Coolier - 新生・東方創想話

ゴンベッサの餌

2010/02/16 16:07:13
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注・オリキャラが死亡します




「そんなことを思わないで。今回は運が悪かっただけなのです」
 声を振り絞る上司を見やる。
 沢山の感情を小さなお顔に無理やり押し込め痛みに耐えるような硬い表情をし、その眼は私の腕の中の、今にも儚くなりそうな幽霊へと向いている。
「転生を早くしてあげましょう。融通なんていくらでも利くのです。ちょっと待つだけです。貴方に罰を与えることなく、転生させてあげられる」
 居住まいこそよろしくしているが、悲哀の濃い声は今にも縋りつかんやという程。
 上司が閻魔でなく地蔵の付憑神であった時分ならきっと、この幽霊を抱きしめあやしているだろう。
「もう一度だけ、頑張れませんか」
 声はいよいよ切迫してくる。
「貴方は何も悪くないのですよ」


 そう。この幽霊が償わなければならない罪なんて塵ほどにも無いのだ。
 故に転生も速やかに行われるであろうし、それについては一切の不正も無い。
 けれど腕の中の幽霊はその申し出を否とする。
 呼吸をしていない為に声は出ず、首を横に力なく振って、拒否の態度を示していた。
 呵責も無く転生出来るなどここ地獄において破格の対応なのに、転生はしないという。
 いや、したくても出来ない、が正しいか。
 この幽霊の魂は傷つき果ててしまっていて、とてもじゃないが次の生を耐えられそうにない。
 この魂はまんまるく白く輝いているのだと、そう言わなければ分からぬくらい密に走る、無数の傷。
 鋭く長い裂傷。陥没して戻らない表面。不自然に斑な火傷。ぷつぷつと穿たれた穴。
 これは現世でついた物理的な傷などではなく、全て人為的な、他人からの言葉や態度、仕打ちによって魂につけられた傷だ。
 それらが余りにも多すぎて、この幽霊の魂は大きく損なわれていた。


 如何してこれほどまでの傷を負うに至ったか。
 この幽霊の生が僅か三年であり、夭折したこと考慮し鑑みれば。
 生前、虐待されていたのだ。
 幼子の魂が滅茶苦茶に傷ついているときは親か、監護者から虐待されていた所為であるのが大抵だ。
 堅物閻魔が浄玻璃の鏡から眼を逸らし、鏡を伏せたことからも分かる。
 鏡に映った幽霊は激しい折檻をされていたのだろう。
 それは死に至るほどの、惨たらしいことをされていたのだろう。
 可哀想に、今だってどんなに痛いか。
 開いた傷口という傷口から困惑、苦痛、そして絶望といった真黒い感情が垂れ流れ続けている。
 救世を求める念はとうの昔に諦念に変わったのか、少しも無い。
 ただただ死に絶え消えるのみを願っている。
 それも当然のこと故、誰もこの幽霊を咎められはしない。
 三つの子にとって親は絶対で、親が世界だ。
 その世界に否定されてどうやって生きていけばいい。
 誰が苦しむ為に生まれるか。誰が殺される為に生まれるか。
 虐待の末に生への希望は全て折られ、消え去りたい消え去りたいもう二度と生まれたくはないと、消滅への渇望のみで心が保っていた。
 真黒い感情は止め処無く流れて、足元を穢していく。
 可哀想に。
 身体という殻を無くした魂はむき出しになっていて、それを見たこの子自身が絶望を深めていっているのが分かる。
 死んでしまった故に傷は癒えず、魂の終わりまで苦しみ続けるほかない。
 この子が何か悪いことをしたというのか?
 どうしてこんな目にあわなくちゃならなかった?
 畜生。
 死人に口なしがこんなにももどかしい。
 私には泣き声も訴えも聞こえやしなくて、お前の求めるものを与えてやれない。
 畜生。ごめんよ。


「駄目ですか。生きられませんか」
 決壊寸前の声は尚も諦めていない。
「来世も苦痛に満ちているとは限りません。健やかな生となるよう、時折私が説教をしに行きましょう」
 この口説き文句をもう何回聞いただろう。
 両手に余るか余らないか、くらいか。何度目かの際に数えるのを止めた。
 成功する兆しを一度も見ないというのに止める気配が無いからだ。
 この幽霊よりも酷い状態の幽霊が来ても、裁判途中で魂が消滅しようとも鬱ぐことをしない閻魔に、私は感服しきっている。
 書記官が筆を走らせる音が聞こえるほど、室内は静かだ。
 幽霊を抱く手に力を込めた。もう一寸。
 もう一寸だけ保ってくれ。
 優しい閻魔が可愛いお前を諦めきる、もう一寸の間だけ。




「そう。分かりました」
 沈黙が悲痛に塗れた声で破られた。
 深呼吸に見せかけた嘆息を細く長く吐く間に笑顔を作ろうとして、顔が引き攣れている。
「よく、頑張りましたね」
 まるで撫でるような声はどこまでも優しく穏やかだ。
「大丈夫、怖くありませんよ。貴方は良い子ですから、痛み無く消滅させてあげます。大丈夫、大丈夫」
 声に合わせて緩く揺すると、魂から赤黒いものがどぷりと零れた。
「……時間が無いようですね。急いで連れて行ってください」
「分かりました。書記官、頼むよ」
 黙して頷く書記官に幽霊を手渡す。
 連れて来た時よりも随分軽くなっていて、泣きそうになる。
 椅子を立った閻魔と共に扉を開いた。
「頑張れよ。もうちょっとだ。良い子だから、出来るね」
「大丈夫、大丈夫ですよ。行ってらっしゃい」
 お前の親は人でなしだったのだとか、お前にも人並みの幸せを掴む権利があったのだとか、この子の生を肯定する沢山の事を言ってやりたいのに、その全てが後の祭りで、何一つとして届かないように思えてしまう。
 だから生きている子供にかけるようなごく普通のことしか言えない。
 閻魔がそっと幽霊の手を握って、傷を覆う温かい霊力を流した。
 それが外に行く子に上着を羽織らせる親のようで、その優しい思いがこの子に残れと一心に思った。




「ご、めん、なさい。ごめ、んなさい」
「いいんです。我慢しちゃ駄目ですよ」
 四季様は身体は小さいのにとても大きくしゃくりあげるから、しっかと抱いていたって背中を擦りにくい。
「ま、た、駄目、ひっく、だ、た」
「仕方ないですよ。四季様は立派でした」
「でっ、も、小町」
「あのですね四季様。あの子、貴方は良い子だって四季様に言われたあと、少し持ち直したんですよ。きっと生きている間中、悪い子だって言われ虐げられてたんでしょう。それを信じていたんでしょう。でも最後の最後であの子は悩んだ。自分は悪い子ではないのかな? と悩んでいました。それは自らを悪だ、滅んで当然だと思いながら終わるよりも、ずっと人間らしい最後だったと思います」
 黒が滲み込んだ私の仕事着に四季様の涙までもが滲んでいくが、どうせ着替えるので構いはしない。
 黒い経衣と三度笠はどこに置いたっけか。
「ち、がうっ、の。小町。どうして」
「分かりません。自分の子を殺す人の気持ちなど知りたくも無いです」
 年端もいかぬ子の泣き叫ぶ様に何も感じず、心身を虐げ続け、ついには魂まで殺害する。
 心あるもののなせることではない。人の皮を被った畜生だと言い切れる。
 心をもたざるは人でないのだ。
「あの子の様子を見てきます。ついでに書類も戻してきますね」
「ごめん、なさ、いっ。小、町。ごめん、なさい」
「いいですよこれくらい」
 私は私の思うことをしているだけでして。
 可愛くて可哀想なあの子のことが書いてあるこの書類が、必要なんです。
 内緒ですけど。








 霧も大分深くなってきたところで、櫂を操っていた手を止める。
 川岸から大分離れた所に来ていた。
 同僚の船を最後に見たのは一時間半ほど前だったか。
 目深に被った三度笠を少し上げて周囲を見渡し、誰も居ないことを確認する。
「魂の数を徒らに減らされちゃたまらない。幻想郷でも受け入れられないことはあるのさ」
 足元でうねうねと動く袋を縛り上げている紐を解く。
「ほうら餌だよ」
 出したものを水に投げ入れるとばちゃんぼちゃんと大きな飛沫をあげて、まぁ、汚い魂をもつ者は重いね。
 みるみるうちに沈んですぐ見えなくなった。
 二つの意味で、好都合。
 残さず食べておくれよ。




(あぶくも消え)
親より早くに死んだ子は親不孝者として、賽の河原で永く石を積むというけれど
親に殺された子は


ゴンベッサ=L.chalumnae(ラティメリア・カルムナエ)
シーラカンス目ラティメリア科
多色
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コメント



0.1730簡易評価
6.80夕凪削除
すごい。
けど、重い。
14.100名前が無い程度の能力削除
何て言えばいいかわからんが、悲しいな。
映姫はもしかして?
27.80名前が無い程度の能力削除
むー心情としてはすっごく理解できるのだけど、踏み越えちゃいけない一線では?って疑問がぬぐえませんでした。
31.80名前が無い程度の能力削除
なるほど、死神だ。
34.100名前が無い程度の能力削除
ああ、なるほど、そういう事か
一瞬嫌な予感が浮かんだけど
36.70ずわいがに削除
ん~、むごい。
子供を虐待する親ってのは、何でその子を産むんでしょうかねぇ。
そもそも、産む気も無いのにナニするなって話ですよね。

ところで最後の魂は子供のものだったのか、それとも親のものだったのか。
すみません、どうしても俺には判断がつきませんでした;
37.100名前が無い程度の能力削除
こういう話をきちんと読める人が増えると良いですね。
ついついコメントしたくなる後書きで無駄に評価が伸びてるのよりずっとマシですね。
39.無評価ずわいがに(削除パスは「ccc」です)削除
きちんと読めていたか不安になったので再読。と、せっかくなので俺が疑問に思った部分も添えておきます。
もし鬱陶しいと感じたらこのコメントは勝手に消して頂いて構いません。

○魂が“子供”のものだと思った理由
・流れ的に、深く考えなければこうなるでしょう。この作品中で“魂”として間違いなく登場しているのは子供のものだけですしね。
・「書類を戻す」というのは「転生出来た筈なのにそれを拒んだので、魂の記録を無かったことにする」という意味なんでしょうかね。「書類が必要」というのも、小町がその魂とまとめて書類を処分するつまりだからでしょうか。
・小町の態度のギャップも、「先程は映姫に合わせていただけ」と考えればいちおう納得出来ます。
・あとがきの「親に殺された子は」という部分でもほのめかしていますね。

○魂が“親”のものだと思った理由
・「ばちゃんぼちゃん」という音から、何か二つの重いものが落ちたことが考えられます。
・当初、俺はゴンベッサは魂を一つ丸呑みするイメージがあったので、「残さず食べておくれよ」という文から魂は二つ以上あるものと思いました。
・地の文での「まぁ、汚い魂をもつ者は重いね」という皮肉。子供を虐待するような魂に対してなら、先程と違い厳しい態度を取るのにも納得出来ます。
・「書類が、必要なんです」子供の親の魂を見つける為に書類が必要なのかと思いました。

○その他気になったところ
・内緒にする――つまり映姫は小町が何をしているか知らない。もし「魂の数を徒らに減らされちゃたまらない」ということなら、公的な仕事の筈です。それを閻魔が知らないということがあってよいものか。
・散々言っといてなんですが、最後に餌を落としたのは小町で合ってますかね。はっきりとは書かれていないので不安です;
でももしこれが小町ではなく“書記官”や“小町の同僚”なら、態度の違いも納得出来るんですよねぇ。
・「魂の数を徒らに減らされちゃたまらない」餌にすることが、魂の数を保つことになるんですか?

――と、個人的には色々と欲しい描写や説明が足りなかったように感じました。
俺の読解力不足と言われてしまえばそれまでですが、一読者の意見として気に留めて頂けるとありがたいです。長文、失礼しました。
42.90名前が無い程度の能力削除
むごたらしいことをする人間には凄惨な最後を。
良かった。
43.90Admiral削除
重い話ですね。この子どもがあまりにも可愛そうで…
せめて来世では、とさえ言えないのかと思うと、お腹の中が重くなります。
せめて逝くときは自分のことを肯定的に捉えていて欲しい…。

最後のシーンは小町がこの子の親の魂を闇に葬るところだと思いました。
因果応報、と言うことでしょうか。

色々と考えさせられる話でした。
ご馳走様です。またこういう話も待ってます!
46.100絶望を司る程度の能力削除
せめて苦しみを知らずに安らかに眠れ。
苦しみをもたらす者に救い無き終焉があらんことを。