Coolier - 新生・東方創想話

カゴメカゴメ

2010/03/05 19:17:09
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籠の鳥

月夜を眺め、何思う

籠の外が自由なのか
籠の中が自由なのか

答えは行方知らずのまま

※※※

いまはむかし

※※※

夜空に高く浮かぶ故郷の月を、輝夜はすのこ越しに眺めていた。

手をかざせば握りつぶせてしまいそうなほど小さく見えるそれは、この穢れた地上を見下しているように輝夜にはみえてしまう。育ての親である翁たちなら、風情があって美しいではないかと言ってくれるだろうか。

時は子の刻を過ぎた頃

この地上に落とされて幾年、まだまだこの土地の興味が尽きることはない。与えられたものだけで不自由なく暮らせるが、あと数年も経てば自分の罪は償われて地上から去ることになる。それまでに、観光ともいえるが地上の見聞を広めたかった。
そう考え出した輝夜は最近、この時刻になると翁の屋敷を抜け出るようになった。須臾を操り誰に見つかることなく門をくぐり、夜の都を散策するのだ。
誰にも知られない、細やかな楽しみに輝夜は密かに心も身も踊らせていた。禁忌という縛りは、恐らく彼女には通用しないのだろう。

今も、昔も、これからも

×××


月明りが灯る夜道を歩くその先は当てずっぽうだったが、そのうち自分の足が貴族たちの寝殿へ向かっていることに輝夜は気がついた。
そういえば、この近くに輝夜へ求婚を申し出てきた貴族の一人の屋敷があると聞いたことがある。いつ離れるか分からない土地で、しかも結婚だなんて考えてもいなかった彼女にとって、そんな申し込みは悩みごとの他になく、正直困っていた。困っていたので放ったらかしにしているのだが、今日の夜の散歩で此処まできたのも何かの縁かもしれない。以前会った縁を頼りに輝夜はその貴公子、倉持の皇子こと藤原不比等の屋敷へ向かっていった。


それがはじまり

月の計らいで定期的に結構な額を給付されていた翁はみるみるうちに富豪へ仲間入りしたが、それでも何代も続いて繁栄した貴族には届かないようだと、輝夜は不比等の立派な寝殿造りを見上げながら実感した。この時代、寝殿造りといっても大抵は必要最低限の母屋や門だけの屋敷なのに、不比等のそれは必要なもの全てが揃っている。しかし財産だけで人を判断するわけないので、輝夜には月の都にいた頃を少し思い出させるだけだった。

そのうえ時間が時間なので、住人のほとんどは床に就いているようだった。みると一ヵ所か二ヵ所程度しか明かりが灯っていない。どうせ来るなら明るい昼の方がよかったと今更気がついても遅かった。仕方なく、こうなったらせめて全体だけでも見せてもらおうと開き直りで中へ進んで行った。

今思うとそれはあまりに幼かったから。
だから、幼い自分はおさなかった彼女を見つけることができたのだろう。

籠に閉じ込められていたのか、籠から追い出されていたのか


彼女は札に囲まれて、屋敷の奥深くにある離れに独り、高く昇った月を眺めていた。

×××

「…だれ?」
少女の口から、か細く鈴虫の音で消えてしまいそうなほど小さい言葉が漏れた。それが自分に対しての問掛けと気がつくまでしばらくかかった輝夜は、恐る恐る窓から離れの部屋の中を覗きこんだ。窓の格子に触れようとしても壁全面に貼られた呪符がそれを阻んだ。
「私のことを、呼んだのかしら?」
部屋には灯がなく、自分が半ば遮っている月光のみが窓から降り注ぎ、光をつくっている。その光に照らされて、少女の顔は闇に浮かび上がっていた。顔だけでも、包帯と覆いきれなかった傷から事情は見て取れる。

「…うん、変な術を使っている貴女」
須臾を操っていることを言ったのだろう、輝夜が何者なのか見極めようと目を凝らす彼女は答えた。
「須臾は誰にも認識できない時間のはずなのに…まぁいいわ、随分と面白い場所にいるわね」
「ここが私の部屋だからね」
皮肉を言ったつもりだったが、彼女にはそのままで受け止められてしまった。
「世の中には部屋さえない人達もいると聞いたわ。だから私はその人達よりも幸せなの」
この少女の世話をしている者がそう伝えたのだろう。輝夜には部屋も持たない人達は、けれど貴女よりも自由は持っていると言う気になれなかった。

「それで、貴女はだれなの?」
一番初めの質問を答えていなかったからか、少女はまた一度同じ質問をした。それは輝夜も少女に問いかけたいことだったが、とりあえず先に答えなければ彼女も答えてはくれないだろう。まさかあなたのいる屋敷の主が私に婚約を申し込んできたので偵察に来ましただなんて正直に言えるわけがない。
少しの間悩んだ輝夜は、当たり障りのない言葉で簡単に自分のことを紹介した。
「ふーん…貴女はお姫様なのに妖怪みたいな能力を持っているの?」
「妖怪とは酷いわね。これ、滅多にない能力なのよ」
その能力のおかげで月から落とされていることはもちろん伏せておいた。
「今度はこっちの番よ。貴方は何者なの?」
あまりこれ以上追求されたくもなかったので、輝夜は逆に少女へ問いかけた。質問をしたあとで、後悔がほんの少し横切った。拘禁されているようにしか見えない彼女に、その質問は無意味なものじゃないだろうか。しかし、言ってしまった後で後悔するのも意味がない。輝夜は少女の答えを待った。
「私は妹紅」
「ふんふん」
「それだけ」
「って、それだけなの」
「えーと、ね。そう、私も妖怪に近いの」
輝夜の表情が一瞬だけ固まったことに気がつかないまま、妹紅と名乗った少女は力ない笑みで自分のことを話してゆく。
「え、と。よくわからないけどそう皆が言っていた。だから、私がここにいられるように私はこの部屋にいるの」
「……」
「何も見ちゃいけないし何も聞いちゃいけないし何もしちゃいけないけれど、全部私のためだと父上が言っていたらしいわ」
「…優しい、の?あなたの父親は」
月の光が逆光となって、険しくなった自分の顔を見られずに済んだことを感謝しながら、輝夜は静かに妹紅へ質問した。
目には呪符に囚われた傷だらけの少女、記憶には自由という檻に囚われた自分が写っている。
「優しいよ?父上は。私には何もしないから。喋らないし返事もしないし見てもくれないけど、ほ、他の、他の人たちよりは…、触ってくる下人よりは…」
徐々に震える身体を両手で抱きしめ、妹紅はかすれた声でつぶやいた。微かに熱気を伴う風が、妹紅のいる方角からそよぎ、輝夜の髪を揺らす。それがまるで妹紅自身にさわられたかのように感じた輝夜は、妹紅から目を離さぬまま、そっと揺らいだ髪を撫でた。
「…あなたは、幸せ…?」
おそらく最後になる質問を、妹紅へ問いかける。

輝夜の問いに、妹紅は顔を上げて微笑んだ。

×××

もう不比等の屋敷を見ることさえ嫌になった。
足早に夜道を駆け抜けて家路につく。
「なんなのよ…まったく、なんなのよ…っ」
景色と記憶が重なって離れない。振り払おうとすればする程、絡みつく二つに怒りに近い感情を抱く。
「あんな笑い方して…幸せだというの!?」
妹紅という少女が最後に見せた微笑みは、まるで昔の自分を見ているかのようだった。
月の都で自分が周りに振りまいていた笑みと同じもの。がんじがらめの檻に放り込まれたような生活に自分の意思を挟むことができなかった、あの頃の何もない虚ろな笑み。誰かにこの心、自分というものを気づいてほしい、そんな淡い希望を捨てられない哀しい笑み。
「あれをみて、そんなこと思えるわけがないじゃない!!」
自分は唯一、永琳だけが気づき禁断の薬で救ってくれた。
なら、彼女は誰が救うのか。何をして救うのか。
「…答えは出ているわ」
彼女に輝夜は気がついてしまった。彼女を救えるだろう術も輝夜が持つ幾多の選択肢の一つにある。
けれど、それは自己満足で終わるもの。恐らく、恨まれはするも感謝などされるわけがない方法。やるからには永遠に責任を負わなければならない、新しい自分の罪になるもの。
「…それでも、あとは踏み出すだけなのなら」
そこまできたのなら、やるしかないではないか。

×××

いまもむかし

×××

父上、藤原不比等が絶世の美少女に婚約を申し出たらしい。

給仕から聞いた愚痴に近いものだったけど、父上はまた幸せをつかもうとしていたようだ。
でもその人は癖があり、父上を含む五人の貴族に求婚されたというのに、それぞれへ解けるわけのない五つの難題を与えたそうなのだ。

父上に与えられた難題のは、蓬莱の玉の枝を持ってくること。皆が無理だ、諦めろと叫んだが勇敢な父上はそんな制止を振り切って、蓬莱の玉の枝を求める旅に出て行った。おそらく父上がいないのをいいことに、下人たちがしばらく食事や着替えなどがこの部屋に運ばれなかったのだから、旅に出たのは本当だろう。食事も何もないことは苦しかったし、飢え死にそうになったけど、父上の方がつらいに違いないと思って我慢した。
そして父上は難題を解き明かし、蓬莱の玉の枝を持ち帰った。さすが父上と私は喜びいさんだ。

それなのに、

求婚された少女はそれを偽物だと父上に突き返し、恥をかかされた父上は表に出るのもいやがるようになり、最期には行方をくらました。

全部、給仕や世話人から聞いた言伝。けれど私の心はその父に恥をかかせた少女を懲らしめなければ気が済まない気持ちでいっぱいになっていた。
必死に頼んでその少女の姿を描いてもらい、顔と名を覚えた。輝夜、それが少女の名前。
父上が行方不明になってから、完全に無いように扱われたこの部屋を抜け出し、彼女に一矢報おうと待っていたが、部屋を抜け出す前にその輝夜が月へ帰ると聞いた。あの天に浮かぶ、夜の私を照らす月に、だ。
どんなに手を伸ばしても届かないところに復讐するべき相手が逃げてしまった私は、それでも生きるため呪符を無理矢理引き剥がし、なんとか部屋から脱出した。

月。月と聞いたとき、ふといつの日か満月が上る夜にここまで迷い込んだ自称お姫様のことを少しだけ思い出した。月光が逆光となって顔を見ることができなかったのが残念だったけど、その雰囲気はとても優しく、哀しそうでもあった。そんな彼女こそ、本当に月の姫だったのかもしれない。
話したのはほんの幾刻なのに、私は何年経ってもあの夜のことを覚えているだろうという予感がある。

そして

輝夜が月へ帰る前にあるものを残し、またそれを受け取った者が使わずに山へ捨てるつもりだという噂を耳にした。輝夜に復讐することができなかったので、せめて残したものだけでもかっぱらってやろうと思う。

そのためにも生き続ける。目的を果たし、少しでも幸せでいるために。

私は輝夜を憎む心を力に変えて、もっとも高い山と言われる富士の山へ足を向けた。

×××

「輝夜…」
「何かしら、永琳」
満月が名もない草原に二人の影を落としている。月の使者から逃げたばかりの輝夜と永琳は、一息をつくように歩を緩めて風のままに揺れる草原の中に座り込んだ。
全身を使者の返り血で朱く染めた永琳は、それよりも輝夜についたわずかな血を拭き取ることを優先しながら問いかけた。
「私は貴女にこれからいつまでもついていくわ、それが私の罪滅ぼしでもあるし忠誠の形なのだから。それでも、聞きたいことは聞いてもいいかしら?」
「えぇ、構わないわ」
「そう…なら教えて、今日のことについて理由を。この地上に関しては、貴女の口から出るものしか知らないから」
「やっぱり単刀直入ね」
輝夜は予想していた質問に、頬をかきながら苦笑いをした。
「本来ならできる限り距離を稼がなければいけない時期なのに…貴女ときたら」
永琳の言うとおり、逃亡者となった輝夜たちは使者を皆殺しにした翁邸からあまり離れた距離にいなかった。月日も経っていないため、もう次の追っ手に位置を把握されている可能性が高い。
それとなく永琳が示唆していたことだが、輝夜は今日までこの近くにいることを望んだのだ。
「ごめんなさい…ちょっと最後の確認を、ね」
どちらかというと疑問より輝夜自身からそれを言わせることが永琳にとって重要らしく、彼女はそのまま輝夜に言葉を続けるよう促した。
昔と変わらないわね、そういう意地の悪いところ。
小さく聞こえないようにつぶやいた輝夜は観念して答えることにした。
「ある女の子を一人、救いたかったのよ。それがちゃんとできてたのか不安だったの」
「…さっきの、呪符を無理矢理引き剥がしてた子のこと?」
「ええ…まさか、あんなにも生命力に満ち溢れているとは思わなかったけれど」
きっかけを与えたのは確かに輝夜だけれども、彼女は自分から動き出したのだ。もうしばらくは、輝夜が関わらなくとも生きてゆくだろう。
自由という檻に閉じ込められた自分。不自由という檻に閉じ込められた妹紅。外の世界も知らないまま、内の世界に真綿のように包まれ絞め殺されそうになった二人はあまりに重なって見えてしまう。それなのに輝夜だけが永琳という檻の鍵を手に入れた。ならば、彼女を閉じ込める檻の鍵は誰が持つ?しかし、誰が持っていようと、輝夜はそれを奪い自分の手で彼女の檻を開けたかった。自分にはそれをできるだけのものもあったのだから。
「何故でしょうね、自分を重ねて見てしまったなんてもの以外にも理由はあるはずなのに、それを表す言葉が出てこないわ。誰が持っていたかも判らない鍵を奪ったりもして…責任は負うけれど、自己満足も甚だしい」
「…月にいた頃と、変わりましたね」
「カグヤはもういないもの。私は輝夜よ?賤しき地上の民、輝夜なの」
静かに微笑む永琳に、困ったように輝夜は答えた。
一段と強い秋風が草原にふく。月明りだけが世界を灯すなか、二人はどちらともなく立ち上がり、再び歩み始めた。ただ先程のように焦った雰囲気はなく、まるで夜の散歩を楽しんでいるかのようなたたずまいだ。
「蓬莱の薬を置いていったのも、彼女のためなの?」
これは純粋に疑問だったらしく、永琳は輝夜に不思議そうに話しかけた。先に行く輝夜は振り返らないまま、それに答える。
「もちろん世話になった翁や帝のためでもあるけれど。そうね、その可能性は否定できないわ」
「曖昧ね…でも輝夜。あの薬がもし少女の手に渡ったとしたら死ぬことはなくなるのよ?貴女を恨む彼女は永遠に貴女を殺そうとするわ」

永琳の返しの言葉に、輝夜はゆっくりと目を閉じた。目裏に浮かぶは今までの少女に関わる記憶。初めて会ったあの日から、輝夜が彼女の父に恥をかかせ殺したも同然にした日、そして一つの思いをくべて造られた、すべてを灰燼に返すような炎を胸に秘め屋敷を去っていった彼女の横顔…自分を虐げてきた世界を許し、その世界を守ろうと輝夜を憎んだ横顔を見た今日。
閉じていた目を開き、月を見上げる。全てが因果なら、輝夜は月に感謝した。

彼女に出会わせてくれてありがとう、と。

「言ったでしょう…責任はとるわ。どんな責任でも、すべてを私は受け入れる」
「………」
「彼女があんな檻に閉じ込められのを見続けるならば、殺され続けたほうがいい。…妹紅は、外で生きるべき人間よ」
でも、と永琳は言い返す。
「でも、わざわざ蓬莱の薬を置いていく必要はなかったはずよ。貴女のことを夢の存在として扱わせれば、そのほうが彼女にとってよかったんじゃないのかしら?」
「…ふふっ、欲を言って彼女に私を見ながら生きていてほしいからかしら。それに、恨みだけで短い生を終わらせるだなんて責任をとりきっていないわ」

そこでようやく輝夜は振り返り、永琳に今日一番の笑みを浮かべる。それは幸せそうな、小さな子供が精一杯の悪戯をしたような、満面の笑みだった。



「生きているって素晴らしいのよ、永琳?」
二作目の投稿となります、schlafenです

今回は輝夜、妹紅メインの過去話。
何故、輝夜は地上に残ることにしたのか
籠の外と中はどちらが自由なのか
全部、自分の想像ですが…こうだったらいいなと思っています

本来なら一人企画で一人首を絞めていた東方夢十夜という「夢」がキーワードになった十編の短編を書いた一つになるはずだったものの、よくよく見直してみると「夢」テーマになってないじゃんかとボツになってしまったものです。
でも埋没させてしまうのも嫌だったので投稿することにしました。
schlafen
http://tool-1.net/?id=eveningcalm&pn=36
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コメント



0.420簡易評価
3.60金欠削除
設定をツッコまれると弱い部分がいくつかあるなあと思いました。
でも雰囲気とか輝夜の会話とか疾走感があって好きです。
呪苻でぐるぐる巻きの妹紅を想像して、ムッハーっとなったのは秘密。全く不埒な下人だ、俺もだがなw
6.70名前が無い程度の能力削除
殺し殺されて、その果てに妹紅が最後の輝夜のセリフを吐けるようにするのが
姫様の責任の取り方か。なんとも遠まわしな檻のこじ開け方だ。
10.80名前が無い程度の能力削除
うん、好きですよこういう話。
姫様素敵。
12.70ずわいがに削除
姫様のなさったことは果たして本当に妹紅を救ったのか、はたまた単なる自己満足にしか過ぎなかったのか。
それはまだわからない……と。