「咲夜、紅茶を」
「どうぞ」
手塩にかけて育てた従者は、瀟洒に紅茶を差し出した。
その所作は、ある一点を除いて、完璧だ。
「ねぇ咲夜」
「なんでしょう」
「それは私じゃなくて、狸の置物よ」
その一点があまりにも致命的すぎた。
咲夜は怪訝な顔になり、おもむろに、「私」――置物――をまさぐり始めた。
「あっ、付いてますね。すみません間違えました」
何つう要素で主人を区別してるのよ。
セクハラで訴えれば勝てる気がした。
「いやいや、似ていたもので。ヒック」
これでもかってほど真っ赤な顔と、わっかりやすいシャックリを聞きながら、心底うんざりした。
――ああもう。誰よ、咲夜に酒飲ませたの。
咲夜は酒に弱い。異様に。一口で真っかっかだ
酒に弱いというか、どうも酒精はオールアウトらしい。パチェの協力で、何とかって名前のテスト――パッチェテストだっけ?――を受けさせて判明した。
そして、悪いことには酒癖がよろしくなく、酔うと判断力その他がガタ落ちするのだ。
二日酔いもひどいため、一旦アルコールを入れると、二日以上使い物にならない。
ついでに言えば、今や紅魔館は、咲夜なしでは動かない。
だから、酒はもちろん、チョコレートとかも気を付けさせないといけない。ブランデー入りの奴とか、たまーに混じってるし。
だのに、飲ませたバカは誰よ、まったく。
憂鬱だ。この状態の咲夜はめんどくさいからだ。
「お嬢様お嬢様」
「……」
「おー嬢様ぁー」
「何?」
やたら絡んでくる。構わないと拗ねる――可愛らしいといえば可愛らしいけど、回数を重ねると嫌になってくる。
ああ、カムバック、シラフのパーフェクトメイド。
「ワタクシ、紅魔館の十六夜と申します!」
腰を前方四十五度に折って――平たく言えばお辞儀して、咲夜は慇懃に紙切れを押しつけてきた。
何かと思えば、名刺だった。
「……何?」
「完璧で商社なメイド」
名刺から判断するに、今の彼女は、紅魔館(株)恋愛係長・十六夜咲夜だった。
「なんちって! ぷっ、あっはっはっはっはッ!!」
床に転げ回る咲夜。何が面白いのか分からないが大爆笑だ。……自分のギャグで笑うってどうなの?
咲夜が酔ったと知って飛んできていた、酔いどれ咲夜対策責任者こと美鈴に、目で助け船を求める。
美鈴は首を振った。咲夜がガチ酔っ払いであることのサインだ。つまり、今日と明日は使い物にならない、と。
咲夜はおもむろに起き上がり、真面目な顔になる。
「そういうわけでしてお嬢様、本日は我が社の商品をご紹介させていただきたく存じます」
何がどういうわけでそうなるのか知らないが、そう言った。
咲夜、お前営業部なのか。恋愛係長の仕事はどこに行った。
「ありがとうございます」
いや、返事してないから。
咲夜が(たぶん時間を止めて)どこからともなく取り出したのは、安っぽいデザインの直方体だった。
「これは?」
思わず訊いてしまった。ああ、流されてるなぁ。
「全自動保湿機です」
どんなトンデモアイテムが出てくるかと思いきや、案外普通だった。
まあ惜しむらくは、デザインの不細工さと、紅魔館が湖に近いから保湿の必要性が薄いことか。どちらかといえば、除湿機の方がありがたい。
「一度霊力を流し込めば、三日間動力いらずです。さらに、そもそも保湿機ではありますが、除湿も加湿も可能ですわ」
へぇ。それはなかなか便利かもしれない。
酔っ払ってるわりに、中々いいものを勧めるじゃないか。まあデザインは残念だけど、図書館の隅っこにでも置いて除湿させれば便利だろう。本は湿気に弱いとかいうし。
「名付けて、『今何時!? そうね大体ね! 胸騒ぎの保湿機』ですわ」
「却下」
「ええ!?」
ええ!? じゃないわよ。他が良くてもネーミングが酷すぎる。サザンに謝りなさい。
「まったく、いくら酔ってるからって……」
美鈴が私をつっついた。
「何?」
「いえ、えっと、咲夜さんのネーミング、アレは素です……」
「咲夜あぁッ……!」
素かよ……。
神というのは、一人の人間に何もかも与えたりしないということか。
ねぇ、何でちょっと巧いこと言ったって顔になってるのよ、咲夜。
「では、こちらなどは?」
咲夜は、保湿機(正式名称を呼びたくない)をしまうと、また別の商品を取り出した。
別の商品だと思うのだが、さっきと大して見た目が変わらないのは気のせいか。
「これは?」
「スイッチを一つ押すだけで、アンコを三時間で作ってくれるマシン、『八時ちょうどのあずき二号』ですわ」
今度は狩人か。
「いらないわ。アンコはあまり好きじゃないのよ。……霊夢がやたら勧めてくるけど」
霊夢いわく、「日本が生んだ至高のスイーツがアンコなのよ」なのだそうだが、モサモサしてて苦手だ。
もっとも、モサモサしてて苦手だなんて、生粋のアンコフリークな霊夢に言ったら、殺されかねないけど。
……あれ? これ、霊夢にプレゼントしたら喜ばれるんじゃない?
「しかたがありません。次をご紹介します」
そう思ったときには、アンコ製造マシンは仕舞われてしまっていた。残念だ。まあ、咲夜がシラフに戻ってからでもいいか。
――酔ってたときに何をやらかしたのか覚えてたら、とっくに羞恥心で死んでるはずだと思って、無駄だと悟った。
「次のは凄いですよ」
「何?」
「ありとあらゆる海洋生物について網羅した海凄生物事典、『もう鯉なんてしないなんて、岩魚いよ絶鯛』ですわ!」
今度はマッキーか。咲夜あなた、チョイスが一々微妙すぎてコメントしづらいのよ。もっと最近のにしなさいな。
あと、巧いこと言ったって顔をやめて。
にしても、事典か。名前以外はまあ普通、図書館においてもいいけど、大きな欠点がある。
「咲夜」
「はい」
「幻想郷に海は無いわ」
「……あっ」
いっけね! とでも言いたげなリアクションだった。本気なのか冗談なのか判じかねる。
どっちにしろ頭が痛い。
海洋生物の事典なのに、タイトルに鯉だの岩魚だのが出てくるというのもどうかと。
「失礼いたしました」
「マトモなのは無いの?」
「それでは、こちらはいかがでしょう。妹さまにお買い上げいただきましたわ」
自信満々な顔の咲夜が取り出したのは、クワだった。農具の。
その前に、お前は人の妹に何をやってるんだ。
「妹さまには、こちらの商品で、ステキな農業ライフをお楽しみいただいております」
農業。ふむ。
吸血鬼からは縁遠い言葉だ。太陽の下でやるものだし。第一プライドが邪魔するだろう。無邪気なフランは、楽しんでるみたいだけど。
……心は引かれない。興味無いし。
「で、あなたが出してくるからには、普通の農具じゃないんでしょ?」
「はい」
うなずくと、咲夜は私にそのクワを差し出してきた。
「……?」
「お嬢様、これで床を耕してみてください」
「は?」
「いいから」
言われるがままに、クワを振り上げ、床へと振り下ろす。
手加減するにせよ吸血鬼の力である。床板が砕けるんだろうなーと思っていたら、意外にもサクッという柔らかな感触が伝わってきた。
「あら?」
見れば、クワの刺さったあたりが、床から土へ変わっているではないか。
「このクワ、『刺さったあたりを土に変える程度の能力』を備えておりまして、吸血鬼であっても屋内で簡単に農業が楽しめるようになっております」
ほほう。
一体どこからこんなものを仕入れたのか知らないが、ずいぶんな技術力だ。
「……で、名前は?」
「はい。実は先ほどまで名無しだったのですが、妹様にお買い上げいただいたことを記念して、『U.N.オーエンは彼女なの鋤?』と名づけました」
「……ねぇ咲夜」
「何でしょう」
「その字、クワじゃないわ。スキよ」
「え」
無言。
「……お、お嬢様に告白されたァ!? きゃー!」
黄色い悲鳴を上げながら、、咲夜は猛スピードでどこかへ走り去ってしまった。この世の春って感じだった。
「ねぇ美鈴」
私の横で空気と化していた美鈴に話しかける。
「はい」
「メイド長の業務、代わりにやっておいてちょうだい」
「えぇぇぇ……」
私を恨まないでね?
翌日。
結局、咲夜は二日酔いすることも無く復帰し、紅魔館に――というか私に――平穏がもどった。
「咲夜、口が汚れたわ。ナフキンを取ってくれる?」
「どうぞ」
瀟洒に差し出されたナフキンで口元を拭う。
ふと、違和感。
「……ねえ咲夜。どうしてナフキンに笛がくっついてるの」
「こちら、口を拭きつつ笛を吹ける新製品、『スナフキン』ですわ!」
私は悟った。平穏は戻っていないと。
顔こそ赤くなってないけれど、吐く息が酒臭い!
「こちらなどいかがでしょう。安眠枕『ムー眠』! 夜になると点灯するランプつきの門柱『ピカ柱』とかもございます!」
――ああ。だから誰よ、咲夜に酒飲ましたの――。
アソタの頭はどうなってんだい?
真剣な顔を保つので精一杯だったんだ。
咲夜さん素晴らしいわ
可愛いじゃあないか……!
さすが咲夜さん。ネーミングセンスは天下一品ですねw
おじさん好みのチョイスで思わずニヤリとしてしまった
しかし美鈴さん、咲夜さんの事ならなんでも知ってる様な感じが…なんかエロい
古き名曲の数々に笑ったwあずさ二号はとても良い。
おや、誰か来たようだ。
と思って米7を見た俺は光になった
それにしても咲夜さんは可愛いな。
というか何故狸の置物があるんだw
ついでに家のドアも開きっぱなしでした。お酒って本当に怖いですね!
え? もしかして、そう思ってんの俺だけ?
ハァーしたい。
そしてゴミクズを見るような視線を賜りたい。
いつものメイド長じゃないですか
……しかし、咲夜さんのネーミングセンスがいちいちツボにはまって困る。そして『ムー眠』が欲しい……
何がヤバイってギャップがヤバイ