*ご注意*
このお話は「星熊勇儀の鬼退治」シリーズ20本目となります。
踊りが終わりパーティは歓談へと移り変わっていた。
広い紅魔館のホールを占めるのは話し声と妖精楽団の奏でる曲。
場違いとも言える場所の隅で私は息を整えていた。
「――ふぅ」
大きく吐くのは息を整えるため、というより安堵の息。
とちらずに踊り切れてよかった。なにせゼロから習ったのだから――しかもたった数日。
不器用だと自覚している自分にしては上出来だ。
「パルスィ」
鼻先に差し出されるワイングラス。
受け取り礼を告げる。
「西洋の踊りってのは面白いもんだな」
「流石ね。私は楽しんでる余裕なかったわよ、勇儀」
私の隣で同じように壁に背を預ける彼女に目を向ける。
案の定勇儀は不安そうな顔をしていた。いじわるが過ぎたかしらね。
「楽しくなかったかい?」
「馬鹿」
意識して微笑む。
「楽しくなかったら逃げ出してるわよ」
普段は押しが強くて豪胆なくせに、こと私のこととなると弱気なんだから。
私よりずっと長く生きてて強いのに……ね。
「……あー、大したもんだよね、あの楽団もさ。妖精も馬鹿に出来ないね」
気恥ずかしくなったのが丸見えよ。そんなあからさまに目を逸らして。
「そうね。レミリアが招いたのかしら」
乗ってあげる。いじめ過ぎたお詫びに。
「いや、咲夜が仕込んだんだってさ。あいつら普段はメイドだって話だよ」
「え? 仕込んだって……いつ?」
「私らが踊りの練習してる間に」
つくづく人間じゃないわねあのメイド長。
私にダンスを教えて通常業務もこなして、その上妖精に楽器を教えるなんて……
「私、あの人が人間だってのが信じられないわ」
「レミリアの従者をやってるくらいだ。並じゃないさ」
戦ったら強いんだろうなぁとわくわくしている横顔を見上げる。
そりゃあ、そうでしょうけど。
「美鈴レミリア神奈子と来て今度は咲夜か。浮気者」
心の内の棘を隠さず言葉にする。
「え、いやちょっと待っておくれよパルスィ。そんな浮気だなんて……」
ぎろりと冷たい目を向ける。
「ここのところあなたが嫉妬してばかりだから忘れてるでしょうけど」
ぐい、と飲みかけのワイングラスを突きつけた。
「私だって嫉妬深いのよ」
言い切られ勇儀は複雑そうな表情を浮かべる。
言い負かされ悔しいのか、素直に伝えられて嬉しいのか、嫉妬されて怖いのか。
きっと色んな感情がない交ぜになっている。
「うー……」
とうとう唸りだした。
いじめ過ぎかなと思わないでもないけど、こればかりは譲れないわ。
勇儀が他の人のことばかり見てかりかりするのはもう御免だしね。
「どう返せばいいのかわからん……」
「服だの褒めて、それから口説き落とせばいいんじゃないか?」
闖入者にぎょっとする。
見ればそこには挨拶のつもりなのかグラスを掲げた黒白の魔法使い。
「よ、かわいいじゃないかそのドレス」
自分で言ったことを早速実行するとは。フットワークが軽いわね。
「相変わらず縁起でもない黒白ね」
褒められ慣れてないというのもあったが、話が進みそうになかったので無視して言葉を返す。
すると魔法使いは三角帽子のつばを摘みニヒルに笑った。
「おいおい、どこに目つけてんだ橋姫よ? この金の刺繍が目に入らないか? 一張羅だぜ」
言われてみれば裾や襟に中々に見事な刺繍が施されている。
金色を使っているのに派手にはならず、控えめな主張が上品な服ではあるが……
「それでもレトロスタイルの魔女姿なのね」
「おう。ポリシーだからな」
……まぁ、本人が金髪金目なんていう目立つ容姿をしているのだから……もういいんだろうな。なんでも。
パーティに相応しいかは置いといて、彼女にはよく似合っている。
「来てたのかい黒白の」
「おう勇儀。そりゃタダ酒呑めるのに来ないなんてバチが当たるぜ」
「招かれざる客だけれどね」
話しているとまた新たな声。レミリアだ。
「ったく。門番はちゃんと仕事させとくんだったわ」
「ザル警備に乾杯。美味しくいただいてるぜレミリア」
「ふてぶてしいわね魔法使い」
「魔理沙だぜ橋姫」
「パルスィよ」
了解、と彼女は笑う。……前に彼女の家で話した時も思ったけど、調子が狂うわね。
不法侵入だし、勝手に食事って盗みに当たるのに何故か糾弾する気になれない。
一宿の恩があるからとか、レミリアとは旧知っぽい感じがするから、かしら……?
「そろそろ煮込むわよ魔理沙。釜茹での刑ね」
「おおっと、ついに私も伝説の大泥棒と対等か」
「魔女の大釜でね」
「……魔法薬の材料にされんのはカンベンだぜ」
くっくっくと見事な悪役笑いをするのはレミリア。やっぱり負けてないわね。
「っと、茹でると言えば」
魔法使い――魔理沙はこちらに向き直る。
「さっきレミリアと話してたんだけどな」
「うん?」
「おまえらが探してる温泉宿、もしかしたら知っているかもしれない奴が居るぜ」
「なに?」
もう当てが無くなった、と嘆いたのはほんの数日前。
どうしようかと考える間もなくパーティに誘われて今後の見通しが一切立っていなかったのに……
「随分――曖昧、ね?」
流石に慎重にならざるを得ない。
あまりにも都合がよ過ぎる。
魔理沙を疑うわけではないが……何か、違和感のようなものを感じてしまう。
「私も確証があるわけじゃないんだがな。ただ……萃香から聞いたってのが引っ掛かってな」
「萃香? 萃香がどうかしたのかい」
「ん……その様子じゃこっちに出てきてから会ってないんだろ?」
「ああ、会えてりゃ温泉宿もすぐに見つかってんのにね」
「それだ」
「あん?」
「つまり、まずは萃香を捕まえないとどうにもならなかったんだぜ」
真面目な顔でびし、と指を立てる。
「正体不明の温泉宿。誰に訊けどもヒントも出ず。ならば言いだしっぺに当たるのが当然だぜ」
「それは、一理……あるけど」
……萃香。
鬼の四天王。勇儀と同格の鬼。地上に出て来てて、今回の発端となった妖怪。
そういえば……おかしいわ。
勇儀を見上げる。
気付いてないのか、彼女は考え込む素振りを見せるばかり。
でも、おかしい。
初日。そう、地上に出てきた初日。勇儀は確かに「萃香を追う」と言ったのだ。
殆ど聞き流してしまっていたが……あの日以降、紅魔館で説明した時しかその名は出なかった。
追っている様子は――見受けられなかった。
「どうかしたのかパルスィ?」
魔理沙に声を掛けられ我に返る。
「あ、いえ。慣れないダンスで疲れたみたい」
「ああ、いい踊りっぷりだったな。見てて楽しかったよ」
「え。見てたの」
う、うわぁ……レミリア達以外の知り合いに見られてたなんて……
……今更ながら恥ずかしくなってきたわ。
「それで」
ぎょっと、する。
「萃香の居所はわかるのかい、魔理沙」
勇儀の声――しかし、それはあまりにも酷薄な声音だった。
「ん、萃香の奴は冬の間大体博麗神社で見かけるんだ。霊夢に訊ねるといいぜ」
「巫女に、ね」
魔理沙は気付いていないのか平然と言葉を交わす。
……血の気が引いた。あんな勇儀の声は……彼女が本気で怒った時しか聞いたことがない。
とても友人のことを訊ねる時に出す声ではないと思うのだが……
その後2、3言葉を交わし魔理沙と別れる。パーティも終わりの時間が迫っていた。
そしてレミリアの挨拶で宴は終わる。
着替える為に勇儀と別れた私の胸に残っていたのは疑心だけだった。
ああ湯を浴びてさっぱりした。
咲夜の作ったあのドレスは、正直可愛いと思うのだが……着慣れぬせいか肩がこる。
さて――これからどう動くか。
広く長い紅魔館の廊下を歩きながら考える。
魔理沙の推測を信じるなら萃香とやらを探すことに切り替えるか……いや、残された時間は少ない。
勇儀はどうか知らないが私には縦穴の番という仕事がある。
今回の旅行は数日前に勇儀に誘われていたもので、管理人であるさとりに休む旨は伝えられたが……
そう長く休むわけにもいかないだろう。もってあと数日。まずは博麗神社に向かって情報を得る。
それからどう動くのか決めても遅くはないだろうが……ただ、気になるのは勇儀のあの態度。
「因縁でもあるのかしら」
ぼそりと呟きが漏れる。考えることが多過ぎて頭の中に収まりきらない。
以前その名を聞いた時は仲の良い友人としか思えなかったのに……なんであの冷たい態度に?
ううん……考えが纏まらないわ。
がちゃりと自室の扉を開ける。
「あ、と――」
うん? 勇儀?
目をやれば着替え終えていつもの格好をした勇儀。
「戻ってたのね」
「あ、お、おう。おかえり」
「……?」
椅子に座って机に向かっているという珍しい姿、だが……何をそんなに慌てているのかしら。
びくびくしているなんて彼女らしくない。
「勇儀、煙草吸うのね」
「ん、まあ、ね。酒も煙草も――ってやつさね」
手に持つ煙管に目をやり話しかける。彼女が煙草を吸うところは見たことがなかった。
物珍しい姿だから口にしただけなのに、露骨に目を逸らすとは何事だろう。
「ねえ」
詰め寄る。
「なんでそんなに気まずそうなの?」
「いやあ、その、ね」
勇儀は思い切り顔を背けて煙を吐く。よくそんなに首回るわねあんた。ふくろうみたい。
「隠し事、かしら?」
さらに顔を寄せると突然彼女は立ち上がり窓を全開にした。
びゅう、と湖から吹く風が飛び込んでくる。まだ乾いていない髪が凍るかと思うほどに冷たい風。
なにをするのかと顔を上げれば窓の外に煙草を捨てる彼女の姿。
積もった雪の中に落ちて火は消えるだろうが……なんでそんな真似を。
窓を閉め、空になった煙管を咥えたまま勇儀はどかりと椅子に座った。
「勇儀……?」
「……あんたに気ぃ使ってるって思われたくなかったんだけどさ」
不貞腐れている。
まるで悪戯が見つかった子供のようだ。
「私と比べてって話だけど、パルスィはちっさいから煙草は毒になるんじゃないかなってね。
パルスィの家でも煙草の臭いはしなかったし……おまえさん吸わないだろ?
でもそれで私が吸うのやめたらおまえさん気にするだろうからさ」
「それで隠れて吸ってたんだ」
ん、と短く応え背もたれを軋ませる。
「地下に居る時は――あなたの家で?」
「酒取りに帰った時とかにね」
深々と、彼女は息を吐いた。
「パルスィは、ほら、気にしぃだからさ。負担感じさせたくなかったんだよ」
それでびくびくしていたのね――私は怒ってなんかいないのに。
まったく、どっちが気にしぃなんだか……って。
「子供扱いはやめてよ」
この歳で煙草が毒になんてなるか。そも私は妖怪なのに。
こいつといい神奈子といい、体の大きい奴はどうしてこう小さいのを見れば……
「一緒に居る時に気分悪くさせたくなかったんだよ」
むすっとしたままそんなことを言う。
思わず、笑ってしまう。あまりに子供っぽい態度だ。
やれやれ、だわよ。勇儀。
「私は別に気にしないわよ。一言訊いてくれればよかったのに」
「だから、そこで気を使われないともっていうか、あーと……」
「むきになっても私の答えは変わらないわよ?」
口では勝てぬと悟ったのか、彼女は黙り込んで咥えた煙管をぴこぴこと動かす。
無言の抗議ってわけ? ふふ、可愛らしいわ。
こんな機会滅多にないから、もう少しだけからかおうかしら。
「ただし」
私の一言に彼女はびくりと肩を震わせた。
「くちづけは煙草の臭いが抜けてからね」
しばしぽかんとし、勇儀はがしがしと頭を掻いた。
「……吸うペースも場所も、変えられそうにないねこりゃ」
今日はお預けかよと天を仰ぐ。
ちょっとかわいそうな気もするけれどそこはしょうがない。
だって、あなたの匂いがわからないくちづけなんて嫌だもの。
「それにしても煙草を持ってきてたなんて気付かなかったわ」
ベッドに腰掛け話しかける。
「いや、持ってきてたわけじゃないんだけどね」
「そうなの?」
「旅行に出てる間くらいは平気だろうと思ってたんだけどさ、これがまた。
はは、煙草呑みってのは我慢が利かないもんだねぇ。ついつい、美鈴に煙管借りちまったよ」
へぇ、美鈴も吸うんだ。
――さて、ここまで話して違和感はない。
今の勇儀に気負った様子は見受けられない。
あの時の勇儀の態度は、私が見誤ったか……考え過ぎだったか。
萃香とやらのこと、訊ねようかとも思うのだがいまいち気が進まない。
それこそ考え過ぎだと思うのだが、怖い――のだ。
勇儀のあの声。あれに至る答えが返ってきたらと思うと背筋が冷たくなる。
どう想像しても凄惨な結末にしか至らぬのは最悪を想定する私の癖のせいなのか。
しかし、どうしても……彼女がまた傷つくのではないかという虞が、消えてくれない。
視界の隅で、ゆらりとランプに照らされる影が揺れた。
「なぁパルスィ」
頬杖をついて、勇儀はいつもの締まりのない顔つきで私を見る。
「紅魔館の寝床は慣れたかい?」
「え? まぁ、慣れたと思うけど?」
突然なんだろう。考え込んでいたから心配させたかしら。
「あまり休めてなかったろ? ずっと気を張ってさ」
「それは、そうかも、だけど」
慣れてなかったのだし、しょうがないわ。
色々心配なこともあったし……
「そっか。慣れたか」
締まりのない笑み。ますますよくわからないわ。
いつものお節介のような気がするけれど……紅魔館のベッドがどうしたっていうのよ?
「温泉」
ぽつりと彼女は呟く。
「見つかったら紅魔館を出ることになるなぁ」
「そうね。でもまだ」
「寂しいかい?」
私の相槌が遮られる。
ああ、これは――そういうことか。
気付けば見下ろされてる。からかったお返しにからかわれている。
さらっと巻き返しおって。
「……急に大人ぶらないでよ、妬ましい」
「お、それ久しぶりに聞いたなぁ」
「え、そ、そう?」
「うん。前は結構頻繁に聞いたんだけど」
う……そりゃ半ば口癖になってたんだし……
「やっぱさ、おまえも変わってきてるよ」
何時の間に火をつけたのか、勇儀は紫煙を燻らせていた。
「自分の縄張りじゃないとこでも眠れるようになった。口癖も言わなくなった。
踊れるようにもなったし私にあれこれちゃんと言えるようになってくれた。
水橋パルスィはちゃんと変われてるよ」
ふっと紫煙を吐きにこりと笑う。
――変われた、のかな――ほんの少しでも。
勇儀と生きるようになってまだ一月足らず。自覚できることなんて殆ど無い。
不安なことだらけで、自信なんて持てないけれど。
「――きゃっ!?」
突然、抱き締められた。
「え、勇儀? ちょ、ちょっとどうしたのよ」
鼻に付く酒と煙草の臭い――酒?
まさか、酔ってるの?
抱き締められた肩越しに机の上を見る。案の定、そこには酒瓶が何本も転がっていた。
妙に子供っぽい態度を取るなと思っていれば……まあ、当然か。予測出来なかった私が間抜けなのだ。
こんなパーティでこいつが呑まずにいる筈ないのに。
「ん~ふふふ~ぱーるすぃ~」
猫のようにぐにゃりとしなだれかかってくる。
「私の全部はおまえのものだ。この体も、心も、魂も」
「へ? 勇儀? なに言い出して……」
って痛い痛い痛い。頭ぐりぐり押しつけてこないでよ。
角は当たってないけど力強過ぎて痛いのよ。
「パルスィ」
……真摯な、声。
「だから私はこの手を放さない。何もかも――なくしちまうから」
「勇儀――」
がくんと重みが、増して、って。
「みぎゃあっ!?」
お、重……! 押し潰されてんだけど!?
「ちょっと勇儀! 重いからどい、て」
「がー……ぐごー……」
寝てるし。
あー、もー。今日のあなたはどこまで信じていいのよ。
どこからどこまでが酔っ払いの戯言だったのかしらね。
――ったく。
「私の全部を奪ったくせに。あなたの全部を寄越されたら、逃げれないじゃない」
前に、逃げることもあるって宣言したのにそれすら出来そうにないわ。
こうして潰されて身動きとれないように、あなたから一歩も離れられないじゃない。
「煙草臭いわよ、馬鹿」
ささやかな悪態を吐いて、酔いに火照るその体を抱き返した
彼女が窓を開け冷えた部屋の中で――それは、とてもあたたかかった
萃香のこと気になるな~
続き待ってます
本当にこれからが気になるところで終わってしまった…
また、続きを楽しみにしていますよ~
最後に、勇×パルはみんなのジャスティス!!
思えば俺が勇パルにハマったのとこのシリーズが始まったのがほぼ同時期だったおかげで、最も勇パルを欲してる時に丁度良く素晴らしい勇パルが読めて、自分はとんでもなくラッキーだったなぁと思います。
まだまだ話は広がっているので飽きなんてきませんし、続きも気になります。
これからも是非是非シリーズを続けていって下さるとありがたいです。どうか頑張って下さい。