Coolier - 新生・東方創想話

おばあちゃん

2010/03/05 19:38:59
最終更新
サイズ
7.63KB
ページ数
1
閲覧数
1644
評価数
20/56
POINT
3420
Rate
12.09

分類タグ


初夏ごろだった。

くすり、と不気味な音がした。
博麗神社。
暮れどきだった。
霊夢は思わずふり返った。
茶の間。
音のしたほうには、誰もいない。
しかし、たしかにした。
声が。
(……。紫?)
霊夢は勘で思った。
音は聞こえたが、それ以上、なにが起こるわけでもなかった。
ふむ。
霊夢はうなって、湯飲みに口をつけた。
が、次の瞬間には、む、と眉をひそめていた。
「これは……ッ!!」
言って、天啓を得たようにぶるぶると震え出す。
あまりにもまずい。
茶葉が腐っているのだろうか。
恐ろしい味がした。なんというか筆舌につくしがたい。
「紫ィッ!!!」
「まあ聞いてくださらない? 霊夢」
紫はいつのまにか視界のはしにいた。
ちょっと目をはなした隙に、死角へ出てきたらしい。
湯飲みをすすっている。
おそらくすり替えた茶は、その湯飲みの中だろう。
「今日ね。藍のやつにお茶を淹れて貰ったんですの。久々にちょっとした筋から高級な奴を手に入れたもんですから。ほんと楽しみにしていたのよ。そうしたら藍のやつと来たらね。よりにもよって、橙に淹れさせたのよ。めったに味わえない機会だからってね。そしたらその結果がそれですわ。私、一口口にした途端に、もう深い悲しみに包まれるのを感じてしまって……思わずほんのたまたまのぞいていたあなたの家に移動して、あなたの湯飲みを瞬時に私のやつの中身と取り替えてしまったくらいでしたの」
「今すぐその湯飲みと交換しろ。というよりかその湯飲みわたしんちのでしょ」
「ああ。ほんとひどい従者を持ったわ……この悲しみが癒えるまで、わたくしすねようとおもいますわ。そのあいだ、一寸あなたの家に居候しますので、ひとつ宜しくね」
「ふざけんな帰れ。湯飲みはおいていけ」
霊夢は言った。
紫は、にっこりと気味の悪い音を立てて、微笑んだ。
「よかった。あなたならそう言って貰えると思っていたわ。予備の布団の用意はお願いしますね。わたくし、ちょっと腰痛が痛くてね。ろくに動けないものですから。年を取るって嫌ね」
「ふざけんな帰れ。湯飲みはおいていけ」
「ああ。あと、夕飯はいりませんからお気遣いなく。どうしてもって言うんなら用意してくれてもいいんだけど、さすがにそこまでご迷惑はかけられませんものね。そんなことであなたが年長者に対する敬意ってものを忘れたとは思いませんから、どうぞ気遣いなくね。うふ」
「ふざけんな帰れ。湯飲みはおいていけ」
霊夢は言った。
紫はそっと口元に手を当てた。うふ、と微笑んで、首をかしげる。
「霊夢ちゃんたら、大きくなったわねえ」
「……」
霊夢はじっと見下ろした。さらにじっと見下ろした。
「昔みたいにおばあちゃん、て呼んでくれてもいいのよ? うふふ」
「紫……死んで?」
「んま。もう。ダメよ、霊夢ちゃん、お・ん・な・の・こがそんな言葉づかいしたら。最近の子は、口が悪いなんて言うけどね。そんなのに流されちゃダメ。もっと女の子らしくしないと。あとあと後悔することになるんですよ。めっ」
「ねえ、紫。これ、どう思う? 私の拳なんだけどさ。ここのところが尖ってるでしょ? ここがあんたの眉間とかこめかみとかに当たると、非常に痛いことになると思うのよ。できればそういうことはしたくないのだけど」
「もう。いけないこと言ってないの。ほら。こっちきなさい。ひさしぶりにひ・ざ・ま・く・ら。してあげるから」
紫は言った。
ぽんぽん、と膝を叩いて誘う。
霊夢は言った。
「いや、別にあなたがどうしても口を慎まないって言うんなら、私はこれをたたき込むのにやぶさかではないんだけどね。ほら、ちょっとは私の手が痛そうでしょ? あんた面の皮が固そうだし」
「ほら。耳かき。霊夢ちゃん、これ好きでしょ? してあげるから。ほらね」
ぽんぽんと紫が膝を叩いたところで、ぼっ! と札が舞い、紫の胸元で破裂した。
ぼすん!!
と、居間に、間抜けな音が響く。
もうもうと埃が上がる。
埃が止む。
見ると紫は消えていた。
ついでに湯飲みも一緒に消えている。
霊夢は、そのときにはすでに反対の襖に行って、がっとお祓い棒を手に取っていた。
がらっ だっだっだ、と、荒い足音で家中を探し回る。
がらっ! すたん! すぱん、ぼふっ!! どん! がたん、どだだだだ! がたん! ぼすっ!! ぎゅううういいいいいん
日の暮れた博麗神社からは、なぜかはげしい物音が鳴りまくって、なかなか止まなかった。
やがて。
霊夢がかんしゃくを起こして叫んだ。
「だあああああああああ!! もうっ!! 知るか」
霊夢はやけを起こして、風呂を沸かしに行った。
もう汗を流して寝てしまおう。
風呂に火を入れて、ふう、ふう、と沸かす。
そろそろいいか、と思い、霊夢は手の水を払って、脱衣しに行った。
一糸まとわぬ姿で風呂場に入っていく。
と、すでに人影がある。
紫。
「ああ、霊夢ちゃん。こっちこっち。ほら。お背中流してあげるから。」
腕まくりした手で、ひらひらと手招きしてくる。霊夢は適当な神をその場に下ろした。




「はあ……もうっ! あの妖怪っ! 人を虚仮にしやがって」
寝間着に着替えて、霊夢はぶつぶつと愚痴った。
あれから紫は出てこない。
寝室へと戻ったが、てっきり待ち受けていると思った姿はなかった。
霊夢はあたりを警戒したが、やはり出てくる様子はない。
帰ったはずはないことは、分かっていた。カンだが。
「くっそー。あのぬらりひょんは。もういいわよ」
わざと大声で言って、霊夢は灯りを消した。布団にくるまる。客室を用意するのも面倒くさかったので、風呂に入る前に、紫のぶんの布団はしいてやっていた。どうせ帰らないだろうし、やっておかなければ、枕元に立ってしくしくしくしくとか泣き真似を演じかねはじめないからだ。
まったく、人を馬鹿にするのにあれほど便利な能力はない。あんな妖怪に持たせるのは、絶対に間違っている。
(あんなのに持たせるくらいなら私に持たせてくれればいいのに。人里まで買い物に行っても、量なんか気にする必要ないものね)
霊夢はブツブツと呟いた。
暴れ回ってそれないりに疲れていたらしく、その日はすぐに眠気が差した。
霊夢は意識を眠りに落とした。



「……」





「くすり」。




翌朝。

霊夢は目を醒ました。
朝になっていた。
隣の布団を見ると、きれいさっぱり消えている。
殊勝にも自分で片づけていったようだ。
霊夢は起き上がって、寝間着のまま台所に行った。
途中、耳をこしこしとかく。
なにか、耳の中がいやにすっきりしていた。
耳掃除でもしたあとのようだ。
紫はどうやら、本当に帰ったようだった。
恩返しに朝食でも作ってあるかと思ったが、そんなことはなかった。
台所に行くと、昨日、結局かたづけられなかった洗い物が流しにつっこんだままになっている。
(ひと晩泊まったんだから、あれくらいやっていきなさいよ)
霊夢はちょっと面倒を感じながら、台所の戸棚を開けた。
中を確かめてみると、あの湯飲みはきっちり戻してあるようだ。あの妖怪にしては、ずいぶん礼儀正しい。
ふん、と霊夢は息を吐いて、戸棚を閉めようとした。
「……。ん?」
ふと、気づく。
もう一度、戸棚を開けて、湯飲みを見る。よく見た。
じっと。おいてある湯飲みは、ひとつきりである。
なぜか、動かした形跡がない。
戸棚の中にはうっすらとほこりがつもっているが、そこから湯飲みはいっさい動いていない。
「……? あれ?」
霊夢は首をかしげた。
湯飲みを手に取ると、やはり、埃が口の形に丸くよけている。
虫干しをしばらくさぼっている証拠だ。
「?」
霊夢は首をかしげた。
見間違いだったのだろうか。
いや、こんな趣味の悪い意匠の湯飲みが、そうそうあるはずがない。
紫が昨晩持っていたのは、間違いなくこれと同じものだった。
(……。たまたまぐうぜん、同じ湯飲みだったってことかしら)
霊夢は思った。
しかし、こんなださい柄の湯飲みをわざわざ求めて買うなんて、やはりあの妖怪はどっか感性がおかしいのだろう。
釈然としないものを感じつつも、霊夢は湯飲みを戻した。
戸棚を閉める。












じっと閉じた戸棚の中だった。

戸の向こうからは、声がしていた。
(うわ。なに、この柄)
(まあ。いきなりそんなこと言われると、哀しいですわ)
(どこで見つけてくるのよ、こんな趣味悪いの……)
げんなりしたような女の声が言う。
けっこう妙齢の女性のようだ。
それに返して、胡散臭い声が言う。
(――ちゃんたら口が悪いですわ。せっかくわたくしが可愛い次代の祝いのために、吟味して買ってきたって言うのに)
(たぶん、あなたの感性がおかしいのが悪いんだと思うわ。自分で選んだの? そういうのはあなたの式に任せればいいのに……)
(あら。贈り物を自分で選ぶっていうのは、あなたがた人間側の流儀じゃあないですか)
(あのねえ、ほんと――あなたはもっと使える者を使うってことをきっちりしてちょうだいよ。本当そういうところ妖怪よね……まあいいわ。霊夢が嫌がったらあなたのせいね。決定)
がらりと戸棚が開いた。こん、こん、こと、と湯飲みが三つ置かれる。
「大丈夫でしょう。あの子、ちょっとヘンですし」
「可愛い次代じゃなかったの?」
すっ。かたん、と戸棚が閉じられる。
再び暗闇が閉じた。
声はまだしている。かん高い子供の声が、二人の会話にまじったのが聞こえた。
なんつって。

ああ! 窓に! 窓に!
無言坂
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1540簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
(*´ー`*)
3.90名前が無い程度の能力削除
良短編。
6.100名前が無い程度の能力削除
俺も紫おばあちゃんに膝枕してもらいたい
7.100名前が無い程度の能力削除
駄目だ! 全然分からない!
もういいや、あれこれ考えるのはやめにして、一言「面白い!」とだけ
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
紫も霊夢もすごく可愛い。眼福です。

>年長者に対する経緯
敬意かな?
15.100名前が無い程度の能力削除
勘違いで無知を曝していたような気がするのでコメ訂正です…
分かるまで読もうと思います。
とりあえず評価は100点!
20.100名前が無い程度の能力削除
『孫』へと贈った記念品。どうやらそのお孫さんは、今も大事に使ってくれているようですな。
まあ肝心の『孫』は、それが『おばあちゃん』からの贈り物と気付いていないようですが(笑

先代と孫とおばあちゃん、3人が一緒にお茶を飲んでいた頃もあったのでしょうね。
3つ目の湯のみが埃を被っているシーンが、なんとも切ないお話でした。
22.100名前が無い程度の能力削除
いあ いあ はすたぁ はすたぁ くふあやく
ぶるぐとむ ぶるぐとらぐるん ぶるぐとむ
あい あい はすたぁ 
23.100名前が無い程度の能力削除
膝枕にご先祖総立ち
31.80名前が無い程度の能力削除
ババァではない、おばあちゃんだ。
これはまた趣の違ったゆかれいむ。
32.100名前が無い程度の能力削除
これはやられた。ラストシーンで全然別の物語が見えるとは。
33.90○○●削除
ラストのシーンでまるで星新一のショートショートを読んでいるような錯覚を覚えました。まさかこういうオチがあるとは。
やられました。面白かったです。次作を楽しみにしています!
36.100名前が無い程度の能力削除
正直話を理解し切れていないけど…
暖かい何かを感じれました。
読解が間違っていなければ、紫がお揃いの湯飲みを3つ買ってきていた。ってことで、
埃を被ってた一つは先代のもの…かな?
41.100名前が無い程度の能力削除
なんかいいなー
神を下ろす→降ろす
42.80名前が無い程度の能力削除
おばあちゃんぶる紫だと思ったらラストで本当におばあちゃんだった。
何を言っているのかわからないと思うが(ry
43.100名前が無い程度の能力削除
おばあちゃんっ子だとか、甘やかな思い出だとか
そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ!
44.60名前が無い程度の能力削除
会話はいいのに地文が残念すぎる
47.80名前が無い程度の能力削除
腰痛が痛いってあーた
もうゆかりばーさんったらw
53.100名前が無い程度の能力削除
こんなゆかりんも