「……あら」
家に帰ると魔理沙が寝ていた。
すうすうと寝息を立てながら、ソファの上で猫のように丸くなっている。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
元々小柄な魔理沙が、ちまっと丸まることでいっそう小さなサイズに収まっており、なんとも愛らしい寝姿になっていた。
「……失礼」
私は一言断って、ソファの端、魔理沙の頭のすぐ傍に腰掛けた。
そして優しく、その髪を撫でる。
「…………」
魔理沙の髪は、いつもふわふわしていて柔らかい。
毎朝、頑張ってお手入れしているんだろうな。
「……えらいえらい」
小さな声で褒めてあげる。
当の本人は、まだ夢の中だけど。
……そこでふと、私は西日が差し込む窓の方へと目をやった。
それは魔理沙が入ってきたのであろう、魔理沙専用の入り口。
「……あれから、どれくらい経ったのかしら」
ぼんやりと記憶を辿る。
あの頃の魔理沙は、今よりさらに一回りほど小さかった。
まあ、今でも十分小さいのだけれど。
瞼を閉じれば、私の脳裏に鮮明に蘇る。
唇をきゅっと結んで、何も言わずに私を睨んで離さない、魔理沙のまっすぐな瞳。
それが、表している気持ち。
―――寂しさ。
そう。
魔理沙は時々、無性に寂しくなる。
多分それは、幼くして自立せざるを得なかった家庭の事情に起因しているのだと思うけど。
そんなとき、魔理沙は決まって私のところへやって来た。
昼でも夜でも、お構いなしに。
「寂しい」なんて口に出して言うことはなかったけど、普段よりべったりと私にくっついてくる魔理沙を見れば、その心情は推して知るべしといった具合だった。
―――あの日も、そうだった。
普段は家に居ることが多い私だが、たまには外出することもある。
あの日も今日と同じように、人里で人形劇をしていた。
いつもなら、それが終わればそのまま帰るのだけど、あの日はたまたま、観に来ていた老夫婦に、どうしてもと夕食に誘われ、断りきれなくて。
……ついつい、好意に甘えてしまって。
私が家に戻ったのは、すっかり暗くなってからだった。
そして。
月明かりでかろうじて視界が照らされる、そんな夜の闇の中に。
―――魔理沙は、居た。
私の家の、玄関の前。
じっと座って、ただただ、私が帰ってくるのを待っていた。
私が慌てて駆け寄ると、魔理沙は無言のまま、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
今より小さい魔理沙、私もよろけることなく受け止められた。
そんな魔理沙の目尻には、うっすらと―――涙の跡が残っていた。
魔理沙は何も言わなかったけど、私はひどく罪悪感に駆られたのを、今でもよく思い出す。
……その日から、この窓が魔理沙専用の入り口になった。
それまでしていた施錠をやめて、魔法で簡単な結界を張る。
そして、それを解除する呪文を、魔理沙にだけ教えておく。
そうすれば、魔理沙はいつでもこの窓を通って、私の家に入ることができる。
もっとも、大抵の場合は私が在宅しているので、あえてこの窓を使うことは少ない。
私が家に居るときは、魔理沙も普通に玄関から入ってこれるからだ。
でも、今日みたいに。
私が不在のとき、魔理沙が家の外で寂しい思いをしなくて済むためには、これは必要な入り口なのだ。
ちなみに、最初は普通に玄関の合鍵を持たせようと思ったのだが、それは魔理沙に拒否された。
曰く、「子供じゃないんだからそんなの要らない」だそうだ。
鍵っ子か何かを連想させてしまったのかもしれない。
だからこの結界を解除する呪文も、「何か異変が起きたら、この窓から私の家に避難していい」という趣旨で教えることにした。
それでようやく魔理沙も、「わかった。いざというときは使わせてもらうぜ」と納得した。
……もちろん、この窓が本来の用途で使われたことは、今まで一度もない。
多分、これから先もないだろう。
私は魔理沙の髪から手を離し、ソファを降りた。
「……よいしょっと」
床の上にしゃがみ、魔理沙と同じ目線になる。
気持ち良さそうに寝息を立てながら、健やかに眠る魔理沙。
長いまつげが、呼吸に合わせて揺れている。
「……ほんと、世話の焼ける子」
私はそっと、涙の跡がうっすら残る目尻を撫でた。
了
家に帰ると魔理沙が寝ていた。
すうすうと寝息を立てながら、ソファの上で猫のように丸くなっている。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
元々小柄な魔理沙が、ちまっと丸まることでいっそう小さなサイズに収まっており、なんとも愛らしい寝姿になっていた。
「……失礼」
私は一言断って、ソファの端、魔理沙の頭のすぐ傍に腰掛けた。
そして優しく、その髪を撫でる。
「…………」
魔理沙の髪は、いつもふわふわしていて柔らかい。
毎朝、頑張ってお手入れしているんだろうな。
「……えらいえらい」
小さな声で褒めてあげる。
当の本人は、まだ夢の中だけど。
……そこでふと、私は西日が差し込む窓の方へと目をやった。
それは魔理沙が入ってきたのであろう、魔理沙専用の入り口。
「……あれから、どれくらい経ったのかしら」
ぼんやりと記憶を辿る。
あの頃の魔理沙は、今よりさらに一回りほど小さかった。
まあ、今でも十分小さいのだけれど。
瞼を閉じれば、私の脳裏に鮮明に蘇る。
唇をきゅっと結んで、何も言わずに私を睨んで離さない、魔理沙のまっすぐな瞳。
それが、表している気持ち。
―――寂しさ。
そう。
魔理沙は時々、無性に寂しくなる。
多分それは、幼くして自立せざるを得なかった家庭の事情に起因しているのだと思うけど。
そんなとき、魔理沙は決まって私のところへやって来た。
昼でも夜でも、お構いなしに。
「寂しい」なんて口に出して言うことはなかったけど、普段よりべったりと私にくっついてくる魔理沙を見れば、その心情は推して知るべしといった具合だった。
―――あの日も、そうだった。
普段は家に居ることが多い私だが、たまには外出することもある。
あの日も今日と同じように、人里で人形劇をしていた。
いつもなら、それが終わればそのまま帰るのだけど、あの日はたまたま、観に来ていた老夫婦に、どうしてもと夕食に誘われ、断りきれなくて。
……ついつい、好意に甘えてしまって。
私が家に戻ったのは、すっかり暗くなってからだった。
そして。
月明かりでかろうじて視界が照らされる、そんな夜の闇の中に。
―――魔理沙は、居た。
私の家の、玄関の前。
じっと座って、ただただ、私が帰ってくるのを待っていた。
私が慌てて駆け寄ると、魔理沙は無言のまま、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
今より小さい魔理沙、私もよろけることなく受け止められた。
そんな魔理沙の目尻には、うっすらと―――涙の跡が残っていた。
魔理沙は何も言わなかったけど、私はひどく罪悪感に駆られたのを、今でもよく思い出す。
……その日から、この窓が魔理沙専用の入り口になった。
それまでしていた施錠をやめて、魔法で簡単な結界を張る。
そして、それを解除する呪文を、魔理沙にだけ教えておく。
そうすれば、魔理沙はいつでもこの窓を通って、私の家に入ることができる。
もっとも、大抵の場合は私が在宅しているので、あえてこの窓を使うことは少ない。
私が家に居るときは、魔理沙も普通に玄関から入ってこれるからだ。
でも、今日みたいに。
私が不在のとき、魔理沙が家の外で寂しい思いをしなくて済むためには、これは必要な入り口なのだ。
ちなみに、最初は普通に玄関の合鍵を持たせようと思ったのだが、それは魔理沙に拒否された。
曰く、「子供じゃないんだからそんなの要らない」だそうだ。
鍵っ子か何かを連想させてしまったのかもしれない。
だからこの結界を解除する呪文も、「何か異変が起きたら、この窓から私の家に避難していい」という趣旨で教えることにした。
それでようやく魔理沙も、「わかった。いざというときは使わせてもらうぜ」と納得した。
……もちろん、この窓が本来の用途で使われたことは、今まで一度もない。
多分、これから先もないだろう。
私は魔理沙の髪から手を離し、ソファを降りた。
「……よいしょっと」
床の上にしゃがみ、魔理沙と同じ目線になる。
気持ち良さそうに寝息を立てながら、健やかに眠る魔理沙。
長いまつげが、呼吸に合わせて揺れている。
「……ほんと、世話の焼ける子」
私はそっと、涙の跡がうっすら残る目尻を撫でた。
了
静かなマリアリもいいぜ、フウッ!!
取り合えず、アリマリはジャスティス!