魔法の森。
「あるぅひー。もりのなかー」
暗い森の中。
「バチィッとされてー、さらわれたー」
とっことっことこいしが歩いていた。
「はなさーくーもりのみちー。バチィッとされてーさらわーれたー」
また妙な歌を口ずさんでいる。
はためにはご機嫌な様子だ。とっことっこ。
かるいというよりは、軽すぎてそのまま浮き上がりそうな足どりで歩いていく。
「くまさーんのーいうことにゃー、おじょうさん。ここのしわは21――うにゅ?」
こいしはふと立ち止まった。
鼻先を上げて頭を巡らし、小さい鼻をすんすんと鳴らす。
ある一点で目を止めて、そっちのほうにある森の奥をじーっと見つめた。
「……肉の臭い。ろこつに食欲を刺激してくるわね……いやらしいわ」
こいしは言うと、いったんちょっと立ち止まった。
そして、急に近くの繁みに飛びこむと、がさがさっとそのまま繁みの中を素早く這っていく。
「私の半径千里以内でお食事中なら招待してもおかしくないはず。悪い子はどこかしら?」
がさっと、やがて、這っていった先で繁みが途切れる。
こいしは、繁みの中でひそんで、じっと途切れた先の様子を伺った。
がつっ、ぶつっ、くちゃくちゃくちゃ、ぱき
たしかに、妖怪が一匹食事中の様子である。
こいしと同じ少女姿の妖怪のようだ。髪までべちゃべちゃに濡れている横顔が見える。
自分でしとめたのか、偶然落ちていたのか知らないが、とにかく食事に夢中になっているらしい。
こいしはしばし見ていたが、やがて頬杖をついて退屈そうにうなった。
ぶらぶらと寝そべったまま、足先を振る。
「こいしちゃんは上品なので、他の人が手をつけたものには興味ありません。間接キスとかちょう卑猥。でもこいしちゃんのくちづけならちょっと見てみたいかも。恋に恋するお年頃なのがこいしちゃん。やべえ殺戮したくなってきたから、もう抜けますね」
こいしは言うと、ずず、と、後方へと匍匐前進しはじめた。
そのまま後ろ向きで、がさがささと、素早く繁みを抜けていく。なにか、は虫類の一種のような器用さだ。
繁みを抜けて元の位置まで戻ると、こいしは立ち上がった。
ぱんぱん、と身体を払う。
「かえろ。お腹空いた」
帽子をかぶり直すと、またとっことっこと歩きだした。
地霊殿。
「こいし」
「なに? お姉ちゃん」
こいしは言った。
姉が言う。
「あなた、昨日地上に行ってきた?」
「昨日って言うのが今日の前の日なら、私は行ったと言うだろうな。つまりどういうことだ? こいしちゃんは行ってきたってことだな」
「魔法の森っていうところに行ってきた?」
「行ってきたように見せかけて行っていないことは、よくあることらしいわ。まあ、私はたしかに行ったけど」
「人間を食べてきた?」
姉は言った。
こいしは、上げた足をぶらぶらさせた。
寝そべっているソファの前のほうで猫が寝ようとしているのを、尻尾や足をいじってひかえめに邪魔している。
こいしは言った。
「人間なら昨日の夕飯に出たじゃない。お姉ちゃんも一緒に食べてたわ」
「そのことじゃないわよ。昨日、あなたが帰ってきたときに美味しそうな臭いがしてたって、おくうが言っていたのよ」
「ふーん」
こいしはちょっと黙りこんだ。
うーんとやや考えこむような間を置く。
言う。
「さあ」
「……」
姉は、ちょっと眉をひそめた。
やや気分を損ねたらしい。
言う。
「さあってなによ」
「お姉ちゃんは、何で私にそんなこと聞くの? 巫女が何か言ってたの? 今日、宴会に行ってたんだよね?」
「別に……いいから、答えてくれればいいのよ。答えてくれればいいことでしょ? あなたも」
姉は言った。
こいしは言った。
「お姉ちゃんは私のこと信用してないの? 口に出して言わないと分からないの?」
「……。こいし? あんた言ってることがめちゃくちゃよ?」
姉が言う。
こいしは、くすくすと笑いつつ、ソファの上の猫を抱き上げた。
猫は嫌がって、面倒くさそうに身をよじらせる。
「わかりません。こいしちゃんはふらふら無意識だからねー。やったかもしれないしやってないかもしれない。でも、やってなくても美味しそうな臭いがついちゃうことはよくあるんでしょうか。てことはやったのかもね? やったんでしょうか? さあね、わかりません。分からないなら猫にでも聞いてみましょうか。ねえ、あなた分かる? 分からない。そう」
「ペットが嫌がることは止めなさい。その子たちだって、思ってることは燐とたいして変わらないのよ」
「嫌がっていてもやるのがこいしちゃん。やらないのは訓練されたこいしちゃんだ」
「あのね。いいからヘンな手間かけさせないで――」
「お姉ちゃんは私のこと信用してくれないのねーあーかなしいなーハートブレイクキャントストップフォーリンラブいなー」
「だからそういう問題じゃ――」
姉は声に苛立ちを混ぜはじめた。
こいしは構わずに、ふらりと立ち上がった。
「なんだかわびしいからまたバガボンドってきます。せつなさの表現って言うのは難しいのね。木の上に逆さに乗せられた生首みたいに理解不能。誰がそんなところに乗っけたの? そして、一体誰にそれを下ろして欲しいの? 全然分からないわね。まあきっと乗っけた本人にも分からないんでしょう」
「ちょっと――こいし! 待ちなさい! ちょっと!」
姉は珍しく声を荒げた。
しかしこいしは、そのまま構わず部屋を出た。
またふらふらと歩きだす。
その翌日。
無名の丘。
「ちょっと。あんた」
こいしは、ふらふら歩いているところへ、声をかけられた。
くるんと顔を回す。
そこに立っている、紅白色の娘に目を止める。
こいしはん? といぶかしんで言った。
「おや? この私に声をかけるだなんて、あなたは一体どこの誰?」
「もう顔忘れたのか。早いな。あんたも鳥頭なの?」
などと言ってくる。
巫女みたいなヘンな服装の娘を見て、こいしは、ふんと考え、ふとぽんと手を叩いた。
「あ。あー、あー。思いだした。ハクレ、いや、たしか腋出しの恥ずかしい巫女」
「思いだしたとか言いながら、忘れたうえに途中で腹立つ言い方にきりかえんな」
「そうそう。たしかそんな服で巫女とか言っといてよく恥ずかしくない腋出しの巫女」
「ケンカうってんのか?」
巫女は言った。
こいしは言った。
「売ってないわよ。大事なことだから二回言った。私はケンカじゃなくて恋がしたいだけ。この世界の全ては、実は私と恋に落ちるためにあったんだよ! 運命で分かる。それじゃあ、あなたも私とヒュージョンしましょッ!」
言って、ばっと両腕を上げたが、巫女は微動だにせず顔をしかめた。
首をふって言う。
「嫌だやらない。というか、今日は弾幕ごっこはなしよ」
「ええーそんな。私たちもう終わりなんですか?」
「今日は、ちゃんとあなたに用があるのよ。そうじゃなきゃ、誰があんたみたいな危ないのに声かけるか」
巫女は言った。
こいしは言った。
「分からないわよ。巫女ってみんなちょっと頭おかしいらしいし。普段、ニコニコ笑ってつきあっておいて、ある日いきなり妖怪だからとかなんか頭おかしい理由で盛りあがって全力で殺しにかかってきたり「うほっ、こいつたまんね」って理由だけで人を地下に監禁してウフフって言ってたりすることもあるらしい。おおひどいひどい」
「……そろそろ喋ってもいいか?」
「なんか急に笑顔で青筋立ててきたわ。なにか私失礼なことしたかしら?」
「お前の存在自体が失礼だ。もういい黙れ。だから、今日は巫女の仕事で来たのよ」
「巫女は仕事じゃなくそういう種族とか聞いたことがあるわ。ミコ属ミコ目ミコ科ワキ。肉食で非常に狂暴。飛ぶ」
「人の話を聞けッ!」
「ミコ属ミコ目ミコ科ワキ」
「いい加減にしないと引っぱたくわよ」
「ワキ。ミコ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……。あのね」
巫女は少し口調を改めた。
なんとなく、きしきしとした気迫が強まる。
気配が変わったとか、別人になったとか、そんな感じである。
「私も、あなたがどうこうってわけじゃないけどね。まあ、このままだと周囲が納得しないというかね。私も、里の人たちからあとでなにかに言われるのは嫌だし」
ぶちぶちと、巫女はやる気なさそうに言ってくる。
こいしはにっこりと笑い返した。
「人間は面倒くさいのねー。まあ面倒くさければ、ここでは人間やめちゃえばいいだけなんだけど。あなたも私と一緒に妖怪しましょ!」
「嫌だ。断る」
「えーそんな。どうせ半分妖怪みたいものじゃない。私には露骨にあなたが吸血鬼化されたり死神になったり新世界の神になる姿がすすけて見えるんだけど。そんなのよりも四肢切断してウチに来ようよ。可愛いリボンをつけて、お姉ちゃんと私のペットにしてあげる!」
「ねえ、あんたってさ、実はすごく危険な妖怪なのよね」
巫女は聞かずに言ってきた。
腰に手を当てたまま、続けてくる。
「私は正直言うと、あなたがなにしようといいんだけどね。人間を襲うかどうか分からないって言うのは、困るんだわ。今までは、あなたのこと知らなかったから、どうにもしようがなかったけどね。でも、知った以上はどうしても最低限見過ごせないことっていうのもあるのよ。わかる?」
「うん。――うん?」
「そう。もういい。分かった。それじゃあ大人しく痛めつけられてね。死なない程度にはしてあげるから」
「え。いや。ちょっと待って。痛いのとか嫌なんだけど。でもそういうのもあるのか。どきどき」
「勝手に言ってなさい」
巫女は言った。
みし、と空間が音を立てた。
こいしはあたりを見回した。
花畑に壁のようなものが出来ている。
巫女はなにかの針とお札を、両手に構えていた。
こいしは首をかしげた。
「あれ? 弾幕ごっこするんじゃないの?」
「残念だけど、あれは異変の時だけよ」
巫女は言った。
こいしは、かしげた首を反対に返してから、また元に戻した。
言う。
「ふーん、そーなのか。それじゃあ仕方ないな。まあいいわ。手加減してあげるから、本気でかかってきなさい!」
「うん」
地霊殿。
ぎぎぎっとエントランスの扉が開いた。
べちゃっ、と足音を立てて、こいしが歩いてくる。
命からがら逃げ延びて、どうにか地底まで帰ってきた。
べちゃ、と、血の溜まった靴が床に足跡を作るのを気にしつつ、こいしは、エントランスの扉を閉じた。自分の部屋に向かう。
さすがに足を引きずっていた。
「うう……巫女外道……手加減して、あげた、のに……手心くらい、くわえる、もんだわ……よっ、……うう、たた……」
こいしはうめいて、ひいこらひいこら廊下を歩いた。
手も血まみれなので、壁に手をつくたびに手形が残った。
「ふう……」
どうにか自室の扉にたどり着いて、こいしはべた、とノブに触れて、ドアを開いた。
開いた拍子に、部屋の中にまともに倒れ込む。
「いった、た……。う。ふ。よ。よっ……と」
芋虫のように、ずり、ずり、と、肩で這いずって、こいしはベッドに着いた。
屋敷は、すでに寝静まったあとのようだ。
廊下を歩くときにも、誰にも会わなかった。
どうにかベッドに這い上がって、こいしは静かに身を横たえた。
ふうー、ふうー、と、弱々しい自分の呼吸が、闇の中に大きく響いている。
「………………………………………………………………。えほっ」
こいしは咳をした。
ごろん、と肩で寝返りをうった。
水が飲みたい。
ドアが開いた。
「――こいし。帰ったの?」
姉の声がした。
「中に誰もいませんよ?」
こいしは言った。
姉は、構わずに中に入ってきた。
ベッドに近づいて、こいしの体に触れる。
さすがにびくりと身体がはねた。
部屋が暗かったせいだろう。姉の指が、うっかり傷口に触れたのだ。
姉は気づいたらしい。ただあまり大袈裟には慌てなかった。
慌ただしく立って、部屋の灯りをつける。
「うおっまぶし」
こいしは言った。
姉がこちらの服に手をかける。
「怪我をしているなら、すぐに言いなさいよ……」
姉は、こいしの服をめくったり脱がせたりして、手早く身体のあちこちと見た。
血がべっとりと張りついているので、なかなか脱がしづらいようだが、てきぱきとやってのける。
「ほら、腕上げて」
ときおり、こいしに指示を飛ばした。
こいしは何もする気がなかったが、しかたなく、少し身をよじって手伝ってやった。
姉は、確認を終えると、椅子を立って部屋の端に行った。
がた、と引き出しを開けて、タオルやハンケチの類を取りだしてくる。
それと、手早く腕まくりして備えつけのバスルームに行くと、洗面器に水をはって、布と一緒に抱えてきた。
こいしは言った。
「いや、ほんと大丈夫ですよ? この程度の怪我ではこいしちゃんは全力で死にません。お姉ちゃんを愛しているからよ。いて」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。まったく、廊下もあんなに汚して……」
姉は言った。
こいしは言った。
「私のカンによると、お燐がひと晩で終わらしてくれるそうです。まぁ見てな」
「いいから大人しくしてなさい」
と、そのとき、ふと「うにゅーっ!?」と、部屋の外から素っ頓狂な声がした。
たったった、と廊下を駆けてくる足音がする。
部屋の前で立ち止まる気配がして、空が、部屋の中を中をのぞきこんできた。
こっちは見るからに慌てて言う。
「あっさ、さとり様! 何があったの!? 廊下中血まみれで――あっ! こ、こいし様っ!? なによ、これ!?」
「ああ、おくう。まだ起きてたの……早く寝なさいって言ったでしょ。でも、ちょうど良かったわ。ちょっとお燐を呼んできて。もう寝てるかもしれないけれど」
「あ、はい。えっと、はい。わかりました」
空は言った。
顔を引っ込めると、また、たたた、と走っていく。「うおっと」と途中でけっつまずく声が響く。
さとりがため息を吐いた。
「焦って走ると転ぶって言ってるのに……」
「動物だから覚えないのは仕方ないね。むしろ動物は覚えないものなので覚えたらそれは動物ではないわ。もっとおぞましい……うにゅ?」
「また引っぱたくわよ」
「引っぱたくと言ったときにはもう引っぱたいている……そうか、これが噂に聞くでぃふぉうしいってやつなのね! 素敵」
べしと叩かれて、こいしはやっと黙りこんだ。
姉はもくもくと手当を進めている。
とはいえ、たしか応急手当以上のことはできないはずだったが。
まあどっちみち、妖怪がこの程度の怪我で死ぬわけないから放っておけばいいのだが。
「ねえ」
「なに」
「お姉ちゃん、あんまり驚いてないんだね」
こいしは言った。
姉は言う。
「驚いてるわよ」
「驚いてるの?」
「驚いてるわよ」
「じゃあ、なにがあったかも全然わからないのね」
「巫女にやられたんじゃないの?」
姉は言った。
こいしは首をかしげよう――としたが、できずにあきらめた。聞く。
「なんでわかるの?」
「適当に言ったのよ」
「そーなのかー」
「もういいから、あんまり喋らないで」
「巫女は仕事だって言ってたわ。私が危険なやつだから、懲らしめにきたんだって」
「そう」
「私みたいなのが地上をうろついていると、迷惑なんだって言うのよ」
「そうかもしれないわね」
姉は言った。
こいしは、姉をじっと見つめて言った。
「否定しないんだ」
「本当のことだもの」
姉は言った。
こいしは、姉を見つめた。
言う。
「そう。じゃあお姉ちゃん、私そろそろカギ付きの頑丈な扉がほしいんだけど」
「なにを言ってるの。今の扉で十分よ」
姉は言った。
こいしは言った。
「今の扉は、外からカギがかからないのでもうだめ」
「外からカギなんてかけてどうするの」
「外からカギをかければ、私は自分で外に出られないでしょ」
「そんなことしてなにか意味があるの?」
「意味とか難しいことはいりません。ただ自分で出られなくなれば私が地上に行くこともなくなるし、おっかない巫女に理不尽に襲われることもなくなるだろうな」
「いらないわよ。そんなの必要ないわ」
「必要ないってことないわ。お姉ちゃん、自分でも私が危険だってこと認めてるじゃない」
「もういいから喋らないで。おとなしくしてなさい」
「話をそらさないでよ。私が自分で自分のこと面倒見れないことくらい、お姉ちゃん知ってるでしょ? なにするかわからないし、私だって自分でそれを止められないのよ? だから危ない危ないって言われても否定できないんじゃない。もういい加減にしてよ! ここに閉じ込めてたって、地上をふらついてたって、私はなんにも感じないのよ!? 同じなのよ!?」
「こいし。やめて」
「やめないわよ。お姉ちゃんだってわかってるでしょ!? なんならためしに一週間でも一ヶ月でもここに閉じ込めてみてよ! 外にいてもここにいても私はおんなじ! へらへら笑ってひとりで意味不明なこと言ってるだけよ! 外になんてでなくていい! ここですごせばいい! 私が力を使えなくしたのは本当に嫌気が差したからよ!! 外にいてもここにいても、私はおんなじなの! ここに閉じ込めてよ! もう外に出さないでよ!!」
「やめて! こいし!! 聞いてよ!!」
姉は声を荒げた。
こいしは口を閉じた。
興奮したせいで、のどが痛かった。目の前の姉も、息を荒げていた。
椅子から立ち上がっていたのが静かに腰を下ろす。
しばし黙り込む。
部屋にはまだ誰も来ない。
ぎ、と椅子がなった。姉が口を開いた。
「本当ならね。あなたがそう思っているんなら、そうしてもいいの。それでもいいのよ。あなたが心を閉じたことは、私にはいいとも悪いとも言えないんだし」
「じゃあそうしてよ」
こいしは言った。
「嫌よ」
「嫌ってなによ」
こいしは言った。
姉は言った。
「なによもなにもないわよ。もういい加減にして」
ぴしりとした口調で言う。声がわずかに震えた。
こいしが言い返す前に言ってくる。
「いい。こいし。あなたはね。私の大切な妹なの。大切な家族なのよ。たった一人の妹なの。あなたが怪我をしたりすれば、私は辛いし、悲しいし、心配するのよ。心配なの」
姉は続けて言った。背中の灯りが、顔に影を落としている。
「あんたのことが本当にどうでもいいんだったら、私はいちいち何か言ったりしないわよ。あんたが何しようと放っておくわ。でもね。放っておけないし、黙っていられないのよ。いえ、あんたのことが心配だからじゃなくても、私だってね。本当は、あなたに構って貰いたいから、いちいち何か言ったりするのよ。本当はね。それだけなのよ」
姉は言った。
こいしは、姉をじーっと見つめた。思考のない目で見つめた。
言う。
「……。お姉ちゃんは私に構って貰いたいの?」
「ええ。そうよ」
「そうなんだ。ふうん」
こいしは言った。
燐はまだ来ない。こいしは、血でかさかさした髪を、枕にこすりつけた。
ちょっと間を置いて、こいしは言った。
「私はどうなのかわからないな。話しかけたりするってことは、私もお姉ちゃんに構って貰いたいのかしら。ややこしいことはわかんない」
こいしは言った。
さっきより幾分か落ちついた様子で言った。
続けて言う。
「お姉ちゃんは今泣いてるの?」
「泣いてないわよ」
姉は言った。
こいしは言った。
「お姉ちゃんは今嘘ついてるね。嘘つくのは相手が嫌いだからなのかしら。それともやっぱり、構って欲しいからなのかしら?」
「そんなのはわからないわよ。でもたぶん、相手が嫌いなら、嘘もつかないで無視していると思うわ。無視できないからでしょうね。あなたを無視できないくらいには、私は、あなたの前では、弱くなったり優しくなったりするって言うことだと思うわ」
「そうだね。お姉ちゃんは本当は優しくないもんね。怖いもんね」
こいしは言った。
会話が途切れた。
姉も、こいしも黙りこんだ。
こんこん、と、ちょうどそのときドアが鳴った。
「すみません。失礼しますー」
ようやく燐が入ってきた。
一時間ばかり経っただろうか。
燐が部屋に入ってきた。
「失礼します」
ノックをして、扉が開いた。
かちゃ、と小さく陶器の音を鳴らして、腕まくりをした燐が入ってきた。
珍しく香水をつけている。
血の臭いを消したのだろう。
「お茶でもいかがですか? のど乾いてますよね?」
燐は言った。
「ありがとう」
さとりは、礼を言った。
燐は、持ってきた盆を置き、カップに紅茶を注いだ。
さとりはカップを受け取って、少し口をつけた。
「それで、こいしはどう?」
さとりは言った。
燐は答えた。
「いやあ。どうもこうも。あたいは医者じゃないですもん。ですから、詳しいことは分かりませんけども」
燐は控えめに言った。
「まあ、あたいじゃあ、手の施しようがないみたいなんで、応急処置して、足の速い連中に、医者のところに行って貰いました。この時間じゃ、捕まるか分かりませんけどね。こいし様のところは、今はおくうのやつに替わってもらってます。あ、ちなみに命には別状ありませんよ。まあ、あの巫女は手加減あやまるような玉じゃあないと思いますけどね、なんとなく」
燐はすらすらと述べた。
「そう」
さとりは言った。
燐が、ちらりとこちらを伺う。
なにか言いたげである。
「……。あのうーさとり様?」
「なに?」
さとりは返した。
燐が言う。
「いえ、えーと。一応お聞きしますけど、巫女に仕返しとか考えてないですよね」
「ないわよ。仕返ししてどうするの。向こうだって仕事でしょう」
さとりは言った。
それから、ちろりと燐を見やる。
「あなた、最近、ずいぶんあっちの神社に懐いて居るみたいね。体面や居心地やら気にするなんて、ずいぶんだわ。いいのよ飼われても。あなたが抜けても、今なら手は足りるんだろうしね」
小言を言う。
燐は苦い顔をした。
「うわぁ……意地悪なこと言いますねェ……え。もしかして、怒ってます?」
「怒っているわよ。仕返しはいいけど、嫌がらせでもかわりにしてやろうかしら。お燐、あなた巫女が寝ている間に頭をまたいできてくれない?」
「かんべんしてくださいよう」
「冗談よ」
さとりは言った。
机の引き出しを開ける。
旧都の医者にかかって処方して貰っている薬包を取りだす。
「ああ、はい。お水どうぞ」
気づいていた燐が、ミネラルウォーターをコップに注いで出す。
「ありがとう」
さとりは受け取って、薬を飲んだ。
水で粉末を流し込む。
「それじゃ、あたいこれで。まだ色々ありますんで」
「ええ。それじゃあ、遅くに悪かったわね」
「いいえ。おやすみなさい」
燐は出ていった。
さとりは、自分でコップを片づけた。
椅子に座る。
ため息を吐く。
「ふう」
部屋の沈黙は、静かで心地よかった。
しんとした耳鳴りが聞こえるほどだ。
――一体、いつになったら、この繰り返しは終わるのだろうか。
ちらりと。
さとりは思った。
もう何度も繰り返してきた。同じことを。
まるで悪夢の中に居るみたいに。
(誰が? ……私が?)
いや。
たぶん、本当に悪夢の中にいるのは、妹の方なのだろうが。
さとりはふっと短い息を吐いた。
少しして、無事に医者が呼べたと言うことを、さとりは聞かされた。
こいしは、翌々日あたりには恢復して、また平気な顔で出歩いていたようだ。
こいしちゃん、さとりさま…
どうしたらいいんだこれは……。
ごめんなさい、点数つけ忘れてました
これが無意識を操る者の力なのか。
面白かったです
とりあえず、拍手。
総じて意味不明。まさしく悪夢。
無言坂さんのこいしたんはどうしてこんなに可愛いの?
もう30回くらい読み直したけどもう一回読み直しますねひゃっほう
は便利でも多用すべきでない
唐突なナレーションが入ったようで興が削がれる上に文章がぶつ切れになって美しくない
こいしの無意識はよく描けているがパロネタが多すぎるようにも思えた
ときどき現実ってこんな感じだよな、とか思ってしまった。
それはさておき、こいしちゃん うふ ふ
ただ欲を言えばこいしのキャラクターと言うより、セリフに散りばめたネタが些か滑っている感じがしました。
逆に言えば気になった点はそれくらいと言うことで。
良いお話でした。
こいしぢゃんかわ゙い゙い゙よ
狂気とは位相のずれたパラダイムであり、脱規範化ではない。
このこいしちゃんは根本が(我々にとっての意味で)道徳的過ぎる。
強いて言うならこれは情緒不安定か。
まるで会わせ鏡のようにして、
いつまで覗き込んでも終わらない無限の日々――。
繰り返しは滑稽な話です。
でも、出口が見えないから哀しい話です。
ああ、この姉妹はかわいらしいなぁ。
全部ひっくるめて……いや、なんだろう。
うーん、自分で自分を制御出来ないのを自覚してても止められない、悲しい子ですね。
こいしちゃんは、こんなこですよね。
わかります。
どうして、こんなにも、あぁ。
そうか、これが……。
よくこのこいしちゃんの話を纏めたものだと感心しています。
すごいです。面白いお話でした。
さとりちゃんも可愛いよ
作品を出す度に新しい無言坂さんワールドが展開されていって追いつけない…w自由ででも能力や地霊殿に縛られてるこいしが不憫で仕方なく、また愛おしい。
こいしの狂気が、端的に、しかし核心を突いて描かれていると思いました。
意味ではなく思いを伝えたい時に、彼女はようやく"話"をすることができる。
さとりはそれに背かずに真っ向から対峙しているように見えるけれど、
その実は、現状を肯定しがたいためにも感じられました。
永劫ともつかない繰り返しに、何か別の、なんでもいい、
別のものが混じりこむ日が、果たして来るのか、どうか。
哀然と二人の行く先に思いを馳せてしまいました。
そんなキャッチボールに見えた。
とにかく無意識こいし可愛い…!
切り開かれた『こいし』ならではの扱いづらさと危険性が表に出してきつつ
それでいて、しっかりとお話をコントロールしてのこの上手さは流石。
凄く『こいし』らしい『こいし』だったと思います
後、開幕の歌で鼻が出たw
読み物として面白い。
なんだこれ
なんともいえない気持ちにさせてくれるのはいい作品。
素敵過ぎる
でも、このこいしにはまだ可能性が感じられる。
いつかは……