「くしゅ」
吹いた風が顔を撫ぜ、そのくすぐったさにくしゃみを一つ。
その音を聞いたのは、猫と、木目と、縁側に一人立つ阿求のみだ。
「あぅ」
そうして、今度は頭がズキリ。気のせいだとはわかっていても、くしゃみに引かれるように、頭痛が彼女を襲った。
「風邪……、じゃないですよね。流石に。ひいて、治って、またひいてじゃあ、笑えないですし」
そう口にし、はなの下に触れると、ざらりとした感触。すんと息をしにおいをかげば、味噌のにおいとあたたかさ。
「朝早くから、ご苦労なことです。まあ」
私も食べるんですけど。
口から漏れる言葉と、くきゅると鳴るおなかの音。それにトン、トンと包丁をまな板に当てる音が重なる。
「ご飯まだかなぁ」
阿求の声が届いたのか、トンと一度鳴ったあと、音が鳴り止んだ。
「あきゅー、ごはんだよー」
「聞こえてますよ、ミス」
「えー?なにー?きこえなーい」
「きこ、えて、まっ!…………ごほっ」
こほ、こほ。
風邪で荒れた喉に、大きな声を出すのは辛かったのだろう。前かがみになり、数度咳き込んだあと、目じりに浮かんだ涙をぬぐった。
「…………生きた心地がしない」
肩を揺らし息をしながら呟く。足首に猫が擦り寄り、顔を擦り付けるのも、うっとおしく感じる。
その、うっとおしい足元の感触に気を取られていると、とんと肩を叩かれた。
「だいじょぶ?」
「わっ!」
驚きで、たん、と跳ねる。それに驚いた猫が毛を逆立たせ、シャァと鳴いて走り去っていく。
まるで、風が吹いたあとの桶屋のようだ。
「きゅ、急に呼ばないでくださいよ、驚くので」
「え、気付かない?これぐらい」
「…………私は、一般の人間ですので」
「ああ、そだっけ」
そう言って、ちんと一鳴き。ぽりぽりと頭を掻いて、今度は優しく肩に手を置く。
「ほら、ご飯できたよ。返事しないから、心配した」
「しましたよ、返事。妖怪ってのは、気配に敏感で、耳は悪いんですね」
「あはは。阿求の声が小さかっただけだよ。きっと」
「喧嘩売ってますか、あなた」
阿求はジト目でミスティアを見る。一方、ミスティアは軽く笑って、腕を天井へと伸ばした。
ぎゅうと、背中を伸ばす。んー、と声が漏れる。
「そりゃあね。あんなに寝込まれたら、私も怒るし」
「体弱いですからね、私。ええ、すみません、すみません」
「心がこもってない。それに、もう、春になるよ?あと、少しで」
「…………ですね」
「そんでなくても、短いんだから」
伸ばした手を、今度は阿求の頭へ。そうして、軽く髪を撫でる。
「これ以上病気にならない。これ以上、心配かけない、ね」
「子ども扱いして」
「いや、ほら、阿求は私よりは子供だし」
「そうですけど、」
対等にみられたいものですし。
口の中で呟いた言葉は、ミスティアに届いたのか、
「うん」
そう、返事をした。
「ほら、ご飯。食べなきゃ元気にならないよ」
「風邪なら治りましたから」
「でも、食べる。ほら」
「はいはい。わかりました。もう」
言い合い、ゆっくりと食事に向かう。
びゅうと、風が吹いて、髪を揺らした。
春一番。彼女たちが言ったように、春ももう近いようだ。
「くしゅん…………、ちん」
「って、あなたが風邪をひいてどうするんですか!」
「しかた、くしゅん」
「ああ、もう」
病は回り、ゆっくりと二人の間で解けていく、
のだろうか。
吹いた風が顔を撫ぜ、そのくすぐったさにくしゃみを一つ。
その音を聞いたのは、猫と、木目と、縁側に一人立つ阿求のみだ。
「あぅ」
そうして、今度は頭がズキリ。気のせいだとはわかっていても、くしゃみに引かれるように、頭痛が彼女を襲った。
「風邪……、じゃないですよね。流石に。ひいて、治って、またひいてじゃあ、笑えないですし」
そう口にし、はなの下に触れると、ざらりとした感触。すんと息をしにおいをかげば、味噌のにおいとあたたかさ。
「朝早くから、ご苦労なことです。まあ」
私も食べるんですけど。
口から漏れる言葉と、くきゅると鳴るおなかの音。それにトン、トンと包丁をまな板に当てる音が重なる。
「ご飯まだかなぁ」
阿求の声が届いたのか、トンと一度鳴ったあと、音が鳴り止んだ。
「あきゅー、ごはんだよー」
「聞こえてますよ、ミス」
「えー?なにー?きこえなーい」
「きこ、えて、まっ!…………ごほっ」
こほ、こほ。
風邪で荒れた喉に、大きな声を出すのは辛かったのだろう。前かがみになり、数度咳き込んだあと、目じりに浮かんだ涙をぬぐった。
「…………生きた心地がしない」
肩を揺らし息をしながら呟く。足首に猫が擦り寄り、顔を擦り付けるのも、うっとおしく感じる。
その、うっとおしい足元の感触に気を取られていると、とんと肩を叩かれた。
「だいじょぶ?」
「わっ!」
驚きで、たん、と跳ねる。それに驚いた猫が毛を逆立たせ、シャァと鳴いて走り去っていく。
まるで、風が吹いたあとの桶屋のようだ。
「きゅ、急に呼ばないでくださいよ、驚くので」
「え、気付かない?これぐらい」
「…………私は、一般の人間ですので」
「ああ、そだっけ」
そう言って、ちんと一鳴き。ぽりぽりと頭を掻いて、今度は優しく肩に手を置く。
「ほら、ご飯できたよ。返事しないから、心配した」
「しましたよ、返事。妖怪ってのは、気配に敏感で、耳は悪いんですね」
「あはは。阿求の声が小さかっただけだよ。きっと」
「喧嘩売ってますか、あなた」
阿求はジト目でミスティアを見る。一方、ミスティアは軽く笑って、腕を天井へと伸ばした。
ぎゅうと、背中を伸ばす。んー、と声が漏れる。
「そりゃあね。あんなに寝込まれたら、私も怒るし」
「体弱いですからね、私。ええ、すみません、すみません」
「心がこもってない。それに、もう、春になるよ?あと、少しで」
「…………ですね」
「そんでなくても、短いんだから」
伸ばした手を、今度は阿求の頭へ。そうして、軽く髪を撫でる。
「これ以上病気にならない。これ以上、心配かけない、ね」
「子ども扱いして」
「いや、ほら、阿求は私よりは子供だし」
「そうですけど、」
対等にみられたいものですし。
口の中で呟いた言葉は、ミスティアに届いたのか、
「うん」
そう、返事をした。
「ほら、ご飯。食べなきゃ元気にならないよ」
「風邪なら治りましたから」
「でも、食べる。ほら」
「はいはい。わかりました。もう」
言い合い、ゆっくりと食事に向かう。
びゅうと、風が吹いて、髪を揺らした。
春一番。彼女たちが言ったように、春ももう近いようだ。
「くしゅん…………、ちん」
「って、あなたが風邪をひいてどうするんですか!」
「しかた、くしゅん」
「ああ、もう」
病は回り、ゆっくりと二人の間で解けていく、
のだろうか。