Coolier - 新生・東方創想話

楽しいのは

2010/02/28 04:57:38
最終更新
サイズ
7.94KB
ページ数
1
閲覧数
2411
評価数
25/107
POINT
6150
Rate
11.44

分類タグ


「アリス暇だ私に構え」

 自分の上半身分くらいはあろうかという大きなクッションを顎と両の手でぼふーと潰しながら、じとっとした目で魔理沙が言う。

「……もう? だってさっき……」
「問答無用。早く構え」
「…………」

 魔理沙が私の家に来てからかれこれ二時間半。
 この間彼女は、およそ十分おきくらいに、上のような言葉を私にぶつけている。

「……わかったわよ」

 私はそう言って椅子から腰を上げると、ソファの上で(魔理沙の身体からすれば)巨大なクッションを持て余している彼女に近づく。
 魔理沙は、むうっと私をにらみつけたままだ。

 ……やれやれ。
 
 私は魔理沙の正面に立ち、そっと右の掌を彼女の頭の上に乗せた。

「……よしよし」
「…………」

 そのままやさしく、ゆっくりと手を動かして頭をなでる。
 すると魔理沙は、さも当然、と言わんばかりに目を閉じておすまし顔を作った。

「……いいこいいこ」
「…………」

 そのまま、髪の隙間に指を差し入れて丁寧に梳く。
 魔理沙のふわふわした髪が、私の指に沿うように流れていく。
 魔理沙の表情が、徐々に和らいでいく。
 
 よし、もう一息。

「……ぅん」

 魔理沙の小さな唇から、気持ちよさそうな声がこぼれた。
 それは満足の証。

 私は安堵し、魔理沙の髪から手を離した。
 これでおそらく、また十分くらいは持つはずだ。
 それが、この二時間半の経験によって得られた私の見通しだった。

「……じゃあ、私、作業の続きするから」

 自然な流れでテーブルに戻ろうとした私。
 だがしかし、小さな引力が私の袖に働く。
 
「………うっ」

 ちらりと振り返ると、魔理沙のジト目が復活していた。
 頬も少し膨らんでいる。

 ……つまりは、ご不満らしい。
 まあ所詮、二時間半程度で培われた経験則なんてこんなもんよね。はあ。

「……あのねえ、魔理沙」

 溜め息を零しつつ、私はまた魔理沙の頭をなでる。
 今度は魔理沙も目をすぐには閉じず、私をじとっと射抜いたままだ。

「……さっきから言ってるように、私、明日人里で人形劇をやるの」
「…………」
「……その準備として、人形のお洋服を縫わなくちゃいけないのよ」
「…………」
「……だからいつもみたく、魔理沙にばっかり構ってあげられないの」

 この二時間余りで、同じ説明を何度繰り返したことか。
 しかし、魔理沙の瞳に納得の色が宿ることはなかった。

「…………」

 魔理沙は何も言わず、じぃっと私を見続けている。
 目は口ほどに物を言う、とはよくいったもので、私には覚り妖怪のような能力はないけれども、今の魔理沙が何を考えているのかは容易に読み取れた。

 ―――そんなの後でやればいいだろそんな作業と私に構うことのいったいどっちが大事だと思っているんだこら

 ああ、魔理沙の思考の波が押し寄せてくる。

 それが私の思い過ごしではないことは、さっきからずうっとこうして頭をなでているのにもかかわらず、未だに魔理沙が私に対し不満げな視線を向けることをやめていないことからも裏付けられよう。

 ……はてさて、一体どうしたものかしらね。
 
 私が思案に暮れていると、意外にも魔理沙の方から助け舟を出してきた。

「……アリス」
「なに?」
「……どうしてもその作業をやりたいってんなら、私が譲歩してもいいぜ」
「譲歩?」

 どういう心積もりかは知らないが、魔理沙の方から譲歩してくれるというのなら、私にそれを呑まない手は無い。
 私は問う。

「……なんなの? 譲歩って」
「……それはな」

 魔理沙がにやりと笑う。
 正直、嫌な予感しかしない。







 ―――それから十数分後。



「……ねぇ、魔理沙」
「ん」
「……これ、すごく肩が疲れるのだけど」
「そうか」
「……いや、そうかじゃなしに」

 今、私はソファに腰掛け、人形の洋服を縫っている。
 









 ……魔理沙を、膝枕しながら。


「アリスの膝はあったかいぜ」

 魔理沙は暢気に私の膝、というか太ももの間にすりすりと頬擦りしている。
 
 一方私は、魔理沙の顔に布が掛からないよう、必然、腕を上げ、空中での裁縫作業を余儀なくされていた。
 正直言ってめっちゃしんどい。

「……あ、魔理沙。やばいちょっと腕ぷるぷるしてきた」
「そうか。頑張れ。アリスならやれるさ」
「…………」

 魔理沙は気持ちよさそうに目を細め、ご満悦といった表情。
 
 ……というか、頭をなでてもらうのを諦める代わりに膝枕って、これ譲歩っていうのかしら。

 今更になってそんな疑問が脳裏をよぎるも、時既に遅し。

 せめてこのまま魔理沙が眠ってくれたら、そうっと冒頭の巨大クッションを私の膝と差し替える手もあったのに。
 しかし魔理沙は、そんな私の淡い期待を裏切るかのように、一分に一回程度の割合でしっかりと目を開いては私を見上げてくる。
 そして、こんな思いを視線に込めてぶつけてくるのだ。

 ―――変な考えを起こすなよもし膝枕すらもやめようものなら泣いて喚いて暴れてやるからな

 もはやある種の脅迫である。
 そして魔理沙はまた満足そうに目を閉じると、ふみゅうっと私の膝に顔を埋めるのだ。
 腕ほどではないにせよ、ずうっと頭を乗せられていると膝も地味に痺れてくる。

「なあ、アリス」
「……何かしら」

 今にも攣りそうな腕を懸命に動かして空中まつり縫いを敢行する私に、魔理沙がにへらと笑って話しかける。

「今日の晩御飯はビーフシチューがいいぜ」
「……それは無理な相談ね。私は腕が筋肉痛で動かないと思うから」
「そうか。じゃあサラダは私が作ってもいいぜ」
「…………はあ」

 ―――どうやら、このワガママっ子にはお仕置きが必要なようね。
 
 そう判断した私は、上げていた肘をゆっくりと下ろし、魔理沙の脇腹へと当てた。
 
「? 何を……」

 魔理沙の身体の弱点の位置くらい、知らない私ではない。
 不思議そうな表情を浮かべる魔理沙を無視し、そのまま―――脇腹を肘でぐりぐりしてやる。

「あっ!?」

 すると、魔理沙が甲高い声で鳴いた。

「あ、あうっ! や、やめろっ、アリスっ」
「やめません」
「あううっ」 

 思ったとおり、かなり効いている様子。
 それに気をよくした私は、ぐりぐりを一層強くする。
 もっとも、体勢的にはこっちもかなり辛いので、痛み分けではあるが。

 魔理沙が嘆願するように言う。

「あうっ、あうっ。あ、アリス、勘弁して……」
「……じゃあ、私の膝の上からどいてくれるかしら?」
「…………それはやだ」
「…………」
「あ、あうっ」

 無言でぐりぐりを続行する私。
 魔理沙がじたばたと身をよじる。

「あっ、あっ、やめてアリス、あっ」
「……あんたがどくまでやめません」
「うぅ。ありすのおにぃ。あくまぁ」
「……どっちがよ。この、このっ」
「あう、あうっ」
 

 ―――結局、その後小一時間ほど、魔理沙のうきゃあうきゃあと喚き続ける声が止むことはなかった。


「ひ、ひどいぜ。アリス……」
「何言ってんの。あんたがさっさとどいてくれたら済んだことでしょ」

 私との格闘を終え、ぐったりとしている魔理沙のつむじのあたりを、肘でぐりぐりと押してやる。
 魔理沙がむきゅうと呻く。

「あーあ。もう肘も膝もパンパンじゃないの。しかも結局大して作業進まなかったし」
「…………」

 若干非難めいた口調で言うと、魔理沙が少しだけ、しゅんとしたような表情になった。
 ちょっとは反省したのかしら?

 魔理沙がぼそりと呟く。

「……アリス」
「……何?」
「……おなかすいた」

 がくっと脱力する。
 まあそうよねあんたはそういう子よね。

 魔理沙は、じぃっと上目遣いで私を見ながら続ける。

「ビーフシチュー……」
「……わかったわかった。ちゃんと作ってあげるわよ。その代わり、あんたも手伝いなさいよね」
「おう! 魔理沙ちゃん特製サラダの出番だぜ!」

 途端に元気になって言う魔理沙。
 あんたはあくまでサラダ担当なのね。

「早く作ろうぜ! アリス!」
「……はいはい」

 魔理沙に手を引かれ、私はキッチンへと連行される。
 
 あーあ。
 まったく、もう。
 腕も痛いし足も痛いし、肝心の作業もまだ全然終わってない。

 それなのに。


 どうしてこんなに―――楽しいんだろう。
 

 ……なんて、答えの分かりきった自問をして、私は思わずくすくすと笑う。
 すると、魔理沙がきょとんとした表情で私を見上げていた。

「……どうした? アリス」
「……ふふ。なんでもないわよっ」
「あう」
 
 私が軽くおでこを小突いてやると、魔理沙はちょっとだけ後ろによろけた。
 不満げに口を尖らせる。

「な、なんだよー」
「いいからさっさと支度する。……作ってくれるんでしょ? 魔理沙ちゃん特製サラダ」
「…………おう!」

 するとすぐに表情を変え、にかっと笑う魔理沙。
 まるで太陽みたいに綺麗に。

 ……まったく、もう。
 そんな笑顔向けられたら、ますます楽しくなっちゃうでしょうが。

「よし、やるわよ! 魔理沙!」
「おう! アリス! ……って、わわっ!」

 私は、魔理沙の頭を思い切りわしわししてやった。

「な、なにすんだよ!」
「気合入れてあげたのよ」
「髪ぼさぼさになっちゃったじゃんか!」
「いいじゃないの。ワイルドで可愛いわ」
「適当なこと言うなー!」
「どうどう」

 私はわあわあ言ってくる魔理沙の頭を片手で突っ張りながら、もう片方の手で食材をまな板の上に並べていった。


 いつしか、腕の疲れは消えていた。
 



 
―――あなたが笑ってくれるから。


それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3670簡易評価
2.100賢者になる程度の能力削除
かわえぇ…
3.100名前が無い程度の能力削除
久々のマリアリ、最高でした!
6.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙は甘えん坊だなぁww
まぁ、そこが可愛いんだけど
7.100名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤが止まらない
15.100名前が無い程度の能力削除
マリアリは俺たちのジャスティスだ。
24.100名前が無い程度の能力削除
可愛いはjustice
25.100名前が無い程度の能力削除
甘い……甘くて死ねる!!
このひとごろしっ!!
相変わらず安定感のある甘々マリアリ!
プチの作品読んでもうマリアリ書かないのかと思って心配しましたが杞憂で良かった……。
こんなマリアリが私も書きたいです。GJ!
34.100名前が無い程度の能力削除
一行目から2828してしまった
36.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいアリマリだ。
37.100物語を読む程度の能力削除
作者名とタグを読んだ時点で
ニヤニヤしてしまったww
いつも甘いマリアリをありがとうございます。
38.100奇声を発する程度の能力 in 携帯削除
嬉しすぎて涙が出てきた。
40.100名前が無い程度の能力削除
まりまりささん相変わらず最高!
今38.9℃の熱があるんだけど、1℃くらい体温上昇した気がする。マリアリがイチャイチャしすぎて
42.100ぺ・四潤削除
楽しいのはまりまりささん。あなたのことでしょう?(ニヤニヤ)
まあ、私もなんですけどね。(ニヤニヤ)
44.100名前が無い程度の能力削除
構えることなく力を抜いて読めるってのはすばらしいことだなぁ
48.100名前が無い程度の能力削除
ちくしょう……ニヤニヤしっぱなしだ。
マリアリいいよマリアリ!
61.100名前が無い程度の能力削除
なにこのほんわかシュガー姉妹。
いいぞもっとやれ。
67.100名前が無い程度の能力削除
今回も良質な糖分ありがとう
68.100夕凪削除
んー、こいつは甘いぜ!
69.100名前が無い程度の能力削除
あんた以上のマリアリをみたことがない
75.80ずわいがに削除
魔理沙甘え過ぎだろ……これは有罪
罰としてもっと甘えることを強制する
78.100名前が無い程度の能力削除
うはぁ……うはあぁ……
88.100名前が無い程度の能力削除
おう。
94.100月宮 あゆ削除
ああ やばい 甘いぜ
96.100名無しな程度の能力削除
あなたのマリアリは最高だ!
100.100非現実世界に棲む者削除
あ、甘え...