Ⅰ
「サッカーをしましょう」
いつもの様に博麗神社で宴会を開き、皆でドンチャン騒ぎをしている最中に八雲紫はサラッと言った。
唐突に、そしてあまりにも平然と言ってのけるので宴会に参加していた者達は、最初に紫が何を言っているのか理解出来なかった。
お互いに顔を見合わせながらざわざわと紫の次の発言を待つ連中を尻目に、
「いきなりどうしたのよ?」
宴会場所提供者である博麗霊夢がこの場所にいる紫以外全員が思っているであろう言葉を発する。
「いきなりどうしたって……。さっき言ったじゃない。サッカーをしましょうって言ったのよ、
サッカーを」
「いやいやいや、何でいきなりサッカーしようぜなんだよ?」
魔理沙が霊夢の後を次ぐと、
「ん? 最近暇でしょ? だから暇つぶししたいなぁ~って。別にサッカーじゃなくても、
野球でもテニスでも何でも良かったんだけど。サッカーならコレ一つあれば何処でも出来るしいいかなって」
そう言って紫はスキマからサッカーボールを取り出して指先でクルクル回し始める。
「サッカー、ねぇ……」
霊夢としては、暇だからといって異変を起こされるよりはサッカーなり何なりで
暇をつぶしてもらった方がはるかに楽なので、さてどうしようかといった感じである。
「そうね、でもどうせやるんだったら少々本格的にやりましょうか。
幻想郷の人妖全てを巻き込んだサッカー大会、――うん、これでいきましょう!
皆でチームを作って参加ね。細かい規定とかは後で詰めるとして……、
うふふ、案外面白くなるんじゃないかしら」
紫は話ながら構想を固めているらしく、どんどんテンションを上げていく。
「幻想郷の人妖全てって……、本気でやるのかよ」
魔理沙が少し呆気にとられながら言うと、
「勿論。大会の告知は――、丁度天狗のブン屋がいるから大丈夫でしょ」
紫はそう言って『伝統の幻想ブン屋』こと射命丸文を見やる。
「あややや。まぁ、私としても面白くなりそうなので是非! といった所です」
寧ろ『言われなくても首を突っ込みますよ!』と言わんばかりに、文は返す返事で承諾する。
「なら問題は無いわね。詳しい説明や規定は決まり次第そこのブン屋を通して知らせるわ。
さぁ早速 帰って色々と練らないと。藍ぁん、帰るわよ! それでは御機嫌よう――」
そう言って、紫は上機嫌で藍と供にスキマの中に消えていった。
『 ……。』
後に残された面々は暫しの間無言だったが、
「……で、あんたたちはどうすんの?」
霊夢の一言でいつもの喧騒を取り戻した。
「まぁ、紫の思いつきは今に始まった事じゃないしねぇ~」
亡霊のお嬢様がそう言うと、
「私達は別に構わないわよ。ね、永琳」
永遠亭のお姫様も賛同の意を示す。
「ふむ、サッカーで信仰を集めるのも一つの手ではあるか?」
山の神もやぶさかではないという感じである。
「我々、地底の者達も参加していいのでしょうか?」
地霊殿の主は参加を悩んでいる。
「サッカーというものを通じて、人と妖怪が友好的に交流できるのであれば参加しないわけにはいきません!」
最近出来たお寺の尼さんはそう意気込んでいる。
その他の妖怪達も面白そうだと概ねのり気であった。
――さてさて、この喧騒の中で一人静かに黙考の淵に沈んでいる人物がいる。
紅魔館の主であり、『永遠に紅い幼き月』『紅い悪魔』などの二つ名で知られる誇り高き吸血鬼、
― レミリア・スカーレット ― である。
(……これはチャンスではないのか? そう、これは私が失ったと周りから散々に言われている
『カリスマ』を取り戻すチャンス!)
レミリアは密かに嘆いていた。悩んでいた。
昨今、地に堕ちたと言われている私の『カリスマ』を何とかして取り戻す術はないものかと――。
で、ここにきてこれである。レミリアは深く運命に感謝するとともに、
(ククク、やはり運命は私に味方している! これでこの紫の言う『サッカー』とやらで
優勝してみせれば、皆この私を畏怖と尊敬の眼差しで見るに違いない!
――あぁ、視える、視えるぞッ! この私がサッカーで優勝し、幻想郷中の人妖が、
私を崇め敬っている姿がッ!)
一人妄想の世界へ羽ばたいているレミリアの後方で、
「なぁ、あいつどうしちゃったんだ?」
「知らないわよ、酔っ払ってるだけじゃないの?」
魔理沙と霊夢は恍惚の表情を浮かべながら不夜城レッドしているレミリアを見ながら酒を呷っていた。
軽く数十分の間妄想の世界へ羽ばたいていたレミリアであったが、
自身の世界で大いに賞賛され自尊心が満たされたのか、やっと現実世界へ舞い戻ってくる。
そして宴会で騒いでいる他の人妖を見てニヤリと笑い一言呟く。
「咲夜」
「ここに」
するとレミリアの背後に自身の従者が音も無く現れる。
「私達も帰るわよ。ククク、私達も色々準備しないとね。面白くなってきたわ」
「……畏まりました」
そういって紅い悪魔と瀟洒な従者は宴の席を後にしたのだった。
Ⅱ
―― 紅魔館 大図書館 ――
まるで時が止まっているかの様な静けさの中で『動かない大図書館』こと、パチュリー・ノーレッジは 黙々と魔導書を記する作業に没頭していた。
魔導書を記しながら私は思う。やはり静かだと作業がはかどる。
これなら時々は今回の様に宴会に不参加でもいいかもしれない、と。
なんせいつもはこの館の主や、黒白の鼠がやってきて騒がしくてとてもじゃないけど
作業なんて出来ないんだもの。
しかし、いつにもまして作業に没頭していたせいか少々疲れてしまった。
ティーブレイクにしよう――。
そう思い小悪魔を呼ぶ鈴を摘もうとしたその時、
『ドカン!!!!!』
――この場所におおよそ相応しくない大音と、床に積もっていた埃を盛大に巻き上げて大図書館の両扉が大きく開かれる。
「パチェ~、居る~?」
その声を聞いた瞬間、ああ、今日の作業はここまでかと私は軽い溜息をつく。
「ここにいるわ。ていうか、ここでは騒がしくしないでっていつも言ってるじゃない」
「あぁ、すまない。考え事をしていてね。その事はすっかり頭から抜け落ちていたわ」
やれやれ、私は頭を軽く振り
「で、ずいぶんと早いご帰還ね。今日の宴会はつまらなかったのかしら?」
「ん? いや、そんな事はなかったわ。むしろ面白い事になった――って、そうよ、
その事でここに来たのよ!」
疲れているのだから急に大声を出さないでほしいのだけれど……。
「今日の宴会で何かあったのね?」
私は少し疲れた声を出しながら今まで忘れていた小悪魔を呼ぶ鈴を鳴らす。
「ええ、私の『カリスマ』を世に知らしめる絶好の方法がね」
まったく要領を得ないレミリアの言葉であったが、そこは長年の親友同士。
焦っても仕方が無いのでゆっくりとレミリアに問う。
「最初から順を追って話して頂戴」
するとレミリアは、
「あら、話を飛ばしすぎたかしら? 私の悪い癖ね」
「いいわ。さ、話して」
私は薄く微笑んで話を促す。
「なに、簡単な相談とお願い事さ」
レミリアはそう言って満面の笑みを湛え、そして私にこう言い放った。
「サッカーやるわよ!!!」
「……、は?」
魔導書1ページを記するのと同等の時間をかけて私はやっと言葉を発した。
「サッカーよ、サッカー。サッカーをやるの」
レミリアは何度も同じ言葉を反芻する。
……どうやら今日も我が親友は絶好調の様だ。と、呆れながら目の前の親友を見やる。しかし、呆れてばかりもいられない、私は気を取り直してさらに問う。
「サッカーをやるって……。やりたければ勝手にやればいいじゃない」
「何言ってんのよ。パチェも当然参加よ!」
「まさか数十年の親友から直々に死ねって言われるとは思わなかったわ」
私はそう言って頭を抱える。冗談にしては笑えない冗談だ。
「誰も死ねなんて言ってないじゃない。一緒にサッカーしようって言ってるだけでしょ?」
どうやらこの親友は本気で気が付いていないらしい。
「あのね、レミィ。私は喘息持ちなんだけど……」
レミリアは私の言葉に、あっ!っとした顔になっていた。
――おいおい。勘弁して頂戴、頭痛くなってきた……。
ちょうどその時、呼び鈴に答えた小悪魔がこちらにやって来たので紅茶を二人分頼んで下がらせる。
そして運ばれてきた紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせ、私は話を続ける。
「そういう事だから私は参加出来ないわ。悪いけれど他をあたって頂戴」
「う~。大、大丈夫よ。ほら、サッカーってあんまり動かないし! なんなら打つだけの指名打者でもいいのよ」
いやいやいや、レミリアさん、私が知っている『サッカー』というスポーツは
相当に走るスポーツだし、なにより指名打者なんていうポジションは無いのだけれど……。
「ねぇ、レミィ。あなたはサッカーというスポーツがどういうものか当然知っているのよね?」
「……。あ、当たり前じゃない!」
最初の間は何なんだ、最初の間は。私はいささか不安になってきた。
「サッカーってあれでしょ?点を多く取った方が勝ちってゲームでしょ?」
「そうだけど……」
私の相槌にレミリアはさらに続ける。
「ボールを足で蹴って、一塁打! 二塁打! 三塁回ってホームラン! うー! ってやつ。
あ、私は当然4番でピッチャーね!」
レミリアの話を聞いて私はキックベースを思い出す。
……なんとなく懐かしい気分になった。何故だかは知らないけれど。
「残念だけどルールが全然違うわ。レミィ、正直に言って頂戴。本当はよく知らないのでしょう?」
私はそう言って問い詰める。
「そ、そんな事ないわよ!」
レミリアは否定するがおそらく嘘だろう。その証拠に羽がパタパタしてるし。どうやら嘘を付いた時の癖は未だに直ってないようだ。
「まぁいいわ。というか、どうしていきなりサッカーなんてやろうと言い出したの?」
私は大元の原因を聞く事にした。
「それは――、」
Ⅲ
「成る程ね。あのスキマ妖怪が……、ね」
レミリアから話を聞いて私は納得し、そう呟いた。
まったく、あのスキマ妖怪も面倒な事を企画してくれる。
やるのは勝手だが、せめて私を巻き込まない様な企画にして欲しいものだ。
正直、私としては至極どうでもいい事なのだけれど、目の前の親友は何故かもの凄く張り切っているわけで、そうなると私がどう首を横に振ろうと強制参加させられるのは目に見えている。
「そ、だからパチェに参加のお願いとチーム作りの相談に来たわけ。どう?サッカーやりましょうよ!」
レミリアがそう言いながら、グイッと身体を前のめりにしてくる。
「選手としての参加なら辞退させて頂戴。その代わり裏方での参加でいいなら……、
協力させてもらうわ。それでどう?」
「う~。まぁ、それでいいわ」
レミリアは私の譲歩案に暫し考えた後、OKサインを出した。
どうやら私の最悪の未来(選手として参加)は回避されたらしい。
まったくもってやれやれである。
「サッカーをやるのはいいとして、いくつか問題点があるのだけれど」
私は、サッカーをやる前提の思考に頭を切り替えながら話を切り出す。
「うん? 問題点?」
「ええ、まず一つ。おそらくサッカーは『day game』つまり昼の時間に行われるんだと思うけれど、
その場合レミィ、あなた試合には出られないわよ」
「……、……。な、なんだってーーーーー!!!!!」
いやいや、気づいてなかったのかよ、マイフレンド。
「うー、うー、何とかしてよ! パチェえも~ん!!!」
「誰がパチェえもんか。――あぁ、分かったわよ! 何とかしてみるから涙目にならないで頂戴」
私は軽く涙目になっているレミリアにハンカチを渡しながら話を続ける。
「二つ目、この大会は幻想郷中の人妖全てを対象としている点。」
「???」
「私達、妖の者と人間の身体能力差の事よ。例えば妖怪のチームと人間のチームの勝負じゃ
結果が見え過ぎてて話にならないわ。紫はそこに何らかの制限なりをかけてくるでしょうね。
まぁ、私も紫の決める大会の概要なり規定なりを見ない事には詳しくは分からないけれど。
要するに、このサッカー大会はレミィが思ってるほど楽じゃないかもよって事ね」
私はそう言って、紅茶を一口啜る。
「ククク、構わん! 頂上への道のりは険しければ険しいほど燃える! 何よりそっちの方が面白そうじゃないか」
レミリアは目を輝かせながら応える。まぁ、そう言うだろうと思ったけれどね。
「そして三つ目。何よりも最大の問題は――」
「最大の問題は――?」
レミリアが私の言葉をなぞる様に復唱し、私はそれを聞きながら本棚から一冊の本を魔法で手元に手繰り寄せる。
その本を手に取って確認し、
「はい、これ」
と言って、レミリアに手渡した。
「はい、これって……。何よ、これ?」
レミリアはそう言って手渡された本の表紙に書かれている文字を一言一言なぞる様に声に出して読む。
「えぇ~と、なになに――
『誰でも分かる!サッカー入門☆』!?」
あと誤字と思われます→「頂上への頂」
難しいジャンル(?)だとは思いますが、頑張って下さい、期待してます。