夏の終わり頃、迷いの竹林で月を見ていた。
そんな時に、唐突に声をかけられた。
「少し、付き合ってもらえないかしら」
直接の面識はなかったが、その風体を見て相手が誰だかすぐに分かった。
風見幽香。
慧音曰く、幻想郷で最も厄介な妖怪とのことだ。
多少の誇張はあるにせよ、風評も碌なものを聞いたことがない。
だから今までわざわざ係わり合いになろうとは思わなかった。
それが向こうからやってくるとは。
ここまで足を運んだということは、私に用があるのだろう。
輝夜の嫌がらせか、それ以外の何かか。
いずれにせよ、歓迎出来る相手でない事は確かだ。
臨戦態勢に入り、幽香と向き合う。
「何の用?」
自然と声が攻撃的になる。
威嚇するつもりはないのだけど、相手があの風見幽香とあっては神経質になるのも無理はない。
「やり合うつもりはないのよ。少し、手伝ってもらいたいことがあって」
幽香から敵意は感じられない。むしろ、多少弱っているようにも見える。
警戒を解かないまま、不用意に刺激しないように言葉を発する。
「用件による。それは私に頼むほどの事なの?」
「火の扱いにかけては、あなたが一番長じてそうだったから」
雲行きが怪しくなってきた。火を使って出来る事なんて高が知れている。
それも、良からぬ事がほとんどだ。
私が素直に協力するとでも思っているのだろうか。
「私に何を求める?」
「花を焼いて欲しいの」
幽香はそれ以上話したくないようだった。
花の妖怪が、花を焼いて欲しいと頼む?
私が腑に落ちない顔をしていると、
「付いて来れば分かるわ」
そう言ってさっさと歩き出してしまった。
付き合う義理もないけど、このまま放って置かれては寝覚めが悪い。
とにかく、何をしようとしているのかだけは突き止めないと。
協力するか否かは、それから決めればいい。
at 太陽の畑
「栄枯盛衰、盛者必衰とは言うものの。こうなると無残なものだね」
幽香の真意が掴めぬまま、太陽の畑までやってきた。
夏の間咲き誇ったヒマワリは、今は枯れ果て下を向き、産まれた事を呪うかのようにただひたすら朽ちる時を待っている。
乾燥した茶色い茎が辺り一面に無数に立ち並んでいる姿からは、眩しく咲き誇るヒマワリの姿は想像できなかった。
「必要なだけの種は採ったし、いつまでもこうしておくのは可愛そうだから」
「だから私に焼いて欲しいと」
「そういうことよ」
幽香の言葉は覇気がなく、寂しさがありありと浮かんでいた。
人里で聞く噂とはだいぶ印象が違う。
それだけこの花を大事にしていたのかもしれない。
火をつけるだけなら造作もないけど、本当にそれでいいのだろうか。
「止めるなら今のうちだよ。火はあっという間に燃え広がるからね」
「朽ちた花は灰となり、新たな生命の糧となる。その方がいいのよ。
夏の花に相応しく、とびきり派手な炎で送ってちょうだい」
「そっか。それじゃあ」
空を飛び、炎を一斉にばら撒く。
風向きを考えて余計な場所に火が飛び移らないように気を遣い、限界まで火力を上げる。
熱く、激しく、美しく。
夏の花の最後のあがき。せめて美しく散れ。
「一つ、聞いてもいいかい?」
「うん」
炎は激しく燃え続けている。一度火が回ってしまえば、もう出来る事は何もない。
あとはただ、火の魔性に囚われ、燃え尽きるのを見守るだけ。
幽香は火が点いてから一時も目を逸らさずにヒマワリの群れを見つめ続けている。
それこそ、大切な人の最期を看取るかのように。
「いずれ枯れると分かってて、なんで花を育てる」
「花が好きだから」
「答えになってない」
「それ以上の答えなんてないわよ。
いつか別れが来るとは分かってても、それでも愛さずにはいられない。そういうものなのよ。
あなたも女の子なら、その気持ちは分かるでしょ?」
「気も遠くなるほどの数の別れを繰り返し、それでもなお同じ事が言えるか」
幽香はようやく炎から目を逸らし、まっすぐに私を見据える。
その眼が光っているように見えるのは、炎の揺らめきのせいか涙のせいか。
「幾星霜の時を経て、数え切れないほどの季節を繰り返しても。私は同じことを言うわ。
終わりがあることは花の美しさを微塵も殺がない。終わりがあるからこそ、花は美しく咲き誇るのよ」
こちらを見て、はっきりとそう言った。
その瞳に宿る意志はとても強く、その言葉を疑う事など到底出来はしなかった。
もしかしたら、私達は似たもの同士なのかもしれない。
妖怪と花。蓬莱人と人間。
自分よりも遥かに短い寿命を持つものを愛してしまった者達。
この妖怪が花に対する感情は、人間が人間に対して持つ感情と何ら変わりがない。
枯れるところも、花開かず潰えたところも、無残に散らされたところも数多く見てきたはずだ。
それにも関わらず、花から眼を背けようともしない。
私とは大違いだ。
「あなたは終わりばかり見つめすぎね。そんなんだから竹林に引き篭もる羽目になるのよ」
「そうかもしれないね」
炎は熱く、空を覆いつくすほどに高く激しく燃え盛る。
「…少し、火が大きすぎたかも」
乾燥した大量のヒマワリは勢いよく燃え、天を焦がさんばかりに荒々しく炎が踊っている。
派手にやれとは言われたけど、少し調子に乗りすぎたかもしれない。
「このくらいで丁度いいのよ。向こうを見て御覧なさい」
幽香の指差した方に顔を向けると、人間の里が見えた。
遠くてよく分からないが、夜にしては人通りが多い気がする。
こっちを見て騒いでいるようにも見える。
こちらから見えるということは、きっと向こうからもこの火の様子がよく見えているのだろう。
もしかして…。
「山火事だって騒ぎになってるんじゃない?」
「里の半妖に話を通してるから平気よ」
ああ、慧音と会ってたのか。それで私の居場所が分かったわけだ。
慧音も面倒な奴を押し付けてくれるなあ。後で文句言いに行こう。
幽香はじっと炎を見つめ続けている。
「枯れてなお人を惹き付ける事が出来る。太陽の花らしい情熱的な散り様よ。
このくらい派手に送ってやれば、花達も寂しくはないでしょう」
炎を見ていると、急に背中に重みが加わる。
何かと思って振り向こうとすると、
「振り向いたら殺す」
そう脅されてしまった。思わず首が竦んで両手を挙げて降参のポーズをとってしまう。
いや、死ぬ事はないけどさ。やっぱり痛いのは嫌だしね。我ながら情けないことだ。
幽香がいつの間にか後ろに回って、肩にもたれてきたようだ。
脅しをかけたその声も殺気が篭っていなかったから、ひとまずの危険はないと思うけど。
「少しだけ、背中を貸して」
「気の済むまでどうぞ」
もしかしたら泣いているのかもしれない。それを聞くのは流石に意地悪だろう。
聞いていた話と違いすぎて、どう対応していいやら困ってしまう。
「ねえ、月からこの火は見えると思う?」
「どうだろうね。いささか遠すぎるような気もするけど」
月を見上げて考える。
見えたとしても、せいぜいが豆粒程度の大きさだろう。月は遠すぎる。
でも、
「たとえ炎は見えなくても。この灰は月まで届いて、誰もが見惚れるくらい美しく輝いてる。
そんな気がするよ」
むしろ、そうであって欲しい。
太陽の光を受けて育った太陽の花は、灰となり月に届いて夜空を照らす。
花は灰になって終わりじゃない。灰になってすら人々を魅了する。
そう考えた方が楽しいじゃないか。
「プッ。 あはははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
人が感傷に浸っていると、耳元でいきなり大笑いされた。
慰めてあげようといいこと言ったのに!
腹を抱えて震えている幽香にがなりたてる。
「そんなに笑うことないだろー!」
「ああ、ごめんごめん。
長生きしすぎて荒んでるって聞いてたから、意外すぎて。
随分ロマンチストなのね」
「女の子ですから。それに、元々そういう雅やかな時代の生まれだし」
はめられたような気になってきて腹が立つ。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
さっきまで相当へこんでたくせに。
慧音の言ってた厄介な妖怪ってのは当たりだったようだ。
真性の虐めっ子め。
「あー、笑ったらなんかすっきりしたわ。
そうね、月まで届くね。いいわねそれ」
炎と夜空、そして月をみて何やら思案顔の幽香。
良からぬ予感がする。
どうせ無茶を言ってくるには違いないのだが。
「この炎を月まで打ち上げてよ」
「無理だって」
「じゃあ空でいいわ。幻想郷のどこからでも見えるように、高く派手に美しく。
夜空に大輪の花を咲かせてちょうだい」
にこやかにそう言ってくる。
その笑顔が綺麗過ぎて、断るにも断れなくなってしまう。
結局のとこ、私はかなりのお人よしみたいだ。
適当な間隔で炎の中に札をばら撒き、力を込める。
これだけの炎を空に打ち上げるには相当の体力と集中力がいる。
練習なしのぶっつけ本番。後ろには凶悪な我侭妖怪。
しくじったら何をされるか分からない。
何でこんなに必死になってるのか分からないけど。
花は散り際まで美しく、というのには共感できる。
一瞬の美を、永遠に脳裏に焼き付けよう。
「いっ、 せーっの!!」
地上の炎を全て奪い、鳳凰の形にして打ち上げる。
「たーまやー」
そして十分な高さに届いた所で、一旦炎を丸めて練りこむ。
「かーぎやー」
はじけた時の炎の形は決まっている。というより、これ以外考えられない。
炎の成形が完成した所で、一気に爆発させる。
花火『時期外れの太陽の花』
そして、真っ赤な大輪のヒマワリが夜空に煌めく。
その輝きは一瞬ではあったが、ヒマワリの最後を飾るには上等すぎる手向けだろう。
花に込められた想いは、どれだけの人々に届いただろうか。
「また来年会いましょう。それまでお別れね」
「ふぁいあー」
一気に力を放出したせいで急に体がだるくなる。
立ってるのもしんどくなったので、しばらく横になるつもりで後ろに倒れる。
倒れた、はずなのだけど。 …何か柔らかいものが背中に当たっている。
「お疲れ様。我侭聞いてくれてありがとうね」
幽香に抱きしめられていた。
離れようと思っても体に力が入らないのでどうしようもない。
諦めてしばらくこうしているとしよう。
・・・
幽香に膝枕されて髪を撫でられている。
なんでこんなことに…。
早く体が動くようにならないかなぁ。
放っておいたら次は何をされるか分かったもんじゃないし。
「はい、今日のお礼よ」
そう言って小ぶりのヒマワリを何本か差し出してくる。
「まだ咲いてるのがあったんだ」
「少量だったら咲かせるのは簡単なのよ」
そのヒマワリの黄色はとても鮮やかで、月明かりの下でもはっきりとその存在を主張していた。
こんな花が辺り一面に咲いているのなら、ここが太陽の畑と呼ばれるのも当然だ。
次はヒマワリが咲いている時にここに来よう。
きっとすごく綺麗なんだろうな。
「あー…」
受け取ろうとしたけど体が動かない。
どうしたものかと考えていると。
「髪に結わえてあげる。きっと似合うわよ。後で里の半妖にも渡してあげるといいわ」
束ねたヒマワリを器用に髪に結んでいる。なんだか楽しそうだ。
うーん。鏡が欲しいなあ。
「いい加減動けるようにならないの? そろそろ悪戯するわよ」
頬をつまむな。噛むぞ!
「もうちょっと休んだら歩いて帰るよ」
「私のベッドに運んでもいいけど?」
「絶対やだ」
「残念。迎えも来たようだし、そろそろ自分で立ちなさい」
そう言われて空に目を向けると、見慣れた人物がやってきた。
「幽香!太陽の畑を燃やすと聞いてはいたが、さすがにあれはやりすぎだぞ!
言いなりになる妹紅も妹紅だ。燃え尽きなかった火種で火事になったらどうするつもりだ」
開口一番、説教を始める慧音。
幽香はさも面倒くさそうに聞き流している。
「説教なら後で聞いてあげるから、今日はこれを持って家に帰りなさい」
幽香はそう言って私をぞんざいに投げる。
動けないのをいいことにやりたい放題だな。
慧音は私を受け止め、やたらとくっついてくる。
「疲れて動けないみたいだから、しばらくはあなたが世話をしてあげるといいわ。
煤臭いし、まずはお風呂にでも入れてあげたら?」
「ちょっと待て!」
「む…。そういうことなら今日のとこは引き下がろう。また後で来るからな」
なんか慧音が乗り気になってるんですけど。早く動け私の体!
「ごきげんよう。そして、末永くお幸せに」
幽香はにっこりと微笑んで風に吹かれてどこかへ消えてしまった。
最後の言葉はどういうつもりだ。
「妹紅、このヒマワリはどうしたんだ?」
「今日のお礼だってさ。慧音にもあげるよ」
ようやく体が動くようになったので、慧音の髪にヒマワリを挿してあげる。
なんで私が自分で立つと残念そうな顔になるのさ。
「似合う、かな?」
「可愛いよ慧音」
そういうと慧音は顔を赤らめてしまう。
なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるなぁ。
「それじゃ、帰ろっか。今日は慧音の家に泊めてくれないかな。くたびれて竹林まで帰るのが大変だから」
「ああ、歓迎するぞ」
慧音と手を繋いで歩いていく。
幽香の影響かな。これからは、一緒にいられる時間をもっと楽しもうと思う。
ー後日談ー
その日の花火はゲリラ的に行われたため、数件の被害報告(夜雀が焦げた、ルーミャが火達磨になった)と
クレーム(神社の参拝客が減った、もこたんが最近冷たい)があったものの概ね好評だったらしい。
毎年の恒例行事に~、との声も上がっているそうだけど。正直あの妖怪に会いに行くのは気が進まないなあ。
放っておいても向こうから勝手にやってくるんだろうけど。
向日葵の種、来年どこに植えようかな。
「ヒマワリの花言葉は『あなたを見つめる』。あの二人にぴったりよね。
花は枯れても種が残る。そしてその種は風に運ばれ新たな土地で花開く。
そうしていつかこの世界が花で埋め尽くされる。
それはとても素敵な事よね」
そんな時に、唐突に声をかけられた。
「少し、付き合ってもらえないかしら」
直接の面識はなかったが、その風体を見て相手が誰だかすぐに分かった。
風見幽香。
慧音曰く、幻想郷で最も厄介な妖怪とのことだ。
多少の誇張はあるにせよ、風評も碌なものを聞いたことがない。
だから今までわざわざ係わり合いになろうとは思わなかった。
それが向こうからやってくるとは。
ここまで足を運んだということは、私に用があるのだろう。
輝夜の嫌がらせか、それ以外の何かか。
いずれにせよ、歓迎出来る相手でない事は確かだ。
臨戦態勢に入り、幽香と向き合う。
「何の用?」
自然と声が攻撃的になる。
威嚇するつもりはないのだけど、相手があの風見幽香とあっては神経質になるのも無理はない。
「やり合うつもりはないのよ。少し、手伝ってもらいたいことがあって」
幽香から敵意は感じられない。むしろ、多少弱っているようにも見える。
警戒を解かないまま、不用意に刺激しないように言葉を発する。
「用件による。それは私に頼むほどの事なの?」
「火の扱いにかけては、あなたが一番長じてそうだったから」
雲行きが怪しくなってきた。火を使って出来る事なんて高が知れている。
それも、良からぬ事がほとんどだ。
私が素直に協力するとでも思っているのだろうか。
「私に何を求める?」
「花を焼いて欲しいの」
幽香はそれ以上話したくないようだった。
花の妖怪が、花を焼いて欲しいと頼む?
私が腑に落ちない顔をしていると、
「付いて来れば分かるわ」
そう言ってさっさと歩き出してしまった。
付き合う義理もないけど、このまま放って置かれては寝覚めが悪い。
とにかく、何をしようとしているのかだけは突き止めないと。
協力するか否かは、それから決めればいい。
at 太陽の畑
「栄枯盛衰、盛者必衰とは言うものの。こうなると無残なものだね」
幽香の真意が掴めぬまま、太陽の畑までやってきた。
夏の間咲き誇ったヒマワリは、今は枯れ果て下を向き、産まれた事を呪うかのようにただひたすら朽ちる時を待っている。
乾燥した茶色い茎が辺り一面に無数に立ち並んでいる姿からは、眩しく咲き誇るヒマワリの姿は想像できなかった。
「必要なだけの種は採ったし、いつまでもこうしておくのは可愛そうだから」
「だから私に焼いて欲しいと」
「そういうことよ」
幽香の言葉は覇気がなく、寂しさがありありと浮かんでいた。
人里で聞く噂とはだいぶ印象が違う。
それだけこの花を大事にしていたのかもしれない。
火をつけるだけなら造作もないけど、本当にそれでいいのだろうか。
「止めるなら今のうちだよ。火はあっという間に燃え広がるからね」
「朽ちた花は灰となり、新たな生命の糧となる。その方がいいのよ。
夏の花に相応しく、とびきり派手な炎で送ってちょうだい」
「そっか。それじゃあ」
空を飛び、炎を一斉にばら撒く。
風向きを考えて余計な場所に火が飛び移らないように気を遣い、限界まで火力を上げる。
熱く、激しく、美しく。
夏の花の最後のあがき。せめて美しく散れ。
「一つ、聞いてもいいかい?」
「うん」
炎は激しく燃え続けている。一度火が回ってしまえば、もう出来る事は何もない。
あとはただ、火の魔性に囚われ、燃え尽きるのを見守るだけ。
幽香は火が点いてから一時も目を逸らさずにヒマワリの群れを見つめ続けている。
それこそ、大切な人の最期を看取るかのように。
「いずれ枯れると分かってて、なんで花を育てる」
「花が好きだから」
「答えになってない」
「それ以上の答えなんてないわよ。
いつか別れが来るとは分かってても、それでも愛さずにはいられない。そういうものなのよ。
あなたも女の子なら、その気持ちは分かるでしょ?」
「気も遠くなるほどの数の別れを繰り返し、それでもなお同じ事が言えるか」
幽香はようやく炎から目を逸らし、まっすぐに私を見据える。
その眼が光っているように見えるのは、炎の揺らめきのせいか涙のせいか。
「幾星霜の時を経て、数え切れないほどの季節を繰り返しても。私は同じことを言うわ。
終わりがあることは花の美しさを微塵も殺がない。終わりがあるからこそ、花は美しく咲き誇るのよ」
こちらを見て、はっきりとそう言った。
その瞳に宿る意志はとても強く、その言葉を疑う事など到底出来はしなかった。
もしかしたら、私達は似たもの同士なのかもしれない。
妖怪と花。蓬莱人と人間。
自分よりも遥かに短い寿命を持つものを愛してしまった者達。
この妖怪が花に対する感情は、人間が人間に対して持つ感情と何ら変わりがない。
枯れるところも、花開かず潰えたところも、無残に散らされたところも数多く見てきたはずだ。
それにも関わらず、花から眼を背けようともしない。
私とは大違いだ。
「あなたは終わりばかり見つめすぎね。そんなんだから竹林に引き篭もる羽目になるのよ」
「そうかもしれないね」
炎は熱く、空を覆いつくすほどに高く激しく燃え盛る。
「…少し、火が大きすぎたかも」
乾燥した大量のヒマワリは勢いよく燃え、天を焦がさんばかりに荒々しく炎が踊っている。
派手にやれとは言われたけど、少し調子に乗りすぎたかもしれない。
「このくらいで丁度いいのよ。向こうを見て御覧なさい」
幽香の指差した方に顔を向けると、人間の里が見えた。
遠くてよく分からないが、夜にしては人通りが多い気がする。
こっちを見て騒いでいるようにも見える。
こちらから見えるということは、きっと向こうからもこの火の様子がよく見えているのだろう。
もしかして…。
「山火事だって騒ぎになってるんじゃない?」
「里の半妖に話を通してるから平気よ」
ああ、慧音と会ってたのか。それで私の居場所が分かったわけだ。
慧音も面倒な奴を押し付けてくれるなあ。後で文句言いに行こう。
幽香はじっと炎を見つめ続けている。
「枯れてなお人を惹き付ける事が出来る。太陽の花らしい情熱的な散り様よ。
このくらい派手に送ってやれば、花達も寂しくはないでしょう」
炎を見ていると、急に背中に重みが加わる。
何かと思って振り向こうとすると、
「振り向いたら殺す」
そう脅されてしまった。思わず首が竦んで両手を挙げて降参のポーズをとってしまう。
いや、死ぬ事はないけどさ。やっぱり痛いのは嫌だしね。我ながら情けないことだ。
幽香がいつの間にか後ろに回って、肩にもたれてきたようだ。
脅しをかけたその声も殺気が篭っていなかったから、ひとまずの危険はないと思うけど。
「少しだけ、背中を貸して」
「気の済むまでどうぞ」
もしかしたら泣いているのかもしれない。それを聞くのは流石に意地悪だろう。
聞いていた話と違いすぎて、どう対応していいやら困ってしまう。
「ねえ、月からこの火は見えると思う?」
「どうだろうね。いささか遠すぎるような気もするけど」
月を見上げて考える。
見えたとしても、せいぜいが豆粒程度の大きさだろう。月は遠すぎる。
でも、
「たとえ炎は見えなくても。この灰は月まで届いて、誰もが見惚れるくらい美しく輝いてる。
そんな気がするよ」
むしろ、そうであって欲しい。
太陽の光を受けて育った太陽の花は、灰となり月に届いて夜空を照らす。
花は灰になって終わりじゃない。灰になってすら人々を魅了する。
そう考えた方が楽しいじゃないか。
「プッ。 あはははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
人が感傷に浸っていると、耳元でいきなり大笑いされた。
慰めてあげようといいこと言ったのに!
腹を抱えて震えている幽香にがなりたてる。
「そんなに笑うことないだろー!」
「ああ、ごめんごめん。
長生きしすぎて荒んでるって聞いてたから、意外すぎて。
随分ロマンチストなのね」
「女の子ですから。それに、元々そういう雅やかな時代の生まれだし」
はめられたような気になってきて腹が立つ。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
さっきまで相当へこんでたくせに。
慧音の言ってた厄介な妖怪ってのは当たりだったようだ。
真性の虐めっ子め。
「あー、笑ったらなんかすっきりしたわ。
そうね、月まで届くね。いいわねそれ」
炎と夜空、そして月をみて何やら思案顔の幽香。
良からぬ予感がする。
どうせ無茶を言ってくるには違いないのだが。
「この炎を月まで打ち上げてよ」
「無理だって」
「じゃあ空でいいわ。幻想郷のどこからでも見えるように、高く派手に美しく。
夜空に大輪の花を咲かせてちょうだい」
にこやかにそう言ってくる。
その笑顔が綺麗過ぎて、断るにも断れなくなってしまう。
結局のとこ、私はかなりのお人よしみたいだ。
適当な間隔で炎の中に札をばら撒き、力を込める。
これだけの炎を空に打ち上げるには相当の体力と集中力がいる。
練習なしのぶっつけ本番。後ろには凶悪な我侭妖怪。
しくじったら何をされるか分からない。
何でこんなに必死になってるのか分からないけど。
花は散り際まで美しく、というのには共感できる。
一瞬の美を、永遠に脳裏に焼き付けよう。
「いっ、 せーっの!!」
地上の炎を全て奪い、鳳凰の形にして打ち上げる。
「たーまやー」
そして十分な高さに届いた所で、一旦炎を丸めて練りこむ。
「かーぎやー」
はじけた時の炎の形は決まっている。というより、これ以外考えられない。
炎の成形が完成した所で、一気に爆発させる。
花火『時期外れの太陽の花』
そして、真っ赤な大輪のヒマワリが夜空に煌めく。
その輝きは一瞬ではあったが、ヒマワリの最後を飾るには上等すぎる手向けだろう。
花に込められた想いは、どれだけの人々に届いただろうか。
「また来年会いましょう。それまでお別れね」
「ふぁいあー」
一気に力を放出したせいで急に体がだるくなる。
立ってるのもしんどくなったので、しばらく横になるつもりで後ろに倒れる。
倒れた、はずなのだけど。 …何か柔らかいものが背中に当たっている。
「お疲れ様。我侭聞いてくれてありがとうね」
幽香に抱きしめられていた。
離れようと思っても体に力が入らないのでどうしようもない。
諦めてしばらくこうしているとしよう。
・・・
幽香に膝枕されて髪を撫でられている。
なんでこんなことに…。
早く体が動くようにならないかなぁ。
放っておいたら次は何をされるか分かったもんじゃないし。
「はい、今日のお礼よ」
そう言って小ぶりのヒマワリを何本か差し出してくる。
「まだ咲いてるのがあったんだ」
「少量だったら咲かせるのは簡単なのよ」
そのヒマワリの黄色はとても鮮やかで、月明かりの下でもはっきりとその存在を主張していた。
こんな花が辺り一面に咲いているのなら、ここが太陽の畑と呼ばれるのも当然だ。
次はヒマワリが咲いている時にここに来よう。
きっとすごく綺麗なんだろうな。
「あー…」
受け取ろうとしたけど体が動かない。
どうしたものかと考えていると。
「髪に結わえてあげる。きっと似合うわよ。後で里の半妖にも渡してあげるといいわ」
束ねたヒマワリを器用に髪に結んでいる。なんだか楽しそうだ。
うーん。鏡が欲しいなあ。
「いい加減動けるようにならないの? そろそろ悪戯するわよ」
頬をつまむな。噛むぞ!
「もうちょっと休んだら歩いて帰るよ」
「私のベッドに運んでもいいけど?」
「絶対やだ」
「残念。迎えも来たようだし、そろそろ自分で立ちなさい」
そう言われて空に目を向けると、見慣れた人物がやってきた。
「幽香!太陽の畑を燃やすと聞いてはいたが、さすがにあれはやりすぎだぞ!
言いなりになる妹紅も妹紅だ。燃え尽きなかった火種で火事になったらどうするつもりだ」
開口一番、説教を始める慧音。
幽香はさも面倒くさそうに聞き流している。
「説教なら後で聞いてあげるから、今日はこれを持って家に帰りなさい」
幽香はそう言って私をぞんざいに投げる。
動けないのをいいことにやりたい放題だな。
慧音は私を受け止め、やたらとくっついてくる。
「疲れて動けないみたいだから、しばらくはあなたが世話をしてあげるといいわ。
煤臭いし、まずはお風呂にでも入れてあげたら?」
「ちょっと待て!」
「む…。そういうことなら今日のとこは引き下がろう。また後で来るからな」
なんか慧音が乗り気になってるんですけど。早く動け私の体!
「ごきげんよう。そして、末永くお幸せに」
幽香はにっこりと微笑んで風に吹かれてどこかへ消えてしまった。
最後の言葉はどういうつもりだ。
「妹紅、このヒマワリはどうしたんだ?」
「今日のお礼だってさ。慧音にもあげるよ」
ようやく体が動くようになったので、慧音の髪にヒマワリを挿してあげる。
なんで私が自分で立つと残念そうな顔になるのさ。
「似合う、かな?」
「可愛いよ慧音」
そういうと慧音は顔を赤らめてしまう。
なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるなぁ。
「それじゃ、帰ろっか。今日は慧音の家に泊めてくれないかな。くたびれて竹林まで帰るのが大変だから」
「ああ、歓迎するぞ」
慧音と手を繋いで歩いていく。
幽香の影響かな。これからは、一緒にいられる時間をもっと楽しもうと思う。
ー後日談ー
その日の花火はゲリラ的に行われたため、数件の被害報告(夜雀が焦げた、ルーミャが火達磨になった)と
クレーム(神社の参拝客が減った、もこたんが最近冷たい)があったものの概ね好評だったらしい。
毎年の恒例行事に~、との声も上がっているそうだけど。正直あの妖怪に会いに行くのは気が進まないなあ。
放っておいても向こうから勝手にやってくるんだろうけど。
向日葵の種、来年どこに植えようかな。
「ヒマワリの花言葉は『あなたを見つめる』。あの二人にぴったりよね。
花は枯れても種が残る。そしてその種は風に運ばれ新たな土地で花開く。
そうしていつかこの世界が花で埋め尽くされる。
それはとても素敵な事よね」
二人とも膨大な散り際を見つめるのでしょうね。これまでもこれからも。
いや、愛に満ちた話だ。
想像したら心が温かくなりました。
意外なカップリングだけど利にかなってるのが良いぜ
「ふぁいあー」がかわいいw
蓬莱人の妹紅に対し、幽香が花の話で比喩する部分がすごくよかった。
良い話ありがとう
あと『ルーミャ』はワザと?