きしりと床を踏む音は甲高い音の群れに掻き消された。
「誰か居るのかい?」
覗き込んだその顔は見る見るうちに恐怖に歪む。
広い蔵を埋め尽くす赤い光点の波に呑まれ男は腰を抜かした。
ひぃ、と悲鳴が喉の奥に落ちていく。
それも当然――無数の鼠を従えた妖怪を目にして平気でいられる人間など居やしない。
「やぁ大黒屋。随分と溜め込んでるじゃないか」
なるたけ優しい声を掛ける。それが逆効果になるのも計算済み。
「この茶器が金に化けるのかと思うと笑わずにはいられないだろう?」
それでいい。存分にこのナズーリンに怯えるがいい人間。
熟成された恐れはいずれ糧となろう。
積み上げられた茶器を一つ手に取る。
「それにしても出来の悪い紛い物だ――教養の足りぬ猪武者に売りつけるにはこれで足りると踏んだかね?
人が悪いなぁ大黒屋。太閤殿下と北条の関係が日に日に悪化しているこの時期に、金のかかるこの時期に――
太閤殿下に取り入りたい大名共にこんなものを売りつけようとするなんて」
立ち上がり、茶器を捨てる。
茶器の割れる音にか私の足音にか、男は竦み上がり悲鳴を上げた。
一歩一歩近づく私の動きに合わせて無数の鼠たちも追従する。
「大した悪党だよおまえは」
男に視線を這わす。餌を前にした獣の所作。
「さぞかしおまえの肉は美味かろう」
鼠の群れに取り囲まれながら男は首を振った。目には涙すら浮かべている。
「最近の人間は教えられないのかい? 言うだろう? 悪い子は妖怪に食われるぞって」
一方的に話しかけ心を折る。最早この男は刃向うことなど考えられもしないだろう。
恐れろ。恐れろ。畏れろ。
「憶えておくがいい。我が主は虎だ。恐ろしい虎の姿をした妖怪だ。
我が主は悪党の血肉が大好物でね――いずれ貴様を取って食らうだろうよ」
その恐怖はいずれ彼女の糧となる。
「それまでに多少なりとも身を清めておくといい。葬式に出せる分くらいは残してくれるかもしれんよ」
言って一歩距離を取る。
私が離れたことでまわりの音が聞こえるようになった男は腰を抜かしたまま周囲を見回した。
音の出所を探しているようだが無駄だ。この蔵全体から音が出ているのだから。
「ああ、言い忘れてたよ。私のかわいい子鼠たちは貪欲でね――蔵の柱を喰い尽くしてしまったようだ」
がこん、とどこかが崩れた。
男は這いずって逃げ出す。逃げる間は十分ある。たっぷり時間を掛けて逃げるといい。
そして、感じた恐怖を語り広めろ。恐ろしい虎の妖怪に狙われていると怯え逃げ惑え。
私の目的はそうして果たされるのだから。
店先に並べられた服を手に取り品定めする。
作りはいい。飾りも控えめで私好みなのだが――服そのものが大き過ぎた。
「……ご店主、もっと小さなものはないかね」
南蛮渡来の蘭服は実に私の好みなのだが全般的に大きいのが玉に瑕だ。
こうして買えるだけありがたいと言われればそれまでだが。
「んん? 南蛮人は皆でかいからなぁ……それにしてもあんたが着る気かい? お嬢ちゃん」
「悪いかい」
「いやいや悪かねぇよ。なんだ、傾奇者にでもなる気かってね」
「そんな物騒なのにはなりたくないね。お洒落さ」
「はっは! 面白い着飾り方だな。ちょいと奥を探してこよう、待ってな」
「頼むよ」
人の良さそうな店主が店の奥に引っ込むのを見送り、手持無沙汰になった私は品定めに戻る。
手直しすれば着れそうなものもあるやもしれぬ。幸い裁縫は不得手ではない。
どちらかといえば小柄な私は中々ぴったりな蘭服が見つからないのだ。自分で作ることも多々ある。
なにせ蘭服はここのような港町でしか手に入らぬのだ。
しかし中々にいいものが揃っている。態々人間に化けてまで買いに来た甲斐があったというもの。
これで私に合うものがあれば言うことはないのだが――
「なんだいこんな真昼間から念仏なんて」
「知らないのかよ、大黒屋が妖怪に襲われたって話だ」
「妖怪ぃ?」
「蔵を潰されたとかなんとか。それで怖がって坊主を呼んで祈祷させてんだと」
「なんでも何某かの命令で動いてるとか……」
「妖怪だって」
「童の姿をしてるって話は本当かい?」
「おとつい出たばっかじゃねえのかい」
「こないだも上州屋の金蔵が……」
耳に届くのは町のざわめき。
人前でなければ口の端を吊り上げてしまいそうだ。
いい具合に噂は広まっている。この分ならもう少し稼げるかもしれぬな。
ここらを荒らすようになって半月。十二分に噂は広がっていた。
悪徳商人を襲う妖怪の噂。虎に使役されているという少女の姿をした化物の噂。
「こんなもんでどうだい嬢ちゃん」
戻ってきた店主の広げる服に目を向ける。悪巧みは後回しにしよう。
今は人間に化けているのだ。妖怪の顔を見せては……ならぬ。
「ん……いいね。じゃあそれと、これをいただこうかな」
「まいどあり」
まだ耳に届く噂を聞きながら歩き出す。
順調だ。このまま稼ぎ続ければ彼女の苦しみを取り除ける。
だが、そう上手くいくばかりの世ではないことを私は十分理解していた。
「おおーい! 鱶が出たぞー!」
港の方から叫ぶ声。
やれ艀が食われた漁に出れない何某が食われたやもと大騒ぎで――商人を襲った妖怪の話など消え去った。
「……妖怪よりも鱶が怖いか」
広まり切った噂は薄くなり消え易い。新たな噂に呑み込まれ掻き消されてしまう。
私は姿を隠し夜を待つ。
妖怪の時間を。
そうして数刻後――夜闇の中、私は廃屋の屋根の上に座っていた。
町を見下ろす。半月の間に数度訪れ荒らした街。
いい加減、潮時か。
「――――そろそろ河岸を替えるかな」
ここいらではこれ以上は望めないだろう。
恐れさせるだけならいくらでも手段はあるが――流石に人を喰い殺しては退治されてしまう。
目的はご主人様への畏れを集めること。単純に暴れるだけではそれは成せない。
そう、信仰の絶たれた我が主を生き長らえさせる為に人々の畏れを集めねばならない。
望みが薄くなったのならさっさと次の場所へ移る方がよい。迷っている時間は無いと見るべきだ。
我が主、寅丸星を助ける為なら手段など選んではいられない。
かり、と爪を噛む。
だがまだだ。まだこの町を離れるわけにはいかない。
次の為に。次の次の為に。ご主人様の為に、布石を打っておかねばならぬのだから。
それを怠れば最悪、私どころかご主人様の命さえ危うい。
そろそろ――か。
小さな音が無数に集まり耳を劈く大音となる。この町で手下にしていた鼠たちが集まってきた。
「御苦労。噂は流してくれたかね」
鼠たちは口々に応える。首尾は上々といったところか。
礼を告げ餌を撒く。こうしてやるのも今日が最後だ。
「さて、お別れだ諸君」
私の言葉に鼠たちは食事を止め振り返る。驚きを隠せないようだ。
僅か半月とはいえ私は彼らの統率者だった。
私が導くようになって猫に食われる鼠が減ったことなどから信頼されていた。
だがそれも今日まで。
「私はもう行かねばならない。諸君らの誰かが代わりに統率するんだ。
私と関わり多少は知恵と妖力を持てた者が居る筈だよ――そいつが群を率いろ」
鼠たちはちゅうちゅうと不安と動揺を伝えてくる。
自分たちはあなたの力になれなかったのか、だから見捨てられるのかと騒ぎ立てる。
「君たちは十二分に役に立ってくれたよ。君たちに不満を抱いたことなど無いさ……
だが私は私の目的に為に止まれないのだよ。今までありがとう。君たちの無事を祈るよ」
私の決意を受け取り彼らは悲しげに鳴き出す。
僅かに――良心が痛む。しかし一度吐いた言葉を翻すことは出来ない。
私は、私の主を裏切れない。
手近に居た一匹をそっと撫でる。
「いいかいおまえたち。妖怪になれたら神様に捕まってはいけないよ。
きっと、死ぬまで後悔し続けることになるだろうからね――――」
季節は冬。
私とご主人様の住む山奥の廃寺で、私は主の掃除を手伝っていた。
墓に積もった雪を箒で払い落とす。後で線香と花を供える為に墓の前の雪も掃いておく。
その繰り返しだ。
「気が滅入るね、この寒い中墓の掃除なんて」
「手伝わずともよいと言っているでしょうに」
愚痴に返事が返ってきた。思いの外近くに居たご主人様に聞かれてしまったようだ。
「主が働いているのをただ眺めているというのも落ちつかないのだよご主人様」
言って見上げる。彼女は私と比べるべくもない程に背が高い。
我が主寅丸星。金髪金目の虎の姿をした妖怪。
今は、妖怪をやめ毘沙門天の代理を自任している変わり者。
整った顔立ちの中から、金色の目が私に向けられた。
「働き者ですね、あなたは」
声音に宿るのは素直な感心。純粋に褒めているだろうその言葉に、私はつい皮肉を返す。
「……働き者と言うのなら、あなたこそだと思うがね。こんな奴ら供養する必要もなかろう」
ただ鬼とだけ刻まれた墓の群。中には何も刻まれてないものも散見される。
彼女が退治した妖怪たちの墓――だ。
「里を襲ったはぐれ鬼。山賊紛いの妖怪の骸など打ち捨てておけばよかろうに」
「そうはいきません」
珍しく強い口調で彼女は言う。
「彼らは私が殺した犠牲者なのですから」
彼女の顔には影が差している。上っ面の言葉ではない。心から、悔いている。
罪人をその手に掛けたことを、心底悔いている。
「ふぅん――」
墓を眺め生返事を返す。
「慈悲深いことで」
犠牲者、とまで言うか。こんな外道共を擁護してまで――己を罪人と言うか。
この墓の下には骸など入っていない。
幾度も繰り返した彼女の戦いが終わった頃に、供養の為に墓だけを建てたのだという。
全てが終わった後に……彼女は己の罪を形として残したのだ。
私に言わせれば過ぎた自罰としか思えぬ行為。自戒ですら、ない。
「昔は、荒ぶる鬼神だったのかい」
「そんな格好よいものではありませんよ。ただ無暗に刃を振るっていただけの愚者です」
適当に相槌のつもりで呟いた言葉に即座に返事が返ってくる。
それすらも――自罰。
「それに」
重い声。
「私は神ではありません」
彼女の顔に影が落ちる。
「神になれませんでした」
彼女は――神というものに並々ならぬ想いを抱いている。
とても一言では言い表せぬ複雑な想い。
それは、恐らくは、あの聖白蓮が絡んでいるのだろう。
数百年も前に封じられた女が。
ご主人様を置いて勝手に封じられたあの女が。
聖、白蓮――――最期まで己の信仰に尽くしたという聖女。
かつて寅丸星を導き妖怪救済などという世迷言にその身を捧げた元人間。
今も、彼女は、ご主人様はその女のことを想っている。
「――それはいい。私は神様とやらが苦手でね」
聖白蓮の幻を振り払うかのように強引にご主人様との会話を再開する。
「え? でもあなたは毘沙門天の遣いでは……」
「言ったろう? 私は仲介を願っただけだと。神様と延々付き合うなんて考えたくもないね」
意識して皮肉気な笑みを浮かべる。
ご主人様は苦笑した。
さもあらん。神を目指した女の元へ仕えに来た者が神は嫌だと言うなど笑い話だ。
そう、笑おうじゃないか。笑っていてくれ。
あなたの悲しむ顔など見たくはないよ、ご主人様。
「だからあなたに仕え続けるよ」
ご主人様――あなたは私だけの主だ。
誰にも渡さない。
聖白蓮にも。
神様にも――決して渡さない。
そう。私は神様とやらが大嫌いだ。
ご主人様の元を離れ私は毘沙門天を祀る寺院を訪れていた。
私たちの住む廃寺からそう遠くはない寺院――廃寺ではなく、寺の者が何人も住んでいる。
隙を見て本堂に入り込む。潜入はお手の物だ、暫くは誰も本堂へは来ないことも調べ済みである。
「ご報告申し上げる」
本尊である毘沙門天像の前に跪き声を掛ける。
傍から見ればおかしな真似をしていると見えるだろう。しかしそうではない。
仏像はただの木像だ。それに話しかけるほど私は心を病んでいない。
それに、ただの木像は返事などしやしない。
「報告員ナズーリン。寅丸星の監視報告です――よろしいか」
ぞわりと、毘沙門天像から神気が漏れ出る。……「来ている」のだ。
本物の毘沙門天が。
それを確認し、私は目を細め報告を開始する。
「寅丸星に動きは無し。――されど聖白蓮のことは忘れておらず、翻意の虞あり。
未だ強大な力持つ妖怪故、依然監視の必要有りかと……」
幾度目か。嘘だらけの報告を伝える。
ご主人様、寅丸星は翻意など欠片さえも見せたことはない。
その力はかつて鬼を屠ったとは信じられぬ程に衰えている。
彼女はただ隠遁しているだけだ。
だが監視の必要無しとされては困る。
ご主人様は未だ危険視されている妖怪だ――討伐が容易と知られれば退治されかねない。
ただ力持つ妖怪なら見過ごされたろうが、彼女の立ち位置はあまりにも複雑だ。
妖怪でありながら神仏に近い位置に居る。故に一度暴れでもすれば民草の神仏への信仰が揺らぐ。
唯一の頸木であった聖白蓮は既にこの世になく――神仏としては早めに処分しておきたい者なのだ。
しかしそのような真似、この私が許さぬ。何の罪も犯していないあの方を処分するなど決して許せぬ。
その為にもご主人様には『危険だが未だ動かぬ妖怪』でいて貰わねばならぬのだ。
ご主人様を守る。その為なら顔色一つ変えず幾百幾千の嘘を成してみせよう。
気付く筈がない。
神様とやらの貧相な発想ではネズミが虎に惚れ込んでいるなど思い付きすらしないだろう。
沈黙。毘沙門天は私の偽の報告を吟味しているのか何も語らない。
私は笑みを浮かべて座している。
空気の、神気の流れが変わる。
荒んだ眼をするようになったなと告げられる。
「ふ――間諜なぞを続けていればこうもなりましょう。しかも相手はあの寅丸星。
たった一人で下っ端とはいえ鬼の集団を鏖殺した獰猛な獣です。
多少なりとも擦り減りますよ」
探りを入れてきた。それを察しながらも私の笑みは揺らがない。
従順な部下を演じ続ける。この演技が見破られる筈はない。
何故なら私のこの間諜としての技能は、神に授けられたものなのだから。
忘れて貰っては困るな毘沙門天――私を間諜に育て上げたのはあなただ。
もっとも、忠誠心を育てられなかったのは失敗だったがね。
またも沈黙。何を考え込んでいるのやら……不穏な空気を滲ませる。
……前々から毘沙門天が私を疑っていることには気づいている。
ご主人様にとって有利になる報告と不利になる報告が常に均衡を保っているからだ。
恣意的に歪められでもしない限り毎回の報告がそうなる筈がないと思うだろう。
だがそれに関しても既に手は打ってある。
私がご主人様の糧を得るために方々で暴れた時に鼠たちに流させた噂。
私を調査させているだろう毘沙門天の手下の耳に入りやすいよう流した噂がそれだ。
ナズーリンは無能でも有能でもなく、己の欲望を優先させる化け鼠。
退治されるほどの悪行は働かぬが善行はまったく積まぬ妖怪らしい妖怪。
決して寅丸星の為になんて動きはしない怠け者――そう思われるような噂を流した。
あれこれと決断するには至らないだろう、毘沙門天。
身動きが取れぬだろう、毘沙門天。
心の内を欠片も覗かせぬようにこにこしながら座して待つ。
ぼそりと、休むかと問う声が耳に届いた。
「休む? 私を退かせて他の者を当てると? それは無理だ。
私とて信用されるまでにかなりの時間を要した。彼女に疑いを持たせるだけですよ。
この任、私以外には成し得ないと思っていただきたい」
まだ怪しんでいるのか――だが疑うだけ無駄だ。疑えば疑うほどに泥沼に嵌っていく。
彼奴の手下にはまた別の偽の情報を流してある。
私とご主人様を怪しむには十分だが証拠には足りぬ程度の情報を。
曖昧な情報こそが足を止める最大の枷となる。判断してもよいのかと悩むことが躊躇いとなるのだ。
こと諜報戦において私に勝てる者などそうは居ない。
毘沙門天の手下には私以上の間諜が居ないことも調べ済みだ。
私が流した情報を鵜呑みにする程度の間抜けしか手下に出来なかったことを――否。
この私を手下にしてしまったことを悔やむのだな。
あなたは私の要求を呑むしか許されていないのだよ、神様。
答えを待っていると、神気が退いていった。
無言を答えとし去ったか。つまり判断は保留。現状維持で行けということだ。
十割私の予定通り。油断は出来ぬし安心も出来ぬが首はつながったまま。
嘘を繰り返さざるを得ない、何時までも綱渡りのままだが――それでいい。
それではご主人様の元へ戻るとしよう。
思ったより遅くなった。
日はとっくに暮れもう真夜中。ご主人様も寝ているだろう。
丁度いい、流石に今日は……疲れた。毘沙門天を騙し切るなど難題にも程がある。
このまま布団に倒れ込んで寝てしまおうか……
「戻りましたか」
予期せぬ声に心臓が飛び上がる。
「……起きていたのかい、ご主人様」
背筋をぴんと伸ばして正座しているのは紛れもなく我が主。
まさか、ずっとこうして待っていたのだろうか。
「ええ。あなたが心配でしたから」
「――っ」
ち――がう。勘違い、するな、ナズーリン。
彼女は、全てをわかった上で心配してくれたわけじゃない。
毘沙門天から私を守ろうとしてくれたわけじゃない。
勘違い――するな、ナズーリン。
「……済まないね。出先で少し疲れてしまって、帰るのが遅くなったよ」
「無理をしないでくださいね。そも、偵察などなんの意味もないのですし」
偵察……ああ、そうだった。私が出歩く理由はそう伝えてあったんだ。
そう、嘘を吐いていたんだ。
「そういうわけにもいかないさ。私が役に立てることなどそうはないのだしね」
「謙遜が過ぎますよ。あなたは私などよりよっぽど優秀ではないですか。
料理然り裁縫然り……まぁ、あなたのしたいことをやればよいとは、思いますが」
「優しいねぇあなたは」
欠片も――私を疑っていない。
仕方がないとはいえ、あなたを騙し続けているのに。
私は、あなたさえも騙しているのに。
真実を告げれば、あなたは殺されてしまう。
私が毘沙門天の間諜と知ればあなたは怒るだろう。毘沙門天に訴え出るだろう。
私を守ろうと、戦おうとするだろう。
今のあなたでは殺されるだけとわかっていても……私を守るために戦うことを選ぶだろう。
ご主人様。あなたはそういう人だ。
寅丸星。あなたは、優し過ぎる。
「冷えたでしょう? 今お茶を淹れてあげますね」
彼女は微笑み、立ち上がり私を招く。
「ああ、そうそう」
その暖かさに――屈してしまいそうになる。
「おかえりなさいナズーリン」
「……ただいまご主人様」
だけどそんなこと、己に許せない。
決して、私は真実をあなたに告げない。
あなたの為に、私はこの世の全てを騙し切ってみせる。
あなたさえも……騙し切る。
「? どうかしましたかナズーリン?」
「なんでもないよご主人様」
あなたは私が守る。
どのような手段を使おうと守り切る。
仮令この手を汚そうと――あなただけは穢さない。
数百年が過ぎた。
時代も世相も変わり果てたが、私は欠片も変わっていない。
変わらず毘沙門天も手下の鼠たちもご主人様さえも騙し続けている。
することも変わらない。妖怪として人間たちを脅して回りご主人様の糧を稼いでいる。
今日は、ご主人様への畏れも集め終わり町をぶらぶらと歩いていた。
本当に世の中は変わった。
人々は皆蘭服――今は洋服と言うんだったか――を着ていて、昔ながらの着物姿の方がまばらだ。
正直助かるし、面白い。私は昔から洋服が好きで着用していたのだから。
これからは人間に化ける時一々着替えないで済むな、と思うと気も和らぐ。
さて、私の噂の広がり具合はどうかな、と耳を欹てる。
ふむ。ちらほらと囁かれているな。まだ十分とは言えぬが、中々と評していいだろう。
あまり露骨に暴れるわけにもいかないし……
「品川の方に陸蒸気が通ったってよ。乗ってみたいねぇ」
「ばっか、今は汽車って言うんだよ。おまえ古いなあ」
されど、他の噂が勝るというのも面白くない。
もう少しばかり派手にやってもいいだろうか――――?
「…………?」
今、揺れなかったか?
あたりを見回すが騒ぐ様子は見受けられない。地震ではない……?
でも、確かに何かが揺れたような感じが
どん、と体の芯の芯まで響く衝撃。
立って、いられない。
なんだ、今の、は。
地震や爆音の類ではない。体が、というより――たましいが――揺さぶられた。
気分が悪い。道の真ん中だというのに座り込んでしまう。馬車に轢かれねばよいが
「――――!?」
意味がわからない。どうなっている。
「どうして、草むらに」
見回す。森の中。ついさっきまで居た町中ではない。
なんなんだ、これは。幻? 否、違う。幻術の類ではない。意識ははっきりしている。
変化を解く。人間に化けている場合ではない。そんな無駄なことに妖力を使えない。
強制的に移動させられた……? そんな術は聞いたこともないし、それこそ意味がわからない。
だが、先程の揺れ。あれが原因なのは確実だ。
地震ではないのにあれほどの衝撃が走るということは霊的な何かなのだろうが……さっぱり正体が掴めない。
「……兎も角、ご主人様の元へ戻らねば」
これに巻き込まれているのが私だけならよいが彼女まで巻き込まれていたらと思うと――
駆け出す。手下の鼠を喚んでいる暇はない。私の妖力を全開にしてご主人様を探る。
っく、ダウジングの精度もなにかにかき乱されて落ちている。
急がねば――? 鳥や、獣までが騒いでいる?
どうなっているのだ。状況が全く掴めない。そもここはどこなのだ。
全く見覚えのない森の中。何か、少しでも知っている物が見えれば……!
「っ!」
この、墓の群は、寺の裏の。
見上げる。見慣れた廃寺。私の家。
かえ、れた? だがおかしい。ここに至る寸前までの森など私の記憶にない。
この寺は山の中にあった筈で、なにがどうなって……違う! そんなことより!
「ご主人様!」
寺に駆け込む。
「ナズーリン! よかった、無事でしたか……」
ああ――安堵の息を吐く。よかった。ご主人様は、変わらぬ姿で居てくれた。
「私のことなどより、いや、あなたは大丈夫なのかい? なにも変わったことは」
「変わったことなんて……あ、そういえば息をするのが楽に……?」
「息……?」
言われてみれば、大気の様子が違う。
数百年の昔のように精気が濃く、呼吸するだけで妖力が賄える。
まるで深山の中に居るかのようだ――並の妖怪なら呼吸するだけで生きていけるだろう。
……ついさっきまでこんなことはなかった。
幻想郷の最深や、信仰や畏れの集まる山の中なら兎も角、こんなただの森の中で……
まるで、まるで――世界そのものが幻想郷にすりかえられたかのような――
「――まさか」
飛び出る。空を見上げる。見てもわからぬが……
「ご主人様、異常事態だ。私は偵察に向かう。あなたはここで待っていてくれ」
「何を言い出すのです! こんな状況で動きまわるなど危険です!」
「危険は承知。だが何も知らぬままの方がより危険だ。ほんの少しでも何かがわかればすぐに戻るよ」
「ですが……!」
「大丈夫。いざとなったら自慢の逃げ足で切り抜けるさ」
言い切り飛び上がる。
ダウジングで探る。一番近いのは……こちらか。
北も南もわからぬまま空を飛ぶ。やがて――それに行き当った。
ずるりと奇妙な感覚が全身を覆う。気付いた時には正反対の方向に向かって飛んでいた。
ダウジングをしながらでなくば気付かなかったろう。
これは、場を閉じる結界だ。
「……結界?」
結界だと。この、どこまでを覆っているのかもわからぬほどに巨大なものが?
振り返る。見える範囲のものを確認する。
あれは……あの煙を吹く山は、妖怪の山。あちらに霧が見える――ということは霧の湖。
空から確認できるのはその程度だが、それで十分だ。
あれらは、幻想郷の土地。つまりここは幻想郷の中だ。
――幻想郷が結界で閉じられた? それに、私たちも巻き込まれたのか――
「なんたることだ……!」
私ではこの結界を越えられない。
もう外でご主人様への畏れを狩ることは出来ない。
これでは、ご主人様は――っ!
「――どう、すれば」
妖怪を襲うか? 否、私の力では木端妖怪にすら勝てるかも怪しい。
私は力尽くでなんて出来るほどに強くはない。
この結界を張った者の力を奪うか? 無理だ。これだけの巨大な結界を張れる者に敵う筈がない。
交渉の余地すら無い程に力の差が歴然としている。正体さえもわからない。
ご主人様の為だけに動いてきたのが裏目に出た――私はこの幻想郷に生きる妖怪の知り合いが皆無だ。
例え誰が犯人であろうと交流も無いのでは交渉にならぬ。
せめて相手のことを僅かにでも知っていれば脅迫なりなんなり手段はあるものを。
狡賢さだけで生き抜いてきた私にはこの状況を打破できる力が無い……っ。
どうすればいい。どうすればいい……!
これじゃご主人様の力になれるのは私だけ
「…………」
私、だけ?
私の想いだけが……ご主人様の糧になる……?
私だけが…………
「――戻らなきゃ」
色々なことが頭に浮かんでは消える。
余計なことを考えるな。まずはご主人様に知り得た情報を伝えねば。
でも、この状況は、しかし。でも――
「ナズーリン、無事ですか!?」
――あ、ご主人、さま。
「どうしました、どこか怪我でも……」
「いや、私は、平気だよ。だいじょうぶ」
「ナズーリン……? ナズーリン、しっかりしなさい。どうしたんですか」
「ちょっと待ってくれ。私も理解が追いつかないんだ」
「え?」
巨大な結界に閉じ込められた。
出られない。
もう畏れを狩れない。
万事休すか。
――……否。
これは好機ではないか。
完全に閉じられているのなら、毘沙門天と縁を切れる。
無粋な監視の任を放り出し彼女と二人きりで生きられる。
いけ好かない神などの為でなく、純粋に彼女の為だけに生きられる。
そして、彼女を生き長らえさせれるのは私のこの想いだけ。
名実共に彼女は、寅丸星は、私の、ナズーリンだけのもの。
「ナズーリン?」
何も変わっていない。
むしろ好転した。
「――大丈夫だよご主人様」
あなたは私が守る。
何も、変わっていないよ。
ただ敵が減っただけさ。
あなたを守りやすくなっただけさ。
「これからは私がずっと傍に居る。何も心配することなんてないよ」
誓いは破らない。
私はあなたを穢さない。
この汚れ切った手で触れたりなんかしやしない。
だけど。
ご主人様。
寅丸星。
ご主人様――
あなたは、永遠に私のものだ
「さぁ、私たちの家に戻ろうか。ご主人様」
私だけの、ものだ
なにかが壊れる音がした
「誰か居るのかい?」
覗き込んだその顔は見る見るうちに恐怖に歪む。
広い蔵を埋め尽くす赤い光点の波に呑まれ男は腰を抜かした。
ひぃ、と悲鳴が喉の奥に落ちていく。
それも当然――無数の鼠を従えた妖怪を目にして平気でいられる人間など居やしない。
「やぁ大黒屋。随分と溜め込んでるじゃないか」
なるたけ優しい声を掛ける。それが逆効果になるのも計算済み。
「この茶器が金に化けるのかと思うと笑わずにはいられないだろう?」
それでいい。存分にこのナズーリンに怯えるがいい人間。
熟成された恐れはいずれ糧となろう。
積み上げられた茶器を一つ手に取る。
「それにしても出来の悪い紛い物だ――教養の足りぬ猪武者に売りつけるにはこれで足りると踏んだかね?
人が悪いなぁ大黒屋。太閤殿下と北条の関係が日に日に悪化しているこの時期に、金のかかるこの時期に――
太閤殿下に取り入りたい大名共にこんなものを売りつけようとするなんて」
立ち上がり、茶器を捨てる。
茶器の割れる音にか私の足音にか、男は竦み上がり悲鳴を上げた。
一歩一歩近づく私の動きに合わせて無数の鼠たちも追従する。
「大した悪党だよおまえは」
男に視線を這わす。餌を前にした獣の所作。
「さぞかしおまえの肉は美味かろう」
鼠の群れに取り囲まれながら男は首を振った。目には涙すら浮かべている。
「最近の人間は教えられないのかい? 言うだろう? 悪い子は妖怪に食われるぞって」
一方的に話しかけ心を折る。最早この男は刃向うことなど考えられもしないだろう。
恐れろ。恐れろ。畏れろ。
「憶えておくがいい。我が主は虎だ。恐ろしい虎の姿をした妖怪だ。
我が主は悪党の血肉が大好物でね――いずれ貴様を取って食らうだろうよ」
その恐怖はいずれ彼女の糧となる。
「それまでに多少なりとも身を清めておくといい。葬式に出せる分くらいは残してくれるかもしれんよ」
言って一歩距離を取る。
私が離れたことでまわりの音が聞こえるようになった男は腰を抜かしたまま周囲を見回した。
音の出所を探しているようだが無駄だ。この蔵全体から音が出ているのだから。
「ああ、言い忘れてたよ。私のかわいい子鼠たちは貪欲でね――蔵の柱を喰い尽くしてしまったようだ」
がこん、とどこかが崩れた。
男は這いずって逃げ出す。逃げる間は十分ある。たっぷり時間を掛けて逃げるといい。
そして、感じた恐怖を語り広めろ。恐ろしい虎の妖怪に狙われていると怯え逃げ惑え。
私の目的はそうして果たされるのだから。
店先に並べられた服を手に取り品定めする。
作りはいい。飾りも控えめで私好みなのだが――服そのものが大き過ぎた。
「……ご店主、もっと小さなものはないかね」
南蛮渡来の蘭服は実に私の好みなのだが全般的に大きいのが玉に瑕だ。
こうして買えるだけありがたいと言われればそれまでだが。
「んん? 南蛮人は皆でかいからなぁ……それにしてもあんたが着る気かい? お嬢ちゃん」
「悪いかい」
「いやいや悪かねぇよ。なんだ、傾奇者にでもなる気かってね」
「そんな物騒なのにはなりたくないね。お洒落さ」
「はっは! 面白い着飾り方だな。ちょいと奥を探してこよう、待ってな」
「頼むよ」
人の良さそうな店主が店の奥に引っ込むのを見送り、手持無沙汰になった私は品定めに戻る。
手直しすれば着れそうなものもあるやもしれぬ。幸い裁縫は不得手ではない。
どちらかといえば小柄な私は中々ぴったりな蘭服が見つからないのだ。自分で作ることも多々ある。
なにせ蘭服はここのような港町でしか手に入らぬのだ。
しかし中々にいいものが揃っている。態々人間に化けてまで買いに来た甲斐があったというもの。
これで私に合うものがあれば言うことはないのだが――
「なんだいこんな真昼間から念仏なんて」
「知らないのかよ、大黒屋が妖怪に襲われたって話だ」
「妖怪ぃ?」
「蔵を潰されたとかなんとか。それで怖がって坊主を呼んで祈祷させてんだと」
「なんでも何某かの命令で動いてるとか……」
「妖怪だって」
「童の姿をしてるって話は本当かい?」
「おとつい出たばっかじゃねえのかい」
「こないだも上州屋の金蔵が……」
耳に届くのは町のざわめき。
人前でなければ口の端を吊り上げてしまいそうだ。
いい具合に噂は広まっている。この分ならもう少し稼げるかもしれぬな。
ここらを荒らすようになって半月。十二分に噂は広がっていた。
悪徳商人を襲う妖怪の噂。虎に使役されているという少女の姿をした化物の噂。
「こんなもんでどうだい嬢ちゃん」
戻ってきた店主の広げる服に目を向ける。悪巧みは後回しにしよう。
今は人間に化けているのだ。妖怪の顔を見せては……ならぬ。
「ん……いいね。じゃあそれと、これをいただこうかな」
「まいどあり」
まだ耳に届く噂を聞きながら歩き出す。
順調だ。このまま稼ぎ続ければ彼女の苦しみを取り除ける。
だが、そう上手くいくばかりの世ではないことを私は十分理解していた。
「おおーい! 鱶が出たぞー!」
港の方から叫ぶ声。
やれ艀が食われた漁に出れない何某が食われたやもと大騒ぎで――商人を襲った妖怪の話など消え去った。
「……妖怪よりも鱶が怖いか」
広まり切った噂は薄くなり消え易い。新たな噂に呑み込まれ掻き消されてしまう。
私は姿を隠し夜を待つ。
妖怪の時間を。
そうして数刻後――夜闇の中、私は廃屋の屋根の上に座っていた。
町を見下ろす。半月の間に数度訪れ荒らした街。
いい加減、潮時か。
「――――そろそろ河岸を替えるかな」
ここいらではこれ以上は望めないだろう。
恐れさせるだけならいくらでも手段はあるが――流石に人を喰い殺しては退治されてしまう。
目的はご主人様への畏れを集めること。単純に暴れるだけではそれは成せない。
そう、信仰の絶たれた我が主を生き長らえさせる為に人々の畏れを集めねばならない。
望みが薄くなったのならさっさと次の場所へ移る方がよい。迷っている時間は無いと見るべきだ。
我が主、寅丸星を助ける為なら手段など選んではいられない。
かり、と爪を噛む。
だがまだだ。まだこの町を離れるわけにはいかない。
次の為に。次の次の為に。ご主人様の為に、布石を打っておかねばならぬのだから。
それを怠れば最悪、私どころかご主人様の命さえ危うい。
そろそろ――か。
小さな音が無数に集まり耳を劈く大音となる。この町で手下にしていた鼠たちが集まってきた。
「御苦労。噂は流してくれたかね」
鼠たちは口々に応える。首尾は上々といったところか。
礼を告げ餌を撒く。こうしてやるのも今日が最後だ。
「さて、お別れだ諸君」
私の言葉に鼠たちは食事を止め振り返る。驚きを隠せないようだ。
僅か半月とはいえ私は彼らの統率者だった。
私が導くようになって猫に食われる鼠が減ったことなどから信頼されていた。
だがそれも今日まで。
「私はもう行かねばならない。諸君らの誰かが代わりに統率するんだ。
私と関わり多少は知恵と妖力を持てた者が居る筈だよ――そいつが群を率いろ」
鼠たちはちゅうちゅうと不安と動揺を伝えてくる。
自分たちはあなたの力になれなかったのか、だから見捨てられるのかと騒ぎ立てる。
「君たちは十二分に役に立ってくれたよ。君たちに不満を抱いたことなど無いさ……
だが私は私の目的に為に止まれないのだよ。今までありがとう。君たちの無事を祈るよ」
私の決意を受け取り彼らは悲しげに鳴き出す。
僅かに――良心が痛む。しかし一度吐いた言葉を翻すことは出来ない。
私は、私の主を裏切れない。
手近に居た一匹をそっと撫でる。
「いいかいおまえたち。妖怪になれたら神様に捕まってはいけないよ。
きっと、死ぬまで後悔し続けることになるだろうからね――――」
季節は冬。
私とご主人様の住む山奥の廃寺で、私は主の掃除を手伝っていた。
墓に積もった雪を箒で払い落とす。後で線香と花を供える為に墓の前の雪も掃いておく。
その繰り返しだ。
「気が滅入るね、この寒い中墓の掃除なんて」
「手伝わずともよいと言っているでしょうに」
愚痴に返事が返ってきた。思いの外近くに居たご主人様に聞かれてしまったようだ。
「主が働いているのをただ眺めているというのも落ちつかないのだよご主人様」
言って見上げる。彼女は私と比べるべくもない程に背が高い。
我が主寅丸星。金髪金目の虎の姿をした妖怪。
今は、妖怪をやめ毘沙門天の代理を自任している変わり者。
整った顔立ちの中から、金色の目が私に向けられた。
「働き者ですね、あなたは」
声音に宿るのは素直な感心。純粋に褒めているだろうその言葉に、私はつい皮肉を返す。
「……働き者と言うのなら、あなたこそだと思うがね。こんな奴ら供養する必要もなかろう」
ただ鬼とだけ刻まれた墓の群。中には何も刻まれてないものも散見される。
彼女が退治した妖怪たちの墓――だ。
「里を襲ったはぐれ鬼。山賊紛いの妖怪の骸など打ち捨てておけばよかろうに」
「そうはいきません」
珍しく強い口調で彼女は言う。
「彼らは私が殺した犠牲者なのですから」
彼女の顔には影が差している。上っ面の言葉ではない。心から、悔いている。
罪人をその手に掛けたことを、心底悔いている。
「ふぅん――」
墓を眺め生返事を返す。
「慈悲深いことで」
犠牲者、とまで言うか。こんな外道共を擁護してまで――己を罪人と言うか。
この墓の下には骸など入っていない。
幾度も繰り返した彼女の戦いが終わった頃に、供養の為に墓だけを建てたのだという。
全てが終わった後に……彼女は己の罪を形として残したのだ。
私に言わせれば過ぎた自罰としか思えぬ行為。自戒ですら、ない。
「昔は、荒ぶる鬼神だったのかい」
「そんな格好よいものではありませんよ。ただ無暗に刃を振るっていただけの愚者です」
適当に相槌のつもりで呟いた言葉に即座に返事が返ってくる。
それすらも――自罰。
「それに」
重い声。
「私は神ではありません」
彼女の顔に影が落ちる。
「神になれませんでした」
彼女は――神というものに並々ならぬ想いを抱いている。
とても一言では言い表せぬ複雑な想い。
それは、恐らくは、あの聖白蓮が絡んでいるのだろう。
数百年も前に封じられた女が。
ご主人様を置いて勝手に封じられたあの女が。
聖、白蓮――――最期まで己の信仰に尽くしたという聖女。
かつて寅丸星を導き妖怪救済などという世迷言にその身を捧げた元人間。
今も、彼女は、ご主人様はその女のことを想っている。
「――それはいい。私は神様とやらが苦手でね」
聖白蓮の幻を振り払うかのように強引にご主人様との会話を再開する。
「え? でもあなたは毘沙門天の遣いでは……」
「言ったろう? 私は仲介を願っただけだと。神様と延々付き合うなんて考えたくもないね」
意識して皮肉気な笑みを浮かべる。
ご主人様は苦笑した。
さもあらん。神を目指した女の元へ仕えに来た者が神は嫌だと言うなど笑い話だ。
そう、笑おうじゃないか。笑っていてくれ。
あなたの悲しむ顔など見たくはないよ、ご主人様。
「だからあなたに仕え続けるよ」
ご主人様――あなたは私だけの主だ。
誰にも渡さない。
聖白蓮にも。
神様にも――決して渡さない。
そう。私は神様とやらが大嫌いだ。
ご主人様の元を離れ私は毘沙門天を祀る寺院を訪れていた。
私たちの住む廃寺からそう遠くはない寺院――廃寺ではなく、寺の者が何人も住んでいる。
隙を見て本堂に入り込む。潜入はお手の物だ、暫くは誰も本堂へは来ないことも調べ済みである。
「ご報告申し上げる」
本尊である毘沙門天像の前に跪き声を掛ける。
傍から見ればおかしな真似をしていると見えるだろう。しかしそうではない。
仏像はただの木像だ。それに話しかけるほど私は心を病んでいない。
それに、ただの木像は返事などしやしない。
「報告員ナズーリン。寅丸星の監視報告です――よろしいか」
ぞわりと、毘沙門天像から神気が漏れ出る。……「来ている」のだ。
本物の毘沙門天が。
それを確認し、私は目を細め報告を開始する。
「寅丸星に動きは無し。――されど聖白蓮のことは忘れておらず、翻意の虞あり。
未だ強大な力持つ妖怪故、依然監視の必要有りかと……」
幾度目か。嘘だらけの報告を伝える。
ご主人様、寅丸星は翻意など欠片さえも見せたことはない。
その力はかつて鬼を屠ったとは信じられぬ程に衰えている。
彼女はただ隠遁しているだけだ。
だが監視の必要無しとされては困る。
ご主人様は未だ危険視されている妖怪だ――討伐が容易と知られれば退治されかねない。
ただ力持つ妖怪なら見過ごされたろうが、彼女の立ち位置はあまりにも複雑だ。
妖怪でありながら神仏に近い位置に居る。故に一度暴れでもすれば民草の神仏への信仰が揺らぐ。
唯一の頸木であった聖白蓮は既にこの世になく――神仏としては早めに処分しておきたい者なのだ。
しかしそのような真似、この私が許さぬ。何の罪も犯していないあの方を処分するなど決して許せぬ。
その為にもご主人様には『危険だが未だ動かぬ妖怪』でいて貰わねばならぬのだ。
ご主人様を守る。その為なら顔色一つ変えず幾百幾千の嘘を成してみせよう。
気付く筈がない。
神様とやらの貧相な発想ではネズミが虎に惚れ込んでいるなど思い付きすらしないだろう。
沈黙。毘沙門天は私の偽の報告を吟味しているのか何も語らない。
私は笑みを浮かべて座している。
空気の、神気の流れが変わる。
荒んだ眼をするようになったなと告げられる。
「ふ――間諜なぞを続けていればこうもなりましょう。しかも相手はあの寅丸星。
たった一人で下っ端とはいえ鬼の集団を鏖殺した獰猛な獣です。
多少なりとも擦り減りますよ」
探りを入れてきた。それを察しながらも私の笑みは揺らがない。
従順な部下を演じ続ける。この演技が見破られる筈はない。
何故なら私のこの間諜としての技能は、神に授けられたものなのだから。
忘れて貰っては困るな毘沙門天――私を間諜に育て上げたのはあなただ。
もっとも、忠誠心を育てられなかったのは失敗だったがね。
またも沈黙。何を考え込んでいるのやら……不穏な空気を滲ませる。
……前々から毘沙門天が私を疑っていることには気づいている。
ご主人様にとって有利になる報告と不利になる報告が常に均衡を保っているからだ。
恣意的に歪められでもしない限り毎回の報告がそうなる筈がないと思うだろう。
だがそれに関しても既に手は打ってある。
私がご主人様の糧を得るために方々で暴れた時に鼠たちに流させた噂。
私を調査させているだろう毘沙門天の手下の耳に入りやすいよう流した噂がそれだ。
ナズーリンは無能でも有能でもなく、己の欲望を優先させる化け鼠。
退治されるほどの悪行は働かぬが善行はまったく積まぬ妖怪らしい妖怪。
決して寅丸星の為になんて動きはしない怠け者――そう思われるような噂を流した。
あれこれと決断するには至らないだろう、毘沙門天。
身動きが取れぬだろう、毘沙門天。
心の内を欠片も覗かせぬようにこにこしながら座して待つ。
ぼそりと、休むかと問う声が耳に届いた。
「休む? 私を退かせて他の者を当てると? それは無理だ。
私とて信用されるまでにかなりの時間を要した。彼女に疑いを持たせるだけですよ。
この任、私以外には成し得ないと思っていただきたい」
まだ怪しんでいるのか――だが疑うだけ無駄だ。疑えば疑うほどに泥沼に嵌っていく。
彼奴の手下にはまた別の偽の情報を流してある。
私とご主人様を怪しむには十分だが証拠には足りぬ程度の情報を。
曖昧な情報こそが足を止める最大の枷となる。判断してもよいのかと悩むことが躊躇いとなるのだ。
こと諜報戦において私に勝てる者などそうは居ない。
毘沙門天の手下には私以上の間諜が居ないことも調べ済みだ。
私が流した情報を鵜呑みにする程度の間抜けしか手下に出来なかったことを――否。
この私を手下にしてしまったことを悔やむのだな。
あなたは私の要求を呑むしか許されていないのだよ、神様。
答えを待っていると、神気が退いていった。
無言を答えとし去ったか。つまり判断は保留。現状維持で行けということだ。
十割私の予定通り。油断は出来ぬし安心も出来ぬが首はつながったまま。
嘘を繰り返さざるを得ない、何時までも綱渡りのままだが――それでいい。
それではご主人様の元へ戻るとしよう。
思ったより遅くなった。
日はとっくに暮れもう真夜中。ご主人様も寝ているだろう。
丁度いい、流石に今日は……疲れた。毘沙門天を騙し切るなど難題にも程がある。
このまま布団に倒れ込んで寝てしまおうか……
「戻りましたか」
予期せぬ声に心臓が飛び上がる。
「……起きていたのかい、ご主人様」
背筋をぴんと伸ばして正座しているのは紛れもなく我が主。
まさか、ずっとこうして待っていたのだろうか。
「ええ。あなたが心配でしたから」
「――っ」
ち――がう。勘違い、するな、ナズーリン。
彼女は、全てをわかった上で心配してくれたわけじゃない。
毘沙門天から私を守ろうとしてくれたわけじゃない。
勘違い――するな、ナズーリン。
「……済まないね。出先で少し疲れてしまって、帰るのが遅くなったよ」
「無理をしないでくださいね。そも、偵察などなんの意味もないのですし」
偵察……ああ、そうだった。私が出歩く理由はそう伝えてあったんだ。
そう、嘘を吐いていたんだ。
「そういうわけにもいかないさ。私が役に立てることなどそうはないのだしね」
「謙遜が過ぎますよ。あなたは私などよりよっぽど優秀ではないですか。
料理然り裁縫然り……まぁ、あなたのしたいことをやればよいとは、思いますが」
「優しいねぇあなたは」
欠片も――私を疑っていない。
仕方がないとはいえ、あなたを騙し続けているのに。
私は、あなたさえも騙しているのに。
真実を告げれば、あなたは殺されてしまう。
私が毘沙門天の間諜と知ればあなたは怒るだろう。毘沙門天に訴え出るだろう。
私を守ろうと、戦おうとするだろう。
今のあなたでは殺されるだけとわかっていても……私を守るために戦うことを選ぶだろう。
ご主人様。あなたはそういう人だ。
寅丸星。あなたは、優し過ぎる。
「冷えたでしょう? 今お茶を淹れてあげますね」
彼女は微笑み、立ち上がり私を招く。
「ああ、そうそう」
その暖かさに――屈してしまいそうになる。
「おかえりなさいナズーリン」
「……ただいまご主人様」
だけどそんなこと、己に許せない。
決して、私は真実をあなたに告げない。
あなたの為に、私はこの世の全てを騙し切ってみせる。
あなたさえも……騙し切る。
「? どうかしましたかナズーリン?」
「なんでもないよご主人様」
あなたは私が守る。
どのような手段を使おうと守り切る。
仮令この手を汚そうと――あなただけは穢さない。
数百年が過ぎた。
時代も世相も変わり果てたが、私は欠片も変わっていない。
変わらず毘沙門天も手下の鼠たちもご主人様さえも騙し続けている。
することも変わらない。妖怪として人間たちを脅して回りご主人様の糧を稼いでいる。
今日は、ご主人様への畏れも集め終わり町をぶらぶらと歩いていた。
本当に世の中は変わった。
人々は皆蘭服――今は洋服と言うんだったか――を着ていて、昔ながらの着物姿の方がまばらだ。
正直助かるし、面白い。私は昔から洋服が好きで着用していたのだから。
これからは人間に化ける時一々着替えないで済むな、と思うと気も和らぐ。
さて、私の噂の広がり具合はどうかな、と耳を欹てる。
ふむ。ちらほらと囁かれているな。まだ十分とは言えぬが、中々と評していいだろう。
あまり露骨に暴れるわけにもいかないし……
「品川の方に陸蒸気が通ったってよ。乗ってみたいねぇ」
「ばっか、今は汽車って言うんだよ。おまえ古いなあ」
されど、他の噂が勝るというのも面白くない。
もう少しばかり派手にやってもいいだろうか――――?
「…………?」
今、揺れなかったか?
あたりを見回すが騒ぐ様子は見受けられない。地震ではない……?
でも、確かに何かが揺れたような感じが
どん、と体の芯の芯まで響く衝撃。
立って、いられない。
なんだ、今の、は。
地震や爆音の類ではない。体が、というより――たましいが――揺さぶられた。
気分が悪い。道の真ん中だというのに座り込んでしまう。馬車に轢かれねばよいが
「――――!?」
意味がわからない。どうなっている。
「どうして、草むらに」
見回す。森の中。ついさっきまで居た町中ではない。
なんなんだ、これは。幻? 否、違う。幻術の類ではない。意識ははっきりしている。
変化を解く。人間に化けている場合ではない。そんな無駄なことに妖力を使えない。
強制的に移動させられた……? そんな術は聞いたこともないし、それこそ意味がわからない。
だが、先程の揺れ。あれが原因なのは確実だ。
地震ではないのにあれほどの衝撃が走るということは霊的な何かなのだろうが……さっぱり正体が掴めない。
「……兎も角、ご主人様の元へ戻らねば」
これに巻き込まれているのが私だけならよいが彼女まで巻き込まれていたらと思うと――
駆け出す。手下の鼠を喚んでいる暇はない。私の妖力を全開にしてご主人様を探る。
っく、ダウジングの精度もなにかにかき乱されて落ちている。
急がねば――? 鳥や、獣までが騒いでいる?
どうなっているのだ。状況が全く掴めない。そもここはどこなのだ。
全く見覚えのない森の中。何か、少しでも知っている物が見えれば……!
「っ!」
この、墓の群は、寺の裏の。
見上げる。見慣れた廃寺。私の家。
かえ、れた? だがおかしい。ここに至る寸前までの森など私の記憶にない。
この寺は山の中にあった筈で、なにがどうなって……違う! そんなことより!
「ご主人様!」
寺に駆け込む。
「ナズーリン! よかった、無事でしたか……」
ああ――安堵の息を吐く。よかった。ご主人様は、変わらぬ姿で居てくれた。
「私のことなどより、いや、あなたは大丈夫なのかい? なにも変わったことは」
「変わったことなんて……あ、そういえば息をするのが楽に……?」
「息……?」
言われてみれば、大気の様子が違う。
数百年の昔のように精気が濃く、呼吸するだけで妖力が賄える。
まるで深山の中に居るかのようだ――並の妖怪なら呼吸するだけで生きていけるだろう。
……ついさっきまでこんなことはなかった。
幻想郷の最深や、信仰や畏れの集まる山の中なら兎も角、こんなただの森の中で……
まるで、まるで――世界そのものが幻想郷にすりかえられたかのような――
「――まさか」
飛び出る。空を見上げる。見てもわからぬが……
「ご主人様、異常事態だ。私は偵察に向かう。あなたはここで待っていてくれ」
「何を言い出すのです! こんな状況で動きまわるなど危険です!」
「危険は承知。だが何も知らぬままの方がより危険だ。ほんの少しでも何かがわかればすぐに戻るよ」
「ですが……!」
「大丈夫。いざとなったら自慢の逃げ足で切り抜けるさ」
言い切り飛び上がる。
ダウジングで探る。一番近いのは……こちらか。
北も南もわからぬまま空を飛ぶ。やがて――それに行き当った。
ずるりと奇妙な感覚が全身を覆う。気付いた時には正反対の方向に向かって飛んでいた。
ダウジングをしながらでなくば気付かなかったろう。
これは、場を閉じる結界だ。
「……結界?」
結界だと。この、どこまでを覆っているのかもわからぬほどに巨大なものが?
振り返る。見える範囲のものを確認する。
あれは……あの煙を吹く山は、妖怪の山。あちらに霧が見える――ということは霧の湖。
空から確認できるのはその程度だが、それで十分だ。
あれらは、幻想郷の土地。つまりここは幻想郷の中だ。
――幻想郷が結界で閉じられた? それに、私たちも巻き込まれたのか――
「なんたることだ……!」
私ではこの結界を越えられない。
もう外でご主人様への畏れを狩ることは出来ない。
これでは、ご主人様は――っ!
「――どう、すれば」
妖怪を襲うか? 否、私の力では木端妖怪にすら勝てるかも怪しい。
私は力尽くでなんて出来るほどに強くはない。
この結界を張った者の力を奪うか? 無理だ。これだけの巨大な結界を張れる者に敵う筈がない。
交渉の余地すら無い程に力の差が歴然としている。正体さえもわからない。
ご主人様の為だけに動いてきたのが裏目に出た――私はこの幻想郷に生きる妖怪の知り合いが皆無だ。
例え誰が犯人であろうと交流も無いのでは交渉にならぬ。
せめて相手のことを僅かにでも知っていれば脅迫なりなんなり手段はあるものを。
狡賢さだけで生き抜いてきた私にはこの状況を打破できる力が無い……っ。
どうすればいい。どうすればいい……!
これじゃご主人様の力になれるのは私だけ
「…………」
私、だけ?
私の想いだけが……ご主人様の糧になる……?
私だけが…………
「――戻らなきゃ」
色々なことが頭に浮かんでは消える。
余計なことを考えるな。まずはご主人様に知り得た情報を伝えねば。
でも、この状況は、しかし。でも――
「ナズーリン、無事ですか!?」
――あ、ご主人、さま。
「どうしました、どこか怪我でも……」
「いや、私は、平気だよ。だいじょうぶ」
「ナズーリン……? ナズーリン、しっかりしなさい。どうしたんですか」
「ちょっと待ってくれ。私も理解が追いつかないんだ」
「え?」
巨大な結界に閉じ込められた。
出られない。
もう畏れを狩れない。
万事休すか。
――……否。
これは好機ではないか。
完全に閉じられているのなら、毘沙門天と縁を切れる。
無粋な監視の任を放り出し彼女と二人きりで生きられる。
いけ好かない神などの為でなく、純粋に彼女の為だけに生きられる。
そして、彼女を生き長らえさせれるのは私のこの想いだけ。
名実共に彼女は、寅丸星は、私の、ナズーリンだけのもの。
「ナズーリン?」
何も変わっていない。
むしろ好転した。
「――大丈夫だよご主人様」
あなたは私が守る。
何も、変わっていないよ。
ただ敵が減っただけさ。
あなたを守りやすくなっただけさ。
「これからは私がずっと傍に居る。何も心配することなんてないよ」
誓いは破らない。
私はあなたを穢さない。
この汚れ切った手で触れたりなんかしやしない。
だけど。
ご主人様。
寅丸星。
ご主人様――
あなたは、永遠に私のものだ
「さぁ、私たちの家に戻ろうか。ご主人様」
私だけの、ものだ
なにかが壊れる音がした
ってのは都合がいい解釈ですかねぇ。
ごちそうさまでした。
ナズーリンが賢すぎて泣ける。
まさに彼女の曲名に相応しい。
しかしこのナズは白蓮さん達がいて大丈夫か……
是非、続編を見てみたいです
でも周囲に心を開かないナズーリンが悲しい
正直、もっとこういうタイプの物を書いた方がいいと思います。
私の理解も追いつかない
純粋に、好きな人の為に尽力し続ける姿は本当に素晴らしいと思います。
ナズーリンが毘沙門天に忠誠を誓わず、星だけを信仰しているというのも自分の中のナズ像とマッチしてて読み易かったです。
独占欲とはそのまま、そのものに対する執着・愛情の強さの表れみたいなもんですからね。
聖復活後どうなるんだろ……
神よりも、自分よりも、すべてはご主人様のために。
見てて泣きたくなる位苦しんでるのに、同情する気になれないのは彼女が彼女なりに幸せだからなんでしょうか。
ダークのタグにふさわしく真っ黒で、同時にふさわしくなく真っ白な思いを抱えているように見えました。