―――今がいつかわかりません。
―――でも、ここがどこかはわかります。
この部屋が私のおうち。
あたしはフランドールいう名前だということはしっています。
私に時間を教えてくれる人は、咲夜という『たべもの』です。
一日に二回、私に『たべもの』を持ってきてくれます。
それだけが、私に一日のおわりとはじまりを教えてくれます。
むこうからガチャガチャと、うるさい音がします。
それが合図なのです。
「フランドールお嬢様、ご機嫌いかがですか」
●
―――正直な話。
現在無職の私にはありがたい申し出だった。
なんと一日子守をするだけで、破格の賃金が手に入るのだ。
……でも。
でも、一つだけ不可解な事があった。
「……なんで私なんだ?」
「貴方が一番適任だからよ―――『不死身』さん」
十六夜咲夜はそう答えた。
「それはどういう意味?」
「会ってみれば分かるわ……くれぐれも迷惑かけないようにね、処理が難しいんだから」
処理という単語に違和感を感じ得なくも無いが……。
「まあいいわよ、子供相手に手間取る道理もないしね」
了承してやることにした。給与に目が眩んだ。
「そう、助かるわ」
「ちなみに謝礼の方は……」
「ええ勿論弾むわ」
「……しかし」
「?」
「解せないな」
「何が?」
「レミリアは、自分で妹閉じ込めておいて、今度は自分の気持を慰めるために一方的に開放するってことでしょう」
「…………」
「外の世界を観光させたいだかなんだか知らないが、随分と自分勝手だと思ってな」
「―――言いたいことはそれだけですか?」
「……ま、関係ないけどね。私の仕事はそいつと一緒に外で過ごすことだろう?」
「ええ、頼んだわよ。くれぐれも、準備が終わるまで紅魔館に近づけないでね」
「仕る」
●
日が傾き白い光がおだやかに朱色に移りゆく。
風が流れるも木々の囁きも心地よい。
しかしながら、そんな穏やかな風景との適応を拒否しているものがある。
それが私の目の前にあるもの。
「…………」
さっきからずっと黙ってる少女。
名前はフランドールというらしい。
病的なまでに白い肌に、不謹慎だが赤い衣装が良く似合う。
妙ちくりんな翼も……お世辞に言っても趣味が悪いな。
そして何よりも―――黒光りする拘束具。
こんな目隠し手錠の装備で、外の景色を楽しめとは……紅魔館には頭の足りない奴しかいないんじゃないか、特に十六夜。
なんとなく……そう、なんとなく。
「外してあげようか?」
下心無しに提案してみた。
「いい。外すとレミィ姉さまに怒られちゃう」
「空け者。私が勝手に外すんだから私が怒られるのが道理だ」
「でも……」
「でも?」
「やっぱいい!」
「……怖いのか?」
「怖くないもん!」
「じゃあ外すよ」
「待ってて、今外すよ―――――動かないでね」
錆びていたのか、私が人外なのか……はたまた両方が原因かはわからないが、思いのほか簡単に外れた……否壊せた。
「ほら、楽だろう」
瞬間、目が合う。曇の無い刃の様な視線と。
…………?
―――――おかしいな。
逆立ちしたつもりは無いが、視界が上下逆転している。
いつの間にか地面をころころと―――。
嗚呼―――――そうか。
首と胴が分離しているんだ。
普通の人間なら即死級だろう。
でも私は不死なので数秒後に再生した。
「ンの童……ッ! 何すんのよ! 死なないけど死ぬかと思ったじゃない!」
「おねーちゃん、おもしろーい! キャハッ」
「―――――こいつ殺す!」
炎を集約―――展開させる。
紅燼が吹き荒れ、ゆっくりと、空気を焦がす。
炎を背負い、いざ尋常に勝負―――!
「あたしは殺せないよ~。もう一回っ! エイッ」
また首が宙を舞ったのでくるくると風車と化す。
しかし不死なので即刻、再組織。
「お前!?」
「でも、飛び出したら負けなんだよね……しょぼん」
「私を黒ひげ危機一髪か何かと勘違いしてないか……!?」
「あたし、こういうテレビみたことあるよ~バイキンの人と戦うテレビ!」
「宛(さなが)ら私はアンパンの道化といったところか……」
なんか……逆に怒る気が失せた。
私の中で『処理』と言う言葉と『適任』と言う言葉が反芻されるのであった。
文字通り『適材適所』じゃないか……。
「ぎゅっとしてーぎゅ~とするとぉちょーちょー」
「……私の腸を蝶蝶結びにしないでくれ、死ぬほど痛いだろ」
「私は痛くないもん!」
「―――チッ、割に合わない……!」
―――輝夜に頼めよ。
一回死ぬごとに、保険料を請求したい。
しかし風が吹くごとに頭は冷やされ、思考は凍結されていく。
今そんなことを毒づいても仕方ない。
「さーむーい!」
横を見れば爆弾少女が駄々をこねている。
こいつは、迷惑とか考えたことがあるのだろうか? とか思ったが、大人の対応を心がける。
「まだ弥生だからな、寒いのは無理もないわよ」
「おねーちゃん、お家帰ろうよぉ」
……いま紅魔館に戻られるのはまずいな。
かといって家なき子の私と共に路上生活は後で慧音に責められるな。
――こんな小さな子と露宿ですか!?
……絶対ダメだな、うん。
「ん~どうしようかな……」
「おねーちゃんもしかして―――――お家無い?」
「バっ―――そんなこと無いわけないこともないだろう! ちゃんと……あるよ?」
「……? じゃあ帰ろう!」
「今は……その、ちょっと改装中で……英語でいうとリフオーム中だ」
「……わかった」
「何が……?」
「ホントはないんでしょう」
「アルヨ」
「ぜぇったい無い! 無いったら無い~」
「アルッテバ」
「だってさっきから目線合わせないし……嘘ついてる声だよ、ソレ」
「チッ―――そこまでいうなら連れてってあげるわよ!」
「わーい!」
慧音ごめん。
そう詫びつつ、寺子屋へと足を向けた。
「おねーちゃん!」
「……なんだ」
「手」
「テ?」
「繋ごー!」
「……………………なるほど」
「?」
「『繋ごう』という提案と英語の『GO』つまり行こうという掛詞だな。出来るな……」
「……何をいってるのかわかんない!」
強引に手を握ってきた。
何故だか、少女の手は手錠と同じくらい冷たかった。
●
なんだかんだで人里まで来てしまった。
……喧騒が辛い。
それに加えてフランドールが目立つのか、視線が集まっているのが恥ずかしい。
手を繋いでいるので、親子に見え……!?
わ、私の子供じゃないからな!?
ざわ……ざわ……。
や、やめてよね!? 微笑ましいものをみるような目は!
ざわ……ざわ……。
「親子じゃないっていってるでしょ!!」
「! おねーちゃん、もしかして病気!?」
「―――ぁ。気にするな。心の叫びよ」
「でも……」
「大丈夫だ、慧音ならまだしも……私が親子連れに見えるはずが無い……」
「親子って……おねーちゃんには家族がいるんでしょ?」
私を見上げるように見上げた瞳は硝子玉のように透き通っていた。
なので正直に答えるしかなかった。
「ああ、いたさ。両親に、兄が四人、姉が五人に妹が一人だったわ」
「すっごく多いね~。どんな人?」
「父上も母上も素晴らしい方だったし、兄達も立派に出世したよ。姉は姉達でしっかりとしていたし……」
「ふ~ん」
「?」
「おねーちゃん、家族の話するときあんまり楽しそうじゃないね」
「―――――」
「冗談だよぉ!」
「……笑えないのは冗談じゃなくて、嘘と言うんだ」
「へぇ、そーなのかー」
「ああ、そうだ――――――っ、やばいな」
「なにがなにが~!?」
「ちょっと隠れよう」
こそこそと物陰に隠れた。
見知った顔を凝視する。
十六夜と魂魄の二人だった。
……肩を並べて、歩いているところをみると買い物帰りだろう。
袋を片手に二つ、合計四つぶら下げている。それが二人なので八つか……。
あんなに大量に買って消費できるのか?
―――と、今日はコイツの誕生日だったな。さぞ豪盛だろうなぁ……。
魂魄はそれの手伝いをしているとすれば合点がいく。
「なんで隠れるの? かくれんぼはしてないよね」
「ちょっと大人の諸事情だよ」
「ふーん。でもあれって咲夜だよね」
「―――う」
「『妹紅お姉ちゃん』が『咲夜』から逃げている……ってことは見つかっちゃペナルティーがあるってことだよ……何か隠し事してるでしょ?」
「…………」
「沈黙は肯定だぁ!」
「…………」
「なに考えてるの~?」
「案外鋭いなぁと思ってね……ところでさ」
「また誤魔化す!」
「あいつらってあんなに仲良かったっけ?」
「え?」
「いや、ちょっと疑問に思っただけ……」
「ん~、わかんない!」
「そうだよな」
「うん……」
「?」
「咲夜、楽しそうだね」
「そうだね」
もっとも。
私は今よりも楽しそうな十六夜の顔をみたことがあるけどな。
「十六夜はお前の家族なのか?」
「ん~ん、違うよ!」
やっぱりか。
●
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふわぁ~眠いよぉ……」
会話もなく気不味い空気が流れているので解消せねばなるまい。
……共通する話題を探す。
ん~あることにはあるんだけどなぁ……振ってみるか。
「幽閉されるって辛いよな~」
「…………」
「堪ったもんじゃないよね」
「…………」
……しまった。軽率だったか。
「…………」
「私も――お前ほどじゃないけど経験したことあるよ」
「……おねーちゃんも?」
「ああ。もっともそいつらは赤の他人で大義名分は『解体新書創る』だとか囀ってたけどね―――ハハッ」
「その人達、どうしたの?」
「灰燼にしたさ。勿論、一人残らずな」
「私も壊したほうがいいのかなぁ~?」
「笑顔で言われてもなぁ。まあそれなりに覚悟したほうがいいと思うけど……お前の場合身内だろ」
「ううん、身内はお姉さまだけだよ」
「十六―――違うか。まぁさ、お前なんだかんだいって人殺したことないんだろ?」
「うん」
「そういう奴が殺すとさ、心が壊れちゃうもんなんだよ」
私にみたいにね。かっこ嘲笑、使い方あってる?
「だからさ、覚悟とかしといたほうがいいよ……もしもの話だけどね」
「あたしは覚悟とかしたくないなぁ~」
「え? お前、今―――」
「だって人殺すって悪いことなんでしょ?」
「―――――」
「あれ、間違ってる?」
「…………」
「?」
「――――――アハハハッ、確かに言われてみりゃその通りだわ! 私は何を偉そうに―――ハハハッ、お前は間違ってない、正しいよ――!」
「おねーちゃん、壊れた?」
「いいや、大丈夫正常だ。否、正常に戻った。お前が戻してくれたんだ、礼を言おう」
「?」
「フフッ――面白い奴だ」
頭を撫でてやった。
「エヘヘ~! あたし、いい子?」
「ああ、善人(いいこ)だ」
私と違ってな。かっこ苦笑、たぶん使い方あってる。
そんな良い子に何かをしてあげたくなったのは自分が照れくさかったからだろうか?
ちょうど誕生日という名分もあることだし。
「何かお前は欲しいものとかあるか?」
「ん~ないよ~」
「そうか……」
私は何を聞いているんだろう……らしくないなぁ。
「でも」
「なんだ?」
「『てんしさま』に会いたいなぁ……」
「て、天使!? ミカエル……?」
「みかんじゃないよー! 『てんしさま』!」
「だからミカエルとかガブリエルとか……」
「『がぶりチュー』はお菓子だよ?」
「……もういい。で、なんでその天使とやらに……」
「むかし、絵本で読んだの! 『てんしさま』は願い事をなんでも叶えてくれるんだよ!」
「そうなのか?」
「そうだよ! だからね、お願いするの」
「何を……」
「レミィ姉様といっしょに暮らせますようにって!」
「…………」
「だって、辛くはないけど寂しいもん……」
「―――別に……」
……下手な慰めはやめておこう。
いやはや、唇から鉄の味がするのはどうしてだろう。
●
「さて……どうしよう……」
私らしくないことを行動をとって、その結果を握り締めていた。
彼女をイメージした、赤い色の小さな勾玉は握っても痛くなかった。
緊張する。どうやって渡そうかと考えるだけで胸が締め付けられる。
「むぅ……」
悩ましい悩ましい。
「おねーちゃん、ここは?」
「え?」
悩んでいたら、家を求めて三千里――いつのまにか寺子屋にたどり着いていた。
木製の住宅兼用寺子屋はいつみても立派だ。
「―――ここは……ここが『私の家』だ。立派だろ」
これは嘘でなく冗談です。冗談だっていってるでしょう、笑って。
「ほぇ~おっきいね~」
「ソウダロ、『私ノ家』ダゾ」
「何が『私の家』ですか! ここは私の宿兼用寺子屋です!」
「うわっ出た!」
背後から持ち主が現れた! コマンド?
「持ち主を幽霊扱いですか……無職の人には百年かかっても買えない立派な家を、言うに事欠いている自分の住居呼ばわりとは……人生やり直す?」
「いや、滅相もないです」
「あら……妹紅、この子は?」
「フランドールっていう私の……」
「おねーちゃん、この人だれ?」
「―――――き、近所のお姉さんだ」
「ハァ!? ちょっと妹紅どういうことよ!?」
「おねーさんのおねーさんってことはおばさんってよべばいいの~?」
「お、おば!?」
フランドールは、呪文を唱えた。 慧音は硬化した。
「よし作戦通りだ! さて今のうちに入ろうか、フランドー……長いなフランでいいか?」
「いいよ~」
「じ、じゃあそういうことで。慧音、あとで焼き鳥おごるから……許してくれ」
「…………」
返事が無い、ただの石化のようだ。
「はーやーくー」
「今いくよ」
●
気がついた慧音に埋められましたです(物理的にも社会的にも)。
絶賛さらし首状態、笑えねぇ……。
「さて、妹紅説明してくれるかしら」
見上げる度に慧音の生足がチラチラ見えてしまうのだけれど。
嗚呼、艶かしい。
「えっと……あまり深くないんだけど……」
首だけとなった私は、これまでの経緯を大雑把に説明した。
「……貴方のプライドの高さが招いた悲劇ね。自業自得」
「もう、ホントごめんなさい。だから出して、土が冷たくて痛いよ~……」
「おねーちゃん大丈夫、あたしが助けてあげようか?」
「おお、ありがとうフラン! でもしゃがむと下着が丸見えだから注意しろ」
「あたしが助けたげる~!」
「こらこら、いいのよ。フランドールちゃん。そんな気を使わなくても……」
「うっさいおばさん!」
慧音を指差しながら言い放つ……って、それは自分自身の命を縮めているようなものだぞ! 何か救う手立てはないものか……。
――とはいっても動くのは首だけだから、援護は出来ない……じゃなくて報復が怖いのでしたくない。
「け、慧音、最近肌艶いいよね! なにか使ってる!?」
「そうなのよ~、枕を羽毛枕に変えたの! すっごいのよ!」
「……おばさんにお肌つやつやもなにもないと思ウケドー」
「う、虚け! 今すぐ謝れ! 土下座だ、誠心誠意真心をこめて謝罪だ!」
「あらあら、いいわよ別に。こんなことでいちいち怒ってたら寺子屋なんて務まんないから」
あら? 笑顔だけど黒いものが見え隠れする……。
「でもね……次言ったら歴史の狭間に埋葬して二度と地平線は拝ませないわ」
「「!?」」
「ひぃっ……! ぅう……うぅぅ」
「お、おい。いくら怖いからって私の脳を思いっきり掴むな、死ぬほど苦しい……ッ!」
「ヒッ―――!」
「苦しいィ……死なないけど死ぬ……!!」
「反撃しないなんて……妹紅、あなたって以外に子煩悩ね」
「出来ないし意味が違う――――――ァ」
「あ、■■った~!?」
「―――――」
「も、もこ~!?」
「大丈夫、おねーちゃんは簡単には―――――」
「――死なないわよ!」
「心臓も再生出来るとは……流石ね」
「今日だけで小町の顔を度々拝んでるわ」
「ハァ――ハッ、いい加減出してください」
「しょうがないわね……」
「おねーちゃん、お外で遊んできていい?」
「いいけど、迷惑かけるなよ。特に殺さないこと」
「はぁ~い」
………………。
…………。
……。
トトトトッ。
「おねーちゃん! お団子作ったよ~! 食べて!」
「……土蜘蛛は食えそうな気がするが、土は食えないな……すまん」
「うー! あたしのお団子たべられないってかー!」
こらこら、私の胃を破裂させないでくれ、胃酸が骨にかかってムズ痒いだろう。
食べても死ぬし食べなくても死ぬ―――なんという分岐点だ。
「―――ァグファ」
「あ、また殺っちゃった……」
●
「あんたさ、今日何回目?」
「まぁまぁ、小町さん細かいことはいいじゃないですか。あなたも昼寝してることですし……」
「はぁ、流石のあたいも溜息」
「お手数お掛けします」
「輝夜とやりあってる時も、もうちょっと考えて欲しいよ。死んだと思ったらすぐに生き返る死神界へと顔見せチラリズム」
「ごめんなさい」
「まぁ苦労してんだろうね」
「四季様は、不思議にも今怒られてる……。なんでも勤務態度の悪い部下がいるそうで」
「……色々な意味でご苦労様です」
「さぁ現世につくよ」
●
ふぅ……三途の川はいつ見ても肝を冷やすな。
「起きた?」
「慧音……」
慧音は椅子に座って本を読んでいた。
私は慧音の布団で寝てしまっていたらしい……顔に白い布が掛かっていたが。
頭の下では慧音自慢の羽毛枕が私の頭蓋の形にへこんでいた。
「……フランは?」
「遊び疲れて寝てるわよ……あなたの隣でね」
言われてから気づく鈍感な私。
腕がしびれているのはコイツが枕にしていたからか……。
「そう、よっぽど楽しかったんだろうな」
「そうみたいね」
「……あのさ、慧音」
「ん、何かしら?」
「『完全』と『不完全』の境界ってなんなんだろう?」
「……急に哲学者になっちゃって」
「『不完全』ってのは欠けてるってことだろ? だったら壊れてるよな。例えばだけど、ミロのヴィーナスって美術品があるらしいじゃない。あれって壊れてるの?」
「ん~難しいなぁ……」
「じゃあサモトラケのニケは? あの首がない天使の彫刻―――あれは壊れてるのか?」
「……どうだろう? 見る人によって違うんじゃない?」
「壊れてると不完全なのかな……」
「……だったら逆に聞くけど、答えの無い解答に意味はない?」
「…………」
「そこには『分からない』という答えがあるわ。未知を知る――矛盾しているようでまったく矛盾していない」
「だったら――『人を壊す』ことは『人を創る』ってことと同義だよな……現実にはありえないけど」
「そうね……壊すことによって新しいものが生まれると考えることができればそうなるわね。ありえないけど」
「そうか……だったらさ、結局のところ欠けていようが欠けていまいが、不完全なんだよね」
「そういうことになるわね、でも、どうして?」
「……別に」
「フランドールちゃんのこと?」
「―――――」
「妹紅は本当にすぐに顔にでるね」
「あいつはさ、なんていうか―――異常なんだ」
「異常じゃない人なんているのかしら―――という常套句はおいておいて……なんでそう思うの?」
「壊すことが彼女の他人との繋がりなんだよ。壊すってことが、彼女にとっては言葉と同等の価値がある―――いうなら、他者を『奪う』ことが接触手段の一つなんだ。私たちは『守る』ことで他者と繋がりを持つけど、彼女は逆だ」
「…………」
「でも人って壊したら死んじゃうだろ? 少なくともどっちも正常ではいられないし、その寂しさを埋めるためにもっと他者と接しようとすれば泥沼だ。そう考えたらさ……」
「…………」
「そう考えたら、彼女は、とても不幸だと思った」
「…………たしかにそうね彼女は不幸だったのかもね」
「『だった』?」
「だって、あなたと会えたじゃない。壊しても壊れない、たった一つのコミニュケーションを伝えられる妹紅という婿(もこ)に会えたんだから」
「―――ありえないわよ」
呆れるな……でも。
いつも。
いつも慧音に救われている。
慧音に会えて良かったと思う。
そして。
私にとっての慧音のように、私は彼女に接することができたのだろうか。
少しでも彼女の糧になったのだろうか。
…………。
……違う。
今から、ここから始めればいいんだ。
●
「ン……ッ」
背中で微かな呻きが聞こえた。
「起こしてしまったか?」
「ふわぁ……おねーちゃん……ここは?」
「霧の湖だ。もうちょっとで紅魔館につくよ」
「おうちかえるの?」
「そうだよ」
……なんだかんだいってもう夕日が沈みかけている。
「おねーちゃんは『てんしさま』ってどこにいると思う?」
「たぶん、お前のすぐそばにまで来てるんじゃないかな」
「じゃあじゃあ! あたしにあってくれるかな?」
「ああ、必ず」
「あたしがどこにいても?」
「ああ、どこにだって行くさ―――さ、ついたぞ。降りれ」
「……うん」
華麗とはいえない着地をしたフランを見る。
まだ眠いのかな?
「あ、咲夜とめーりんだ」
門の前には門番と従者が並んで立っていた。
「お帰りなさいませ、フランドールお嬢様」
仰々しく一礼するその仕草はまるで仏蘭西人形のようだ。
「ただいま!」
「さぁ、寒かったでしょう。中で食事の準備が整っておりますから……」
「うん!」
「お嬢様、少しお待ちください」
「?」
「藤原妹紅、ご苦労様です。これは約束の……」
「―――――いいよ、対価なんて。私も楽しめたし、それでチャラだ」
「……そうですか。では」
「ああ、せいぜい楽しませてやれ」
「貴女に言われるまでもないわ」
●
「あれ? おねーちゃんは?」
「レミリア様でしたら、リビングの方でお待ちしていますが……」
「そーじゃなくて! 白いおねーちゃん!」
「……藤原妹紅ことですか?」
「そう!」
「帰りましたよ」
「―――――っ!?」
「そんな顔をなされても……そういう『お約束』ですから」
「でも……!」
「さあ……お姉さまやパチュリー様がお待ちですよ」
「…………」
「…………」
「…………うん」
「そんな気を落とさずに……お目汚しだと思いますが、私目が手品でも……」
「…………だって、咲夜のは時間止めてるだけじゃん」
「あはは、ばらしちゃいけませんよ―――」
●
辺りも世間も真っ黒。
というわけで目の前には常連さんが愚痴大会を開催していた。
四季映姫「大将ぉ、熱燗もう一本」
妹紅「へい」
紫「おぉ、飲むわね~……あ、私ねぎま二本」
妹紅「へい」
四季映姫「これがね、飲まずにいられませんよ……大将、軟骨」
妹紅「へい」
永琳「なにかあったの?(ヒソヒソ)」
紫「何でも小町がサボってたのを同僚につつかれたらしいわ(ヒソヒソ)」
永琳「ああ、それで……(ヒソヒソ)」
紫「彼女プライド高いからね……(ヒソヒソ)」
四季映姫「聞こえてますよ! だいたいあなた達は! あなた達は人に対する思いやりと傷ついてる閻魔への接し方がなってない! そこに直れ!」
紫「うわぁ……酔っ払ってる説教臭い奴ほど絡みづらいものはないわ……」
妹紅「ねぎま、どうぞー」
紫「きたきた~……ん、おいし!」
四季映姫「人が真剣に話してるときに飲食するとはこれ如何に如何様ぞ!?」
永琳「あんた、そんなに飲んで明日の仕事大丈夫なの?」
四季映姫「らいじょうふあたひ、酔いにくいからぁぁあ」
永琳「ベロべロ茹でダコ状態じゃない! どの口が言うのかしら……!?」
四季映姫「このくちー」
永琳「口の中で分解されてる軟骨を見せないで!」
四季映姫「あたひはっ……酔い、にくい!!」
紫「そういってあんたこの前日本酒一本でゲロゲロ吐いてたじゃない」
四季映姫「あたひに楯突くなんて早いわ……! 私が酒豪らっていうしょーこをみせてあへます! 大将あれ、ロマノなんとかってわいん。あれ頂戴ぃ! 飲みつくしてくれるわぁ!」
妹紅「すみません、葡萄酒はおいてないんです」
四季映姫「っ!? どういうことれすか!? まったく……らめな店ね。そこに直れ! 正座だぁ!」
紫「日本酒に色付けるだけでいいわ(ヒソヒソ)」
妹紅「……仕る―――どうぞ」
四季映姫「これがロマンシングなんとか! うんおいしい! ほら、樽ごともってこりゃー!」
妹紅「どうにかなりませんか……(ヒソヒソ)」
永琳「大丈夫、そろそろ彼女限界だから」
四季映姫「うぅ……あたひは……酔ぉぅ……うぅううぅ……気持ち、わるいぃぃぃ~くない……おぅぅぇ」
紫「ほらぁ、言わんこっちゃない……まったく、吐くならあっちで吐きなさい」
四季映姫「わるいけどぉつれてってぇ……」
紫「はいはい、ねぎまとっといて」
妹紅「へい」
永琳「誰にも干渉されんくせに、お酒に干渉されてどうする……」
妹紅「永琳はなにか食べる?」
永琳「……じゃあ皮もらおうかしら」
妹紅「へい」
永琳「ところで」
妹紅「へい、なんでしょう」
永琳「上白沢に謝りに行く時に一緒にいってあげようか?」
妹紅「別に、そこまでいいわよ」
永琳「怒られるわよ~」
妹紅「元より覚悟の上」
永琳「……この頑固者」
妹紅「自覚してるわね」
●
―――今がいつかわかりません。
―――でも、ここがどこかはわかります。
この部屋が私のおうち。
あたしはフランドールいう名前だということはしっています。
私に時間を教えてくれる人は、さくやという『たべもの』です。
一日に二回、私に『たべもの』を持ってきてくれます。
それだけが、私に一日のおわりとはじまりを教えてくれます。
むこうからガチャガチャと、うるさい音がします。
それが合図です。
―――でも。
いつもと違うことがありました。
かちり、とカギを回す音と同時に目隠しが外れました。
「――ン」
「目が覚めましたか?」
ゆっくりと目を開けると、何かが弾ける音がしました。
―――――羽。
まっ暗な中に、ろうそくの光がまぶしいです。
でも白くてかがやく夢のかけら―――たくさんの金銀入り混じる羽のほうがもっとまぶしいです。
かけらは、色とりどりに輝きながら地面に舞い降ります。
ふわふわと。
まるで『てんしさま』からの届け物のように。
「―――てんしさま?」
「ええ。そうですよ」
「なんのようですか?」
「祝福しに来たのです―――お誕生日おめでとう、フランドール・スカーレット」
にこやかに笑いながら『てんしさま』はそっと何かを首にかけてくれました。
それはひんやりとした―――金属? 石? それとももっと別な“何か”?
暗くてよくわかりません。
だけど。
その笑顔には見覚えがありました。
「おねーちゃん」
「…………」
「ありがとう」
「次は来年だな」
FIN
【裏表紙】
「…………」
羽毛枕の残骸を片手に、抜き足差し足忍び足でゆっくりと牢屋から離れていく。
あの従者にみつかったら半殺しじゃ済まない―――――チッ! 見つかった……!
「―――――誰?」
紅蓮の炎を掌で奏でる。パチパチと喝采にも似た音が暗い廊下に木霊する。
見つめる先は柱の影。
そこで音がした―――確かな人の声。
「祝福しに来たのです―――お誕生日おめでとう……フフッ―――クククッ」
ゆっくりと蠢く影が私に口を利いてきた、しかも私の声に似せて。全く似てないな。
墨を掬いとったような黒い糸の束がゆらりと動き、それに連なり緩慢な動作で白い能面のようなものが浮かび上がる。
―――それは人の形をしていた。
「傑作ね、藤原。身の毛も弥立つような喋り方だったわぁ」
ソイツは絵に書いたかのような嘲笑を浮かべ、私の困惑を楽しんでいるようだ。
無視して道を突き進む。
「ふん―――お前の方がよっぽど気色悪いわね、輝夜」
もう数歩もない距離に輝夜がいる。
輝夜は柱に寄り掛かり、嬲るように私を見る。
「でも、なんでいきなり偽善ぶっちゃったのかしら?」
「月に胡座をかいてるお前には―――永遠に分からないわよ」
「……あらそう」
「――――」
「…………」
「輝夜」
「…………」
「お前も、私も……壊れてなんかいないんだよ」
「…………」
「今日は殺し合う気分じゃないし……じゃあね」
「あら、そう……」
True End
ただ、中盤では「」の前にキャラ名が明記されているのに、冒頭とラストにはキャラ名が明記されていません。
句読点や表記規則は統一されたほうがよろしいかと。
ストーリー面では、読んでて心地のいいほのぼのという印象でした。
教えるだけでなく、学ぶこともある。フランと妹紅、お互いに良い経験になりましたね。