今の状況を表す上で一番ふさわしい言葉は何だろうか。
レミリア=スカーレットは目の前の景色を眺めながらため息を吐いた。
散乱した家具、あちこち穴の開いた床と壁、そしてメイド達。
爽やかな満月の夜空を割れたガラス窓越しに眺めれば、正門近くの大きな木の下で気絶している門番。
後ろからはすすり泣く友人である魔女の声と、図書館の壁に開いた大きな穴の向こうの魔法使いに手を振っているだろう妹の嬉しそうな声。
そしてその魔法使いは図書館から盗んだ本を満載した袋を背負い、瞬く間に夜の闇に消えていくのだろう。
「またしてやられましたね」
咳をしながらガレキの山から這い出してきたのは、銀色の髪を持つ少女。紅魔館のメイド達を束ねる人間、十六夜咲夜。
咲夜はレミリアの後ろに立つと周りの惨状を一通り眺めた後、図書館の魔女に声をかけた。
「パチュリー様ー、大丈夫ですか?」
パチュリーは長い袖で涙を拭くと、じろりと咲夜を見た後、フルフルと首を横に振った。
「今日は魔導書50冊……。幸いにも買い替えが利く本ばかりだったのは良かったわ。でも私はボロボロね」
自嘲気味に鼻で笑ったパチュリーの服は破れていたり、焦げていたり、ホコリ塗れだったりと、お世辞にもキレイな格好ではない。
それは咲夜にも、レミリアにも、その妹であるフランドールにも、館のあちこちに壊れた家具と一緒に転がっているメイド達にも言えることだった。
みんな魔法使いの襲撃を受けてボロボロなのだ。一部のメイドに至っては、ガレキに某有名推理小説に出てくるゴムマスクをかぶった人のような格好で突き刺さっている。
「さてと…私は動けそうなメイド達と片付けをしてきます」
ホウキを肩で担ぎ、逆の手には救急箱を持った咲夜は倒れているメイド各自の意識の有無を往復ビンタで確認した後、
意識の在る者には救急箱で治療を行い、あまりハッキリしていない者にはさらに往復ビンタを食らわせ、
意識を失っている者は比較的損傷の無い床の上に寝かせ始めた。
「お姉様どうしたの?なんで泣いてるの」
そう言いながら無邪気に姉の手を引っ張るフランドール。
レミリアは泣いていた。私はレミリア=スカーレット。誇り高き吸血鬼。そしてここはその吸血鬼の住む紅魔館。
「お姉様、お腹痛いの?大丈夫?」
心配そうな顔で私の顔をのぞき込む妹。
違うのフランドール。私はお腹が痛いんじゃないの。
ただ情けなくて、紅魔館の主としてこの状況が情けなくてしょうがないの。
レミリアの涙はその日止まる事を知らなかった。
翌日、紅魔館の門番、紅美鈴はレミリアの部屋の前に立っていた。
昨日の襲撃の際、彼女は門番ということでいの一番に襲撃者の一撃を受けて吹っ飛んだ。
「また怒られるんだろうなぁ」
げんなりとした気分で扉を開けた。
「美鈴、ちょっとこっちに来なさい」
昨日は号泣だったのか、威厳たっぷりに椅子に座っている目を腫らしたレミリアが手招きをした。
美鈴が彼女の近くまでやってくると、レミリアは頭を抱えた。
「ねぇ美鈴。早速なんだけどね、クビ」
「あっすいません、首になにか付いていますか?」
恥ずかしそうに笑いながら首を触る美鈴。
「違うわ、貴方を解雇するの」
「はい?」
呼ばれて扉を開けて20秒ほどで解雇通告。
「私がですか?」
「あなたがよ」
「これまたどうして」
「昨日の襲撃で紅魔館はそこそこな被害を受けたわ。
それも門番として貴方が働いていないからよ。
役に立たない門番を雇うほど私は甘くないわ」
そう言い放ったレミリアの横で、何時ものように瀟洒に振舞っていた咲夜の手からティーポットが落ちた。
「お嬢様さすがにそれは不条理ではありませんか。
確かに美鈴は今回の襲撃では門番としての役割を果たせませんでした。
しかし相手はあの霧雨魔理沙です。
お嬢様や妹様ですら出し抜かれる彼女が相手であっては――」
しかしその後はレミリアの、眼力だけでドラゴンが殺せそうな視線によって強制的に停止された。
「本来なら紅魔全体の責任なのは確かよ。
でも美鈴が門の時点で止めていればこうはなっていなかった。
原因を作ったのは美鈴。門の役を果たせない門番に用は無いわ」
そう言い放ったレミリアに、咲夜は頭を下げた。
「お願いしますお嬢様、美鈴に最後のチャンスを与えてあげて下さい。
美鈴は門番とはいえメイドです。
ですから彼女の責任はメイド長である私の責任でもあります。
メイド長としてお願いします。
彼女に最後のチャンスを与えてあげてください」
咲夜は何度も何度も頭を下げた。レミリアはドラゴンが殺せそうな視線を美鈴に向けた。
美鈴はその視線に身を縮ませたが、すぐに居心地が悪そうにうつむいた。
「分かったわ。咲夜に免じて最後のチャンスをあげるわ。
魔理沙が次の紅魔館襲撃で本を一冊も奪わなかったら解雇は無し。
その代わり、美鈴一人で対応すること。いいわね」
つまりレミリアは紅魔館全員で戦っても敵わない魔理沙に一人で勝てとおっしゃっているのだ。つまり言い方を変えた解雇通告。
咲夜は何か言おうと口を開いたが、つぃと視線を外し、そのまま黙ってしまった。こうして美鈴の絶体絶命な解雇回避劇が始まった。
数日後の紅魔館大図書館。修理も終わり、うららかな昼下がり、日の光の差さないこの場所で三人の少女がお茶を飲んでいた。
一人は図書館の主パチュリー。もう一人はパチュリーに相談を受けてやって来た七色の人形使いアリス。
そして最後はお茶会と聞いて何か甘い物にありつけるのではないかとやって来た霊夢。ちなみに今日のお茶会のお菓子は羊羹だ。
「紅茶に羊羹って新しいわねぇ」
そう言いながら貪るように、いや実際羊羹を貪りながら霊夢が紅茶の入ったカップに手を伸ばす。
「ええ、昨日良い羊羹が手に入ったのよ」
「羊羹の話も良いけど、本題に入って頂戴」
アリスの冷静な一言で、作戦会議は始まった。
パチュリーは簡単に先日の襲撃の被害等を説明した後、美鈴が解雇されそうで、それを防ぐためには彼女が一人で魔理沙から本を守らなければならない事を説明する。
「普通に考えたらまず無理ね」
紅茶に浮かんでいるレモンをスプーンで突きながらアリスが至極当然の結論を口にする。
それはわかっているからなんとかならないかと呼んでいるというのに、本当にこの娘は空気が読めない。だから友達が少ないのだろう。
「だからどうすればいいか一緒に考えて欲しいの」
「私が魔理沙をしばらく家に招いておけば良いんじゃないかしら」
「レミィは次の襲撃と言っているわ。それは単純に時間が経つだけよ」
「別に一生魔理沙を監禁……泊めておいても私は全くかまわないわよ」
「よく真顔でそんな事言えるわね。逆に感心するわ」
霊夢は引きつった笑顔を張り付かせたまま、
真顔のアリスから少し椅子を離した。
とりあえず少々どころか、溢れんばかりに魔理沙への病んだ愛情を抱いているアリスの思いはこの際置いておいて、話は再開された。
「一番有効なのはこっそり手伝うことよね。
直接的に助けられないならそれしかないわ」
「でもどうやって助けるの?」
パチュリーは頭痛を抑えるように額を押さえると、羊羹ののった皿を霊夢から引き離した。
「それを真面目に考えて」
次の瞬間、霊夢は首をものすごい勢いでブンブンと縦に振った。
その目は狼のようにギラギラと光りながらも一瞬たりともその焦点を羊羹から離すことは無く、その口の端からはヨダレがボタボタと滴り落ちている。
正直この面子を集めたことにパチュリーは後悔をし始めた。しかも一人に至っては呼んですらいないのに勝手にやって来て羊羹を食べているだけだ。
さて羊羹のおあずけが効いたのか、打って変わって霊夢は真面目に対応策を立て始めた。
「紅魔館への手伝い要請はパチュリーに任せるとして、
面倒だけどそれ以外の協力は私がやっておくわ」
「あの、私は?」
「そうねぇ……魔理沙が紅魔館を襲撃しそうになったら一日だけ足止めして、
それをパチュリーに知らせてあげて」
「一日だけ?もっと足止めできるわよ。一年でも百年でも一億年でも」
一日の部分にアリスは不満を覚えているようだが、いくらなんでも永遠になったアリスの家でのお泊り会では魔理沙が不憫すぎる。
もしかするとそのたった一日の間でさえ、魔理沙の身が危険な状態になる可能性も高い。アリスに全てを任してしまえばこの問題は瞬時に解決するのだろうが、
その結末はきっと待てども暮らせども魔理沙は襲撃に来ず、それどころか魔理沙の目撃情報がその日からぱったり途絶え、アリスが満面の笑顔で日々を過ごすことになるだろう。
そんな未来は美鈴が紅魔館を解雇される以上に誰も望んでいない。
こうして最初に決まった成功の鍵は『どれだけアリスが理性を保つことが出来るか』となった。
その数時間後、霊夢はレミリアとテーブルを挟んで座っていた。先程の図書館でのいい加減具合が嘘のように、霊夢は鋭い視線をレミリアに向けていた。
「結果は見えているから言うけど、
今回は貴方の八つ当たりが最悪の結果を招くわよ」
「どういうことかしら」
レミリアは笑顔で霊夢に質問をした。ただしその目は霊夢の目を見据えている。その視線を全く気にせず霊夢は両手でレミリアの頭を掴むと、自分の顔を近づけた。
「貴方のわがままのせいで私の仕事が増えるのが確定しているから
イラついているのよ。知らない振りして楽しんでいるのか、
本当に解ってないのか知らないけど頭に来るわ」
超至近距離で霊夢の眼光を受けてもなお、レミリアの笑顔は崩れない。
「さぁどうかしらね」
「まぁいいわ」
霊夢はレミリアから顔を離し、レミリアに背を向けると、
そのまま振り返りもせず部屋を出て行く。
すると今までオブジェの一部かというレベルで微動だにしなかった咲夜がその後を静かに追う。
一人残されたレミリアは、目の前に注がれたワインを一息で飲み干すと、椅子に深く腰掛け、そのまま背もたれに体重を預け、しばらく目を閉じていたが、不意に立ち上がり、窓から外を眺めた。
外は雨だった。何時もならこの場所から美鈴が門を守っている姿を見ることが出来るのだが、解雇を言い渡された次の日から彼女に門を守ることを許してはいない。
そのため今は二人のメイドが傘を差して門を守っていた。何か思うことがあるのか、レミリアはしばらくその雨の景色を曇った瞳でただ眺めていた。
次の日、雨上がりで霧が出ている湖のほとりで、美鈴は一人の少女と肩を並べて座っていた。
青いリボンに、氷で出来た羽を持つ氷精チルノだ。
「ということでクビになりそうなんですよね。」
悲しそうに笑う美鈴に、チルノは自分で作った小石ほどの大きさの氷を湖に投げながら言った。
「あたいは美鈴好きだよ。優しいしね。
それに美鈴の主人が無理難題吹っかけているのもわかる。
今日の朝ね、霊夢がここに来たんだ。
美鈴が門番をクビになりそうだから協力して欲しいってね。
あたいはすぐに承諾した」
チルノは少し大きめの氷を作ると美鈴の頬に当てた。
美鈴は一瞬ビクンとなったが、その氷を気持ちよさそうに頬に当てる。
「頬が腫れてるからそれで冷やした方が良いよ。
霊夢は美鈴が門番で居て欲しいんだろうね。あたいに頭を下げた。
もちろん霊夢が頭を下げたから協力するわけじゃない。
あたいも美鈴が門番で居て欲しいから協力するの」
チルノの小さな手が美鈴の頭を優しくなでる。
美鈴はされるがまま目を閉じ、チルノの肩に寄りかかった。
「ありがとうございます」
私は一人じゃない。みんなが私のためにがんばってくれている。次回の襲撃だけは負けるわけには行かない。
美鈴の決意はさらに固いものとなった。
妙だ。霧雨魔理沙がそう感じたのは、アリスの家で夕食のオムライスを食べていた時だった。
「魔理沙、明日は紅魔館に行くの?」
「ん?ああ。明日行くぜ。珍しいキノコを見つけたのは良いが、
その育成方法がさっぱりなんだ。
だからパチュリーの蔵書から借りるんだぜ」
おかしい。
何時ものアリスなら、数日滞在することを前提で話をするはずなのに、今日はずいぶんと明日のことを気にする。
魔理沙は眉をひそめてオムライスをじっと見た。もしかしたら一服盛ってあるのだろうか。
「どうしたの魔理沙、お……おいしくない?」
不安そうな顔のアリスは自分のオムライスを一口食べると不思議そうな顔をした。
「もしかして口に合わなかった?」
「そんなことは無いけど、でも流石に飲み物が欲しいところだぜ」
「じゃあ、クランベリージュースなんでどうかしら。取ってくるわね」
アリスは魔理沙に優しく微笑むと台所に消えて行った。
明日用事があるのかもしれないな。そう考えた魔理沙は特に警戒する必要は無いと結論付けた。
数時間後、アリスはベッドで気持ち良さそうに寝ている魔理沙の前で仁王立ちになっていた。
魔理沙のジュースに仕込んだのは睡眠薬。酸味があるのが難点だがそこはジュースに混ぜてしまえば問題は無かった。
「ま……魔理沙。私の魔理沙可愛い魔理沙、
す……睡眠薬で今は何をやっても。
だめよ、今回は美鈴の解雇を食い止めることが先決、でも……」
アリスの理性をガリガリと削るかのように魔理沙が寝返りを打つ。
「あぅうう」
次の瞬間鮮血が舞った。アリスはよろよろと鼻を押さえながら後退すると、部屋の隅で頭を抱えた。
「可愛い可愛い魔理沙可愛い。もうこれは誘ってるのよね。
私を誘っているのよ、きっとそうだわ。可愛い魔理沙が私に、
私に私の物に、ち……地下室の掃除は後で、
とりあえず魔理沙を運んで、ははっははこっはこっはごっ」
ガタガタと頭をシェイクした後、アリスはゆっくりと振り返った、その目に光は無い。ただ泥のように濁った何かあまりよろしくない感情のうずまきが目の中を覆っていた。
「うへ……へへへ」
そしてアリスが自分のリボンを外し、すやすやと快眠中の魔理沙に襲いかかろうと身構えた瞬間、
「へぶっ」
分厚い辞典の角の部分で後頭部を強打された。
「無理を押してきて正解だったわ」
ゼェゼェと肩で息をしているパチュリーが辞典を投げ捨てる。それは頭を抱えてのた打ち回るアリスに命中した。
「いたっ、あらパチュリー早かったのね」
フラフラと立ち上がったアリスは、頭を振りながら何事も無かったのように報告し始めた。
「とりあえず明日の昼までは寝ているはずよ。それからの襲撃だから、
丁度日没ごろ到着予定かしら」
「わかったわとりあえず夜が明けるまでは私はここに居るわ」
「どうして?」
可愛く首をかしげるアリスの目は完全に瞳孔が開いていた。
「狼の目の前に赤頭巾がいて帰る猟師は居ないわ」
「ちっ」
どうやらパチュリーが帰った後何かするつもりだったらしい。それが何かは色々あるのだろうが、パチュリーは考えるのをやめた。どうせろくなことではない。
それに普段図書館から出ない引き篭もりの彼女にとって、往路だけで体力の限界なのだ。
パチュリーは薄れそうな意識をなんとか保ちながら、目の前のアリスから魔理沙を守るべく監視を始めた。
目が覚めれば昼食の時間だった。魔理沙はアリスの作った昼食を詰め込んだ後、ホウキにまたがって紅魔館を目指した。
そしてもうすぐ湖というところで彼女は襲撃を受けた。
「どういうことだぜ、
気持ち良く空を飛んでいるところにこんな物を投げるなんて」
笑う魔理沙の手にはナイフ。それを投げた相手は恐ろしいほど無表情だった。
「これは私闘よ。お嬢様も紅魔館も関係ないわ。」
一瞬で魔理沙の周りをナイフが囲んだ。
「相変わらず時間を止めて囲うだけだぜ」
魔理沙は大きく後ろに下がりナイフを回避した。後ろから来るナイフは星で叩き落した。
ホウキにまたがった魔理沙は一直線に咲夜を目指す。
確かに時間を操り、針の穴を通すほど正確なナイフさばきは脅威だ。しかしそんなものは近距離戦ではパワー不足。
魔理沙は不規則に、そして突然に放たれるナイフを紙一重で避けながら咲夜の眼前にせまり、そのままホウキの先で衝突した。
魔理沙が軽いとはいえ、かなりの加速のついた彼女の全体重が乗ったホウキの先を腹部に食らっては、咲夜もただ弾き飛ばされるしかないはずだった。
しかし咲夜は衝突の瞬間ナイフを木の幹に突き刺し、それを掴んでいた。
その結果足で地面を削りながらも、なんとか魔理沙の攻撃を受け止めた。
「馬鹿!おとなしく吹っ飛ばされずにそんなことをしたら」
魔理沙が心配そうに咲夜の顔を見ようとした次の瞬間、魔理沙の頭は咲夜にホールドされた。
咲夜は咳き込みながらも、目を見開き、笑った。
「手が震えてナイフが使えないわ。でもね、これなら一撃を与えられるわ」
咲夜は大きく頭を振りかぶり魔理沙のに頭突きをした。
「痛ぁああ!なにしやがるんだぜ」
魔理沙が頭を抑えて抗議をしようとした瞬間、咲夜は笑った顔のまま、後ろに倒れこんだ。
「一体何なんだぜ、いたたた、タンコブ出来てるぜ」
魔理沙は咲夜をとりあえず木の幹に寝かせると、痛む頭を押さえながらフラフラと先を急いだ。
咲夜の渾身の頭突きはダメージが大きく、フラフラと魔理沙は空を飛んで、やっと湖までやって来た。
「あいててて」
「あれ魔理沙タンコブあるね」
痛みのため気付かなかったが何時の間にか横にチルノが居た。
「ああ、よく分からんのだが、咲夜に頭突き喰らったんだ」
「あたい冷やしてあげるよ」
そう言ってチルノは魔理沙の額に手を当ててタンコブを冷やし始めた。
「ああ気持ち良いぜぜぜぜぜ冷たいぜ」
「あ、ごめんうっかり一緒に両手も冷やしちゃった」
「うぅうう何するんだぜー」
「ごめんね」
タンコブを冷やしてもらった手前強く言えない魔理沙は、冷えた両手を吐息で温めながら紅魔館に向かった。
今日は門番の美鈴が居なかったため、特に問題無く図書館までやって来た。
ちなみにいつもは正直に美鈴に本を盗みに来たぜと申告するため大事になっている。
「ようパチュリー。本を借りに来たぜ」
「つまり持っていくのね、良いわよ」
「え?いいのか」
普段ならもってかないでーと大騒ぎするパチュリーが今日はいやに素直だ。
なにか陰謀めいたものを感じるが、気にしないことにした。
死ぬような罠は張っていないはずだ。
「その代わりと言ってはなんだけど、ちょっとミニ八卦炉を見せて欲しいの」
「ん?なんでだぜ?」
「別に壊しはしないわよ。単純な探究心よ」
「そういうことなら構わないぜ」
パチュリーは魔女だ。探究心が豊富なのは別に今に始まったことではない。
うまく動かない手でミニ八卦炉を取り出しパチュリーに渡した。
パチュリーはそれを受け取った瞬間、普段の動きが嘘のように脱兎のごとく逃げ出した。
「むきゅーーーーーーーーーーー」
「あっこら!待つんだぜ」
いくら不意を突かれたとはいえ魔理沙は自称幻想郷最速。
運動不足で喘息持ちのパチュリーに普段なら難なく追いつくことが出来る。
しかし、今日は違った。咲夜に頭突きを喰らってフラフラとしか走れない。頼みのホウキもチルノに両手を凍えさせられ、うまく扱えない。
しかし流石は魔理沙、なんとか激走しているパチュリーに追いすがった。
「こらー待つんだぜー」
「むっむきゅ!」
運動不足に走りにくいパジャマのような服。パチュリーが中庭で石につまずいたのは自明の理だろう。
「さてミニ八卦炉を返してもらう――」
しかし言葉は言い切れなかった。上空からの蹴りをなんとか回避した魔理沙は、間合いを離し、目の前の相手を見て口の端をゆがめて笑った。
「門番がどうして中庭に居るんだぜ?」
それに対して美鈴は目を閉じたまま構えた。
「今日は貴方の相手をするのは私一人です。
絶対にこの紅魔館から本を持ち出させはしません」
「門番風情が良く言うんだぜ、そんなの私のマスタースパークで……あっ」
魔理沙はここでパチュリーがこの場に居ないことにやっと気が付いた。
つまりメインスペルであるマスタースパークは使えない。
そして悪いことに『偶然』咲夜とチルノの攻撃によって体調が余り良くない。
「うぅこれはもしかしたらやばいかもしれないぜ。」
しかしそんな魔理沙を今日の美鈴は待ってくれない。
放たれた上段蹴りをしゃがんで避ける、遅れて落ちようとしていた魔理沙の帽子が美鈴の蹴りを受けてしまった。
続けて足払い蹴り、後ろに下がって避けるも、続けて踏み込んだ拳が襲い掛かる。
美鈴は気を使う程度の能力、当たれば気の攻撃も同時に受けることになる。
パワースピードなど攻撃は抜群の強さを持つ魔理沙だが、身体はか弱い人間の魔法使い。しかも普通の少女に比べて背も低く、体も細いので防御力はそこまで高くない。
美鈴の攻撃を直撃させてしまってはひとたまりも無いのだ。
蹴りを受け流す、ホウキが嫌な音を立てる。右ストレートを横に避ける、左蹴りを避ける。距離を離した。
しかし追いつかれる、星を出して牽制、美鈴の右腕に命中。止まらない、左中段蹴り、なんとか地面に転がりながら避ける。わき腹にかすったらしくズキズキと痛む。
「くそぉ……こうなったら」
魔理沙はホウキにまたがり一度上空まで上がると、星をまとい一直線に美鈴に突撃した。
咲夜に喰らった頭突きとチルノにやられた両手のせいで上手く照準が定まらない、しかしなんとか集中して美鈴に向かって突撃する。そして直撃する刹那。
「むきゅ、フラン、ミニ八卦炉に触っちゃ駄目」
「待てぇえええ」
大事なミニ八卦炉の危機に魔理沙の視線がその声の方に向く。
それを逃す美鈴ではない。肉を切らせて骨を絶つ。ブレイジングスターの直撃を喰らいながらも、美鈴はその拳で魔理沙を吹き飛ばした。
何度かバウンドして地面に転がった魔理沙は呻きながら立ち上がった。
「うぅうう今日のところは勘弁してやるぜ」
そしてそのまま前のめりに倒れた。
「か…勝った」
美鈴も天を仰ぐとそのまま地面に倒れこんだ。ブレイジングスターの直撃を受けて立っていられるほどタフではなかったらしい。
そして全力疾走をしたパチュリーが限界を迎え、人知れず地面にボロ切れのように転がっていた。
フランドールは倒れたパチュリーを背負い、図書館に向かう。
こうして魔理沙の紅魔館襲撃は失敗に終わった。
そんな戦いを室内から見ていたのはレミリアと霊夢。
霊夢は頭痛をこらえるように頭を抱えた。
「だから言ったのよ、ろくなことにならないって。
魔理沙の武器はそのパワースピード、そしてマスタースパークよ。
美鈴を助けそうなメンバーは
咲夜、パチュリー、アリス、チルノ、フランドール。
動きを鈍らせることは氷精のチルノが得意。
そのためにはチルノが魔理沙を冷やす口実が必要よ。
肉弾戦が不向きなパチュリーやアリス、
外に出ることが出来ないフランドールには無理。
となると咲夜となるけど、咲夜のナイフでは
アイシングが必要な打撲には出来ない。
となると無理やり頭突きか何かで攻撃するしかないわ。
そうなると咲夜は捨て身で行くしかないでしょうね」
レミリアは優雅に紅茶を飲みながら霊夢の話を聞く。
「そしてミニ八卦炉を奪う役はパチュリー。
フランドールに渡すのは流石に魔理沙も断るでしょうし。
そしてあの追いかけっこ。運動不足のパチュリーは何日寝込むかしらね。
そして魔理沙に残された最後のスペルはブレイジングスター。
勘違いしているようだけど、ブレイジングスターはマスタースパークより威力 は上よ。
その直撃を食らった美鈴もしばらく動けない。そうなると
一時的に紅魔館は無防備になって異変が起きやすくなるのよ」
「博霊の巫女としての意見は分かったわ。それで本心は?」
霊夢はゆっくりと振り返るとレミリアの襟首を掴んだ。
「レミリア。貴方は咲夜達が美鈴を守ることを知っていてこんな事を起こした。 その結果がこれだ。無駄に部下や友人に怪我を負わせるのが気に入らない」
レミリアは霊夢の視線をまっすぐに受け止める。しばらくそのまま見詰め合うとにっこりと笑った。
「怒った顔も素敵ね霊夢。そうね、言い訳を一つするとすれば、
最近魔理沙が襲撃した際紅魔館のみんなが本気で対応しなくなっていたの。
ああ、魔理沙かってね」
「それは魔理沙が」
反論しようとする霊夢の言葉をレミリアはさえぎる。
「もちろん魔理沙とパチュリーのスキンシップだってことは解っているわ。
魔理沙も本当に嫌がるパチュリーからは盗まないでしょうね」
レミリアは霊夢の手を優しく振りほどくと椅子に座り直した。
「でもね、それじゃいけないの、もしそれが魔理沙に化けた他の何かだったら、 貴方や本物の魔理沙が来る前に油断した紅魔館の皆や私がやられてしまうかも しれない。
私は主だからみんなを守らなければならないの。
だから厳しいようだったけど、
もう一度見知った仲でも襲撃者には本気で取り組んで欲しかったのよ」
「それならどうして直接言わないのよ」
クッキーを見つけた霊夢はリスのようにクッキーを詰め込みながらレミリアに聞いた。
まじめな話をしている時は最後まで貫き通して欲しいものだとレミリアは呆れながらも、霊夢のために紅茶を淹れ始めた。
「だって直接言ったら貴方が来てくれないじゃない」
そう言って子供のように笑うレミリアを見て、霊夢は紅魔館のみんなは大変だとしみじみと感じた。
こうして美鈴は門番としての職を解かれることもなく、若干魔女の重傷者を出しつつも無事平和な毎日が戻ってきたのだった。
夜もふけた湖のほとりに二人の少女が体育座りをしていた。
「ねぇアリス」
「なぁにチルノ」
「どうしてそんなに笑顔なの」
「ちょっと良い事があったの」
「そういえばその大きな袋は何」
チルノの視線の先には、少女が一人入りそうな大きさの袋があった。中身は入っているらしく大きく膨らんでいる。
アリスは底なし沼よりドロドロににごった瞳でにんまりと笑った。
「ひ・み・つ」
おしまい
この作品の趣旨に反するかもしれないけれど…
アリスが壊れてさえいなければすごく好きな話でした。
よってこの点数で。
チルノかっけーよチルノ
⊃スパナ
スパナも使えるし丁度いい
霊夢に至るまで「押し込み強盗をする魔理沙は悪い奴だ」という前提を持っていなさそうな所が狂っています。
それにいくら魔法や能力があっても、魔理沙や咲夜といった人間が妖怪と渡りあえるのはスペカルール、つまりそれがお遊びの範疇だからだと原作にありますし、それが紅魔館への実質的な被害に繋がったり美鈴への責任問題に発展する等、二次設定に頭を冒されすぎなんじゃないでしょうか。
ちなみに弾幕ごっこは「挑まれた方は拒否する事が出来る」ので、美鈴は普通に殴り倒せばいいんじゃね?
クッキー我慢できない霊夢も