これは、今日(投稿日時)現在進行形で行われていた地霊殿での出来事である。
◆地霊殿はねこまっしぐら!◆
「今日もいっぱい死体あさったー♪」
がらごろがらごろと岩場を荒々しく走る一台の火の車。
今日もあたいことお燐は走り続ける。明るく楽しく、きゃっつうぉーく。
現在牽いてる猫車の中にはたくさんの死体…はなかった。残念だけど、今は空っぽ。
死体見たい!という酔狂な人物はいないと思うけど、まあ念のため。
ともかく、今現在あたいは地霊殿に帰っている最中だ。
がらがら…がこんっ!
「…よっと!さて、地霊殿にとうちゃーく!」
しばらく道なりに進むと、あたいの目の前に見慣れた扉が出てきた。
いやー、我が家に来ると何故か解放感と安心感が溢れるよね。
でも、同時にどっと疲れも出ちゃう。なんでなんだろ?まあそんなことはきっと詮なきこと。
そんなことより、これからもっと良いことがあるはずなのだから。
それは、さとり様のなでなで。
さとり様に撫でてもらえると考えるだけでも、今日の仕事も楽なもの。
撫でてもらえるだけで、あたいは次の仕事も頑張ろうって思えるんだ。
…それだけでいいのかって?何言ってるんだい、さとり様のなでなでは幻想郷一のものだよ?
心を読めるのを利用し、弱いところを的確になでなでしてくる。心を読まれるのは悔しいけど、気持ちよくてたまんない。
ついごろごろ喉も鳴っちゃうってものさ。
ここを見ているお兄さんお姉さんたち、惜しいねぇ。あれは一度くらい体験しても損はないよ。きっと離れられなくなっちゃうから。
「…ああ、さとり様。早くなでなでしてほしい…」
…おっとと。こうして扉の前で突っ立っていちゃ始まらない。
まずは入って、あたいが帰ってきたことを知らせないとね。
そうと決まったら、早速開けようそうしよう!
尻尾をうねうね絡ませながら、あたいは扉をゆっくりと開けていった。
確かに期待はしてるけど、敢えてゆっくり開ける。ま、こういうのも一つの楽しみってやつさ。
…でも―――。
今日は、何かが違った。
あたいは、扉を開けた瞬間すぐに理解した。
何故なら。
ぎゅっとして。
ぎゅっとして。
もっかいぎゅーっ♪
「にゃーん♪」
「ふわわっ!?ここ、こいし様っ!?」
こいし様が、いきなり真正面から抱きついてきたのだ。
…正直、相当びっくりした。いくらこいし様でも、このタイミングは不意討ちすぎる。
尻尾がぶわっと大きく膨らむ。もしいつもの黒い帽子が見えなかったら、あたいはそのまま昇天してたかもしれない。
死体取りが死体になるのはごめんだから、猫の意地でどうにか踏ん張ったけど。
でも、一体どうしたというのだろう?
「あ、あの。こいし様?」
「にゃ?にゃーん?」
「…こいし様?」
「…うにゃ!にゃーんにゃーん」
…これ、本当にこいし様?
そんな疑問をするのは愚問かもしれないが、猫語でしか話してこないんですけど。
(※猫語:猫同士で話すときに使う言葉。人間とはまた違う言葉でコミュニケーションをとる)
(大体地域共通語で、非常に便利。発案者は八雲藍氏とのこと)
まあ、ちょっと稚拙だけど聞き取れないこともない。
とにかくどうにかしてコミュニケーションをとらないと、話が進まない。
そこで、あたいも猫語で話すことにした。
「にゃーん?にゃ、みゃおーん」
「…うな?にゃ、にゃーん!」
「みゃ?…なー?」
「にゃあい!」
…勿論これでは到底聞き取れないとは思うので、訳すると大体こんな風になる。
「こいし様?どうなさったのですか?」
「…猫の真似だよ?ね、お燐。私の帽子とってみて!」
「帽子ですか?…こいし様の帽子ですよね?」
「そうそう!」
因みに現在はこいし様にぎゅっとされたままで、大きな黒い帽子が眼前にある。
こいし様はこれを取ってほしいというのだ。…まさか、びっくり箱か何か仕掛けてるわけじゃないよね…?
意を決して、そっとこいし様の帽子をとってみた。…すると。
ぴょこん。
「…じゃじゃーん」
こいし様に、猫耳が。
髪の色とおんなじ色の猫耳が、生えていた。
ちらりと見えていたけど、尻尾もセットで。
「ね、お燐。驚いた?」
「…え?…ええ、まあ…はい」
「良かった!もしお燐がびっくりしなかったら殺戮しようかと思っちゃった!」
笑顔でものすごく怖いことを言ってくるこいし様。…危なかった、質問一つであたいの貴重な命を失うところだった…。
でも、あたいの腰に抱きついてこちらを上目遣いで眺めてくるこいし様は、とてもかわいかった。
これがさとり様なら…と思うと、あたいは別の意味で昇天してしまいそうだけど。
「でも、こいし様。これ、本物なんですか?」
つんつんと白い猫耳に触れてみる。
すると、こいし様の体がぴくりと震えた。…驚いた、感覚まであるみたい。
「にゃう。…ふふ、お燐。これ偽物だと思ったでしょー?」
「え、ええ。どうやってこんなこと出来たんですか?」
「それはねぇ」
こいし様があちらの方を向き、指を指す。
あたいはそれに目を追い、そのまま追ってみる。と、不意に。
ぱちんっ!
「うわわわっ!?」
こいし様が目の前で手を叩いてきた。猫の習性で、あたいはまたもびっくりしてしまった。
どきどき、ばくばくと心臓が鳴り、尻尾がまた大きく膨らんでるのが分かる。
そんなあたいの様子を見ていたのか、こいし様がけらけらと笑っていた。
「にゃははは。猫だましー」
むう。何かバカにされてる気がする。
こいし様だって今は猫なんだし、おんなじ種族じゃない。
…そこで、あたいはちょっとした仕返しをすることにした。勿論、猫ならではの方法で。
「…てい」
ふにり。
「ふにゃあ!?お、お燐何したのっ?」
「…こいし様は知らないでしょうね。今まで猫になったことなんてないんですからねー」
くにくに。
「んぁっ、にゃんっ!…お燐、おりっ…!」
「何ですか?言いたいことはちゃんと最後まで言わないと分かりませんよ?」
「それお姉ちゃんのまねっ…やめ、ふぁん!お燐やめてぇ…!」
こいし様は頬を上気させて、潤んだ瞳でこっちに訴えかけてくる。
ちょっときゅんっとなるけれど…やめない。せっかくこうして触れ合ってんだし、いい機会じゃない。
こいし様の耳はとても柔らかくて、まるで干したてのふわふわなふとんみたい…。伝わってこない?悪かったねぇ例えが下手で。
ともかく。あたいにいつもしてることを、たまには身をもって体験してもらわないとねぇ。
きゅむ。ふに。かりかり。
「あっ、やだっ!にゃっ!んにゃ、やぅっ…!」
こいし様が抵抗するけど、それはさせない。
二つの尻尾を上手く使い、こいし様の細い体に巻きつかせる。
腰に抱きついてたこともあるので、今はあたいの方が有利な状況なわけで。
…それに、こうしてこいし様の声を聞いていると…何だかむくむくと湧き上がるものがある。
それはよく分からなかったけど、悪い気分じゃなかった。むしろによによと悪い笑顔が出てくる。
あたいはそのままたっぷり22分くらい、こいし様にスキンシップを行ったのだった。
◆にゃーん。◆
「こいし様、反省しました?」
「うん…うん、もう猫だましなんてしないよ…」
「よろしい」
スキンシップをし終わった後、こいし様はぐったりと地べたに横たわってしまっていた。
時折ぴくんっと体を震わせながら、はあはあと呼吸を荒くしている。
…正直、猫耳を触ってただけでこうなるとは思わなかった。
あたいの場合ちょっとくすぐったいだけだったんだけど、あんまり長時間触られたことは無かった。
…つまり、あたいも長時間触られたらこうなってしまうと言うのか…?
「…お燐?どうしたの、そんな夢見心地な表情をしてさ…」
「あ、いえっ。ちょっと考え事をっ…!」
「…相変わらず、嘘が下手なんだから。お燐は」
くすっとこいし様に笑われる。仕方ないじゃない、嘘つくのは得意じゃないんだから。
まあいい。そんなことよりさっきの質問にちゃんと答えてもらわなきゃ。
「で、こいし様。どうしてこいし様に耳やら尻尾やら生えてるんですか?」
「…それは内緒ー」
に、にゃんと。ここまでしたのに何故そこまで勿体ぶるというのか。
仕方ないなと割り切り、こいし様の前で手をわきわきさせる。…お、さすがのこいし様もびくびくしてる。
ついでにずざざざざと後ずさっている。…あれおしり痛くなったりしないのかな。
「み、耳触るのはお願いだからやめてよ!?」
「…じゃあ、どうしてそうなってるのか教えてくださいよー」
「うむむ、もー。…今日が、お燐の日だからですにゃ」
あたいの日?
あたいの日と聞いてまず浮かんだのはあたいの誕生日。でも今日は全然違うはず。
他にもあたいとさとり様との出会いの日、おくうとの出会いの日、初めてさとり様の部屋で寝た日のなどを思い出したが、どれも違う。
そう悩んでいると、こいし様がむくりと起き上がって言ってきた。
「…まあ、お姉ちゃんの部屋に行けば分かるかもね?」
…さとり様の部屋?
あそこに何かしらあたいに関するものがあると言うのだろうか?
考えていたら、こいし様が既に走り去っているのが見えた。
まだ色々と教えてもらいたかったので、あたいは慌ててこいし様を呼びとめようとする。
「こ、こいし様!?どこに行くんですかっ!?」
「にゃーん、お姉ちゃんー!お燐が私の純潔を汚したー!」
「それは語弊ーっ!?」
でも、手を伸ばしたころには、こいし様は既に地霊殿の奥に消えてしまっていた。
困った。ああいう去られ方されると、もうさとり様の部屋に行くしかないじゃない。
…というか、こいし様は仮にもさとり様の妹だし、あんなことして大丈夫なのかなぁ…。後、こいし様自分の猫耳触っていなかったんだ。
あたいの今後を不安にしつつも、あたいはそのままさとり様の部屋へと向かって行った。
きっと、このままでは終わらないだろう。そう思いながら。
◆にゃーん。◆
地霊殿の中を進むけど、やっぱり何かが変だ。
何が変って言われてもよく分からないけど、とにかく変。
道行く動物たちに、猫耳がついてる。
確かに猫についてるのならおかしくはない。でも。
犬に猫耳。
狐に猫耳。
猿に猫耳。
豚に猫耳。
熊に猫耳。
狸に猫耳。
椛に猫耳。
象に猫耳。
鰐に猫耳。
ジャンボタニシに猫耳。
カイコウオオソコエビに猫耳。
これはいくらなんでもおかしい。
犬とか狐ならまだ許される。でも最後らへんは色々とおかしい気がする。いや、完璧におかしい。
しかも最後のは海底10000メートルくらいで見つかった深海生物じゃないのか。どれだけレアなんだ。
…どういうことなの…。あたいの日って皆が皆猫耳が生えるというのか。
これはもはや異変のレベルじゃあないのか。たすけて巫女のお姉さん。でもそのお姉さんにも猫耳とか生えてたら…。
そう考えていたら、どこからかいつもの大きな声が聞こえてきた。
「おりーん!おりんりーん!」
「ああそのちょっと間の抜けた声はおくう!…って、一体どこにいるんだい?」
「ここ、ここー!」
前にはおくうの姿は見当たらない。この廊下は一本道。前か後ろ。
…ということは…つまり…。
「にゃーん!」
「ごふぁっ!?」
やっぱり後ろだった。ご丁寧にも八咫烏ダイブ状態で。
あのバカ。後ろから抱きついてくるのはいいけど、せめてダイブ状態を解除してほしかった。
あ、体のどこかからぐきって音がした気がしたよ…?これは色々と致命的な気がするよ?
ああ…あたいも出たかったなぁ…非想天則。
よく分からない単語を思いながら、あたいはばたんと前のめりに倒れこむ。
勿論おくうは何にも気付いてなかった。
「ねぇお燐!どう驚いたー!?」
「…ああ。あんたのバカ加減には、すごく驚いたよ…」
「それは良かった!」
「よかぁない!あたいの腰を折る気かバカー!」
痛みを堪えながら、どうにか立ち上がる。こんな死に切れない状況で痛みに耐えられない!なんて言うわけにはいかない。
一応あたいも妖怪なわけだし、どうにか体は無事だったけど…。
くるりとおくうに振り返る。勿論不平な表情をするのは忘れずに。
その様子に、おくうは首を傾げる。
「うにゃ?…どうしたのお燐?」
「どうしたの、じゃなくてさぁ。どうして普通に抱きしめられないのかなあって」
「お燐に驚いてもらおうと思って!」
「…そういうことじゃなーい!」
「…そうなの?」
「そう!」
あたいにそう言われると、むむうと首を傾げるおくう。
まあおくうらしいと言えばらしいけど、さすがに毎回これをやられたらたまらない。
あたいの腰のためになんとかして止めさせねば…と改めておくうを見たのだが、一瞬でその考えが吹き飛んだ。
…まあこうなるかな、とはうすうす感づいてはいたけど…。
ぴこぴこ。
おくうの頭に、黒い大きな猫耳と尻尾。
髪の色と同化していたので気付かなかったけど、動いていたのでよく分かった。
…こいし様だけかと思ったが、おくうもか。
とりあえず誰がこんなことをやってるのか聞いてみることにした。
…まあ、おくうなら簡単に言ってくれそうだからなんだけど。
「ところでおくう。その猫耳と尻尾は何?」
「ああ、これ?こいしさまにしてもらったの。どう、どう?」
「…やっぱりそれもこいし様がやったんだねぇ…」
「うにゃ?」
小鳥のように首を傾げて、あたいを純粋そのものの目で見つめてくる。勿論耳はぴくぴく動いていて。
今気がついたけど。口癖だった「うにゅ」も「うにゃ」だし。
さっきのこいし様がねこいしなら、きっとこのおくうはねこうつほなんだろうなと意味なく思う。
いや、確かにかわいいけどさ。それじゃあたいのアイデンティティが無くなってしまうんだよ。
猫耳がこんなにいちゃ、あたいが目立たないじゃない。
「でさ、こいし様がどうしてこんなことしてるか知ってる?」
「んー。ただ単に楽しいからじゃない?」
「…知らないんだね。そうなんだね?」
ふにふに。
「うにゃん!もう、私が知るわけないじゃないのさー」
バカだなーお燐は、と笑ってあたいを見てくる。おくうにそれを言われちゃおしまいよ。
…でもまあ、それはそうか。こいし様が知らせるわけないだろうし。
というか、おくうには猫耳ふにふにがほとんど効かない。それどころか…。
「にゃあーん♪」
「ちょっとちょっと、おくうさん?」
「お燐ってばいつもこんな風にさとりさまに懐いてるよねー」
「まあそうだけどさ」
こうして擦りついてきている。羽もあるからちょっぴり暑苦しい。
こいし様には効果覿面だったけど、おくうには効かないみたいだ。
となれば、効くのはやっぱり今見えてるこちらかな。
きゅむ。
「にゃ!?」
「…意識してなかったみたいだけど、やっぱりこっちなんだねぇ」
「な、何がこっちだったりするの?…にぅっ!?」
掴んだ尻尾の先っぽをぴんと指で弾くと、面白いようにおくうが震える。
意外と知らない人は多いと思うが、猫の尻尾は固い。中に骨が入っているからだけど。
感情とかそういったものが尻尾で表しているので、触ったら猫は怒るわけ。
「せっかく乗りかかった船だし、おくうもちょっとスキンシップしたげる」
「にゃ…あの、お燐。なんかすごく不安なんだけどー…」
「まあまあ。こうなったからには自分の身を呪うしかないよ」
「そんな!私何にも悪いことしてないのに!?」
もみもみ。
「にゃあっ!?」
「…鴉のかっこして、猫のかっこもして、キメラかあんたはー!?」
「なんか逆ギレされた!?お、お燐落ち着いてー!」
こりこり。
「にゃうっ…にゃ、にゃーん!」
「あたいの…あたいのアイデンティティを返しておくれよ、おくうー!」
いつの間にやら、あたいはかっかしてしまっていた。
頼むから、もうこれ以上あたいの特徴を奪わないで。
尻尾を握る強さに自然と力が入ってくる。嫉妬の炎があたいの体を包み、燃やす。
最初地べたを這ってたのはあたいだったけど、今ではおくうが地面に背中をつけている。
どうやら勢い余って押し倒してしまったらしい。でも今はそんなの関係ない。
後々おくうに聞くと、あたいはそのまま22分くらいおくうを弄り倒していたとか…。
◆にゃーん。◆
「…ふう…」
「はあ、はふ…お、落ち着いた?お燐…」
「うん、まあ一応…」
ようやく嫉妬の炎は収まったようで、一息つくあたい。
おくうは先程のこいし様と同じようにくってりしてしまっていた。
…決して頬とかはつやつやになってたりはしてないからね?本当だよ?
「で…おくうは何のためにここにきたのさ」
「うにゃ?どゆこと?」
「どうせまた、こいし様が何か言ってこいとか言ったんじゃない?」
スキンシップの際中、あたいは熱くなっていた頭で考えていたのだ。
恐らくあのこいし様が仕向けたこと、おくうが意味なくこのタイミングで出てくるのは考えにくいからだ。
その証拠に、おくうはちょっと驚いた顔をしてこちらを見つめている。
「…何で分かったの?」
「強いて言うなら、動物の勘。おくうにもそれはあるはずなんだけどねぇ…」
「そうなんだ。…えーと確か、今回この計画を企んだのはお姉ちゃんだって言ってたような」
お姉ちゃん。その言葉を聞いて、あたいはついびっくりしてしまう。
こいし様のお姉ちゃんといえば、さとり様だから。
つまり今回皆を猫耳にしたのはあのさとり様だというのか?
「…嘘とかついてないよね?」
「嘘どころか、これくらいしか言ってること思いだせなかったもの」
だからあたいは、分かるはずもないおくうについ質問してしまった。
期待はしてなかったけど、まあ仕方がない。
「…あ、そうだ。もう一つ言ってたよ」
「もう一つ覚えていたのかい!?あんたにしちゃ上出来だよ、おくう!」
「にゃ。…えへへー、そうかな?」
だが、今回のおくうは一味違った。
ちゃんと二つ目のことを覚えていたのだ。これにはあたいもついおくうの頭を撫でてしまった。
おくうの顔は緩み、ちょっと照れくさそうにしている。猫耳はぴこぴこぴことすごく喜んでいるけど。
…忘れないうちに、はやく聞いておこうっと。
「で、なんて言ってたの?」
「今日は皆こうしなさいってお姉ちゃんが言ってた、かな?」
「…ふーん、なるほどね。それなら皆が猫耳つけてるのも当然か…」
おくうの頭をそのまま撫でながら、あたいは考える。
もしおくうの言うことが正しければ、今回の命令はさとり様直々に下されたもの。
だったらそのペットである皆はその命令を飲むはずだ。…こいし様は多分お遊びなんだろうけど。
…でも、もしそれが違うとしたら…?
「…ええい、考えるのはあたいの性分じゃないや」
「じゃあお燐も私と一緒だ!」
「あんたほど考えないわけじゃあないからね!?」
「がーん!?私はずっとそんな立場なんだにゃん…」
いつも通りのバカっぽいお喋りをしながら、あたいは立ち上がる。
おくうはがっくり地べたについたままだ。…まあ言葉遊びみたいなものだし、そんなにショックは受けていないだろう。
親友やってる長年の経験、ってやつさ。
「…ところで、おくうは行かないのかい?」
「あ、うん。お燐には一人で行ってほしいのってこいし様が言ってた!」
「…もう言伝はないって言ってなかったっけ…?」
まあこいし様がそういうのなら仕方がない。あたいはその誘いに乗るとする。
相手の思惑に乗せられてるのは気に食わないけど、どうせなら楽しんで乗った方がいいからね。
あたいはそのままおくうを置いて、さとり様の部屋へ向かうことにした。
歩いていく際、おくうが後ろから大きな声を掛けてきた。
「あ、そうそうお燐!」
「なんだい?また何か思いだしたりしたのかい?」
「この猫耳と尻尾、似合ってるでしょー!?」
「今更聞くの!?」
◆にゃーん。◆
道行く動物たちを撫でながら、あたいは進んでいく。
そのまま道なりに進んでいくと、すぐにさとり様の部屋が見えた。
ここまではひとまずおくうが来た以外何も無かった。途中にいた猫耳動物たちも、もう見慣れたものだ。
「こいし様の思惑通りなら、あたいをこの部屋に誘いたいみたいだけど…」
なんというか、あまりにも見え見えすぎる。
道を歩いてたら目の前に見えてる落とし穴があるみたいな、そんな違和感を感じる。
まるでここに入れと言わんばかりのようで。
しかも誘うところはよりによってさとり様の部屋。誘導も甚だしい気がする。
「あまり入ったことがないから妙に緊張しちゃうな。…まあ、入らないと始まらないよね、うん」
自分をどうにか奮い立たせながら、扉に手をかける。
…もうどんなことがあったとしても、絶対に驚いたりはしない…はず。
そう決心し、あたいはそっと扉を開けていった。
がちゃん。
「…さとり様、入りますよー…?」
まずは部屋の中に入る。………。
目に入ったのは、こんもりと膨らんでるベッド。これだ。分かりやすすぎる。
…しかももぞもぞ動いてるし、これ絶対さとり様だよね。
「…さとり様?」
びくっと布団が動く。
…なんかかわいい。白い布団が丸まってるので、まるでまんじゅうが動いてるみたい。
しかもこの中にさとり様が入ってるとなると、ますますかわいい。きっと今相当どきどきしてるんだろうな。
「よっこらせ。…そこにいるのは誰かなー?」
とふんっと布団に腰掛ける。それと同時にますます丸くなる布団。
そっと手をおいてみる。…ここは背中かな?
「…誰か言わないと食べちゃいますよー」
さわさわ。もふもふ。
表面を撫で、中の人を脅してみる。勿論冗談だけどね。
一方の布団はふるふると震え、手の刺激に耐えているようだ。まるで生まれたての仔猫のよう。
…なにこれかわいい。ただの布団なのにちょっときゅんとしちゃう。ふしぎ!
「それじゃあ、そろそろ正体を現してもらいましょうか」
でもそろそろあたいが限界。だって早く見たいんだもの。
ここまできて中身がさとり様じゃなかったら、あたいは全力でねこぱんちすることに決めている。
それがこいし様だろうと、おくうだろうと。ねこぱんちは結構痛いんだよ?
…すう、と息を吸い込む。心の中でカウントを始める。
さとり様なら、きっと心を読んでくるはずだから。
「(3、2…)」
「………」
「1っ!」
がばっ。
1で一気に布団をはがす。普通にやっても良かったけど、それじゃ面白くなかったから。
そこにいるのは…ああ、良かった。やっぱりさとり様だ。
目をまんまるにして、こっちを見てる。恐らくあたいがカウントをずらしたからだろう。
しばしの間、無言で見つめあうあたいとさとり様。
さとり様ははっとした表情になると、くいと手をあげ、小さく一声鳴いた。
「…に、にゃぁん」
ぴょこんと生える淡い紫色の猫耳と尻尾。
恥ずかしさからか真っ赤になった顔。ずっと布団に入っていたからか汗をかいてる。
そして、声がちょっと震えている。相当緊張しているんだろう。
…これはやばい。あたいを誘っているというのか。合意と見てよろしいのだろうか。
いや、もう限界だ!押(し倒)すねっ!
「さとり様あああぁぁっ!!」
「にゃ、にゃっ…!?り、燐っ!?」
がばーっとどこぞの大泥棒のようにダイブをして、さとり様にのしかかる。
ぼすんっと二人分の重みで、ベッドがきしむ音がする。
あたいの体は地霊殿の中では大きいので、さとり様は当然抵抗なんて出来やしない。
これが本当のネコとタチ…と思っていると、さとり様の視線を感じた。
「あ、あの…燐?私、色々と説明しないといけないと思うんですけど…」
さとり様がそのままこちらを見つめてくる。
…ああ、そういえば地霊殿猫耳計画を実行したのはさとり様でしたよね。
でも、こうやってダイブした手前。こんなかわいいさとり様から離れたくなんてない。
そう思っていると、さとり様はあたいの胸に埋まってきた。どうやら心を読んだみたい。
「あの、ですね。今日は何月何日だと思いますか?」
「月日ですか?…えーと、確か今日は2月22日とちょっとを過ぎたくらいです」
「そう、今日は2月22日です。…で、ですね?今日は何の日かと言うとー…」
正直あたいはさとり様の話をほとんど聞いちゃいなかった。
何故なら、あたいの目の前には。
ぴこ、ぴこ、ぴこ。
さとり様の猫耳が、開いたり閉じたりしているから。
体格差もあり、さとり様があたいの胸に埋まってることもあって、目の前でさとり様の猫耳が動いている。
かわいい。さとり様の猫耳すごくかわいい。触りたい。触りたい。さわりたい…。
こんな感じである。これじゃあ到底話など聞けるわけない。と、そこに。
ふに。
「ふにゃっ!?」
「…燐。私の話聞いてますか?」
あたいの猫耳がつままれ、我に返る。
つまんださとり様は、じとーとした目つきでこっちを見てきている。…そうだ、心読まれてるんだった。
ああ、でもその上目遣いからのじと目。それもたまんないなあ…。
「燐」
「…ごめんなさい。で、何の日なんですか?」
「もう。こいしも言ってたとは思うけど、あなたの日なのよ。燐」
あたいの日。2月22日があたいの日。
どうしてなんだろう。2がぞろ目であたいの日…あ。
「…その顔からして、やっと気が付いたみたいですね」
「そうだ。今日は確か…」
「ええ、今日は猫の日です。2がにゃーの略らしいですね。つまり、にゃーにゃーにゃーです」
前にちょっと聞いたことがある。
何か火焔猫の一匹が昔、そんなことを言ってた気がする。あの時はどうでも良かったけれど。
まさかこんな形で帰ってくるとは。分からないものである。
「…じゃあ、さとり様やおくう、こいし様やペットたちとかはどうやって耳を生やしたんですか?」
「それは怨霊に頼みました。簡単に言うと自分たちの体に猫の霊を憑依させてるんです」
「にゃるほど」
あたいの専売特許である怨霊を使ってそんなことが出来るとは。ちょっとびっくりである。
逆に考えると、一歩間違えて地上にその怨霊を出したら、地上で猫耳が生えまくる異変になるわけだ。
にゃんにゃん異変という単語が出てきた。…ちょっといいかも。
…それより。あたいにはまだまだやらないといけないことがある。
「さ、言いたいことは全部終わったんですからあたいの好きにしても構いませんよねっ!?」
念を押すように、一言言ってみた。
でも、無理と言われたならあたいはここでやめるつもりだ。あたいのご主人様はさとり様なんだから。
まあさとり様のこと。きっと断るとは思うけど、何となく聞いてみたくなるじゃない。
…でも、さとり様が言ったことは、あたいの予想とは違っていた。
「…いい、ですよ?今日は、あなたの日なんですから…」
え。
視界がぽうっと白くなる。さとり様の言葉が反芻される。
さとり様が、いいって言った。あたいの好きにしていいって言った。
本当ですか?と心の中で思うと、さとり様はふんわりとした笑顔だけ返してきてくれた。
「さと、りさま」
「…ほら、私の耳が触りたいんですよね?遠慮なく、触ってください」
さとり様が少し上に来て、頭をこちらに擦りつけてくる。
…どうして、どうして猫耳を触るだけなのに、こんなにどきどきしなくてはいないのか。
そっと手を出し、割れ物を扱うかのように猫耳に触れる。同時にぴくんと耳が動いた。
ふに。
「にゃっ…」
「…さとり様の、すごいふあふあしてます…」
「それは、言わなくても…ん…」
実際そうだった。こいし様のは柔らかかった。おくうのはちょっとだけかたかった。
そして、さとり様のはふわふわだった。中のちらっと見えるピンク色の部分も、またかわいくて。
何回も触れる。時折、色んなことをしてみた。その度にまた反応もちょっとずつ違って。
擦ってみたら、耳がぴこぴこと動いて。
「ふにゃう…」
指でぴんと弾いてみたら、小さく声をあげる。
「にゃふ!…もう、びっくりするじゃない…」
舌でぺろぺろすると、さとり様の体が震えて、あたいをぎゅっとしてくる。
「んぅ…!んにゃ、燐っ、それだめっ…!」
どれもたまらなかった。…いや、今もしているのだから、もうたまらない。
さとり様があたいの言うことを聞いて、どんなことをしても許してくれる。
まさに夢のような話だった。猫に生まれて本当に良かった。
そして今日という普通の日をわざわざこんなにいい日にしてくれたさとり様がかわいくて、愛しくて。
猫のように、さとり様の喉を撫でてみる。勿論、さとり様は無抵抗だった。
「…ごろごろ」
そして、さも当然のように喉を鳴らしてくれる。
勿論さとり様は本物の猫じゃないから、到底似ていなかったけど。
それでも、あたいにとってはすごくきゅんと来た。
「さ、燐。次は何をしてほしいですか…?」
「そうですねー…」
聞くと、今日は一日中こうしてくれるらしい。
今日という日が終わるまで、あたいはさとり様に色々出来る。
最近こんなに触れ合ってなかったから、これは純粋に嬉しい。
さ、次は何をしてあげようかな?
◆その頃。◆
扉の外で、じっと二人の様子を見ている人影がいた。
「うー、お燐ばっかりずるいにゃーん!」
「まあまあ、今日はお燐の日なんだから。それにお姉ちゃんも満更じゃなさそうな顔してるし」
「でもでも、やっぱりずるいですよこいしさま!」
猫耳をばたばた動かしている空がそこまで言うと、こいしは不意に立ち上がり、何かを持ってきた。
それは大きな黒い物体で、前に大きなレンズ、下には三脚がついている。
初めてみる変な形のものに、首を傾げる空。
「…そんなおくうにはこちら!ビデオカメラー」
「びで…おかめら?何ですかそれ?」
「簡単に言うと、これで各地の色んな人に今お姉ちゃんとお燐があれこれしてる様子を放映できるものだよ。しかもちゃんとお茶の間で見れる親切仕様!」
ほうと空が感嘆の声をあげる。
「よく分からないけど…すごそうですねそれ!」
「でしょ?…せっかくだし、この様子を皆にも見てもらおうと思って。それじゃあ、スタート!」
ぽちっとこいしの指が、RECの赤いスイッチを押した。
●LIVE
全くと言っていいほど違和感が無いですね。(真顔
そして、チャンネルを教えて頂こうか。
BSかCSかケーブルTVか?
とりあえず見れた奴は笑顔動画にでもうpよろしく
言った姿がとても可愛らしいですね。
あと、どうやったらその放送を見れますか?
さて22時までにその番組を探さないと…。
ありだな。
ど、どうやったら見られるんだぁぁぁぁ!
見たいよージャンボタニシ猫耳!
さあ早くDVDにして売るんだ!
さっきもう変わっちゃったけど…
ちょっとまて、さりげなく混ざってたせいで見逃しそうになったじゃないかww
さてDVD買いにいくか
さて、裏でEX編といこうか?
DVD買ってきますww
うむ、良い
猫(耳)は良い物だ!
ねこいしで既にぐあっ