このお話は『それは小さくて大きな一歩』の続きとなります。
このお話のみでもお楽しみ頂けますが、
そちらの方を先に読んで頂いた方がもっとお楽しみできるかと。
日差しが暖かく、気を緩めればすぐにでも、眠ってしまいそうな、そんな午後。
神奈子は昨日霖之助が言った一言が気になり、
霖之助が寝た後も中々寝付けないでいたので、
よく見ないと分からないが、隈ができてるようだった。
「神奈子様…大丈夫ですか?」
ぼーっと座って庭を見続ける神奈子に、
早苗も、心配になったようだ。
「ん?あぁ、大丈夫だよ」
と、早苗の前では大丈夫と言い張るが、
内心そうでもなかった。
(嫌いの逆って事は…好き…ってことだよね?
店主が私の事を?いやいや、何かの間違いだろう。
第一好きと言っても、友人としてだとか、
そんなもんだろう。でも、もしそうじゃなくて…)
――ぽふん
子気味の良い音が聞こえたかと思うと、
――こてん
と、倒れた音がした。
「本当に大丈夫ですか!?どこか具合でも…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと疲れてるだけさ。心配かけて悪いね」
そういうと、また縁側に座りなおす。
ちなみに霖之助は、魔理沙や諏訪子が遊べとせがんだので、
仕方なく、境内で遊んでいる。
(もし、もしだよ?店主が私をす、好きなら告白とかあるんだよね…。
どうしよ、どんな風に答えればいいんだい?
こういう時諏訪子なら、いい考えでも思いつくんだろうけど、
なんというか、笑われそうでやだし…。
魔理沙は論外だし…やっぱり早苗?
うーん、けど早苗の浮いた話なんて聞いたことないし、
ていうか店主ってどんな告白の仕方なんだろ…)
――神回想中――
「神奈子」
霖之助は両手いっぱいに溢れるバラの花束を持ち、神奈子へ近づいてくる。
神奈子は動けずに、彼がやってくるのを待っている。
そして、その花束を彼女に渡すと、
「恥ずかしい話だが、どうも僕は君のことが好きらしい。
結婚を前提に付き合ってくれないか?」
――回想終了――
(きゃー!!ない!絶対ない!あの店主がだよ?ありえない!)
言葉には発していないが、
両手を頬に当て、いやんいやんしてる姿はどこから見ても怪しい。
「あ、あの…神奈子様?」
いよいよ早苗も本気で心配になってきた。
「ひゃい!?」
とん、と肩を叩かれ妄想の世界から引きずり出された神奈子は、
文字通り、跳ね上がる。
「本っ当に大丈夫ですか?」
「うん!大丈夫!あ、私寝るから!おやすみ!」
これが大丈夫に見えるなら、眼科に行くことをお勧めする。
早急に布団が届くぐらいの椅子を引っ張ってきて、
押入れから布団を取り出すと、一秒も早く眠ることを決意する。
だが、彼女は慌てていたのか気づいていなかった。
その布団は、毎日霖之助が使っていた物だということを。
さらに彼女は今は犬である。
嗅覚がいつもより鋭くなっていた。
(あれ?この匂い…)
くんくんと鼻を鳴らし、見覚えのある匂いに気づく。
(これって…店主の!?)
もし、彼女の額に水を入れた薬缶があったのなら、
お湯を作ることができただろうか。
それほど顔を赤くさせたのである。
(あ、でも…)
最初はパニックで何も考えられなかったが、
時間が経つにつれ、余裕も生まれ、
(いい匂い…)
至福の笑顔が作られるようになった。
すーはーすーはー
神奈子が眠る寝室はその音だけが聞こえる。
(やばい、変な気持ちになってきた)
神奈子は自分の異変に気づく。
それは体中を火照らせ、鼻で息をする間隔が短くなる。
枕に顔を埋め、布団を体に巻きつける。
(今更店主って呼び名もどうかと思うね。……り、りん…のすけ)
自分で言ったにも関わらず、それで悶える神奈子。
布団の中でごろんごろんと転がり続ける。
(これは本気でやばい…。癖になっちゃうね…)
そこでふと疑問に思う。
(もし、け、けけ結婚したら…私が店に行くのかな?いや、でも私神だし。
いやいや、妻は夫の家に行くべきじゃ…。じゃあ、店に行くとして…)
――神回想再び――
一昔前は、客が少なく、寂れていた香霖堂も、
今じゃ客足が途絶えることはなく、幻想郷でも一二を争う店となった。
客の一人が、
「ここも立派になったよなぁ」と言った。
すると、店主の霖之助は、
「ああ、僕が独りの時はこうではなかったんだけどね、
妻ができてからこうなったわけだから、妻には感謝しないとね」
店の整備をしていた神奈子は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「い、嫌だね。煽てても何も出てこないよ」
恥ずかしがってはいるが、満更でもないらしい。
「奥さん愛されてるね~」
「ああ、本当に愛してるよ」
すると、首まで真っ赤にさせた神奈子は、
「お、お客様の前で何を言ってるんだい!」
と、言った。
「客の前でもいいじゃないか。寧ろ証人として聞いてもらおう。
結婚式でも言ったけど、僕は世界で一番神奈子を愛してると)
――回想終了――
もはや、悶えることさえできなくなった神奈子。
(本当にそうなったら…私、死んでもいい。いや、死ねないけど)
そこから、ここでは見せることが出来ないピンク色な妄想が始まるのだが、
そこは省かせてもらう。
結局、神奈子の妄想は霖之助が帰ってくるまで続き、
本気で心配する早苗と、目の前にいきなり本物が現れたことで
顔を大層真っ赤にさせたと諏訪子の談。
時刻も夕暮れに近づき、早苗は夕食の準備へ取り掛かった。
神奈子は霖之助にいつものブラッシングをしてもらい、
至福の時間を得ていた。
「な、なぁ店主」
「なんだい?」
顔を赤らめた神奈子は、
「今度からさ、店主の事り、霖之助って呼んでいいかい?」
「構わないよ」
「そ、そうか、じゃあ呼ばせてもらうぞ。り、霖之…助…」
もう真っ赤で尻尾やら耳やらが休むことなく振り回されていた。
夕食ができる少し前。
縁側に黒い部分ができたかと思うと、
そこからにゅっと顔が出てきた。
「こんばんは~」
「ここにも来るのかい、紫」
ふわっと舞い降りた紫は、霖之助の前に降り立つ。
「あら、攣れない顔ですこと。せっかく助け舟を出そうと思ってたのに」
「助け舟?」
「ええ、今回の…動物変化異変とでも言いましょうか。
それを解決させてあげようと思ったんだけど、
霖之助さんが攣れないので、やめようかしら」
再び黒い部分の中へ帰ろうとする彼女に待ったをかける。
「それはすまなかったね。
それより君なら解決できると言うのかい?
永琳でもできなかったのに?」
すると、彼女はどこからか出した扇子で口を隠し、
静かに笑う。
「彼女はありとあらゆる薬を作ることはできます。
しかし、それが効くかまでは分からない。
今回の事件の要である、ある毒草の胞子は、
薬―毒草にとっては毒ですけど―を受け付けない力があります。
よって、薬の効果が現れないということですわ。
ちなみに、その毒草は外から流れたもので今はひとつもここには存在してませんわ」
そこで霖之助は静かに息を漏らす。
「それは良かった。じゃあ、彼女たちも戻るということだね?」
それは同時に居候の終わりを示す。
(もう…いなくなっちゃうんだね)
元に戻れて嬉しいはずなのに、素直に喜ぶことができない。
(せっかく、好きって分かったのに…)
今までの嬉しかったこと、恥ずかしかったことが走馬灯のように、
彼女の頭の中で出ては消え、出ては消えを繰り返す。
「ええ、戻せますわ」
「じゃあ悪いが戻してくれないか?」
「タダで…ですか?」
紫は目を細め、静かに笑う。
対する霖之助は、大きなため息をつき、
「背に腹は変えられない。君の言う条件を飲もうじゃないか」
「では、交渉成立ですわね。今戻しますわ」
――ちんから
妙な音が聞こえたかと思うと、
彼女たちの体から、ぼふっと白い煙が噴出し
煙が消えた頃には、皆元の姿に戻っていた。
「おお!!やっと戻れたぜ!」
魔理沙は歓喜に震え、諏訪子も魔理沙程ではないが喜んでいた。
しかし、浮かれない者が一人。
「あら、元に戻りたくないと思ってた方がいたようですわね」
「そうなのかい?神奈子」
霖之助に声をかけられた彼女は、
元気な振りを見せると、
「そんなわけないじゃないか。もちろん嬉しいよ。ただ疲れただけさ」
もちろん嘘である。
「…そういう事にしておきますわ」
まるで本音を知っているとでも言うように振舞う紫。
胡散臭い。
「あ!!元に戻ったんですね!よかったぁ~」
キッチンから出てきた早苗も、
全員元に戻れたことに大喜びな様子。
「それじゃ、私は帰りましょうか。条件はまた後日言いますわ。それでは」
言うが早いか、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
最後の夕食が終え、
お風呂の時間となった。
今はもう動物の姿ではないので、別に一人でも大丈夫なのだが、
「なぁ、てんsy霖之助。い、一緒に入らないか…?」
「君はもう犬じゃないんだから、一人でも入れるだろう?」
「そ、そうだけど、最後の思い出にさ!ゆっくり酒でも飲みながら…ね?」
神奈子の手にあるのは、大吟醸酒。
「しかし――」
断ろうとした霖之助だが、
真っ赤にしてまで、お願いする神奈子に何を思ったのか。
「…ふむ。露天風呂じゃないにしろ、風呂での酒も良いのかもしれないね」
と、言った。
「だ、だろ?じゃあ、早速入ろう!」
と、テンションは高いが、動きが硬く右手と右足が同時に出ている。
どれだけ緊張しているかが思い知れよう。
先に霖之助が入り、後から神奈子が入る。
さすがに大人二人だと確実に狭いので、
触れ合う部分も多いのは仕方がない。
「そ、それじゃ戻った記念に乾杯」
「乾杯」
お猪口を静かに鳴らし、味を楽しむ二人。
「今まですまなかったね。迷惑ばかりかけてさ」
「何、気にしないでいいよ。僕もそれなりに楽しかったからね」
すると、神奈子は頭を霖之助の肩に置き、
「明日帰るんだろ?」
「ああ、店のこともあるしね」
しゅんと落ち込む神奈子。
「そうか…」
「もちろん君の方から来てもらっても構わないよ」
「「客としてだが…」だろ?」
霖之助の口マネをして、拗ねる姿は
元に戻ったとは言え、子供にしか見えない。
「確かにそうだが…、別に客じゃなくても
友人として、そして―――」
最後の方は声が小さく、聞こえることができなかった。
「え?何だって?もう一回言っておくれよ」
「さぁね。さて飲もうじゃないか」
誤魔化された彼女は何度彼に問い続けても、
その答えが返ってくることはなかった。
夜の風は、春とは言え少し肌寒い。
そんな時間帯。
魔理沙たちは今までの疲れが出たのか
風呂に出てきた頃には、もう眠ってしまっていた。
霖之助たちもやることもないので、
早く寝ることにした。
「ね、隣に行っていいかい?」
「…君はどんどん大胆になっていくね。これでも僕は男なんだが」
「霖之助のこと信じてるから大丈夫だよ。それに―――」
一度言葉を飲み、吐き出さない。
「それに?」
「内緒♪」
霖之助の胸に顔をうずめ、満天の笑顔で答える神奈子。
(好きな人になら、私は構わないよ)
さすがにそれは恥ずかしいので、言えないらしい。
「そうかい…。それじゃ僕は寝るよ」
「ああ、おやすみ。私も疲れたよ」
霖之助の暖かさ、匂い。
それらに包まれながら、彼女は静かに瞼を閉じたとさ。
――おまけ――
ちなみに、後日紫の出した条件として、
店の奥で気持ち良さそうに髪を結われてる紫がいたと文の談。
―おしまい―
このお話のみでもお楽しみ頂けますが、
そちらの方を先に読んで頂いた方がもっとお楽しみできるかと。
日差しが暖かく、気を緩めればすぐにでも、眠ってしまいそうな、そんな午後。
神奈子は昨日霖之助が言った一言が気になり、
霖之助が寝た後も中々寝付けないでいたので、
よく見ないと分からないが、隈ができてるようだった。
「神奈子様…大丈夫ですか?」
ぼーっと座って庭を見続ける神奈子に、
早苗も、心配になったようだ。
「ん?あぁ、大丈夫だよ」
と、早苗の前では大丈夫と言い張るが、
内心そうでもなかった。
(嫌いの逆って事は…好き…ってことだよね?
店主が私の事を?いやいや、何かの間違いだろう。
第一好きと言っても、友人としてだとか、
そんなもんだろう。でも、もしそうじゃなくて…)
――ぽふん
子気味の良い音が聞こえたかと思うと、
――こてん
と、倒れた音がした。
「本当に大丈夫ですか!?どこか具合でも…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと疲れてるだけさ。心配かけて悪いね」
そういうと、また縁側に座りなおす。
ちなみに霖之助は、魔理沙や諏訪子が遊べとせがんだので、
仕方なく、境内で遊んでいる。
(もし、もしだよ?店主が私をす、好きなら告白とかあるんだよね…。
どうしよ、どんな風に答えればいいんだい?
こういう時諏訪子なら、いい考えでも思いつくんだろうけど、
なんというか、笑われそうでやだし…。
魔理沙は論外だし…やっぱり早苗?
うーん、けど早苗の浮いた話なんて聞いたことないし、
ていうか店主ってどんな告白の仕方なんだろ…)
――神回想中――
「神奈子」
霖之助は両手いっぱいに溢れるバラの花束を持ち、神奈子へ近づいてくる。
神奈子は動けずに、彼がやってくるのを待っている。
そして、その花束を彼女に渡すと、
「恥ずかしい話だが、どうも僕は君のことが好きらしい。
結婚を前提に付き合ってくれないか?」
――回想終了――
(きゃー!!ない!絶対ない!あの店主がだよ?ありえない!)
言葉には発していないが、
両手を頬に当て、いやんいやんしてる姿はどこから見ても怪しい。
「あ、あの…神奈子様?」
いよいよ早苗も本気で心配になってきた。
「ひゃい!?」
とん、と肩を叩かれ妄想の世界から引きずり出された神奈子は、
文字通り、跳ね上がる。
「本っ当に大丈夫ですか?」
「うん!大丈夫!あ、私寝るから!おやすみ!」
これが大丈夫に見えるなら、眼科に行くことをお勧めする。
早急に布団が届くぐらいの椅子を引っ張ってきて、
押入れから布団を取り出すと、一秒も早く眠ることを決意する。
だが、彼女は慌てていたのか気づいていなかった。
その布団は、毎日霖之助が使っていた物だということを。
さらに彼女は今は犬である。
嗅覚がいつもより鋭くなっていた。
(あれ?この匂い…)
くんくんと鼻を鳴らし、見覚えのある匂いに気づく。
(これって…店主の!?)
もし、彼女の額に水を入れた薬缶があったのなら、
お湯を作ることができただろうか。
それほど顔を赤くさせたのである。
(あ、でも…)
最初はパニックで何も考えられなかったが、
時間が経つにつれ、余裕も生まれ、
(いい匂い…)
至福の笑顔が作られるようになった。
すーはーすーはー
神奈子が眠る寝室はその音だけが聞こえる。
(やばい、変な気持ちになってきた)
神奈子は自分の異変に気づく。
それは体中を火照らせ、鼻で息をする間隔が短くなる。
枕に顔を埋め、布団を体に巻きつける。
(今更店主って呼び名もどうかと思うね。……り、りん…のすけ)
自分で言ったにも関わらず、それで悶える神奈子。
布団の中でごろんごろんと転がり続ける。
(これは本気でやばい…。癖になっちゃうね…)
そこでふと疑問に思う。
(もし、け、けけ結婚したら…私が店に行くのかな?いや、でも私神だし。
いやいや、妻は夫の家に行くべきじゃ…。じゃあ、店に行くとして…)
――神回想再び――
一昔前は、客が少なく、寂れていた香霖堂も、
今じゃ客足が途絶えることはなく、幻想郷でも一二を争う店となった。
客の一人が、
「ここも立派になったよなぁ」と言った。
すると、店主の霖之助は、
「ああ、僕が独りの時はこうではなかったんだけどね、
妻ができてからこうなったわけだから、妻には感謝しないとね」
店の整備をしていた神奈子は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「い、嫌だね。煽てても何も出てこないよ」
恥ずかしがってはいるが、満更でもないらしい。
「奥さん愛されてるね~」
「ああ、本当に愛してるよ」
すると、首まで真っ赤にさせた神奈子は、
「お、お客様の前で何を言ってるんだい!」
と、言った。
「客の前でもいいじゃないか。寧ろ証人として聞いてもらおう。
結婚式でも言ったけど、僕は世界で一番神奈子を愛してると)
――回想終了――
もはや、悶えることさえできなくなった神奈子。
(本当にそうなったら…私、死んでもいい。いや、死ねないけど)
そこから、ここでは見せることが出来ないピンク色な妄想が始まるのだが、
そこは省かせてもらう。
結局、神奈子の妄想は霖之助が帰ってくるまで続き、
本気で心配する早苗と、目の前にいきなり本物が現れたことで
顔を大層真っ赤にさせたと諏訪子の談。
時刻も夕暮れに近づき、早苗は夕食の準備へ取り掛かった。
神奈子は霖之助にいつものブラッシングをしてもらい、
至福の時間を得ていた。
「な、なぁ店主」
「なんだい?」
顔を赤らめた神奈子は、
「今度からさ、店主の事り、霖之助って呼んでいいかい?」
「構わないよ」
「そ、そうか、じゃあ呼ばせてもらうぞ。り、霖之…助…」
もう真っ赤で尻尾やら耳やらが休むことなく振り回されていた。
夕食ができる少し前。
縁側に黒い部分ができたかと思うと、
そこからにゅっと顔が出てきた。
「こんばんは~」
「ここにも来るのかい、紫」
ふわっと舞い降りた紫は、霖之助の前に降り立つ。
「あら、攣れない顔ですこと。せっかく助け舟を出そうと思ってたのに」
「助け舟?」
「ええ、今回の…動物変化異変とでも言いましょうか。
それを解決させてあげようと思ったんだけど、
霖之助さんが攣れないので、やめようかしら」
再び黒い部分の中へ帰ろうとする彼女に待ったをかける。
「それはすまなかったね。
それより君なら解決できると言うのかい?
永琳でもできなかったのに?」
すると、彼女はどこからか出した扇子で口を隠し、
静かに笑う。
「彼女はありとあらゆる薬を作ることはできます。
しかし、それが効くかまでは分からない。
今回の事件の要である、ある毒草の胞子は、
薬―毒草にとっては毒ですけど―を受け付けない力があります。
よって、薬の効果が現れないということですわ。
ちなみに、その毒草は外から流れたもので今はひとつもここには存在してませんわ」
そこで霖之助は静かに息を漏らす。
「それは良かった。じゃあ、彼女たちも戻るということだね?」
それは同時に居候の終わりを示す。
(もう…いなくなっちゃうんだね)
元に戻れて嬉しいはずなのに、素直に喜ぶことができない。
(せっかく、好きって分かったのに…)
今までの嬉しかったこと、恥ずかしかったことが走馬灯のように、
彼女の頭の中で出ては消え、出ては消えを繰り返す。
「ええ、戻せますわ」
「じゃあ悪いが戻してくれないか?」
「タダで…ですか?」
紫は目を細め、静かに笑う。
対する霖之助は、大きなため息をつき、
「背に腹は変えられない。君の言う条件を飲もうじゃないか」
「では、交渉成立ですわね。今戻しますわ」
――ちんから
妙な音が聞こえたかと思うと、
彼女たちの体から、ぼふっと白い煙が噴出し
煙が消えた頃には、皆元の姿に戻っていた。
「おお!!やっと戻れたぜ!」
魔理沙は歓喜に震え、諏訪子も魔理沙程ではないが喜んでいた。
しかし、浮かれない者が一人。
「あら、元に戻りたくないと思ってた方がいたようですわね」
「そうなのかい?神奈子」
霖之助に声をかけられた彼女は、
元気な振りを見せると、
「そんなわけないじゃないか。もちろん嬉しいよ。ただ疲れただけさ」
もちろん嘘である。
「…そういう事にしておきますわ」
まるで本音を知っているとでも言うように振舞う紫。
胡散臭い。
「あ!!元に戻ったんですね!よかったぁ~」
キッチンから出てきた早苗も、
全員元に戻れたことに大喜びな様子。
「それじゃ、私は帰りましょうか。条件はまた後日言いますわ。それでは」
言うが早いか、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
最後の夕食が終え、
お風呂の時間となった。
今はもう動物の姿ではないので、別に一人でも大丈夫なのだが、
「なぁ、てんsy霖之助。い、一緒に入らないか…?」
「君はもう犬じゃないんだから、一人でも入れるだろう?」
「そ、そうだけど、最後の思い出にさ!ゆっくり酒でも飲みながら…ね?」
神奈子の手にあるのは、大吟醸酒。
「しかし――」
断ろうとした霖之助だが、
真っ赤にしてまで、お願いする神奈子に何を思ったのか。
「…ふむ。露天風呂じゃないにしろ、風呂での酒も良いのかもしれないね」
と、言った。
「だ、だろ?じゃあ、早速入ろう!」
と、テンションは高いが、動きが硬く右手と右足が同時に出ている。
どれだけ緊張しているかが思い知れよう。
先に霖之助が入り、後から神奈子が入る。
さすがに大人二人だと確実に狭いので、
触れ合う部分も多いのは仕方がない。
「そ、それじゃ戻った記念に乾杯」
「乾杯」
お猪口を静かに鳴らし、味を楽しむ二人。
「今まですまなかったね。迷惑ばかりかけてさ」
「何、気にしないでいいよ。僕もそれなりに楽しかったからね」
すると、神奈子は頭を霖之助の肩に置き、
「明日帰るんだろ?」
「ああ、店のこともあるしね」
しゅんと落ち込む神奈子。
「そうか…」
「もちろん君の方から来てもらっても構わないよ」
「「客としてだが…」だろ?」
霖之助の口マネをして、拗ねる姿は
元に戻ったとは言え、子供にしか見えない。
「確かにそうだが…、別に客じゃなくても
友人として、そして―――」
最後の方は声が小さく、聞こえることができなかった。
「え?何だって?もう一回言っておくれよ」
「さぁね。さて飲もうじゃないか」
誤魔化された彼女は何度彼に問い続けても、
その答えが返ってくることはなかった。
夜の風は、春とは言え少し肌寒い。
そんな時間帯。
魔理沙たちは今までの疲れが出たのか
風呂に出てきた頃には、もう眠ってしまっていた。
霖之助たちもやることもないので、
早く寝ることにした。
「ね、隣に行っていいかい?」
「…君はどんどん大胆になっていくね。これでも僕は男なんだが」
「霖之助のこと信じてるから大丈夫だよ。それに―――」
一度言葉を飲み、吐き出さない。
「それに?」
「内緒♪」
霖之助の胸に顔をうずめ、満天の笑顔で答える神奈子。
(好きな人になら、私は構わないよ)
さすがにそれは恥ずかしいので、言えないらしい。
「そうかい…。それじゃ僕は寝るよ」
「ああ、おやすみ。私も疲れたよ」
霖之助の暖かさ、匂い。
それらに包まれながら、彼女は静かに瞼を閉じたとさ。
――おまけ――
ちなみに、後日紫の出した条件として、
店の奥で気持ち良さそうに髪を結われてる紫がいたと文の談。
―おしまい―
なんというローリスクハイリターン!
くっついてくっついてw
くそ、可愛すぎるぜ!ゆかりん!
しかし、一緒に風呂に入って(表面上)動揺を見せない霖之助さんすげぇ。
溢れ出る可愛さとはまさにこれか…!