「ねえー。お空」
地霊殿中庭で寝そべっている二人。
「んー。何?」
燐の呼びかけに気だるそうに振り向く空。彼女はまどろみかけていた。
「ひまだねー」
何かと思えばそんな事かと思いながら、空は意識が空ろになっていくのを感じていた。
「ねー。お空ぅー」
そのまどろみかけた意識は彼女の呼びかけで再び息を吹き返す。
「んぅー。なぁにー?」
空が呼びかけると燐が気の抜けた調子で応えた。
「眠いねー」
思わず二人同時にあくびが出る。麗らかな昼下がりだ。とは言っても地底なので日光が直接当たる事はないのだが、昼食後とあって二人の思考は鈍くなっていた。
ちなみにランチのメニューはピロシキ。こいしが前に持ち帰ってきたものをさとりが再現させたもので実に美味だった。
「うにゅー」
空が鳴いた。実際は鳴き声と言うよりは口癖に近いのだが、烏なので鳴き声と捉えてもいいのである。最もそんな鳴き声の烏なんて聞いた事もないが。
空はだらしなく翼を広げっぱなしで仰向きに寝そべっている。黒々として艶やかな烏の翼だ。
今日はいつもつけてるマントは洗濯してただ今乾燥中だった。
そのせいか、今日の空はヤタガラスの力を手に入れる前の姿に幾分近い。
燐はそれが嬉しくてたまらなかった。
燐は空の事が大好きだ。長い付き合いと言う事もあるが、それ以上に彼女と一緒にいるのがたまらなく心地よかった。きっと自分達はずっとずっと一緒でいられる。そう思っていたし、そうなりたかった。だから空がヤタガラスの力を手に入れて増長してしまった時、誰よりも早く燐は動いた。今のこの幸せを壊したくなかったからだ。それが功を奏して空とは元の関係のままで留まる事が出来た。
姿こそ若干変わってしまったものの、それは大した問題ではない。何よりも自分の好きな空のままで戻ってきてくれた事が燐はたまらなく嬉しかったのだ。
そんな彼女の思いは空も知っていた。空もまた燐と一緒にいるのが好きなのだ。
自分は少し抜けている所がある。だからしっかり者の燐が側にいると安心する。それ故、今も無防備な姿をさらけ出しているのだ。空とて元は野生の地獄烏。最低限の警戒心くらいは持ち合わせている。
「にゃー。お空の羽根さらさらー」
燐がそう呻きながら地面にだらしなく広げられた翼の上に乗っかる。本来ならこんな事は羽根が傷むのでまずさせないが、燐なら別にいいか。という事で空は抵抗もせず「うにゅー」と寝そべったままでいた。
燐は空の羽根をなでたり頬ずりしたりと言った様子でじゃれている。流石は猫である。そしてしばらくの間二人はその状態で過ごしたが、そのうち空は完全に眠りこけてしまった。
「にゃ。お空ったら寝ちゃったの?」
燐は彼女が眠ってしまったのに気づくと、そっと顔を近づける。空は「うにゅうにゅ」といびき(?)をかいている。燐は悪戯そうな笑みを浮かべて、熟睡している空の頬をぷよんと指で突っついてみた。まるで餅のように柔らかくて程良い弾力のある触感が伝わる。しかし空は起きる気配を見せない。
そこで燐は次に指で額をとんとんとつついてみた。それでも空が目覚める様子はない。それならばと、今度は鼻を指でつついてみる事にした。
こういう悪戯をする時、彼女の眼はいつもより輝きを増している。らんらんとしたいう表現がこの上なく当てはまる。しかしそれが邪悪なものにならないのは、その口がやんわりと柔らかい笑みを浮かべているからだ。今の彼女はどう見ても悪戯好きな猫娘といった感じなのである。
燐は空の鼻をつつこうと指を近づけた。するとその時、急に空が抱きついてきた。もしかして今までの悪戯ばれてたのかと燐は動揺するが、彼女は依然として眠っている。どうやら寝ぼけて抱きついてきたらしい。身動きが取れなくなって困惑する燐だったが、ま、自業自得かなと自嘲気味な表情を浮かべると空を抱き返した。
そのままお互いにお互いに抱きついた形で二人は寝そべっていた。体を密着させているので空の体温がダイレクトに伝わる。それは少し汗ばむ感じだったが心地よい温もりだった。そしてそうしているうちに燐も結局眠ってしまった。
「うにゅーん」
空のそんな鳴き声で燐は目覚める。目の前では空が立ち上がって燐を見下ろしていた。
「あー。おはよぉー」
燐が瞼をこすりながら起き上がると、空はううーんと伸びをする。つられて燐も伸びをした。
「眠ったし、少し運動でもしようかなぁ」
そんな事を言いながら空は翼をばさばさとさせている。
「そんじゃ、どこか出かけようか」
燐はそう言いながら空の羽根を拾っている。散らかしたままだとさとりが怒るのだ。
「うにゅーん」
空はもう一回のびをしながら欠伸をした。
二人で外出する時は言い方で大抵行き場所は決まる。
「出かける」と言う場合は旧都周辺。
「出る」と言う場合は地上。と言った具合である。なので今回の場合は前者になる。
「さとり様ぁー。ちょっと二人で出かけてきますねー」
と、燐は玄関ごしに伝えるが、返事は帰ってこなかった。
「あれ? もしかしていないのかな?」
「うにゅ、もしかしたら寝てるのかもしれないよ?」
「あー。そうかもね、それじゃ起こすのも悪いから出かけちゃおうか」
早速二人は地霊殿を後にした。
地霊殿から旧都まではほぼ一本道だ。往来者こそ少ないものの特に迷うような事はない。
二人は特に急いでるわけもないのでのんびりと手を繋いで取り留めのない話をしながら旧都への道を歩いていた。
「ねー。お燐。今日はどこいくの?」
「ま、そこら辺ぶらぶらしようよ。特に目的もないしさ」
「うにゅー。お腹すいた~」
「え、もう? さっき食べたばっかじゃん」
「寝たらお腹空くんだもん!」
そう言って空は恥ずかしそうに顔を赤くして頬を膨らませた。思わず苦笑いを浮かべる燐。
「ま、言われてみればあたいも少しはお腹空いたかな……?」
「やったー。それじゃどこかのお店行こう!」
燐の言葉を聞いた空は急に元気になる。そんなにお腹が空いていたのだろうか。と、燐は首を傾げるが、せっっかくだからどっかの喫茶店で休む事にした。
昼間の旧都は比較的静かだ。というのは地底の鬼達は大抵夜に動き出し、居酒屋等へ繰り出す。彼らは生粋の飲兵衛なのである。だから昼間は鬼達はほとんど姿を見せない。たまに買い物をしている奴がいるくらいだ。
その代わり他の妖怪の姿は見かけるものの絶対数が少ないのでやはり昼の旧都は静かなのである。
そんな人影まばらな旧都を二人は手を繋いで歩いていた。
乾いた地面の砂が熱を帯びた軟風の吹く度に舞い上がっている。
「ん? なんだあれ」
燐がふと立ち止まる。彼女の視線の先には今まで見た事のないお店があった。
「うにゅ?」
空もその店を見て首を傾げた。どうやら彼女にも見覚えがないらしい。
新しめのパステル調の建物に、大きく「軽食喫茶茶屋ぱぱら」と書かれた看板が掲げられている。はっきり言って周りから見てかなり浮いている。
「最近出来た店かな? 喫茶店みたいだし、丁度いいから行ってみようか」
燐は空を連れてその「軽食喫茶茶屋ぱぱら」なる店へと入った。
店の中の壁もやはり淡いパステル調、さらにはテーブルもそれに準じたカラーリングだった。
昼さがり時だというのに店の中は誰もいない。もしかして繁盛していないのだろうかと、燐は不安になったが、考え方を変えれば空と二人で貸し切り状態だという事になる。
それはそれで悪くないと言った調子で二人はそのまま店の奥の席についた。
「いらっしゃいませー」
席に着くとようやく奥から店員が現れた。燐はその店員に見覚えがあった。姿こそいつもと違うメイド服のようなウエイトレスの姿だったが、そのとがった耳、どこか不機嫌そうな表情、そして何より緑色の目。紛れもなく水橋パルスィだ。
「おりょ? パルスィじゃない。何やってるの? こんなとこで」
「見ればわかるでしょ。働いてるのよ」
と、彼女は無愛想な表情で水を二人に配る。
「ヤマメの奴がね。資金が欲しいからって商売始めたのよ。それで丁度、喫茶店開業募集があったらしくて」
「へー。それで店を開いたってわけ?」
「そう。そして私はそのお手伝いよ」
そう言いながらパルスィはおしぼりを二人に渡す。
「と言う事はこの店のマスターはヤマメ?」
「そうよ。あの子は私と違って料理とか上手いからね……羨ましいわ」
その口調や表情こそ愛想はないもののその動作は穏やかだった。どうやら別に怒っているわけではないようだ。
それはともかく、いくらなんでももう少し笑顔を作った方がいいのではないか。自分は彼女の事を知っているからいいものの、知らない人からしたら、何という愛想の悪い店員なんだ。と思われてしまうだろうに。と、燐はグラスの水をすすりながら思わざるを得なかった。
「それじゃ、メニュー決まったら呼んでね」
そう言ってメニュー表をテーブルに置くとさっさと厨房の方へ引っ込んでしまう。
「うにゅ。あの人何か怖かった……」
様子を見ていた空がぼそりと呟く。
「あー。大丈夫。あの人はあれで普通なんだよ」
燐が同じく小声で返すと「うにゅ、そっかー」と言って空は笑顔を浮かべた。いい意味でも悪い意味でも彼女は単純なのである。
気を取り直してメニュー表をざっと見てみる。デザート系からはじまりプレート料理、果てはコース料理までと、軽食喫茶と言う割にはなかなか本格的なメニューが揃っていた。最早むしろレストランである。
「さて、お空は何食べるんだい?」
「ハンバーグ! 玉子乗っかった奴! コーンポタージュ大で!」
即答だった。鳥なのに卵を食べるのかというつっこみは今更する気も起きない。彼女は共食いとか気にしない性質なのだ。もしかしたら単に気づいていないだけなのかもしれないが。
「そんじゃ私は……うーんじゃあ。これにしようかな」
彼女は店の名前が冠せてある「ぱぱらパフェ」なるものを頼む事にした。
「すいませーん!」
と、燐が呼びかけると無愛想な表情でパルスィがやってくる。さっきより幾分表情が固めに見えるのは気のせいだろうか。ともかく燐は彼女に注文を頼んだ。
「それでは、ご注文を繰り返し……致します。目玉焼きハンバーグのコーンポタージュ大一つと、ぱぱらパフェ一つですね。……かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ」
注文を受けたパルスィはメニュー表を持ってさっさと奥へと引っ込んでいった。
彼女のいかにも慣れないたどたどしい敬語に二人は笑いをこらえるのに必死だった。大方、ここで働く際にヤマメが教えたのだろう。彼女の表情が固かったのは緊張していたからだったのだ。
パルスィが姿を消したのを確認した空が勢いよく噴出す。その様子を見た燐も続けて噴出した。
「もう、お空ったらそんなに笑ったりしたら失礼だよ?」
燐は口元を手で押さえながら空に告げる。
「そう言うお燐だって今にも笑い出しそうだったくせにー」
と、空は頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。
「そんな怒らないの。もうすぐハンバーグ来るんだからさ」
そう言って燐は彼女の頭をなでてやった。すると空は目を細めて心地良さそうに「うにゅー」となってしまう。骨抜き状態である。その空の様子を見て燐も同じように「ふにゃあ」となってしまう。
傍から見たら一体何をやっているんだ状態なのだが当の本人達はそんなのお構いなしだ。こういうのは店からすれば立派な営業妨害となるのだが、生憎、今この店は客は彼女達しかいない。故に堂々といちゃついていられる二人であった。
「はい。お待たせ!」
やがてコック帽を被ったヤマメが直々に料理を運んでやってきた。
「はい。目玉焼きハンバーグだよ」
「うわぁーい! 待ってましたー!」
熱々のハンバーグが自分の所へ置かれると空は満面の笑みで思わず両手をバンザイする
「まったく、二人とも相変わらず仲いいねー」
彼女はそう言いながら半ば呆れ気味といった様子で笑みを見せる。
「いやぁーそれほどでもないよ」
と、照れながら燐が返すとヤマメは思わず、ふうとため息をついた。
「ところで二人とも、今日は偵察か何かかい?」
「へ?」
「うにゅ?」
ヤマメの言葉に二人は目を白黒させる。
「あれ? もしかして知らないの? この店の出資者はさとりさんなんだよ」
「え? そうなの!? あたい初耳なんだけど」
「わたしも!」
「あらら、なんだてっきり知ってて、店がどうなっているか様子見に来たんだと思ってたよ……」
ヤマメは拍子抜けした様子で苦笑い浮かべる。
さとり自身はその能力のせいで嫌われ者ではあったが、その一方で様々な事業を展開している地底で有数の実業家としても知られていた。鬼達が経営する居酒屋チェーン店のスポンサーなんかも彼女が受け持っているのだ。それ故に、彼女が開業の手助け事業なんかをしていてもなんら不思議な事はない。
「それはそうと、パフェ今持って来るから待っててね!」
とヤマメは一旦厨房へと戻った。
「さあ、おまたせ。これが当店自慢のぱぱらパフェだよ!」
燐の元にはまるで刺身の生け作りを盛るような大きな器に乗ったパフェが置かれる。それを見るなり彼女は思わず目を丸くした。空もその大きさに呆然としている。
「うわぁーお。まさかのジャンボサイズだったとはね」
「え? もしかして知らないで頼んだの? 一応メニュー表にも書いてあるんだけど」
と、ヤマメは少し困惑気味に頬をかきながら「ほら」とメニュー表を燐に見せた。良く見ると確かにジャンボサイズと記されている。どうやら見落としてしまっていたらしい。
「ありゃりゃ。ま、大丈夫。頼んじゃった以上ちゃんと食べるからさ」
燐は苦笑いしながらヤマメに告げる。
「言っておくけど味には自信あるからね。なんたってウチの看板メニューだし。そうだ! もし食べきれなかったら持って帰ってもいいよ」
と彼女は言うものの、揚げ物とかならまだしもパフェを持ち帰るなんて話は聞いた事がない。袋詰めにでもするつもりなのだろうか。
「それじゃどうぞゆっくりしていってね」
そう言うとヤマメは厨房へと姿を消した。
「じゃあ、いただきまーーーーすっ!」
早速空はハンバーグにがっつき始める。
「ほらほら、ナプキンもつけないでそんな勢い良く食べると、服にソースついちゃうよ?」
「うにゅ、だっておいしいんだもん」
燐は「仕方ないなぁ」と彼女の服の上にナプキンを広げてやる。
「わーい。ありがとー」
と、言って再び空はハンバーグを食べ始める。すでに口の周りはソースでべったりだ。そのソースを舐めてふき取ってやりたい衝動に燐は駆られるが、家でならまだしも人前でそこまでやるのは流石にアレな気がしたので思いとどまった。
「早く食べないとパフェ溶けちゃうよ?」
空の言葉に燐は我に返る。
「おおっと、そうだった」
燐はようやくそのジャンボパフェに手をつけ始めた。
「お!?」
思わず声を漏らす。燐は確かめるようにもう一回スプーンでクリームをすくって口に入れる。
「おぉー!」
燐が予想していたより遙かに美味い。別にヤマメの腕を疑っていたわけではない。パフェなんてどれも味は一緒だとたかをくくっていただけなのだ、しかしそれは大きな間違いだったと彼女は知らされた。
流石、お店自慢のメニューとヤマメが豪語するだけはある。それほどお腹は空いていなかったのだが、自分でも驚くほど次々とパフェを食べていく事が出来た。
しかし、半分近くまで減らしたところで、彼女の手は止まってしまう。いくらおいしいとは言えやはりその量は一筋縄ではいかない。
何しろタライほどの大皿いっぱいにパフェは盛られていたのだ。とりわけ甘党というわけでもなかった彼女が、それを半分ほどまで減らせた事が既に奇跡に近い。
「うはー。流石にきついね……これは」
「うにゅ。大丈夫?」
すでにハンバーグを食べ終えた空はナプキンで口を拭いている。
「あ、そうだ。良かったらお空も食べる?」
「うんっ!」
燐の問いかけに空は勢い良く返事した。
「よし、じゃあ一緒に食べようか!」
燐は残っていたスプーンを空に渡す。そして二人で仲良くパフェを食べ始めた。
「ほら、お空。あ~んして」
不意に燐がストロベリーアイスが乗ったスプーンを空の口元に近づける。
「だめだよ。お燐。ここは家じゃないよ?」
と、空が嗜めるように言うと燐がすかさず言い返した。
「大丈夫。だってほら、私達以外客いないよ?」
確かに周りには誰もいない。もう二人が店に入ってから1時間以上経過してるというのに依然として客は誰一人入ってくる気配がなかった。
「そっか。それじゃ大丈夫だね!」
周りを確認した空はスプーンにぱくりと食いつく。
「おいしぃーーーーーーっ!」
たまらないといった感じで、空は恍惚の表情を浮かべた。そんな彼女の様子を微笑ましそうに燐は眺めていた。すると空はお返しとばかりに「はいどうぞ」とアイスをすくったスプーンを燐の口元へと運んでくる。燐は躊躇せずそのスプーンを口の中へ入れる。甘い。思わず笑顔になる。それは単にアイスが甘いからではない。
そんな調子で二人は完全に自分たちの世界の中に入り浸り、パフェの食べさせっこをしばらく続けた。
その頃、調理場では。
「もう何なのよ! あいつらイチャイチャイチャイチャしてっ!! うぎぃーー!!」
嫉妬による激昂のあまりにパルスィは思わず頭のヘッドドレスを床に叩きつけた。
「こら、商売道具をぞんざいに扱うな!」
それを見たヤマメが彼女を叱責した。するとパルスィは目に涙を浮かべてヤマメを睨み返した。
「何よ……何よっ! 言っておくけど、こんな仕事いつやめてやったっていいのよ!? あんたが人手が足りないって言うから手伝ってるだけなんだからっ!」
そのあまりの迫力にヤマメは思わずたじろいでしまう。
「わかったわかった。気持ちは分かるけど落ち着いてよ。相手は客だよ? あれでも一応は……」
「そんなの知ってるわよっ! でもあれはいくらなんでもないわ! 明らかに見せびらかしてるじゃない! 今すぐ追い出しましょ!」
と、パルスィは鼻息を荒げながら食塩の入った袋を手に取ると客席の方へ向かおうとする。
すかさずヤマメが止めにかかる。
「やめて! お願いだから塩なんかまかなくていいから落ち着いてって……頼むから!」
こちらから頼んでやってもらってる以上、強気に出れないヤマメはただただ彼女をなだめるしかなかった。
まさか厨房でそんな事が起きているとは知るはずもなく、燐と空はストロベリータイム絶賛続行中だった。今は空が燐の席の方に回り、彼女の膝を枕にして横になっている。食べ過ぎで起きているのがきつくなったらしく、燐もそれを快諾した。
燐も燐でアイスそっちのけで空の頭をなでたりしている。
そのアイスも既にほとんど溶けて器の中に白いプールを作っていてパフェと言うよりほとんどクリームスープ状態になっている。
その時。入り口の戸ががちゃりと開けられた。
「いらっしゃいませ! あ、いつもありがとうございます!」
厨房からヤマメが挨拶をする。彼女の言葉を聞く限り、入ってきたのは常連のようだ。
燐は玄関の方をちらりと見る。そしてその客の姿を見て彼女は思わずびっくりした。
なんと、入ってきた客はさとりとこいしだったのだ。さとりは二人を見るなり、即座に近づいてくる来た。
「こら、あなたたち! 公衆の場で何をやってるんですか! はしたない!」
「うわっ!! さとり様! ごめんなさーい!!」
空と燐は会計を済ませると逃げるように店を出る。
店の外は既に鬼たちが居酒屋開店の準備をしていたり、夕食の買い物に来た客が道を歩いていたりと昼間よりは大分活気が出てきていた。
その客達に混じって二人は帰途へとつく。
「いやーしかし、まいったまいった。まさかさとり様が現れるとはね……」
そう言って燐が冷や汗をぬぐうと、空が彼女に言った。
「でも、いいお店だったよ。また行こうよ」
彼女がどういう意味でいい店と言ったのかはわからないが、燐にとってもいい店であった事は間違いない。主にのんびりできるという意味で。
気がつくと、旧都も既に抜け、あとは地霊殿までの一本道まで二人は来ていた。
「よし! ここまで来ればもう大丈夫だね」
「うん!」
二人はお腹も心も大満足と言った感じで、仲良く手を繋いで寄り添い合いながら地霊殿へと帰っていったのだった。
その頃「喫茶ぱぱら」では……。
「ほら、こいし、あーんしなさい」
「はーい」
「ね。どうです、おいしいでしょ?」
「うん! おいしいっ! ここのパフェ美味しいね! じゃあ私もお返し。はいお姉ちゃん、あーんして!」
いちゃつきながらパフェを食べている古明地姉妹の姿があった。そして厨房では、包丁片手に、今まさに二人へ襲いかからんと嫉妬の炎を燃やすパルスィと、それを必死になだめるヤマメの姿があったという。
ヤマメは思うのだった。
やはりペットは飼い主に似るものだと。
それと、いい加減、新しいバイト雇おうと。
地霊殿中庭で寝そべっている二人。
「んー。何?」
燐の呼びかけに気だるそうに振り向く空。彼女はまどろみかけていた。
「ひまだねー」
何かと思えばそんな事かと思いながら、空は意識が空ろになっていくのを感じていた。
「ねー。お空ぅー」
そのまどろみかけた意識は彼女の呼びかけで再び息を吹き返す。
「んぅー。なぁにー?」
空が呼びかけると燐が気の抜けた調子で応えた。
「眠いねー」
思わず二人同時にあくびが出る。麗らかな昼下がりだ。とは言っても地底なので日光が直接当たる事はないのだが、昼食後とあって二人の思考は鈍くなっていた。
ちなみにランチのメニューはピロシキ。こいしが前に持ち帰ってきたものをさとりが再現させたもので実に美味だった。
「うにゅー」
空が鳴いた。実際は鳴き声と言うよりは口癖に近いのだが、烏なので鳴き声と捉えてもいいのである。最もそんな鳴き声の烏なんて聞いた事もないが。
空はだらしなく翼を広げっぱなしで仰向きに寝そべっている。黒々として艶やかな烏の翼だ。
今日はいつもつけてるマントは洗濯してただ今乾燥中だった。
そのせいか、今日の空はヤタガラスの力を手に入れる前の姿に幾分近い。
燐はそれが嬉しくてたまらなかった。
燐は空の事が大好きだ。長い付き合いと言う事もあるが、それ以上に彼女と一緒にいるのがたまらなく心地よかった。きっと自分達はずっとずっと一緒でいられる。そう思っていたし、そうなりたかった。だから空がヤタガラスの力を手に入れて増長してしまった時、誰よりも早く燐は動いた。今のこの幸せを壊したくなかったからだ。それが功を奏して空とは元の関係のままで留まる事が出来た。
姿こそ若干変わってしまったものの、それは大した問題ではない。何よりも自分の好きな空のままで戻ってきてくれた事が燐はたまらなく嬉しかったのだ。
そんな彼女の思いは空も知っていた。空もまた燐と一緒にいるのが好きなのだ。
自分は少し抜けている所がある。だからしっかり者の燐が側にいると安心する。それ故、今も無防備な姿をさらけ出しているのだ。空とて元は野生の地獄烏。最低限の警戒心くらいは持ち合わせている。
「にゃー。お空の羽根さらさらー」
燐がそう呻きながら地面にだらしなく広げられた翼の上に乗っかる。本来ならこんな事は羽根が傷むのでまずさせないが、燐なら別にいいか。という事で空は抵抗もせず「うにゅー」と寝そべったままでいた。
燐は空の羽根をなでたり頬ずりしたりと言った様子でじゃれている。流石は猫である。そしてしばらくの間二人はその状態で過ごしたが、そのうち空は完全に眠りこけてしまった。
「にゃ。お空ったら寝ちゃったの?」
燐は彼女が眠ってしまったのに気づくと、そっと顔を近づける。空は「うにゅうにゅ」といびき(?)をかいている。燐は悪戯そうな笑みを浮かべて、熟睡している空の頬をぷよんと指で突っついてみた。まるで餅のように柔らかくて程良い弾力のある触感が伝わる。しかし空は起きる気配を見せない。
そこで燐は次に指で額をとんとんとつついてみた。それでも空が目覚める様子はない。それならばと、今度は鼻を指でつついてみる事にした。
こういう悪戯をする時、彼女の眼はいつもより輝きを増している。らんらんとしたいう表現がこの上なく当てはまる。しかしそれが邪悪なものにならないのは、その口がやんわりと柔らかい笑みを浮かべているからだ。今の彼女はどう見ても悪戯好きな猫娘といった感じなのである。
燐は空の鼻をつつこうと指を近づけた。するとその時、急に空が抱きついてきた。もしかして今までの悪戯ばれてたのかと燐は動揺するが、彼女は依然として眠っている。どうやら寝ぼけて抱きついてきたらしい。身動きが取れなくなって困惑する燐だったが、ま、自業自得かなと自嘲気味な表情を浮かべると空を抱き返した。
そのままお互いにお互いに抱きついた形で二人は寝そべっていた。体を密着させているので空の体温がダイレクトに伝わる。それは少し汗ばむ感じだったが心地よい温もりだった。そしてそうしているうちに燐も結局眠ってしまった。
「うにゅーん」
空のそんな鳴き声で燐は目覚める。目の前では空が立ち上がって燐を見下ろしていた。
「あー。おはよぉー」
燐が瞼をこすりながら起き上がると、空はううーんと伸びをする。つられて燐も伸びをした。
「眠ったし、少し運動でもしようかなぁ」
そんな事を言いながら空は翼をばさばさとさせている。
「そんじゃ、どこか出かけようか」
燐はそう言いながら空の羽根を拾っている。散らかしたままだとさとりが怒るのだ。
「うにゅーん」
空はもう一回のびをしながら欠伸をした。
二人で外出する時は言い方で大抵行き場所は決まる。
「出かける」と言う場合は旧都周辺。
「出る」と言う場合は地上。と言った具合である。なので今回の場合は前者になる。
「さとり様ぁー。ちょっと二人で出かけてきますねー」
と、燐は玄関ごしに伝えるが、返事は帰ってこなかった。
「あれ? もしかしていないのかな?」
「うにゅ、もしかしたら寝てるのかもしれないよ?」
「あー。そうかもね、それじゃ起こすのも悪いから出かけちゃおうか」
早速二人は地霊殿を後にした。
地霊殿から旧都まではほぼ一本道だ。往来者こそ少ないものの特に迷うような事はない。
二人は特に急いでるわけもないのでのんびりと手を繋いで取り留めのない話をしながら旧都への道を歩いていた。
「ねー。お燐。今日はどこいくの?」
「ま、そこら辺ぶらぶらしようよ。特に目的もないしさ」
「うにゅー。お腹すいた~」
「え、もう? さっき食べたばっかじゃん」
「寝たらお腹空くんだもん!」
そう言って空は恥ずかしそうに顔を赤くして頬を膨らませた。思わず苦笑いを浮かべる燐。
「ま、言われてみればあたいも少しはお腹空いたかな……?」
「やったー。それじゃどこかのお店行こう!」
燐の言葉を聞いた空は急に元気になる。そんなにお腹が空いていたのだろうか。と、燐は首を傾げるが、せっっかくだからどっかの喫茶店で休む事にした。
昼間の旧都は比較的静かだ。というのは地底の鬼達は大抵夜に動き出し、居酒屋等へ繰り出す。彼らは生粋の飲兵衛なのである。だから昼間は鬼達はほとんど姿を見せない。たまに買い物をしている奴がいるくらいだ。
その代わり他の妖怪の姿は見かけるものの絶対数が少ないのでやはり昼の旧都は静かなのである。
そんな人影まばらな旧都を二人は手を繋いで歩いていた。
乾いた地面の砂が熱を帯びた軟風の吹く度に舞い上がっている。
「ん? なんだあれ」
燐がふと立ち止まる。彼女の視線の先には今まで見た事のないお店があった。
「うにゅ?」
空もその店を見て首を傾げた。どうやら彼女にも見覚えがないらしい。
新しめのパステル調の建物に、大きく「軽食喫茶茶屋ぱぱら」と書かれた看板が掲げられている。はっきり言って周りから見てかなり浮いている。
「最近出来た店かな? 喫茶店みたいだし、丁度いいから行ってみようか」
燐は空を連れてその「軽食喫茶茶屋ぱぱら」なる店へと入った。
店の中の壁もやはり淡いパステル調、さらにはテーブルもそれに準じたカラーリングだった。
昼さがり時だというのに店の中は誰もいない。もしかして繁盛していないのだろうかと、燐は不安になったが、考え方を変えれば空と二人で貸し切り状態だという事になる。
それはそれで悪くないと言った調子で二人はそのまま店の奥の席についた。
「いらっしゃいませー」
席に着くとようやく奥から店員が現れた。燐はその店員に見覚えがあった。姿こそいつもと違うメイド服のようなウエイトレスの姿だったが、そのとがった耳、どこか不機嫌そうな表情、そして何より緑色の目。紛れもなく水橋パルスィだ。
「おりょ? パルスィじゃない。何やってるの? こんなとこで」
「見ればわかるでしょ。働いてるのよ」
と、彼女は無愛想な表情で水を二人に配る。
「ヤマメの奴がね。資金が欲しいからって商売始めたのよ。それで丁度、喫茶店開業募集があったらしくて」
「へー。それで店を開いたってわけ?」
「そう。そして私はそのお手伝いよ」
そう言いながらパルスィはおしぼりを二人に渡す。
「と言う事はこの店のマスターはヤマメ?」
「そうよ。あの子は私と違って料理とか上手いからね……羨ましいわ」
その口調や表情こそ愛想はないもののその動作は穏やかだった。どうやら別に怒っているわけではないようだ。
それはともかく、いくらなんでももう少し笑顔を作った方がいいのではないか。自分は彼女の事を知っているからいいものの、知らない人からしたら、何という愛想の悪い店員なんだ。と思われてしまうだろうに。と、燐はグラスの水をすすりながら思わざるを得なかった。
「それじゃ、メニュー決まったら呼んでね」
そう言ってメニュー表をテーブルに置くとさっさと厨房の方へ引っ込んでしまう。
「うにゅ。あの人何か怖かった……」
様子を見ていた空がぼそりと呟く。
「あー。大丈夫。あの人はあれで普通なんだよ」
燐が同じく小声で返すと「うにゅ、そっかー」と言って空は笑顔を浮かべた。いい意味でも悪い意味でも彼女は単純なのである。
気を取り直してメニュー表をざっと見てみる。デザート系からはじまりプレート料理、果てはコース料理までと、軽食喫茶と言う割にはなかなか本格的なメニューが揃っていた。最早むしろレストランである。
「さて、お空は何食べるんだい?」
「ハンバーグ! 玉子乗っかった奴! コーンポタージュ大で!」
即答だった。鳥なのに卵を食べるのかというつっこみは今更する気も起きない。彼女は共食いとか気にしない性質なのだ。もしかしたら単に気づいていないだけなのかもしれないが。
「そんじゃ私は……うーんじゃあ。これにしようかな」
彼女は店の名前が冠せてある「ぱぱらパフェ」なるものを頼む事にした。
「すいませーん!」
と、燐が呼びかけると無愛想な表情でパルスィがやってくる。さっきより幾分表情が固めに見えるのは気のせいだろうか。ともかく燐は彼女に注文を頼んだ。
「それでは、ご注文を繰り返し……致します。目玉焼きハンバーグのコーンポタージュ大一つと、ぱぱらパフェ一つですね。……かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ」
注文を受けたパルスィはメニュー表を持ってさっさと奥へと引っ込んでいった。
彼女のいかにも慣れないたどたどしい敬語に二人は笑いをこらえるのに必死だった。大方、ここで働く際にヤマメが教えたのだろう。彼女の表情が固かったのは緊張していたからだったのだ。
パルスィが姿を消したのを確認した空が勢いよく噴出す。その様子を見た燐も続けて噴出した。
「もう、お空ったらそんなに笑ったりしたら失礼だよ?」
燐は口元を手で押さえながら空に告げる。
「そう言うお燐だって今にも笑い出しそうだったくせにー」
と、空は頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。
「そんな怒らないの。もうすぐハンバーグ来るんだからさ」
そう言って燐は彼女の頭をなでてやった。すると空は目を細めて心地良さそうに「うにゅー」となってしまう。骨抜き状態である。その空の様子を見て燐も同じように「ふにゃあ」となってしまう。
傍から見たら一体何をやっているんだ状態なのだが当の本人達はそんなのお構いなしだ。こういうのは店からすれば立派な営業妨害となるのだが、生憎、今この店は客は彼女達しかいない。故に堂々といちゃついていられる二人であった。
「はい。お待たせ!」
やがてコック帽を被ったヤマメが直々に料理を運んでやってきた。
「はい。目玉焼きハンバーグだよ」
「うわぁーい! 待ってましたー!」
熱々のハンバーグが自分の所へ置かれると空は満面の笑みで思わず両手をバンザイする
「まったく、二人とも相変わらず仲いいねー」
彼女はそう言いながら半ば呆れ気味といった様子で笑みを見せる。
「いやぁーそれほどでもないよ」
と、照れながら燐が返すとヤマメは思わず、ふうとため息をついた。
「ところで二人とも、今日は偵察か何かかい?」
「へ?」
「うにゅ?」
ヤマメの言葉に二人は目を白黒させる。
「あれ? もしかして知らないの? この店の出資者はさとりさんなんだよ」
「え? そうなの!? あたい初耳なんだけど」
「わたしも!」
「あらら、なんだてっきり知ってて、店がどうなっているか様子見に来たんだと思ってたよ……」
ヤマメは拍子抜けした様子で苦笑い浮かべる。
さとり自身はその能力のせいで嫌われ者ではあったが、その一方で様々な事業を展開している地底で有数の実業家としても知られていた。鬼達が経営する居酒屋チェーン店のスポンサーなんかも彼女が受け持っているのだ。それ故に、彼女が開業の手助け事業なんかをしていてもなんら不思議な事はない。
「それはそうと、パフェ今持って来るから待っててね!」
とヤマメは一旦厨房へと戻った。
「さあ、おまたせ。これが当店自慢のぱぱらパフェだよ!」
燐の元にはまるで刺身の生け作りを盛るような大きな器に乗ったパフェが置かれる。それを見るなり彼女は思わず目を丸くした。空もその大きさに呆然としている。
「うわぁーお。まさかのジャンボサイズだったとはね」
「え? もしかして知らないで頼んだの? 一応メニュー表にも書いてあるんだけど」
と、ヤマメは少し困惑気味に頬をかきながら「ほら」とメニュー表を燐に見せた。良く見ると確かにジャンボサイズと記されている。どうやら見落としてしまっていたらしい。
「ありゃりゃ。ま、大丈夫。頼んじゃった以上ちゃんと食べるからさ」
燐は苦笑いしながらヤマメに告げる。
「言っておくけど味には自信あるからね。なんたってウチの看板メニューだし。そうだ! もし食べきれなかったら持って帰ってもいいよ」
と彼女は言うものの、揚げ物とかならまだしもパフェを持ち帰るなんて話は聞いた事がない。袋詰めにでもするつもりなのだろうか。
「それじゃどうぞゆっくりしていってね」
そう言うとヤマメは厨房へと姿を消した。
「じゃあ、いただきまーーーーすっ!」
早速空はハンバーグにがっつき始める。
「ほらほら、ナプキンもつけないでそんな勢い良く食べると、服にソースついちゃうよ?」
「うにゅ、だっておいしいんだもん」
燐は「仕方ないなぁ」と彼女の服の上にナプキンを広げてやる。
「わーい。ありがとー」
と、言って再び空はハンバーグを食べ始める。すでに口の周りはソースでべったりだ。そのソースを舐めてふき取ってやりたい衝動に燐は駆られるが、家でならまだしも人前でそこまでやるのは流石にアレな気がしたので思いとどまった。
「早く食べないとパフェ溶けちゃうよ?」
空の言葉に燐は我に返る。
「おおっと、そうだった」
燐はようやくそのジャンボパフェに手をつけ始めた。
「お!?」
思わず声を漏らす。燐は確かめるようにもう一回スプーンでクリームをすくって口に入れる。
「おぉー!」
燐が予想していたより遙かに美味い。別にヤマメの腕を疑っていたわけではない。パフェなんてどれも味は一緒だとたかをくくっていただけなのだ、しかしそれは大きな間違いだったと彼女は知らされた。
流石、お店自慢のメニューとヤマメが豪語するだけはある。それほどお腹は空いていなかったのだが、自分でも驚くほど次々とパフェを食べていく事が出来た。
しかし、半分近くまで減らしたところで、彼女の手は止まってしまう。いくらおいしいとは言えやはりその量は一筋縄ではいかない。
何しろタライほどの大皿いっぱいにパフェは盛られていたのだ。とりわけ甘党というわけでもなかった彼女が、それを半分ほどまで減らせた事が既に奇跡に近い。
「うはー。流石にきついね……これは」
「うにゅ。大丈夫?」
すでにハンバーグを食べ終えた空はナプキンで口を拭いている。
「あ、そうだ。良かったらお空も食べる?」
「うんっ!」
燐の問いかけに空は勢い良く返事した。
「よし、じゃあ一緒に食べようか!」
燐は残っていたスプーンを空に渡す。そして二人で仲良くパフェを食べ始めた。
「ほら、お空。あ~んして」
不意に燐がストロベリーアイスが乗ったスプーンを空の口元に近づける。
「だめだよ。お燐。ここは家じゃないよ?」
と、空が嗜めるように言うと燐がすかさず言い返した。
「大丈夫。だってほら、私達以外客いないよ?」
確かに周りには誰もいない。もう二人が店に入ってから1時間以上経過してるというのに依然として客は誰一人入ってくる気配がなかった。
「そっか。それじゃ大丈夫だね!」
周りを確認した空はスプーンにぱくりと食いつく。
「おいしぃーーーーーーっ!」
たまらないといった感じで、空は恍惚の表情を浮かべた。そんな彼女の様子を微笑ましそうに燐は眺めていた。すると空はお返しとばかりに「はいどうぞ」とアイスをすくったスプーンを燐の口元へと運んでくる。燐は躊躇せずそのスプーンを口の中へ入れる。甘い。思わず笑顔になる。それは単にアイスが甘いからではない。
そんな調子で二人は完全に自分たちの世界の中に入り浸り、パフェの食べさせっこをしばらく続けた。
その頃、調理場では。
「もう何なのよ! あいつらイチャイチャイチャイチャしてっ!! うぎぃーー!!」
嫉妬による激昂のあまりにパルスィは思わず頭のヘッドドレスを床に叩きつけた。
「こら、商売道具をぞんざいに扱うな!」
それを見たヤマメが彼女を叱責した。するとパルスィは目に涙を浮かべてヤマメを睨み返した。
「何よ……何よっ! 言っておくけど、こんな仕事いつやめてやったっていいのよ!? あんたが人手が足りないって言うから手伝ってるだけなんだからっ!」
そのあまりの迫力にヤマメは思わずたじろいでしまう。
「わかったわかった。気持ちは分かるけど落ち着いてよ。相手は客だよ? あれでも一応は……」
「そんなの知ってるわよっ! でもあれはいくらなんでもないわ! 明らかに見せびらかしてるじゃない! 今すぐ追い出しましょ!」
と、パルスィは鼻息を荒げながら食塩の入った袋を手に取ると客席の方へ向かおうとする。
すかさずヤマメが止めにかかる。
「やめて! お願いだから塩なんかまかなくていいから落ち着いてって……頼むから!」
こちらから頼んでやってもらってる以上、強気に出れないヤマメはただただ彼女をなだめるしかなかった。
まさか厨房でそんな事が起きているとは知るはずもなく、燐と空はストロベリータイム絶賛続行中だった。今は空が燐の席の方に回り、彼女の膝を枕にして横になっている。食べ過ぎで起きているのがきつくなったらしく、燐もそれを快諾した。
燐も燐でアイスそっちのけで空の頭をなでたりしている。
そのアイスも既にほとんど溶けて器の中に白いプールを作っていてパフェと言うよりほとんどクリームスープ状態になっている。
その時。入り口の戸ががちゃりと開けられた。
「いらっしゃいませ! あ、いつもありがとうございます!」
厨房からヤマメが挨拶をする。彼女の言葉を聞く限り、入ってきたのは常連のようだ。
燐は玄関の方をちらりと見る。そしてその客の姿を見て彼女は思わずびっくりした。
なんと、入ってきた客はさとりとこいしだったのだ。さとりは二人を見るなり、即座に近づいてくる来た。
「こら、あなたたち! 公衆の場で何をやってるんですか! はしたない!」
「うわっ!! さとり様! ごめんなさーい!!」
空と燐は会計を済ませると逃げるように店を出る。
店の外は既に鬼たちが居酒屋開店の準備をしていたり、夕食の買い物に来た客が道を歩いていたりと昼間よりは大分活気が出てきていた。
その客達に混じって二人は帰途へとつく。
「いやーしかし、まいったまいった。まさかさとり様が現れるとはね……」
そう言って燐が冷や汗をぬぐうと、空が彼女に言った。
「でも、いいお店だったよ。また行こうよ」
彼女がどういう意味でいい店と言ったのかはわからないが、燐にとってもいい店であった事は間違いない。主にのんびりできるという意味で。
気がつくと、旧都も既に抜け、あとは地霊殿までの一本道まで二人は来ていた。
「よし! ここまで来ればもう大丈夫だね」
「うん!」
二人はお腹も心も大満足と言った感じで、仲良く手を繋いで寄り添い合いながら地霊殿へと帰っていったのだった。
その頃「喫茶ぱぱら」では……。
「ほら、こいし、あーんしなさい」
「はーい」
「ね。どうです、おいしいでしょ?」
「うん! おいしいっ! ここのパフェ美味しいね! じゃあ私もお返し。はいお姉ちゃん、あーんして!」
いちゃつきながらパフェを食べている古明地姉妹の姿があった。そして厨房では、包丁片手に、今まさに二人へ襲いかからんと嫉妬の炎を燃やすパルスィと、それを必死になだめるヤマメの姿があったという。
ヤマメは思うのだった。
やはりペットは飼い主に似るものだと。
それと、いい加減、新しいバイト雇おうと。
りんくうは本能のままにいちゃついてればいいと思うよ!!11!!1!!
やはり、りんくうコンビいいねえ。
ニヤニヤさせていただきやした。
甘い!甘いよこの地霊組!
ヤマメのパフェが食べたくなった。
僕の感情は溢れ出てしまいそうです。どうもありがとうございました。
最初の方の燐がうたたねするところ、目が覚めるまで行間一行しかないと寝た瞬間起きたみたいなので、もう少し開けた方がよいかと。
あと前半が若干冗長かな
しかし、なんとまぁ楽しい雰囲気でしょうか。
非情にさっぱり明るく読めたおかげで、俺自身の気分もなんだかすっきりしました。
バイトやります雇ってください。
幸せ空間を築きおって(にやにや)