Coolier - 新生・東方創想話

お星さまを見上げて

2010/03/05 13:29:28
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 あの人を初めて見たのは仕事でのことだった。

 毘沙門天の命令で観察に向かい仕事として見た。

 毘沙門天に拾われて間もない私は簡単な任務として彼女の観察に赴いたのだ。



 物陰から窺う。

 妖怪が神様のふりをして信仰を集めているという。

 私の仕事はその妖怪が神の名を騙り悪事を働いていないか見極めること。

 体も妖力も小さい私は隠れて観察するのに向いているらしい。

 毘沙門天の言葉通り見つかることなく私は神の代理をしている妖怪を調査し続ける。

 何の問題もなかった。彼女は神の代理としての務めを黙々とこなしていた。

 観察対象、寅丸星。

 とても大きな体を持った、金髪金眼の妖怪。

 何日調査を続けても妖怪らしいところなど見受けられず、本当に神様なのではないかと錯覚した。

 なによりそう思わせたのは、仲間に囲まれ浮かべる笑顔。

 ――なんて優しく笑うのだろう。

 彼女の周りの者の笑みとは違う。

 太陽のように眩いものではなく、淡い輝きを放っている。

 目を灼く激しさなどはなく、ぼう、と心が安らぐ微笑み。

 ああ、彼女はまるで――――


 ――お星さまのようだ
















「――以上で報告を終えます」

 必要なことだけ伝え席を立つ。労いの言葉が背に掛けられるが振り向かずそのまま部屋を辞す。

 何も聞きたくない。何を聞いても吐き気を催す。

 密偵を成したことへの労いなど、気持ちが悪いだけだ。

 あれから――初めての仕事を無事終えてからというもの私は働き尽くめだった。

 私の能力は重宝され、間諜としてありとあらゆることを調べ尽くしてきた。

 自分で言うのは憚られるが――私は優秀過ぎたのだ。

 褒められることが、認められることが嬉しくて必死に仕事をこなし続けたのが仇となった。

 妖怪、人間、果ては信仰を失い零落れた神まで調べさせられた。

 毘沙門天が、悪鬼を退治する神が調べさせるのだ。

 当然そこには綺麗事など微塵も無く、ただただ汚泥の如き悪行ばかりが広がっていた。

 町、寺院、深山の結界の奥、戦場――どこもかしこも汚らわしかった。

 世界は美しいと思い込んでいた幼い心など踏み躙られた。

 何度も吐いた。部屋から出られなくなったのも一度や二度ではない。

 しかし下っ端の泣き言など毘沙門天まで届く筈も無く、その度に無理矢理仕事を続けさせられた。

 恐らく毘沙門天本人は知りもしないだろう。彼奴の部下も忘れている。

 子供染みた妖怪の嘆きなんて、誰にも届きはしなかった。

 そうして、毘沙門天の忠実な手下だったナズーリンは居なくなった。

 汚いものを見続けることに嫌気が差したのだ。

 わざと失敗を重ねるようになった。重用されることなき様他の凡百の輩と同等と思わせるようにした。

 悪行を見逃し、嘘を重ねて――私は嫌悪する汚泥共と同じところまで堕ちた。

 自室に辿り着く。すぐに戸を閉め布団に倒れ込む。

 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 あんな奴らと同じ空気を吸っているのかと思うと呼吸もしたくない。

 同類となったこの体を引き裂いてしまいたい。

 何もかもが汚くて、気持ち悪くて――怖かった。

「……寅丸星」

 ただ一度見ただけのあの人を思い出す。

 あの人の笑顔で汚い記憶を塗り潰す。

 どろどろの心を支えてくれるのはあの金色の瞳だけ。

 あの輝きに縋らねば――私は汚いものに沈んでしまう。

「寅丸、星……」

 何度もその名を繰り返す。

「――――星」

 その名を呼ぶ間だけ、汚い現実を忘れられた。










 座して待つ。

「もう見逃せませぬな。神託という形ででも警告を……」

「直截討伐した方がよいのではないか。彼奴の行いは目に余る」

「だが人間の方でも動きがある――」

 ふん、相も変わらず軍議もかくやのつばの飛ばし合いだ。

 仕事熱心なことで――反吐が出る。

 毘沙門天の部下である鬼神共は尚も主張を繰り返す。

 そっと覗き見れば多忙で有名な毘沙門天は沈鬱な顔でそれを聞いていた。

 私が報告した妖怪の処分について揉めているのに口を挟む気も無いのか。

 はん、血の気の多い鬼神共を束ねるのは大変だとでも嘆いているのかね。

 珍しく居ると思えば、煮え切らぬ姿を見せるものだな。よくそれで部下が付いていくよ。

 報告が途中なのだが切り上げて帰ってしまおうか。

 もう拾われた恩など消えて失せたのだからこれ以上義理立てする理由も無い。

 などと心の内で悪態を吐いている間に議題は変わっていた。

 それもまた妖怪の処分について。私の報告とは関係ない。

 腰を上げる。私の報告が必要ないのならこの場に居続ける意味も無い。 

「寅丸星の件についてですが……」

 ――――なに?

 とらまるしょう。寅丸、星だって?

 今鬼神は、彼女の名を口にしたのか?

 聖何某がどうしたとか、村が滅んだとか続けているようだが耳に入らない。

 ただ彼女の名だけが耳にこびり付いて離れない。

「――ついに人間との関わりをも絶たれてしまった、か」

 沈痛な面持ちを覗かせる毘沙門天。

 そう、そうだ。彼女は毘沙門天の代理をしているんだ。

 私からそう遠くないところに、居るんだ。

「毘沙門天様。あやつは危険です、処分するなりと手を打たねば」

「放置させるわけにはいきませぬ。なにせあの者は毘沙門天様の威光を背負っている」

 信じられぬ言葉が吐きだされる。

 処分。処分だと。よもや貴様ら、彼女を殺すつもりなのか。

 巫山戯るな。そのような真似をするなら私は貴様らを裏切るぞ。

 力では遠く及ばない、一太刀浴びせられるかも定かではないと知っていても刃向う。

 私の憧れたあの人を殺させるものか。

「……決断には早い。監視なりをして見極めねば――」

 煮え立つ頭に毘沙門天の言葉が届く。

「毘沙門天様、その者の監視任務。是非ともこのナズーリンにお任せ願いたい」

 何か考える前に口が動いていた。

 鬼神はおろか毘沙門天までもが驚きの顔を見せる。

 無理はない。やる気の無さでは随一と知れ渡っているだろう私が志願するなど怪しくさえある。

 だが退けぬ。彼女の生死が掛かっているのだ。なんとかして彼女にこの危機を伝えねばならぬ。

 私の進退など二の次だ。まずは僅かにでも猶予を作らねば……

「危険だ。あやつは強大な力を持つ妖怪、下手をすればおまえが食われかねん」

 何十年ぶりかに毘沙門天から声を掛けられる。

 信じ難いことだが私の身を案じての言葉。

 私のような下っ端に掛ける情を持ち合わせていたとは驚きだが――構ってなどおれぬ。

「承知の上です。近頃は碌に成果も挙げられず忸怩たる思いだった。

なにとぞ、汚名を雪ぐ機会を与えると思って――」

「弁えろ子鼠。貴様のような輩が毘沙門天様に直訴すること自体おこがましい」

「適任は他にもいよう。夜叉族より選抜して……」

 黙れ! 貴様らの判断なぞ仰いでいない!

「毘沙門天様! なにとぞ、なにとぞお願い致します!」

「くどいぞ! まだ喚くのなら」

「伏してお願い申し上げますっ! 毘沙門天様っ!」

「黙らぬか!」

「よい」

 怒鳴り合いは静かな声に止められる。

 毘沙門天が立ち上がり――私を見ていた。

「おまえ達、下がれ」

「は? で、ですが」

「この者に任務を与える。私の直属の密偵としてだ。おまえ達が聞く必要はない」

 言い切られ、鬼神共は下がっていく。

 ……願いが、通った? かつて、何度嘆いても誰にも届かなかったのに……私の声が、届いたのか?

「毘沙門天、様」

「辛い仕事となるぞ、ナズーリン」

 私の名を呼んだことに驚く。

 鬼神共など私の名すら憶えておらぬのに。

「辛さなど。この命は毘沙門天様に拾われたものです。如何様にも御使い捨てください」

「違う、違うのだナズーリン」

 意味がわからない。何故毘沙門天はこうも顔を歪ませるのだ。

「おまえが今まで感じてきた痛みとは全く違う痛みを味わうこととなる。

優秀なおまえでも耐えられるとは思えない。それでも往くと言うのか」

「――痛みなど」

 それを、あなたが言うか。

「任務となれば耐えましょう。どのような役目でもこなしましょう。死地へも喜んで向かいましょう。

私は妖怪鼠のナズーリン。毘沙門天様の忠実なる手駒なのですから」

 私を地獄へと突き落とした張本人である貴様がそれを言うかよ毘沙門天。

 見ろ、私はもう心の内で怒りに燃えようとも笑っていられる。

 感情と表情を一致させぬことなんてお手軽に出来るほど間諜としての生き方が染み付いてしまった。

「……ナズーリン」

 ああそうだな。貴様は情けを掛けてくれるかもしれないな。

 だが貴様の部下はそうじゃない。泣き叫ぶ私を幾度も地獄へ放り込んだ。

 気付かなかったのか? そうかもしれないな。貴様は多忙を極める神様だ。

 下っ端も下っ端、私のような妖怪に構っている暇などなかったのだろうよ。

 いい加減気付けよ大馬鹿者。貴様じゃ私は救えない。私を救えるのはあの方だけだ。

 あの輝かしいお方、寅丸星だけなんだよ。

「命令をください毘沙門天様。いかに苛酷な任務であろうと骨身を惜しみは致しません」

 沈痛な面持ちのまま毘沙門天は任務内容を口にする。

 熱心に聞く素振りを見せながら彼女を救う計画を練る。

 最早裏切ることに胸が痛むことはない。むしろ縁を切ろうと必死だよ。

 二百年か、長いこと世話になったね毘沙門天。なるべく泥をかけるように去ってやるよ。

「くれぐれも用心せよ。あやつはもう……おまえの知る寅丸星ではない」 

 そんな、わけのわからぬ言葉で締め括られた。

「承知いたしました。では、行って参ります」

 最後まで従順な部下を演じて部屋を辞す。

 怒りと期待と憎しみに煮え滾る心の内を欠片も零さぬよう静かに去る。

 金輪際会うこともなかろうな。今告げた任務など果たされることはなかろうな。

 私の身を案じることなんて、全部が全部無駄に終わるだろうよ。



 ――――ざまぁみろ















 夜の森を駆ける。

 風よりも速く走り抜けながら顔には笑みが浮かんでいた。

 感情を殺す術を叩き込まれたこの身が、嬉しさを抑えきれない。

 逢える。

 またあの人に逢える。

 幼いころ憧れた、私にとって唯一の、本物の神様に。

 汚いものばかり見続けてきたこの眼に、またあの光を映すことが出来る。

 これは運命だ。

 私が汚らわしい間諜を続けていたのもこの救いを得る為。

 彼女という救いに再び出逢う為だったんだ。

 嬉しくて嬉しくてたまらない。この足が彼女を目指して駆けているのがどうしようもなく喜ばしい。

 再会できたら、どうしよう。

 まずは毘沙門天共を騙す為に監視に徹するか。それとも嘘の報告を練り上げるか。

 なんならすぐに毘沙門天の命令で監視する為に遣わされたことを話してもいい。

 二人で逃げ出してしまおうか。毘沙門天の手の内など全てわかっているのだ。私となら逃げ切れる。

 それは名案と思われた。なにせ彼女はもう一人きりだと云うのだ。

 なんの気兼ねもなく何もかも捨て去って新しい生を始めてもよい筈だ。

 あの憧れのお方と、二人で――私はなんて恵まれているんだろう。

 森が傾斜し始めた。山に入ったのだ。もうすぐ、もうすぐ彼女に逢える。

 もう少し。もう少しで――

 そこには異様な光景が広がっていた。

 彼女の住む寺。記憶よりも古びて荒れているが間違いない。

 大きく異なるのは周囲に広がる石塔の群。

 ――墓?

 昔来た時にはこんなものはなかった。こんな、墓地と見紛う程の数の墓など。

 夜だからだろうか……寺の雰囲気もなにか、違う。墓のようなものの所為だけではなく、なにかが歪だ。

 これは、そう――戦場の跡のような……

 頭を振る。馬鹿馬鹿しい、何を考えているんだ私は。

 あの人の住む寺がそんな気配を出すものか。舞い上がって感覚が狂っているだけだ。

 いよいよだ。あの人に、逢えるんだ。

 乱れた息を整える。手櫛で梳いて髪の乱れを正す。

 逸る心を抑えゆっくりと表情を作っていく。

 初めて彼女に見せる顔は……笑顔で。

「失礼するよ」

 一歩を踏み入れ、作った笑顔のまま凍りつく。


 誰だ――――コレは。


 輝きなどどこにも無い。

 何もかもが、擦り切れてしまっている。

 浮かべた笑みがどんどん歪になっていくのを自覚する。

「夜更けに妖怪が何用ですか」

「あ、いや、私は」

 訝しげに見られる。咄嗟に出た私の声はあまりにか細く彼女まで届かなかった。

 なんと、言えばいい。言葉が見つからぬ。

 心の臓は激しく脈打ち思考を掻き乱す。

 何か、何か言わねば。彼女に不信感を与えるな。

「噂に違わぬ鋭い眼光だ――流石毘沙門天の化身と呼ばれるだけのことはある」

 荒み切った瞳――彼女は、一体どんなものを見せられたのだ。

 あのお星さまのように輝いていた金色の眼が、こんなにも濁ってしまって……

「噂? なんです、態々調伏されに来ましたか」

 びくりと、体が震える。

 彼女は私を敵として見ている。殺気を隠そうともしないで、今にも飛びかからんと構えている。

 よもや、あの墓地染みた数の墓は、彼女が。

「血の気が多い。いや流石武神たる毘沙門天の化身と云うべきなのかな?」

 なんとか、怯えを隠し殺気を往なす。

 怖い。怖い怖い怖い。

 毘沙門天の言っていたことは真実だった。

 あの優しげに微笑んでいた彼女はもう居ない。

 ここに居るのは気の触れた手負いの虎だ。

 一手仕損じれば確実に私の命は絶たれる。

「回りくどい。率直に言ったらどうです」

 逃げては駄目だ。獰猛な虎に背を見せるなど自殺行為だ。

「私も単刀直入の方がやりやすい。乗らせてもらうよ毘沙門天殿」

 彼女に殺されるやもしれぬなど、考えもしなかった。

 彼女に拒絶されるなんて思いもしなかった。

 あなたなら、あなただけは、私を救ってくれると思っていたのに。

 ずっとずっと、あなたに縋って、あなただけに希望を見出して、耐えていたのに。

 今すぐにでも泣いてしまいたいのに、体に染み付いた間諜の技能は私を生かそうとする。

 感情を面に出さずしたり顔を作ったまま生き残る手段を模索する。

「私は妖怪ネズミのナズーリン。あなたに仕えたいと思って訪ねたのだよ」

 ……生き残って、どうするというのだ?

 もう私には何の希望も残されていない。これからの生はただの苦痛でしかない。

 毘沙門天の言葉が脳裏に甦る。

 ああ、耐えられぬ痛みとは、これか。

 なるほど、確かに耐えられないよ。死んだ方がましだ。

 救いを求めたその相手に希望を打ち砕かれるなんて、耐えられるわけがない。

「仕える……? 妖怪のあなたが、私に? 何の冗談ですか」

「本気だよ。ほら、ネズミは毘沙門天の遣いだろう? そして、私は正にそれだ。

本物の毘沙門天からあなたに仕えるように遣わされたのだよ」

 勝手に紡がれる言葉に笑いだしそうだ。何を必死に生き延びようとしているんだ。

 そんなにも間諜として生還しようとしているのか?

 私は、どこまで生き汚いのかね。

 ふ、はは、あはははは。

 もういい。もういいよ。殺してくれ寅丸星。

 変わり果てたあなたでも、他の誰よりも遥かにましだ。あなたに殺されるなら本望だよ。

 さあ。この胡散臭い化けネズミを殺して解して喰ってしまってくれたまえ。

 覚悟ではなく、諦めで命を投げ出す。

 しかし何時まで待っても私の体に爪も牙も突き立てられなかった。

 ゆらりと顔を上げる。生気を失った眼で彼女を見る。

 座したまま動いていない。先程見せた殺気はなんだったのか、傷つける気さえ失せている。

 彼女はただ――苦悩に、顔を歪めていた。

「……仮に、あなたが真実毘沙門天の遣いだとしても、私は」

「うん?」

 声に滲むのは痛み。

「あなたが仕えるだけの器ではない。私は毘沙門天の化身などではなく……ただの代理で……」

 覗かせるのは暗い昏い……血が流れ続ける大きな傷痕。

 何があったのかわからない。でも彼女は、抱え切れぬ程の苦痛を背負い込んで、耐えている。

 彼女は、傷ついた虎だ。

 私と同じに傷ついて、嘆いて……世に絶望して。

 なのに捨て鉢にならず理性で衝動を抑え込んで生きている。

 ――輝いてない?

 ああ、輝いてない。

 ――変わり果てた?

 面影を見出すのも難しい。

 でも彼女は、寅丸星だ。

 かつて私が憧れた本物の神様だ。

 ずたずたに傷つけられて、こんなところに独りで棲み続けて……

 世を儚んでも憎んでもよいだろうに己を律し続けている。

 美しさは翳んでしまった。力強さは消えて失せた。あの笑顔さえ何処にも無い。

 彼女は神ではなくなって、ただの妖怪に零落れた。

 それでも彼女は……寅丸星だった。

「私が求めたのはあなただよ」

 あなたは命を投げ出すことも獣に堕することもなかった。

 地獄を見たかのように擦り切れながらもあなたは私の憧れた淡い輝きを残している。

 胸の奥に、ぽつんと灯る儚い輝きが残っている。

 ただ地に落ちただけで、あなたは変わらずお星さまのままだったんだ。

「……え?」

 初めて――彼女の眼をまっすぐに見つめた。

 荒んで陰った金色の瞳。

 もう憧れなど抱けない。

 憧れは――恋に堕ちた。

「勘違いしないでくれたまえ。私は毘沙門天の部下ではない。毘沙門天に仲介を願っただけの妖怪だ。

私は他の誰でもない、あなたの部下になる為にここに来た」

 あなたは私の理想だった。希望だった。

 この汚い世界で唯一つ綺麗なお星さまだった。

 そんなあなたに……私は何度も救われていたんだ。

 夜空に輝くあなたを見上げる度に傷ついた私の心は救われた。

「ですが」

「風の噂に聞き、仕えたいと願った。あなたが毘沙門天であろうがなかろうが、関係ない。

私が求めたのは今此処に居るあなただ」

 私は、あなたを救えるなんて驕れない。

 私は狡賢いだけの非力な妖怪だ。あなたのようになれるだなんて思えない。

 でも、地に落ちたお星さまに手を差し伸べることくらいは出来る。

 泥に塗れたあなたに水を差し出すことくらいは出来る。

 手助けにも及ばぬ微力でもあなたの力になりたいんだ。

 あなたは夜空に帰れるお星さまなんだと信じて傍に居続けたいんだ。

「……でも……」

「私は狙ったら逃さぬのが身上でね。なんとしてもあなたに仕えたいのだよ。

名前を聞かせてもらえないかな? 『ご主人様』」

 ――傷を舐め合うなんて畏れ多いことは望まない。

 これは同情にも満たぬ欲塗れの恋心。

 とても彼女に伝えられぬ穢れた想いだ。

 だから、私の想いは押し殺そう。誰にも漏らさず仕舞い込もう。

 これ以上彼女を穢すなんて許せない。



 支えよう


「私、は」


 いつかまた輝けるように


「――寅丸星です」


 私はこのお星さまを支え続ける









 仮令――永遠に己の心を殺し続けることになったとしても
ナズ星過去編の最終回、二人の出会いのナズーリン視点でした

四十九度目まして猫井です

ここまでお読みくださり本当にありがとうございました

いい加減しつこいですがナズ星は私のアブソリュートジャスティス


3/6
※誤字修正しました

※追記
>コメント9番さん
その辺は自己満足ですが、裏設定みたいなものなので……
関連性についてはおまけ程度にお思いください
猫井でした
猫井はかま
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コメント



0.2550簡易評価
3.100薬漬削除
なんという・・・・
コレは良いシリアスナズ星、100点入れないといけない気がする。
9.100名前が無い程度の能力削除
ナズと星さん。お互いがお互いの支えになっていたのですね…
冒頭に前作、前々作の存在について一言入れてはどうでしょうか?出航前夜を読んだ後だといろいろ想像が膨らみます。
ともあれ、猫井さんのナズ星は我々のグレイテストトレジャー。
17.100名前が無い程度の能力削除
あぁ…いいなぁ…ナズ星は素晴らしいなぁ…
22.100名前が無い程度の能力削除
ここからだんだんと恋心に発展してくのか。
それとも気づかぬうちに惚れてたか?
24.100名前が無い程度の能力削除
素晴しい
26.100名前が無い程度の能力削除
氏のナズ星は輝いてるね、これからも応援させて頂きます。
28.100名前が無い程度の能力削除
ここからがあの険しい道であり、あの微笑ましき最後であるのか。
32.100名前が無い程度の能力削除
このナズは格好良い、誰が何と言おうと格好良い
34.100名前が無い程度の能力削除
貴方のナズ星がドストライク過ぎて生きるのが辛い
35.100名前が無い程度の能力削除
貴方の書く百合話が本当に好きです。感謝。
36.100名前が無い程度の能力削除
待ってましたよぉぉ!!
38.100名前が無い程度の能力削除
ナズ星だ・・・・・・
40.100名前が無い程度の能力削除
あなたの書くナズ寅の話は本当に素晴らしいな!是非続けて欲しい
42.90名前が無い程度の能力削除
相変わらずじわじわくる
52.100名前が無い程度の能力削除
今まで毘沙門天ってなんだかなぁって言う感想でした。
しかし、今作で実は色々ちゃんとお見通しのようだなぁと思うと
なんて部下使いの要領の悪い奴なんだろうという感想に代わってしまいました。
どの時点でナズーリンの現状を把握したのかは知りませんが、末端の扱いは最低だがフォローはしっかりできるていうイメージに。
ナズーリンの星に関する嘘報告も、どこが真でどこが偽かしっかり把握してそう。
もしかすると大結界ができたときに星とナズーリンが巻き込まれて転移したのも実は…!?
53.100ずわいがに削除
こっから二人は足掻いていくんですね。
見えますよ。ドロドロになった二人が、ドロドロの中を、ドロドロのまま突っ切っていく勇姿が。
57.100名前が無い程度の能力削除
毘沙門天を聡明な守護神として描きながら、
それでもかっての恩人を嫌悪するナズーリンというのは新鮮でした。