Coolier - 新生・東方創想話

正体不明の衣

2010/02/23 02:24:09
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※能力、及び設定に独自の解釈、加筆がなされています。
 オリジナルの設定などがお嫌いの方にはご注意ください。



 それはそれは昔の話。
 昔すぎて誰もが忘れた数百、千ほども前の幻想郷の話。
 まだ紅魔館が存在せず、永遠亭ができてまもなく、数多くの妖怪が1つ、2つも世代を前であった時代。博霊大結界がなく、外の世界との繋がりがあった時代。
 これはそんな時代の彼女……封獣ぬえの話。

 彼女は孤独な妖怪であった。
 それは自らの能力ゆえでもあったし、自らの性格ゆえでもあった。
 『正体不明』という能力。
 それのために自分のことを自分と見てくれる生き物はいなかった。
 鵺とはそういう妖怪だからだ。
 ある者には鳥に。
 ある者には人に。
 ある者には竜に。
 時には生物以外に見られることもあった。
 しかし彼女、ぬえにはどうでもよかったのである。







「妖が出たぞ!」
「捕えろ! 何としても捕えるんだ!」

 丑の刻の道を提灯と槍、弓を持って男達が走る。
 彼らはこの国の城を守る侍であった。
 自らの土地を守るために力を尽くす。それが彼らの役目。
 それは獣であったり人であったり。時には災害の時もあった。
 だが今回はいつもとは毛色が違った。
 相手は妖怪であった。

「一体どこへ逃げたんだ!?」
「探せ探せ! この町にいるのは確かなんだ!」

 無論男達は妖怪などというものは相手にしたことはなかった。
 そのような物は専門の退治屋にでも頼むべきところだからだ。
 だが今回はそうもいかなかった。

「あの巫女め……なんの妖であるかわからなければ退治できんとは」
「千差万別というのはわからんでもないが……」

 退治するなら連れてこい。
 それが退治屋……巫女から言われたことだったのだ。
 そのため渋々妖の被害が出るのを待って捕えることにしたのだ。
 だが一向に見つからない。
 妖怪とは幽霊とは違い姿は消せないと聞いていたはずなのに。

「見つからんな……」
「全くだ……確か特徴は……」

 と男の一人が紙を持ち出した。
 すると紙は男の手をスルリと抜けると風もないのにヒラヒラと流れ飛んで行った。
 慌てて紙を追いかけると石畳の上に少女が一人立っており、紙を拾って読んでいた。

「こんな時間にどうして子供が……?」
「そんなことはどうでもいい。紙を返してもらわねば」

 2人は少女に近寄るとそれは自分たちの物だから返してもらえないかと言った。
 すると少女は男を見ると、

「これが妖怪ですか?」
 
 と訊いていた。
 男達は驚きながらも頷いた。

「この妖怪を見てはいないか?」
「この妖怪は見てはおりません」

 というと少女は突然笑い出すと紙を破り捨ててしまった。
 ケラケラと、気味の悪い笑い声で。
 ケラケラと、腹を抱え捩じらせて。
 
「何がおかしい?」

 男は尋ねた。もう一人の男は気味悪がって数歩離れてそれを見ていた。
 そして少女が笑い終えた時、下がっていた男は気づいた。

 少女の影がない。
 目の前の男の持つ提灯で照らされているにも関わらず。

 それを伝えようとする前に少女がニヤリと顔を歪めてこういった。

「『あなた達には『こう』見えてるのね……ハハハ、猿の顔に虎の手足。尻尾は蛇だなんて…私はそんなに怖いかしら?』」

 先ほどの少女とは違う声が重なって聞こえた。
 それは背後からとも横からともわからず聞こえたため男達は辺りを見回す。
 
『私、そんな悪いことしたかしら? ちょっぴり驚かしただけでしょう?』
「黙れ妖怪! 姿を現せ! 名を名乗れ!」

 気づくと目の前の少女は消え失せており周りには誰もいない。
 声だけが聞こえる。
 
『うるさいわね……わかった、名乗りましょう。私の名前は「ぬえ」』

 男2人の背後に大きな影が現れる。
 それは怪物。ただ怪物としか言えないものだった。

『まぁわかったところで何も変わらないけどね』





 


 アハハハハハハハハ!
 あの2人の驚きようと言ったらどうだろう。
 また腹を抱えて笑ってしまうところだった。
 腰が抜けそうになってるのを堪えているのが最高だった。
 これだから驚かすのはやめられない。
 化け物といっていた辺りやはり紙に書いてあったような怪物に見えたんだろうな。
 




 だろう、というのには理由がある。
 それは彼女の能力の利点であり、欠点でもある点だった。

 彼女は自分が相手にどう見えているか、を認識できないのである。

 自分がどのような妖怪に見られているのか、その詳しいことを彼女はわからない。
 多少ならば操作はできるのだ。
 具体的に言えば、普遍的なものか恐怖のものか。その程度のこと。
 空を飛んでいるのに犬の姿に見られてはたまったものはないからだ。
 まぁ相手側の想像によって変化するため犬に見えることもあるのだが……。
 彼女の能力は『正体不明』。それを彼女自身も知ることができない。
 他者に自らの姿の幻を見せる代わりに自らの姿を見ることができない。
 それが彼女、封獣ぬえの普通であった。
 確かに鏡を見れば自分の姿が映る。
 黒髪に黒い服をきた少女。赤と青の針のような羽が生えている姿。
 ぬえはこの姿が自分の姿であると考えている。おそらくそれは事実だろう。
 他者が自らをこの姿で見ないことで、自分すら能力にかかっているのではと考えることもあった。
 だが彼女が行きつく思考の先はいつも同じだった。

「どうせ一人だもの。誰にどう見られても関係ないものね」

 『正体不明』という能力のせいで彼女は孤独だった。
 人間はもちろん妖怪すら自分の姿を見れないのだから。
 姿のわからない相手と共にいうような者は彼女の周りにはいなかった。
 だから彼女は気楽に生きることにしたのだ。
 悠々と、誰にも縛られず、ただ自由に。
 そしてもうひとつ。
 妖怪らしくあろうと決めていた。
 人々を驚かし、騙し、時には救う。
 そんな絵空事のような見本のような妖怪になろうと。
 

 





 太陽が昇り始めもうすぐ朝だという時に私は山の中を歩いていた。
 するとどこからともなく声が聞こえた。またあいつか。

「あら? 今日はお早いお帰りですのね」
 
 何でもない山の中。辺りには何もなくただ私だけが立っている。
 人間であれば動揺の1つでもしているところだろうが私は慣れたことだった。

「あんたには関係ないだろ? 『門番』さん」
「『管理者』と言ってくださらない? それにぬえ。あなたは私の名前を知っているでしょう? 名前で読んでくださいな」
「忘れたわよ。それにその上から目線は気に入らないわ」
「あらごめんなさい。でしたらもう一度名乗りましょうか?」

 クスクスと笑い声が聞こえたかと思うと目の前が刃物で切ったかのように割れて開く。その中は何かがぐにゃぐにゃと蠢いているように見えるがよくわからない。
 その割れ目からストンという音と共に声の主が現れた。

「私は八雲紫。境界を操る妖怪ですわ」
「知ってる」
「なら嘘はいけませんわ。その『立派な角』が伸びてしまいます」

 彼女は八雲紫。自分で言うとおり境界を操る妖怪だ。
 見た目は大きな傘を持った金髪の少女。
 その力は凄まじく私では歯が立たない。『中』ならば。
 外の世界では能力は大きく制限されるため彼女の力も弱まっている。
 だが私はこいつは苦手だった。何もかも見透かされているような感じがするのだ。
 実際に立場は上なんだけどこのあからさまな上からの言葉も気に入らない。
 だからこいつは友じゃない。相手もそうは思ってはいないだろう。
 この時の彼女には私が別の姿に見えていたらしい。私には角なんてものはない。
 まぁそんなことはいつものことなので深入りはしないけど。軽く流すのが『日課』だ。

「伸びたって自慢にはならないわ。それに毎回触れるのはやめてくれない?」
「あなたほどここを行き来する妖怪はいませんもの。『門番』の暇つぶしとでも思って下さいな」
「私は一向に楽しくないわ」
「私は一向に楽しいですわ」

 わざとらしい言葉で返す。その顔は常に笑顔で感情を思わせない。
 ある意味私と同じくらい正体不明だ。妙な交友関係があったり、逆に世間に恐ろしく無縁であったり。聞いた話では冬眠がどうと話していたけれど。

「まぁここで長話も難ですわ。さっさと通ってください」
「開いていたなら最初に言って。無駄な時間だった」

 私は大きく一歩踏み出す。すると踏み出した左足が消える。それに合わせるように何もないはずの場所に浸みこむように私の体が消えてゆく。
 毎度思うけど気味が悪いな。
 
 そして山の中には誰もいなくなった。最初から誰もいなかったかのように。






「おかえりなさい『幻想郷』へ」
「……ただいま」

 なんというか一応の礼儀として返しておく。
 全身が飲み込まれた瞬間暗くなった視界が晴れ目の前には全く違う光景が広がった。
 目渡す限りの竹林である。




 八雲紫。彼女が『門番』などと呼ばれて理由はこれであった。
 彼女はここ、妖怪などの人外が跋扈する幻想郷の古参にして管理者だからだ。
 そして彼女はその能力で外の世界とこの幻想郷の境界を操っているのだ。
 当時の幻想郷は今とさほど違いはなかったにせよ多少方針が違った。
 来るも出るも自由。それが当時のスタンスだったのだ。人間に関してはそうは言えなかったが。
 しかしその方針ゆえに幻想郷は妖怪の住処であり故郷であった。今のような妖怪を閉じ込める檻ではなかった。
 だからこそ当時は外の世界には妖怪が多数いたのだ。
 これは当時の八雲紫が現在に比べ多少(他の妖怪から見れば膨大なものだが)力が弱かったから、そして彼女に今の幻想郷のような環境を作ろうとする意志がなかったことに起因する。妖怪に対し寛容であった、と言ってもいい。
 前者のことについて具体的なことを述べるならばこのころの八雲紫は外の世界ではぬえの能力を見破れない程度の強さだった。
 外の世界では人2、3人が同時に通れるほどの『門』しか開けない。彼女の能力自体が難解で操作が難しいのかもしれないが。
 その点ぬえの能力は種を周りに漂わせ、自分に張り付けるだけでいい。自分のことを意識しなくていい分操作も容易だった。
 紫がぬえの姿が見えないのはそれが理由だった。
 まぁほんの百年ほどで見破れるようになるわけだが、少なくとも当時の2人は外の世界限定で互いに力の拮抗する相手で、ぬえにとって数少ない話相手であった。






「なんで竹林に? 前は湖だったじゃない」
「最近竹林に新しい人が来ましたから。お会いになりません? 中々おもしろい方々ですよ?」
「…そんなこと言ってたわね。何年前だっけ。それ妖怪?」
「人間の姫様とお付きの医師ですわ。まぁ月の都からの珍しいものですけど」
「へぇ…人間を受け入れるなんて珍しいわね。『管理者』としては新しいのは喜ばしいことなのかしら。管理が面倒になるだけじゃない?」

 私が聞くと紫はクスクスと笑いこちらを見て

「あなたみたいに毎日のように境界を越える人が増えない限り問題ありませんよ」
「そうね。あんたが過労で倒れないか実験してやろうかしら」
「何百年もかかると思いますよ? そんなことよりも挨拶をしたらどうですか?」
「いらない。どうせ私の姿なんて見えちゃいないしね。勝手に想像であなたみたいな金髪にされたくもないし」
「慣れたものでしょう? そんなことは。私が用がありますので行きましょう」
 
 そういうと私の手を引いて歩いて行く。だが実際はつかめていなかった。空中に浮遊する正体不明の種を掴んで歩いているだけだ。おそらく本当の私よりも長身に見えているのかも知れないわね。
 仕方がない、付き合うとしよう。どうせ大した用もない。
 私は初めて会う相手に自分がどういうものなのか言わない。紫にも口封じをしている。
 そういう妖怪だ、と説明すればそれで終わりなんだが私はそれを拒んでいる。
 私は正体不明。謎の妖怪であらねばならない。真の姿を見せず見られず謎に染まる妖怪に。
 

 その後は何でもないことだった。ただの雑談。特筆することもない。
 竹林に住み始めたという人間2人。なんとも大きな館を構えて住んでいた。
 聞くと両方とも不老不死の力を持つらしく元の住処から逃げてきたらしい。
 逃げてここまで来たというけどこうもでかい建物を建てたら返って目立たないかしら?
 2人は案の定隣の紫を見て私の姿を想像したらしく「綺麗な金髪ですね」と言っていた。綺麗、が無ければ帰っていたところだ。紫は隣でケラケラ笑っていた。
 一人は姫というだけあって威厳があったがやや性格に難がありそうだった。自分も人のことは言えないが。
 もう一人は医師で丁寧な人間だったが感じる力は紫に勝るとも劣らないものだった。
 能力は薬を作ること。不死の薬まで作れるのだそうだ。どれほどの能力か。
 2人とも力は凄まじく私では歯が立たないだろう。
 それでも私の能力が2人にかかっているのは私について何も知らないからだ。
 騙されていると気づかなければ何も問題はないから。
 まぁ結論は……いつも通りだったということだった。



 そしてぬえは今日も何もなかった、ただおもしろかったと思いながら眠りに付いた。
 目が醒めれば夜だろう。明日も人を驚かそう。妖怪らしく。ただそれだけのために。
 そして彼女は明日も変わりはしないだろうと疑っていなかった。
 しかし次の日の夜を境にぬえの人生は大きく変わることになる。
 無論この時それに気付いている者はいない。
 人間も。
 妖怪も。
 きっと幻想郷の管理者でさえ。










 さて今日はどうしようか?
 私はまた外の世界に来ていた。まぁいまさら考えることでもない。何百年とやってきたことだから。
 いつも通り紫の冗談めいた「行ってらっしゃい」に送られ外の世界に出る。
 幻想郷にいて外に出る妖怪は基本人間を驚かすか食べるかのために出るため八雲紫にどこに出るかを指定する必要がある。何というか妖怪にも縄張りのようなものはあるからだ。
 だけど私には特定の縄張りのようなものはなかった。何故かと言えば意味を成さないからだ。
 仮に縄張りのようなものを持ったとしてもどの妖怪にも人間にも私は決まった姿を見せることはできない。
 だからもし縄張りを得るには自分の存在を教えなければならない。それは嫌だった。
 そのため私だけは紫によって送られる外の世界の位置は完全にランダム、つまり紫の気分次第だった。まぁ人里の近くに限定をしてはいるが。
 幻想郷に入った時に場所が違うのもそのせいだ。私は家とか持たないし。
 今日出てきた所は昨日の来た里の近くであったらしい。森を抜けると里が見えた。
 もう夕暮れでそろそろ夜がやってくる。私にとっては狙い定めの時間帯。
 私は『控え目に』種を撒き里を歩く。とりあえず化け物に見られることはないだろう。
 すると広場のほうから男が一人走ってくる。見れば昨日驚かせた男じゃないか。

「名前を聞けたんだ! あの退治屋に頼めば……今後こそ!」

 とどこかへ走ってゆく。なるほど昨日名乗ってしまったからなぁ。
 どうしたものかなぁ。と考えて閃いた。
 その退治屋とやらを驚かしてやろう。そうすれば面白そうだ。
 私は人気のない場所に行くと飛ぶ。正直歩くよりずっと速いからだ。
 宙を漂いながら走る男を探すと里の西側へ走る姿を発見した。
 なるほど里の西にある小さな丘に小さな神社が見える。
 退治屋ってのは神事の人か。恐らく神主あたりだろう。
 昔一度退治屋だと言って刀で斬りかかってきた阿呆がいたけど……見当違いの場所を斬っていたな。確か鍛冶師だったんだっけ?
 まぁそんなことはどうでもいいとして私は空を駆け神社に向かった。
 鳥に見えていることを祈ろう。
 何か悲鳴が聞こえたけど気のせいだ。
 きっと気のせいだ。


 ぬえは自分の能力について調べようとしない。
 普通、人にせよ妖怪にせよ自分の持つ力を理解しようとするものだ。
 そしてそれを鍛え強くなったり、特技を磨き後に備えたりするのが道理である。
 だがぬえはそれを行うことはしない。
 自分でも理解できない力であること、それに強く惹かれたからである。
 使い切れない武器など逆に不利にも成りかねないと彼女自身も理解はしている。
 だがそれ以上に彼女は自分がなによりも『鵺』でいることに固執していた。
 もしかしたら能力を鍛えれば見せたい相手に見せたいものを見せるようなこともできたかもしれないのに。
 
 
「ぬえと名乗っていたんだ。心当たりはないか」

 男の声が聞こえる。その声はあまりに必死で同情を引かせるほどだった。
 私は神社の脇に立っていた大きな松の枝に座り様子を見ていた。
 見ると話しているのはおおよそ神社の管理人には見えない少女だった。

「ぬえですか……あまり聞かない名前ですね」

 そりゃそうだ。この里で驚かし始めたのはたったの10年前。10年じゃ噂も半端に流れて消えてしまうものだ。それも私の場合毎度毎度姿が違う。
 勝手に河童にされたり鬼にされたり。まぁ仕方のないことだけど。

「頼む。このままじゃ夜の見周りに支障が出てしまうのだ。恥ずかしい話だが皆命の心配はないというのに怯えてしまってな」
「お気持ち御察しいたします。行いは違えと共に土地を守るもの。お手伝いいたしましょう」
「おぉ、ありがたい。では今夜から頼めるか?」

 む。今夜から里に行かれたら退治屋だけを驚かすのが無理じゃないか。
 私の能力はよくわからないけど視界を共有することがある。
 醜い大男を想像した人間と美女を想像した人間がいた時、醜女に見えたらしいことがあった。それと同じ方法で退治屋を驚かすのに支障を起きるのは面倒だ。
 ただでさえあの男には奇妙な化け物に見られているというのに。
 そう考えてふと思った。あの男が手配書を見せたら意味がないのではないか?
 まずい。もし紙を取りだしたら偶然を装い破かねば。
 と少しハラハラと見ていると少女は

「申し訳ありません。事は万全を尽くしたいのです。3日ほどいただけませんか?」
「3日だと……? まぁ仕方あるまい」
「神主様にはお聞きしたいのです。本日神主様はあなたの里とは別の里に居りますので」

 それを聞いて松の上から辺りを見回すと、なるほど来た方向から反対側。つまり更に西の方向に集落らしき影が見えた。あそこからなら歩くと半日はかかる。
 絶好の機会だ。

「……またあの里か。とりあえず頼んだぞ。戦はいつ起こるかもわからんのだ」
「わかっております。しかしお気をつけてくださいませ御侍様。夜が来れば妖が現れるのはなんら不思議ではありませんので。いつ背を襲われるかわかりませんわ」

 男はビクリと体を震わせると速足で帰って行った。
 さらっと脅迫するあたりが商売人といったところか。
 さて、どうしてやろうかな?



 なんだかんだ考えた結果いつも通りの作戦で行くことにした。
 まぁ作戦でも何でもないのだけど。
 ① 『種』を撒いて前に出る。
 ② 化け物に見えるように操作する。
 以上である。自分の能力ながらお手軽なものだとぬえは思う。
 とはいっても経験だけで正しいのか考えたことはない。
 だがこれが一番わかりやすい能力の使い方だった。
 相手の想像した化け物に見える能力。
 化け物に見えてしまえば私の言葉も届かず触る感覚も変わる。
 鳥ならば声も美しい鳴き声へ。
 竜ならば声も地を震わす咆哮に変わる。
 もし人を殺すつもりなら刃物の1つでも持ち歩けばいい。
 幻覚を見ている間に刃を突き立てればいいのだから。
 まぁ人を殺す趣味はないけれど。
 
「こんにちは」

 なるべく気軽に話しかける。恐らく今は人間に見えているはずだ。
 すると声に気がついたのかこちらを向く退治屋。
 
「一日に2人もお客様だなんて珍しいですね……何の御用でしょうか?」

 と目を細めて笑顔。お客様といっているあたり人間に見えているのだろうか?
 なら好都合だ。このままもう少し話して化け物にすり替わってやろう。

「妖怪退治と訊いたから……少し興味が沸いてさ」
「あら? どうしてでしょう?」
「だって妖怪なんてそうそう見られないでしょう?」

 外の世界では妖怪なんてものはそうそう見れはしない。それがわかっての言葉だった。
 しかしそういうとこちらを見て、

「……冗談ですよね?」

 と不思議そうな顔でこちらを見てきた。
 本当に不思議そうな顔で。そして。

「だってあなた……妖怪でしょう? ですから『何の御用でしょうか』とお聞きになったのですけど……」

 一瞬思考が停止した。しかしすぐさま考える。
 妖怪の話を聞いたから人型の妖怪に見えていたのかも知れない。
 しかし妖怪を前にして動じないとは……やはり自信があるのだろうか?
 まぁ落ち着いて話を合わせよう。それがいい。
 
「いやいや。私も私以外の妖怪を会うことはないからね」
「そうなんですか? 残念ですね。情報を聞けるかと思ったのですけど」
「情報といいますと……『ぬえ』という妖怪についてかしら?」
「それもありますけど……あの御侍さんについてもです」
「あの侍がどうかしたのかい?」

 退治屋は手を顎に当てて目を閉じて上を見上げる。

「妖怪騒ぎについては10年も前から起こっていますのに……何故いまさら退治など依頼なさるのかと思いまして」

 聞くにあの里ではかなり昔から妖怪騒ぎが起こっていたらしく(私のことだけど)、この神社の神主が退治を申し出た時は門前払いで里に入れてくれさえしなかったそうだ。
 西にある里とは昔から折り合いが悪いらしくそちらに力を貸す相手に信用がないのだとか。
 だというのにいまさらあちらから来るのがわからない、とのことだそうだ。

「妖怪が怖くなったとか?」
「それはないかと思います。 あそこの当主様は良くも悪くも無神論者ですから」
「珍しいね無神論なんて。こんなに妖怪やら神やらが跋扈してるってのに」

 現に目の前にいますしね、と退治屋が笑う。
 今なら驚かしてみてもいいだろう。

「そういや探している『ぬえ』って妖怪はどういうやつなんだい?」
「えぇっと先ほど紙を頂いたのですけど……どこに置いたかしら?」

 おろおろと周りに手を動かす。私からは机に上がった紙が見えるのだが敢えて言わない。
 おたおたと探す退治屋。気づいていないのだろうか?
 私は机の脇にあった白紙の紙を取ると退治屋に渡した。
 一回でも私から目を離してくれればそれでいいからだ。

「あぁ、すみません」
「どんくさいんだね。そんなので妖怪を退治できるのかい?」
「よく言われます」

 紙を持ったので私は種を操作する。今退治屋は紙を見ている。
 次にこちらを見た時は化け物に見えるはずだ。
 その紙に書かれた化け物に。

「その妖怪は……こういう姿かい?」

 昔読んだ妖怪の本の言葉の常套句。
 退治屋は私の声を聞いてこちらを見る。
 
 さぁ。
 驚け、慄け、これが『ぬえ』だ!






「えっと……どうかしたのですか?」



 は?

「すみません……変化のできる妖怪さんでしたか……『この紙』の妖怪の姿に?」

 えっと……あれ?能力が効いてない……?
 それにその紙は……?
 退治屋の反応は全く予想外の物だった。
 こちらを見ている。しっかり私の顔を見据えているのだ。
 しかし退治屋は全くわからないと言った顔でこちらを見ている。
 さっきまでと変わらぬ恐怖心のない顔で。
 そして私は彼女の異変に気づく。


 彼女の目は私を見てこそはいるが焦点は合っていなかった。
 漠然と向きだけを合わせているような、私の後ろを見ているような、前を見ているような瞳。それよりも。
 彼女の瞳には光を感じなかった。





「何かしてくださったならお礼を申し上げたいのですけど……私、目が見えないんです」





 残念そうな顔をして苦笑いをする退治屋。
 ……だからさっき紙を見つけられなかったのか。いまさら理解する。
 そして私はもう一つのことに気づいた。
 
「あれ? ならどうして私が妖怪だってわかったんだい?」
「えっと……なんとなくと申しましょうか? あなたからは侍さんとは違うものを感じましたので」

 それは殺気とはそういう類のものなんだろうか?
 もしくは妖気などいう妖怪特有のものなのだろうか?
 そう思い尋ねると退治屋は首を傾げて考えると困った顔で答えた。

「どちらかというと後者かと思います。本当になんとなくぼんやりとわかるのです。姿かたちをほんの少し。はっきりとまではいきませんわ」
「そんなもので私の能力は破られたのか」
「……? 今なんと?」
「いいや。なんでもないわ」

 能力が効かない人間がいるなんて……。というよりは気づいていないのかしら?
 それならあの侍と一緒にいるところを襲えば驚くだろうか?
 そう考えて私は聞いた。

「あんた今私がどういう姿かわかるかい?」
「えっと見えませんが……霞がかかったようなものですし」
「そのなんとなくで構わないさ。あなたのその力を見てみたい」

 どれくらい似ているかね、と続けると退治屋はまた困った顔でこちらを見る。
 目が見えないと告白してからは退治屋は目を閉じている。普段はこうなのだろう。
 あまり人に目が見えないと思われたくないのだと思われる。
 しかし目の見えない相手がどう見ているのか、というのは正直気になる。
 わかりやすい鬼や天狗のような姿だろうか?
 それとも人間と遜色変わらぬ姿だろうか?
 退治屋はコホンと一息つくと私の方を向いた。

「それじゃぁ私から『見た』あなたを申し上げていきますね」
「あぁ、楽しみだね」

 さぁどんな姿になるだろうか。
 福笑いをやるような気分だった。

「まず髪は綺麗な黒髪です。……短い感じがします」
 当たっている。だが正解とは言わなかった。
「真っ黒の服を着ていますね……着物ではありませんけど……海向こうの服ですか?」
 ……当たっている。
「あと……背中に羽のような感じの物が……」
「へぇ。どんなのだい?」
 羽というならばはずれだ。結局私を見破るなんて……


「赤い鎌のような羽と青い棘のような羽が対に3つです。大きいものでしたのでしっかりわかりました」


 完全に当たっていた。『私の考える私』とその姿は完全に一致していた。
 つまり退治屋は

「他は……わかりません。服につきましても色しかわかりませんし。顔をよくわかりませんわ」

 私の姿を理解してくれていたのだ。
 これがわかった瞬間私の中に様々な感情が流れる。
 能力が破られた悔しさ。
 彼女への畏敬。
 そんなことよりも。
 私が私でいることを理解してくれている存在が嬉しくて仕方がなかった。

 妖怪らしくあろうと決めていた。
 人々を驚かし、騙し、時には救う。
 そんな絵空事のような見本のような妖怪になろうと。
 
 それは誰かに自分を見つけてほしいという言葉の裏返しだった。
 見本のような妖怪ならば。
 妖怪であることを強く強くできたなら。
 私はきっと『鵺』として見つけてもらえる。
 それは正体不明であり続けたいという希望とは正反対の彼女の願望。
 だが孤独であった彼女に自然に浮かんだ願望でもあった。

 


 
 それからは私の言葉は止まらなかった。
 彼女への賛辞、自分の意見、彼女への質問やら山のように言葉が沸いた。
 なんだろう。言葉が止まらないのだ。頭の中に文字が浮かび流れ声になる。
 生まれて初めて話しているような、頭を話すためだけに使い続ける。
 能力のための種の操作など知ったことではない。
 彼女は笑顔でそれに対応してくれた。
 頷き、相槌を入れ、返答を返す。
 その行為が嬉しくて仕方がない。
 八雲紫と話している時とは全く違う感覚だった。
 彼女も私の言葉に驚きつつも喜んでいた。
 目の見えない彼女にも話のできる相手はいなかったらしい。
 隠すような上辺の言葉など一切なしに話し続け、気がつけば数刻が経っていた。

「申し訳ありませんが、そろそろ眠ってもいいでしょうか?」
「えっと……あぁすまないね。相手が人間だったのをすっかり忘れてたわ」

 そろそろ丑三つ時とも言える時間だ。人間なら眠りが必要だろう。
 そう考えると彼女はこちらを見て尋ねてきた。

「そういえば妖怪さんはどういうお名前でしょう? またお会いになられるなら知りたいです」
「そういえば名乗っていなかったね。私は……」

 とここで言葉を止めた。ここで本名を名乗っていいのか?
 『ぬえ』と名乗れば彼女はどうする?私を退治するだろうか?
 少し考えてその考えを否定……できなかった。
 彼女は退治屋だ。まだ少ししか話していない。
 まだ信用できるわけではないのだ。
 だけど私はこの時流されていた。
 いやこの時からずっと流されていたのかも知れない。感情の流れに。
 初めての『友人』と思える相手、彼女に嘘はつきたくない。

「封獣。私のことは封獣と呼んで」
「ふうじゅう? 変わったお名前で。種族の類でしょうか?」
「いいえ、一応名前。呼びづらいなら『妖怪さん』で構わないけど」
「いえいえ。呼びやすいですよ。えっと私はですね……」
「ん。あなたのことは『退治屋』って呼ぶからいいよ」

 彼女は首を傾げながらも了解した。
 そして帰りの道で私は自虐した。
 半端なことだ。
 なんだかんだで本名を名乗っておきながら肝心の名前は言わず、彼女の名前も聞かない。
 末永く仲良く――――――なんてわけじゃないけど人間と妖怪じゃ寿命が違う。
 感じる時間だって違う。だからだ。
 なんてのは嘘だ。流されながらも当たり前に考えたこと。
 裏切られた時のため。
 私の心に喜びと同時に初めて恐怖が生まれた。




「何かあったみたいですね」
「別に何もないわよ『門番』さん」
 
 『門』のある山の中で相変わらずの声が響いた。
 ここに着いたころにはすでに日は昇り切っており完全な朝を迎えている。

「あなたがこんなに遅いなんて珍しいですし……」
「ですし? 何よ。何か顔に付いているの?」
「いえ、声が和らいでますわ。それに顔も幾分柔らかいですし」
「……っ!」

 そんな顔をしていたのか。慌てて顔を直す。といってもしかめっ面だけど。
 直すと紫は残念そうな声で

「あらもったいない。ぬえの笑顔なんてそうそう見られるものではありませんのに」
「どうせあんたには『私の笑顔』なんて見えちゃいないだろ」
「悪い解釈はいけませんね。万人に万類の笑顔を見せられると思えばすごいことですよ?」

 その発想は浮かばなかった。そう考えれば私の能力もいいかも知れない。
 なんて明るく考えているのは彼女と話したからだろうか。
 
「そういう言い方をするということは……外で自分を見てもらえたんですか?」
「あんたに話すことじゃないわよ」
「あら、それは肯定と捉えてもよろしいのかしら?」

 紫はクスクスと笑うと笑顔のままで私を見た。嬉しそうな顔だ。
 なんとなく、話していいような気がした。
 なんとなくだ。紫には世話になっているし。
 私は彼女のことを話してしまっていた。

「なるほど……盲目の巫女ですか。あなたの能力が効かなかったのも納得ですわね」
「どういうことよ?」
「あなたの能力は『正体不明』。ですけどその能力は確か……種とやらを使って行うのでしょう?」

 紫には私の能力について多少話してある。とは言っても最低限度の内容だ。
 しかしその情報から紫は色々と考えていた。

「その種は……実際には存在しないもの。能力の塊みたいなものでしょう?」
「さぁ? なんとなく使っているだけだもの。詳しくはわからないわ」
「相変わらず自分の能力なのに何も知らないのね。まぁ扱えてますからいいでしょうけど」

 ため息をつく紫。そんなことは私の自由でしょうが。
 
「話を戻します。簡単に言えばその種とやらが見えてない以上能力の影響を受けないのではないかしら? 種が曇りガラスのような効果を持っていると考えれば自然です」
「まぁそうかもね」
「……少しは自分に興味を持ちなさいな。今回の件はいい機会です」
「えっと……?」
「せっかく自分を見てくれる方がいらっしゃったのだからそうすればいいでしょうに」

 紫は『門』を開くと先に中に入って行ってしまった。
 自分を知る、か。考えていたけれどやろうと思ったことはなかった。
 私は正体不明じゃないといけない。例え彼女の前でも。
 無茶苦茶な理論だ。
 能力が効かないのに、姿かたちがばれているのに私はまだ正体不明であることに縋ろうとしている。
 でもその心はそれだけは私の中で変わらないつもりだった。









 それから私はほとんど毎日のように神社に通うようになった。
 毎日夜に行くのはまずいので昼間に神社に行き、ある程度の頻度で里を襲うようにした。
 妖怪の被害が出ないとなると彼女は疑問に思いそうだからだ。
 私が出てきた後に妖怪の被害が無くなったとわかると私が鵺だとバレてしまう。
 彼女は話の通り3日後から妖怪退治のために里を歩きまわっているのだ。
 彼女なら私が鵺だとわかっても退治せずにいてくれるかも知れない。
 けど教えるのは嫌だった。例え友人である彼女でも。
 もし彼女が気づいたなら教えようとは思うけど。


「封獣さんはどこで暮らしていらっしゃるので?」
「人間はそうそう入れない秘境。妖怪とかもうようよいるわ。人間より多いくらい」

 私が答えると彼女は微笑む。
 
「嘘をついていましたね。他の妖怪には会わないと言っていましたのに」
「いいでしょそれくらい? まぁ嘘をついていたことは謝るけど」

 彼女は良くも悪くも温厚でノロマな人間だった。私の話をしっかりと聞きゆっくりと答える。
 退治の仕事をしているところを見たことがないからなんとも言えないが本当に退治屋なのかと疑うほどだ。
 しかし私の姿を見破っているわけだし才能がないわけじゃないと思うけど……。
 そんなことを話すと彼女は苦笑いをした。

「退治屋としては神主様に鍛えていただきましたので……でもこの鈍さは変わりないんです」
「まぁいいんじゃない? 私みたいな妖怪から言わせてもらえれば好都合だしね」
「それは洒落になってませんよ……」

 その言葉に私は笑う。無意識だがその笑いはケラケラとではなく人間らしいものだったと思う。
 私が笑うのを聞いて彼女は少し俯いた。

「……? どうしたのよ。人が笑ったのに顔を顰めるなんて感じが悪いわよ」
「すみません、封獣さんが笑っているのは嬉しいのですけど……私はわかりませんし」

 見えないということかしら?何をいまさら、と言った感じがするけど。
 聞いた話では彼女は元から目が見えなかったわけではないらしい。
 理由はあまり深くは聞けなかったが妖怪によるものなのだとか。
 その妖怪については神社の神主がすでに退治、封印したが治ることはなかったのだという。
 しかしそれを話していた時の彼女の表情はむしろ晴れやかだったことを覚えている。
 だから今のこの伏し目がちな顔は私を不安にさせるには十分だった。
 やはり感情に流されているのがわかった。

「また目が見えるようになりたいの?」
「えぇ……もしできるなら。まぁ不可能だってわかってますけどね」
「不可能……ね。まぁ神の奇跡とか、伝説の秘薬なんて物があれば……」

 この時私は思い出した。
 新しく幻想郷に来た2人の人間。その内の1人の能力。
 どんな薬も作り出す力。もしこれを頼ることができれば。
 彼女の目を直すことだって――――

「封獣さん? どうかしました?」

 彼女の声は聞こえている、だけど思考は別に向かい続ける。
 あの二人に頭を下げるのか?それにあの門番は許してくれるのか?
 何よりも私はそれでいいのか……?
 彼女は確かに大事な友人だ。でも私は、妖怪としての私はそれでいいだろうか?

「封獣さん!」

 彼女の声をハッとすると彼女が私の手を握っていた。
 目も見えないのに這いずるように来たのかも知れない、服を土だらけにして。
 私は握られた手を見る。
 幻想郷の管理者、紫も握ってくれなかった手。掴んだつもりで空を切っていた手。
 温かい。温かいんだ。その感覚が私を支配する。
 もうこの時には手遅れだったかもしれない。
 私は自分でも『わからない』感情の流れに流されてしまった。
 口が勝手に動く。

「もしかしたら……見えるようになるかもしれないわ」

 この言葉を発した後の彼女の反応は顕著なものだった。
 歓喜と驚きの顔でこちらを見てくる。

「本当……ですか?」

 その顔を裏切ることは今の私にはできなかった。
 ただ一度うんと一言言って私は神社を去った。








「お願いだ! 一度だけでいいの!」
「ぬえ。どうしたっていうの?」
 いつも通りの山の中で私は誰もいない方向へ頭を下げていた。
 なんて滑稽で無様な姿なんだろう。
 自分が何をしているのかもわからない。
 
「あの子を……幻想郷に入れて。彼女の目を治してあげたいの」
「最近会っている盲目の巫女さんですか? なんであなたがそんな」

 紫から見ても私の行動は不可思議に見えたらしい。
 そりゃそうだ。数週間前の私も今の私を見たら失笑するか嘲笑するところなのに。
 この時の私は『鵺』ではなくなっていたのかもしれない。

「話して、友人になれた。私はあの子の力になりたい」
「……随分変わりましたね。良くも悪くも生きた目をしていますわ。……ですけど」
「?」

 紫は扇子を前に突き出す。そして、
 私の目の前に墓石が落ちてきた。全く不意打ちで。
 足の数寸先に落ちた石を見て、紫から明らかな敵意を感じる。

「感情に流された上に人間に過剰に加担しているあなたを認めるわけに参りませんわ」
「私はただ」
「落ち着いて頭を冷やしなさい。そして周りを見なさい。真に盲目なのは彼女ではありません。あなたです」
「初めてできた理解者なんだ! 救いを与えることだって妖怪の所業でしょう?」
「……それは救いではありません。気づきなさい。それはあなたにとっても救いにはなりませんよ」

 紫は空間を歪ませて悲しそうな顔で私を見る。
 変わり果てた物を見るような顔で。冷たい瞳で。
 私は紫の言葉の意味がわからなかった。私が救われない?彼女の笑顔を見れるなら今の私は……。
 感情に歯止めが効かなかった。無意識に種をばら撒いてしまう。

「私と戦うつもりですか? そんなに『角』を伸ばして」
「私に角なんてないわよ!……通して!」

 門が開いているものと信じて紫の真横、いつも門が開いている場所に走りこむ。
 種を滅茶苦茶にばら撒いたから私のことはうまく見えていないはずだ。
 とはいっても紫が門を閉じたらそれで終わりだったのだけど。
 門は開いており、私の体は山の中から消えた。





 竹の森を飛ぶ。一心不乱に飛び続ける。
 最初で最後に行ったあの時は紫の道案内があったから行けたものだ。
 いくら大きな屋敷でも迷いの竹林の中なら探すのは容易じゃない。
 方角も確認せずに飛びまわる。
 なんでだろうか。急ぐ必要もないのに心が急いて仕方がなかった。
 彼女が喜ぶから? いや違う。
 私の妖怪としての行動だから? そんなわけない。
 紫を裏切っての行動だから? 違うだろう。
 いやな予感がするとかそういうことじゃない。
 なんだろう。こんな感覚は初めてだった。
 まるで自分の中の何かを燃やしながら動いているような。
 何かを捨てながら行動しているような。
 取り返しのつかないことをしていることだけが理解できた。


「あら……あなたはぬえさんでしょうか?」

 数刻かけやっと屋敷に辿り着く例の医師が迎えてくれた。
 息を切らして言葉が出ない。
 永琳という名前の医師は私を客間に通してくれた。
 熱いお茶が出される。私はそれをすぐさま飲みほした。

「どういうお用事で? 最後に来たのは紫さんと挨拶に来て下さった時ですよね?」
 
 不思議そうな顔で私を見る永琳。すると部屋の奥の襖が開きもう一人、輝夜が出てきた。

「あら? ぬえじゃない。どうしたのかしら? 見たとこ急ぎの用みたいだけど」
「私達に用事というと薬の処方でしょうか?」

 私は2人に話を話して協力を頼めないかと聞いてみる。
 すると輝夜はクスクスと笑い永琳は考えるように指を顎に当てた。

「人間に御執心になって幻想郷の管理者にも喧嘩を売って。これで永琳が『ダメだ』なんて言ったらどうするつもりだったのかしら。まさか考えなしってわけじゃないでしょ?」
「……」
「もしかして無理やり作らせる気だったの? 力の差は歴然じゃない。あんただって馬鹿な妖怪じゃないでしょう?」

 実際はそうだ。ここに来てもだめだと言われたら終わりだった。
 駄目だ。完全にいつもの私じゃない。
 そんなことを考えていると永琳が私を見て言った。

「視力回復の薬でしたら今から取りかかれば明日にはできるかと思いますわ。こちらに来る際にあらかたの材料は持ってきましたので。すこし検査もありますから来てもらうことになるかと思いますけど……」
「依頼者第一号よね。この幻想郷で」

 あっさり承諾の言葉が出たことに拍子抜けしつつ礼を言うと輝夜は神妙な顔をしていた。

「紫から聞いたけどあなたは嘘の姿を見せる能力なんだっけ? いいの?」
「どういうことよ?」
「……わかってないならいいわ。永琳。明日までにはできるのよね?」
「えぇ。不測の事態にでもならない限りは」
「そう。それならいいわ。今から作り始めなさい。他のことは私がやるわ」
「姫様はお休みになっていてください!」

 輝夜の言葉の意味はわからなかった。
 紫から能力について聞いていたのも驚きだったけど。
 永琳は渋々言われた通りにすぐさま屋敷の奥に行ってしまったので自然に2人きりになる。
 
「わかっていると思うけど無料ではないわよ?」
「わかってるわ。私が払えるものなら何でも」
「何でもっていうのは曖昧ね。どれくらいまでなのかしら?」
「何でもは……何でもよ」

 私の言葉に輝夜が反応する。釣れた、と言わんばかりに。
 輝夜は意地の悪い笑顔を浮かべると私にその『対価』を突き付けた。




「なら私達2人にあなたの姿を見せなさい。能力で隠していない真の姿を」




 その言葉に私は固まった。輝夜もわかっていたように笑う。
 目の前にいる姫が恐ろしく底意地の悪い相手であったことを知る。
 『正体不明』の妖怪として生きている私に姿を見せろと言うなんて。
 それはつまり、私に鵺としてのプライドを捨てろと言っているのに等しい。
 そしていままでの私の全否定を行えということだ。
 私の体が震える。先ほどまで熱かった体が急激に冷えてゆく。

「いまさら無理とは言わないでしょう? 永琳はもう薬の調合を始めているでしょうし」
「ハメたわね」
「なんでも、と言ったのはあなたでしょ。いやなら薬は諦めなさい」
 
 反論できない。完全に私の失言のせいだろうし。
 なら諦めるか。それが一番正しいのか。
 いや、ここまで来て引き返すことはできない。
 
「わかったわ」
「よろしい。私には今見せて頂戴。永琳には薬をもらう時に見せてあげなさい」

 
 種の制御をやめ、ばら撒いてる種をすべて回収する。
 そして私自信が使っている能力も解除する。
 ……これですべての解除が終わった。
 絶対にやりたくなかったこと。
 屈辱などという感情よりも絶望の感覚が私の体を支配する。
 輝夜は私をじぃっと見つめるとため息をついた。
 そして心底残念そうな顔で、

「姿を隠しているって聞いていたからどんな化け物かと思っていたけど……普通なのね」
「私はあんたの普通がわからないわ。一度だって私の見てる私と他人の見てる私は合わなかったもの」
「ふぅん。まぁ私にはそれが見えるってわけね。いい気分だわ」

 聞くとやはり私の思う姿が輝夜にも見えているようだった。
 しかし私の心にはあの時のような感動は無かった。
 私の表情を察したのか輝夜は先ほどまでとは違う笑顔で。

「何を落ち込んでるのか知らないけど、ばらしたりなんてしないわよ。あの様子じゃ紫もあんたの姿を見たことないみたいじゃない」
「本当? 話さないでいてくれるの?」
「嘘ついてどうするのよ。別に私はあんたを陥れようとしたわけじゃないわ。単に自分が騙されてる状況が許せなかっただけよ」

 それが能力でもね、と付け加えお茶を啜る。
 私は礼を言うとすぐさま屋敷を飛び出した。



 紫のところへ戻るとさも通れ、と言わんばかりに『門』が全開で開いていた。
 そして門の真横に紫が立っている。その顔は悲しそうな顔だ。

「てっきり出さないつもりかと思ったわ」
「私は『門番』ですもの。外に出さないような真似はしません」
「認めないんじゃなかったのかしら?」
「あなたの意志は固いのでしょう? それなら私はもう止めません。それに永遠亭のお二人にも迷惑がかかりますし」
 
 なんだろう。今の紫の目は悲しんでいると言うよりも。
 哀れなものを見るような顔だ。

「何よその顔は……」
「何も気づいていないあなたが可哀想で。気づかないのですか? せっかく能力についても話したというのに」
「あの子のこと? あの子は私を退治したりなんかしない……わよ」
「そうかも知れませんね。確かにその子があなたを退治するとは言わないでしょうね。話を聞けばそういう相手のようですし」
「それなら何が悪いのよ!」
「あなたが散々大事にしていた妖怪としての考え方を全て捨ててでも救うべきなのか。そしてあなたはその後『鵺』で居続けることはできるのかしら?」

 言葉が詰まる。その言葉は真実だ。
 私が彼女を救って何か得るのか。それは私の損失に見合っているのか。
 考えるまでもない。
 得るものはたった一人の一時の笑顔と一言足らずの感謝の言葉。
 失う物はこの後千も生きる私の存在意義の消失。
 彼女は私を裏切るかも知れない。
 得るもののために鵺としての姿さえ捨てた。
 だけどそれで何か変わるのか?
 人間は百も生きないで死んでしまうのに。
 
「永遠亭に行って頭も冷えたでしょう? もう少し考えなさいな。行くなとは言いません。その子に『無理だった』と言えばあなたは変わらずに友人として話し合えるでしょう?」

 そうだ。あの温厚な退治屋なら。駄目だと言っても笑って許してくれるだろう。
 そして次の日にはいつも通りにくだらない話をすることができる。
 それなら私は今何をすればいい。
 薬なら貰うだけもらえばいい。高値で売ることだってできるはずだ。
 この時私は薄々気づいていたのかも知れない。
 彼女が目が見えるようになったらどうなるか。
 でもそれを無理やり忘れて、奥に押し込んでいる。
 私はどうすればいいのか。
 紫はじっと私を見ている。彼女に会うのなら紫の真横の門を通ればそれでいい。
 でもその足が進まない。
 


『えぇ……もしできるなら。まぁ不可能だってわかってますけどね』
 寂しそうな笑顔が浮かぶ。
『本当……ですか?』
 私に縋る顔が浮かぶ。
 

私の足は門に向かっていた。
 紫が真横に並ぶ。
 目を合わせはしない。私はそのまま門の中へ入っていった。
 今更何を悩むものか。

「ごめん、紫」

 感情に流されながら後も考えずに幻想郷を出た。
 チラリと見た時の紫の顔は、よく見えなかった。








 誰もいない山の中で傘を広げた少女は呟く。

「初めての理解者、ですか。うまく行くことを願っていますが…」

 あの子の言葉は本気だった。流される感情から出た本音だ。
 だから理解できる。私は、

「私はあなたにとっての『友人』ではありませんでしたか……ぬえ?」

 彼女の顔は傘で見えない。









 すぐさま私は彼女に薬のことを話した。
 彼女は喜びで涙を流してくれた。謝礼の言葉があふれて来る。
 その言葉を聞いて私は嬉しく思いながらも自分が様々なものを捨てたことを再認した。
 輝夜と永琳にはもう二度と歯向かえなくなった。
 紫にも借りができた。
 人間に執着してしまっている。
 それだけで『自由に生きる』という私の目標は叶えることが難しくなっていた。
 私はその日は幻想郷に帰らずに外の森の中で眠り、次の朝、私は彼女の手を引いて山の中に入った。
 いつもの場所に行くと紫はおらず申し訳程度に門が開いている。
 なんとか人一人が通れそうな広さだ。
 
「この先、なんか嫌な感じがするのですけど……」
「妖怪の力で開いている入り口だから。退治屋が不快に思うのもしょうがないわね」
「えっと、人間が通っても大丈夫ですよね?」
「大丈夫よ。一応最近人間が通ったから」

 最近と言っても何年前だったかは忘れたけど。
 彼女は安堵したような顔をすると私の手を強く握ってくれた。
 信用してくれているのか、と思うと心が安らいだ。
 
「そうだ、退治屋。ひとつ決め事をしましょう?」
「なんでしょうか? この後に会う方についてですか?」
「いや、目を治したらの話なんだけど」

 キョトンとした顔で私を見る彼女。
 紫が気を聞かせたのか出たところは屋敷の目の前だった。
 森から出たことに気づいた彼女は私の方を見ながら問う。

「目を治したら……どうするのですか?」
「あなたには私の力を話してなかったわよね」
「えぇ。もう2カ月も経っておりますのに封獣さんは何を教えて下さらなかったですし。……確か変身できる能力でしたっけ?」
「まぁ、そんなところ。だから目を治したらしばらく私と会うのはやめましょう」
「どうしてですか? 私は目を開けたらあなたの姿を見たいのに」
「私の姿はあなたの『見えてる』まんまよ。私はそれよりも色々と見てほしいもの」
「ですけど、私は」
「それに目を開けてあなたの言う黒い影が色をつけただけの妖怪になったんじゃ駄目なの」
「それは私のためですか? 封獣さんのためですか?」

 彼女が真剣な顔になる。掴んだ手に力が籠ったのがわかった。
 
「私のためかな。目が見えないから姿が見破られたのか。あなたの力で見破られたのか、それを知りたいの」
「……それはすぐ会ってじゃ駄目なんですか?」
「駄目よ。目の前にいるのが私だってバレバレでしょう?」

 そういうと彼女は首肯して私から目を離した。
 前を見ると永琳が手を振っている。
 何かを期待する目で。わかっているわよ。
 種を回収する。また能力のない無防備な状態になる。
 彼女はそれに気付いていないようだ。永琳の方を向いて目を開けずにじっとしている。
 私はそんな彼女の手を引いて屋敷に入っていった。

 その後の彼女は私は知らない。
 永琳に任せさっさと屋敷を出て行ってしまったからである。
 約束のこともあったがあの二人の前に行きたくなかったのもある。
 彼女と話してあえて日付は言わずに勝手に行くと言って彼女の前を去った。









 そしてその時は来る。

 私はいつも通り人間を驚かしていた。
 彼女のこともあるのであの後私はあの里を襲うことはなかった。
 ひと月ほどであの里から私の噂は消え去ってしまう。やはり人間は忘れやすいものだ。
 今はあの里の反対側。つまり神社に近いもう一方の里で行動をしていた。
 相変わらずの方法で人を襲う。
 人に化け、獣に化け、化け物に化ける。人間はそれを見て悲鳴をあげ逃げてしまう。
 戻ったような感じがした。彼女に会う前の日々に。
 ただ純粋な妖怪としての日々。だが少し変わったこともある。
 紫がわざとらしく屋敷の前に送りつけて来るようになった。
 その度に待っていたかのように(打ち合わせでもしていたのだろう)輝夜と永琳が並んでいるのだ。
 そして無理やりに酒飲みの撒きこまれたりした。
 しかし不思議と嫌な感覚がしなかったのは自分でも驚きだった。
 最初に会った時はまるで違う感覚だった。
 彼女と話している時とは違うものだったけれど。
 なんだろうか。捨てるものがないからだろうか。
 輝夜や紫の皮肉やからかいも。
 永琳の時折見せる輝夜に対する執着も。
 微笑むくらいには笑えたのだ。
 こうなれたのは彼女のおかげだろうか?

「出たな妖怪! 大人しくお縄に付け!」

 大きな綱をもった侍が私に怒鳴りつける。
 こいつにはどう見えているのだろう。あの綱の大きさから見たらよほどの化け物かもしれない。空を飛んでいるし尚更だ。

「よくも我らの里で散々暴れてくれたな! 今日こそ封印してくれる!」
 
 よく見ると封印用の綱なのか何か彫りこみが見えた。
 何故だろう。酷く嫌な感じだ。
 彼女に関わったせいだろうか。人間に非難されるとすこし心が痛む。
 目の前で怯えながらも逃げ出さずにいる侍を驚かすだけの対象と思えない。
 私はゆっくり降り、侍に近づいて行く。一歩ずつ。

 そして三歩進んだところで目の前にいた侍がニヤリと笑った。




「今だ退治屋! 鵺を、この化け物を封印してくれ!」

 
 ……たいじや……退治屋?
 理解する前に足元に陣が発生し周囲から大量のお札が飛んできた。
 図体の大きい化け物に見えていたのか多くは空を切るがそれでも何枚かが私に当たり、漂わせている種を打ち消した。
 しまったと思うが体が全く動かない。完全に捕縛されたようだった。

「近年この付近を襲う妖怪、ぬえよ。私はこの土地を守る者。あなたがこの地を踏み荒らした以上、封印させていただきます」
 
 背後から声が聞こえる。凛とした透き通る声。
 それは間違いなく私が聞いたことある声だった。
 無理やりに首を動かし後ろを見るとそこにはやはり彼女がいた。
 しかし私が最後に見た姿とは大分違った格好で。
 その目に光を宿して。

「抜けようと暴れても無駄です。この結界は強力無比。抜け出すことなど不可能です」
「退治屋! 私だ!封獣だ!」

 捕縛されているのに私からは喜びの声が出た。再会できた喜びに流された。
 しかし私は気づいた。気づいてしまった。

「あなたの叫びはわかりませんが……それが懺悔であっても許すわけにはいきません」
「……退治屋」
「落ち着きましたか? 隣の里でも暴れまわったあなたが今更懺悔などしても」
「わからないのか? 私がわからないのか?」
「その『大きな体』で何を鳴いているのかはわかりません。ですがせめて苦しまずに封じて差し上げます」

 彼女は、あの子の目は私を見てはいなかった。
 広く撒かれた種によって作られた虚像を見ている。
 私の声も獣の叫びにしか聞こえていない。

「なんで……なんでよ!なんでわからないのさ!」
「黙りなさい!」

 暴れたように見えたのか退治屋が札を持って力を込めると私に鈍い痛みが走った。
 どうして。どうしてだ。どうして。
 疑問が頭を支配する。そして、思い出した。

『簡単に言えばその種とやらが見えてない以上能力の影響を受けないのではないかしら? 種が曇りガラスのような効果を持っていると考えれば自然です』

 種が見えていなければ能力を受け付けないなら。
 視力を取り戻して種が見えてしまったら。能力にかかってしまう。

『……わかってないならいいわ』
『何も気づいていないあなたが可哀想で。気づかないのですか? せっかく能力についても話したというのに』

 輝夜と紫は気づいていた、いや普通気づくことだったのに。
 私が何も考えずに行動していたから。
 ただ愚直に動いていたから。

「まずあなたの力を封印させてもらいます!」

 悔やんでも悔やみきれない。
 紫の言葉に気づいていれば。目が見えないままでも友人のままでいれたのに。
 涙が流れて止まらなかった。だがそれに気づく相手はいない。
 彼女が何やら念じている間に周りの侍達が綱を使って簡易的な祭壇を作る。
 
 そして。
 私に痛みが走ったかと思うと体から一気に力が抜けて行くのを感じた。
 種の制御もできずに種が消えていく。
 そして種が何も無くなった時目の前が暗くなる。
 瞼を開こうとしても開かない。全く見えない。
 彼女もこんな感じだったのだろうか。
 こんな暗闇のままに妖怪の手を握っていたのだろうか。
 すると周りからどよめきが聞こえてくる。

「あれが真の姿だというのか? 単なる子供じゃないか」
「馬鹿を言え、背に生えたあの羽を見てみろ。妖怪の証拠じゃないか」
「なんと恐ろしい。こんな子供の身なりでもあのような化け物に化けられるとは」

 口々に私の姿を見て恐怖の混じった言葉を交わす。
 ここまで驚かれたなら妖怪としては本望なのかな。
 すると背後から擦れた声が聞こえてくる。

「ふう……じゅ…さん?」

 彼女の声だ。見えないので表情はわからないが声は恐怖とは違う感情で擦れている。
 今の私はあの子の知る私だ。そう思い声を出そうとするが声が出ない。
 伝えなきゃいけないのに。せめて封印されるなら。
 
「どうした退治屋! 奴はもう動いていない。封ずるだけではないか」
「…………」
「退治屋!」

 侍達の声が強まる。彼女はどんな表情をしていたのだろうか。
 感動だろうか。
 喜びだろうか。
 苦しみだろうか。
 わからない。だけど私はあの子に伝えなきゃいけない。
 せめて感謝の言葉くらい残さなきゃ気が済まない!

「おい!また結界を解こうとしてるぞ!」
「早く封印してくれ!」

 更に強まる侍達の声。
 そして結界が強まるのを感じた。やはり見逃す気はないのだろう。
 当たり前だ。私は妖怪なんだから。
 鈍い痛みが続き、耳も遠くなってくる。
 侍達の声が聞こえなくなっていく。
 そして侍達より小さいはずの声が聞こえた。

「ごめん……なさい……」

 泣きそうな声だった。
 悲しみの声だった。後悔の声だった。
 私のことを悲しんでくれている。
 私はそれで十分な気がした。

「ありがとう、退治屋」

 この言葉が声になったのか。彼女に聞こえたのか。
 私にはわからない。
 






 鈍い衝撃。




 

 やっぱりこういうことになってしまった。
 侍達が歓喜の声をあげ肩を組み合っている端で少女が一人崩れ落ちていた。
 家の壁にもたれるようにして涙で目をはらしている。
 泣かせてしまったら意味がないでしょうに。
 後悔していますか、ぬえ。私は後悔をしています。
 あの時熱くなったあなたを止めればよかった。それこそ力づくで教えればよかった。
 なのにあの時私の中で『破綻すればいい』という邪な心が邪魔をしてしまった。
 私はまだまだ駄目ですね。未熟な妖怪です。
 『管理者』なんてまだ遠い。
 あなたの言った『門番』程度が正しかったのかも知れないわ。



 この後、居合わせた侍達と退治屋によって『鵺』という妖怪についての文書が作られる。
 『様々な姿に化け、人を襲う妖怪』、そして『正体が分かるならば無力の妖怪』。
 後者は姿がわかった瞬間に無抵抗になったがために付けられた言葉だった。
 そしてぬえの姿を詳しく書かれた物も書かれ、様々な場所へ広まっていった。
 ぬえはこの封印を百年ほどかけて抜け出すがこの文書と人間の策によって何度も退治されることになる。
 姿形のわかったものは『正体不明』でいることはできないから。


 そして

「この不吉な鳴き声は! 古から正体不明を言われてきた謎の妖怪、鵺の鳴き声!」

 目の前の巫女が札を構える。

「御名答」

 退治屋。
 あの巫女もあなたの書いた私の姿を見たんだろうね。
 あなたはもういないけれど。何もなしに私が見える人間は今だ現れないけど。
 あなたと過ごした日々は形こそ悪いけれど今も残っているよ。
 だから私の示さないといけない。
 ぬえがいるということ。恐怖の対象であるということを。

「夜の恐怖を忘れて人間よ! 正体不明の飛行物体に怯えて死ね!」

 だから私は叫ぶ。



それはそれは昔の話。
 昔すぎて誰もが忘れた数百、千ほども前の幻想郷の話。
 まだ紅魔館が存在せず、永遠亭ができてまもなく、数多くの妖怪が1つ、2つも世代を前であった時代。博霊大結界がなく、外の世界との繋がりがあった時代。
 これはそんな時代の彼女……封獣ぬえの話。
気がつけば10作目、白麦でございます。
過去話と銘を打ったオリジナルだらけの話でした。
前半の地の分と後半の地の文の違いに自分でも驚いています。
私の文章力のなさのせいでしょうけども。

書きたいネタを適当に集めていましたら知り合いに「霖之助しか書く気がないのか」と突っ込まれ先立って書かせていただきました。
ぬえは個人的に好きなキャラでしたので書きたいように書けました。
口調が乱れていますがその辺はぬえが相手によって態度を大きく変えそうだと思ったからです。
変でなければいいのですが。

楽しんでいただけたのならばご感想と批評をお願いします。
おもしろかったようでしたら次の作品も読んでくださいな。

 幻想入りの話はある程度話を固めてからまとめてでかしてしまおうと思います。あしからず。

追記:誤字脱字を修正致しました。ご報告ありがとうございます。
白麦
簡易評価

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コメント



0.800簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
キャラクターの魅力を最大化させるために、あえてストーリーを平板にしましたか
素材としてのとりまわしがしやすく便利で、ぬえや中世ゆかりんにあらたな境地が開かれたことでしょう。

私は最大限の評価をいたしますが、これは評価別れそうだなぁ
(私の前についている点数は、匿名の10点だけだし)
4.60名前が無い程度の能力削除
誤字報告
>どうような

キャラを自分色に染め上げる。これぞ過去捏造の醍醐味。
作者さんのぬえがよくわかるお話でした。
14.70名前が無い程度の能力削除
正直、オチは読めていましたが…
設定としては良かったと思いますよ。ただ、話の終わり方がいきなり過ぎる気がします。あくまで、私見ですが。
15.90名前が無い程度の能力削除
ふうじゅう、と名乗ったのは設定の上なのか間違いなのか

自分の中でこのキャラはこうだ、という固執した考えを持たない私にとって、こういう過去話は面白いものです。
賛否両論説があるなら、私は「賛」とさせてもらいますね。
18.80名前が無い程度の能力削除
面白かったですが、誤字脱字が多すぎた気が。
21.90ずわいがに削除
修正が無い、ということは「ふうじゅう」は敢えてなんでしょうかね。
それにしても、ぬえが正体を明かしてしまうというのはこいし同様、その妖怪の種としての在り方を放棄するようなものだと思います。
なので、それを自ら望んでいたというのがちょっと自分には納得出来ませんでした;

ようやく仲良くなれた「友人」に封印されてしまっても、ちゃんとケジメをつけて自身を奮い立たせるぬえの姿はカッコ良いですね。