この物語は続き物です。
こんな命蓮寺~ねずみんきゅ~ぴっと~第1章 第2章 及び 第3章の続きとなっております。
これ単体では楽しめないはずです。ご了承ください。
また、上記3作をすでにお読みになった方はご存知の事と存じますが、この物語には毘沙門天が登場します。重ねてご了承ください。
「あの星がそんな淫らな事を!? ……またまたぁ、どうせ毘沙門天様がやらせたんでしょ? ……なに? 自分からやりたいと? ……貴方の所為で我がご主人がどんどんエッチな女の子に開発されて、私はもうどうしたものかと思いますよ最近」
例の事件からこっち、定時報告の内容がさらに不真面目になった。というか、アレな内容になっていた。
「……うわぁ……ちょっと考えられないですね。なにせ星ったら、そっち系の話をするだけでレディアントトレジャーガンぶっ放すような子でしたよ? ……それホントに星が言ったんですか? ……言わせたんじゃなく? ……いやぁ、はいはい、御馳走様です」
まぁ、幸せいっぱいでお花畑な話を聞かせていただけるのは、仲人となったナズーリンとしては悪い事ではない。むしろ、二人が幸せいっぱいでいらっしゃる事は、この上なく喜ばしい事であるはずなのだ。
星と毘沙門天が契りを交わしてからというもの、命蓮寺の生活サイクルにほんの少し変化があった。何と言うか、それまで星がやっていた事を、他の者が代行しなければならないケースが増えたのである。
それまで週2回の日帰りであった講習が、週2回はそのまま、泊まり込みの講習に変わったのである。1日目の早朝に出発し、帰ってくるのは二日目の夕食に間に合う頃。実質星は週4日毘沙門天のもとで過ごすようになっていた。そして、その1日目の夜二人が何をやっているかというと……まぁ、うら若い夫婦だから……
そして、毘沙門天がその時の星の乱れきって可愛かった様子やら、ピロートークの内容やらを定時報告で話してくれるのである。まぁ、初めそれをせびったのはナズーリンの方であったが。ナズーリン自身毎回面白がって聴かせてもらってはいるが。
「もう、あれですよ? 程々にしないと、最近星ったら上の空でドジっ娘っぷりに磨きがかかってるんですよ? あれは絶対毘沙門天様の事考えてるんですよ。むしろ、毘沙門天様とエッチな事がしたいとか考えてるんですよ絶対……主に貴方の所為ですよ毘沙門天様。貴方が星をそこまで開発するからですね……夫婦だから仕方がない? 責任は取る? あははははははは、こやつめ」
この幸せいっぱいの話を聞いて、少し思う事も無くはなかったのである。
「……寺の事ですか? いえいえ、元がドジっ娘の星ですから、居ない日の分は我々で補う事も出来ます……あぁ、いえいえ、御気になさらず……夫婦だから仕方がないのです。お二人はラブラブイチャイチャしていらっしゃればよろしい。こちらは何の問題もなく、平常通りでありますから」
嘘だ。星の不在が直接的な原因という訳でもないが、今ナズーリンは新たな問題を抱えていた。少なくとも、星と毘沙門天の結婚と、それを取り持ったのがナズーリンであるという事実が呼びこんだ問題であり、二人の幸せのためには早急に解決すべき問題であった。
さもなくば、あの村紗水蜜が星に何を仕出かすか判ったものじゃないからだ。
「ええ、それでは、お休みなさい毘沙門天様」
しかし、それを毘沙門天には伝えない。同居している星はどう思っているか知らない。しかし、星は事の詳細を察する事が出来るほど洞察力のある娘でもない。しからば、ナズーリンから何も告げられなければ、彼女は単にナズーリンと水蜜が喧嘩をしているとしか思わないだろう。それでいらぬ心を砕いているかもしれないが。
しかし、二人はそれでいいのだ。いらぬ心労は必要ない。二人は幸せであってもらわなくてはならない。幸福である事は言わば、二人の義務だ。それだけナズーリンは、今も昔も心を砕いてきたのだから。
「とはいえ……これは如何したものか……」
毎度溜息の尽きないナズーリンである。
ナズーリンと水蜜との冷戦はいまだに続いていたのだ。というか、激化した。いや、寒冷化した?
あの日、水蜜に問い詰められた日、ナズーリンはしらばっくれる事が出来なかった。否、元より水蜜はある確信を持って、その確認のために来たのだ。下手人の口から真実を聞くために。
星と毘沙門天が結婚した。その間を自分が取り持った。
そう伝えた瞬間、水蜜の手はナズーリンの首にあった。締め上げられる。身の丈もある巨大アンカーを平然と振り回すあの隠れマッチョな腕で首を絞められる。それが、窒息ではなくへし折る事を目的とした行為であることに気付いた時には、雲山の仲裁が入っていた。
「あんただって同じのくせに……私は絶対に許さないから……」
そう捨て台詞を残し、その日水蜜は去っていった。
水蜜がナズーリンを殺そうとした。否、首をへし折ったところで妖怪は死なないが、殺してやるという明確な意思を見せた。
この話は白蓮の耳に入っていない。恐らく一輪の耳にも入っていない。雲山と会話ができるのは一輪のみだ。だから、その一輪の耳に入らない情報は、他の誰にも流れていないだろう。
ただ、言葉を交わすはできないが、彼の目が語っていたのだ。
なんとかしてやる。だから1人で抱え込むのはいい加減やめろ。
と。
毎度ありがたい事と思う。少し泣きそうになった。
しかし、ナズーリンは同時にどうしようもあるかと諦めの感情を抱いていた。否、そこまで追い詰められた水蜜なら早急に何とかしなければならないが、本当に如何すればいいか判らないのだ。
「……」
「……」
ほら、今水蜜とすれ違った。ご覧の有様である。
もう今となっては言葉を交わすこともなくなっていた。すれ違っても挨拶しない。食事の席でもお互い黙ったまま。食べ終わったらそそくさと片付けて席を立つ。
これで如何しろというのだ。一言も話さず、ナズーリンにはその勇気も出せない。出したところで意味はあるまい。水蜜は聞いてもくれまい。ならば、事態が好転するわけがないのだ。
現状、時間が解決してくれるのを待つしかない。しかし、そんな悠長な事を言っている暇があるだろうか。星は1000年もかけてやっと幸せを手にしたのに。やっとあの子の夢がかなったのに。だから誰にも邪魔させるわけにいかないのに。考えれば考えるほど焦りばかり募る。
だから気付かないのだ。雲山だけでなく、命蓮寺に住む皆が二人の様子を心配している事に。そして、すでに解決のために動き出していたことに。
「ではナズーリン、お茶を水蜜に運んであげて下さい」
などと、星が指示を出してきた。
「……はい?」
「コーヒーでも構いませんよ? どちらがいいでしょう? 判断は貴女に一任いたしますね」
「……え……っと?」
「今水蜜が聖輦船の整備をしているのは知っていますね?」
「ええ、確か新しい航行システムを導入して……その調整をしている……だったかな?」
河童印の最新鋭制御コンピュータと、新しいオペレーションシステム。白蓮復活の折、せっかくだからと老朽化が進んだ聖輦船を改修した結果、どちらかというと魔改造と言った方がいいような代物になってしまったのである。名前をラー・カイラムとかマザーバンガードに変えたほうがいいんじゃないかってくらい。河童に任せたのがいけなかったんだ絶対。
とにかく、その調整が難航しているのである。この船の船長は言わずもがな水蜜であり、船の中枢となる大切な部分は自分でやらなきゃ気が済まないんだとか。そこは河童にやらせたら早いだろうに、もう何日もブリッジに籠りきりでコントロールパネルと格闘していたのだ。
その事は知っている。しかし、
「……なぜ私が?」
「ええ、貴女しかいないからです」
「え……ご主人は?」
「私はこれから一輪と買い物に出かけなければなりません」
「では聖が―――」
「聖はぬえにご教示なさってます」
「終わるの待つか、後にしてもらえばいいじゃないか」
「ナズーリン、貴女は聖の邪魔をしろというのですか?」
「……OK、なら買い物に私が―――」
「い、いえ、少々個人的な用件でありまして、貴女に任せる事は出来ないと言いますか……」
「……」
「……」
「……よし! 雲山に任せる!」
「あのビッグハンドで急須やポットが持てますか! 貴女が行ってきなさい!」
「……いえっさ~」
しぶしぶと言った様子で了承する。本当に、勘弁してほしい所である。だから水蜜とは喧嘩中なんだと言うのに。お互い会話もしないような状況だと言うのに。
「まぁ、お茶出すくらいなら……」
一瞬で渡して、マッハで帰ってこようと心に決める。まだ、仲直りの話を持ちかけるような勇気は持てない。こちらが持ったところで、向こうが持つ気はあるまい。
何故かは知らんが、台所にはすでにお茶を淹れる用意がしてあったのだ。お茶はお茶でも、紅茶であったが。ご丁寧に付け合わせにショートケーキまで用意してある。
「なるほど……コーヒーを選択した時のためにか……」
緑茶とショートケーキの組み合わせはウケない。コーヒーと羊羹の組み合わせもウケない。
飲み物の選択肢を増やしたかったのだろう。ただ、お茶菓子代も馬鹿にはなるまい。あらかじめショートケーキなど買ってきて、コーヒーか紅茶かどちらか選べと二択を迫ってきているのである。
「私のセンスを問おうと? 手の込んだ事をする……」
そしてショートケーキがご丁寧に二つあるのはなぜなんだろう? 何やらこのナズーリンしか居ない状況と合わせて、作為的なものを感じざるを得ない。
―――まさか……あの水蜜と顔を突き合わせて、このケーキをつつきあえと言うのかご主人……?
「……コーヒーでいいか……コーヒーは頭を覚醒させる……」
連日のブリッジ詰めに、そろそろ疲れてきているはずである。しかし、仕事自体は一切終わってなく、次の出航までの時間も割と差し迫ってきているはずである。
今水蜜に必要なのは紅茶によるリラックスよりは、コーヒーで一息つくくらいで止めておく程度の休憩であるはずだ。
ケーキは……まぁ、勿体ないから二つとも持って行くか……
コーヒーを無粋で下品な泥水と吐き捨てる人がいる。なるほど、見た目は黒いし、飲めば苦いし、慣れない人があれを泥水だと称したくなるのもうなずける。比べるものではないと思うが、どちらかと言えば紅茶の方がストレートでも飲みやすいだろう。
しかし、ナズーリンはあえて声高に主張したく思う。それは、ファストフード店の百円のアレしか飲んだ事がないから言うんだろうと。本物のコーヒーを知らないから、無粋な泥水だなどと臆面もなく言えるんだろうがと。
確かに、ナズーリンに言わせてもあの安物コーヒーはいただけない。おかわり自由だとか宣伝していらっしゃるが、こちらから願い下げだ。あれはコーヒーと言わない。ただ黒いだけのお湯(ないし水)と言うんだ。
本当にこだわる人が淹れたコーヒーは、あんなものと比較にならないほどの香りと、月とスッポンがまさに当てはまる風味を持つのである。苦いのが苦手でもいい。一度でも本物に触れてみてほしい。そうすれば、たとえ嫌いでも一大文化としてのコーヒーを認めざるを得ないはずだから……
「……などと現実逃避してたら、到着してしまったね……」
現実とはかくも非情である。
どんなにゆっくり歩こうが、どんなに他の事を考えようが、歩を進めれば目的地に到着してしまうのである。
目の前にある銀色の自動ドア。この「ウィ~ン」とも「シュイ~ン」ともつかない音を立てて開く扉の先に、件の船長さんが居るはずである。
「……よし、行こう」
少し覚悟をし直して、扉を作動させる。センサーに手をかざすやつ。ハイテクになったもので、このセンサーを通す以外にこの扉を開ける術がないのだ。もちろんメンテのために河童と、命蓮寺関係者以外は通してもらえないように設定されているらしい。関係者以外立ち入り禁止の徹底のためだと河童は言った。
「お邪魔するよ」
「……? ……」
そしてシカトかよ……
「あ~、うん、差し入れ持ってけと指示があったんで持って来たんだが……どこに置いておけばいいかな?」
「……」
「……」
「……そこ」
「……OK、じゃぁ、ここに置いておくよ」
……居心地が悪い……
当たり前だが、歓迎されていないらしい。水蜜の後ろ姿がなんでお前が来たんだと雄弁に語っているのである。やはりここは当初の予定通りさっと置いてぱぱっと帰る事にしよう。
ケーキは二つとも水蜜に食べてもらえばいい事にして、指された机の上に件のコーヒーとケーキを置いて帰ろうとすると、
「……ねぇ」
何故か呼び止められる。
「……何だろう?」
「人手が足りないから、誰か呼んで来て」
「……えあ?」
「手伝い呼んで来てって」
「え……ああ、なるほど、うん。OK、任された」
よかった。喧嘩売られるのかと思った。
一人ではできない作業なのだろうか? ここでナズーリンではなく誰かを呼ぶよう頼んでくると言う事は、お前は要らんとっとと失せろと言う意思表示と受け取ってもいいと言う事だ。ナズーリン的にも、さっさと部屋に帰りたかったから丁度いい。
「……まぁ、手伝えるのも私しか居なかったわけだが……」
しかし、現実はかくも非情である。
そうなのだ。寺の方に戻ってみたら、すでに一輪と星の姿はなく、白蓮はいまだぬえに何か教えている最中であった。まさかあの電子機器群の部屋で、雲山が役に立つとも思えない。
「……(溜息)」
この通り、水蜜もあまりにガッカリな助っ人に心底ウンザリした様子。
「仕方ないじゃないか……私しかいなかったんだから」
「……それ」
「えあ?」
「そのパネルのスイッチ。青いやつ、押してみて」
「これかな?」
押してみる。何やら大きなスクリーンに文字が映し出されるが、とりあえず何が書いてあるかはさっぱり判らん。
「つぎ隣のレバー」
水蜜はと言うと、視線をそのスクリーンと手元のパネルとの間で行ったり来たりさせながら何か操作しているらしい。
……なるほど。何かは知らんが、今はどこの機械を操作するにしても現在水蜜がいじっているコントロールパネルで調整しなければならないのだろう。正常に機械が動いているかのチェックか何かかもしれない。
水蜜の指示に従ってブリッジ中を行ったり来たりさせられる。どうやらこの部屋にある全ての機械を弄ることになりそうである。なるほど、この作業を水蜜一人でやるのは確かに非効率だ。機械を動かしてはコントロールパネルまで戻らなければならないのだから。
「OK、次はこのツマミをひねればいいのかな?」
「右ね」
割と順調だ。この分なら、そんなに長いこと拘束される心配もないだろう。少々気まずい雰囲気も、作業に没頭すれば気にならないものである。
「……あ……」
「……ん?」
と思っていたのはナズーリンだけだったらしく、
「……しまった……」
「……船長?」
「……ちょっと、扉開けてくれない?」
などと言う謎の指示が入る。このタイミングで扉を開けるとかどういう事だろう? 換気か? それとも荷物の搬入か?
「……開かないん……だけれどもね……?」
センサーに手をかざすが、ウンともスンとも言わないのである。どういう事なの?
「あ~……やっぱりか……」
そして何故そんな世も末みたいな顔をするの船長?
「ええと……何があった?」
「扉が壊れた」
「……はい?」
「だから、扉が壊れた」
「いや……今しまったって」
「(溜息)……私が壊した……」
「ちょwwwwおまwwwwww」
それは手違いだった。どういう訳か手元が狂って、扉のセンサーを停止させてしまったのだと言う。それも部屋の中側だけ。それで焦った所為か、さらなる操作ミスをしてしまったようでコントロールパネルが停止してしまったのだ。
状況をまとめると、現在ブリッジは外側から扉を開けることはできるが、中から扉を開ける事が出来ない。そして、操作用のコントロールパネルが全停止してしまった所為で元に戻すことも出来ないと言う。水蜜がパネルの再起動を試みてはみたが、河童でもなければ無理な話である。
「「改修を河童に任せきりにしたのがいけなかったんだ……」」
と、どちらからともなくつぶやいた。後悔は先には立たないものである。
どうしようもなくなった二人は、とりあえず一息つくことにした。ナズーリンの持って来たコーヒー(すっかり冷めてる)とケーキの出番である。誰が選んだケーキかは知らないが、なるほどこれは美味しい。適度なクリームの甘さとイチゴの酸っぱさが織りなすハーモニーが、幸せを伴って口の中に広がっていくようだ。
ホイップクリームの甘味は世界一の甘味だとある人は言った。あのクリームの味には、餡の味には再現できない幸福感が満たされているのだそうだ。食べ物の好みは人それぞれ違いがあれど、この甘味に関しては例外的に世の真理であるとかなんとか、臆面もなく言ってのけるその人は何のことはない、単に乳製品が大好きなだけである。
牛乳、バター、ヨーグルト、チーズ、そしてホイップクリームetc……乳製品の発明とその発展は人類最大の英知にして、人類史上最高の誉れであるとかなんとか。はっきり言って馬鹿である。
「……って、コーヒーがもう無いっ!?」
南無三。現実逃避に浸っていた所為で、コーヒー(すっかり冷めてる)のお代わりをしそびれてしまったではないか。見れば艦長席に座って、水蜜が最後のコーヒー(すっかり冷めてる)を飲んでるところだった。多めに入れてきたというのに。あの女郎3杯くらい飲んでる計算である。
「忌々しいなチクショウ……」
「……」
そしてこのシカトである。
先ほどから一言も言葉を発しない水蜜。別段ケーキやコーヒーを味わっていると言う訳でもないらしく、終始ぶすっとした様子で貧乏ゆすりしたり椅子の手すりに指をコンコンしたり、明らかにイライラした様子。
誰のミスでこうなったんだ誰のミスで? 詫びの一つくらい入れればいいものを、ごめんの一言もなしである。
「忌々しいなチクショウ!」
「……(舌打ち)」
イライラしているのはこちらの方だと言うのに。責めを負うべきは水蜜だと言うのに。だのに……
「何か言ったらどうなんだ船長!」
「……なによ?」
「何って……何でこんな事になってる!? さっきからコンコンカタカタ鳴らして!」
「煩いな……」
「煩いなって、誰の所為だと言うんだ船長!」
「煩いなぁ!!」
立ち上がる水蜜。
「さっきから煩いなぁ! 誰の所為よ!」
「君の所為以外にあるか!」
「うるいなぁ!!」
飛びかかってきた。ナズーリンの胸倉を掴んで、
「あんたの所為じゃない! あんたがちょこまかちょこまかと! 気が散るのよあんたが居ると!!」
などとぬかしやがる。
「―――言うに事欠いて!」
だから腹に一発蹴りを入れてやる。
「―――ぅぐッ!?」
思わず床に転げる水蜜だが、無論容赦はしない。
「いい加減にしろよ船長! 前から事ある毎に! 気に食わない事があるんだったら、はっきり言ったらどうだ!」
踏みつけてやろうとして……その足を掴まれて引き倒される。
「言ってやるわよ……言ってやるわよ!! いらん事ばっかりして! あんたも同じのくせに!」
「一緒にするな馬鹿が!」
「一緒じゃないの! 星が好きだったくせに! 恋してたくせにっ! よりにもよって他のっ……男なんかに!!」
馬乗りをされて引っ叩かれる。2回、3回、痛かったからその手をひっつかんで思い切りつねる。ひるんだ隙に押しのけて逆に馬乗りになってやる。
首を絞める。髪を引っ張られる。ひっかかれる。引っ叩く。殴られる。頭突く。頭を床に叩きつける。
ごろごろごろごろ。
上下入れ替わりながら、あらん限りの暴力をふるう。煩い。腹立たしい。憎たらしい。目障りだ。あらん限りの憎しみをぶつけ合う。
終始何やら叫んだり、叫ばれたりしたが判らない。ごろごろと転がりながら、相手を圧倒する事しか考えられない。ぶちのめして、打ち据えて、叩き伏せて、相手のすべてを否定してやることしか、お互い考えられない。
それがいけなかったのだろうか。
「あんただって―――星が好きだったくせにっ!!」
「―――ッああぁ!!」
振り下ろされた拳を引っ掴んで、もう一度体勢を反転させようとして、
「「――――ッ!!?」」
そこにあった、ちょっとした階段を転げ落ちる。
「―――ぎゃうッ!」
「―――あがっ!」
勢いを殺せず、何かの機材に激突して止まった。
「……っ痛ぅ……」
「あ……たたぁ……」
あまりの事に仰天して……少しだけ頭が冷えた。
僥倖だ。転がった結果、ナズーリンが上で、水蜜が下になっていた。
「好き……だったって……? 君と私が同じ? 違うな!」
「どこが違うのよ!」
判らないか? 判るまいな。判るわけがない。こんなヤツに。
「ああ、そうさ! 好きだったさ! 愛していたさ!! ご主人の……星の幸せを願っていたさ!! あの笑顔が……何より尊かった!!」
そうだ。あの千年も、この数日も、あの笑顔を願ってやまなかった。彼女の幸せを願ってやまなかった。それは今も昔も変わらず、心の底で星を愛していたからだ。
「だったら!」
「だからだ!!」
そう、だから……
「だから私は、二人の間を取り持ったんだ! 星を幸せにするためにな!! それを君は、ぐだぐだと駄々をこねて! 星が好きだった? 違うね! 君が好きだったのは……星が好きな君自身だっ!!」
だから最善の方法をとった。そのために努力した。自分はこんなに頑張ったんだ。
「―――なんですってぇ!!」
お前と違って頑張ったんだ。
「そうじゃないか! 君は星を愛してなんかいない! 愛してなんかいない!!」
「違う! 私は!」
「愛しているなら! 本当に好きなら!! 今星をなぜ、祝福できないッ!! 彼女の幸せを……何故喜べないんだッ!!」
いいじゃないか。嬉しいじゃないか。喜ばしい事だ。星が幸せそうで、嬉しくならないわけがない。
「喜べるわけがないじゃない!!」
「なんだと!?」
「喜べるわけないわよ! そんな、顔も知らない男なんかに盗られて!!」
「この未熟者っ!!」
「未熟はあんたじゃない!!」
水蜜が声を上げる。こちらの何所が未熟なのか。こちらは全力で祝福する用意がある。水蜜はそれをしようとしない。失恋したのに、いつまでも失われた恋に縋りついて、子供みたいに―――
「未熟はあんたよ……星を幸せにするため? そんなに星が好きなら、なんであんたが幸せにしてあげないッ!!」
―――ッ!?
「あんただったら……星が選んだのがあんただったら……諦めようって、決心しようとしてたのに……知ってるのよ? あんたいつも星のことばっかり見てて、ずっと気にかけて……見惚れてたんでしょ? 想ってたんでしょう? 大好きだったくせに、なんで他の男なんかにあげちゃうのよ!!」
「それは……それは! 私ではできなくてッ!」
「できない!? ふざけんじゃないわよッ!!」
いつの間にか、水蜜の目から涙があふれ出ていた。
「ふざけてなんかいない!! 私じゃ無理だったんだ!!」
そしてナズーリンの視界も、涙で霞み始める。
「私じゃ……ダメだったんだ……ダメだったんだ!! 努力したさ! 何だってしたさ!! 笑ってほしくて、頑張ったさッ!! 無理だったんだ……私じゃ駄目だったんだ!! それを……毘沙門天様はやってのけたんだ……あの方は星を幸せにできるんだ!! だから……私はっ!!」
「だから何!? ちょっとやって出来なかったからって、それで毘沙門天様に出来たからって、あんたは努力を放棄したの!? 敗北宣言したの!?」
「ちょっとだとっ!? 知った風な口をきくな!!」
「知ってるわよ!! あんたが、星を、いつもいつも笑顔にしてたことぐらい!!」
「―――なッ!?」
「そうでしょう!? 星が物を失くししたら、いつもあんたに頼って! あんたは、星にあれだけ頼られていたじゃない!! 失せ物が見つかった時に、星がどんな顔をしてるか、あんた知らないでしょう? どんなに嬉しそうな顔をするか! どんなに嬉しそうな声でありがとうって!!」
「それはっ……それは、本当に困っていたからで! 失くしたのは、例えば宝塔だ! 例えば財布だ!! 失くしてみろ……どれだけ困ると思う!? 藁にも縋りたくなるだろうよ!? 見つかったら、どれだけ安心するか!! そりゃ笑顔にもなるさ!!」
「ほら! 笑顔に出来たじゃない!!」
「―――ッ!?」
「うらやましかったわ……あんたのその能力が! いつもいつも、星に頼りにされて……おっちょこちょいの星に、まるで運命みたいに寄り添ってさ! 私なんか、船動かしたり、溺死させるくらいしか能がないのよ!? これでどうやって笑ってもらえばいい!? あんたは……あんたはそれが出来たのにっ!!」
「ち……違うっ!! 私は……私はっ!!
もう、二人でひたすら泣いていた。水蜜は仰向けのまま。ナズーリンも水蜜に伸し掛かって、身長差の関係で胸に顔を埋める形になって。
水蜜は、ナズーリンに努力足らずと言った。
星の幸せを一心に祈って、その為だけに突っ走ってきたはずだ。その為に、毘沙門天を叱咤し、星の背中を押して来たのだ。そこに迷いは……無かったはずだ。
自分は……間違っていたのだろうか? 他に、方法があったろうか? 水蜜の言う通り、自分の力だけで星を幸せにするなんて夢みたいな話が……
「私は……そんな能力が無くても私はっ!! 星が、星が好きなのよ!!」
しかし、もはや栓ない事だ。どれだけ悔やんでも、泣いても、「たら」とか「れば」とか「なら」とか言う夢物語を語っても、
「あんただってっ!! 同士だって好きだったくせにっ!! 同じだったくせにっ!!」
もはや、星と毘沙門天は結ばれたのだから。やっと夢をかなえたのだから。
「星は……私のご主人は……今……今、幸せなんだ!! やっと、幸せを掴んだんだっ!!」
それはナズーリンにとっては、何よりも喜ばしい事のはずなのだから。
だから……
結局その後、一輪と星がブリッジに駆け込んできて事なきを得たのである。それまで水蜜とナズーリンは二人、抱き合ったまま泣き続けた。
失われた夢と、気付かされた不甲斐なさと、浮かんでは消える幸せな夢想に。
精も根も尽き果てるほど泣いて、クタクタになるまで泣いた後に見上げた空は、とても綺麗な星空だった気がする……
それから数日が過ぎた。
船の方は河童が来て、しっかり直してくれたようだ。あれだけ大騒ぎした割に、大した故障ではなかった様子。
水蜜は水蜜で、どうにか整理をつけようと努力はしてくれているように思う。少なくとも、食事の席のあの冷え切った態度や、居合わせた時の苛ついた表情はナリを潜めてきている。元々強い女の子だ。失恋を乗り越えて、新しい恋を見つけたら元気になるに違いない。だから、そんなに心配はしない。
そう。水蜜は強い女の子だから。
あれからもナズーリンは、変わらず星と毘沙門天を応援して暮らしている。毘沙門天の話すピロートーク打ち明け話も相変わらず楽しみの一つだ。
だが、時折少し悩む事があった。
自分は、本当にこのままでいいのだろうか……
水蜜の言う事が全て正解とは認めたくない。しかし、全て誤りとも言い切れなかった。自分は逃げたのだろうか? 毘沙門天と争うのが怖くて、星を幸せにする自身が無くて、ただ逃げていたのだろうか? あれほど心を砕いていたのも、その現実から目を逸らすためのものだったのだろうか?
そんな卑怯者の自分が、二人の仲人面をして、実はかなり滑稽な構図なのではないだろうか?
そんな自分が―――
「同士!」
「ぬおぅ!?」
急に後ろからチョークスリーパーをかけられる。いや、肩を組んだだけのつもりだろうが、これは完全にきまっている。苦しい。死ぬ。
「―――だぁ!! 何をするかこの変態!!」
簡単に振りほどける。あの日、へし折る気で締めてきたあの手と、同じ手とは思えないくらい優しい手付きで。
「見て見て同士!! 今日はなんと、ついに聖特集よ!!」
あの日と同じ目をは思えないくらい優しい目をして、
「聖はさぁ、色気じゃないのよ。確かにスタイルいいけど、イメージ的に可愛らしさと言うか、お茶目さ? をアピールするべきであって……う~ん、同士はどう思う?」
この困った趣味を押し付けてくる。
「……」
「……同士?」
「同士言うな……いや、何でもいいんだ船長、とりあえず後ろを見ようか?」
「……?」
そして、
「くすくすくす。水蜜、私がどうしました?」
いつものように取り締まられる。
「ひ……ひ、聖ぃぃぃぃぃぃ!!?」
うん、現行犯逮捕。南無南無。
「困った子ね水蜜。貴女があんまりにも困った子だから、最終手段に出てきちゃいました」
「最終……手段……?」
「ええ、そも盗撮などと言う犯罪行為を、許す訳にはいきませんから」
「―――っ!? ま……まさかッ!?」
「八雲さんや、山の神様、フラワーマスターさん、吸血鬼のスカーレットさん。あと、八意さんとお弟子さん? とにかく、被害にあった方々を募って、編集部を訴えてきました。と言うか、殴り込んできちゃいました。それ、発禁になるそうですよ?」
「なん……だと……!?」
ついに来たか。残念だったな水蜜。だからそんな目でこちらを見るな。
「くすくす。水蜜、貴方の持ってるそれが、つまりこの寺における最後の一冊と言う事です」
そして聖もいい笑顔だ。これでずっと頭を悩ませてきた弟子の悪癖を正す事が出来るのだから。
「さあ水蜜」
だから、水蜜の肩をガシっと、しっかりつかんで、
「燃やしに行きましょう?」
そんな恐ろしい事(水蜜にとってだけ)をのたまう。
「そん……な……発禁……? うそ……」
水蜜はと言うと、なんだか呆けたような顔をして、ずるずると引きずられていく。
「……やれやれ」
いい気味である。その趣味がどれほど聖を苦しめてきたか。これを機に、別の趣味を開発すればいい。見つからないなら、探すのを付き合ってやってもいい。
―――エロ本なんぞ見せられたのは久々だったから、少し惜しいとも思うのは、私だけの秘密。
「―――同士!!!」
と思ったら、水蜜が声を張り上げる。
「私は!! エロをあきらめない!! 自分を曲げたりしないわ!! 私は闘い続ける!! だから、同士も頑張んなさい!!」
などと。
「―――っ!! 君は、本当に、馬鹿だなこの変態!!」
だから、大声で返事をする。あ、雑言ぶつけてやったのに笑ってやがる。
かと思ったら、
「まだそんな愚かな事を! 南無三ッ!!」
と、聖が水蜜に拳骨するのが見える。ざまぁないな。
どうやら、あの追いかけっこはまだまだ続く様子。
水蜜は言った。闘い続けると。だから、あんたも後ろ向きにならず頑張れと。
彼女は強い。やっぱり強い。心配するまでもないとは思っていたが、こちらが思っている以上に早く立ち直ったようだ。
こちらも、いい加減見習わなくてはならないな。
闘う。負けず、折れずに挑戦する。あの1000年で出来なかった事を再挑戦するのだ。例えばそう、
「恋か……恋ねぇ……」
誰かを好きに。この身をささげたくなるような、燃えるような恋を。そんな歌謡じみた恋愛を。
探してみるのも、悪くない。
これでよかったんだと受け入れなければ先に進むことができないでしょう。
完結お疲れ様でした。熱い二人に心を打たれました。
しかし水蜜ww 最後で台無しだwww その自分を貫く姿勢には尊敬すら覚えるwww
ナズーリン。その能力で発禁になったバックナンバーを探してきてくれ!! 頼む!
星ちゃん開発されていったいどんなプレイをおねだりしてるんだ……(ごくり)マジその話希望。
ナズさんは新しい何かが始まると良いですね。
取り敢えずだ、寅さんとびしゃ様は一生イチャイチャしやがって下さいまし。
折角ナズさんが脇目も振らず天元突破し(つっぱしっ)てフォローして下さったんだ、存分にちゅっちゅしやがらねぇと罰(ばち)が当たらぁ。