~前回が無いのにあらすじ(読まなくても可)~
突然命蓮寺に殴り込んできた鬼、萃香!!
彼女の目的は!?
「道場破り」
理由は!?
「暇だったから」
舐めてるんだな? 舐めてるんだろこいつ。
だが寺に残っているのは一輪、ムラサのみ! (聖と星は役場で講演、ナズーリンはそのお供)
どうする、どうする一輪!!
「何だか面倒臭いから雲山に適当にあしらってもらおう」
(この程度の輩、姐さんの手を煩わせることもない)
「いっちゃん逆、逆」
今、弾幕禁止のガチンコバトルの火蓋が切って落とされるの?
~ここまであらすじ~
─ぼくのかんがえたさいきょうのいちりん─
雲山が拳を雨あられと奮うが萃香は冷静に一つ一つ己が拳を合わせていく。
突き出したそれは雲山の拳を容易に弾けさせ、そこにかかる拳圧がどれほどのものか目の当たりにした外野は改めて鬼の力を実感した。
「すっごーい。雲山のパンチが風船みたい」
「雲山が固めた空気を弾き飛ばすってどんだけよ」
とはいえお互いにダメージはほとんどなく拳と拳のどつき合いが延々と続くだけになってしまっている。
あまりにも単調なので操っている一輪自身が欠伸を漏らしてしまうほどだ。
一時間ほどやり取りが続いた頃、突然萃香が手を止め外野に向かって声を張り上げた。
「ストップ! ストーップ!!」
思わず動きが止まる雲山。対して一輪とムラサはお昼寝タイムに突入しかけたところを無理やり起こされた。
「ふぁ……なんね?」
「つまらん」
「知らん」
ばっさり切り捨てる一輪に萃香は地団駄を踏んで抗議し始めた。
「どつき合いは楽しいけどこんなんじゃやだ!」
「じゃあさっさと帰れ。十分やり合っただろ」
「決着がつかないと嫌!!」
頑として受付ない萃香に一輪はほとほと呆れた表情を浮かべた。どんだけバトルマニアなんだこいつは。
「そうだ、この入道はあんたと組んでんだろ?」
「まあその通りだけど」
「じゃああんたも参加しな」
「え゛?」
ぽかんと口を開ける一輪。今こいつなんて言った?
「2対1だ。んで、あんたが倒れたら私の勝ち。私が倒れたらそっちの勝ちってことでどう?」
「無理無理無理無理! 何言ってんだお前!」
「だってそうでもしないと決着つかないじゃん」
「おー、いっちゃん頑張れー」
とんでもない提案に一輪は背中に嫌な汗をかいた。鬼とガチンコ?無理、死ねる。
ムラサはすでに応援モードに入ってるしこの船幽霊め。だが見たところ条件を飲まない限りこの鬼は帰ってはくれないだろう。
少し逡巡した後、一輪は深い溜息をついて縁側から腰を上げた。
「いいだろう、2対1だ。ただしこっちからも条件がある」
「いいよ言ってごらん」
「制限時間を設ける。時間は3分。それまでに決着がつかなきゃ引き分けだ」
「3分ね、あい分かった。1分で沈めてやるよ」
「お、いっちゃん久々にあれやるつもりだね?」
「そうでもしないと死ねるからね。冗談抜きで」
改めて対峙する雲山・一輪、そして萃香。お互いに数秒目線を合わせたかと思うと、両陣同時に行動を起こした。
「雲山、拡散」
「ぃよいしょおお!!」
萃香が一瞬で距離をつめて拳を振り下ろす。一輪はそれを紙一重で避けると右腕の輪を回した。
途端に庭全体が白い靄に包まれる。一方萃香の放った拳は地表へと到達し、凄まじい音と共に地面に穴を開けた。
「げ!? あんの馬鹿うちの庭に!!」
「もうぃっちょお!!」
瞬時に地面から引き抜いた拳を相手へ穿つ。完璧に正中線を捉えたそれは綺麗に一輪の鳩尾へ入るかと思われたが──
「っぶなっ!」
(──よけた?)
予想以上に素早く動く一輪に萃香は僅かに違和感を覚えた。最初に見た印象だとそれほど妖力も高く見えなかったのだが意外と身のこなしが軽い。
(少し見くびっていたか)
距離を空け体勢を整える一輪と萃香に白い靄が付きまとう。時折浮かび上がる雲山の顔が対峙する敵をじっと見つめている。
「雲山!」
一輪が右手を振りかざし叫ぶと、無数の拳が靄を突き破って萃香に放たれた。
先程雲山のみで戦っていたときとは比べ物にならないほどの数と硬さが具象化されている。
はずなのだが。
「無駄ぁ!!」
心地良い破裂音と共に全ての拳が弾かれた。どれだけ速く動けばあの一瞬で全方位からの攻撃に対応できるというのか。
一輪は苦笑を浮かべることしかできなかった。
(明日は腰痛めて動けないなこりゃ)
(ま、やるしかないんだけどさ)
腰を落とし体を沈め構える一輪。明らかに今までとは違う空気を感じ取った萃香は来るべき攻撃に身構えた。
ちり、と右手の輪が鳴ると同時に一輪は正面から突っ込んでいった。あまりにも単純明快な行動に萃香は面食らった。
(鬼に対して正面突破とは、なかなか度胸が──)
(──あ?)
萃香は目の前の光景に愕然とした。
どうしてもう拳が目の前にある。
どうして私の両手は未だに構えたまま。
雲が。
「どっせえええええぇえい!!!!」
「むがっ!?」
拳が萃香の顔面を捉え鈍い音が響く。そのまま一輪が腕を振り抜くと萃香は勢い良く後方へ吹き飛び2~3回地面をバウンドした後、止まった。
「いっちゃんやる~」
「っるさいよ、みつ。それに多分全然効いてない」
砂煙がもうもうと上がる中小さな人影が見える。平然とした表情で服の砂を払い、にやりと笑う萃香。
全く相手にダメージが無い様子を見て一輪は小さく舌打ちを打った。
息もつかぬ間に今度は萃香から一輪に向かう。この速さならついてこれるはずがあるまい。
しかしいざ間合いに入り相手に掴みかかろうとした瞬間。
(タイミングが、ずれる!!)
自分の意識に反して僅かにスピードが下がる。相手の取り合いも相当に速く当然の如く攻撃をかわされる。
相手が距離をとったところで呼吸と思考を整える。何か、何か絡繰りがあるはずだ。
(考えられる要因はどう考えても一つだけだけど)
手品の種を見破った子どものように勝ち誇った顔をして、萃香は眼前の相手に話しかける。
「補助と妨害……かな?この雲は」
バレたか、と一輪がもう一度舌打ち。現在庭全体に広がっている雲山には自分に纏わせることで外壁強化と加速補助を、相手に纏わせることで運動妨害を同時に行わせている。並の妖怪なら雲山によって拘束することも可能だが鬼相手だと行動を遅らせたり攻撃を逸らしたりすることで精一杯である。加えて相手の行動と自分の行動に合わせて雲山を操作しなければならないため妖力の消費も非常に激しい。
「まぁその通りなんだけどさ、あまり余裕こいてると飛んでくるよ」
「はぁ?」
「拳骨」
「んなっ!!?」
突然の後方からの衝撃。前へ吹き飛ばされる体をなんとか後ろへ捩らせると、自分が先程立っていた場所に白い拳が突き出していた。
そのまま萃香の体は一輪に迫る。
「ナイスパス雲山!!」
跳躍からのかかと落とし。無理やり運動のベクトルを下方へ変えられた萃香はその勢いを増して地面に叩きつけられた。
が、次の瞬間その姿は煙のように消え失せていた。辺りに濃度の高い妖気が漂い始める。
「ふぅん……目には目をってわけね。なら」
ぱん、と胸の前で両手を合わせる一輪。
「圧縮するのみ」
その言葉と共に急速に雲山が漂っていた妖気もろとも庭の中央に集まり始める。
人間の子ども程にまで小さくなった雲山から、無理やり元の姿にされた萃香が吐き出された。
「くっそ厄介だなこの雲!!」
「雲山っていうんだ覚えときな!!」
再び雲山が満ち始める。先程よりも範囲は狭く、濃度は高い。一気に視界を奪われた萃香は相手を見失ってしまった。
ゆらり。
後方の空気が静かに揺らぐ。
「後ろぉ!!」
飛び出してきた一輪に振り返り際の回し蹴りを放つ。しかし一輪だと思われたそれは萃香の蹴りが当たった瞬間ぼふっ、という音を立てて掻き消えた。
(っ! やっぱり偽物か!)
(なら本体はここ!)
回転の勢いをそのままに後ろ回し蹴りを繰り出す。視界の端に相手の姿を捉えた。
だがまたしてもその姿は漂白したかのように色が無い。
(また偽物?)
とっさに意識を対象から外す萃香。この隙に乗じて本体が攻撃してくるはずである。
「残念、こっちは本物」
「なっ!?」
雲山を全身に纏わせた一輪が萃香に襲いかかる。途中で勢いを殺してしまった蹴りを慌てて迎撃に使おうとするが。
(ここで妨害っ……!!)
「どうりゃ!!」
「がっ!!」
僅かに遅れた萃香の蹴りより先に一輪の突き上げが顎に入る。殴られた衝撃で吹っ飛ぶ最中、萃香の中で何かがキレた。
「だああああぁあぁぁあああ!!もう形振り構ってられるかあああああ!!」
ずん、という音と共に着地した萃香はその体を何倍にも巨大化させていた。
そこに見られる妖力は最早今までの比にならない。
「おいこらてめえ!! うちをぶっ壊すつもりか!!」
「知るかそんなの!!」
聞く耳を持たない萃香に一輪は焦りの表情が見える。ここまで来るともう雲山による妨害は効きそうにない。
「完全にキレちゃってんじゃん……審判!! つーかみつ!! 姐さん呼んでくるなり何とかしてくれ!!」
「船長さんはおねむだむー」
「後で泣かす……!! 絶対泣かす……!!」
この場を何とかしなければ寺が半壊、いや下手したら全壊してしまう。危機感を感じた一輪は萃香に提案、というか白旗を振った。
「鬼!! 降参だ!! 私たちの負け、それでいいだろ!?」
「いーやーだー!! ちゃんと戦わないならここで思いっきり暴れてやる!!」
「これだから酔払いは……!!」
どうしても一発入れるつもりかこの鬼は。一輪は深く、深ーくため息をついた。もう明日どころか3日は動けそうにない。
正面の相手を見据え気合を入れ直す。右手の輪を強く握り締め一輪は叫んだ。
「なら受け止めてやるよ、この飲んだくれめ!!」
一輪が輪と共に肩から腕全体を回すと、その回転に応じて漂っていた雲山が一輪の腕に向かって収束を始める。
10、20、30と回転数を増すたびに右手の雲山は圧縮されより強固になっていく。
相手の全力を感じ取った萃香は期が熟すまでその様子をじっと見つめた。
やがて回転数が100に到達したとき、今まで拡散していた雲山は一片も残さず全て一輪の腕に装着された。
純白に染まったその腕は、ある意味美しささえ感じてしまうほどの輝きを放っている。
準備は整った。後はその拳を──ぶつけ合うのみ。
「おぅらあああああぁぁあぁあああ!!!!」
「うぉおおおおぉぉぉおおぉおぉお!!!!」
瞬間、衝撃が走った。あまりの反動に後方へ吹っ飛び壁に叩きつけられる一輪。一方萃香はその場に踏みとどまっているが巨大化は解けてしまっている。
完全に一輪が萃香に押し負けた形だ。
「ぐぅ……やっぱりこうなったか、ったく……! 雲山!」
相方を呼ぶ、がその反応は無い。僅かに右手に靄がかかるのみである。
(まさかさっきのあれでほとんど蒸発したのか!?)
何とか立ち上がるも目の前には未だに余力を残した鬼がいる。相方も自分も全ての力を使い果たした。
倒れたままでいればそのまま勝負は決しただろうに、こうして立っているのは意地ってやつだろうか。
だが最早抵抗はこれまで。相手はもうすぐそこまで来ている。万事休す。
「と、ど、め、だ!!」
「──!」
「3、2、1」
響いたのは金属音。一輪に当たるはずだった萃香の拳は巨大な錨によって阻まれている。
「時間切れだよ、二人とも」
錨の上に乗ったムラサの言葉を聞き、安堵と共に一輪はその意識を閉じた。
***
「ん……」
「あ、起きた?」
目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。頭には柔らかい感触、すぐ上にはムラサの顔。もしかしてずっと介抱してくれていたのだろうか。
申し訳なくなった一輪は起き上がろうとするが。
「あだぁ!!」
全身、特に腰に鈍い痛みが走る。力を出しすぎた代償は結構大きかったようだ。
「無理……動けん」
「お疲れ様いっちゃん」
仕方なくそのままの体勢で一輪は気になっていたことを聞いた。
「そういやあの鬼はどうしたんだ?」
「ああ、あの娘なら──」
『いやー久しぶりに体動かせて楽しかったよ!! またやろうね! 今度は美味い酒持ってくるからさ!』
「──だって」
「勘弁してくれ……」
もう二度とあんなどつき合いなんてしたくはない。楽しそうな鬼の顔を思い浮かべ一輪顔をしかめた。
傍らに漂う雲山は以前の10分の1にも満たない体積まで縮んでしまっている。相方も自分も回復するにはかなりの時間が必要だろう。
「聖が後でマッサージしてくれるってさ」
「ね、姐さんのマッサージね……はは……」
効果は抜群だがそれ相応の痛みを伴う聖のマッサージを想像して一輪は苦笑いを浮かべた。
そんな一輪を見てムラサは微笑みながらも少しだけ心配そうな視線を向ける。
「早く回復してくれなきゃ困るよいっちゃん」
「無茶言うなよみつ」
元から近かった顔をさらに近づけてムラサは囁いた。
「頼りにしてんだからさ」
「はいはい」
体はすこぶる痛むけど、今はこの状況に甘えることにしよう。
ふっ、と笑みを浮かべると一輪は再び瞼を落とした。
突然命蓮寺に殴り込んできた鬼、萃香!!
彼女の目的は!?
「道場破り」
理由は!?
「暇だったから」
舐めてるんだな? 舐めてるんだろこいつ。
だが寺に残っているのは一輪、ムラサのみ! (聖と星は役場で講演、ナズーリンはそのお供)
どうする、どうする一輪!!
「何だか面倒臭いから雲山に適当にあしらってもらおう」
(この程度の輩、姐さんの手を煩わせることもない)
「いっちゃん逆、逆」
今、弾幕禁止のガチンコバトルの火蓋が切って落とされるの?
~ここまであらすじ~
─ぼくのかんがえたさいきょうのいちりん─
雲山が拳を雨あられと奮うが萃香は冷静に一つ一つ己が拳を合わせていく。
突き出したそれは雲山の拳を容易に弾けさせ、そこにかかる拳圧がどれほどのものか目の当たりにした外野は改めて鬼の力を実感した。
「すっごーい。雲山のパンチが風船みたい」
「雲山が固めた空気を弾き飛ばすってどんだけよ」
とはいえお互いにダメージはほとんどなく拳と拳のどつき合いが延々と続くだけになってしまっている。
あまりにも単調なので操っている一輪自身が欠伸を漏らしてしまうほどだ。
一時間ほどやり取りが続いた頃、突然萃香が手を止め外野に向かって声を張り上げた。
「ストップ! ストーップ!!」
思わず動きが止まる雲山。対して一輪とムラサはお昼寝タイムに突入しかけたところを無理やり起こされた。
「ふぁ……なんね?」
「つまらん」
「知らん」
ばっさり切り捨てる一輪に萃香は地団駄を踏んで抗議し始めた。
「どつき合いは楽しいけどこんなんじゃやだ!」
「じゃあさっさと帰れ。十分やり合っただろ」
「決着がつかないと嫌!!」
頑として受付ない萃香に一輪はほとほと呆れた表情を浮かべた。どんだけバトルマニアなんだこいつは。
「そうだ、この入道はあんたと組んでんだろ?」
「まあその通りだけど」
「じゃああんたも参加しな」
「え゛?」
ぽかんと口を開ける一輪。今こいつなんて言った?
「2対1だ。んで、あんたが倒れたら私の勝ち。私が倒れたらそっちの勝ちってことでどう?」
「無理無理無理無理! 何言ってんだお前!」
「だってそうでもしないと決着つかないじゃん」
「おー、いっちゃん頑張れー」
とんでもない提案に一輪は背中に嫌な汗をかいた。鬼とガチンコ?無理、死ねる。
ムラサはすでに応援モードに入ってるしこの船幽霊め。だが見たところ条件を飲まない限りこの鬼は帰ってはくれないだろう。
少し逡巡した後、一輪は深い溜息をついて縁側から腰を上げた。
「いいだろう、2対1だ。ただしこっちからも条件がある」
「いいよ言ってごらん」
「制限時間を設ける。時間は3分。それまでに決着がつかなきゃ引き分けだ」
「3分ね、あい分かった。1分で沈めてやるよ」
「お、いっちゃん久々にあれやるつもりだね?」
「そうでもしないと死ねるからね。冗談抜きで」
改めて対峙する雲山・一輪、そして萃香。お互いに数秒目線を合わせたかと思うと、両陣同時に行動を起こした。
「雲山、拡散」
「ぃよいしょおお!!」
萃香が一瞬で距離をつめて拳を振り下ろす。一輪はそれを紙一重で避けると右腕の輪を回した。
途端に庭全体が白い靄に包まれる。一方萃香の放った拳は地表へと到達し、凄まじい音と共に地面に穴を開けた。
「げ!? あんの馬鹿うちの庭に!!」
「もうぃっちょお!!」
瞬時に地面から引き抜いた拳を相手へ穿つ。完璧に正中線を捉えたそれは綺麗に一輪の鳩尾へ入るかと思われたが──
「っぶなっ!」
(──よけた?)
予想以上に素早く動く一輪に萃香は僅かに違和感を覚えた。最初に見た印象だとそれほど妖力も高く見えなかったのだが意外と身のこなしが軽い。
(少し見くびっていたか)
距離を空け体勢を整える一輪と萃香に白い靄が付きまとう。時折浮かび上がる雲山の顔が対峙する敵をじっと見つめている。
「雲山!」
一輪が右手を振りかざし叫ぶと、無数の拳が靄を突き破って萃香に放たれた。
先程雲山のみで戦っていたときとは比べ物にならないほどの数と硬さが具象化されている。
はずなのだが。
「無駄ぁ!!」
心地良い破裂音と共に全ての拳が弾かれた。どれだけ速く動けばあの一瞬で全方位からの攻撃に対応できるというのか。
一輪は苦笑を浮かべることしかできなかった。
(明日は腰痛めて動けないなこりゃ)
(ま、やるしかないんだけどさ)
腰を落とし体を沈め構える一輪。明らかに今までとは違う空気を感じ取った萃香は来るべき攻撃に身構えた。
ちり、と右手の輪が鳴ると同時に一輪は正面から突っ込んでいった。あまりにも単純明快な行動に萃香は面食らった。
(鬼に対して正面突破とは、なかなか度胸が──)
(──あ?)
萃香は目の前の光景に愕然とした。
どうしてもう拳が目の前にある。
どうして私の両手は未だに構えたまま。
雲が。
「どっせえええええぇえい!!!!」
「むがっ!?」
拳が萃香の顔面を捉え鈍い音が響く。そのまま一輪が腕を振り抜くと萃香は勢い良く後方へ吹き飛び2~3回地面をバウンドした後、止まった。
「いっちゃんやる~」
「っるさいよ、みつ。それに多分全然効いてない」
砂煙がもうもうと上がる中小さな人影が見える。平然とした表情で服の砂を払い、にやりと笑う萃香。
全く相手にダメージが無い様子を見て一輪は小さく舌打ちを打った。
息もつかぬ間に今度は萃香から一輪に向かう。この速さならついてこれるはずがあるまい。
しかしいざ間合いに入り相手に掴みかかろうとした瞬間。
(タイミングが、ずれる!!)
自分の意識に反して僅かにスピードが下がる。相手の取り合いも相当に速く当然の如く攻撃をかわされる。
相手が距離をとったところで呼吸と思考を整える。何か、何か絡繰りがあるはずだ。
(考えられる要因はどう考えても一つだけだけど)
手品の種を見破った子どものように勝ち誇った顔をして、萃香は眼前の相手に話しかける。
「補助と妨害……かな?この雲は」
バレたか、と一輪がもう一度舌打ち。現在庭全体に広がっている雲山には自分に纏わせることで外壁強化と加速補助を、相手に纏わせることで運動妨害を同時に行わせている。並の妖怪なら雲山によって拘束することも可能だが鬼相手だと行動を遅らせたり攻撃を逸らしたりすることで精一杯である。加えて相手の行動と自分の行動に合わせて雲山を操作しなければならないため妖力の消費も非常に激しい。
「まぁその通りなんだけどさ、あまり余裕こいてると飛んでくるよ」
「はぁ?」
「拳骨」
「んなっ!!?」
突然の後方からの衝撃。前へ吹き飛ばされる体をなんとか後ろへ捩らせると、自分が先程立っていた場所に白い拳が突き出していた。
そのまま萃香の体は一輪に迫る。
「ナイスパス雲山!!」
跳躍からのかかと落とし。無理やり運動のベクトルを下方へ変えられた萃香はその勢いを増して地面に叩きつけられた。
が、次の瞬間その姿は煙のように消え失せていた。辺りに濃度の高い妖気が漂い始める。
「ふぅん……目には目をってわけね。なら」
ぱん、と胸の前で両手を合わせる一輪。
「圧縮するのみ」
その言葉と共に急速に雲山が漂っていた妖気もろとも庭の中央に集まり始める。
人間の子ども程にまで小さくなった雲山から、無理やり元の姿にされた萃香が吐き出された。
「くっそ厄介だなこの雲!!」
「雲山っていうんだ覚えときな!!」
再び雲山が満ち始める。先程よりも範囲は狭く、濃度は高い。一気に視界を奪われた萃香は相手を見失ってしまった。
ゆらり。
後方の空気が静かに揺らぐ。
「後ろぉ!!」
飛び出してきた一輪に振り返り際の回し蹴りを放つ。しかし一輪だと思われたそれは萃香の蹴りが当たった瞬間ぼふっ、という音を立てて掻き消えた。
(っ! やっぱり偽物か!)
(なら本体はここ!)
回転の勢いをそのままに後ろ回し蹴りを繰り出す。視界の端に相手の姿を捉えた。
だがまたしてもその姿は漂白したかのように色が無い。
(また偽物?)
とっさに意識を対象から外す萃香。この隙に乗じて本体が攻撃してくるはずである。
「残念、こっちは本物」
「なっ!?」
雲山を全身に纏わせた一輪が萃香に襲いかかる。途中で勢いを殺してしまった蹴りを慌てて迎撃に使おうとするが。
(ここで妨害っ……!!)
「どうりゃ!!」
「がっ!!」
僅かに遅れた萃香の蹴りより先に一輪の突き上げが顎に入る。殴られた衝撃で吹っ飛ぶ最中、萃香の中で何かがキレた。
「だああああぁあぁぁあああ!!もう形振り構ってられるかあああああ!!」
ずん、という音と共に着地した萃香はその体を何倍にも巨大化させていた。
そこに見られる妖力は最早今までの比にならない。
「おいこらてめえ!! うちをぶっ壊すつもりか!!」
「知るかそんなの!!」
聞く耳を持たない萃香に一輪は焦りの表情が見える。ここまで来るともう雲山による妨害は効きそうにない。
「完全にキレちゃってんじゃん……審判!! つーかみつ!! 姐さん呼んでくるなり何とかしてくれ!!」
「船長さんはおねむだむー」
「後で泣かす……!! 絶対泣かす……!!」
この場を何とかしなければ寺が半壊、いや下手したら全壊してしまう。危機感を感じた一輪は萃香に提案、というか白旗を振った。
「鬼!! 降参だ!! 私たちの負け、それでいいだろ!?」
「いーやーだー!! ちゃんと戦わないならここで思いっきり暴れてやる!!」
「これだから酔払いは……!!」
どうしても一発入れるつもりかこの鬼は。一輪は深く、深ーくため息をついた。もう明日どころか3日は動けそうにない。
正面の相手を見据え気合を入れ直す。右手の輪を強く握り締め一輪は叫んだ。
「なら受け止めてやるよ、この飲んだくれめ!!」
一輪が輪と共に肩から腕全体を回すと、その回転に応じて漂っていた雲山が一輪の腕に向かって収束を始める。
10、20、30と回転数を増すたびに右手の雲山は圧縮されより強固になっていく。
相手の全力を感じ取った萃香は期が熟すまでその様子をじっと見つめた。
やがて回転数が100に到達したとき、今まで拡散していた雲山は一片も残さず全て一輪の腕に装着された。
純白に染まったその腕は、ある意味美しささえ感じてしまうほどの輝きを放っている。
準備は整った。後はその拳を──ぶつけ合うのみ。
「おぅらあああああぁぁあぁあああ!!!!」
「うぉおおおおぉぉぉおおぉおぉお!!!!」
瞬間、衝撃が走った。あまりの反動に後方へ吹っ飛び壁に叩きつけられる一輪。一方萃香はその場に踏みとどまっているが巨大化は解けてしまっている。
完全に一輪が萃香に押し負けた形だ。
「ぐぅ……やっぱりこうなったか、ったく……! 雲山!」
相方を呼ぶ、がその反応は無い。僅かに右手に靄がかかるのみである。
(まさかさっきのあれでほとんど蒸発したのか!?)
何とか立ち上がるも目の前には未だに余力を残した鬼がいる。相方も自分も全ての力を使い果たした。
倒れたままでいればそのまま勝負は決しただろうに、こうして立っているのは意地ってやつだろうか。
だが最早抵抗はこれまで。相手はもうすぐそこまで来ている。万事休す。
「と、ど、め、だ!!」
「──!」
「3、2、1」
響いたのは金属音。一輪に当たるはずだった萃香の拳は巨大な錨によって阻まれている。
「時間切れだよ、二人とも」
錨の上に乗ったムラサの言葉を聞き、安堵と共に一輪はその意識を閉じた。
***
「ん……」
「あ、起きた?」
目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。頭には柔らかい感触、すぐ上にはムラサの顔。もしかしてずっと介抱してくれていたのだろうか。
申し訳なくなった一輪は起き上がろうとするが。
「あだぁ!!」
全身、特に腰に鈍い痛みが走る。力を出しすぎた代償は結構大きかったようだ。
「無理……動けん」
「お疲れ様いっちゃん」
仕方なくそのままの体勢で一輪は気になっていたことを聞いた。
「そういやあの鬼はどうしたんだ?」
「ああ、あの娘なら──」
『いやー久しぶりに体動かせて楽しかったよ!! またやろうね! 今度は美味い酒持ってくるからさ!』
「──だって」
「勘弁してくれ……」
もう二度とあんなどつき合いなんてしたくはない。楽しそうな鬼の顔を思い浮かべ一輪顔をしかめた。
傍らに漂う雲山は以前の10分の1にも満たない体積まで縮んでしまっている。相方も自分も回復するにはかなりの時間が必要だろう。
「聖が後でマッサージしてくれるってさ」
「ね、姐さんのマッサージね……はは……」
効果は抜群だがそれ相応の痛みを伴う聖のマッサージを想像して一輪は苦笑いを浮かべた。
そんな一輪を見てムラサは微笑みながらも少しだけ心配そうな視線を向ける。
「早く回復してくれなきゃ困るよいっちゃん」
「無茶言うなよみつ」
元から近かった顔をさらに近づけてムラサは囁いた。
「頼りにしてんだからさ」
「はいはい」
体はすこぶる痛むけど、今はこの状況に甘えることにしよう。
ふっ、と笑みを浮かべると一輪は再び瞼を落とした。
ただ口調と水蜜船長とのやり取りで「なんかギャルゲの主人公っぽい」とか思ったのは内s(拳骨
一輪はもともと強いし、かーなーりーかわいい!
そういう能力持ちやトップ陣なみの力(妖力とかの力)ならともかく
というか、散った萃香を圧縮できるなら、巨大化した萃香も圧縮できるはずでしょ
>天変地異ゲタ占いの術←本編未使用
あの雲の名前は何だっけ?
いっちゃんのブレインっぷりが素敵でした。
でも、萃香の能力の能力だってトップクラスに強い筈なのに
それがあんまり活かせてなかったのが少し残念かな……?
でも、とても面白かった。確かな中二とロマンを感じれました
手を抜いてた描写があったならともかくもちょい弱すぎる感じがしました
でもバトルは熱かった!
雲山&いっちゃんの無限の可能性を肴に作者と飲み交わしたいw
それとみつといっちゃんの呼び名はもっと広まればいいと思います
次回は暇つぶしにきたドSやらスキマ妖怪やら神の二柱やらと戦うハメになるんですよね!また二人で留守番中にw
もともと雲山の能力は応用しだいでかなり使える力だから『要領のいい』一輪ならではの使い方ですね!
あと、いっちゃんとみつはナイスコンビ
だがそれがいい!
キャラ特有の戦い方とか妄想するとめちゃ楽しいですよね
こういう、普通に戦ったら勝てるはずない相手にも死ぬ気でやったら通用するかもしれない必殺技、みたいなものの存在を考えるのは面白いですね。
あと一輪と水蜜のやりとりがよかった。