「咲夜、紅茶を持ってきて頂戴」
それは、いつものように発せられた何気ない一言。
――しかし、それは数瞬の間を置いて、意味のない台詞だったことを悟る。
「――ああ。そう言えば、咲夜はもう……」
私は、代わりに呼び鈴を鳴らす。
すると、数分の時間が経った後、メイド妖精が入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「ああ、ご苦労」
カチャン、と大きな音を立てて私の目の前にティーカップが置かれた。
そそくさと元の仕事へと戻るメイド妖精を尻目に、紅茶を啜る。
その紅茶の味は、別段不味いわけではないが、やはり物足りなかった。
咲夜の淹れた紅茶の味は、今から思い返すと別格の美味しさだったから。
静寂が、辺りを包み込む。
そして私は、無益なことだと分かりながらも、つい最近交わされた会話を思い出す。
「――どうして。
どうして、今まで黙っていたの?」
「……お嬢様に知られるのが、怖かったからです。
それに――やっぱり私は、人間ですから」
その事実に気付いたのは、わずか二週間くらい前のことだ。
パチェや美鈴は少し以前から知っていたらしいが、私に伝えられることはなかった。
私は、心の中に込み上げる様々な思いを抑えながら、
「そう」
とだけ答えるのが精一杯だった。
人間と吸血鬼。そこにはあまりにも高い、種族という壁がある。
この運命は、あるいは必然だったのかもしれない。
でも――それでも、早すぎる。
これ程までに早い別れは、私は予想していなかった。
……だけど、私には運命を操る能力がある。こんな時に発揮せずして、何が能力か。
だから――その事実を知った後も、私は考えられるあらゆる限りの手を尽くした。
パチェや美鈴に詳しい事情を聞き、場合によっては私自らが人里まで足を運ぶことすら厭わなかった。
けれど――私は、止められなかった。
式を済ませてからもう三日も経つというのに、私はまだ吹っ切れないでいる。
これではいけないと、頭では分かっているのに、それを認められない自分がいる。
私は、咲夜と共に在った時を思い出す。
咲夜と初めて出会った時のこと。
咲夜という名を授けた時のこと。
紅い霧を発生させた時のこと。
共に、満月の夜を取り戻しに行ったこと。
――そして、他愛もない日常の出来事を。
500年以上の時を生きてきた私だが、わずか数年でしかない咲夜との記憶がこれ程に
濃密な思い出となっていることを、改めて感じる。
「咲夜、あなたはどうして……」
――と。
パチェが、私の部屋へと入ってくる。
「……パチェ、珍しいわね。あなたの方からここに来るなんて」
「そりゃ、友人がそれだけ情けない顔をしていたらね」
情けない、か。そうかもしれない。けれど……
「咲夜のことは、黙っていて悪かったわ。でも、もう終わってしまったこと。
私たちに出来るのは、咲夜に余計な心配をかけないことよ」
――そんな風に、割り切ることが出来れば苦労はない。
「ともかく、そろそろ時間よ。
せめて今回くらいは、笑顔で送り出してあげるべきじゃないかしら?」
「……分かったわ。それじゃ、少ししたら行くから待っていて」
ほっ、とパチェは安堵のため息を漏らす。
しかし正直なところ、行ったら行ったで平静を保てる自信がない。
だけど――確かにこれは、必要なことだから。
急いで髪を整え、帽子を被りなおし、私は玄関へと向かった。
そこには、すでに妖精メイドに至るまで、紅魔館の殆ど全てのメンバーが揃っていた。
そして、その中心となる位置に、咲夜はいた。
いつものメイド服ではない姿に、咲夜が遠い場所へと旅立つことを再認識する。
――けれど、私は決めたのだ。
笑顔で、送り出そうと。
「……咲夜。あなたはもう、私の手の届かないところに行くのかもしれない。
でも――私のことは、忘れないでね」
そう、咲夜に語りかける。
「――分かっていますよ、お嬢様。すぐに戻りますから、心配しないでください」
「全く、レミィはちょっと大袈裟すぎるのよ。たかだか一週間程度の新婚旅行じゃない」
ぐさり、と新婚旅行という言葉が胸に突き刺さる。
その時、私のこれまでの決意は粉砕した。ああ、理性よさようなら。
「私が育てた咲夜を、どこの馬の骨とも知れぬ輩に渡せるか!」
昔の頑固親父のようなことを言いながら、ぶんぶんと魔槍を振り回して怒りを露わにする。
「お嬢様、落ち着いてください!」
咲夜が制止するが、一旦スイッチが入ってしまうと止めることは出来ない。
「そもそも、ここに相手の男が来てない時点でおかしいでしょう!
ほら、挨拶とかするべきじゃないの、こういう時は」
「あなたが危険だから呼んでないのよ。この前みたいに、襲い掛かられても困るし」
「そうそう、お嬢様が直々に人里にまで襲いに行かれた時は大変でしたね~」
「だから、お嬢様にこの話をするのは怖かったのですよ」
うっ、と私はあの時のことを思い出す。
美鈴やパチェから相手の男の居場所を聞き出し、そして人里にいた男の寝込みを襲った。
勿論、性的な意味ではない。
咲夜が偶然居合わせていたため、不幸にもその男は一命を取り留めた。
だが、その後私は人里への立ち入りが禁止になったのは言うまでもない。
「それにしても……あんなことがあって、よくまあ思い直さなかったものね」
と、パチェは当然の疑問を口にする。
「彼は、優しいですから。それに、いざという時はすごく頼りになるんですよ」
のろけか。のろけなのか。
咲夜は今まで私に見せたことのないような笑顔を浮かべる。
うんまぁ、咲夜が幸せならいいかな、と一瞬だが思ってしまった。
――が、それでめでたしめでたしになるほど、私は甘くない。
「だ……大体、咲夜は言ってたじゃないの。私が死ぬまでは傍に居ますよ、って」
「ええ、ですから勿論、ここに戻ってきますよ。お嬢様の世話が出来るのは、
現状私しかいないようですし」
「……ほ、本当に?」
「ええ、本当です。少し休みを頂く時間が増えるかもしれませんが、
今までどおりの勤めは果たさせていただきますよ」
「そう……まぁ、それなら、許してやらなくもないかもしれないわ」
懐柔されかかる私。
でも、それだけでは終われない。
何か……何か、もう少し――
「それじゃ、後は子供ですね。咲夜さんが親だと、一体どんな子供が生まれるんでしょう?」
子供――!?私は、はっとする。
そうだ、その手があった。
「咲夜。もし子供が出来たら、私に少し預けてみなさい。私が一人前のレディにして見せるわ」
「全力で却下させていただきます」
「返答早っ!」
「レミィ……あなた、吸血鬼にするつもりでしょう?そりゃ断られるわ」
ちっ、と内心で舌打ちする。
――と、咲夜が手元の銀時計に目をやる。
「……それでは、そろそろ時間ですので」
「ええ、ゆっくり楽しんできてね」
「咲夜さんが居ない間も、しっかりと門を死守して見せます!」
「まあ……妖怪とかに襲われないようにするのよ」
「あなたが襲わなければ大丈夫よ」
「酷いわ、パチェ。私がそんなことをするとでも?」
沈黙。一斉にこちらに向けられる皆の視線が痛い。
ここは、私の紅魔館の主としての度量というものを回復せねばなるまい。
「いやまぁ、その、何だ。……幸せに、な」
瞬間、紅魔館メンバーの全員から咲夜を祝福する声が上がる。
――そう。例え離れていても、私たちの絆は変わらない。
だから――
「だから咲夜、私も一緒に行ってもいいかしら?」
「駄目です」
紅魔館は、今日も平和だった。
全然信用されてないお嬢様。素敵です。
異色? とんでもない。ここでは普通です。ですのでどんどんヤッてください。
スクロールしたらオチの咲夜さんとパチュリーのセリフが画面に入り込んで見えてしまったのでもう少し改行増やしたほうがよかったかも。
流れが淡々としていたけど、それが逆によかったと思います。
しかし咲夜さんにメイドとしてではなく、奥さんとして紅茶を入れてもらえる男には
お嬢様でなくても殺意を抱かずにはいられないであろう。
もう少し「咲夜が死んだと思わせる表現」自身を隠せることができれば完璧だったと思います。
けれど、こういったSSは大好きです。どんどんやっちゃってください。
文章も読みやすいですし、レミリアもわかりやすくて素敵です。
次回作も楽しみにしてます。
自分にはありだと思います。
さぁ夫をレミリアに合わせる話か、咲夜と夫の出会い&のろけを書く作業にm(ry
面白かったw次回作も楽しみにしてます!
こういうのもアリですよ。
さぁ、はやくアフターストーリーを書く作業にm(ry
だが良い物は良い。
咲夜さんお幸せに!
咲夜さんは俺がきっと幸せに……
とかいうと怒られそうですねw
すっかりタイトルに騙されたw
式という言い方が葬式には繋がりにくいからかな。
人里に~のあたりで既に確定されてた。
いい話でよかったよかった。
初めてでこれはすげぇ!
これからもどんどん書いて下さい!
でも、文章とか話の筋の作り方とかとても良かったです。これからも楽しみにしてます。
あと、
>咲夜が偶然居合わせていたため、不幸にもその男は一命を取り留めた。
こっちは性的な意味でですね、わかります(笑)
このパターンが斬新ってのも、紅魔館クオリティなんだろうかw
雰囲気か、もう死にネタ飽きたからかしらんが。
まあそんなの関係なく面白かったです。
題材としてお嬢様に人生全て捧げてる咲夜さんは多いが、
普通の女の子として幸せになっても欲しいもので
つか処女作でこのクオリティってパルパルしちゃうじゃないのー!
釣られた後にサクッと良い話ですごい清々しかったです。
あと相手の男出てこい
だが相手の男には地獄すら生ぬるい。
式のあたりで違和感は感じたのですが……深読みせず読み進めたので。
良かったです。
このクオリティで初投稿…だと……!?
続きがあれば是非見たい話です、面白かったので是非書く作業にm(ry
ここは極彩色な作品も埋もれる場所だ。だから続きをー
むしろこっちに騙された!
その男に詳しく問い詰めたいですな
別れを連想させるキーワードを無理に詰め込むんじゃなくて
もうちょい自然に読めるようにした方がいいですぜ。
一発ネタでネタがバレバレだったのでこの点数で。
何も気付かなかった俺はすげえ楽しめた
次作も期待
やっべえ、マジ騙されましたwwww
咲夜さん……幸せになれよ……
メイ咲派だけど許すww
おぜう往生際が悪いww
『……お姉様、気持ち悪っ』