◆ぎゅっとしよう。◆
ある日のこと。私が地霊殿で椅子に座って、いつも通りに本を読んでいたら。
「ぎゅーっ♪」
こいしに後ろからぎゅーっとされた。所謂バックアタックである。
…一体何をしたいのだろうか。相変わらずこの子は分からない。
「…こいし。あなたは何がしたいのですか?」
「んー?だってこんな風にお姉ちゃんに抱きつくのも久しぶりじゃない?」
にこにこと笑顔で言うこいし。質問を質問で返すのはあまりよろしくないのですけど。
それはともかく。まあ確かに、私とこいしはこうしたことは少ない。
昔はこいしの不安を抑えるために、よくこいしを抱いた。決して変な意味ではない。
しかし、こいしが目を閉じてふらふらするようになった頃には、自然とそんなことも無くなっていた。
「相変わらずお姉ちゃんはお部屋のにおいがするねぇ。こいしちゃんみたいに外に出た方がいいんじゃないのー?」
そう考えている途中にも、こいしはぎゅっとしたままで。
くるくると私の短い髪に指を絡めていた。そんなに私の髪がいいのだろうか。
ぴんぴんあちこちにはねて、見た目はそんなに良くないのに。
「はあ。私はいいですよ。あなたみたいに体力はないですから」
「ぶー。お姉ちゃんのいけずー。そんなんだから引き篭もり言われちゃうんですー」
「私がいなかったらペットが不安になってしまうでしょう。そんなことは出来ませんよ」
その言葉を聞いて、ぷーっと頬も膨らませるこいし。
自分の思い通りにならないから不機嫌なのだろう。わがままだが、それがいつものこいしである。
「お姉ちゃんはペット放任主義だったじゃない。今更そんなこと言われても説得力がないよ」
「今は違います。燐も空も帰ってきますし、こいしもたまに来るじゃない」
「もう。言い訳ばっかりなお姉ちゃんは嫌いだよ?」
それでもぎゅっとしてくるこいし。
まったく、素直じゃないんだから。
そう思った私は、こいしをちょっとからかってみることにした。普段されているおかえしの意味も込めて。
「ほら、そんな後ろから抱きついていないで」
「え?きゃっ」
「…こうして堂々と、前から抱きついたらどうですか?」
私は本を机に置き、後ろにいたこいしを強引に前に持っていて、私の太ももの上に座らせる。
ぽてん、という音がよく似合っていた。
そこから、今度は私がこいしをぎゅっとする。こいしはそんな私の行動に慌てていて。
「ふぇ。ちょっとお姉ちゃんっ?」
「何ですか?本当はこうして欲しかったんじゃない?」
「…むぅ」
ぽふ、とこいしが私の胸に顔を埋めてくる。
…正直、自分でも貧相な胸だなとは思っているけど、どこがいいのだろうか。
実際は温かいだけの、ただの肉体なのにね。
「…そういえば、私の体のどこがいいんですか?」
「体がいいんじゃないよ。お姉ちゃんだから、私はぎゅっとしたいの」
「ふふ、何ですか?それは」
私はくすくすと笑いながら、こいしの頬をつついてみる。
こいしはぷくーっと頬を膨らませながら、ちょっといやいやしていた。
でも、本心からいやではなさそうなので、そのまま膨らんだ頬をつついてみる。
ぷしゅう、とこいしの温かい息が少しくすぐったかった。
「もう!お姉ちゃんのばか!きらいきらい!」
「…でも、ぎゅっとするのは好きなんですよね」
「………。…うん」
「ふふ、素直でよろしい。そんなこいしにはご褒美にもっとぎゅっとしてあげます」
背中まで手を回し、そのまま背中を撫でてみる。
こいしは気持ちよさそうにはふと息を吐きながら、時折ふるふると震えていた。
…ああ、こんなこいしはかわいらしい。普段もこうだったら、私は常にこいしラヴィと言える自信がある。
でもまあ、いつものこいしも十分かわいらしいんですけどね。
「気持ちいいですか?」
「…にゃう」
「その分ですと、いいみたいですね」
猫みたいな声を出しながら、すっかり体を預けてきていた。
そんなこいしの黒い帽子を外し、白いウェーブの髪に指をくるくる巻いてみる。
こいしの髪は昔から柔らかく、ふわふわの髪。…私にはない、ずっと触りたくなる髪だった。
「そうやって黙っていると、こいしはかわいいですね」
「にゅう。…そうやってまた私を惑わそうとするんだなー、お姉ちゃんは…」
「惑わそうとしてませんよ。これが今の私の本心です」
相変わらず口を開けば私を疑った感じで言うけれど、こんなにふにゃふにゃならさすがに説得力がない。
眠たげに目を擦るこいしの頭を撫でてあげると、ふにぁと小さく欠伸をする。
私もつられて小さくはふ、と欠伸をした。
「…ふふ、お姉ちゃんに欠伸移っちゃったねぇ」
「ええ。私はあなたの姉ですから、欠伸も移ってしまうのです」
「…あはは、何それー」
二人で顔を見合い、お互いに笑い合う。
こんなに和んだのは久しぶりかもしれない。そのせいで、私も眠くなってきてしまった。
自分の体が重くなり、もう動きたくなくなってくる。私の半目がさらに半分になって。
「こいし。…折角ですし、このまま寝てしまいましょうか」
「…そうだね、寝ちゃおっか。…んー」
私がそう言うと、こいしがさらに体を擦り付けてくる。
その時、ふわりとどこからか良い香りがした。きっとこれがこいしのにおいなんだろうな。
おぼろげな頭でそう考えながら、私もこいしをしっかりと受け止める。
そうしているとどんどんどんどん、意識が重く、暗くなっていって。
「…すぅ、すぅ…」
「…くぅ、くぅ…」
気がつけば、二人とも目を閉じ、そのまま寝てしまっていた。
何か柔らかいものが当たっていて、それがほわほわと気持ちいい。
こんなに心地よい眠りをするのは、昔では考えられない。私はそれが幸せで幸せで。
そのまま私は、そっと夢の中へと意識を飛ばしていったのだった…。
◆◆◆
「…うわぁ」
「どしたのお燐?」
部屋の外で、見ている影が二人。
それは、さとりのペットであるお燐と空だった。
片方は口元に手を抑え、顔を赤くしながら。
片方は首を小さく傾げながら、そのままじーっと部屋の中を見ながら。
「どうしたも何も。ほら、もっとよくみてみなよおくう!」
「…んー?」
空はじぃと目を細めて、言われた通りもっとよく様子を見る。
部屋の中に安楽椅子に座りながら、抱きあって寝ている二人。
微笑ましい光景ではないか。見ててすごく和む。
「すごく仲良さそうだね、二人とも!」
「そうだけど…あれは絶対におかしいよ!あの二人が、あの二人が…」
にこぱと笑顔で燐に笑いかけたが、どうも違うらしい。
私を見てふしゃーっと怒っているし。一体どうしたのだろうか。
「ほら、もっと上の方を見て!」
燐に急かされながら、空は上の方を見る。
そして空にも、ようやく燐が顔を赤くしていた理由が分かった。
さとりとこいしの口と口の距離が、零になっていたから。
「…わーぉ」
「きっと、こいし様が無意識にやってるに違いないよ…じゃないと、あの二人が、ちゅ、ちゅーだなんて…!」
ひゅうと口笛を吹く空と、慌てる燐。
二人の対応は面白いくらいに正反対だった。
「…むしろ、息苦しくないのかな?…あ、口離れた」
「おくう、どうしておくうはそんなに冷静なんだいっ!?」
ぱたぱたと音がない地団駄を踏みながら、動揺しまくりの燐。俗に言う混乱状態である。
一方の空は、そんなお燐を見てにまりと笑顔を浮かべていた。
ちょっとした悪戯を思いついたからである。
「…お燐、こっち向いてー?」
「え?…わぷっ!?」
くるりと向いた燐に、がばっと力いっぱい抱き締めてみる。
まさか空がそんなことをするとは思わなかったのだろうか、燐の尻尾がぶわわと大きく膨らんだ。
…ちょっと面白いかも。空の体の中から不思議な感情がもやもやと湧き出てきていた。
「ふふ、お燐もぎゅっとされたかったんでしょー?」
「むぐぐ…ぷは!ちょ、ちょっとおくうっ!?その、色々と当たってるよっ!?」
「…あててんのよ?」
「どこからそんな知識を覚えてくるのかなあんたはー!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ燐。…このままじゃ二人とも起きちゃうかもしれないじゃない。
そう思った空は、未だに騒ぐ燐の顔をそっと持ちあげて。
「…ふぇ?ち、ちょっとおくう!何をするつもり…ふむむっ!?」
少しうるさい燐の口を、そっと塞いであげた。
「…ん。…もう、お燐うるさいよー?二人とも寝てるんだから、静かにしなきゃ」
「むぐ、んんー…ん、ん!…ぷあ!…にゃうう~…」
ぼむっ!…こてん。
「あれ?お燐、お燐ー?」
燐は空の胸の中で、ぐったりとダウンしていた。
顔がリンゴのように真っ赤になっていて、目がぐるぐると回っている。しかも尻尾と耳がへにゃへにゃ。
そんな燐の様子を見て、空は小さく首を傾げた。
「…寝ちゃったのかなあ。ま、いっか。私もさとりさま達見て眠くなったし、一緒に寝よっかな」
くあ、と欠伸をしながら、そのまま燐をひょいとお姫様だっこをする。
燐の体は軽く、空ほどの体格があるなら簡単に持ちあげることが出来るのだ。
…因みに、空は接吻、しかも燐にとってはファーストキスだったのだが。その意味をよく知らない。
単純に自分が鴉の頃には、何回も何回も親からキス(正:口移し)をされてた気がするし。と考えていた。
「それじゃあ、私達も寝よ?お燐」
「…にゃ~…」
「ふふ、赤くなっちゃって。まるで酔っちゃったみたい。じゃ、私の部屋にでも連れていくかな…」
そのままさとり達の部屋から離れ、自分の部屋へ足を運ぶ空。
そして、空は燐が倒れた本当の理由を知らないのだった。
「おくう…あの時はよくもあたいに不意討ちかましてくれたね!おかげであれが来ちゃったじゃないのよー!」
「え、お燐っ?あれって一体何…うにゅむむーっ!?」
そんな二人のいる部屋の外には、きらりと光るものがあったとか。
●REC
こっちまで和んでしまいました。
ありがとーございます!
私は爆発した
ごちそうさまでした。
……答えじゃねーか!うむ、これは誤字だな。今すぐ 答え:発情期 に訂正すべし。
素敵な姉妹でした
それにしても無意識でちゅーなんてこいしちゃんおそろしい子
意識あってもちゅーしちゃえばいいのに
つ【●REC】
こいしの可愛らしさとか、さとりと一緒に寝ている姿に頬が緩みますね。
お燐とお空の会話も面白かったです。
癒されるなぁ……ぽかぽか日和に道端で猫が二匹丸まって眠ってるのを見てるような気分。
「こんな貧相な胸に顔を埋めてどこがいのだろう」なんて自分で言っちゃいけません。
こいしちゃんは多分「薄い胸のほうがお姉ちゃんの心まで近づけるからだよ」って思ってるんでしょう。
とっても和みました。
特典得点っと
>>1さん
地霊組は和みにはもってこいだと思います。
もっと広がれ地霊の輪!
>>4さん
その後のことはカメラだけが知っている…。
つまるところ、脳内保管でお願いします。
>>5さん
どういたしまして。
どんどん爆発しちゃってください。
>>8さん
おそまつさまでした。
口に合ったようで何よりです。
>>9さん
ありがとうございます。
そのコメントだけでも励みとなります。
>>11さん
あくまでもヒントです。答えですと、その後はもう決まっているようなものですから。
>>12さん
今までがあれだったからこそ、この二人にはこれから幸せになってほしいものです。
意識があってちゅーしてしまったらさとりが大変なことに…。
寝ているうちにするのはこいしなりの優しさなのです。
>>15さん
ご要望にお応えしました。如何でしたでしょうか?
旅行に行く少し前でしたので、慌てて変更したのはいい思い出です。
>>18の煉獄さん
こいしは無意識かわいい。そう信じて止みません。時々色々なトラブルになることもあるでしょうけれど。
ペット二匹は主のしたことをすぐに真似しそうです。
>>20のぺ・四潤さん
これを聞いてまた慌てて答えをヒントに変えたのはいい思い出だったり。
心と心が近い。これを聞いて少し感心しました。
そういう考え方もあったのか…。
>>27さんと>>47さん
ぬぐぐ
>>30さん
そう言ってくださるととても嬉しいです。
因みに自分の頭の中ではいつもこんな世界が流れております。
>>34-35さん
あくまでも個人観賞用にお使いください。
決して無断で配布したり放映したりしないでください。
私とあなたのお約束。
…ってこいしが言ってた。
>>54のずわいがにさん
いつか口から砂糖を吐かせられるように頑張ります!