トンテンカン♪ トンテンカン♪
リズムよく打ち込まれる木槌の音。
ふふ、これはアリスが丑の刻参りしている音ねと霊夢は微笑んだ。
この音を聞きながら優しい気持ちで夢の世界へ行けるわけがねえ。
「なんっっかい言えば理解するのよこの七色バカっ! ぶぁかっ!!」
寝入りを邪魔された霊夢は怒り心頭。
寝巻のまま境内の裏手のご神木に五寸釘を打ちつけていた犯人に怒鳴りかかる。
「安眠妨害って傷害罪になんのよ!? 今から映姫んとこいって裁判すっか、あぁっ!?」
完全にチンピラ口調。大変、怒りに我を忘れてるんだわ。
責められている七色バカこと魔法使い、アリスはといえば……何故か呆気にとられていた。
それも一瞬、すぐにおたおたし始める。
どうしようどうしよう。儀式の途中で見られちゃった。
見られると呪いが返ってくると本に書いてあったのに。
そう、たしか本には見られた時の対処法も書いてあったわ!
七色の頭脳をフル回転。アリスは記憶の検索に入る。
だが怒り狂っている霊夢にそんなことは関係なかった。
無言で拳をパキポキと鳴らしながら詰め寄っていく。
この巫女、殴るつもりである。
自身より5センチは背の高いアリスの顔面に巫女ストレートを入れる為まずはボディ狙いよと拳を振り被る。
年頃の少女が出していい発想ではない。
そんな霊夢に気付いていないのか、アリスはくるりと背を向ける。
舌打ちする霊夢。振り返った時が地獄だ。
ぎしりと力が蓄えられる左拳。アリスが振り返る。
巫女リバーブローが炸裂するかと思われた瞬間、少女は動きを止めた。
否、正確には動けなかったのだ。
振り向いたアリスの顔が――あまりにも予想外だったから。
笑っていた。
全力全開の笑みだった。
長い付き合いだけどこんな満面の笑みを浮かべるアリスなんて見たことない。
いつもはお淑やかに控えめな笑い方をしていたのに。
ぶっちゃけきもい。そうでなければ怖い。
なんでこの状況で笑うんだこの女。
気圧され、一歩退がる。
馬鹿な――この私が、鉄拳巫女の異名を持つこの博麗霊夢がインファイトで退がるだと――!?
霊夢は戦慄した。
戦慄しどころが間違っている。
勝手に慄き狼狽する霊夢と鏡合わせのように、アリスも内心では冷や汗を滝の如く流していた。
こんな笑い方したことない。頬の筋肉が引き攣る。明日は顔面筋肉痛確実だ。
しかし笑うのをやめるわけにはいかない――本にはこう書いてあったのだ。
――全力で笑って誤魔化せ――
その本間違ってるわ、と地の底から美少女ボイスが響いたような気がしたが気のせいだと頭を振る。
既に笑顔は崩壊寸前なのだ、無駄なことを考えてる余裕はない。
互いに限界を迎え、弾かれるように距離を取る。
数分にも満たないプレッシャーの掛け合い。それだけで精神力がごっそりと削られていた。
霊夢は肩で息をしていることを自覚する。
ぞっと、した。
何時の間に、どこでこんな高度な駆け引きを憶えたのよ、アリス。
そんな的外れな恐怖に。
アリスはといえば、顔を上げることも出来ず俯いていた。
頬が、具体的には口の端の真横辺りがびくびくと痙攣してる。
いくら友人とはいえこんな顔見せれるものではない――乙女の意地というものがあるのだ。
「――アリス?」
動かぬ少女に霊夢は声をかける。
どすんと、アリスの手から木槌が落ちた。
そのまま背を向け、魔法使いは足早に去っていく。
「……アリス……?」
え――いや――片づけて行けよ。
ちゃぶ台に突っ伏して唸る。
「うーぐーわー……」
三下のやられ台詞のようだった。
目の下にはクマ。心なしか髪の艶も落ちている。
「寝不足って書いてあるぜ」
いつものように博麗神社に遊びに来ていた魔理沙は鬱陶しそうに霊夢の頭をつつく。
「そらそうよ。徹夜したもの」
「マンガの一気読みか? それとも正方形の文庫本読破か?」
「読書狂の魔法使いと一緒にすんな」
アリスが怖くて眠れなかったのである。
布団に入り目をつぶると瞼の裏にあの笑顔が大写しされるのだ。
どう考えても意味のわからない笑顔の恐怖に追われ結局一睡も出来なかった。
「うぎぎ」
克服せねばならない、と霊夢は決心する。
この恐怖をどうにかせねばもう眠ることも出来ない。
このままでは死ぬ。ものの本に書いてあった。人間眠らなきゃ発狂して死ぬ。
「魔理沙、相談に乗ったな。相談するわよ」
「せめて選択肢を寄越せ」
強引にかくかくしかじかと昨晩の一件を語る。
ちゃぶ台に頬杖を突いて相槌を打っていた魔理沙は、聞き終えふぅんと息を漏らした。
くだらねぇと顔に書いてある。
「真面目に聞きなさいよ。こっちは真剣に怖がってんのよ」
「だってよぉ、丑の刻参りに笑顔だろ? もう答え出てんじゃん」
何処で悩んでんだよと睨まれても霊夢は困惑するばかり。
今の話の何処に答えがあったというのか。
「おまえの気を引きたいんじゃねーの」
「は?」
困惑は極まった。気を引くって言われても丑の刻参りとイコールにならない。
しょうがねぇなと魔理沙は説明を始めた。
「前におまえに怒られてんだろ? 神社のご神木で丑の刻参りすんなって。
それでもやるってことはリスクは承知だ。推測だがリスクである怒られることが目的かもしれん。
だってそれなら確実におまえに会えるしな」
私をおびき出すことが目的だった?
霊夢は唸る。むぅ。
おびき出して――昨晩は確かにおびき出したが……その後笑っただけで帰っていった。
それだけでは意味を成さない。
「気を引いて……どうすんのよ」
「おい怪獣グドン。それでも女かおまえは」
とりあえず殴った。巫女フックで魔理沙を畳に沈める。
「私もう永久歯なんだからやめろよ!」
「永琳とこ行けば生やしてもらえるわよ。で?」
「言いたくねぇ」
「巫女デンプシーをお望みか」
「そこで笑ったんだろ? もうこりゃ確定じゃないか」
立ち上がりウィービングを始めた霊夢に魔理沙は即折れた。
賢明である。
「おまえに会えて嬉しかったんだよ。そんで満足して帰ったんだろ」
「……会えて、って……そんなん昼に来れば何時でも会えるし。
だいたいなんでそれが嬉しかったり満足になんのよ? 私を暗殺したいんじゃないの?」
「即座に暗殺って単語が出るのはどうかと思うが置いておくぞ。
そんなのおまえが好きだからに決まってんだろうが」
――どこか遠くでトンビが鳴いた。
「ななななななんでそうなんのよ!? だって私ら友達じゃない!?」
瞬間湯沸かし器さながらに顔を真っ赤に染め霊夢が飛び退る。
「友達っつっても長い付き合いだからそういうこともあるんじゃないか」
「長い付き合いってあんたも同じくらいじゃん! ほぼ同時期じゃん!」
「つっても当事者おまえだし」
混乱し何故かロボットダンスのような動きをしている霊夢とは対照的に魔理沙は冷静だ。
第三者の強みであった。
ぎくしゃくと霊夢は座りちゃぶ台に乗せられていたお茶を啜る。温い。
一気飲みして席を立ち湯を沸かしお茶を淹れ直して一気飲み。
あまりの熱さにもんどり打つ。
水瓶に頭ごと突っ込んで冷やし――戻ってきた。
「私は冷静よ」
「そうか。髪ぐらい拭け」
ぼたぼたと水が滴りまくっていた。
魔理沙の言葉を無視し霊夢はちゃぶ台を叩く。
割れた。
「……と、ともあれ、よ。それは――どうなのよ」
「どうって言われてもな……おまえのパンチ力本当に人間の範疇なのか。ちゃぶ台割るって」
「そっちじゃなくて!」
落ちて割れた湯呑を片づけている魔理沙に喰ってかかる。
「か、仮に……百歩譲って、そういう可能性が万が一に生じたかもしれないとして……
なんで丑の刻参りなのよ。しかも正統派の」
「んー?」
盆に湯呑の破片を乗せながら魔理沙は気の抜けた返事を返す。
「あってるかわからんが、恋のおまじないじゃないかね」
「おまじない……? あれ呪いよ? 呪殺よ?」
「勘違いしてんじゃねーの。西洋じゃ天使が矢で心臓射抜くのが恋に落ちた表現だっていうし。
ほら、あいつ日本人じゃないしな。丑の刻参り見てそういうおまじないと間違えたとかさ」
「だ――だって、あいつ、今まで一度もそんなそぶり、見せたこと……」
「おまえが気付かなかったからってそうじゃないとは限らんぜ。怪獣グドンだしな」
今度は巫女フックも出せなかった。
そっと魔理沙は汗を拭う。
――ちゃぶ台割ったパンチが来たら死んでたな――
それでも茶化すあたり悪戯好きの面目躍如であった。
「ああ見えて奥ゆかしいんじゃねーの?」
とどめの一言を告げる。
再び霊夢の顔は真っ赤に染め上げられた。
茹だる頭で昨晩のことを思い出す。魔理沙の解釈に当て嵌める。
馬鹿な! 矛盾点が存在しない!
もちろん穴だらけの推測なのだがぐるぐる空転してるだけの頭ではそんなことにも気付けない。
「霧雨魔法店! よろず相談うけたまわり〼の霧雨魔法店さん! 依頼するわ相談乗ってよ!」
「あいにく本日は定休日となっており〼」
「仕事しろドチクショウっ!!」
一年365日開店休業のくせに定休日作るなと叫んでも暖簾に腕押し。
魔理沙は帽子を拾い立ち上がる。
「ま、霊夢もアリスも私の友達だし。どっちかの肩を持つなんて真似はしませんわ」
にやりと不敵な笑みだけを残し、魔法使いは飛び去ってしまった。
後に残されるのは首や耳まで朱に染める少女だけ。
「ありえ――ないわよ。あのアリスが、私を好きで、その、おまじないとか始めたなんて」
いくら否定しようとも、それを肯定してくれる者は居なかった。
「本日は取材にご協力ありがとうございました――と」
言って文は取材手帳を閉じる。
「毎度毎度ご苦労なことね」
皮肉って紅茶を差し出す。アリスにはこの天狗が取材にかける情熱がいまいち理解出来ない。
今日も追跡取材ですと丑の刻参りの件について調べに来たのだ。
本当にご苦労なことだとアリスは嘆息する。なにせ以前の取材から何も研究は進んでいない。
「えへへ。仕事ですからねー。ところでこのお茶なんですか? 刺激臭がするんですけど」
「紅魔館から依頼されて製作中の鉄分紅茶」
ばぶぅ
文はお茶を噴き出す。
血かよ。血の味かよこれ。少女になんてもん飲ませやがる。
「是非とも人喰いの類に出してあげてください」
ハンカチで顔とテーブルを拭いながらそっとカップを返す。
文の笑顔は引き攣っていた。
「やっぱり味が悪いかしら? 血の成分は再現出来てると思うんだけど」
「私は人間食べませんからわかりませんお願いします許してください」
顎を掴まれポットから直截鉄分紅茶を注がれそうになって文は泣いて許しを乞うた。
なんなのこの腕力。魔法使いって非力じゃないの。あれか人形操るので鍛えられた筋力か。
人喰いのモニター雇わないとダメね、とアリスは文を解放する。
気を取り直し普通のアールグレイを淹れ直す。
再び出された紅茶に文は警戒していたがアリスに睨まれ涙目で飲んだ。
「せめてカップを洗ってから注いでください……」
まだ血の味がした。
「あの、取材ってわけじゃなくて世間話なんですけど」
鋭いままのアリスの眼に怯え文は話を切り替える。
ごくごくと血の味がするアールグレイを飲んでご機嫌を取るのを忘れない。
おかげで吐きそうだった。
人喰いじゃないのが血を飲むと吐きます。
「その呪いなんですけど、ちゃんと効いてます?」
「うーん。いまいちはっきりしないのよねぇ。相手が悪かったのかしら」
問いにアリスは渋い顔を返した。呪いの対象である霊夢はぴんしゃんしている。
やはりうっかり効いちゃっても死にはしないだろうと霊夢を選んだのが間違いだったのかもしれない。
まぁ呪う相手に見られてはいけない儀式を見られたりしたのだから効く筈もないのだが……
「相手ですか」
「私の腕の問題にしたいの?」
「いえいえそんな誘導はしていません。ただねぇ、術式が間違ってるんじゃないですか?」
「……またはっきりと侮辱してくれるわね」
殺気に文は背筋を正す。
やべぇ。一言でも口を滑らしたらしぬ。
どうにか会話を続けながらアリスの注意を逸らさねば。
「決してそんなつもりは。でも丑の刻参りって現代まで伝わってると言っても……
ほら、能とか戯曲で伝わってたりするじゃないですか」
「ああ、あれね」
「長い歴史の中どっかで歪んじゃったんじゃないかなーとか」
「まぁ可能性はあるわね」
事実アリスが教本にしている『世界の呪い~きらいなあの子を墓場に送れ~』は間違いだらけの本だった。
「あれ本来は呪殺ですけど恋のおまじないになっちゃってたりして」
適当な呟きに、アリスは動きを止めた。アリスの時間だけが止まったかのように急激な停止だった。
これが紅魔館のメイド長の見ている世界なのかもしれないと文は思う。
もしかしたら、この話を続ければ自分は生きて帰れるのかもしれない。
待ってて椛。生きて帰れたら先月の借金返すから。
「…………また素っ頓狂なこと言い出すわね。呪いがそんな変質すると思ってるの?」
鋭さを増すアリスの眼に文はこの話題を貫くしかないと決意する。
アリスが怖い顔をしているのは昨晩の無理な笑顔で顔面筋肉痛になっているからだとは気付かない。
「『呪い』と『おまじない』は同じ字を書きますからねぇ。
結果的に死に至る呪いが恋のおまじないにすり替わっていてもおかしくはないんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 滅茶苦茶じゃない! 大体すり替わるってどこで」
「心臓」
紅茶を啜り――佇まいだけは優雅に、文は一言でアリスの反論を遮る。
背にはびっしり冷や汗が浮かんでいるが真正面のアリスには見えていない。
「小耳にはさんだ程度で申し訳ないのですが、こんな話を聞いたことがあります。
西洋では恋に落ちたことを示す比喩表現として心臓を射られた図画を用いるとか。
さてアリス・マーガトロイド。あなたは、ひとがたのどこに釘を打ち込んでいましたかねぇ」
暴論――でしかない。論拠が心許無いなんてもんじゃない、当て推量にも程がある。
吟味する価値もないとアリスは吐き捨てたかったが、昨晩の記憶がそれを許さなかった。
言われてみれば、昨晩の霊夢は様子がおかしくなかったか?
いつもなら問答無用で夢想封印なのに私の顔を見るなり動きを止めなかったか?
あの時、霊夢が浮かべていたあの魂が抜けたような顔は――――
思考誘導されたアリスはもうまともなことを考えられる状態ではなかった。
まさか、と笑い飛ばしたい。しかし顔の筋肉が痛くて笑うことなんて出来ない。
それでも霊夢が、恋のおまじないとやらにかかってしまっていて、私を、と思うと……
アリスは否定する度に同じ疑問に捕まっていた。
完全に思考の袋小路に迷い込んでしまっている。
その隙を見逃す射命丸文ではなかった。
「呪った相手……今頃あなたのことで頭がいっぱいかもしれませんねぇ」
ぼん、と火中の栗が弾けるようにアリスは顔を赤くした。
「なーんつって」
「じゃねーわよド阿呆っ!!」
冷静さを失った魔法使いなど赤子も同然。怖さなど微塵ですら感じるものか。
文は悠々と席を立ちドアに手を掛ける。
「ま、なんか進展あったら教えてくださいねー。他人の恋を記事にする程野暮じゃありませんけど、
少女のご多分に漏れず恋のお話は大好きなので」
「少女って歳かっ!」
「うわひどい」
ちょっとだけ傷つきながら文は飛び立つ。
よっしゃあ! 生き残れた! 魔女の館から生還したぞうらぁぁぁっ!!
やっぱ借金返すのなしね椛! またの機会にね! アララーイ! AAALaLaLaLaLaLaieっっ!!!
などと心で雄叫びをあげていることなどおくびにも出さず。
300mほど飛んだ時点で後半は口から漏れていたが幸いアリスには聞こえていなかった。
その代わり聞こえていた椛にしばき倒されたが自業自得であろう。
一人残されたアリスはそれどころではない。
文のその場しのぎの戯言が耳から離れずリフレイン。
何度でも霊夢の顔が脳裏を過る。
「た、性質の悪い冗談だわ……霊夢が私を、す、す、好きになるかも、しれないだなんて」
動揺し切ったアリスは、文の座っていた椅子が汗でじっとりと湿っていることに気付けなかった。
霊夢は無心に境内の掃除をしていた。
無心のつもりだった。
余計なことを考えるなと目をつぶればアリスの笑顔を思い浮かべ、
掃除に集中しろと箒を握り締めればアリスの細い腕を思い出しているのだが。
ざっざっざっざと高速で同じところを掃き続ける。箒の先端からは煙が上がっていた。
ふと、誰かの気配を感じて霊夢は振り返る――
アリスは博麗神社に向かっていた。
文の推論を否定する為である。
霊夢に直接会って話せばはっきりする。あんな当て推量間違ってて当然なのだと己に言い聞かせる。
気付けば守矢神社上空に居た。
馬鹿な、いしのなかにいる。
よもや確かめるのが怖いのかとアリスは己を叱咤した。
そんなことある筈ないと優雅に博麗神社に向けかっ飛ぶ。
幻想郷最速レコード第3位の記録を塗り替える速度で神社に降り立ち――
少女たちは向かい合ったまま動けなかった。
霊夢はアリスが来るとは思っていなかったが為。
アリスはいざ確認となると何を言えばいいのかわからなくなったが為。
交わされる筈の言葉は無く、風だけが少女たちの間を駆け抜ける。
な、なによ……いつもみたいに笑って誤魔化しなさいよ。
なんで今日に限ってそんな顔真赤にして俯いてんのよバカジャネーノいかんなんか混ざった。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘でしょ? どうして今日に限ってそんな目潤ませて私を見てんのよ。
いつもみたいに半目で睨んできなさいよこれじゃ呪いが効いちゃったみたいジャネーノいかんなんか混ざった。
なによあの腰の位置の高さ。どんだけ脚長いのよ。人種からして格が違うと主張してんの?
――綺麗じゃない、チクショウ。
さらさらと黒髪を風にそよがせて、自慢のつもり? どうせ私は癖っ毛よ。
あなたみたいに……綺麗な髪じゃ、ないわよ。
一度意識し出すと止まらない。
普段は目にも留まらない相手の美点ばかりが見えてくる。
このままではいけない、とアリスは意を決する。まずは挨拶だ。
都会派魔法使いの洗練された挨拶でイニシアチヴを獲る。
二色は私の手の平で転がされてんのがお似合いなのよ! と気を吐く。
「ほ、本日はおひゅがらもひょく!」
噛んだぁっ! この上なく噛んだ!
一度は上げた顔をまた俯かせる。羞恥に顔を赤く染め肩を震わせながら。
――やばい、かわいい。
霊夢が受けたダメージは致命的だった。
自分より5センチも背の高い女をかわいいと思うなんて考えもしなかった。
僅かにでも冷静さが残っていたならからかっていただろう。
いつも通りの関係として世間話も出来ただろう。
しかし霊夢もアリスも、そんな余裕は何処にもなかった。
ばっくんばっくんばっくんばっくんばっくんばっくんばっくん
自分の心音だけが聞こえる。
規則正しい筈のそれは大きく乱れていて、まともに呼吸も出来なくて――
頬が上気してどうしようもなくなってしまう。
「あ」
目が合う。
もう一度挨拶しようとしたアリスと、アリスを見つめ続けていた霊夢の視線がかみ合ってしまう。
どちらも視線を逸らせない。
黒い瞳。
青い瞳。
互いの眼の色の深さに、呑み込まれてしまいそうで。
もう限界だった。
両者の緊張は極限まで高められ――ぶちんと、切れてはいけない糸が切れた。
ざ、と二人は同時に体を動かす。一歩一歩近寄りながらもその姿勢は乱れない。
緊張ではない――緊迫が境内に広がっていく。
両者の姿勢は歩く為のものではない。戦う為の、構えだ。
霊夢は脱力したかの如き無構え――その実如何なる攻撃にも対処できる万能の構え。
アリスは体を斜めにし力を蓄えるが如く右手を引いた、ボクシングで言うところのオーソドックススタイル。
戦いに備えた少女たちは拳を握り締める。スペルカードルールのような洗練された戦いの構えではない。
原始的な、殴り合いを彷彿とさせる佇まい。
緊張が思考能力を奪ったのか睨み合いながら鼻先が触れる位置まで無造作に近づいていく。
一触即発――張り詰めた空気の中、鳥さえも息を潜めた。
視線だけで人を殺せる。そう思わせる程の睨み合い。
先に動いたのは、霊夢だった。
「アリィィィィィスっ!! 好きだ結婚しろぉっっ!!!」
「合点承知っっ!! 式は神前で確定披露宴にしないでおごそかに執り行うわよっ!!!」
結婚を申し込んでから承諾するまでの時間、実に2秒。
神速の告白劇であった。
偶然通りかかったプリズムリバー三姉妹はしばし呆気にとられ……気を持ち直し楽器を構える。
そう、こんな光景を目にして奏でる曲は一曲だけ。我らが演奏せずに誰が演奏するというのか。
ぱーんぱーかぱーん♪ ぱーんぱーかぱーん♪
少女たちは高らかにリヒャルト・ワーグナー作曲、オペラ「ローエングリン」より――
「婚礼の合唱」、通称「結婚行進曲」を奏でた。
リズムよく打ち込まれる木槌の音。
ふふ、これはアリスが丑の刻参りしている音ねと霊夢は微笑んだ。
この音を聞きながら優しい気持ちで夢の世界へ行けるわけがねえ。
「なんっっかい言えば理解するのよこの七色バカっ! ぶぁかっ!!」
寝入りを邪魔された霊夢は怒り心頭。
寝巻のまま境内の裏手のご神木に五寸釘を打ちつけていた犯人に怒鳴りかかる。
「安眠妨害って傷害罪になんのよ!? 今から映姫んとこいって裁判すっか、あぁっ!?」
完全にチンピラ口調。大変、怒りに我を忘れてるんだわ。
責められている七色バカこと魔法使い、アリスはといえば……何故か呆気にとられていた。
それも一瞬、すぐにおたおたし始める。
どうしようどうしよう。儀式の途中で見られちゃった。
見られると呪いが返ってくると本に書いてあったのに。
そう、たしか本には見られた時の対処法も書いてあったわ!
七色の頭脳をフル回転。アリスは記憶の検索に入る。
だが怒り狂っている霊夢にそんなことは関係なかった。
無言で拳をパキポキと鳴らしながら詰め寄っていく。
この巫女、殴るつもりである。
自身より5センチは背の高いアリスの顔面に巫女ストレートを入れる為まずはボディ狙いよと拳を振り被る。
年頃の少女が出していい発想ではない。
そんな霊夢に気付いていないのか、アリスはくるりと背を向ける。
舌打ちする霊夢。振り返った時が地獄だ。
ぎしりと力が蓄えられる左拳。アリスが振り返る。
巫女リバーブローが炸裂するかと思われた瞬間、少女は動きを止めた。
否、正確には動けなかったのだ。
振り向いたアリスの顔が――あまりにも予想外だったから。
笑っていた。
全力全開の笑みだった。
長い付き合いだけどこんな満面の笑みを浮かべるアリスなんて見たことない。
いつもはお淑やかに控えめな笑い方をしていたのに。
ぶっちゃけきもい。そうでなければ怖い。
なんでこの状況で笑うんだこの女。
気圧され、一歩退がる。
馬鹿な――この私が、鉄拳巫女の異名を持つこの博麗霊夢がインファイトで退がるだと――!?
霊夢は戦慄した。
戦慄しどころが間違っている。
勝手に慄き狼狽する霊夢と鏡合わせのように、アリスも内心では冷や汗を滝の如く流していた。
こんな笑い方したことない。頬の筋肉が引き攣る。明日は顔面筋肉痛確実だ。
しかし笑うのをやめるわけにはいかない――本にはこう書いてあったのだ。
――全力で笑って誤魔化せ――
その本間違ってるわ、と地の底から美少女ボイスが響いたような気がしたが気のせいだと頭を振る。
既に笑顔は崩壊寸前なのだ、無駄なことを考えてる余裕はない。
互いに限界を迎え、弾かれるように距離を取る。
数分にも満たないプレッシャーの掛け合い。それだけで精神力がごっそりと削られていた。
霊夢は肩で息をしていることを自覚する。
ぞっと、した。
何時の間に、どこでこんな高度な駆け引きを憶えたのよ、アリス。
そんな的外れな恐怖に。
アリスはといえば、顔を上げることも出来ず俯いていた。
頬が、具体的には口の端の真横辺りがびくびくと痙攣してる。
いくら友人とはいえこんな顔見せれるものではない――乙女の意地というものがあるのだ。
「――アリス?」
動かぬ少女に霊夢は声をかける。
どすんと、アリスの手から木槌が落ちた。
そのまま背を向け、魔法使いは足早に去っていく。
「……アリス……?」
え――いや――片づけて行けよ。
ちゃぶ台に突っ伏して唸る。
「うーぐーわー……」
三下のやられ台詞のようだった。
目の下にはクマ。心なしか髪の艶も落ちている。
「寝不足って書いてあるぜ」
いつものように博麗神社に遊びに来ていた魔理沙は鬱陶しそうに霊夢の頭をつつく。
「そらそうよ。徹夜したもの」
「マンガの一気読みか? それとも正方形の文庫本読破か?」
「読書狂の魔法使いと一緒にすんな」
アリスが怖くて眠れなかったのである。
布団に入り目をつぶると瞼の裏にあの笑顔が大写しされるのだ。
どう考えても意味のわからない笑顔の恐怖に追われ結局一睡も出来なかった。
「うぎぎ」
克服せねばならない、と霊夢は決心する。
この恐怖をどうにかせねばもう眠ることも出来ない。
このままでは死ぬ。ものの本に書いてあった。人間眠らなきゃ発狂して死ぬ。
「魔理沙、相談に乗ったな。相談するわよ」
「せめて選択肢を寄越せ」
強引にかくかくしかじかと昨晩の一件を語る。
ちゃぶ台に頬杖を突いて相槌を打っていた魔理沙は、聞き終えふぅんと息を漏らした。
くだらねぇと顔に書いてある。
「真面目に聞きなさいよ。こっちは真剣に怖がってんのよ」
「だってよぉ、丑の刻参りに笑顔だろ? もう答え出てんじゃん」
何処で悩んでんだよと睨まれても霊夢は困惑するばかり。
今の話の何処に答えがあったというのか。
「おまえの気を引きたいんじゃねーの」
「は?」
困惑は極まった。気を引くって言われても丑の刻参りとイコールにならない。
しょうがねぇなと魔理沙は説明を始めた。
「前におまえに怒られてんだろ? 神社のご神木で丑の刻参りすんなって。
それでもやるってことはリスクは承知だ。推測だがリスクである怒られることが目的かもしれん。
だってそれなら確実におまえに会えるしな」
私をおびき出すことが目的だった?
霊夢は唸る。むぅ。
おびき出して――昨晩は確かにおびき出したが……その後笑っただけで帰っていった。
それだけでは意味を成さない。
「気を引いて……どうすんのよ」
「おい怪獣グドン。それでも女かおまえは」
とりあえず殴った。巫女フックで魔理沙を畳に沈める。
「私もう永久歯なんだからやめろよ!」
「永琳とこ行けば生やしてもらえるわよ。で?」
「言いたくねぇ」
「巫女デンプシーをお望みか」
「そこで笑ったんだろ? もうこりゃ確定じゃないか」
立ち上がりウィービングを始めた霊夢に魔理沙は即折れた。
賢明である。
「おまえに会えて嬉しかったんだよ。そんで満足して帰ったんだろ」
「……会えて、って……そんなん昼に来れば何時でも会えるし。
だいたいなんでそれが嬉しかったり満足になんのよ? 私を暗殺したいんじゃないの?」
「即座に暗殺って単語が出るのはどうかと思うが置いておくぞ。
そんなのおまえが好きだからに決まってんだろうが」
――どこか遠くでトンビが鳴いた。
「ななななななんでそうなんのよ!? だって私ら友達じゃない!?」
瞬間湯沸かし器さながらに顔を真っ赤に染め霊夢が飛び退る。
「友達っつっても長い付き合いだからそういうこともあるんじゃないか」
「長い付き合いってあんたも同じくらいじゃん! ほぼ同時期じゃん!」
「つっても当事者おまえだし」
混乱し何故かロボットダンスのような動きをしている霊夢とは対照的に魔理沙は冷静だ。
第三者の強みであった。
ぎくしゃくと霊夢は座りちゃぶ台に乗せられていたお茶を啜る。温い。
一気飲みして席を立ち湯を沸かしお茶を淹れ直して一気飲み。
あまりの熱さにもんどり打つ。
水瓶に頭ごと突っ込んで冷やし――戻ってきた。
「私は冷静よ」
「そうか。髪ぐらい拭け」
ぼたぼたと水が滴りまくっていた。
魔理沙の言葉を無視し霊夢はちゃぶ台を叩く。
割れた。
「……と、ともあれ、よ。それは――どうなのよ」
「どうって言われてもな……おまえのパンチ力本当に人間の範疇なのか。ちゃぶ台割るって」
「そっちじゃなくて!」
落ちて割れた湯呑を片づけている魔理沙に喰ってかかる。
「か、仮に……百歩譲って、そういう可能性が万が一に生じたかもしれないとして……
なんで丑の刻参りなのよ。しかも正統派の」
「んー?」
盆に湯呑の破片を乗せながら魔理沙は気の抜けた返事を返す。
「あってるかわからんが、恋のおまじないじゃないかね」
「おまじない……? あれ呪いよ? 呪殺よ?」
「勘違いしてんじゃねーの。西洋じゃ天使が矢で心臓射抜くのが恋に落ちた表現だっていうし。
ほら、あいつ日本人じゃないしな。丑の刻参り見てそういうおまじないと間違えたとかさ」
「だ――だって、あいつ、今まで一度もそんなそぶり、見せたこと……」
「おまえが気付かなかったからってそうじゃないとは限らんぜ。怪獣グドンだしな」
今度は巫女フックも出せなかった。
そっと魔理沙は汗を拭う。
――ちゃぶ台割ったパンチが来たら死んでたな――
それでも茶化すあたり悪戯好きの面目躍如であった。
「ああ見えて奥ゆかしいんじゃねーの?」
とどめの一言を告げる。
再び霊夢の顔は真っ赤に染め上げられた。
茹だる頭で昨晩のことを思い出す。魔理沙の解釈に当て嵌める。
馬鹿な! 矛盾点が存在しない!
もちろん穴だらけの推測なのだがぐるぐる空転してるだけの頭ではそんなことにも気付けない。
「霧雨魔法店! よろず相談うけたまわり〼の霧雨魔法店さん! 依頼するわ相談乗ってよ!」
「あいにく本日は定休日となっており〼」
「仕事しろドチクショウっ!!」
一年365日開店休業のくせに定休日作るなと叫んでも暖簾に腕押し。
魔理沙は帽子を拾い立ち上がる。
「ま、霊夢もアリスも私の友達だし。どっちかの肩を持つなんて真似はしませんわ」
にやりと不敵な笑みだけを残し、魔法使いは飛び去ってしまった。
後に残されるのは首や耳まで朱に染める少女だけ。
「ありえ――ないわよ。あのアリスが、私を好きで、その、おまじないとか始めたなんて」
いくら否定しようとも、それを肯定してくれる者は居なかった。
「本日は取材にご協力ありがとうございました――と」
言って文は取材手帳を閉じる。
「毎度毎度ご苦労なことね」
皮肉って紅茶を差し出す。アリスにはこの天狗が取材にかける情熱がいまいち理解出来ない。
今日も追跡取材ですと丑の刻参りの件について調べに来たのだ。
本当にご苦労なことだとアリスは嘆息する。なにせ以前の取材から何も研究は進んでいない。
「えへへ。仕事ですからねー。ところでこのお茶なんですか? 刺激臭がするんですけど」
「紅魔館から依頼されて製作中の鉄分紅茶」
ばぶぅ
文はお茶を噴き出す。
血かよ。血の味かよこれ。少女になんてもん飲ませやがる。
「是非とも人喰いの類に出してあげてください」
ハンカチで顔とテーブルを拭いながらそっとカップを返す。
文の笑顔は引き攣っていた。
「やっぱり味が悪いかしら? 血の成分は再現出来てると思うんだけど」
「私は人間食べませんからわかりませんお願いします許してください」
顎を掴まれポットから直截鉄分紅茶を注がれそうになって文は泣いて許しを乞うた。
なんなのこの腕力。魔法使いって非力じゃないの。あれか人形操るので鍛えられた筋力か。
人喰いのモニター雇わないとダメね、とアリスは文を解放する。
気を取り直し普通のアールグレイを淹れ直す。
再び出された紅茶に文は警戒していたがアリスに睨まれ涙目で飲んだ。
「せめてカップを洗ってから注いでください……」
まだ血の味がした。
「あの、取材ってわけじゃなくて世間話なんですけど」
鋭いままのアリスの眼に怯え文は話を切り替える。
ごくごくと血の味がするアールグレイを飲んでご機嫌を取るのを忘れない。
おかげで吐きそうだった。
人喰いじゃないのが血を飲むと吐きます。
「その呪いなんですけど、ちゃんと効いてます?」
「うーん。いまいちはっきりしないのよねぇ。相手が悪かったのかしら」
問いにアリスは渋い顔を返した。呪いの対象である霊夢はぴんしゃんしている。
やはりうっかり効いちゃっても死にはしないだろうと霊夢を選んだのが間違いだったのかもしれない。
まぁ呪う相手に見られてはいけない儀式を見られたりしたのだから効く筈もないのだが……
「相手ですか」
「私の腕の問題にしたいの?」
「いえいえそんな誘導はしていません。ただねぇ、術式が間違ってるんじゃないですか?」
「……またはっきりと侮辱してくれるわね」
殺気に文は背筋を正す。
やべぇ。一言でも口を滑らしたらしぬ。
どうにか会話を続けながらアリスの注意を逸らさねば。
「決してそんなつもりは。でも丑の刻参りって現代まで伝わってると言っても……
ほら、能とか戯曲で伝わってたりするじゃないですか」
「ああ、あれね」
「長い歴史の中どっかで歪んじゃったんじゃないかなーとか」
「まぁ可能性はあるわね」
事実アリスが教本にしている『世界の呪い~きらいなあの子を墓場に送れ~』は間違いだらけの本だった。
「あれ本来は呪殺ですけど恋のおまじないになっちゃってたりして」
適当な呟きに、アリスは動きを止めた。アリスの時間だけが止まったかのように急激な停止だった。
これが紅魔館のメイド長の見ている世界なのかもしれないと文は思う。
もしかしたら、この話を続ければ自分は生きて帰れるのかもしれない。
待ってて椛。生きて帰れたら先月の借金返すから。
「…………また素っ頓狂なこと言い出すわね。呪いがそんな変質すると思ってるの?」
鋭さを増すアリスの眼に文はこの話題を貫くしかないと決意する。
アリスが怖い顔をしているのは昨晩の無理な笑顔で顔面筋肉痛になっているからだとは気付かない。
「『呪い』と『おまじない』は同じ字を書きますからねぇ。
結果的に死に至る呪いが恋のおまじないにすり替わっていてもおかしくはないんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 滅茶苦茶じゃない! 大体すり替わるってどこで」
「心臓」
紅茶を啜り――佇まいだけは優雅に、文は一言でアリスの反論を遮る。
背にはびっしり冷や汗が浮かんでいるが真正面のアリスには見えていない。
「小耳にはさんだ程度で申し訳ないのですが、こんな話を聞いたことがあります。
西洋では恋に落ちたことを示す比喩表現として心臓を射られた図画を用いるとか。
さてアリス・マーガトロイド。あなたは、ひとがたのどこに釘を打ち込んでいましたかねぇ」
暴論――でしかない。論拠が心許無いなんてもんじゃない、当て推量にも程がある。
吟味する価値もないとアリスは吐き捨てたかったが、昨晩の記憶がそれを許さなかった。
言われてみれば、昨晩の霊夢は様子がおかしくなかったか?
いつもなら問答無用で夢想封印なのに私の顔を見るなり動きを止めなかったか?
あの時、霊夢が浮かべていたあの魂が抜けたような顔は――――
思考誘導されたアリスはもうまともなことを考えられる状態ではなかった。
まさか、と笑い飛ばしたい。しかし顔の筋肉が痛くて笑うことなんて出来ない。
それでも霊夢が、恋のおまじないとやらにかかってしまっていて、私を、と思うと……
アリスは否定する度に同じ疑問に捕まっていた。
完全に思考の袋小路に迷い込んでしまっている。
その隙を見逃す射命丸文ではなかった。
「呪った相手……今頃あなたのことで頭がいっぱいかもしれませんねぇ」
ぼん、と火中の栗が弾けるようにアリスは顔を赤くした。
「なーんつって」
「じゃねーわよド阿呆っ!!」
冷静さを失った魔法使いなど赤子も同然。怖さなど微塵ですら感じるものか。
文は悠々と席を立ちドアに手を掛ける。
「ま、なんか進展あったら教えてくださいねー。他人の恋を記事にする程野暮じゃありませんけど、
少女のご多分に漏れず恋のお話は大好きなので」
「少女って歳かっ!」
「うわひどい」
ちょっとだけ傷つきながら文は飛び立つ。
よっしゃあ! 生き残れた! 魔女の館から生還したぞうらぁぁぁっ!!
やっぱ借金返すのなしね椛! またの機会にね! アララーイ! AAALaLaLaLaLaLaieっっ!!!
などと心で雄叫びをあげていることなどおくびにも出さず。
300mほど飛んだ時点で後半は口から漏れていたが幸いアリスには聞こえていなかった。
その代わり聞こえていた椛にしばき倒されたが自業自得であろう。
一人残されたアリスはそれどころではない。
文のその場しのぎの戯言が耳から離れずリフレイン。
何度でも霊夢の顔が脳裏を過る。
「た、性質の悪い冗談だわ……霊夢が私を、す、す、好きになるかも、しれないだなんて」
動揺し切ったアリスは、文の座っていた椅子が汗でじっとりと湿っていることに気付けなかった。
霊夢は無心に境内の掃除をしていた。
無心のつもりだった。
余計なことを考えるなと目をつぶればアリスの笑顔を思い浮かべ、
掃除に集中しろと箒を握り締めればアリスの細い腕を思い出しているのだが。
ざっざっざっざと高速で同じところを掃き続ける。箒の先端からは煙が上がっていた。
ふと、誰かの気配を感じて霊夢は振り返る――
アリスは博麗神社に向かっていた。
文の推論を否定する為である。
霊夢に直接会って話せばはっきりする。あんな当て推量間違ってて当然なのだと己に言い聞かせる。
気付けば守矢神社上空に居た。
馬鹿な、いしのなかにいる。
よもや確かめるのが怖いのかとアリスは己を叱咤した。
そんなことある筈ないと優雅に博麗神社に向けかっ飛ぶ。
幻想郷最速レコード第3位の記録を塗り替える速度で神社に降り立ち――
少女たちは向かい合ったまま動けなかった。
霊夢はアリスが来るとは思っていなかったが為。
アリスはいざ確認となると何を言えばいいのかわからなくなったが為。
交わされる筈の言葉は無く、風だけが少女たちの間を駆け抜ける。
な、なによ……いつもみたいに笑って誤魔化しなさいよ。
なんで今日に限ってそんな顔真赤にして俯いてんのよバカジャネーノいかんなんか混ざった。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘でしょ? どうして今日に限ってそんな目潤ませて私を見てんのよ。
いつもみたいに半目で睨んできなさいよこれじゃ呪いが効いちゃったみたいジャネーノいかんなんか混ざった。
なによあの腰の位置の高さ。どんだけ脚長いのよ。人種からして格が違うと主張してんの?
――綺麗じゃない、チクショウ。
さらさらと黒髪を風にそよがせて、自慢のつもり? どうせ私は癖っ毛よ。
あなたみたいに……綺麗な髪じゃ、ないわよ。
一度意識し出すと止まらない。
普段は目にも留まらない相手の美点ばかりが見えてくる。
このままではいけない、とアリスは意を決する。まずは挨拶だ。
都会派魔法使いの洗練された挨拶でイニシアチヴを獲る。
二色は私の手の平で転がされてんのがお似合いなのよ! と気を吐く。
「ほ、本日はおひゅがらもひょく!」
噛んだぁっ! この上なく噛んだ!
一度は上げた顔をまた俯かせる。羞恥に顔を赤く染め肩を震わせながら。
――やばい、かわいい。
霊夢が受けたダメージは致命的だった。
自分より5センチも背の高い女をかわいいと思うなんて考えもしなかった。
僅かにでも冷静さが残っていたならからかっていただろう。
いつも通りの関係として世間話も出来ただろう。
しかし霊夢もアリスも、そんな余裕は何処にもなかった。
ばっくんばっくんばっくんばっくんばっくんばっくんばっくん
自分の心音だけが聞こえる。
規則正しい筈のそれは大きく乱れていて、まともに呼吸も出来なくて――
頬が上気してどうしようもなくなってしまう。
「あ」
目が合う。
もう一度挨拶しようとしたアリスと、アリスを見つめ続けていた霊夢の視線がかみ合ってしまう。
どちらも視線を逸らせない。
黒い瞳。
青い瞳。
互いの眼の色の深さに、呑み込まれてしまいそうで。
もう限界だった。
両者の緊張は極限まで高められ――ぶちんと、切れてはいけない糸が切れた。
ざ、と二人は同時に体を動かす。一歩一歩近寄りながらもその姿勢は乱れない。
緊張ではない――緊迫が境内に広がっていく。
両者の姿勢は歩く為のものではない。戦う為の、構えだ。
霊夢は脱力したかの如き無構え――その実如何なる攻撃にも対処できる万能の構え。
アリスは体を斜めにし力を蓄えるが如く右手を引いた、ボクシングで言うところのオーソドックススタイル。
戦いに備えた少女たちは拳を握り締める。スペルカードルールのような洗練された戦いの構えではない。
原始的な、殴り合いを彷彿とさせる佇まい。
緊張が思考能力を奪ったのか睨み合いながら鼻先が触れる位置まで無造作に近づいていく。
一触即発――張り詰めた空気の中、鳥さえも息を潜めた。
視線だけで人を殺せる。そう思わせる程の睨み合い。
先に動いたのは、霊夢だった。
「アリィィィィィスっ!! 好きだ結婚しろぉっっ!!!」
「合点承知っっ!! 式は神前で確定披露宴にしないでおごそかに執り行うわよっ!!!」
結婚を申し込んでから承諾するまでの時間、実に2秒。
神速の告白劇であった。
偶然通りかかったプリズムリバー三姉妹はしばし呆気にとられ……気を持ち直し楽器を構える。
そう、こんな光景を目にして奏でる曲は一曲だけ。我らが演奏せずに誰が演奏するというのか。
ぱーんぱーかぱーん♪ ぱーんぱーかぱーん♪
少女たちは高らかにリヒャルト・ワーグナー作曲、オペラ「ローエングリン」より――
「婚礼の合唱」、通称「結婚行進曲」を奏でた。
笑いが止まらない
こんな夢見られるんなら一生寝てるわ
そんな夢見てみたい
面白いっ!!!
一発デカいの殴られて沈むよりひたすら連打されてからトドメ刺されるほうがダメージデカいということが身に沁みてわかった。
(コングラッチュレーション)Congratulation!
おめでとう・・・・・・・・!おめでとう・・・・・・・・!
おめでとう・・・・・・・・!おめでとう・・・・・・・・!
いやまじでww
笑いながらにやにやできるなんて素敵
そして、もっと広がれ霊アリの輪ー!!!!
結婚おめでとう!
↓
もうお前等結婚しろwwwwww
↓
……御結婚おめでとう御座います。とりあえず祝電の準備を……式場はどちらで?
↓
何だッ! 一体何が起きた!? ←いまここ
結局アリスはなんで丑の刻参りをやろうと思ったんでしょう?
既にここで吹いたw面白すぎるw
丑の刻参りが流行って大惨事、っというオチを想像してたんだが外れた。流石に洒落にならんか。
>70
単に魔法使いとしての興味じゃなかろうか。
だから実験しても死なずに済みそうな霊夢で試した、と。
誰かを殺したいなら始めからそいつでやればいいわけだし。
ここで盛大に吹いた
これからはお二人で、弾幕に家庭生活に、さらに飛躍されますようお祈りいたします。
お二人の新しい門出を祝福いたします。
末永くお幸せに。
でもとにかく、もっと広がれレイアリの輪!
おめでとうございます.
レイアリのテンションはんぱない!!
これしかねえwww
あと金は返せ。
爆笑だわぁwww
これはいいレイアリ!
タイトルはストパニのパロのようですが
中身はストシェ的なノリが素敵www
全身脱力と腹筋崩壊とニヤニヤ顔を同時に味わうのは初めての体験でした。
そして「もうお前ら結婚しろ」が使えないのも初体験。
私もこんなレイアリが書ければ良いのに・・・
最初から霊夢もアリスもとばしてて爆笑させて貰いました!w
全力でレイアリの結婚を祝いたいと思います!
末永く幸せにな!
このテンポの良さは参考になります。
もっと広がれレイアリの輪ww
結婚おめでとうw
くっそ吹いたwww
ぶっちゃけテンション高すぎてついていけないょ~もぅ~
ともあれ、結婚おめでとうw
結婚おめでとうございます
だがそれがいい。
終始ぶっ飛んだテンションで面白かったです。
レイアリお幸せに!!
百合ギャグもまたよし