暗い地底、光も差さない、常闇の屋敷の一室。
しくしく、しくしく。
泣き声がこだましている。
泣いているのは一人の少女である。
少女はどうやら人間ではないらしく、頭に猫の耳、尻からは、二またに分かれる尻尾がのびている。
人外の外見を持つ少女は、とても哀しげにすすり泣き、大きな目からは、いくつも大粒の涙をこぼしている。
「お燐……どうしたのよ? お燐?」
と、そのとき、ふとその場にやってきた少女が呼ばわった。
暗闇の中からすっと抜け出してきたような、濡れ羽色の黒い髪を持つ少女だった。
少女は心配げに、泣いている猫耳の少女に寄り添う。
「お燐? どうしたのよ。どうして泣いているの?」
寄り添った少女が言った。
猫耳の少女が言う。
「……おくう……あたい……あたい……」
猫耳の少女は、言いながら、ぼろぼろと涙をこぼす。長い睫がわずかな灯りに光っていた。
寄り添った少女は、わけもわからず、その涙を指で掬ってやっている。
「どうしたのよ? 何かあったの? 何かひどいことがあったの? どうしてそんなに悲しんでいるのよ……ほら。涙を拭いてよ。お燐が悲しいと、私まで悲しくなるよ」
寄り添った少女は言った。
猫耳の少女の髪を梳いてやりながら、腕を回して、頭を抱いてやる。
泣いている少女は、とぎれとぎれに言った。
「あたい……あたいね……」
いつもは可愛い鈴の音のような声が、涙でしゃがれて、台無しになってしまっている。
寄り添った少女が、そっとささやきかける。
「なに? なにがあったの? 大丈夫。私に言ってみて。ね? お燐。ほら、安心して。大丈夫だから。怖い夢でも見たの? 悲しいことがあったの? 何でも話してよ。私たち、友達じゃない……!」
寄り添った少女は、たまらなくなった表情で、猫耳の少女を抱きしめた。
二人は、長い付き合いの親友同士だった。そして、親友よりも少しばかり濃密すぎる関係にもあった。
こうして抱きすくめられ、寄り添う少女の体温を感じとったことで少し安心したらしく、猫耳の少女はぽつぽつと話し始めた。
「地上にね……地上に行ってきたの、今日、さとり様のお遣いで……」
「……うん」
「人間の里に行ってきてね、ちょっと道ですれ違った人に、挨拶したの。そしたらね、そのひとは、あたいのこと、冷たい目で見てこう言うの。汚い火車猫だって。なんでお前みたいな輩が、里に足を踏み入れているんだって。あたいね。悲しくって。あんまりおどろいて。動けなくなっちゃったの。その人が言ったのはそれだけで。あたいの話なんか聞こうともしなくって……」
「そんな……そんなの。……ううん。お燐。元気だしなよ。気にすることないよ。そういう人も、きっと少しはいるものなんだよ。さとり様だって言ってたでしょ? 世の中にはいい人間ばっかりじゃないって」
寄り添う少女は、そういってなだめた。
猫耳の少女は、しかし、いっそう激しく泣く様子を見せた。
強く顔を埋めて、さらに言う。
「でも、でも、あたいは人間が好き。人間が大好きなのよ、おくう。たしかにいい人ばっかりじゃないのはたしかだけれど、人間てね。とっても優しいの。とっても綺麗なの。それがあんなことも言うんだって思うと、あたいは、あたいは哀しくて……」
猫耳の少女は、強く寄り添う少女にしがみついた。肩をふるわせて、激しくしゃくりあげる。寄り添う少女は、そっとその髪を撫でてやった。
優しく語りかける。
「お燐、あんたはとっても優しい子なんだね。そんな子を、こんなに悲しませるなんて、そいつはきっと地獄の業火に焼かれちまえばいいようなやつに違いないよ。ううん。私が行って、直接八つ裂きにしてやったっていい。あんたがこんなに悲しんでいるのを分からせてやるんだ、私の手で」
寄り添う少女は、少女を抱きしめながら、目の奥を暗く輝かせる。
猫耳の少女は、はっとして、しがみついてきた。
鼻先に迫って、必死な顔で言う。
「おくう……! やめて。何言うの。いいの。いいのよ。いいの、本当に。あたいは平気だから。とっても哀しいけど、そういう人間もいるってことくらい、あたいはちゃんと分かってるから!」
「うん。うん。分かってる。お燐は私と違って頭のいい子だもんね。分かってるよ。お燐はちゃんと分かってる」
寄り添う少女は言った。
心の中では、ぽつり、と呟いている。
(……でも、それとこれとは別よ)
少女は密かに思っていた。安心させるように、猫耳の少女の首筋に、鼻先を埋めてやる。「うん……」と、うなずいて、猫耳の少女はぎゅっと抱き返してきた。鴉の色をした少女の髪に、頬をこすりつけて返す。
寄り添う少女は、かたわらの少女の匂いをゆっくり吸いながら、心の中では思っていた。
(そう。そうだよ。それとこれとは、話が別なんだよ、お燐)
ちりちりと、身のうちで燻る熾火の色を見ながら思う。
この少女を悲しませるような輩は、誰一人として許さない。
たとえ何者だろうと、人間だろうと。少女の好きな人間だろうと。
この子は自分が守る。
いつでも笑っていられるようにする。
そういう世界が作れればいいのに。
自分にもっと力があれば。
自分にもっと力があれば。
(そうだよ。そういう人間ばかりじゃない……そういう優しい、いい人間ばかりじゃないんだ……だから……)
そう言う人間じゃない奴らは、みんな根絶やしにしてしまえばいい。
目の前の少女が、ずっとずっと悲しまずにいられるように。
力が欲しい。
(ほしい)
少女は思った。
力が欲しい。
目の前の邪魔なものなんて、全部なぎ払えるような、途方もない超ぱわーの力が――
「そうして、ある日力を欲する少女の前に、語りかける者があった。彼等――いや、性別すら定かでない彼等は、こう呼びかける。『おい、お前。力が欲しいんだね?』そして、少女は――」
「あのね。いい。いえ。ちょっと待って」
アリスは途中で遮って言った。
ぺらぺらとよく喋っていた猫耳娘は、ふと口上を止めた。
「ん? なに?」
言ってくる。
アリスは言った。
「いえ、悪くはないとは思うんだけどね。これ、子供向けの劇だから。そういうわかりにくくて暗いのはちょっと」
「そうかな? でもこういう話の筋書きっていうのは、暗ければ暗いほど面白いと思うんだけど」
「いや、じゃあ答えるけど。そういうのはなんというか、暗さが違うでしょ。なんていうの、この力を求める少女? 誰のことだかはあえて聞かないけど、この少女の考え方って言うのがね、やけに独善的っていうか、へんに生々しい方向でエゴイスティックって言うか……」
アリスは言う。
猫耳娘は言った。
「いや、人間の欲望はこれくらい極端になったほうが話が盛りあがると思うの。あ。や、妖怪だけどね」
「いやだから欲望の方向性ってものにもよるでしょ。というよりか、正直そう言うのって、聞いててちょっと気持ち悪いところとかあるじゃない? そこいらへんはどうなのよ」
「それはお姉さんのものさしってものの問題であってだね――」
言いかける猫耳に、アリスは手をふった。
「とにかく、出すんなら他のものにしてよ」
「ふうん。うーん、ああ、じゃあこういうのはどうかな」
博麗霊夢は歯がみしていた。
目の前に繰りひろげられる嬌声や、あられもない痴態などというものが、全て信じられなかった。
博麗神社の一室である。
ちょっと油断したのか、あるいは気が緩んだのか――それか、こうも思った。わざとか。
たんなる勘である。根拠はない。
おそらく感情も入っていただろう。
障子一枚の向こうで行われている大妖怪八雲紫と、その式との痴態。
霊夢の思い人である、八雲藍との痴態は、人目をはばかる様子もないほど、堂々と為されている。
「はあっ、ああ、はあん、ゆかりさまぁ――」
激しく艶を帯びた藍の声音は、霊夢が聞いたこともないものだった。
普段霊夢と交わしている最中でさえ、藍が上げないような声。
それは、霊夢の情動をかき立てるのでなく、激しい憎悪をかき立てた。
なんて。
憎らしい。
藍の、なまめかしく、その行為を行うにしては、あまりに美しいその肢体。
それを思うさまなぶっている紫の顔は、勝者のそれに見えた。
そう。勝者だ。
(藍……あんたは……)
ぎぎぎ。
と、爪が手の平に食いこんだ。
食い破りそうな強さで唇を噛んだ。
全ては偽りだったのだ。
霊夢はそのことを悟っていた。
今、このときに。
全ては方便だったのだ。
博麗霊夢という娘を、博麗の巫女としてつなぎとめておくための――。
「ほーう」
後ろで声がした。
アリスはふり返った。
いつのまにか、霊夢が立っている。
当然である。
ここは博麗神社の一室なのだから。
向かいに座っている猫娘は、なにやら固まっている。表情は特になにもうかべてなかった。
後ろをよく見ると、さかだった尻尾の毛がびん、と立っている。
「ほーう」
霊夢が言った。
「いや。ちょっと待って、おねえさ――」
どだだだだだ、と、言い終わらないうちに、猫娘は脱兎の勢いで逃げ出した。
言い終わらないうちに、霊夢が、どこからともなくお祓い棒を取りだしたからだ。
「待つんだ、お姉さん! 誤解だよ誤解! いまのはほら人形劇の案の話で――」
「うるさいだまれ。人で好き勝手に遊ぶな」
「にゃっにゃん!! はい、反省してます!! はい、このとおり! いつもより深くこすりつけております!」
「うるさいだまれ。人で好き勝手に遊ぶな」
庭で、悲鳴に混じり、ばたばたと暴れ回る音が響く。
アリスはふうーとため息をついて、お茶をすすった。
ことりと湯飲みをおいて、一人で言う。
「……ま、そんなものよね。人に頼ろうとするのが間違いなんだわ」
「お。お。どうした、どうした? 人形遣い。なんだか浮かない顔ね」
と、ひとりごとを聞きつけて、鬼がずけずけと寄ってくる。
「なにか困りごとでもあるのかな? 辛気くさい顔は余所に行ってやりなよ。場がしぼんじまうしさ」
「あんたがいたほうが、場はしぼむと思うわ」
「おや、ひどいこと言うんだ」
「鬼は嘘つかれるのが嫌い」
アリスは言った。
鬼はちょっと笑った。
「ますますひどい。ところで、困りごとがあるのはどうなの?」
「ねえ、あんたって本当に嘘つかれるのが嫌いなの?」
「ああ、嫌いだよ? 嘘じゃない」
鬼は言った。
アリスは半眼になって言った。
「ふうん。ありがとう。ま、たしかに困りごとはあるけど、たぶんあんたに相談して解決する類のものじゃないわ。気を遣わせてごめん」
やんわりと言ったのだが、鬼はなぜか顔をしかめた。
「あーあ、言ってる傍から嘘ついちまってるよ。本当、人形遣いは、腋が甘いなー」
言われてアリスが眉をひそめる。
「なによ」
「あんた、魔法の方ではどうか知らんけど、嘘の才能はぜんぜんないね。いい、人形遣い。あんたは私の目の前でもう、あの火車猫に相談しちまってるんだよ? 妖怪なんてあてにならないことくらいわかりきってるのにね。そんなようすじゃあ、どうやらあんたは背に腹も変えられないほど困っているようなのは明白じゃないか。そんな様子で何言ったって、適当に嘘言ってあしらおうとしていることにしかならないよ。分かる?」
ずいぶん大ざっぱな言いくるめををくらい、アリスは半眼になった。
しつこい。
というよりか、こいつ、実はたんに構って欲しいだけだろ。そうも思う。
思うが、鬼の得意そうな顔を見ていると、アリスは粘るのも面倒になった。
仕方がない。
朝靄。
ぎい、ぎい。
舟がかすかに揺れている。
辺りには、他に響いているものは鳥のさえずりくらいだ。
川岸に隠れるようにして浮かぶ舟には、人影が一つあった。
体つきからして女のようだ。ただずいぶんと体格がよく、恰好も男のものだ。白くて滑らかな太ももが、男物の衣の端から大胆にのぞいている。
女は静かに待っていた。
やがて、そこへ息せき切って走ってくる影があった。
こちらの影も女である。
こちらは普通に女物だ。顔をかくすように目深に笠をかぶっている。
衣の端からは、旅装の脚絆やらといったものがのぞいており、なにやらこれからどこかへ旅立つような体だ。その割にはずいぶんとせっぱ詰まっている様子だが。
女の傘のしたには、ちょっと妙なものも覗いて見えた。尖った耳である。
旅装束姿の女は、岸辺まで駆けてくると、一瞬、せわしなくあたりをうかがう様子を見せた。やがて、岸辺に接している小舟を見つける。
ぱっとその顔が輝いた。
せつない足どりで舟に駆けより、ちょうど気づいて降りてきた女に抱きつく。
「勇儀さん……! 無事で……無事で……」
勇儀、と呼ばれた女が力強く抱き留めて返す。
「ああ、パルスィ。お前も無事で善かった。……さ。のんびりしている時間はない。早く舟にお乗り」
「これで、これで、やっと私たち二人きりになれるのね……! 土蜘蛛庵のおっかさんも、古明地屋のおっかない連中にも怯えないですむようになるのね……!」
パルスィ、と呼ばれた女の興奮した様子に、勇儀は少し持て余し気味にしたが、その身体はしっかと抱えて、はなさなかった。
「ああ、そうさ、パルスィ。これで私たちは逃げきれる。遠くへ行くんだ。誰の手も届かない、遠くへね。お前も、土蜘蛛んとこで女郎なんかやらなくていい。私と一緒に暮らそう。一緒に添い遂げようじゃないか……」
「ああ、勇儀さん……」
パルスィは、熱に浮かされた顔で、固く寄り添う女の衣を握った。
勇儀もこたえて、パルスィの抱けば折れそうな腰の腕に、ぎゅっと力をこめてやる。
抱擁は長く続いたが、やがて勇儀の方から離れた。
パルスィをうながして、舟に乗りこむ。
ぎ、ぎ、と二人分の体重で、小舟は少しきしんだ。
勇儀が川底に竿を着き、力強く、舟を流れへと送り出す。
以前、朝靄の濃い中を、道行く二人を乗せた舟は、ゆっくりと、するすると流れ出した。
さらさらとした水の流れに乗っていく。
「――パルスィ」
と、勇儀の声が呼んだ。
パルスィは、川辺を見つめていた顔を上げ、勇儀を見た。
「ん、――」
その拍子に、熟れた蕾のような唇をふさがれていた。
激しく、濃厚なくちづけである。
そのまま二人は、互いの口と口だけで、熱を帯びた深い交わりをかわし、パルスィは自然と勇儀に組み敷かれる形になった。
なおもそのまま舌と舌で交わり続け、やがて、どちらとなく、唇をはなした。たっぷりとした唾液が、二人の歯と歯のあいだに、長い糸を引いた。
勇儀がにか、と笑って言った。
「パルスィ。私はもう限界だ。させてくれ」
パルスィはほんのりと恥じらった様子をみせながらも、こころえたように、こくとうなずいた。
しゅるりと衣を丁寧にはだけ、息を呑むほど白い胸元を開く。
「来て、勇儀さん……」
「そして勇儀はパルスィの紅色に膨らんだ突起を目がけて、毒々しいほど赤い唇で、むしゃぶるつくすように一心に吸いつき――」
バン!! と、アリスはテーブルを叩いた。
鬼は言葉を止めた。
そこへ言う。
「子・供・向・けだ、っつってんでしょ」
「……あれ?」
鬼は、言葉を止め、首をかしげた。
いったんひねってから、反対にひねる。
「……おっかしいなーどこで間違えたかな」
「あんたさては頭のなかまで酒浸りになってるの?」
「失礼なこと言うな。酒は私の血も同然だぞ。身体の中を流れてんだよ。って、いや。ちょっと待っててよ、やりなおすから。えーと」
「もういいわよ……」
アリスは言ったが、鬼ははばかってくれない。
「おいおい。いくら鬼が考えるのがちょっと苦手な輩だからって、そうもあっさり流されたんじゃ、沽券てやつに関わるよ。まあいいからちょっと待ちなって」
「あら。なんのお話?」
そこへ声がした。
声のしたほうを見ると、いつのまにかスキマ妖怪が座っている。一瞬前まではいなかったというのに、さも自然にいたかのような平然さである。
「あら、紫。ちょうどいいところに」
「うわぁ……」
アリスは言った。鬼は勝手に言った。
「いや、実はかくかくしかじかでね。なんだか、人形遣いのやつが困ってるようなのよ。ちょっとあんたの知恵を貸してやってくれない?」
妖怪は言われて、笑みを浮かべた。
「まあ。頼りにされてしまったのでは仕方がないわね。それでなに?」
と、勝手に話を進めてしまう。
アリスは苦虫を噛んだ顔になった。
博麗神社。
いつものように魔理沙がやってきた。
箒から降りたって、縁側へと回る。
「おーい、霊夢ぅ」
外から呼ぶ。
返事はない。
「おーい、霊夢ぅ?」
もう一度、中に呼びかけてみる。
やはり返事はない。
いないのだろうか。
「まり、さ」
と、霊夢がやってきた。
「うん? なんだ、いたのかよ。――、」
魔理沙は言いかけて、言葉を止めた。
霊夢の様子がおかしい。
「……お、い。霊夢?」
「ま、り、さ……」
ずる、ずる、と、霊夢は壁に手を添えて、引きずるように身体を動かしている。
喋るのも苦しげな様子である。
「おい、霊夢――」
魔理沙はすぐに心配げな顔で、駆けよろうとした。
そこへ、霊夢の声が届く。
「に、げ、てぇ!!」
ばひゅっ
と、ものすごい勢いで何かが伸びてきた。
「うっ!」
伸びてきた何かは、よけそこねた魔理沙の手首を捕らえる。
それは黒々としていて、妙に太く、たとえて言うなら、なにかの触手のような形をしていた。つづけて、一斉にその触手は伸びてきた。
「うっ、くっ――あうっ!」
無数にのびた触手の先は、またたくまに魔理沙の身体を捕らえ、その四肢を、胴体をぎりぎりと締めつけた。
帽子が落ちる。魔理沙の、まだ少し幼い感じの身体が震え、触手の力で軽々と持ち上げられる。
「まり、さ……。だ、めぇ……」
霊夢の声が聞こえた。
魔理沙は、霊夢の姿を目に入れた。
なんだあれは。
霊夢の身体の所々から、触手が生え、巫女の衣装を押しあげるようにうごめいている。
「霊夢……!? お前……!」
「やめ……てぇ……」
霊夢は必死に歯を食いしばり、なにかに堪える顔をしている。魔理沙を縛っている触手は、霊夢の身体から生えている。触手を押さえ込もうとしているのだろうか。
しかし、無情にも、それをあざ笑うように事態は進んでいく。
「触手の先端は、なんの感情も持たない動きで、魔理沙の白い肌を、穢らわしく這いずり、やがて、うら若い乙女のその部分へと伸びる。触手がそこへと入りこんだとき、嫌悪と羞恥に満ちた魔理沙の反応が、一瞬びくりと変わった。獣のような呻きが喉から洩れる。そして――」
ドン!!と、アリスはちゃぶ台を叩いた。
怒鳴りつける。
「子・供・向・け!!」
アリスが言うと、紫はしれっと扇子を扇いだ。
「あらあら。でも、別な客層なら確保できると思うわよ?」
「あのね。べつなもなにも次は子供か親子連れぐらいしか集まらないわよ。あんたその前で今の内容やってみなさいよ」
「わたくし、そういう才能はありませんし。ああ。そんなら事前に宣伝をすればいいんですよ。文に頼んであげましょうか」
「それ頼んで、文からひっぱたかれるのと、今私にひっぱたかれるのと、あんたはどっちがいいの?」
「どっちも嫌。あなたをからかうだけのほうがいい」
「もういい帰れ」
「こんにちはー」
アリスがぞんざいな口調で言っていると、縁側から声がした。
ちょうどくだんの鴉天狗がやってきたようだ。今日は来客の多い日らしい。縁側に顔を出して、天狗はすぐぎくっとした顔をする。
「お、と、と。では私はこれで」
例の如く、鬼の顔を見ると、きびすを返そうとする。
そこへ鬼が言う。
「おいちょいと待ちなよ、文。ちょっとこっちにきな」
「あらら、これはこれは伊吹様どうもどうもごあいさつもいたしませんで。いえちょっとまことにすみませんが、私、これから用事がありますのを思い出しましたもので」
「あらそうなのかい? まあ、まだ来たばっかりじゃないか。そんなに時間はかからないよ、ちょっとお前の知恵を貸して欲しいんだ。こっちきな」
天狗はしぶしぶ近寄ってきた。
鬼の前で、揉み手をしながら言う。
「はあ、えーと、それで何用でございましょう?」
「いやなんだか人形遣いが困ってるらしくてね。こっちで話し合ってたんだが、どうもうまいことまとまらなくてね。で、まあかくかくしかじか」
「まるまるうまうまと、はあなるほど。人形劇ね」
天狗は気乗りし無さそうに言った。
が、鬼に睨まれていてはむげにするわけにもいかないのだろう。
ちょっと考えて言った。
「でしたらこういうのはどうでしょう」
チルノは湖で遊んでいた。
今日も今日とてカエルを凍らせるあの例のあれである。
「ふう、四匹目。まったくあたいったら最強ね」
悦に浸る。
そこへ、がさがさと繁みをならして、友人の大妖精が出てきた。
「あれぇ。チルノちゃんだ」
「おっ大ちゃん。ちょうどよかったわ。ヒマしてたのよ。ね、あそぼー」
「いいよー」
ほわほわという感じで笑って、大妖精は近づいてくる。
和やかなひとときだった。
と、突然。
「……あれ?」
大妖精が空を見上げる。
空を見上げ、そのまま視線を固定する。
なにかすごく信じられないほど妙なものを見たように。
チルノはその様子を見て、自分もつられて、空を見上げた。
「ん? なに?」
「あれ……」
大妖精が指を指した。
チルノは目をこらした。
なにか、空にぽつんと浮かんでいるものが見える。
それはゆっくりと飛んでいるようだ。いや、地上からだとゆっくりに見えるのか。
飛んでいるものはとてつもなく巨大のようだ。
「なんだろうねーあれ」
「うーん?」
チルノは首を捻った。
六十年ばかり氷精として生きており、これでも湖一帯の妖精共の中では一番の博識である。それでも、それがなんなのかはわからなかった。
「ま、いっか。あんなのいいからあそぼ、大ちゃん」
「あ。うん。そうだねー」
大妖精はにぱーとして、うなずいた。
その手をがしりとチルノが握る。
「えっあっ」
突然、チルノの手に触れられて、ちょっと顔を赤くする大妖精。
そんな反応には構わずに、チルノは大妖精を引っ張っていく。
「今日はねー魔法の森いこー。すっごいの見つけたんだー」
と、引っ張っていくチルノの様子は、まるで仲のいい姉妹の姉のようだが、大妖精が落ちついて聞いているのを見ると、どっちがどっちかはわからない。
仲むつまじい妖精たちは、そのまま暢気に駆けだしていった。
今日も幻想郷は平和である。
「以上、『チルノの星蓮船』でございました。それでは、私はこれで」
天狗は言うと、立ち上がって、そそくさと退散した。
場に残された鬼と妖怪と人形遣いは、微妙な沈黙を残して黙りこんでいた。
頬杖をついていた鬼が口を開く。
「うーむ。天狗も案外つまらないこと言うのね。」
「どう見ても逃げるための方便でしょ……」
どうやら煙に巻かれたらしい。
会話が途切れたところに、ちょうど霊夢が戻ってきた。
片手に黒猫を持っている。
襟首をつかまれた猫は、大人しくぶら下がっていた。
様子を見るに、それほど痛めつけられなかったようだ。
「なによ、あんた来てたの?」
「ええ、どうぞお構いなく」
「じゃあ構わないわ」
「あら、家主から許しが出た」
「ああそうだ、ねえ、霊夢。じゃああんたにも聞こうか」
「なに? 藪から棒に」
霊夢は猫を畳に下ろしながら言ってきた。
猫はこそこそと部屋の端に行って丸まった。
鬼が言う。
「いや、人形遣いがなにやら困っているらしいんだよ」
「アリスが? そうは見えないけど。どっちかというと面倒くさがってるみたいね」
「もういいわよ、なんか疲れたし」
アリスは言った。
「まあそう言うなよ。もう少しでなにか出るかもしれないじゃないか」
なぜか鬼がなだめてくる。
とはいえ、そもそも、こうなったことの原因は鬼の言い出したことのような気がするが。
「実はねえ、かくかくしかじか」
まるまるうまうま、と鬼の話を聞いて、霊夢は即座に答えてきた。
「人形劇? そんなの普通にある話やればいいんじゃないの? 余計なひねり入れなくても、あんたの劇は面白いんだし。そんな無理に気負わなくても、子供は楽しんでくれるでしょ。ああー。あれとかどう? ほら、正直者のおじいさんが、泣く泣く自分の犬を斬り倒して、身体を焼いた灰を撒く話」
「なんの話よ……もしかして『はなさかじいさん』のことを言ってるんだったら違うわよ」
「あれ?」
霊夢は首をかしげた。
アリスは言った。
「まあいいわ。うん。気を遣って貰ってありがと……」
アリスは言ってから、茶をすすった。
ふう、と息を吐く。
もういいや、普通にやろう。
そう思いつつ。
結局、霊夢の言うとおり、「はなさかじいさん」をやると、人形劇はそれなりに盛況にいったらしい。
なんだかなあ、とアリスは思ったそうだ。
さて、ゆからんヤンデレイムをkwsk!!…ふぅ
ていうか、全部読みてぇ
早くなんとかしないと……
本気で読みたいんですが、どこに行けば読めますか?
他のキャラのつくる台本も読みたいな
しかし見るたびに上手くなっているような
それとも、もともと引き出しが多くてそれを小出しにしているのでしょうか
なんにせよ次も楽しみです
東方書く前の作品読みたいなあ。
誤字ぽいもの
>二人ぎりになれるのね
>アリは言った。
紫様いい趣味してやがる。
アナタの②が読みたいんだ!
④を書いてくれると諸手を挙げて喜びます。
うめぇw
でも自然と引き込まれる面白さがありました。流石です。
ところで萃香の話はいつ人形劇でやr(ry
それぞれのお話に引き込む力があって面白かった。こうやってわいわい談笑してる人妖って微笑ましくて良いですね。