※タグを見て合わないと思ったら引き返して下さい
※各キャラの能力、種族、正確、個性などに独自の解釈、設定があります
※これは続きものなので1953を読まないとマジで意味が分からないと思います
※パチュリーさんマジエロい、非処女なパチュリーさんが嫌いな人はゲラウトヒア
勘弁してくれ、と起き抜けにレミリアは呟いた。
枕元に置いた懐中時計の針が指し示しているのは六時ジャスト、午前である。
今でも行われる美鈴の強烈なおしおきは、確実にレミリアのトラウマを増やしていき、
「夢にまで見るとは」
はぁ、と幼い姿の吸血鬼の少女は盛大に溜息を吐いた。
普段は七時起床なので部屋の中に咲夜の姿はないし、水差しも空だ。
目覚めの一杯に水を飲みたいが、食堂までいくのは面倒だ。
レミリアは少し考え、窓の外に視線を向けた。幻想郷は日本らしく四季も豊かで冬には
潤沢な雪が降り積もる。そして今の季節は冬、普段は趣味が悪いだの目に悪いだのと謂れ
のない誹謗中傷を受けている紅魔館も、流石に白く染まる季節である。
ベッドから降り、おもむろに窓を開くと雪を掌で掬い取る。
一口、咀嚼すると鮮烈な冷たさと爽やかな味わい、喉の潤いが与えられ、
「あ」
ついでに言うなら、美鈴と目が会った。
美鈴とは生まれた瞬間から、ずっと近くに居たのだ。言葉が通じにくい距離でも彼女が
何を言いたいのか分かる、東洋式に言えば目と目で通じ合うというもの。
後でお話があります、美鈴の目は、そう言っていた。
× × ×
「それで腰が抜けてたのか、はははダセェ」
「うるさい、お前は美鈴の恐ろしさが分からないからだ」
でもよ、と魔理沙はにやついた表情のまま、
「可愛いモンだろ、お尻ペンペンなんて」
甘いな、とレミリアは門の方角を見て、
「美鈴のお仕置きはキツいぞ? 霧とか蝙蝠になって逃げようとしても気を流し込まれて
変身は不可能な上、長年の鍛錬で培った武術のせいで上手い具合に押さえ込まれるから、
力任せの脱出も不可能ときたもんだ」
「痛みにゃ強いだろ」
「馬鹿お前、あれはキツいんだぞ、マジで。「吸血鬼だから傷はすぐに治りますよねー」と
言い放って、尾骶骨が砕け、酷い時は骨盤にヒビが入っても全力で尻を叩くんだ」
一気に魔理沙の顔が青くなった。
「しかもカウントは自分でしなきゃならず、失敗したら最初からだ」
惨い、と魔理沙はレミリアの涙を拭う。
「危うく子供を産めない体にされるところだった」
「そういうギャグは止めなさい、下品なのは良いけど倫理を守る」
「「イエス下ネタ!! ノー倫理!!」」
二人が振り向けば、パチュリーが不機嫌そうな目で立っていた。
図書館ではお静かに、と言ってパチュリーはいつもの席まで歩いて行く。
それにしても、とパチュリーは適当に魔術書を開き、
「貴女、いつまで居るつもりよ?」
「美鈴次第だな」
美鈴が八卦炉の修理を引き受けて、既に三日が経過している。
修理が完了するまでは普段と同じように弾幕戦などを行うことが出来ない為、紅魔館に
残るのはどうか、と美鈴が勧めたからだ。どうせ空いた時間は魔法の研究などをするのだ、
だったら図書館を利用出来る環境に居た方が都合が良いだろう、と。
紅魔館の主人であるレミリアが特に反対しなかったので、魔理沙も普通に泊まることに
なったが、反対しておけば良かったとパチュリーは眉根を寄せた。
思い出すのは昨夜の浴場での会話で、いつも通り美鈴と二人で大浴場で湯船に浸かって
いたときのことだ。昔のことを話したと美鈴に言い、そこからイギリスでの思い出話など
会話が盛り上がり、更に良い雰囲気になって行為に及ぼうとしたときである。
『『そこまでだ!!』』
貧乳の悪餓鬼二人が乱入してきて、結局馬鹿騒ぎになった。
夕食の後は美鈴も普通に八卦炉の修理に取り掛かったため、結局何も出来ず、一人悶々
とするばかりだった。二人で過ごせば修理が遅れて魔理沙の帰りが遅くなり、かと言って
このまま悶々としているのも体に良くない。
難しい問題だ、とパチュリーは腕を組み、門の方角を見る。
「何だよ何だよ非処女のパチュリーさん、そんなに気になるなら美鈴のところに行けば?」
「パチェさん、性欲の我慢は体に毒だと思うがね?」
うぜぇ、しかも当たっているのがまたムカつく。
「生まれは豊かでも胸が貧しい輩は黙ってなさい」
何だと、と悪餓鬼コンビが睨んでくる。
大体、とパチュリーは二人を睨み、
「レミィ、仕事は?」
「もう済ませて暇だ、最近の企業はガッツが足らん」
「魔理沙、研究は?」
「実験出来なくて暇だ、最近の図書館はガッツが足らん」
魔理沙の後半は意味が分からないが、暇を持て余しているのは分かった。
どうしようもないコンビだ、とパチュリーは吐息する。最近、頻繁に遊びに来るように
なった氷精ですら大人しく本を読んでいるというのに。
「魔理沙もレミリアもうるさい、張り紙見えないの?」
他の妖精に交じって童話集を読んでいたチルノが半目を向けてきた。
「おいおい、ひらがなばっかりかよ。もう少しマシなもんを」
「ラテン語のを全部読んだからよ。日本語は面倒」
「分かる、マジ面倒。ルーマニア語マジ最高」
馬鹿二人を黙らせて、パチュリーは眉間を押さえた。
「美鈴が居たとはいえ、何でここに住むことにしたんだか」
「あ、それだよ」
気になってたんだ、と魔理沙は振り向き、
「聞かせてくれよ、紅魔館入居編。パチュリーとレミリアが友達になる話」
「なら私が」
嫌だ、と魔理沙はレミリアに半目を向ける。
「レミリアの話は余計な形容詞が多くてつまらん」
それよりも早く、と魔理沙はどこから持って来たのかクッキーと紅茶を用意して椅子に
腰を降ろした。レミリアも魔理沙の隣に腰を降ろしたのを見て、パチュリーは語り始めた。
× × ×
美鈴がパチュリーをスカウトしてから更に約半年が経過し、現在の二人は寂れた神社の
境内に立っていた。
宜しいですか、と美鈴が尋ねるとパチュリーは頷き、懐中時計を見た。
約束の時間までは残り十分程。それを過ぎたらもう引き返すことは出来ないが、しかし
ここで引き返す訳にはいかない、と美鈴の手を強く握る。体温が低めの自分とは違って、
冬でも温かで少し肌の固い掌が、少し強めに握り返してきた。
その感触を感じていると、空間に亀裂が走った。
丁寧に縦に裂けたそれから出てきたのは、大陸風の独特な衣装に身を包んだ金髪の女だ。
彼女は笑みを浮かべると一礼し、
「Hello,fags. Where is your balls?」
よし、とパチュリーは魔法陣を多重起動。
緑の円陣を三重にしたものが足下に展開する。
ここは植物が豊富だ、気の巡りには恵まれている。
「何言ってるんですか、紫さん」
美鈴が日本語で言うと、女は首を傾げた。
「妙なこと言ったかしら? 大結界の外側だから、自作の翻訳ツールを使ってみたのです
けれども。どう翻訳されて届くかは自分では分からなくて」
「因みにどのような変換を?」
「世界標準ということで、アメリカ英語での気軽な感じを」
馬鹿だ、とパチュリーは判断した。
美鈴が言うには、出迎えに来るのは偉い上に強い者。基本的には博麗の巫女か八雲紫が
来るということだったので、それから消去法で推測する。
美鈴の話や噂での話を統合すると、妖怪八雲紫は非常に頭も良く、しかも長生きなので
馬鹿な話はする訳がない。目の前の女は過去に資料で見た道士服のようなものを着ている
部分は気になるが、博麗の巫女は変わり者らしいので正規の服を着ていないのだろう、と
判断する。それに巫女は古より娼婦のような仕事も行っていたと文献で読んだし、儀式で
不特定多数の男性と性行為をするのはシャーマンとして世界共通だ。幻想郷は世界中より
モンスターの集う場所と聞いているから、西洋の血が混入されていても論理的におかしな
部分はないだろう。それに日本人ならば外国語に不慣れで、独自の翻訳システムをしても
おかしくはない。その心意気は、異文化交流において大切なものだ。
結論を出し、パチュリーは頷いた。
「こんにちは、巫女さん」
丁寧に挨拶を返すと、女は美鈴の方を向いて、
「何か誤解を与えたかもしれませんけれど通じてますわ、ほら見なさい」
「いえ、通じてません」
「それにしても日本語がお上手ですね、最初から日本語で挨拶をするべきでした」
すみません、と優雅に女は一礼し、
「お話は聞いていると思いますが、私、八雲紫というものです」
馬鹿な、とパチュリーは驚愕する。
隣に立つ美鈴を見ると頷きが返ってきて、美鈴が彼女を紫と呼んだことを思い出した。
「美鈴、私と一緒に別の場所で暮らさない?」
ちょ、ちょっと、と暫定八雲紫が慌てるが、
「妙だとは思ったのよ、戦後大打撃を受けた筈なのにモリモリ復興して。こんな変態国家
に住んでいたら美鈴の頭が哀れになるわ」
こんな馬鹿が上位ランクなら、下位は人知の及ばない場所に居る。
あー、と暫定八雲紫は気不味そうに美鈴を見て、
「私は先程、何と?」
「『よう、カマ野郎。タマはどこに置いてきた?』と」
あー、と女はうなだれた。
「因みに使われたのは『fags』でしたね」
美鈴の補足に、女は目を逸らした。
「ババァ、アバズレ、役立たず、邪魔者とレパートリーも豊富ね。第一声でこれなら速攻
で日本語が通じると判断したのは正解だわ」
そうね、と女は同意する。
失礼致しました、と紫は頭を下げ、
「美鈴さん、念の為に確認しますが、この娘が?」
「はい、フラン様に対抗出来る人物です。齢五十で賢者の石の生成を可能にした逸材で、
ノーレッジの知識も完全に習得しています」
それは凄いわね、と紫はパチュリーを見た。
賢者の石を作ることが出来たのは美鈴の教えがあったからだ、とパチュリーは思うが、
想い人に褒められて悪い気はしない。
美鈴の手を握る力を少し強め、紫を見る。
「それではご案内します」
紫は再び一礼すると視界が閃光に包まれ、
「ようこそ幻想郷へ」
世界が変わった。
● ● ●
博麗神社で簡単な説明を受けてから一時間後、二人は大きな湖の上を飛行していた。
奇麗な場所だ、と思う。
空は青いし、湖も霧が少し濃いものの、ロンドンのように埃や煙に塗れたものではない。
人間の里も活気があったし、育てているものは当然違うものの田畑も豊かで、自分の田舎
に少し似ている、とパチュリーは思う。
外に比べると少し不便はあるかもしれないが、昔に比べたら恵まれている。
「素敵ね」
呟くと、美鈴から笑みが返ってくる。
最初は紫の発言に面食らったものの、ここは実に良い場所だ。
「あ、めーりーん。ひさしぶりー」
「お久しぶりです」
飛行を続けていると、小柄な二人組が近付いてきた。
一人は青の色彩に身を包んだ少女で、もう一人は緑の髪をサイドポニーに纏めた少女だ。
体躯を見ると子供だが、ほう、と目を細める。妖精らしいが外のものに比べるとサイズが
若干大きく、力も強い。それにイギリスのものと違い、悪意が何も感じられない。向こう
のものは子供を攫ったり痴呆にしたりとタチの悪いものだったが、
「環境が関係しているのかしら?」
眺めていると、全体的に青い方がこちらを見つめてきた。
「あたいチルノ、アンタ誰?」
「こちらはパチュリー様、紅魔館の新しい住人です」
美鈴の言葉に、げ、とチルノが眉根を寄せた。
そんなに評判が悪いのか、と思うが、誰にでも苦手なものがある。何よりも美鈴が良い
場所だと言っていたのだからチルノが個人的に苦手にしているのだろうと判断し、続いて
パチュリーはチルノの連れを見た。
彼女も名前はあるのだろうか、と問うような視線を向ければ、緑髪の妖精は頭を下げ、
「すみません、私に名前は無いんです。取り敢えずここらへんの妖精の相談役をしている
関係からか、分不相応に大妖精などと呼ばれていますが」
それが普通だ。
妖精がここまで大きくなり、自我を持つだけでも、パチュリーの知識から見ると随分と
異常なことだ。その上、自分で付けたのかは分からないが種族名以外の、所謂本名である
名前を持つなど、本来起こりえないものだ。
それに感じる魔力から考えると精霊に近い気もするが、とまで考え、軽く頭を振る。
これから湖の畔にある舘に住むのだから、そのような研究は後でも出来る。
それよりも、とパチュリーは右を見て、
「美鈴、確認したいことがあるのだけど」
何でしょう、と穏やかな表情の美鈴を見て、取り越し苦労かもしれないと考える。
「あの真っ赤で目に悪いものは?」
「紅魔館です」
会話をしながらも飛行を続けていたので、湖の上も大分進んだ。
そして輪郭は朧気だが、しかし目立つので存在としては明確に嫌なものが見えたのだ。
更に何か絶叫しながら飛んでくるものがあり、
「今の貴女の名前を呼ぶ声は?」
「我が主、レミリア様です」
高速で飛んできたそれは、きっかり三秒後に静止した。
「マジやったな美鈴!! あの造船会社が潰れたお陰で株価大暴落、ウチらが株を売ったアホ
の投資家共が軒並み潰れて紅魔館大勝利!! 今までのムカっ腹も奇麗に解消ってモンだ!!」
あー、と美鈴を見るが、美鈴は穏やかな表情のまま、
「我が主、レミリア様です」
先程と同じ言葉を繰り返した。
パチュリーは半目でレミリアを見る。背は低く、まるで幼子のような矮躯。表情も幼く
言葉も汚いし、思考も今の言葉だけで邪悪だと判断出来た。美鈴の話によれば四百五十を
超える年齢の筈だが、普通の妖怪であれば成人の姿になっていてもおかしくはないものだ。
生まれながらの妖怪は、ある程度は肉体年齢が精神年齢に比例する筈だが、レミリアから
そのような歴史がまるで感じられない。
おかしい、とパチュリーは眉間を押さえた。
美鈴の話によれば、大層見目麗しい少女の姿をした、高貴な吸血鬼の筈だが。
もう一度確認を取ろうとして美鈴の方を向き、そして納得する。視界に入ってきたのは
妖精の二人組で、共に幼い少女の姿をしている。片方から水気が感じられるし、もう片方
の妖精から感じられるのは木気だ。だとすれば湖の近隣に住んでいるものだと推測出来る、
属性に加え、妖精は縄張りから基本的に出ることはないからだ。
そして美鈴の言う通りの正確ならば、人格者であるレミリアは近所付き合いもしっかり
行う筈だし、領主が民を守るという考えや親しみを持たせる為、彼女たちに近いものへと
姿を変えている可能性は高い。吸血鬼は姿を様々に変えるものだ。
ならば話は早い、元の姿に戻って貰えば納得は出来る。
あの、と声を掛けると、レミリアは今気付いたかのようにパチュリーの方を向き、
「何だ、暗そうな女だな。しかも見るからに不健康な体で、ダシも取れん」
ここは非常に水気や木気が強い、白樫の杭も流水も容易に出せる、日光も十分だ。
魔法陣を展開しようとしたところで、手を強く握られた。
「パチュリー様、ご自重下さい。レミリア様なりに褒めているのです」
「そんな褒め方は変態意外に通用しないわ」
あー、と美鈴は視線を逸らした。
レミリアは続いて大妖精とチルノの方を向き、
「おぅ、相変わらず可愛いアベックだな。そろそろ入籍したらどうだ?」
くくく、と邪悪に笑う。
いやん、と大妖精は頬を染め、腰をくねらせるが、チルノは真顔で、
「女同士で結婚する訳ないじゃん、何百年も生きて子供の作り方知らないの?」
「貴様は今、同性愛者を馬鹿にした!! 張ッ倒すぞ!!」
「やってみなさいよ!! そんときにはあたいのパーフェクトフリーズが火を噴くわよ!!」
「とけるだろ、氷精」
イエー、とレミリアとチルノは笑ってハイタッチ。
ダメだ、とパチュリーは確信する。この幼女はどうしようもない。
溜息を吐き、美鈴の手を強く握った。
で、とレミリアは振り返るとパチュリーの方を向き、
「お前がパチュリー・ノーレッジで間違いないか」
ククク、と唇の端を吊り上げ、飛び去った。
● ● ●
紅魔館に入ると既に客室は用意されていた。
それがレミリアの指示だとは思えないが、礼を言わねばなるまい。そのことを思いつつ
上着を脱ぎ、ソファの上に放り投げた。
「しかし、様付けされるってのは一応同意したとはいえ、実際やってみると気に入らない
ものね。普段みたいに呼び捨ての方が気楽で良いわ」
「我慢して下さい、パチュリー。客人を呼び捨てにすると程度が低いと思われ、内からも
外からもナメられます。イメージの継続も仕事の内ですよ」
そうね、とパチュリーは頷き、ソファに腰掛け、
「ならご褒美、お願いね」
そう言って目を閉じる。
パチュリーが美鈴と一緒に紅魔館に入るにあたり、一つの決めごとがあった。
名目上はレミリアの雇ったものではなく、客人として扱うという形になっているため、
パチュリーに「様」を付けて呼ぶというものだ。
そこに付け込んで得たものは様と呼ぶ度にキスが一回というもので、我ながら実に良い
交渉だったとパチュリーは頷いた。戦時中、生き馬の目を抜く争いの中で造船会社の顧問
錬金術師及び相談役という役職に就いていたのは伊達ではない。パチュリーからすると、退屈な仕事ではあった。だが得たものが確かにあり、今回は非常に役立った。やはり知識
は重要だ、とパチュリーは思う。惜しむとすれば目標であった本番一回の権利を得ること
が出来なかったことだが、美鈴の仕事の関係もあるので無理は言わない。出来る女は相手
のことも尊重する、これで好感度もガンガン上がるだろう。
ふふふ、と笑いを漏らすと嫌そうな声が聞こえてきたが、幻聴だろう。
少しして、唇に柔らかなものが当たる感触が来た。
ついばむような口付けを何度か繰り返し、舌を……
「うぃーっす、当主自ら親交を深めるべく遊び、に……」
ドアが開く音がして、レミリアの能天気な声が聞こえ、ドアの閉じる音がする。
目を開くと眼前数センチのところに美鈴の気不味そうな顔があり、それはゆっくり離れ、
周囲に微妙な沈黙が漂った。
失礼します、と美鈴は自分に覆い被さるようにしていた姿勢から起き上がると、ドアの
方へと歩いていく。そしてドアを開くと、右手を耳に当て、わざとらしく顔を突き出した
姿勢のレミリアが見えた。
美鈴は咳払いを一つ。
「レミリア様、お仕事の方は? 私が用意した書類等の確認には概算で二時間ほど必要に
なると思っていましたが、まだ五分ですよ?」
あぁ、それかとレミリアは笑い、
「美鈴が出張中に凄い方法思い付いたんだよ。まず書類を上空に投げてさ、能力を使って
重要なものは右側、そうでないものは左側に、論外はゴミ箱に落ちるようにする。そして
左側はマッハで承認して右側のだけを見るって方法。効率良いだろ?」
レミリアの能力については聞いている。
なので確かに便利で効率が良いとは思うが、
「何故、その後に妙な登場の仕方を?」
いやー、とレミリアは頭を掻き、
「湖ではレズカップルみたいに貝殻繋ぎをずっとしてたし、パッと見で書類の確認とかを
終えるのに二時間くらいのものを出してきたからさ。それをネタに冷やかそうと思って、
こうして出てきた訳だよ。そしたらマジでエロい雰囲気になってて気不味いのなんの」
反論出来ない、二時間とか生々しい時間を取ったのが美鈴の敗因だろう。
ですけどね、と更に言いかける美鈴を腕の動きで止め、パチュリーはレミリアを見た。
言いたいことは山のようにある。ファーストコンタクトでの態度から、紅魔館のカラー
リングなどは序の口だ。他にも美鈴の仕事量が多いせいで向こうでも二人の時間を作るの
が大変だったとか、造船会社に勤めていた時にスカーレットから受けた様々な嫌がらせの
ことも言いたいし、レミリアのせいで自分だけを見てくれないとか、色々と言いたかった。
しかし、それよりも大事なのは、
「よくも」
は、と深呼吸をする。
掃除が行き届いている上、美鈴がきちんと空気を奇麗にしてくれてるのだろう。
発作の心配も無いから、安心して言える。
「よくも、邪魔をしてくれたわね」
レミリアが疑問の視線を美鈴に向けるが、美鈴は黙って首を振った。
「何だ、美鈴。帰りが遅いと思ったら、そういう訳か?」
そうよ、とパチュリーが言うのと、違います、と美鈴が言ったのは同時だ。
どっちだよ、とレミリアは溜息を吐くが、パチュリーはレミリアを睨み、
「せっかく久々に合法ズギューン出来ると思った矢先にこれよ、許す訳にはいかないわ」
あー、と美鈴は頬を掻く。
「美鈴、説明頼む」
「まず遅くなったのは、賢者の石を安定した状態で、しかも高出力で出せるように練習を
重ねていたからです。ついでに私の腕が魔力的にブッ壊れていたので、それの治癒なども
含めて今まで延びました」
レミリアに視線で続きを促され、美鈴は複雑な表情をして、
「パチュリーとの交遊関係は、その」
嫁として紹介されるか、それとも旦那として紹介されるか。基本的には美鈴が突っ込む
ことが多いので、嫁として紹介して欲しい。そのような期待を込めて美鈴を見ると、少し
困ったような顔をして、
「肉体関係はありますが、今のところは友人です」
アウト、と叫び美鈴を見るが、表情は変わらない。
普段なら乗ってこないにしても、何らかのリアクションが返ってくる。少なくとも今の
ような微妙な空気になったことはないし、一通りのアクションをした後は通常の空気へと
戻っていた。
数秒。
そうか、とレミリアは半目でパチュリーを見て、
「賢者の石のことを聞いたときは驚いたが、やはり只の根暗変人か」
「うるさいわね、年増幼女」
ふん、とレミリアは美鈴を見て、
「まだ諦めてないのか。父は死んだ、その事実は変わらん」
分かってます、と言う美鈴の表情は、今までに見たことのないものだ。困った顔などは
この十ヶ月の間に何度も見てきたが、こんな美鈴の表情をパチュリーは知らなかった。
レミリアに視線で問うと、彼女は意外そうな顔をして、
「何だ、聞かされていないのか。美鈴が認めたくらいだから聞いてるもんだと思っていた。
ぶっちゃけて言うと、美鈴は私の父に懸想していたんだ」
叶わぬ想いだったがな、と澄ました顔でレミリアは言う。
そういえば、とパチュリーは思い出す。処女を捧げた際に、美鈴は心に決めた者が居る
というようなことを言っていた。
レミリアの父だったのか、と思うし、驚きもした。
失恋も決定的になった。
だが体が何のリアクションも起こせず、ただ棒立ちになっただけだ。
それでも何かのリアクションを起こそうと、唇を動かす。せめて名前を呼ぶだけでも、
そうすれば思考も動きも後から付いてくるだろう。そのように思うが、喉からは枯れた風
のような音が漏れてくるだけだ。
ひゅー、と小さな呼吸音だけが部屋に響く。
つまらん、とレミリアは吐き捨てるように言って部屋から出ていった。
× × ×
うわー、と魔理沙はレミリアを見た。
「それは駄目だろ、種族問わず」
だがレミリアはククク、と声を漏らし、
「それは最後まで聞いてから言うんだな。今では親友なのだから、なぁ、パチェ」
そうね、とパチュリーは紅茶で喉を湿らせ、門の方角を見る。
「親友なのは間違いないわ、レミィのことは嫌いだし未だに許してもいないけど」
「私も許して貰おうとは思わん」
空気が重いものになり、魔理沙は頭を抱えた。
「聞くんじゃなかった」
「だから言っただろう、ドロドロしていると」
あー、と魔理沙は腰をくねらせ、身悶える。
「普段は馬鹿な癖に何で真面目な話になんだよ!! 同棲編とかエロいけど爽やかだったろ、
そんな感じだと思ったんだよ!!」
待ちなさい、とパチュリーは魔理沙の座っている椅子を蹴倒し、
「話は最後まで聞いてから判断するものよ」
そうか、と魔理沙は笑顔で立ち上がり、
「最後には何かこう、良い感じになるんだな!! そうだよな!!」
聞いてのお楽しみ、とパチュリーは再び語り始めた。
× × ×
最低ね、とパチュリーは吐き捨てるように呟いた。
何だ、とレミリアは鼻で笑うとソファに腰掛け、書類の確認を行い始める。
それがまたパチュリーを苛立たせた。
「はっきり言え、ここには美鈴は居ないし多少のことには目を瞑る」
二人が居るのは地下の図書館だ。
美鈴の申し出を断り、レミリアに案内するようにパチュリーが頼んだものだが、
「了承したってことは、分かってるんでしょう?」
いや、とレミリアは視線を書類に落としたまま、
「私は馬鹿だからな、口で言って貰わんと分からん。私の馬鹿な予想では、早く紅魔館に
馴染もうとしたのだと思うんだが」
ふざけないで、とパチュリーは叫ぶ。
入念に掃除がしてあるのか、埃が溜まりやすい構造なのに発作は起きなかった。
あぁ、そうか、とレミリアは視線を上げ、邪悪な笑みを浮かべると、
「私の言葉で失恋決定か、それは申し訳ないことをした」
だん、とテーブルを殴る。
「さっきの美鈴に対する態度のことよ」
は、とレミリアは再び鼻で笑った。
「お前は客人だ、給料は出すがスカーレットの仲間ではない。余計な口出しはするな」
レミリアは書類のページを捲り、少し眉根を寄せ、
「そして美鈴がお前を客人にした意味を分かって言っているなら、もう私も何も言わん」
ぐ、と言葉に詰まる。
沈黙。
それが五分程続き、先に折れたのはパチュリーだ。
教えて頂戴、と呟くパチュリーにレミリアは半目を向け、吐息する。
「お前、対人関係の力が足りないだろう。良いか、お前は美鈴のお気に入りみたいだから
特別に教えてやる。私はお前が嫌いだし、本来ならばお前のような奴になど教えたくない。
そこに感謝するんだな」
能書きは良い、さっさと本題を話せ。
叫びそうになり、しかし視線だけに留めるようにする。
「非常に不本意だが、美鈴はお前を気に入っている。奴が友人という言葉を口にしたのも
久し振りのことだ。それが何を意味しているのか分かるか?」
パチュリーには分からないことだ。
今までは他人を避けるようにして生きてきたし、今も美鈴以外の友人は居ない。
「組織に入れれば、どうしても上下関係が発生する。それ以外にもしがらみが出てくる。
そんな無粋なものを持ち込みたくなかったのだろうよ」
それに、とレミリアは目を閉じ、
「お前の気持ちを知っていながらも私の父のことを思い続け、それでも繋がりを断ちたく
ないと思っての行動だ。それに不満を感じるなら、救いようがない馬鹿だ」
でも、とパチュリーは思う。
「あんな言い方はしなくても良いでしょう!!」
辛いに決まっている。
家族と離れたときも、師匠が死んだときも、パチュリーは辛い思いをした。それに美鈴
にもう会えないかもしれない、と思ったときは涙が溢れそうになった。それならば実際に
会えなくなったとしたら、どれだけ悲しいのだろうか。
家族の言葉を思い出す。
『大丈夫だよ、パチュリー。お前にはお前の出来ることがある』
結局は生活苦から売られてしまったが、あの言葉は完全な嘘ではなかっただろう。
師匠の言葉を思い出す。
『凄いな、パチュリー。ふむ、どこかで我らの血が混じっていたのか……お前はもしや、
生まれついての魔法使いかもしれんな』
見よう見まねで行った魔法が成功したとき、師匠は言ってくれた。
美鈴は、言葉が多すぎる。
どれもこれもが大切な思い出だ。
レミリアは生まれたときから美鈴と一緒だったという。
ならば誰よりも美鈴と繋がっているのではないか、それなのに『家族』としての大切な
何かが足りないのではないだろうか、そうパチュリーは思う。
だが、とレミリアは立ち上がり、
「父は死んだ、それは覆しようのない事実だ。そればかりはどうにもならん」
「貴女」
「馬鹿が、まだ分からんか。私が悲しむ役をやっていたら、美鈴が泣けないだろうが!!
過去を想うのは大切だが、時間は絶対に止まらん。父は死に際に私と美鈴に言ったんだ、
フランとスカーレットを頼むと」
フラン、というのは美鈴の言っていたレミリアの妹のことだろう。
そしてパチュリーが連れて来られた理由でもある。
「無様だが、これが私と美鈴の選んだ方法だ」
言い終えて、レミリアはソファに腰を降ろした。
ふん、と鼻を鳴らし、
「私はお前が嫌いだ」
そう言って、書類に目を通す。
そうか、とパチュリーは納得した。
美鈴への言葉はレミリアなりの優しさで、美鈴のレミリアに対する尊敬の言葉の意味が
分かった。確かに立派だ、悲しい思いをしたくないからと人から逃げていた自分では真似
出来ないことだろうとパチュリーは思う。
しかし、という思いが、胸の中で燃え上がる。
「レミリア、勝負しなさい。私が勝ったら美鈴に謝って」
「私の話を聞いていなかったのか」
きちんと聞いた、そして納得もした。
だが美鈴にあのような表情をさせたことは、許せない。
「私は馬鹿だから、口で言われても分らないのよ」
パチュリーの頭の中に浮かんだものは対極図だ。
今のレミリアと美鈴は対極の関係にある。レミリアが悲しみを捨てた位置に居て、美鈴
が悲しみを持ったそれは、正に対極だ。自分の知らない先代に対して持っていた繋がりの
種類や感情は違うかもしれないが、二人は確実に対極なのだ、とパチュリーは思う。
ただ、足りない。
バランスは取れているのかもしれないが、それでは足りない。
二人がこのような状態では、ただ並んでいるだけで馴染まない。
バランスは少々狂うかもしれないが、悲しんでいる人が居たら、誰か慰めてやれる者が
居ても良いのじゃないだろうか、と思う。この問題に関しては自分は完全に外野であるし、
その者になれるのかは分からない。なれるだろうか、と自問しても、無理だろう、と答え
が返ってくるばかりだ。
それでも、黒の中の小さな白い点になりたいとパチュリーは思った。
故に決闘を申し込む。
美鈴が『泣きそうな表情』をしたのは事実で、それは確実に許せない。
レミリアが理性を担当、美鈴が悲しむことを担当するのなら、自分の役目は、
「泣きそうな人の代わりに怒ってやる、そこが足りないわ。決闘よ」
レミリアは邪悪な笑みを浮かべ、頷いた。
● ● ●
何てことを、と美鈴は眉間に指を当てた。
ごめんなさい、とパチュリーは頭を下げる。
今にして思えば、自分もヒートアップし過ぎだった、とは思うが、
「挑発してくるし。それに何より、許せなかったから」
そうですか、と美鈴はパチュリーの頭を撫でた。
「ありがとうございます」
自分が暴走してしまった結果だが、それでも礼を言われると嬉しいものだ。
罪悪感も多分にあるが、美鈴の笑みが癒してくれる。
しかしですねー、と美鈴はパチュリーの頭にチョッピングをしつつ、
「どうしましょう、パチュリー」
何が、と疑問の視線を向けると、美鈴は頬杖を突き、
「レミリア様、私の数百倍は強いですよ」
あー、とパチュリーは一瞬呆けた。
「賢者の石を作れることを知っていますからね、パチュリーのことも自分と同じくらいの
化け物だと認識していると思います。今脳内で何度かシミュレーションしましたけれど、
パチュリーのスペックを考えると、全力全開でレミリア様が攻撃して一瞬で終了、という
ビジョンしか思い浮かびません。酷いと消し炭です」
それ程か、とパチュリーは唸った。流石に数百倍は冗談だろうが、考えてみれば異常な程のスペックを持つという相手の姉なのだから、それだけ化け物じみていても何の不思議
もない。それにヨーロッパの勢力の中でも十指に入るスカーレットの頂点であり、武闘派
と名高い組織のボスなら強いと考えるのが普通だ。あの幼い外見や馬鹿な行動のせいで、
そのことを忘れていた。
仕事がある以上、流石に殺されはしないだろうが、
「どうしましょう」
無意味に美鈴の尻を撫でた。何も着ていないので肌のなめらかさや質感が直に伝わり、
テンションが無意味に上がってくる。
ここは浴室で、現在美鈴とパチュリーは浴槽の中に居る。
自分が戻って来たとき、シャワーを浴びていたのは泣いていたのを誤魔化すためなのだ
ろうか、と思うと怒りが甦るが、それにしても戦力差がありすぎる。
どうしようか、と少し考え、まず一番にすることは決まった。
パチュリーは美鈴の顔を真剣な表情で見つめ、
「死んでも後悔しないよう、最後の戦いの前の思い出づくりをしましょう。ね?」
「さて、フラン様の結界の準備をしないと」
待って、と立ち上がった太腿をホールドして引き留める。
仕方ないですね、と再び湯に体を沈める美鈴を見てパチュリーは安堵し、作戦の続きを
考える。一番のネックはレミリアの超スピードだ。湖で美鈴に寄ってきたときの驚異的な
速度は恐ろしいもので、更にそれが全力だという保証もない。もっと上の速度があれば、
本当に打つ手がなくなってしまう。それに自分の戦闘スタイルは距離を置いての魔法使用
という典型的な魔女の戦い方だ。美鈴と一緒なら補助の魔法も使ったりはするが、基本は
変わらない。それには必ず展開や発生までに呪文の詠唱などのタイムラグが発生するし、
その間は殆んど無防備になってしまう。賢者の石などの安定した出現などは出来るように
なったし、魔法の展開も半年前に比べれば格段に時間が短くなった。それでも数秒の間は
無防備になってしまうのは否定出来ないことだ。
その時間をどのようにして凌ごうか、と考えていると、美鈴に肩を叩かれた。
パチュリーは慌てて振り向き、
「思い出作り、決心したのね?」
「いえ、それは後で」
「後で? 実行はするのね? 言質取ったわよ? マジ大勝利!!」
とテンションを上げたが、美鈴は疲れたような顔をして、
「真面目な話ですよ。と言うか、まだ諦めていなかったんですね」
「地獄の底まで付いていくわ」
地雷女、との声が聞こえたが、パチュリーは無視をした。
美鈴は浴槽から上がると体を拭きつつ、
「レミリア様との決闘、私も参加します」
は、とパチュリーは首を傾げ、美鈴を見た。
確かに美鈴が居ればレミリアの攻撃は凌ぐことは出来るだろうが、良いのか、とも思う。
はっきり言って、この決闘はパチュリーが一方的に仕掛けたもので、美鈴には参加をする
メリットが殆んど存在しない。確かにレミリアを合法的に殴れるというメリットがあるが、
それを美鈴自身が良しとするのかと言われれば疑問が残る。
美鈴は髪の水気を拭いながらパチュリーを不思議そうに見て、
「言ったでしょう、スカーレットに入っても守ってほしいと」
守りますよ、と普通に言われ、パチュリーは頬を赤くした。
「それと、早く上がって下さい」
ん、と美鈴を見れば着替えが近くにあるのに何故かバスタオルを体に巻き付けていて、
「思い出作り、すると言ったでしょう」
パチュリーは急いで浴槽から出た。
● ● ●
紅魔館の正面に位置する湖、その上空に三人は浮かんでいた。
「逃げずに来たわね、そこは褒めてあげる」
レミリアの言葉に、ん? とパチュリーは首を傾げた。
「その言葉遣いは何よ?」
レミリアは苦い表情をすると美鈴を睨み、
「お仕置きされただけ、気にしないで」
「淑女たるもの、奇麗な言葉遣いは基本です。私が留守の間に弛んでいたようなので」
もう美鈴一人で勝てるのではないだろうか、と思ったが、これは自分の戦いだ。
それに公私では戦闘力が違うだろう、どちらが公なのかは分からないが。
空を見上げると満月が浮かんでいる。
「一つ聞くが」
レミリアはパチュリーを睨み、
「私に勝てるつもりでいるのか? 悪いことは言わん、怪我をしない内に降参しろ」
「そっちこそ、お尻は平気なの? 夕食のときは随分と柔らかそうなクッションを二枚も
三枚も使っていたけれど。言い訳に使わないでね?」
ぬぅ、と火花が散る。
「来い、貧乏農家コンビ」
「行くわよ、貧乳貴族」
レミリアの姿が消えた、と思った直後、強い風が吹いた。
轟音。
強く肉を打つ音に反射的に閉じていた目を開くと、レミリアの直蹴りを防いだ美鈴の姿
が見えた。全く反応出来なかった、美鈴が居てくれて良かったと心の底から思う。もしも
美鈴が居なかったら、今頃は上半身と下半身がさよならをしていたところだ。
そして今の一撃で、レミリアは本気だと思い知る。
美鈴から聞いたレミリアの本気の戦闘方法は少々特殊な格闘スタイルだ。吸血鬼の身体
能力によっての高速の蹴り技と、その間に魔力を練って出現させた神槍での強力な一撃。
パチュリー自身もあまり格闘には詳しい訳ではないが、どのような経過で発生したのかは
何となく分かる。普通は拳での打撃の方が、蹴りよりも初速も最終速度も圧倒的に早い。
その代わりに蹴りの方が筋力の関係上、強い威力を持っている。だがレミリアにおいては
リーチという圧倒的な不足というものがある。どれだけ攻撃が速くても、当たらなければ
まるで意味がない。だからこそ蹴りを主体にすることを選んだのだろう。多少の隙が発生
する動きでも、常識外れの速度と吸血鬼のタフさという武器があり、それを補ってくれる。
そうやって相手を削っていって隙を作り、強力な一撃を打ち込めば勝ちだ。
ちぐはぐ、と言うよりも、上下が逆転したスタイルだ。
ククク、とレミリアの笑う声が風に乗って届いてくる。
「こうやって本気で戦うのは何百年振りだろうな。父が死んで以来だから……」
「レミリア様の相手は私ではないでしょう」
そうだったな、とソバットが飛んだ。
打撃の度に風が発生し、レミリアとパチュリーの髪を揺らす。
打撃の度に巻き起こる風は烈風で、パチュリーが打撃を知るのは風によってのものだ。
「ぬ、やはり単純な打撃戦では美鈴には勝てんか」
「厳しいのですけどね」
クハハ、と笑ってレミリアは掌を打ち合わせた。
今までのものよりも強い風が巻き起こり、空圧で水面が弾ける。
超速による衝撃波を利用した目眩ましだ。
鈍音。
美鈴の体がくの字に折れてノックバック、自分の眼前数cmまで来た。
「見事だ、戦いはこうでなくてはいかん。身体を持って生まれたからには、身体を持って
相手を攻撃するべきだ。武器は持っても、魔法や鉄砲などは好かん。早く殴り返して来い」
いいえ、と美鈴は首を振る。
「今回はパチュリー様の戦いです、基本的には私からの攻撃はありません」
そうか、とレミリアは体を縦に回転、両の踵を斧のように振り下ろす。
クロスさせた美鈴の両腕から鈍い音が鳴り、鮮血が飛び散った。折れた音ではないので
パチュリーは目を閉じ、詠唱を開始する。
普段のように火行から魔法陣を展開。
水気が多いせいか魔力の流れが悪いが、焦ってミスをするよりは良い。大切なのは基本、
今の実力ならば変に場に合わせるよりも、今までにやってきたことを一つずつ確実に行う
といった方が失敗はしにくい。経験は体に確実に蓄積されていくし、それに従えば結果は
自ずと付いてくるものだ。
美鈴を攻め続けているレミリアを睨みながら、パチュリーは詠唱を続けた。
展開。
展開、展開、展開。
五色の魔法陣を維持しつつ更に、もう五つの魔法陣を展開。
鈴の音を響かせて共鳴させれば、そこに賢者の石は顕現する。
「やっとか、随分待たされた」
何が、と答えるより前に、背筋に悪寒が走った。
「わざわざ待ってやったんだ、感謝しろ」
魔獣のような音を発しながら、レミリアの右手が真紅の光を帯び始めた。
光は長く延び、禍々しい形を持って己を表現する。
遥かなる昔、神話が現実であった時代に北欧で作られた一本の槍があった。
レミリアの持つものが本物であるかは分からないが、その強力さは魔力で分かる。
「これを出すのも久し振りだ、鈍ってないと良いが」
そう言って、一振り。
たったそれだけで数十mの水柱が発生し、背後の森の一部が吹き飛んだ。
「面白いことを一つ聞かせてやろう。父が死んだ後、スカーレットに大きなクーデターが
発生してな。それを私が治めたんだが、どうしたと思う?」
「それ死亡する悪役のセリフよ?」
「サービスだよ、こうでもしなけりゃ私が確実に勝つ」
ククク、とレミリアは声を漏らし、
「馬鹿の本部にこれを撃ち込んだ、それで終わったよ」
嘘ではないのだろう、それだけの力があるのは肌で感じる。
行くぞ、という呟きと共に、レミリアが突っ込んできた。
美鈴が自分の前に出たのと同時に、防壁を張る。賢者の石の力で加速増幅させたもので、
美鈴が全力で打撃しても全く影響の無かった代物だ。
激音。
一打目で亀裂が走った。
風が吹き荒れる中、馬鹿な、と美鈴に視線で説明を求めるが、返答したのはレミリアだ。
レミリアは歯を見せた笑いを浮かべ、
「私の妹には物理的なものは殆んど通用せんのでな、武器は魔力の塊にしている」
つまり、とレミリアはグングニルを振りかぶり、
「魔力で出来た防壁なら相殺出来る!!」
パチュリーの体が後ろに引かれるのと同時に、防壁が砕け散った。
ガラスの砕けるような音を聞きながら、パチュリーは美鈴に説明を求めるように視線を
向けるが、しかしそれは阻まれる。
打撃。
貫かれはしないが、強烈な一撃を持って二人の体は吹き飛んだ。
苦悶の表情を浮かべながら美鈴は水面に叩き付けられる。美鈴に抱えられたパチュリー
は長大な水柱が上がるのを見た。美鈴が何かしているのかパチュリー自身には殆んど負荷
が掛ってはいないが、言ってしまえばそれだけのことだ。
ぱりん、と音がする。
賢者の石が砕け、魔法陣が消失した。
二人の体は水の中へと潜っていき、視界が青色へと染まっていく。
周囲に踊る気泡が冗談のように奇麗だ。
ぶくぶくと音がする。
そしてパチュリーは悟った、レミリアに負けたのだ、と。
● ● ●
パチュリーは泣いていた。
湖から上がり、フランドールとの挨拶を済ませ、彼女の部屋に鍵をかけ。
そこまでは覚えているが、その後、気付いたら美鈴の部屋に居た。
そして今、美鈴に抱かれて泣いている。
「ごめん、なさい」
悔しい、と泣いたのは、これで三度目だ。
赤子のように泣きじゃくるパチュリーを美鈴が慰め、あやし、頭を撫でる。それだけの
ことで既に三時間が経過していた。時計はもう深夜の二時を指し示しており、普段ならば
もう眠っている時間である。
こんなにも悔しいことはない。
大切な人を守ると決めたのに、それは果たせず、それどころか当人に慰められている。
そして大丈夫だと見栄を張ることが出来ないのも悔しさに拍車を掛けた。
賢者の石を破壊された今、レミリアに対抗する手段は存在しないということだ。
それはつまり、美鈴を守れないということでもある。
呆けた状態であるが、グングニルの仕組みは一応説明された。フランドールの能力は、
物理的なものであれば、その存在を認識出来る限りは何でも破壊することが出来るという
常識外れのものだ。だからレミリアのグングニルは魔力を極限まで放出、圧縮し、武器と
いう形に固定化させたもの。パチュリーの防壁は基本的に超圧縮された魔力の塊なので、
同じ体積の魔力をぶつけて相殺されたという部分までは理解した。
だが、それは今のパチュリーには破る方法が存在しないということでもある。
生まれ持った魔力量の差から、レミリアを超越することが出来ないからだ。
無力だ、とパチュリーは思う。
大抵の相手には負けることはないが、一定以上の相手には対抗出来ない。
その程度のものである。
何度目になるか分からない謝罪を美鈴に投げかけ、頭を撫でられた。
それに対してまた謝り、また頭を撫でられる。
首に腕を回せば、唇を重ねられる。
涙を溢せば、指先で拭われる。
だが、二人で逃げようと誘っても、きっと美鈴は首を縦に振らないだろう。
きっと困ったような表情で謝るし、パチュリーが一人で居なくなっても悲しそうな目で
見るだけに違いない。異常なくらいにお人好しで、甘く、感情豊かな彼女は忠義に篤い。
それにきっと、愚直なまでに先代の言葉を守っているのだ。
その気持ちは理解出来るし、美鈴と同じ立場だったら同じように行動するのだろう、と
パチュリーは美鈴を見る。そうして悲しみながら、諦めきれずに自分を傷付けていくのだ。
馬鹿な生き方である。
救い難い、と言っても過言ではない。
どれだけの価値があるのか、と問われたら、価値などないと答えるしかない。
それなのに何故、と問われたら、答える言葉も存在しない。
美鈴、と呼びかけると、すぐに返事が来る。
そのことに安堵して、パチュリーは目を閉じた。
魔女は基本的に眠りを必要としないが、今のパチュリーは小娘であった。
● ● ●
数ヶ月は普通に過ごした。
朝の七時には起きて、戦闘の後遺症で体の不自由な美鈴に朝食を食べさせる。
午前はフランドールの部屋に張った結界の簡単なチェックをして、その後は美鈴の仕事
を手伝ったりもする。
午後は美鈴の仕事の手伝いをしつつ、地下の図書館から持ってきた本を読む。
夕食の後は美鈴と一緒に風呂に入ったり、たまに淫らなことをして、一緒に眠る。
外界への出張があれば美鈴に着いていき仕事の手伝いをする。もう魔法使いを探す必要
が無くなったので数日もすれば戻ってこれる状態だ、生活に基本的な部分での変化は無い。
はっきり言ってしまえば、イギリスで一緒に暮らしていたときと同じような生活である。
レミリアに会わないことも含めて、だ。
結界のチェックの際にはフランドールと会話をするが、レミリアと会話をしたのは決闘
を行った夜が最後であった。美鈴とパチュリーが湖から上がった後、パチュリーに結界を
張るように命じて、それからは姿すら見ていない。
食事が出来たことを呼びに来る妖精メイドに話を聞けば普段通りに仕事をしているよう
ではあるし、フランドールとの会話では普通に会いに来るとも言っていた。
嫌われているのはパチュリー自身も知っているし、避けられているのだろう、と思う。
普通に給料も貰っているし、何の不便も無い。
何よりパチュリーもレミリアが嫌いである、今でも怒りは消えていない。
ただ、踏み出せないだけだ。
ベッドの中、美鈴、と呼びかけると、笑みを向けられた。
「ごめんなさい」
「何がですか?」
毎日繰り返しているやりとりであるが、美鈴は律儀に問い返してくる。
このぬるま湯のような生活に、焦らされているような感覚がある。
それを伝えて良いのか分からず、パチュリーは口ごもった。
「このまま、時が止まってしまえば良いのに」
あはは、と美鈴は苦笑する。
「私は私が嫌い」
「私はパチュリーのことが好きですよ」
貝繋ぎで手を握られる。
「ずっと一緒よ」
「はい、私はパチュリーを守りますよ」
だから安心して下さい、と頭を撫でられた。美鈴の掌の熱が伝わってくる。
とても落ち着く感覚だ。
ほう、と吐息して、美鈴に唇を重ねた。
重ねるだけのものを何度か繰り返し、舌を割り込ませると美鈴が応えてくれる。
自分は臆病だ、とパチュリーは思う。
一歩を踏み出すのは簡単なことだ。
基本的にレミリアは自室で仕事をしているというから、そこに行って再戦を申し込む、
それで事態は前進する。また負けるにしても、もしかして勝つにしても、それで今の状態
から抜け出すことは出来るだろう。
今の生活に大きな不便はない。
怒りが残っていることを抜きにすれば、とても充実している。
衣食住は保障されているし、隣には美鈴も居る。レミリアという敵は干渉してこないし、
魔女狩りの連中もここには来ない。美鈴も恋人にはなってくれないが、こちらが求めれば
大抵のことは受け入れてくれる。それなりに仕事をして、ただ愛しい妖怪に甘えていれば
良いだけだ。
堕落というのは、こういう状態のことを言うのだろう。
舌を絡ませ、ひたすらに口付ける。
先程何回か出されたものが垂れてくるのも構わず身をよじり、抱き付くようにして身を
絡ませた。肌がシーツに擦れる感触と、美鈴の全身から伝わる熱が気持ち良い。
シャワーを浴びるのも面倒な倦怠感は、それはそれで至福である。
抱き合い、唇を重ね合っていると、腹の奥が熱くなった。
四つん這いになり、月光に照らされた美鈴の顔を見る。
いつもの笑みだ。
またがる姿勢になったせいで出来たスペースに夜の冷えた空気が入り込み、パチュリー
はくしゃみをする。
「冷えるわね」
「もう秋ですからね」
そういうことではない、と肌を密着させる。
温かい。
美鈴の髪に手櫛を通し、窓の外を見た。
満月である。
日本は四季がはっきりとしている、色を失った葉が揺れていた。
「もう、一年以上になるのね」
そうですね、と美鈴も窓の外を見た。
短いわ、とパチュリーは呟いた。
美鈴と居ると、時間の経過が一瞬のように感じられる。
このままどんどん時間が経過していき、
「このまま、あの葉のように色を失うのかしら」
時間の経過は、殆どのことを消してしまう。
レミリアへの怒りもやがては消えてしまうのだろうか、と思うと、無性に切なくなった。
再戦の申し込みは、いつでも出来る。
それが出来ないのも、また道理であった。
× × ×
おい、と魔理沙はパチュリーを見た。
「何?」
「いつまで続くんだ? と言うか、ダメだろ人として」
「だよな、今のは私も流石に引いた。と言うか私が頑張ってる間にンな事してたのか」
魔理沙とレミリアは二人揃って溜息を吐き、
「「これだから魔女は」」
うるさい、とパチュリーは二人を睨んだが邪悪な笑みで返された。
「でも今のパチュリーの片鱗は見えてるよな」
「だな。私も久し振りに会ったときは驚愕したが、むしろアレが素だったんだな」
美鈴も可哀そうに、と二人がハモる。
パチュリーは一瞬だけ眉根を寄せたが、語りを再開した。
× × ×
再会は、突然のことだった。
寝坊し、慌てて結界のチェックに向かったパチュリーは久し振りにレミリアと会った。
普段は十時頃にチェックを始め、十時半には終わる。遅くても午前中には終了するので
午後までフランドールの部屋の前に居ることはない。
だが今日は目が覚めたのが十二時である、完全な寝坊であった。
パチュリーが飛んで向かうよりも、美鈴がパチュリーを抱えて走った方が早い。なので
俗に言うお姫様スタイルでフランドールの部屋に向かったが、
「よう、美鈴」
そこに居た陰に、パチュリーは一瞬固まった。
「あ、結界のチェックは私がしといたからな。問題なしだ」
「わざわざ自ら?」
「実は美鈴が出張中は私がしていてな。美鈴の人選に不満があった訳ではないんだがな。
不測の事態を考えて、お前には悪いと思ったが自分ですることにしたんだよ」
そうですか、と美鈴が頷くと、部屋を内側からノックする音が響き、
「お姉様、めーりんも居るの?」
いるぞー、という呑気なレミリアの声に、フランドールの笑い声が聞こえてくる。
「パチュリーは?」
んー、とレミリアはわざとらしく周囲を見渡し、
「あ、居たな。気付かなかった」
すまんすまん、と笑って手を振ってくるが、気付かない訳がないだろう。何しろ美鈴の
腕の中だ、美鈴の顔が見えるなら自分の姿も見える。
レミリアはククク、と笑い、
「しかし、久し振りだなぁ。なかなか会いに来ないもんだから」
く、とパチュリーは歯噛みした。
分かって言ってるのだ、このババァ幼女は。
でも安心したよ、とレミリアは二人の顔を見て、
「もう元に戻っているようだしな。特に美鈴が」
はは、と笑う美鈴の顔は普段と同じもの、今回は泣きそうな顔などしていない。
再びパチュリーの心に火が点いた。
どうして分からなかったのだろう、と後悔する。美鈴自身、多分意識していなかったの
だろうが、パチュリーに甘えてくれたのだ。今までも、きっとこれからも同じ事を言われ
続けても美鈴は表情を変えないだろう。ただ数か月前のあの日、一度だけ、もしかしたら
という可能性にかけて甘えてくれたに違いないのだ。
先代にスカーレットを頼むと言われたから、愛する者の頼みを美鈴は実行してきた。
でも苦しくて、だから無言の内に助けてくれと言ってきたのだ。
それなのにパチュリーは敗北し、そして泣いて、諦めた。
悲しんでいると知っているから、このお人好しは甘えさせてくれたのだ。
情けない、と拳を握る。
しかし、それも今で終わりだ。
美鈴の顔が、魔女の誇りと自尊心を急激に目覚めさせる。
「もう一度勝負よ、レミリア・スカーレット」
美鈴の腕の中、パチュリーは宣言した。
勝てるのか、と唇の端を吊り上げるレミリアに対し、答えたのは美鈴だ。
「レミリア様、お言葉ですが」
ほう、とレミリアは視線を鋭いものに変える。
「言ってみろ」
「はい、パチュリー様は前回の決闘の後で大泣きされました」
だからどうした、とレミリアは答える。
表情は変わらぬままで、続きが何であるかを知っているように。
「そしてパチュリー様は、泣いた後には必ず困難を乗り越えることが出来るお方です」
その言葉に、胸が熱くなる。
「ですので今回、パチュリー様が負けることはありません」
美鈴は、待っててくれたのだ。
パチュリーが一歩を踏み出すまで、何も言わずに傍で見守っていてくれた。
お人好しな癖に意地が悪い、とパチュリーは思う。守ってくれると明言はしているが、
その方法が分かり辛い上に、問うても知らぬふりをするだろう。
だから、もう甘えた時間は終わりだ。
「お姉様、何の話?」
「いや、大したことじゃない」
「そうね、大したことじゃないわ。貧乳が私を妬んだだけよ」
そっかー、というフランドールの声にレミリアが悔しそうな表情をするが良い気味だ。
ざまぁみろ、と思いつつ、
「時間は次の満月の晩、前回と同じ場所よ」
● ● ●
「信じてましたよ、パチュリー」
そうね、とパチュリーは頷き、
「それよりも、さっきのでキス一回よ?」
● ● ●
月は満ち、二人は対峙する。
一人は笑みを浮かべ、一人は相手を睨みつけて。
「怪我しないと良いんですけど。それとクッキー焼いてきました」
「どっちが勝つと思う? あ、ジュースに氷あげる」
「サンキュ。パチュリーじゃない? 美鈴がそう言ったんだし」
背後からの大妖精、フランドールとチルノの会話を聞きながら、パチュリーは賢者の石
を展開した。今回のルールは、互いに最初から全力で、というものだ。美鈴とパチュリー、
二人で考えたもので、今のところは最善の策でもある。
ギャラリーのせいで緊張感が薄いが、逆にリラックスになった。
イケる、とパチュリーは笑みを浮かべた。
「位置は大丈夫ですか?」
「最高よ」
現在、パチュリーは美鈴に抱えられた状態だ。
普通に飛んで移動するよりも、こちらの方が最終的に速くなる。
「どうするつもりだ?」
高速で飛んできたレミリアを、美鈴はステップ一つで回避。
既にパチュリーと美鈴のリンクは済んでいる、少なくとも身体能力でレミリアに負ける
ことはない筈だ。両足が光っているのは何ともシュールな光景だが、空中戦をする以上は
震脚を使うことが出来ないし、そうなれば腕のものよりも脚での攻撃の方が強い。それに
パチュリーを抱えているので、そもそも腕での攻撃は不可能に近い。
レミリアの攻撃を美鈴に避けて貰いつつ、パチュリーはタイミングを計る。
正直、勝ち目の薄い勝負ではある。
だがゼロだと思っていた以前と比べたら、それは雲泥の差だ。
飛ぶ、跳ねる、回る、翻る。
踊っているようだ、と思いながら回避を続ける美鈴の中で思う。
眼前数cmの距離でレミリアの脚やグングニルの穂先が乱舞するが、怖いとは思わない。
美鈴は守ると言ってくれたのだし、前回はしっかりと守ってくれた。今回もまた三回戦分
は思い出作りをしてきたので、何の憂いも存在しない。
美鈴が大きく姿勢を崩したところで、レミリアがグングニルを投擲してきた。
曰く、火は木より出ずるものである。
パチュリーは賢者の石に命令を伝え、眼前の大気が爆発する。
美鈴が煙草を吸うときに利用する風術や雷術も、五行で言えば木気に当たるものだ。
風はパチュリーの意志の元にあり、衣服もまた木気を持つものである。
故に動く。
暴風を操り、パチュリーと美鈴は高速で降下した。
長い赤と紫の髪が大気に揺れ、踊り、絡み合い軌跡を描いていく。
「無駄なことを」
レミリアが追ってくるが、狙い通りだ。
美鈴の教育だけでなく、幼い頃から見てきた姿の影響もあるのだろう。レミリアは魔法
による弾幕よりも、肉体を使用しての格闘を好む生粋の戦士である。強力な妖怪にしては
珍しい性格だが、そのようなレミリアだからこそ通じる作戦がある。
来い、とパチュリーは背後を見た。
こちらを追ってくるレミリアの表情には余裕があり、
「待たんか卑怯者が!!」
パチュリーは更に高度を下げるように美鈴に言う。
体は水平になり、更に仰向けの姿勢になった。
「星が奇麗ね、ここは。あ、美鈴の方が綺麗よ? よし好感度アップ!!」
「何を言ってるんですか」
はぁ、と吐息しながら美鈴は高度を下げる。
水面まで数cm、少しでも身体の操作を誤れば頭から水面へと激突するような状態だ。
高速移動により視界には跳ね上がった飛沫が映り、地上の星空のようだ、と思う。
両足をスタビライザにして体位を細かく調節し、美鈴はパチュリーに視線を送った。
「それでは、行きますよ」
強く抱きしめられる感触を感じながら、パチュリーは姿勢を変えた。
美鈴と向き合う形になり、唇を重ね合う。
何か抗議するような視線が来たが無視をして、パチュリーはおもむろに手を突き出した。
腕の方は魔法で強化済みである。
結果、砲のような音と共に巨大な水柱が発生した。
「目眩ましか」
違う。
そういった意味も無いことは無いが、本来の目的ではない。
曰く、水は木を育むものである。
賢者の石は命令を忠実に実行した。パチュリーの手から伝わった木気により、水面から
無数の大木が生えた。普通では水中に生えない、白樫の群れだ。
美鈴はそれを回避しながら、パチュリーにアイコンタクトを送る。
「ア・イ・シ・テ・イ・マ・ス?」
「後ろに注意ですよ!!」
美鈴の叫びと共に、背後から轟音が響いてきた。
姿勢の関係上、背後を見ることは出来ないが、
「大体想像出来るけど、どういう状況なの?」
「レミリア様がグングニルで木を砕きつつ一直線に……わぁ!!」
大きく横にスライドし、そこをグングニルが掠めていった。
「惜しい、もう一回!! もう一回!!」
やけにノリノリな声も聞こえてくる。
「頼む、先っちょだけ!! 先っちょだけだから!! な!?」
アウトー、と美鈴は叫び、
「ペナルティ追加ですよー」
ぎゃー、と苦悶の声が来た。
余裕あるな、と思いつつパチュリーは適当に弾幕をバラ捲いた。
パチュリーの身体は木気の器である故に何発かが木に被弾し、受けた幹が砕け、破片が
宙に舞っていくのが感覚で分かる。この為に感覚を掴む訓練もしたのだ。
意識を背後の大気に集中させる。
曰く、心臓に白樫の杭を突き立てた後、陽光に晒し、灰を流水へと流せ。
一般的な吸血鬼の退治方法である。
魔女が聖職者の言葉に従う道理もないし、レミリア自身も普通の吸血鬼ではない。
しかし効果がそれなりに有るのは、美鈴からの報告で知っているし、パチュリー自身も
吸血鬼らしい部分を何度か見た。特に今日の朝食のことである、たまたまレミリアが同席
することになったのだが、納豆という珍妙なものを出された。大豆の発酵食品らしいが、
それを知ったのはレミリアの様子を見たからだ。
「まさか本当に粒の数を数えるなんて」
吸血鬼は目の前に大豆を捲かれると、どうしてもカウントしてみたくなるらしい。
マイナーな習性を実行する幼女は、何とも表現し辛かった。
本来ならそちらの木も生やしたかったが、大豆は多年草ではないので成長させきった姿
で出現させても水かさの関係で水面に種子が出てこない。もっと浅い部分ならカウントを
している間に背後から頭をガツンで済むのだが、
「上手くいかないものね」
「下種い考えをしてるからですよ」
「どうして分かったの? 愛?」
「口に出てました」
あら、とパチュリーはわざとらしく驚きつつ、感覚で破片を捕捉する。
穿て。
無数の破片を水面に向けて降らしていくと、レミリアの叫び声が聞こえてきた。
しかし元気そうである。
「貴様、下手をすればマジ死にするところだったぞ!!」
「そうなれば私と美鈴の愛の王国の完成ね、よく分かるわ」
再びグングニルが飛んできた。
回避は美鈴任せなので、あまり厄介な攻撃はしないでほしい。
今も尚、白樫が生え続けている水面を見て、パチュリーは舌打ちを一つ。
「広すぎよ、ここ。今、予定の何割くらい?」
「ななわ……おっと七割くらいですね」
まだまだ足りない。
「加速して」
はい、と答えて、美鈴は近くにあった手頃な木に足を掛け、一気に身体を伸ばす。
加速した。
常に水面に腕を突っ込んでいる状態だ、速度のせいでブレも大きなものになる。
レミリアも水面に激突しないよう速度を調節しているのか、自分達と違い直線で進んで
いるにも関わらず、距離は縮まっていない。だが広がってもいないのは厳しい状況だ。
八割、と聞こえ、眼前に幹が迫ってきた。
美鈴だけの動きでは回避不可能と判断、パチュリーは胴を傾けて大きく軌道を逸らす。
九割、ここからが正念場だ。
視界自体が開けていない中、美鈴に合わせて体を上下左右に振ることで、大木の群れを
回避し続けていく。強化をしていると言っても腕の関節や骨が悲鳴をあげ始めているし、
早めにケリをつけたい、とパチュリーは思う。
弾幕と破片のランダムなバラ捲きも、少々辛くなってきた。
ごう、と水面で爆発が起きる。
「レミリア様が水面でグングニルをブチかましました!!」
背後からの津波のような衝撃に、大きくバランスが崩れ、
「ヒャッハー隙ありィ!!」
小物ボイスと共に、強大な魔力の気配が襲ってくる。
激音。
骨が砕ける音、肉がえぐれる音がして、脇をグングニルが飛んでいった。
「何とか軌道を逸らしました、保険かけといて良かったですね」
「良くないわよ」
一瞬だけ横目で確認すると、美鈴の右の太腿から下がグロいことになっていた。
まだか、と焦っていると、美鈴が笑みを向けてきた。
角度が変わる。
軌道が上方へと修正され、腕が水面から抜けた。
片足での踏み込みの感触が尻から伝わり、
「いきますよ」
一気に上昇する。
視界がどんどん高くなり、次第に湖の景色が見えるようになってくる。
酷い光景だ。
水面にまんべんなく大木が生えている様は、恐らく世界中を探しても他にないだろう。
仏教式の地獄はキリスト教のものとは違い、様々なアトラクションで構成されている、と
文献で読んだことがある。その一つに針の山というものがあったが、それが近いだろう、
と何となく思った。
水面が見えない程の密の状態、これならばイケる。
パチュリーは高速で詠唱を開始。
「どうした、追いかけっこはもう終わりか?」
「だから貴女はどうして台詞が毎回小物臭いのよ」
自分たちに有利に進んでいる筈なのに、何だか釈然としない。
今度、どのような教育をしたのか美鈴に聞いてみようとパチュリーは思う。
だが今するべきことは、
「待たせたわね。そして教えてあげる、私の怒りの炎は凄いのよ?」
吸血鬼が太陽の光に弱いのは、熱量の関係ではない。
その太陽という概念である。
東西の神話で太陽が神格化されているのは、人知が及ばぬものの一つだからだ。
曰く、火は木より生まれる。
潤沢な湖の水は、大量の木へと変化した。
大量の木から生まれるのは、大量の炎である。
物理的なものと結び付く陽の気は賢者の石によって何度も廻った結果、純化され、加速
されていき、やがては炎と結び付いて昇華され、それらは物理的なものの極致に至る。
炎の極致であるそれは、太陽の炎に近い。
「燃え上がれ、陽光の眷属よ」
パチュリーは叫ぶ。
「ロイヤルフレア!!」
莫大な本数の炎柱が爆発すれば、回避は不可能だ。
グングニルで一方向からのものを防いでも、これは全方位からの力の放射である。
轟音。
周囲の炎は美鈴が大木の下から引っ張ってきた水気によって打ち消しているが、視界は
僅かな隙間もなく赤の一色に染め上げられる。
そして赤の視界の中、パチュリーはレミリアの言葉を聞いた。
ありがとう、と。
× × ×
「と、まぁ、こんな感じよ」
成程な、と頷いた魔理沙は、次の瞬間首を傾げた。
うン、と何度か唸り、
「それで終わりだよな?」
「そうね」
うン、と不思議そうに何度も頭を捻る。
「本当にそれで終わりか?」
パチュリーは頷いた。
数秒して、魔理沙はパチュリーとレミリアを交互に見つめ、
「謝って無くね? あ、そうか、その後でレミリアが」
謝ってないぞ、とレミリアは当然のように言って紅茶を啜る。
「私は本気じゃなかったからな。弾幕も使ってないし、飛び上がって上からグングニルを
連打するとかで簡単に勝てた。それをしてないから負けじゃない」
「全力でというルールで使わなかったレミィが悪いのよ、よって私の勝ち」
何だと、と二人は互いに睨み合う。
馬鹿だー、と魔理沙が呟くと、二人に睨まれた。
でも、とパチュリーは目を閉じ、
「それでも少しはレミィの良いところが見えたしね。それからお互いに少しずつ歩み寄る
ことにしたのよ。馬鹿だし大嫌いだけど、顔を合わせたくない相手じゃないから」
「はいはいツンデレツンデレ、根暗モヤシ根暗モヤシ」
何を、と二人は再び睨み合う。
「それにしても、皆仲良くて良いよな。平和万歳、家族万歳だ」
「……そうだな」
レミリアの返答に、魔理沙は首を傾げた。
どうした、と魔理沙が尋ねるとレミリアは珍しく苦笑し、
「何でもない」
門の方角を見た。
パチュリーは黙って紅茶を啜る。
紅魔館は今日も、概ね平和である。
× × ×
トイレ、と言い訳をしてレミリアは図書館を出て吐息した。
そして再び門の方角を見る。
思うのは自分が生まれたときから傍に居てくれた妖怪のことだ。
お人好しな彼女は、レミリアに色々なことを教えてくれた。
そして何か上手くいけば褒めてくれたし、間違ったことをしたら今でもきちんと叱って
くれて、普段も至らぬ自分を何かと気にかけてくれる。
だがパチュリーにも伝えていないことがある。
レミリアが銀色の髪を持っている故に。
フランドールが歪な羽を持っている故に。
美鈴は、スカーレットの姉妹を誰よりも憎んでいるということを。
いいぞ!もっとやれ!!
そして最後のシリアス発言も気になります。
続き待ってます!!
誤字の報告を
美鈴の髪に手串を通し、窓の外を見た。 手櫛
日本は四季がはっきりとしている、色を失った歯が揺れていた。 葉
出来るだけ起きないようにしているのですが、ナデシコを全話一気に見たせいで脳に影響が……
吸血鬼のお豆に関してだけは、読み返して伝わりにくいと思ったので解説します
一部の地方(うろ覚えですが確かルーマニア北部)では、そのような伝説があります
吸血鬼に追われたら大豆を捲いて逃げろ、というものです
妖怪というのは概念的な生物なので、串刺し公の生首伝説と関係あるのかもしれませんね
どちらも見方によっては球体に近い形ですから
因みにセサミストリートにカウント伯爵という数字の綴りなどを教えてくれるキャラクターが居て
彼は数えるという繋がりからか、吸血鬼という種族という設定です
私を信じなくても良いですが、セサミのスタッフは信じてください
以上、解説でした
嫌いじゃないむしろ大好きなんだが本編がいい感じなので、アウッ!にならん程度にイチャイチャして欲しい。
私見だけど、今回のより描写すると厳しいと思う(全年齢的に)
現在のお嬢様がラストで思わせぶり的な発言をしていたということは
過去のわだかまり的な何かについて現在の視点でも何かしら話が展開するってk
……無粋な予測はやめときます^^;
続きも楽しみにします!
次も期待してるよ~
相変わらずのバトル描写といい魔法理論といいすんなり読ませてくれる。
次回も期待!
最後のお嬢様のセリフで次回が気になるので読み返しながら待ってます。
もっと自重しないで突き進んでください。
割と出来る子なチルノが良い
もちろん性的な(ry
それと読んでて突っかかる部分がないのでとても楽しく読めました。
ただ、今回のは創想話的にかなりギリギリな気がします。
明確な基準は無いようですが、気をつけた方が良いかと。
すでに目を通していらっしゃるかもしれませんが、
そのあたりの事は管理者blog2008年1月5日の記事に書いてあります。
次も楽しみにしています。
銀髪が関係あるのかな
全体を通して凄くいい雰囲気で楽しめました。
もうそろそろシモいらないんじゃ?
パチュリーが美鈴がメインだからってのはわかるけど殆どアホの子みたい
台詞くらいもうすこしまともでもいいじゃない
エロイよパッチェさん。
それとエロい台詞の類は特にないですし
このレベルなら大丈夫だと思います
ところでタイトルの数字は年を表してるんかな?
なんか某馬鹿騒ぎを思い出した
とことん美鈴以外の扱いひどいな
これまでの作品を見ても、指摘されているにも関わらずどれも修正されてない。
コメントへの対応は自由だが、皆親切のつもりでやってるのだから、きちんと応えるのが好ましいんじゃないか?
誤字を修正するつもりなんてさらさら無く、いちいち指摘されても煩わしいだけってことならコメント欄にそう書くなり、あとがきに「誤字報告不要」とでも書くなりして欲しい。
親切心からのコメントが捨て置かれているのを見るのは、少々物悲しい。
続きを書くことに夢中になっていたので……
とりあえず一段落したので、また指摘があれば直していきます
言い訳とか
・シモは人気取りではなく、露骨にイチャイチャさせたかったということと一応の伏線です
恐らくこれ以上は酷くならない(予定)です
・レミリアと美鈴は互いのダメな部分をフォローしつつという感じなので、
美鈴が素敵状態だとアホにな仕様となっています
・タイトルは「M(美鈴)P(パチュリー)S(咲夜)S(スカーレット):年」
とても分かりやすい感じですね?
各キャラの能力、種族、正確
美鈴の言う通りの正確
変態意外
妙な分の作り
あと美鈴さんとパチュリー様はそろそろ籍をお入れになられるか、娘作りに励むべきではないかと思われます。
あと美鈴さんとパチュリー様はそろそろ籍をお入れになられるか、娘作りに励むべきではないかと思われます。
美鈴の相変わらずのイケメン振りも、お嬢様の小物感も素晴らしい。
是非とも続編よろしくお願いします。
魔理沙がドロドロすぎると突っ込む気持ちも分かりますね
あなたの書くパッチェさんと美鈴が良すぎて生きてるのが辛い
最後のレミリアの独白はなんなんだろう……次回作も楽しみにしてます!