※ホワイトデー記念
この物語は続き物です。
「こんなバレンタイン~恋する大戦略~」の続きとなっています。
つまり、「くろまくみこ」が前提です。ご了承ください。
ホワイトデーだ。バレンタインに送られたチョコレートと、その贈り物に添えられた想いに応える日だ。今年もこの日がやってきた。しかし、レティ・ホワイトロックにとって、今年は例年少し違った。
今年は霊夢がチョコをくれた。
だから、今年は少しだけ頑張ったのだ。後一週間。後一日。昨今の異常気象もあり、少しずつ暖かくなっていく気候の中、頑張って神社に留まっていたのだ。
まだ大丈夫。このくらいの気温ならいける。少なくとも、三月中はまだ余裕がある。
しかし、これから夏場の生活に向けて準備をしなければならない。あの地獄の数ヶ月を乗り越えるための準備を。体が動かせなくて自宅を出られなくなるから、日持ちする食べ物と水をたくさん用意しなければならない。それも簡単に食べられるやつ。それでも数ヶ月分の、しかも物の腐りやすい夏場に向けての用意など不可能だから、その対策も講じなければ。知り合いの妖怪や妖精あたりに色々と依頼をする必要がある。その為に走り回る必要があるのだ。
例年三月中丸々1ヶ月使って夏越えの準備をするのだ。その準備を大分切り詰めて、今まで神社に留まっていたのである。
もう限界だ。流石にこれ以上は留まれない。今日を最後に、霊夢とお別れしよう。また涼しくなったら会いに来るからと、それまで私を好きなままでいて下さいと言って。
その為に今、バレンタインに引き続き八雲紫の助力など得て飴細工など作っていた。バレンタインの想いにこたえるにはキャンディーを送ると言うのが、昔からの伝統である。
「霊夢……」
この飴細工をもらって、霊夢はなんと言うだろうか。喜んでくれるかな? それとも、お別れを惜しんで泣いたりしてくれるだろうか?
「霊……夢……」
その時は霊夢が駄々をこねて泣く予定である。例年そうだから間違いない。そこで自分も泣いてしまっては収拾がつかない。だから、お別れのときは、レティは笑顔でお別れをするというのが例年の決まりごとであった。
「れ……いむ……」
だから、今のうちに泣いておこう。これから何ヶ月も会えなくなるのだから。その間、独りで灼熱地獄の責め苦に耐え続けなければならないのだから。
思い出す。レティ・ホワイトロックが博麗霊夢と初めて会ったのは数年前の事になるらしい。
暦の上ではとっくに春なのに雪がやむ気配を見せないと言う、どこぞの悪趣味な亡霊姫が引き起こした異変の最中、その解決に向かう霊夢と出くわしてしまったと言うのがファーストコンタクトである。
正直に言う。第一印象は最悪であった。なにせ変な難癖をつけられて有無を言わさず叩きのめされたのだから。ただいつもより長く冬を楽しめると、はしゃいでいただけなのにである。
「くすくすくす。それは不運でしたわね」
と紫は笑った。曰く、付き合いの長い紫でさえ異変解決中の霊夢は避けて通ると言う。
臨戦態勢と言うか、気が立っていて見るもの全てが敵と映ってしまうらしい。異変に関与していないなら、解決中の巫女に近寄るべからずと言う妖怪社会の常識を、レティはその時初めて知ったのだ。
もう金輪際関わり合いにならないと心に誓っていた霊夢との再会の、その切っ掛けとなったのがチルノである。
氷の妖精チルノ。何故か知らないが懐いてきて、毎年冬になると一緒に遊ぶ事が多い女の子である。もちろん初めは妖精なんてと思いもしたが、馬鹿な子ほど可愛いもの。能力が近い事もあって、暖冬となりやすい昨今、お互い無くてはならないような存在である。
そんなチルノが神社に悪戯をしに行くと言ったのだ。神社と言うのは、もちろん博麗神社の事だ。
当然レティは全力で止めた。否、止めようとした。弾幕ごっこにまで発展した。しかし、その日は丁度調子が悪く、負けてしまったのだ。
「で、再会と相成ったわけだけど、正直驚いたわ」
「別人かと思ったでしょう? 普段のあの子はただ暢気で、割と普通の女の子ですものね」
そう、別人かと思った。同じ顔した、双子の妹か何かかと。
境内に侵入した二人をあっさり見つけた巫女さんは、しかしこれと言って咎める事もせず、あまつさえお茶など出してくれた。そればかりか、近々開催されると言う宴会に誘ってくれる始末。大勢いる方が楽しいからとか何とか。しかし、まだ友達と言える仲でもなかった相手を、内輪の宴会に呼んだりするだろうか?
話を聞く紫も、終始くすくす笑いを止めない。「あ~、あるある」と言いたげに。どうやら、彼女を知る妖怪ならば誰もが通る道であるようだ。否、彼女に惹かれた妖怪なら誰もが。
「死地に赴くつもりでついて行ったのよ? いざとなったら、刺し違えてでもチルノだけは守ろうと思って」
「いえ、いざとなっても霊夢と刺し違えてはだめよ? まだ次代の巫女候補も見つかっていませんし、今死なれては困ります」
「しないわ。と言うか、出来ないわ。だって相手は霊夢だもの。戦いになるなんてありえないわ」
「くひ……御馳走様です」
「……ゲフン。そ、それでね、その宴会にお呼ばれしたから、行ってみたの」
「貴女が初めて来ていた宴会だから、あの日の事ね?」
宴会に現れた新顔である。警戒されたり、輪に入れなかったりするのだろうかと心配もしたが、そんなことはなかった。
皆宴会の席では対等で、新顔が居るなどと警戒するヤツなど、いい意味でいない。杯が空けば何をしなくとも誰かが注ぎ、独りでいるとひとりでに人が集まり絡んでくる。というか、輪に引っ張り込まれる。そこはそんな宴会の席だった。
その席の中心にいるのが、他でもない博麗の巫女だった。幹事は白黒の魔法少女だったが、主役は間違いなく霊夢だった。対等の席であるはずの宴席で、霊夢だけはその存在を強烈に示していたのだ。
その理由はすぐに判った。というか、自分もそうだから判ってしまったのだ。その席の皆が、霊夢の一挙手一投足に注目していたからだ。恐らく集められた皆が、霊夢に誘われて集まった口であろう。ただ、その目の大部分がただ大物に注目する目でも友達に向ける目でもなく、恋する乙女の視線である事に気付いたのは、レティ自身が乙女の視線を霊夢に向けるようになってからであった。
「焦りはなかったわ。だって、勝てると思わなかったの。ライバルはみんな大妖怪や、弾幕ごっこの長者揃い。そんな中でこんな、私みたいな唯の冬妖怪に何ができるだろうって」
「そう? はっきり言って、あの中では貴女が一番美人さんよ?」
「またまた御上手に……それに、容姿を言うなら、貴女の足元に及ばないわ」
「謙遜謙遜」
「謙遜してるのは貴女よ? それに、幾ら容姿をよく見せようと、妖怪は結局力だもの」
妖怪は奪う者だから。もし仮に霊夢の心を手にする事が出来ても、自分では守り切れない。そもそも、こんな取るに足りない弱小妖怪を霊夢自身がどうとも思っていないと思っていた。だから、見た目が幼女の吸血鬼や鬼にさえ気遅れを感じていたのだ。そして、
「冬が終わって、お別れを言いに行ったの」
そんな弱小妖怪にとって、一年の半分は自宅から出られず、一年の半分も会えないというのは、覆しようのないハンデだった。その間、他の子たちは幾らでもアプローチをかけられる。それに対し、自分は忘れられる可能性さえあるのだから。
来年の冬には、誰か素敵な人が彼女の隣にいるに違いない。それは例えば、神出鬼没の賢者様だったり、薀蓄の煩い古道具屋だったり、大鑑巨砲主義の白黒少女だったり。そう思って、想いを断ち切る意味も込めてお別れを言いに行ったのだ。冬が終わるから、これでお別れだと。
―――どうして? 冬妖怪だからって、春に消えなくてもいいじゃない?
そう、霊夢は返した。
冬妖怪の自分は夏場身動きが取れなくなる。暑さにやられて大変になるから、涼しい今のうちに夏越えの準備をしなければならない。その旨を説明すると今度は、
―――そう……じゃあ、夏が明けて涼しくなった頃までお別れね。
と言った。
―――来年の冬、いえ、秋の中頃あたりかしら? 楽しみにしてるわね。
とも。
あれは社交辞令。もしくは、宴会の頭数が減るから言っただけ。それだけなんだから。
その日、恐らく奇妙と思われるだろう程に舞い上がりながら帰路についた。再会を楽しみに。今生のお別れとも思っていたのに、だから前の晩ちょっと泣いたりもしたのに、これほど嬉しかった事などそれまで無かった。
だから、再会した日、
―――遅い! もう一週間も前からだいぶ涼しかったじゃない!
などと文句をつけながらも、
―――久しぶりねレティ。
と笑顔で迎えてくれたときには、思わず抱きついてしまったものだ。思わず「ただいま~」なんて。今にして思えば、当時自分は大分痛い子だったかもしれない。でも、実際には霊夢も抱き返して「お帰り」と言ってくれたから、あの日はそれで良かったに違いない。
「……どうお?」
「……すごい、良くできていらっしゃいます」
飴細工が完成する。ハートの上に霊夢とレティが二人、手を繋いで見つめ合うと言う、なかなか良くできたオブジェだ。
何所から如何食べたものかと突っ込みたくなったのは言わない。というより、勿体なくて食べられたモノじゃないくらい見事だ。思い出話に花を咲かせながらやったとはとても思えない。
「愛の成せる技ねぇ……」
流石の八雲紫も、半ば呆れるほど関心する。本当によくやるものだ。
「喜んでくれるかしら?」
「それはもう、喜ばないはずがありません」
「うふふふふ~♪」
「でも、恥ずかしさのあまりどこかへ飛んで逃げてしまうかもしれないわね」
「それは困るわ~」
一仕事終わって、笑い話も一入である。とりあえず、今日ホワイトデーに向けてやらなければならない準備はすべて終わった。
「後は霊夢の帰りを待って、この飴細工を渡して……お別れを言ったら終わりね……」
「……そう。今日帰るのね?」
「ええ……流石にもう限界よ。これ以上ここに留まったら、夏の準備ができないもの。これでももう、結構ギリギリだから」
「それは仕方ありません……何か手伝いましょうか?」
「お気持ちは大変嬉しいけれど、何から何まで助けてもらって、返せるものが何もないもの。これ以上は悪いわ」
「遠慮しなくてもいいのに。義理堅い人……」
そう苦笑を洩らして、縁側から空を見上げる。レティもつられた。日が傾いて、空はすっかり赤く染まっていた。
「こんな時間まで……あの子ったら何をやっているのかしら……」
最期の日くらい、ずっと一緒にいてあげればいいのに。否、レティも凄い飴細工を作って驚かせると息巻いていたから、朝からずっと霊夢が居なかった事はあるいは僥倖だったのだろうか。
ままならないものである。
「最近忙しそうだもの。それも毎日。仕方ないわ」
「何をしているか御存じなの?」
「いいえ、訊いてないわ」
「如何して訊かないの?」
「訊かないと言うより……訊けないと言うか……」
話によると、もう一月ほど霊夢と話すチャンスが掴めないのだと言う。あのバレンタインから3日ほどたったある日を境に、神社を空けるようになった霊夢。朝はレティが目を覚ますよりも前から。夜は夕食が終った後まで。ほぼ一日中何所かに出払って、何かをしていると言う。帰ってきたらすぐ寝る。風呂に入る余裕さえない位に、疲れて帰ってくるらしい。
「あんなに疲れてるのを見るとね、一刻も早く休ませてあげたいなって……」
「それは本心でそう言うの? 貴女は本当にそれでよかったの?」
せっかく、いつもより長く神社にいたのに。
「だって……霊夢は―――」
「霊夢はいいの。大切なのは貴女ですわ。もっと色々やりたい事もあったでしょうに」
例えば他愛ないお話をしたり。例えばお酒を飲み交わしたり。例えば抱き合ってキスをしたり。例えば一緒にお昼寝したり。
「やりたい事……」
もっと恋人らしく、もっと一緒に居たかっただろうに。
「これから暫く会えなくなるのよ? その間ずっと、暑さと寂しさに耐え続けなければならないのよ? 貴女は本当に、これでよかったの?」
「……だって……だって霊夢が……っ」
大きな目いっぱいに涙をためて、絞り出すようにそれだけ。
ああ、やっぱり嫌だったんじゃないか。つらかったんじゃないか。バレンタインで初めてチョコを貰って、あんなに幸せそうだったのに。だから、少々無理をしてでもいつもより長く神社に居る事を決めたと言うのに。だのに、この仕打ちはなんだ?
口を開けば我儘や文句が溢れ出てしまうのだ。だからあんなに震えて、唇を噛んで、涙までこらえて。
「馬鹿な子……妖怪のくせに、我慢なんかしちゃって……」
ひしと抱きしめる。柔らかくて、冬妖怪と言う割に温かい。しかし、今は縮こまっていて、何所か硬い。
レティは、こんなになるまで我慢をした。霊夢の負担になりたくなくて。喧嘩になるのが怖くて。後、寛大で素敵な女の子でいたくて。
恋人として、共に生きる者として、本当は良くない。本物の家族になりたいなら、不平や不満は打ち明けあって、話し合うべきものなのだ。よく話し合って、お互いに良く理解し合って、食い違う意見に妥協の道を見つけあって、そうして絆を深めていくのが、本物の家族ではないだろうか。
レティは喧嘩をするべきだったのだ。一人で留守番は寂しいですと、一緒に居て下さいと霊夢に訴えるべきだったのだ。でも、それは仕方のない事と紫は思う。レティと霊夢は付き合いだして日が浅い。否、もう恋人となって随分たつが、年の半分は会えない所為で、日数が足りないのである。
会えない期間があるも悪いのだ。まだ相手の前では聞き分けのいい、いい女でありたいと願ってしまうのだろう。それは誰だって必ず通る、二人成長する上で大切な道なのだから。だから、
「今のうちに、全部吐き出しておきなさい。今は、私しか聞いていないのだから。」
例えば一人の食事が美味しくない事。例えば暇を持て余して、飴細工のクオリティが無駄に上がってしまった事。例えば朝起きて、布団に残る霊夢の微かな温もりが余計寂しい事。例えば欲求不満で、毎日自分を慰めている事。
例えば萃香からいいお酒を貰った折、霊夢と二人で飲みたかった事。例えば霊夢の好物を調べて、夕食に御馳走したかった事。例えばよく晴れた日、霊夢とデートがしたかった事。
溢れだして止まらない我儘を、本当は叶うはずだった幸せな夢想を受け止めて、泣きじゃくるレティの頭を撫でながら不意に思いだした。
―――ああそう言えば、藍や橙にもこんな事があったっけ?
ただ小さな女の子だったあの子たちが、式として自覚しだした頃の事。式だから式だからと過剰に自分を律して、雁字搦めになってしまった馬鹿娘たち。紫はあの日初めて藍を叱り、藍もその事で、初めて橙を叱った。
式は道具だ。しかし、貴女は私の家族だ。
そう言って叱った。
皆馬鹿だ。余計な事に気をまわして、変なところで見栄を張って、結局耐えられなくなって。皆馬鹿で、可愛くて、こんなに愛おしくて。
そう思って、紫は不意に自覚した。なんだか自分も、随分と年をとったな。何時の間にか、愛娘が増えたものだ……
「すみませ~ん、河童印ですけれども~、御依頼の品、持ってまいりました~」
「……え?」
「……あら?」
そんな空気をバッサリ切って現れたのは、河城にとり率いる数名の河童たちだった。何やら大きな箱を二つ運んで来た様子。
というか、玄関から声かけろよお前ら。
「……河城の? えっと……一体何の用かしら?」
「はい、ご注文の品を持ってまいりました。さらっと設置しますんで、どいておいてくださいな」
などと商売人モードなにとり。
「チーフ、こちらは何所に設置しましょう?」
「ああ、それは寝室の方によろしく~。こっちはこの部屋だから~」
「らじゃ~」
などと指示を飛ばしあって、設置作業とやらを始めてしまった。
壁に何やら、直方体の箱型機械を取り付ける河童たち。
「あ~……あれはエアコンね」
その注文の品とやらには、紫も見覚えがあった。
「知ってるの?」
「あら、新聞読みません?」
「ええちっとも。霊夢はたまに読んでるけれど……」
「アレね、エアコンと言って、周囲の空気を取り入れて温めたり冷やしたりして、外に流し出す機械なんです。アレを使えば部屋の気温を温める事も冷やす事も出来るって言う優れものでね」
扇風機に代わる河童印の次世代空調システム「エアコン」
最近話題となった新製品である。元々は患者のために空調設備を整えたい永遠亭からのオファーで開発された物だったと言うが、一般の顧客にも販売されており、紫の邸宅にも先日取り付けられたところだ。
どうやら稗田家も購入したらしく、箱から冷たい空気や暖かい空気が出るとか、河童すげー妖怪すげーとか、人間の里でも上々の評判である。
「でもそんなエアコンがどうして……?」
問題はその値段だ。折り込みチラシとして天狗の新聞と一緒に配られ、人間の里を中心に多くの人に認知されたエアコン。しかし、導入する家庭は里でも今のところ稗田家のみであり、紫も知り合いの妖怪の家では紅魔館と永遠亭が購入した以外には知らない。
量産ではなく、受注生産なのだ。高品質を文句としているが、故障した時の修理保証などもすこぶる充実しているが、その分値段がとんでもなく高いのだ。
そんなエアコンが、なぜ神社にあるのだろう? それも二台も。
「決まってるじゃない。私が買って来たからよ」
疑問に答えたのは、いつの間にかそこに居たらしい家主、博麗霊夢その人だった。
「「―――霊夢!?」」
「……何その反応?」
「い、いえ、御帰りなさい霊夢。今日は早かったのね」
「ええ、ただいまレティ」
あいさつを交わす二人。良かった。レティの方は自然に笑えている様子。
それよりもだ。
「霊夢、どういう事? 買って来たって、二台も?」
「見りゃ判るでしょう? それとも、紫にはこれが盗品に見える?」
事もなげな霊夢。そりゃ、業者さんがわざわざ設置工事をしに来てくれているのに、盗品なわけもないのだが。
「でも値段が」
「ええ、高かったわ。これまでで一番高い買い物だった」
「高いなんて物じゃないでしょう? 幾ら金銭感覚の無い貴女だからって、こんな大きな買い物……」
「お金に疎くて悪かったわね! おかげでいい経験をさせてもらえたわ!」
「こんな大金、どこで手に入れてきたの?」
「人間の里よ?」
「……まさかカツアゲ?」
「誰がするかっ! 貯めてきたのよ! アルバイトで!!」
……
「「ダウト~」」
「失礼ね! って言うかレティあんたまでっ!?」
「だ、だって霊夢、今までアルバイトだなんて一度もっ」
「した事無かったわ! 初体験よ! ……でも……如何してもすぐ欲しかったんだもん……」
「エ……エアコンが……?」
「そうよ? 悪い? だって、早くしないと、レティが帰っちゃうじゃない!」
……何ですと?
「レティ……帰っちゃうじゃない……レティの家なんて知らないし……迎えに行けないし……」
「れ……霊夢……? え……? ……私?」
「そ、そうよ! レティが帰っちゃうし、ホワイトデーまでひと月しかなかったし、急がなきゃいけなかったの! だからバイトしたのっ!」
「じゃ、じゃあ、ここ最近家に居なかったのは……?」
「沢山お金が必要だから、ずっとバイト入れてたからで……」
つまり、霊夢はこの約一ヶ月、この二台のエアコンを買うためにアルバイトをしていたのだ。朝から晩までずっと。
それも話によると、
「私の……ため?」
「そうよ……こ、このエアコンって凄いのよ! 阿求の家に見に行ったけどすごいのよ! ホントに部屋が涼しくなったり熱くなったりするの!」
「え……ええ、聞いた。なんかすごいって」
「でね……その……このエアコンがあったら、部屋がね……涼しくなるの……」
「……ええっと?」
「だからっ! ……えっと、その……涼しくなるから……その……」
ああ、なるほど。レティはまだ判っていないようだが、紫の方は得心がいった。つまりあれだ。霊夢はまさにレティのためにエアコンを買って来たのだ。なぜなら、
「す……涼しくなるからっ! だから、レティはもう、帰らなくてもいいのっ!!」
こう言う目的があったからだ。
「え―――っ!?」
「だからね、これ使ったら、夏場も涼しく過ごせるのよ! たぶんレティの家より神社の方が快適になるの! だから……だからねっ!」
不意打ちでレティを抱きしめる霊夢。レティはと言うと目を白黒とさせながら、それでもおずおずと腕を霊夢の背に回しているあたり、で筋金入りある。
「ホワイトデーにさ……お返し、何にしようかって考えててね……新聞のチラシで、エアコン見てさ、これしかないって思ったの……」
「でもこんな……こんな高いの……」
「いいのっ! ……レティの為だけに買うんじゃないもの……いつもいつも、冬が終わったらお別れなんて……私だっていやよ……レティなんてさ、いつもこっそり泣いててさ」
「そ、それはっ!?」
「知ってるのよ? 大方お別れのときに泣かないようにとか言って、先に泣いてるんでしょう? 知ってるのよ……私知ってて、悔しかったんだから……だから、もうそんなの無しにしようって……」
「じゃあ私、ずっとここに居てもいいの? 夏になったら、きっと寝たっきりよ?」
「いや、エアコンがあるし」
「エアコンあっても、たぶん元気ないの。ずっと元気なくて、バテバテで……」
「熱いのがつらいなら、いろいろ涼しくなる方法知ってるわ。素麺とか、西瓜とか、氷水に足突っ込んだりとかさ……一人で乗り切ろうとするから、つらいんであって……頼ってくれればいいじゃない……」
「じゃあ……じゃあ私……もう帰らなくてもいいの……? ……私……もうお別れだって……お別れ……だって……っ」
「~~~ああもうっ! 帰る帰らないじゃないの! 帰れないの! ……私が帰さないんだから。もう、ずっと捕まえて、帰してあげないんだから。だから……レティ……」
「霊夢……」
イン・ザ・ワールド。
あ、キスした。あ、押し倒した。って、ちょ、ちょっと、ちょっと待て! それ以上は待て! 人がいる人が居る! 1ヶ月寂しかったとかいいから今は落ち着けっ!
完全に二人の世界に入ってしまったレティ&霊夢を見て、紫は不意に思い出した。
―――ああ、私の周りはこればっかりか……
思えば藍と橙も、最近では人目憚らず二人の世界に入って、藍なんか目の前で主が見ていると言うのに橙を脱がしにかかるし、橙は橙でそれを止めると世界が終ったみたいな絶望の目で見てくるし。
皆馬鹿だ。恋人ができたら皆馬鹿になる。幸せすぎて馬鹿になる。見てるこっちは恥ずかしいやら、安心したやら、他人事なのに妙に嬉しいやら。
そう思って、紫は不意に自覚した。自分はもしかすると、行き遅れなのかもしれないな。そろそろ誰かいい人を、探してみるのも悪くない……
いつの間にか作業を終えたらしい、顔を真っ赤にしながらも二人の情事を観戦していた河童たちを引きずって、紫は神社を後にした。
何やらその筆頭であるにとりが、一番見入っていた様子。今も興奮から抜け出せないのか、恍惚とした表情で「ひなぁ~」とかうわ言を言っているが、気にしない事にしようと思う。
夏。あのホワイトデーからもう五ヶ月ほどが経った、夏真っ盛りである。
「う~~~~……あ~~~~~……」
「うあうあ唸ってたら、余計暑くなりますわよ?」
レティ・ホワイトロックは、結局博麗神社に居た。帰らなかったのだ。ただ、流石に24時間ずっとエアコンをつけ続ける事は、電気代的な意味でも機械の寿命的な意味でも現実的でなかったので、本当に暑くなる昼ごろから夕方にかけてと、如何しても暑くて寝苦しい時にだけつけると言う事にして、それ以外は扇風機と氷水いっぱいの桶や濡れタオルなんかで我慢するという話となったらしい。
今現在、レティは足を氷水につけて、頭には濡らして固く絞ったタオルを乗せて、扇風機の風に当たっている。
「昼食は~~~~素麺~~~~……涼しくなる~~~……」
どうやら、本当に暑いのがダメらしい。
「大丈夫です? なんだか本当にしんどそうですけれど?」
少なくとも、紫の目には死にかけの人に見える。
「ああ、大丈夫~~~……後、30分もしないうちに、エアコンがつくから……」
「……そう? 貴女が大丈夫というなら、大丈夫なんでしょうけれど……」
本当に死にそうだから怖いのだが、プラシーボ効果か、例年より幾分マシなんだそうだ。愛のなせる業である。
「それもこれも、貴女のおかげね~~~……感謝しても、しきれないかも……」
「いえ、だから、これに関しては何もしてないんですけれどね?」
「チョコの作り方、教えてくれたわ~~~……今の生活は~~~……ホワイトデーのお返しなんだから~~~……」
「まぁ、そうらしいけど……」
「だから、ありがと~~~……」
「いえ、まぁ、どういたしまして?」
この会話ももう何十回目か判らないんだけれどね?
全く気付かぬうちに、レティの中で八雲紫という人物は愛のキューピットか何かになっているらしい。悪い気はしない。ただ、崇拝じみた目で時折見られるのが少し申し訳ないと言うか、そんな大層な妖怪でもないのにと言いたくなる。
ただまあ、
「レティ、貴女は今幸せかしら?」
キューピットになったからにはアフターサービス。これからの二人の事を、いろいろ世話焼くのも悪くないかもしれない。
「ええ、とっても!」
と、満面の笑みで答えてくれるレティも、霊夢と共にこれから先、様々な困難に直面するだろう。誰かと二人で生きると言うのは、二人分のトラブルを抱えると言う事なのだから。だから、ささやかながらその解決のお手伝いを、してみるのも悪くない。
ただ今のところ、さしたる心配はしていない。現に今、レティの身に起こっていた夏の問題を解決して見せている。あの努力を嫌う霊夢が、毎日丸一日のアルバイトと言う苦行を耐えきって解決して見せたのだ。だから、これから何が起きても、二人なら不思議と、解決できてしまうのではないかと思えてくるのである。
「紫~!! アンタ食べていくんでしょう!? 食器出すのくらい手伝いなさい! ……あ、レティはいいから、つらいなら寝てなさい!」
台所から、巫女さんの声が飛んでくる。明らかなえこ贔屓は愛ゆえにだ。だから、笑いがこみあげてきたのは、あえて隠すまい。
「くすくすくす。は~い、ただいま~!!」
今日の昼食は素麺だ。猛暑の昼には、ありがたいメニューである。それを楽しみにしながら……
二人の行く末に幸あれ。
ただでさえ寿命が違うのに、毎年約四分の一しか一緒にいられないなんてそりゃあツライわ。
いやぁ、でも良いラブコメでした。ごっちゃんです。