とりあえず、私とムラサは無いね」
「そうね。悲しいことだけれど、ありえないわ」
「どうしたの、なんか変だねムラサ。いつもならそこであんたは違うかもねとか言うのに」
「声真似すんな。……桜を見てね、自殺した人が昔いたそうよ」
「え、もしかしてするの?」
「しないけど、それくらい、桜が狂おしい程に圧倒的ってことでしょう」

 こんな圧倒的なものに出会えば、それはそれは狂ってしまうかもしれない。自分は何てちっぽけなんだって思ってしまうかもしれない。恋しいあの人と、この美しさの下一緒になりたいと思えば心中だって図るかもしれない。


「じゃあ逆に、逆なんだけど、この桜に圧倒されて自殺を思いとどまる人もいるかもしれないね。だって、こんなにもその人が生きてる世界は圧倒的なんだもの。死んじゃうなんて、もったいなさ過ぎる」
「そうかもね、居るかもしれないわ」

 自殺を思いとどまるだけではない。悩み事だって、どうでもよくなってしまうかもしれない。人はよく海を見れば悩み事なんて小さく見えると言う。それは海がどうしようもなく広いからで、手でつかむなんて無理なことだから。人は、自分の知らない物を畏れる生き物だから。

 でも、桜はどうだろう。手で触れる。ぽっきりと枝を折ることだって出来る。人間がその気になれば大きな木を切り倒すことだって出来るだろう。



 それなのに、その桜は海にも負けない感動を与えてくれる!



「綺麗ねぇ」
「でしょう? じゃあさっき殴ったの謝ってよ」
「それは無理。この部屋綺麗だけど、ちゃんと片付けてね」
「へいへーい」


「それにしても、本当綺麗ねぇ」


 地上に出てきて初めての春を体験した私は、なんだかやっぱりこの先も地上が楽しみになってきた。





     。     。     。





 翌日、目からは涙、鼻からはぐじゅぐじゅに鼻水をたらし続ける私がいた。

「うわっ! 船長どうしたのそれ、キモイ……痛いっ!」

 何か言ったぬえを小突いて、その小突いた拍子にまた出てきた鼻をかむ。チーン。


 確かこういう症状は花粉症って言って、それはそれはもう酷いもので春を楽しむなんて余裕無いらしい。
 チーン。
 鼻が痛い。


 たしか免疫力が弱くなってきた外の世界の近頃の若者に多いのだとか。


 そりゃ今まで地底にいたんですもん。花粉なんか存在し得ない地底に居て、免疫力があるわけが無い。

 ゆらゆらと涙で揺れる視界の中、ぬえを見据える。

 ずびずびっと出た鼻水をチーンとかむ。


 それでもすぐに鼻水は出てきて。加えてクシャミまで出る。クシャミで口を押さえたときに手に鼻水がついて……。


「うわぁ、船長汚い」
「ぐぅ……」


 否定しようがないからぬえに当ることも出来ない。

 まだぐぅの音が出るだけ生活に支障が無いということなのだろう。だから、だからこそ余計にたちが悪い。


「フェックシュ、フィクシュ、フェックシュン! あー」
「ヨカッタね船長。クシャミが三回連続で出るのは、誰かに惚れられたときらしいよ」
「誰によ! クシュン!」
「クシャミ一回は噂されてるんだって」

 いいこと無い……。晴れて復活したのに、いいこと無い……。

 チクショウ。春、なんて季節なんだ!


「春なんて大嫌いだー! フィックシュン!」
春、マジでなんて季節なんだ。
花粉症が酷くて、昔校外模試で後ろに座っていた知らない人からティッシュを貰ったことがあります。多分相当うるさかったんですね。
私も当時ティッシュ持っていたのですが、使い切っちゃいまして。うわぁ、懐かしい。
そして今も家の中なのにすごい量のティッシュを消費しております。

船長、きっと秋も来ますね。お大事に。

ソメイヨシノ、やっぱり綺麗です。
まぁ、フライングっぽいですかね。でもつぼみも既に綺麗だったので、つい書いちゃいました。

誤字修正いたしました。
にしても、いいところで誤字とか。。。泣けるわ。
鉄梟器師ジュディ♂
http://tetuhukuroujudy.blog82.fc2.com/
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コメント



0.690簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
花粉症つらいよね。

それでも世界は美しい。
よいお話でした。
5.90名前が無い程度の能力削除
このss、春の美しさと辛さをとても感じます(辛さは花粉症。
ぬえ、いい仕事をしたな…

誤字報告?
>それどろか
それどころか
6.90名前が無い程度の能力削除
桜の花びらに埋もれてみたい

船長が海を感動するものとしてとらえているのが、なんというか、なんか、良かったです
嬉しいというかね、船長、海好きなんだなあと
7.80名前が無い程度の能力削除
>たしか免疫力が弱くなってきた外の世界の近頃の若者に多いのだとか。

花粉症は免疫が原因だと思ったが……いや待て、肯定して考えよう。
免疫には感染症とアレルギー関連の二種類があり、病気への耐性が不要になってきて前者に関わる免疫力が低下。
代わりに後者が優位になり、花粉症に罹るようになる――との説もある。
つまり免疫が弱くなったせいで花粉症というのは間違いではない!後者も免疫の一種というのは気にしない。
免疫抑制剤みたいなので対処療法なんてメジャーじゃないよね。知っている人なんて殆どいないさ。肯定終わり。
マスタースパーク等によるレーザー治療で鼻水だけ止めて、目は腫らしたままがいいなあ。涙目ムラサ……。
自分が罹ったらこんな事は言えなくなるだろうけど。

結局なにが言いたかったかというと、手のひらに桜の花びらをのせている絵が自然に浮かんできました。
無駄に長くてつまらないこんなコメントでしたが、そこは水難事故を起こす能力で。水に流――
12.100奇声を発する程度の能力削除
凄い綺麗なお話でした!!!
桜見に行きてー!花粉症は嫌だけど…orz
16.100梯子のぼり削除
よし、今度桜見に行くぞー
17.無評価鉄梟器師ジュディ♂削除
(プ□゚)フ【こめんとありがとうございます】ヽ('∀'ヽ)

>1様
花粉すごい強いですよねぇ。折角の春も中々楽しめません。それでも春はやっぱり素晴らしい季節です。桜もそうだし、何より何故かやる気に満ちてるんですよね。まぁ五月でそれを砕かれるわけですが。五月病も怖い。

>5様
春は本当美しいし、辛い。花畑を舞う蝶々とかマジキュートだけど、実はそこには花粉がまん延しているという。春に馬鹿が増えるとはよく言いますが、やっぱり風景が綺麗だと騒ぎたくもなりますよね。
誤字報告ありがとうございます。

>6様
ソメイヨシノって本当ふわふわしていて、埋もれてみたいですよね。そんな綺麗なものに埋もれて私みたいな人間が居たら、目立って目立ってしょうがないんだろうな。ぬえとかムラサは可愛いから、桜に埋もれていても超可愛くなるだけですね。
船長多分海大好きだと思います。元ネタの幽霊船ムラサの方で、ついうっかりだか何だか知らないけど、幽霊になってしまう程に海が好きなんだと思います。幻想郷に海無いけど。多分幻想郷内で海と何かを比べることが出来るのは船長ただ一人。

>7様
いやぁ、勉強不足でした。でも冷静に考えると、花粉を体内に入れないために免疫が働いてしまって鼻水が出ているんですよね。あれ、でもやっぱり免疫力が弱ってしまっているんでしょうか……。考えれば考えるほど分からなく……。
桜の中に埋もれるぬえとムラサも綺麗ですよね。うんマジ可愛い。
コメントとっても勉強になりました。いや本当全然詳しくなくて。わけの分からないまま薬を飲んでいて、それでもなんか自分効かないんですよね。その辺りも関係あるのかな。。。

> 奇声を発する程度の能力様
きっと本物の桜はこの文章なんかよりも遥かに圧倒的ですよ!
本当もうずるい。セコイ。桜の綺麗さはもはや強キャラじゃあ済まないレベルです。
昼桜を見て十分騒いで、夜帰ってくるとき街灯に照らされた紫色の夜桜を見てノスタルジックな気分になる……。もう最高です。花粉症は嫌だけど。

>梯子のぼり様
桜はやばいですよー。私の住んでいるところから少し行ったところに、ソメイヨシノが道の両側にずらりと並んでいる究極の道があってですねー。もうそこがやばくてやばくて。
桜は秋も綺麗ですよねー。ちゃんと四季を感じられる数少ない植物だと思います。
19.80ずわいがに削除
わちきが春をあまり好きで無いのは、花粉と虫のせいなのでやんす。

二人とも可愛いぜ……。
20.100名前が無い程度の能力削除
春が嫌いなのはフィクションって言ってるみたい
21.無評価鉄梟器師ジュディ♂削除
>ずわいがに様
花粉嫌ですよねー。何が嫌かって、鼻が詰まっているから寝て起きると喉もやられているところですよね。虫は個人的に秋が一番嫌いです。落ち葉の裏とか、なんかそういう不意打ち系が多いからどうも苦手で……。
ムラサもぬえも異常なかわいさです。チュッチュしてとはいわないから、手繋いで欲しい。

>20様
うわ、滅茶苦茶上手いコメント貰ってしまった……。
そこまで考えが至らなかった自分は。。。
なんだ、このコメント。なんだ、このコメント。自分の中で急にこの作品の株が上がってきてしまった。