青空。
その名が指し示す青く澄み渡った空がある。
天の頂には煌く太陽が浮かび、緑生い茂る大地を照らしだしていた。
波打つ山渓によって囲まれ、山の頂を境に外界より隔たれた大地がある。
その大地の上に広がる空を切り裂くように行く影があった。
影は背に黒の弐翼を持ち、白と黒を身に纏う鴉天狗の少女だ。
黒翼を鋭角に立てて滑空するように飛ぶ彼女が行く先には――
――湖沼の畔に佇む館があった。
*
館と門扉の間を繋ぎ、花壇を二分する石畳へと鴉天狗は舞い降りる。
彼女は風に乗ってきた速度を相殺するように、翼を忙しなく羽ばたかせて風を生み、風に浮き上がる黒の下には白が垣間見え、下駄の歯が音もなく石畳に付いた。
乱れた髪をそのままに彼女は、自身が巻き起こす風で輪を描くように波立つ草花を一瞥。
身震いの後に翼を畳み、腰に下げた嚢から手帳を取り出すと、
「さて、清く正しく皆様に真実を提供する私こと射命丸文は、ただいま先日の紅霧異変を引き起こしたと噂される紅魔館へとやってきております」
誰かに聞かせるための言葉を放ち、ペンを走らせるがその言葉はすぐに潰えてしまう。
「んー……書き出しとしてはもっとインパクトが欲しいですね。『恐怖! 血煙舞う紅魔館!』 ……イマイチですね、うん」
文と名乗った天狗がため息混じりに見上げた先には、陽光に照らし出される赤を基調とした洋館がある。
屋根に正円の穴を開け、静かに佇むその外観は、自身が綴った煽り文句とはかけ離れすぎているだろう。
どうしたものでしょう、と拍子抜けしてため息をつくと、振り返って背後へと視線を向けた。
石畳の続く先には外界との関の役割を持つ門があり、その鉄格子の向こうには仁王立ちで佇む門番らしき姿が見える。自らが護る館の名前と同じ赤の髪を風になびかせるその姿は、
「紅魔館の門番、紅美鈴……異国情緒あふるる徒手空拳で侵入者を迎え撃つと聞きますが……」
噂を元に事前に調べておいた情報を読み上げて、文は相手の挙動に備えて身構えた。
今回、紅魔館の現在を取材するために、敢えてアポイントメントを取らずに侵入者として突撃取材を試みている。 紅霧異変以来の流行である弾幕戦に対応するために術符の準備も万全だ。
――椛や烏相手に散々模擬戦もしましたしね。
だが、手に汗を滲ませて臨戦態勢を取っている侵入者に対し、応戦すべき門番は振り返る素振りすらない。
既に侵入を果たして数分、館から迎撃の応援が来てもおかしくない頃合ではなかろうか、という疑問が文の中で浮かび始めたその時、
「ふぁ……あ、ん……んが」
門番は間の抜けた声を漏らしながら、頭を大きく揺らして舟を漕いだ。
*
「眠れる門番を起こさぬ、脅威の撮影術……とでも書けば格好が付きますかね」
何度至近距離でシャッターを切っても起きない門番を後に、文は館の入り口へと歩を進める。
依然として侵入者である自分に対し、なんら反応が無いことを怪訝に思いつつも、彼女は扉を押し開く。如何に噂と異なっていようとも、自分は紅魔館の今を取材に着ており、状況の全てがリアルタイムの紅魔館なのだから。
軋んだ音を立てて誘うように扉が館の中へと傾いでいけば、視界が開けてくる。まずは目に入ったのは屋敷の外観同様に赤を基調とした内装、そして正面の階段へと続く赤の絨毯、その絨毯の中央に開いた巨大な穴とその淵から下を覗き込むメイド達だ。
見上げれば天井に同様に開いた穴に気づく。 そこからは澄み渡った青空を覗くことができ、天窓としては風情があるが、天井としては意味を成さないだろう。
「えーっと、ちょっと隣失礼しますねー」
「うん、落ちないように気をつけてね」
と、断りを入れてからメイド達の輪に加わって穴を覗き込む。 穴の中は遠近感覚が狂いそうな程の高い本棚が立ち並ぶ図書館があった。 穴から差し込む陽光が照らす館内には埃が舞い、蔵書が至る所に散らばっている。この位置からでは何の書籍かは窺い知れないが、粗末に扱える代物ではないように見える。
――飛びがいがありそうな図書館ですね、これは。
外観からは創造できない広さを誇る地下図書館には破砕の音が響いている。
ぎっしりと本が詰まった本棚に円形の光が走ったことに気づいた瞬間、本棚は内側から爆ぜて本を散らばせる。 木屑と書物がこぼれた後に続いたのは飛翔する箒と、一つの本を大事そうに胸に抱き、開いたばかりの穴から走り出る白と黒の魔女だった。
彼女は本棚を足場に踏み切ると虚空に向かって跳躍、先行した箒の柄を掴もうと片手を伸ばすが、飛翔する箒との速度差に僅かに届かず指は宙を掻いた。顔に驚きの色を浮かべ落下しだした魔女の姿に観客達が固唾を飲み、沈黙が広がる。
しかし主が付いてきていない事に気づいた箒が反転し、衝突の勢いで彼女の脇を掠めて拾い上げれば沈黙は歓声へと翻った。
危機を脱した彼女は、今しがた自分が飛び出てきた横穴に視線を注ぐ。
釣られる様に穴の淵に並んで図書館を見下ろして、歓声を上げていた一同もそちらに視線を移す。
皆の視線が集まり先、納まりかけた粉塵を掻き分けて、口元を押さえながら横穴の奥より歩み出る人影があった。
天井の穴から差し込む陽光に照らし出されたのは紫の魔女。 ナイトキャップを被り、本を脇に抱えた彼女は陽光を煩わしそうに片手を掲げながら、宙に浮かぶ白と黒の魔女を見下ろす。
二人の魔女の視線がかち合う構図にメイド達が沸きあがり、文も負けじとシャッターを切った。
観客のボルテージが高まる中、先に口を開いたのは白と黒の方で、
「おい、パチュリー! いくらなんでもテンション上げすぎじゃないか? 自分の根城を壊して回るなんて気が知れないぜ」
「あら泥棒猫に心配されることはないわよ……私の本だもの、塵になっても本望でしょう」
パチュリーと呼ばれた魔女が、辛うじて崩壊を免れた本の背表紙を撫でながら呟く。 彼女達の一挙一動にメイド達が嬌声を上げるが、これが紅魔館流なのだろう、と文は状況を記録することに努めて息を潜めた。
咳払いを一つ、パチュリーは相対する魔女が持つ本に視線をやり、
「だからね……魔理沙、その子を離しなさい? 貴方ではその子を満足させてあげられないわ」
「おいおいおい、本のほうが満足って何だ。普通逆だろう? 読み手が本の内容に満足できるか、だと思うぜ」
相手の応答に失笑。 抱えていた本を宙に浮かばせて、
「馬鹿ね……私以外の読み手が本より上にいるわけ無いでしょ。私がここで貴方はここよ」
と、本を境にしてできる空間の上下をさして、互いの上下関係を表現。 魔理沙と呼ばれた魔女は心底うんざりした表情を浮かべ、箒は自らにしがみ付く主を慰めるように身を曲げて肩を何度か叩く。
「わかった? わかったなら、返っ――」
悦に入っていたパチュリーの言葉を一冊の本が遮る。 その本はパチュリーの頭上の、崩壊した棚に辛うじて収まっていたものであり。自重により彼女の頭上へと落下してきたものだ。
彼女の頭に本が突き立った瞬間、場は静まり返り。
彼女が直立したままに仰向けに倒れると場はどよめいた。
介抱に行くべきか、メイド兼観客達が相談しあう中、真っ先に動く影があった。
白と黒の魔女だ。
彼女は渋る箒を叩いて飛ばせ、相手の傍まで来ると待ちきれないと言わんばかりに手を離して横穴へと飛び込む。仰向けに倒れたパチュリーを抱き起こすように背に腕を回し、
「お、おいっ、しっかりろよ! 図書館の主が本で倒れるとか洒落にならないぜっ」
パチュリーの白い頬を軽く叩くと、
「まったく……貴方が来なければ、こんなことにはならなかったのよ……?」
先ほどまでの快活さは消えうせたパチュリーが、微かに震える手を魔理沙の頬へ添える。
「わ、悪かったよ……まさかお前を怪我させちまうなんて……」
「文句はいくつもあったけど……、貴方にそんな顔を見せられると何もいえないじゃない。 まったく――」
パチュリーの手は魔理沙の頬から首筋をなぞり、肩へと辿り付いた時点で衣服をホールド。
「――ようやく捕まえたわよ、この泥棒猫」
「えっ?」
その場にいた誰もが疑問符を掲げる。
誰もが硬直する中、パチュリーの動きは俊敏の一言に尽きる。
虚を突かれて反応できない魔理沙を、引きずり倒すと体を入れ替えて馬乗りになって、マウントポジションを確保。
「私の図書館に忍び込んだ事……後悔させてあげるわ、塵と消えた子達の恨みの分までたっぷりと……ね」
「ちょ、ちょっと待て、元気になったのは嬉しいんだが、これは予想外だぜっ……やっ、ちょっ、ほんとっ待ってっ、あっ、あーっ!」
何処か嬉しそうな悲鳴が横穴より響き、それに呼応するように魔理沙の足が強張る。
横穴の奥に行ってしまった所為で、1階からは二人の状況を正確には覗くことが出来ない。しかしメイド達は、響く声と断片的に見える二人の姿に頬を紅く染めながらも、大きく体を乗り出しながら穴を覗き込む。 何名か乗り出しすぎて穴の淵から落ちていくが、それを気に留めるものはいない。
ただ一人、覗き込まなかった文はため息を一つ、
「ありのまま記事にしたら発禁ですかね、これ……」
*
主の姿を見て驚愕した箒が、上からの視線を遮るように回転しだした為、文はメイド達に別れを告げて先へと進んだ。
紅い絨毯が続く先、階段を上ってゆくと、両脇に居室の扉を構える廊下が広がっていた。
「……何でこの館、中がこんなに広いんでしょう」
廊下の果てには日が差し込む窓を確認できるが、上空から見た記憶では目の前にある廊下を許容できる広さは敷地には無かったはずだ、と文は首を捻り、
「ブン屋に挑戦的な館ですね、ここはっ……!」
いつか解き明かして見せましょう、と上機嫌に意気込んだ。
「ただ……まずはどの扉の向こう側に、この館の主がいるのか……ですよね。 一つずつ確かめていったら日が暮れてしまいそう」
と一人ごちては、延々と扉が並ぶ廊下をねめつける。 全ての扉は閉まっており、それぞれに表札はないように見える。 そもそも2階に主が居室を構えているかどうかすら確かではないことも、文の頭を痛める要因だ。
「まあ、ぐちぐち言ってないで行動あるのみっ。紅魔館の主、その知られざる素顔に――」
覚悟を決めて、手帖に見出しの案と現状を記そうと視線を落としたその時、文は一つの音を聞く。
開いていなかった扉が閉まる音に視線を上げれば、誰も居なかった廊下の中ほどに黒のローファを履いた足が見えた。
濃紺のドレスに、白のエプロン、手は音がした扉に伸ばされており、背には妖精の翼はなく、銀色の髪を短く纏めている。
そこには銀髪のメイドが居た。
居なかったものが居ることに呆然とする文を余所に、銀髪のメイドは一人呟く、
「まったく……どこを見ても他のメイドは居ないし、掃除が終わらないじゃない……」
立てた親指の爪を噛みながら思案するように俯き、そしてようやくこちらに気づくと目を丸く見開いた。
「どなたかしら……お客様が来る予定はなかったと思うけど。 まったく先日も巫女と魔女に侵入されたというのに、うちの門番とメイド達は何をやっているのかしら」
「ああ、皆さんの様子でしたら明日刊行予定の「文々。新聞」でご覧になれますよ。……一部お届けしますね」
と、彼女の疑問の一つには答えられるため、文は手にしていた写真機を見せ付けるように掲げた。
「新聞?」
「はい、新聞です」
銀髪のメイドは不信そうに、文が掲げている写真機に視線を移した後、
「遠慮しておくわ……。それでその新聞屋さんが何の用?」
「新聞配達でやってきましたー、って言えば通して貰えます?」
「愚問ね。その言葉が本気でも本気でなくても通せないわ。 大体ここを通ってどうするのよ」
呆れ顔の彼女に対して、文は苦笑の後に彼女を見据え、
「それこそ愚問ですね。 新聞記者である私が取材と新聞配達以外、何をするって言うんですか」
此方の言に彼女の表情に真剣みが増し、
「お嬢様はアポイントメントも無しに貴方が言う取材等には応じない。 もっとも今はお嬢様はお昼寝中、応じるも何もないわ」
言葉には明らかな拒絶の色が混じる。
「まあ確かにアポは取っていませんが……私は紅魔館の『今』という真実を皆に伝えたいんです。 だからお昼寝中ということであれば、侵入者が寝所まで到達してもなお眠る豪胆な主として――」
足元に突き立った一振りのナイフが文の言葉を遮る。突然のバイオレンスに肝を冷やす文に対し、
「貴方がお嬢様に何かできると思わないけど……。お引取りくださいな、天狗の新聞屋さん」
バイオレンスの担い手は、何事もなかったように淡々と言い放つ。
彼女の言葉に込められた思いに、この奥にいるであろう「お嬢様」が羨ましいな、と感じながら、
「貴女にとって……お嬢様は『一番』なんですね」
呟く文に対し、彼女は頷きで返してくる。
迷いのない彼女を見据えなおし、文は手帖と写真機を腰に下げた嚢に収めた。
そして、でも、と前置きをし、
「私にとっての一番は真実を追求すること。そのために行う取材は譲れません……!」
一歩も引かなかったこちらが意外だったのか、彼女は僅かに目を見開き、しかし僅かに口元を吊り上げた。
「私にとっての一番はお嬢様。そのお嬢様を護ることは……譲れないわね。お互い譲れないものがあって、今相対しているけれど……どうするつもり?」
彼女は問うて来る、二人の相対の方法を。
だから文は応える。鞄から用意してきた術符を指でつまみ、引き抜いて、
「「命名決闘法」」
文の言葉に被せる様に、彼女もその言葉を口にした。
「博麗の巫女が定めた幻想郷におけるありとあらゆる問題を解決する為の決闘法、譲れないものを徹すためにお互いの技を体現するスペルカードを用いての相対こそが、私達に相応しいと思います」
銀髪のメイドは、文の応えに満足げに手を幾度か打ち鳴らし、
「――ご名答。ルールはどうするかしら?」
「私は貴女を倒すことが目的じゃありませんし……。スペルカードはお互い1枚まで。貴女の弾幕を抜けて、『お嬢様』の顔を拝めたら、私の勝ちでどうでしょう」
「なら私は、弾幕を以って貴方をここに留め、『お嬢様』の安眠を護ることが出来れば勝ちという事ね」
いいでしょう、と彼女が両腕を虚空に振れば、メイド服の袖口から数多のナイフが滑りでて彼女の両手に納まっていく。
「えっと……その服どうなっているんですか?」
「私の力は時間を操ること。空間を四次元方向に弄ることも、三次元方向に弄ることも訳ないわ。館の空間を拡張していることの応用で、服の隙間を拡張しているだけ」
だから、と呟いた彼女の視線を追って、文が自分の足元に視線をやる。見れば足元に突き立つナイフは三本に増えていた。
「覚悟してくださいね。私の弾幕は放たれた時には貴方を捉えていますかから」
「出所が分からないってのは厄介ですね……。でも――」
文は術符を掲げる手を軽く振って風を生み、
「――私は幻想郷最速。貴女の弾幕が私を貫くより速く、ソコを抜けてみせますよ」
自身の迷いを払ったかのように笑みを浮かべた。張り詰めた表情は途端にほぐれて、
「それにしても貴女自身もなんだか凄い興味そそりますねぇ。今度は貴女目当てに来てもいいですか?」
文の言葉に彼女の表情もほぐれた様に見える。彼女は瞳を伏せて微笑、
「……取材だったらアポを取ってから来て欲しいわね」
「じゃあアポを取らずに来ますよ」
ご勝手に、そう呟く彼女は五指に刃を構えた右手を振って、エプロンを跳ね上げる。するとエプロンのポケットから一枚の術符が飛び出した。
飛び出したスペルカードは彼女の胸の前で固定され、発動寸前であることを淡く光ることで主張。
「では……始めましょうか。申し遅れましたが、私の名前は十六夜咲夜」
「射命丸文です。新聞購読の際はご贔屓に」
二人の視線がかち合い、
「疾風――」
「幻世――」
二人の技が現出する。
*
スペルカードの発動と共に止まった世界で、咲夜と名乗ったメイドは正面を見据えた。
視界の先には輝くスペルカードを絨毯に置き、その上に手を付いて前傾姿勢となった文と名乗る鴉天狗が居る。
彼女は眉を浅く立て、背の翼を大きく広げ、瞬間的に飛翔する構えだ。
咲夜は彼女の現状を把握しつつ、両手に収まっていた数多のナイフを投じて弾幕とする。
投じられた銀の刃はそれぞれが意思を持つかのように、相対する文を取り囲んで停止した。
「本当に私を倒すつもりはないのね……」
咲夜は自分が形成した弾幕の中に居る文を見据えつつ呟く。
彼女はスペルカードを発動しつつも、咲夜に対する弾幕を形成していない。
彼女は言った、抜けてみせますよ、と。
「私の弾幕を避けるのではなく、抜けて超えていくと……」
それはこちらとの相対を避けるのではなく、真っ向からぶつかって、尚自分を徹すということだろう。
「ただ、私だって黙って見過ごすようなやわな女じゃないわ」
袖口に指を差し込んで、今までのナイフと比較して大振りの刃を引き抜く。
ダメ押しの一発です、と振りかぶって投じられたナイフは放物線を描きながら文へと迫っていく軌跡で停止。
そして時は動き出す。
文の体をスペルカードから発せられた螺旋状の風のうねりが包み、咲夜が放った刃の弾幕が彼女へと迫る。
そして黒の弐翼が羽ばたき大気を打つ。
自らに迫る刃の群を迎え撃つかのように、彼女は自らの体を前へと進ませた。
赤い廊下で、銀色の軌跡と、白と黒の影が交差する。
相対は一瞬。
結果として刃交じりの暴風が廊下を吹きぬけ、破砕の音が鳴り響いた。
生まれた風は咲夜を壁へと押し付け、その勢いは瞳を閉じさせるには十分だった。
風が抜け、音も静まると、咲夜は余波に備えて身構えていた腕を下ろして瞳を開く。
そこには螺旋状に傷つけられ、所々に刃が突き立つ廊下が広がっていた。
眼前には鴉天狗の姿は無い。
流れる動きで振り返った背後、そこにも彼女はおらず、そして廊下の果てにあるはずの窓は無くなっていた。
相対の結末を求めて咲夜は傷ついた廊下を走りだす。
本来であれば窓があるはずの廊下の終着地点には、窓を構える壁ごと吹き飛んでいた。
窓枠を構成していたであろう材木の端には、文が腰に下げていた嚢が引っかかって揺れている。
穴の外に視線を移すと、正面に構えている山の中腹には、黒い点を中心としてクレーター状に山肌を露出し、土煙を舞わしている箇所があった。
「…………」
唖然と口を開いていた咲夜は、しかし状況を理解したのか口端をゆがめた。
「貴方は私の弾幕を抜けることは出来たけど、お嬢様に会うことは出来なかった。 私は貴方を留めることはできず――」
背後、廊下にならぶ居室の一つから、『咲夜ー! 馬鹿メイド達を静かにさせなさい、眠れないじゃないの!!』と怒号が響く。
その声を聞いて咲夜は眉間を押さえ、
「――お嬢様の安眠をお護りすることが出来なかった。試合は私の負け……かしらね」
残念そうにため息を漏らして、文が残していった嚢に手を伸ばす。
と、不意に咲夜は伸ばしていた手を止める。
彼女の視線の先、紅魔館を囲むように配置された塀の上に人影があった。
白い髪と同色のぴんっと立った耳、その間に紅い頭巾を乗せ、その上に一羽の鴉を乗せた人影は、外側から塀によじ登るような体勢でそこに居る。
今、人影は頭の上の鴉共々、背後にある山の破砕の痕を振り返っていた。
「天狗――文さんの仲間かしら。忘れ物、持って行ってもらえるといいんだけど」
咲夜は止めた手を再度伸ばし、嚢をそっと救い上げる。
嚢の口から覗くものを見て咲夜は――
*
新聞や写真、家具などが雑多に散らばる部屋がある。
その中心、ちゃぶ台を前にしてうなる鴉天狗が居た。
「あいたたた……」
紅魔館の趣とは異なる、木を主な素材とした居室の中で文は手鏡を覗き込む。
鏡に映った、治療用の符が張られた鼻を触っては、小さく悲鳴を漏らす。
「くーっ……結局、最後はどうなったんだろ。スペルカード使って、ナイフに囲まれた後の記憶が……」
顔を上げると丁度玄関の戸が開かれていくところだった。入ってきたのは白狼天狗の少女で、
「文さーんっ、写真現像終わったっすよー」
元気な声と共に抱えていた紙袋をこちらに向けて掲げた。
「気がついたら椛に担がれて、家に向かってたもんね……」
文の呟きに対し、彼女は、ん?、と疑問符を掲げて首を傾げた。
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて……椛、持ってきてくれてありがとね」
おいで? と手招きをすると、椛と呼ばれた彼女は尻尾を忙しなく振りながら、文の脇へと擦り寄った。
「あ……文さん、本当に治療符それだけでいいんすか? 山に突っ込んだのに……」
彼女は紙袋を手渡しながら呟くと、尻尾が心配そうに項垂れる。
「大丈夫大丈夫。大体、山付きの私達天狗を、山が傷つけるわけ無いでしょ?」
そういうもんすか、という疑問の声に、そういうもんよ、と答えながら文は紙袋を開けて出来上がったばかりの写真を取り出す。
撮った順番に揃えられているものを一枚一枚めくっていき、
「最初は良かったんだけどね……。でもお目当ての紅魔館の主を撮る事ができなかったし、途中記憶飛んでるしで、消化不良……、と。これって……」
最後の一枚、見覚えの無い写真で手が止まる。
どうしたんすか? と脇に座る椛が身を乗り出して覗き込んで来た写真には、一人の人物が写っていた。
「咲夜さん……?」
その写真には紅魔館のメイドが、土煙を上げる山をバックに写っていた。
しかし、自分で自分を取っているためか手ブレがひどく、顔も片隅に半ばまで写るだけ。どうにか彼女が笑みを浮かべていることは見て取れる。
文は写真を手に暫し沈黙していたが、その口からは徐々に笑い声が漏れ、
「ぷっ……くく、くくくっ……。こんな写真撮られてるんじゃ、勝負は私の負けだよね、これ」
終いにはちゃぶ台を手のひらで叩きだした。
笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭うと、文は手にした写真を掲げてみせた。
――でも……構図も何もかも、下手な写真。これは、写真のイロハから教えてあげないといけませんね!
もっと書け!
文が傍観者の立ち位置で固まってしまっていたのが残念。場面をそこに登場するキャラクターに任せっきりになってしまい、
場面が変わる際に繋がりが出来ない(文という架け橋で場面を共有しきれていない)ため、
どうにも場面場面がぶつ切りっぽく映ってしまいました。
文章も凄く良く書けているし、題材も悪くないので、場面ごとの関連性を持たせてスルリと小気味良く読めるよう、
全体の流れに気を配ると、もっとよくなるのではないかな、と思いました。
読みなが何か違和感みたいのがあったのをネコ輔さんが凄い的確に書いてくれて何も言うことがなくなった。
最初ちょっと小難しそうな文体で読むのに疲れるかなと思ってたけど、読んでみたらこれが意外とスルスル読み進められて不思議。
淑女としてあんまりちらちらするものじゃないかとっ。
>>ネコ輔さん
美鈴派の人だ!?(ビクビク)
むう、言い訳できないところを突かれてます。
いきなり文Vs咲夜の流れになるのは不自然だと思ったので、
順に門→1階→2階と文が進む流れにしようと思って書きましたが、
確かにそれぞれの→のところで一回話の流れが切れてしまってますね。
精進します。
>>ペ・四潤さん
咲夜の気づいたら弾幕が目の前からスタートって言う特殊な状況で、窓とかを気にする余裕が無かった。
て、理由は考えてますが、確かにオチありきで書いてたので不自然になってしまってますね。
不思議っ!
キャラの中身が見てみたい
文章は好みです
あなたの書く熱い話が読んでみたい
いやそれにしても一筋縄ではいかないのが紅魔館クオリティなのよね