Coolier - 新生・東方創想話

さとり妖怪、小石になる。

2010/02/16 11:03:28
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地底深くに存在している建物、地霊殿。
普段誰も近づかないであろうこの中の一つの部屋。その中から一つの不気味な声が聞こえる。
扉の名前プレートには、古明地さとり。そう、この部屋は地霊殿の主であるさとりの部屋だ。
こんな暗い(地底には昼夜の定義がないが)皆寝静まってる時間にである。

そんな時に起きているとは何事か。一体何が起こっているのか。
相変わらず声が中から漏れている。それは何か達成したような、とても充実した声だった。


「ふふ…できた、出来ました!これで、これで私の野望が…!」










◆さとり妖怪、小石になる。◆











翌朝の地霊殿。


「んー…ふあぁ。今日もいい日になるかなー!」


今日もいい天気!…まあ、地底だから明確には分からないんだけどね。
んーっと伸びをするのは、さとりが飼っているペットのうちの一匹である燐。
彼女は地霊殿の中では一番の早起きなので、こうして最初にすがすがしいお目覚めを迎えることが出来るのだ。
今日はどうしようかな。おくうは早くから間欠泉地下センターに行ってるし、今日はまったり過ごそうかなー…と燐が考えていると、視界にぼんやりと一人の人影が見えた。

「…あれ?」

珍しい。珍しいといってもこんな朝早くに人がいるという意味ではなく、その人物だ。
大きな黒い帽子。そこからちょろっと見えてる白い髪。緑のスカート。そして青く染まっている、閉じた第三の目。

その人物とは、古明地こいし。さとりの妹だった。顔は帽子に隠されて見えないが、今はぼーっと窓を眺めている。
彼女は無意識を操る程度の能力を持っており、普段はふらふらとしてどこにいるか分からない。
しかし、ただでさえ数日帰らないこともあるのに、こいしを見るのは珍しい。
今日はいいことありそうだなー、とこいしのことを幸運の招き猫か何かみたいと思った燐は、早速こいしに声をかけることにした。

「こいし様!おはようございますー!」
「…ふぇ?あ、お、お燐?お、おはようー」

…何かすごいどもってるけど、こいし様は挨拶を返してくれた。
まあ、こんな朝っぱらに誰かに不意に声をかけられるのもびっくりするかな、と燐は思う。多分あたいも驚くだろうし。
さとり様がこいし様を心配するのも分かる。いつどこで出てくるか誰にも分かりもしないのだから。
こいし様の姿を見たところ、前見たときと変わってないみたいだし、無茶はしてないみたいだね。

「…こいし様、今日これから何か予定がありますか?」
「へ?あ、うん。これから地上に行こうかと思ってね」

こいし様の地上という言葉が引っ掛かった。確かに自分もよく行ってるし、親友のおくうも地上に行くようになった。
つまり、地霊殿の中で一度も地上に行ったことないのはさとり様だけ。
前に何回か誘ったのだが、さとり様曰く「自分は嫌われ者ですから…」と首を縦に振ってくれなかった。
今の地上は昔と大きく違うし、是非とも機会があればさとり様を地上に連れていきたいな、と燐は思っていたのだった。

「…お燐?おーりーんー?」

つんつん。

「わひゃあ!?は、はいっ。どうかしました?」

………ちょっと思案にふけていると、こいし様におでこを指で突っつかれた。
こいし様は会話を途切れさせるとちょっと不機嫌になる。燐は長いペット生活の中でそのことをよく分かっていた。
考えるのは後だ。とりあえず、今はこいし様の話を聞くことに集中しよう…。

「それじゃ、私行ってくるから!お、お姉ちゃんによろしく言っといてね!」

ぱたぱた。

「え?ちょっとこいし様っ!?」

そのまま走り去っていくこいし様。手を伸ばしたころには、もう大分遠くに行ってしまっていた。
…にゃんとしたことだろう。話を聞こうと思った矢先、こいし様がどこかに行ってしまうとは…。
これでは集中損である。が、朝っぱらから相変わらずだったこいし様の後ろ姿を見ていると、思わずくすりと笑みが浮かんでしまう。
だって…まあ…こいし様は…。

「…あんな人だからねぇ。ま、考えてもしょうがないか!」

気持ちを切り替えようとぱんぱんと自分の頬を二、三回打った燐は、そのまま奥の方へと消えていった。
この後、この地霊殿にちょっとした騒ぎが起こるとは知らずに………。










「…ふう…」

地霊殿の外。ここまで来ればまあ大丈夫かな。とりあえず、脱ぐとしましょう。
一息ついたこいしは、帽子をすぽんと脱ぐ。…が、そこにはこいしの象徴である長いウェーブのかかった髪はなかった。
頭頂部には短くぴんぴんとはねた紫の髪。独特のじとりとした目。そして…。


ごとり。


「おっとっと…第三の目がこぼれてしまいました」

帽子の中に、コードと一緒に無理やり詰め込んである赤く、目の開いている第三の目。

…そう、燐がこいしだと思っていたその人物こそが、私こと古明地さとりというわけです!
分かりやすく言うと、私がこいしになりきっている、ということですね。
…どうやってそんなことが出来るのか、ですって?それはですね…。


帽子は顔や髪が見えないように少し大きめに作りました。裁縫は得意な方なのです。
念のため髪の先っぽから中ほどを白く染めていますが…これは喰らいボム、いわゆる緊急回避用ですね。
いつもつけてる第三の目とコードは帽子の中に隠す。このためにも帽子は大きく作ったのです。
服や靴…これは問題ないでしょう。姉妹なんだし、体格は同じくらいなんだから。
服はこいしの部屋から拝借してきました。…同じものが何枚もあったけれど。
声は、私の声を明るくしたらそのままこいしの声になるので、無理して明るく言っています。声が裏返ったりしなければいいけど。
そして、この青い第三の目とコードは…自分で作りました。勿論機能はありませんが、その出来には私自身が惚れ惚れするくらいです。


どうです、こうすればあなたもこいしに…もしかしたらなれるかもしれませんね。
以上、さとりの解説でした。

「それにしても…さっき燐に出くわしたときはびっくりしました…」

ほう、と一息はくさとり。
こいしとして部屋から出たのはいいのだが、まさかいきなり燐に出会うとは思っていなかったのだ。
そのせいでさとりは少し混乱してしまい、しどろもどろになりながらもどうにか対処出来た…が。
流石に今度あんなことがあったら対処出来るだろうか…と不安になりまくるさとり。
早速、さとりの野望に暗雲立ち込める。

「…そ、そんな弱気になってはいけません。頑張りなさい古明地さとり。野望を果たすまで帰らないと誓ったでしょうっ?」

ぺちぺちと弱々しい音が洞窟内に響く。
どうやら自分に喝を入れようとしているらしいが、さとりの腕力は弱い。
それはあまりにもか細く、逆に空しさしか出てこないのだった。
さとりのテンションが天狗のダウンバーストレベルにダウン傾向まっしぐらである。

「が、頑張ります。絶対に、絶対にこの野望を果たさないと地霊殿には帰れませんっ!」

ふと、そこで自分が一人鼓舞している状況に気付き、あらやだと頬を赤くするさとり。
誰が悲しくて自分を鼓舞しないといけないのだ。しかもこんな誰もいない場所で。
これでは地霊殿の主としての品格を問われてしまう。…誰もいないけども。
このままここにいるわけにはいかないので、さとりは首を小さく振り、また帽子を被り直して「こいし」に成りすまし、地上へ向かっていった。





さて、ここで疑問が出てくる。
こいしになりすますという無茶なことまでしてさとりが地上に行きたい理由である。
普通に考えたら燐か空に「外に行ってくるわ」と言えば済む話だ。
だが、今回のさとりの野望は他とは少し違う。さとりの野望とは…。

甘味が食べたい。

…それだけ?という人。甘味を馬鹿にしたら死ぬよ。
甘味。それは女の子を虜にする魔性のスイーツ。
それを食べたいという思いは、当然少女であるさとりにもびんびん来てるわけで。
地底には甘いものがほとんどないのが辛かった。が、今まで我慢し、どうにか凌いできた。
しかし、それだけなら、いい。それだけならまだ耐えられたのだ。

………ある日、こいしが満足そうな顔をして家に帰ってきた。こんなこいしは珍しい。
どうしたの?と話を聞くと…。

「あのね、お姉ちゃん。私地上で久しぶりに甘いもの食べてきちゃった!」

その瞬間、さとりに電撃走る。甘い…もの…?
そう、話を詳しく聞くと地上には甘いものを売ってる店があるらしく、それがたまらなく美味しかったらしいのだ。
私の望んでいた甘味が、地上にある…!
と思うと、さとりは地上に行きたいという思いが一層強くなっていた。
しかし、同時にさとりには行くことが出来ない理由があったのだ。



…自分は、忌み嫌われたさとり妖怪だ。簡単には地上へなんて行けない。



かつて地上を追われた立場上、地上にもう一度上がるなんて叶わないはずだ。
さとりは昔のトラウマを引き摺っていた。私がさとり妖怪だと言うだけで人々が震えあがり、迫害を受けてきたトラウマを。
だから地上に行くことが出来ない。その意思は固かった…はずだった。
しかし、また一つの出来事でさとりの心は大きく揺れ動くことになる。

………ある日、燐が地上に出てみましょうと説得してきた。前からずっと言われてきたが、さとりは自分の立場上、やんわりとその誘いを断る。
断られた燐は、毎度の如くしょんぼりしながらさとりの部屋から出ていく。
その時、第三の目から通じた燐の心の声の片隅から、とんでもないことを聞いてしまったのだ。

「(あーあ…さとり様と一緒に地上に行けたらなあ)」
「(そしたら人里に行って、たくさん甘味のある店を紹介したいのに。あれ、とっても美味しいし…)」

甘味。その言葉を見つけたさとりは目を驚愕に見開く。
人里に行けば、甘いもの食べ放題(※多少さとりの誇張表現が入っています)だと…!?
しかもさらに心を読めば、燐は時々空と一緒に人里に行き、あまあまうまうまな一時を味わっているらしい。
どこぞの橋姫のように、嫉妬の炎が燃え上がる。ぱるぱるぱる。
これを読んださとりの心は臨界寸前だった。

たべたい。

たべたい。

甘いものがたべたい!

たべたいよ!

燐の心を読んでから、さとりは毎日苦しむこととなった。
燐や空、こいしが地上の甘いものについて楽しそうに話し合っている。私は逃げた。
夜寝るときに甘いものを食べる…夢を見る。目覚めて周りを見ると、涎だらけになっていたこともしばしば…。
目の前にあるものが全て甘いものと錯覚してしまう。一度間違えて空のリボンに噛みついたことがくらい。
事態は予想外に重い。
このままいけばいずれ自分は発狂してしまう!そう思ったさとりが考え付いた行動とは…。



こいしに成りすまし、こっそり地上に甘味を食べに行って、何事も無かったかのように地霊殿に帰る―――。



こうすればさとり妖怪の素性を隠し、なおかつ自分の甘味不足も補える。限界のさとりには名案だった。
こいしの話によると、地上ではこいしが姿を現しても、前のように迫害されたりはしないようである。
つまり、さとりではなくこいしの姿をしていれば、少なくとも前のような扱いをうけることはない…と、そう思ったさとりの行動は速かった。
甘いものがほしいという欲求は、普段何もかもすることにスローリーなさとりを天狗並みのスピードに変えるほどだった。
女の子はしたい、やりたいと思ったらひたすら一直線なのである。
…勿論、後先のことなど考えていないのだが。
そして…遂に完成した。「古明地こいしなりきりセット~古明地さとり作~」が。
完成した時の達成感と充実感に汗を拭いながら、さとりはふと思う。

「(…普通に燐や空に地上へ行きたい、とか言っていたら、私はそのまま努力することを忘れていたでしょうね…)」

そう、このこいしなりきりセットは、さとりが練りに練った渾身の作品。
さとりは自分が甘味を食べたいがためにここまで出来てしまう自分の力に、若干恐怖したのだった。
…ともかく、これがあれば自分の念願である甘味が食べられる。これがさとりの「野望」だった。





しかし、いざこいしに成りすまして外に出てみると…。

「(…な、なんだか…恥ずかしい、です…)」

それもそのはず、さとりがこうして妹の服を着て外に出るなんて考えもしなかった。
実際、さとりの変装は完璧で、誰も彼もがこいしだと思っているほどだった。
心の中は一応帽子の中にある第三の目を介して見える。…だが。

「(み、見られてる。私、たくさん見られてる気がします…!)」

どくどくと自分の心臓の音がうるさく聞こえてくる。
元々地霊殿から離れることがなかったさとりは、久々のたくさんの人を見て、自意識過剰になってしまっていた。
簡単に言うと舞い上がっているのである。
早く地上に出たい、一刻も速く地上へ…!
真っ赤に火照る顔を大きく作った帽子で隠しながら、さとりは地上へと急ぎ足(?)で飛んでいくのだった。
こんな調子で大丈夫かなぁ…と自分自身を心配しながら。










「ここが地上…ですね。ああ、久しぶりの地上…」

半ば無我夢中で地底から上に登ってきたので、突然の光に少し驚くさとり。
見渡すと周りは青々とした草原…ではなく更地。時折穏やかな風が吹き、さとりの髪を撫でる。
そして、何より…。

「…眩しい。あれが、こいし達の言ってた「本物の太陽」なのね…」

今の季節は春が始まる少し前。そのおかげか、太陽の光は穏やかに見えた。
帽子をくいとあげると、さとりの顔に暖かな光が差し込んでくる。そう、さとりは…久しぶりの地上に戻ってきたのだ。
地下から初めて出たときの人々の行動は、大抵周りをきょろきょろ見渡す。それが普通だった。

「…さ、こうしてる時間はないですね。早速人里を探しましょう!」

…だが、さとりの場合違った。早く甘味が欲しいと全身が訴えかけてくるのだ。
幻想郷は自然が手つかずのまま残った、外界から分け隔てられた美しい場所である。
本来は地上の原風景に感動するところなのだが、さとりにはそんなことをしている余裕がない。
そう思ったさとりは、一気に空へ飛び立っていく。場所が分からないなら、高いところから見つけ出せばいいじゃない。
だが。

「…いざ、飛び出したはいいのですが、ここからどういけばいいのでしょう…」

高いところから見つけ出すというさとりの理論は正しかったのだが、それは地上を知っている者だけ。
さとりは久しぶりに地上に出た上、その久しぶりの時間も相当なブランクがある。
例大祭のカタログもろくに確認していない人が、いきなり例大祭のど真ん中に放り出されたようなものだ。
何も分かるはずがなく、ただ人に流されていくだけ。
今のさとりもそんな状態だった。下手に動けば迷ってしまう…そんな状態。

「ま、参りましたね。まさか人里一つ見つけることが出来ないなんて…!」

がっくりと空で肩を落とすさとり。しまった、まさかこんな弱点があったとは…!
姿はばれなくても、場所が分からないのなら意味がない。時間ばかりを使ってしまう。
これまで自信ばかりだったさとりの心の中に、ふつふつと不安が湧き上がっていく。

誰も頼ることが出来ない、孤独な状態。

久しぶりに味わった、孤独。

今にも泣きそうな状態になっていたさとりだが、ここで一つの幸運が舞い降りる。
それは、さとりがこいしの姿をしていたことが幸いした。…だが。
同時に試練をも、持ってくる。



「はれ?あれはこいしさま。おおーい、こいしさまー!」



ばっと振り返ると、遠くにいたのはさとりのペットである空。それがこちらに気づき、飛んできている。
さとりとしては千載一遇のチャンス。…でもあり、危機一髪の状態でもあった。
こいしのふりをして、空から人里がどこにあるのかそれとなく聞くのだ。
だが、そこで正体がばれてしまったらあらゆる意味で終わってしまう。主に、主としての威厳が。
空はどんどん近付いてくる。そしてさとりは………決断した。

―――やるしかないっ!

くいと帽子を上げ、目をくわっと大きく開く。こうすればさとりは怪しまれることなく、こいしに成りすますことが出来るのだ。

「…こほんこほん。ぁ、ぁー…。…あれ、おくうじゃない。どうしたのー?」
「あはは、蛙の神様に呼び出されてちょっと色々と。今しがた終わったところなんですよ。こいしさまはどうしたんですか?」

…良し。まずはつかみはおっけー。ほっと心の中で安堵の息をつく。
こいしは空のことをおくうと呼び、私は空と呼ぶ。まずはここに気をつければ、きっと大丈夫。
見たところ気付いてないようだし、どうにかして人里がどこか聞き出すっ!…。

この間のさとりの思考時間3.0秒。さとりの頭はフル回転していた。
…意外と普通とは言ってはいけない。彼女も必死なのだ。

「私?私はこれから人里に行こうかなって思ってたの」
「ほう!人里にですか。…もしかして、「あの」スイーツをいただきに行くんですね!」

くふふと笑う空。
どきっとした。確かにスイーツをいただきに行くつもりだが、あまりにも核心を突いていたのだ。
空に見抜かれるとは思っていなくて、一瞬さとりの心が揺らぐ。
だが、諦めるわけにはいかない。…絶対にそのスイーツの在り処、聞き出してみせる!

「う、うんっ。そうだよー」
「そうですかー!ふふ、こいしさまも病みつきになっちゃったんですね?あのあんみつは美味しいですからねー」
「そうなんだ…あっ。そうそう、また忘れないうちに食べたいと思ってね。…で、おくうに聞きたいことがあるんだけど…」
「はい。なんなりとお聞きくださいこいしさま!」

どんと自分の胸を叩く空。…どうしてここまで無駄に自信満々なんだろう。
でも、今のさとりにとって、その言葉はすごく頼りになる。
後は聞き出せば良いだけ。…空が覚えてさえいればの話だが。

「人里ってどこだったっけ?どこにあるか忘れちゃった」
「うにゅ?もーこいしさまったら忘れちゃったんですか?ほら、あそこですよ」

後ろを指さす空。その場所には、多くの建物とぽつぽつと見える人。
確かに、人里と呼べる場所だった。…あそこに甘味が…。
とにかく、後はそこに行けばいいだけ。とりあえず、空には別れのあいさつでも言うことにした。

「あ、あそこにあったのかー。えへへ、ありがとおくう」
「いえいえ。こいしさまのお役に立てて良かったです!」
「それじゃあ、そこに行こっかな。おくう、それじゃーねー!」
「あ、はいー。あと、あのあんみつ屋さんは里の中心から少し東寄りにありますからねー!」

右手の制御棒をぶんぶん振りながら、空はまた飛び去って行った。
何という僥倖だろう。空は簡単にさとりを見送ったうえで、なおかつ空お勧めのあんみつ屋を教えてくれたのだ。
これは大きな収穫。やはり、自分の決断は間違っていなかったのだ!
あまりの出来すぎっぷりに、さとりは喜びを隠せず小さなガッツポーズを繰り返しながら、上機嫌に人里へ向かって行くのだった。

「…後で、空にはたくさんご褒美をあげましょうか♪」





その後は大分楽だった。
人里に降りるとやはり大勢の人がいたが、甘味と比べればまだましなレベルだった。
ずんずんと突き進み、空の言っていたであろうあんみつ屋に到着する。
…もしかしたら違うかもしれないが、それでもいい。私はただ甘味が食べたいだけなんだ!
行列に入っている時、こいしやこいしの知り合いがこないかとびくびくしていたが、そんなことはなく。
いつの間にか一番前に来ており、そのまま店内に案内された。

そして、私の目の前には、ずっと待ち望んでいた甘味が、ある。

「これが…空の言ってたあんみつなのですね…」

じーっとあんみつとにらめっこするさとり。何人かの人はこちらを見ていたが、今のさとりには気にならない。
目の前にある甘味を見つめているさとりの目は、まさに少女の目だった。

賽の目に切り分けられた寒天。光に反射して、きらりと輝いている。

白く、ころころと乗っている白玉。どんなもちもちした食感が味わえるのだろう。

真ん中にどっかりと乗っている小豆餡。ちょこちょこ小豆の豆が見えていて、見ただけで涎がこぼれおちそう。

ちょこんと端っこにのっかっている、みかんとさくらんぼ。これも可愛らしくていい。

そして、まんべんなく全体にかけられた黒蜜。

さとりが夢見た甘味。白玉あんみつが今まさに目のあるのだ。
あんみつが神々しく見えて、目を瞑りそうになるさとり。…大丈夫、あんみつは消えたりなんかしない。
そう思いながら、さとりは震える手でスプーンをとり、小豆餡の山を掬う。
そして…さとりはそれをゆっくりと口の中に入れていった…。


ぱくり。


「…!」

そのまま間髪いれず、白玉を一口。その次に寒天を一口。そしてその次にみかんをぱくり。
さとりは目を閉じ、ゆっくり、ゆっくりとその甘さを味わいながら、咀嚼していく。

もぐもぐ…こくん。

飲み込んだ次の瞬間、さとりは自分の体を抱きしめ、そして…。


「っきゅううううううううううんっ♪」


声をあげた。自分でも信じられないような、甘ったるい声で。
ぶるぶると体が震える。顔がかーっと熱くなる。こいしの姿をして恥ずかしいから、ではなく、その味にだ。
長く、久しく忘れていた、甘さの味。それが口の中で踊り、はねる。
一口噛むたびにこれまでの苦労が吹き飛び、満たされていく…。
ああ、こんなにも。こんなにも甘い味が地上にあっただなんて。
やはり地上は楽園だった。こんな美味しいスイーツがあるなんて。空や燐、そしてこいしが夢中になる理由も頷けてしまう。
もう私、幸せすぎて蕩けてしまいそう…。と、さとりのテンションは有頂天状態だった。

…因みに、さとりのあまりのリアクションっぷりに、周りのお客さんの視線はさとりに釘付け。
だが、お客さんは気にしない。何故なら、皆あの震えてるうら若き少女がこいしだと思ってるからだ。
こいしちゃんなら仕方ない。きっと今は無意識が働いてるのだろう、と。
さとりはこいしの姿になっていたことで、主としての威厳もキープ出来ていたのだ。勿論、本人はあんみつに釘付けでまったく気付いてなかったのだが。
しかしそのおかげで、さとりはしっかりと甘味にありつけることが出来たのだった。





「…ふう…もうおなかいっぱいです…」

結局食べ終わった後、あんみつだけを何回もおかわりしてしまった。
あんみつの魔力にとりつかれてしまったらしい。それ以外のメニューを食べる気はまったくなかった。
既に甘いものメーターはいっぱいいっぱい。もうしばらくは必要なくなっていた。
幸せ。幸せすぎる。こんな幸せ近年で味わったことないくらい、さとりは幸せだった。
ぽんぽんと自分のおなかを叩くさとり。よくこんなに食べたとな、と目の前のお皿の枚数を見ながら思う。
支払いも済ませたし、後は地底に気づかれずに帰るだけ…であった。

だが…やはりそんなに事が上手くいくことはないのだった。
こいしの姿をしていたことで、さとりは更なる試練に立ち向かうこととなる。
そしてその試練は、この一声から始まったのだった。




「あ、こいしだ!ひっさしぶりー!」




今までに聞いたことない声。誰!?と思ってさとりが振り返ると…。
…モザイク?何これ。すっごく正体不明なんですけど。
これは何?こんな平和な人里に何でモザイクが存在してるの?…あ、モザイクなんて初めて見たかも。
さとりが混乱していると、急にそのモザイクがさとりの手を引っ張ってきた。
思わず気を失いそうになるさとり。と、そのモザイクが喋ってきた。

「ほら、ここじゃあれだし…ね。人のいないとこで話そっ?」
「え?ちょっと…きゃっ!?」

ぐいぐいと為すすべもなく正体不明なモザイクに引っ張られていくさとり。腕力はないので抵抗出来ない。
なになに、なんなの!?私はただ甘味を食べに来ただけなのよ?なのにどうして、こんな変なのに手を掴まれて引っ張られていくの?
先程までの幸せはどこへやら、一気に不安になっていくさとり。
もしかして、この変なのがこいしのお友達なのだろうか。それならばすぐにやめといた方が良い、と言うべきなのだろうか。
ぐるぐると回る思考。わけの分からないまま、さとりはそのまま引っ張られていったのだった。





どこかの建物の裏で、そのモザイクが止まった。
あまりにも急に止まるので、さとりはちょっとバランスを崩しながらも、どうにか止まる。
何でこんな怖い思いをしないといけないのか、とさとりはちょっと涙目になっていた。
すると、そんなさとりの様子に気付いたのか、モザイクが徐々に正体を現してくる。
ゆっくりと実態が出てきて…完全に姿を現した。

「あはは、怖がらせちゃったかな。こいし、ごめんね?」

正体は背丈が自分と同じくらいの少女であった。内心驚くさとり。
黒い髪と黒い服。首元には大きな赤いリボン。スカートは少し短く、こちらも黒いニーソックスをはいている。
しかし、何よりさとりの目に大きくうつったのが…。
赤と青の、それこそ正体不明な形をしている、羽だった。
そのあまりの正体不明さに、さとりは自分がこいしになりきってることを忘れ、つい口を開いてしまっていた。

「えーと…どちら様でしたっけ?」
「もう、こいしってば。私よ」
「…誰でしたっけ?」
「あはは、こいし流の新しいジョークなの?まあいいわ、折角だからそれに乗ってあげるよ」

そこまで言うと、その少女は一端間をおき、溜めをつくる。
勿体ぶっているのだろうか。中々次の言葉を言わない。
そして、十分な溜めをつくったとこで、自分の名前を声高々に言うのだった。

「私はぬえ。封獣ぬえ。かつて人々が恐れをなした、平安のエイリアンよ!」

自称だけどね、と付け加え、こつんと自分の頭を叩く平安のエイリアン。
ぬえ。その名前は前に聞いたことがある。
最近こいしが地上から帰ってきたとき、よく聞く名前だったのだ。
何でもこいしとぬえはウマが合うらしく、最近よく遊んでいるらしい。
その時は仲がいいのね、とさとりは他人事のように返していたが、いざこうして目の前にいるとなると話は別だ。
自分のペットでも知り合いでもなく、こいしの友達。さとりからすれば殆ど赤の他人。
さとりの頭が警鐘を鳴らす。何とか対処しないと…。

「あ、あー。ぬえじゃない。久しぶりだねー」
「うん、久しぶり。といっても、前に会ったのは数日前だけどね」
「え、あー、そうだったっけ?それで、今日ぬえは何しにきたの?」
「前に言ってたじゃない。今度こいしが地上に来たら、命蓮寺に招待してあげるって!」

…え、いつの間にやらこいしはそんな用事をつくっていたの?と戸惑うさとり。
ある意味こいしのプライベートを覗くことになり、ちょっと後ろめたさを感じてしまう。
しかし、命蓮寺はどんなところか知っていた。何でも最近復活した尼さんが人里に建立した、お寺らしい。
そこは人間だろうと妖精だろうと妖怪だろうと、手を差し伸べてくれる場所だった…と、燐が言っていた。燐も一度行ったことがあるらしい。
まさか、こんな破天荒な少女がお寺住まい?さとりの混乱は深まるばかりだった。

「…こいし?」
「あ、うんっ?どうしたの?」
「どうしたの、じゃなくてー。今日のこいし、何だか様子が正体不明だよ」

…まずい。ちょっと考えてたら少し怪しまれた。
さとりは長考することがしばしばあるため、こいしのように柔軟な対応をするのが難しいのだ。
とにかく、このままではと思ったさとり。そこで一つ、策を実行しようとした。
今回は用事があって…という、基本的な断り方でこの場を逃れようとしたのだ。

「あ、あのね、ぬえ。今日はその、用事が」
「ああ、言い忘れてたことがあったよ」
「な、何かな?」

どうもペースを持っていかれる。まるでこいしのようだとさとりは感じた。
同じような空気だからこそ、ウマが合うのだろうが…。
とりあえず、さとりは黙ってぬえの話を聞くことにするのだった。
しかし、そのぬえから衝撃的な言葉が聞かされることになる。


「もうここ、命蓮寺の敷地内だから」


…はい?とさとりは思わずわが耳を疑ってしまう。
もうここそのお寺の中なの?
落ち着いて周りを見渡すと、確かに雰囲気がお寺っぽい。気のせいか、どこかで読経の声が聞こえる。
…ということは、もしや。

「こいしを驚かせようと思って無理やり連れてきちゃった。どう、驚いた?」

…ああ。
なんということでしょう…。
これでは逃げることもままならず、お寺に入らざるを得ないじゃないですか…。
がくりと体の力が抜け、ぺたりと地面につくさとり。
そんなさとりをにこにこと笑いながら見下ろすぬえ。
心の中を覗いてみると、

「(ふふ、こいしったら、腰を抜かすくらい驚いてくれたんだなー)」

…やっぱり、見事に勘違いしてました。
そのままぬえに引っ張られるがまま、さとりは強制的に命蓮寺に入ることになったのだった…。















ど、どうしようか。
実はさとり、他所の建物に入るのは相当久しぶりである。
長年ずっと地霊殿にいたことが災いしたか、目に映るものが全て新しく見える。
ましてやここはお寺。普段めったに入らない場所なだけに、緊張感がこみ上げてくる。
今頼りになるのは、現在さとりの手を引っ張ってる、このぬえという少女だけだ。

「どう、命蓮寺は。こいしはこんなとこ入ったことある?」
「え?…ううん、もうずっと入ったことないよ」

本当は一度も入ってないんですけどねー。
まあ実際嘘はついていない。恐らく相当小さなころに、一度二度くらいしか入ったことないから。
ぬえはこちらを向き、自信たっぷりな笑顔で言った。

「そうだよね。でも任せて!私が全面的に護ってあげるから」

…ああ、この状況でその言葉はすごく助かる。
先程の空のように、不安な状態でそんなことを言って貰えると、大分気持ちが軽くなる。
でも、空といいこのぬえといい、どうしてこんな思い切った発言が出来るのだろうか。
6ボスやEXボス…という謎の言葉が浮かんだが、それは無かったことにしよう。

「さ、着いたよ!ここがこの寺で一番広いとこ」

…わぁ。地霊殿も広いが、このお寺も中々広い。
いや。少々広すぎやしないか?お寺というものはこじんまりとしたものだと思っていた。
なのに外から見たものとは違って、中は広く作られてるようだ。

ほうと感心してると、私たちの前に二人の人物が出てきた。
一人は虎柄が目立つ、少し背が高い少女。…あらやだ、地霊殿のペットと一緒にいても違和感がない。
もう一人は、セーラー服を着た水兵さん。…いや、帽子から判断して船長だろうか。
まあとにかく、二人がこちらに向かってきた。視線はぬえの方にだが。

「ぬえ。寺ではそんなに大声を出してはいけませんよ…おろ?」
「ぬえぬえー。仮にもこの寺は元船なんだからもっと大切に…おや?」

二人がこちらに気づく。…二人とも、もしかして私が見えてなかったのか?
最低限の流儀だし、とりあえずぺこりと一礼。頭を下げてると、ぬえがフォローしてくれた。

「あはは、ごめん。今日は私の友達を紹介しようかなって。こいしっていうんだ、古明地こいし」
「ああ、ぬえがいつも話してる子のことですか?」
「ぬえぬえったらいっつもこいしちゃんのことを話してたよね」
「ちょ、ちょっと!星もムラサもどうしてそんなことを言うのよー!」

慌てているぬえ。心の中から察するに、こいしの手前だし、色々とお姉さんぶりたかったのだろう。
なんだ。こうしてみると、ぬえも可愛らしいところがある気がする。
顔を上げ、ぬえの方を見てみる。ぬえは顔を少し赤くして。ぷいとそっぽを向いていた。どうやら拗ねてしまっているようだ。
まあ、今は挨拶する方が先。ぬえの機嫌取りは後でもいいかな。と考えたさとりは、改めて二人に挨拶した。

「古明地こいしと言います。二人とも、初めましてー」
「ああ、話は聞いてるよ。私は村紗。船長でもムラサでも水蜜でもみっちゃんでもいいから、好きに呼んでね」
「寅丸星と言います。毘沙門天の弟子と言われてますが、気にせずあなたの普段通りに話してくださいね」

…二人ともしっかりしている。さすがにお寺に住んでる人たちなだけあって、礼儀正しい。
いや、恐らくぬえがイレギュラーなのだろう。如何にも途中から入ってきた、という感じがする。
…いずれ本物のこいしがここに来た時、一体どんな顔をして挨拶をするのだろうか…。
と思ったのは、ぬえがこちらをちょっと怪しげな目で見ているからで。私は慌ててぬえに弁解した。

「ほら、初対面なんだし、ちゃんと礼儀はよくしないとね」
「…ああ、なるほど。てっきりムーンサルト宙返りしながら挨拶するかと」

…こいしって人にそんな挨拶してるの!?
こいしの知りたくなかった新しい一面が分かりながらも、私はどうにか挨拶を済ますことが出来たのだった。





さて、挨拶も終わったことだし…そそくさとここから帰ってしまおう。
そう思った私だったが、門前には一人の尼さん。恐らく門番的な存在なのだろう。
あれでは、到底簡単に出れそうな気がしない。
とりあえず、出れないかどうか交渉してみよう…。

「…あのー」
「あら?ああ、あなたがぬえが言ってたこいしちゃんね」
「えっと、そうです。あの…外に出ていいですかね?」
「…んー。こいしちゃんがそう言ってるなら通してやりたいけど…それは無理ね」

…ですよねー。
ぬえに連れてこられたので、やっぱりそんな簡単に外に出れるはずはない。
がっくりと心の中で落ち込む中、そのまま尼さんが話を続けてきた。

「姐さんがね。いつもぬえがお世話になってるから、ぜひともあなたにお礼したいって」

…姐さん?一体誰のことだろうか。
ムラサでもなく、星でもなく、ぬえでもなく。…この中で一番近いのは星だろうか。
気になったさとりは、それが誰のことか聞くことにした。

「あの、姐さんって誰なんですか?」
「…ああ、ごめんなさいね。姐さんっていうのは、聖白蓮っていう人のことよ」
「白蓮さん…」
「ええ、私が一番慕ってる人で、皆姐さんを尊敬しているわ」
「なるほど」

相槌を打ちながら、さとりは考える。
その白蓮という人は分からないが、恐らくこの命蓮寺でいう住職的なものなのだろう。…よく分からないが。
まあ、出られないなら仕方がない。私は寺の中に戻ることにした。
…が。何か尼さんの様子がおかしい。

「最近は人里でも話題になっていて、信仰も着々と増えていってるみたいだし。うんうん、良いことだわ」
「あのー、尼さん」
「うーん、姐さんのことを話すと長くなるわ。日を増すことに段々とまた違った一面が見えてくるし…ああ、姐さん姐さん…」
「…あのー」

…聞いてない。心の中を覗いてみると、ものすごく膨大な量の言葉が雪崩れ込んでくる。
私はすぐに心の中をシャットダウンした。この尼さん、白蓮を慕いすぎるあまり、もはや恋慕並みの感情を持っているようだ。
まだまだ言葉の絶えない尼さんを背に、私はそのままお寺の方へ帰って行った。
いつか、あの想いがまだ見ぬ白蓮に届きますようにと強く願いながら。





寺に戻ってくると、星がさとりに声をかけてきた。

「何かあったら遠慮せずに声をかけてくださいね?」
「あ、はい…色々とありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」

見た感じ、星はさとりに中々の好印象を与えていた。
何となくまじめな感じもするし、風格もある。
礼儀についてはペットである燐や空に徹底しているが、二人とも割かしフランクな方だ。
星のように、ここまできっちりとはしていない。
となれば、主である白蓮がよほどの指導力があるのか、単純に星の性格上なのか…。
ふと、改めて星の姿を見ると、ちょっとした違和感が出てきた。

「…どうかしました?」
「いえ、ちょっと気になることが…」
「なんでしょうか?」

にこり、とほほ笑む星。…そこは別にいいのだが…。

星の頭の上に、イチゴがのっているのはどうしたことだろうか。

…最初はファッション?と思っていたが、近くで見てみると、違和感ありありである。
訂正すべきか否か…苦悩するさとり。その間も星はこちらを見続けている。
このままこの疑問を放っておくわけにはいかない。もし放っておいたら、今日寝ることが出来なくなる。
…自分が無事に帰れたなら、の話だが。
というわけで、星に恐る恐る聞いてみることにしたのだった。

「あの…頭の上に乗ってるの…ファッションですか?」
「ああ、はい。一応そのつもりです。大分目立ってしまいますが…」

うん、そりゃあ目立つだろう。イチゴだし。
でも、そうじゃない。もしイチゴが飾り物だとしても、私は聞かねばならない。
さとりは自分でも分からない謎の使命感を持ったまま、一拍おき、言った。

「…イチゴでも?」
「え、イチゴですか?確かにこの時期旬な食べ物ですがー…」
「違うんです。星さんの頭の上…」
「頭、ですか?」

自分の頭をまさぐる星。
その手は、ブロンドと黒が混ざった髪をかきわけて…。
やがて、頭頂部へ到達し…。

ぐにゅ。

…イチゴが潰れた。
やっぱり本物だったんだ…あのイチゴ。
星の目が点になる。そのまま手がするると降りていき…。
ぱかと目の前で開く。当然、潰れて汁が出てるイチゴが中から出てきた。

「な、な!にゃ―――っ!?」

…あ、猫っぽい声だ。
ぼんやり、さとりは思う。
やっぱり寅は寅でも、やっぱりそんな声を出すのか。
ネコ科なだけに。なーんて。

「え、な、何ですかっ?これっ!?」
「何って…イチゴですよ?」
「いや、確かにそうなんですけど、いつの間にやらイチゴに…あれぇ!?」

どうやら相当戸惑っているようだ。それはそうだろう。
私だって第三の目を触ってみてぐにゃりとした感触が来たら、あれくらい驚くはずだ。
…そして、何故私はこんなにも達観してしまっているのだろうか…。
何というか、これがいつも通りみたいな安心感が、そこにはあった。

「んん、どうしたんだいご主人。そんな変な声をあげて」

と、不意に影から誰かがやってきた。
ネズミの耳と尻尾が生えてる、星より大分小さな感じの少女だ。
全体的に紺色が目立ち、飾ってるものといえば青い小さな飾りくらい。
でも、顔つきからして随分と賢そうに見える。…やだ、こちらもペットにしてみたい…。

「ああ、ナズーリン!見てください、イチゴが!イチゴが!」
「…潰れてるだけじゃないか。血の色をしてるが、ネズミ達にこんな甘いのはさすがにダメだろうなぁ」
「違うんです!頭の飾りが何故かイチゴに!」
「相変わらずバカだなあご主人は。逆にイチゴを頭にずっと維持出来てる方がすごいと思うよ?」

…確かに。
このナズーリンという少女、ちょっと口は悪いけれども、星に対してご主人と言ってる以上、主従関係みたいなものだろう。
ちょっと抜けてるうっかりやな星を、賢いナズーリンが支える。
いい関係だなぁとさとりは他所事のように思っていた。

「…うう、誰がこんなことをー…」
「私が考えるに、またご主人のうっかりかな」
「またって!確かにあなたには大分助けてもらってますけども…」
「それともぬえの悪戯かな?まあいずれにせよ、手は洗った方がいいと思うよ」
「ああ、そうですね…すみません、少し行ってきますね?」

少し速足で去っていく星。
そのまま、さとりとナズーリン、二人が残っていた。

「…で、君がこいしか。ふむ、ぬえの言った通りだなぁ」
「あ、はい。…星さんは、昔からああなのですか?」
「そうだよ。私がいなかったら、ご主人は色々とダメなんだろうな」

はーあと溜息をつくナズーリン。
…それにしても、全員が全員こいしのことをぬえから聞いたしか言わない気がする。
大分私もこいしに慣れてきたなぁ…と思った矢先、ナズーリンがこちらに語りかけてきた。

「それにしても…君は不思議な感じがするね」
「?どこが不思議な感じなんですか?」
「外に出て遊びまわっていた…と聞くが、外のにおいがしないんだ。まるでずっと部屋にいたような」
「!」

どきりとする。鼠だからこそ勘も鋭いのか。
もしかして、私がさとりということがばれているのか…?
いや、見知らぬはず。知らないはず…と考えるが、去り際に言った言葉が、尚更胸に刺さることになったのだった。

「まあ、頑張ってくれ。君の傍にいると何だか心が見透かされる予感がしてね。私はこれで失礼するよ」





「こいし、調子はどうー?」
「え、うん。…大分いい感じ?だよー」
「…ぬえぬえ、あんたこいしにべったりしすぎじゃないのー?」

ナズーリンが去った後、今現在、さとりはぬえに抱きつかれている。
…勿論、相手はこいしと思ったままだ。
星もいるのだが、現在は忙しそうなので相手にはしてこないだろう。
その代わり、さとりの隣にはムラサがいる。やれやれと腰に手をあてているが。

「一応ゲストさんなんだし、もっと丁寧に歓迎してあげたら?」
「これが私の丁寧よ。それともムラサ、妬いてるの?」
「うーん。誰がぬえぬえに妬いたりするのやら…」

によによと笑ってるぬえに、つんとした返しのムラサ。
…でも、帽子の中にある赤い第三の目からは、二人の心が明確に見えていた。
なるほど、この二人はそういう関係…ね。

「ふふ」
「ぬえっ?」
「こいしさん?」

息もぴったり。なるほどなるほど。
まあばれないように、そっと後押しでもしてあげようかしら?

「いや、二人とも仲がいいんだなって思ったの」
「え!?ムラサと!?」
「ぬえぬえとですか!?」

二人ともお互いを見合う。そして同時にこちらに向いてくる。
…ああ、その表情。何だかくすぐったい様な、変な気持ちが湧いてくる。
勿論、二人の関係的な意味でね。ふふ…。

「そんなことないじゃない!何言ってるのよこいしー!」
「そうですよ、誰がこんな正体不明娘と似てると言うのですか!?」
「…そういうところ♪」
「「えっ?」」
「だから、そういうところが似てるって言ったの」
「「えっ」」

この二人は弄りがいがある…さとりがそう思ったとき、さとりが聞いたことのない声が聞こえた。


「あら、大分揃っているみたいね」


穏やかな、聞いただけでも優しそうだと思えるような声。
恐らく、白蓮がやってきたのだろう。
そう思ってると、私以外の皆がその声の方に向かいぺこりと礼をした。
きっと、よっぽどの人物なんだろう…何せあの尼さんが白蓮の良いところを108つ以上述べていたのだから。
そして…その人物、聖白蓮が姿を現した。

「初めまして。聖白蓮と申します。あなたがこいしさんですね?」

…綺麗な人。さとりは一目見たとき、素直にそう思った。
星より高い背に、栗色と藍色の混ざった髪。
白い服の上に黒い服を着ているが、一層淑女な感じを強調させている。
後、服を着ていても形が分かる…あれ。それが大きくて、私はつい軽く嫉妬してしまった。
何より、顔立ちが美しい。姿が幼く見えてしまう私にとって、色々と羨ましい。
白蓮は、そんな女性だった。思わず返事も遅れてしまうくらいに。

「あ、はい!」
「ぬえがお世話になりました。色々と大変だったでしょう?」
「いえ、そんなことは…なかった、です」
「あなたは優しいのですね。…ようこそ、命連寺へ」

白蓮はこちらにやってきて、私を抱きしめてくる。

むぎゅう。

…あたってる。何がとは言わないが、とにかくあたっている。
それはとても柔らかくて、顔が半分くらい埋まってしまう。
そして、ほわりとした感触が伝わってくる。なんという温かさ。
まずい。これはまずい。ぎゅっとされたら抜けだしたくなくなってしまう。
冬場のベッドと同じだ。抜けだそうと頑張るが、その温かさからまた眠くなり、二度寝してしまうあの状況と。
実際に何回もしたことがあるからこそ、よく分かる。
もうこのままずっとこの人にぎゅっとされたい…そうぼんやりと思ったときだった。

ぼとり。

私から何かが落ちた。…一体、何が落ちたというのだろうか。
でも、気持ちいいから今は詮索しないでおこう…。

「えっ!?こ、こい…しなの…?」

ぬえが変な声をあげている。本当にどうしたというのだろう。
…何か頭が冷たい。おかしいな、ぎゅっとされているのに…。

「め、目が!目がー!?」

ムラサが叫んでいる。
…目?…目が、なんだろうか。
気になった私は、そのまま下に目を落としてみる。すると…。

「っ!?」

落ちてたのは、私が作った黒いこいしの帽子。そして。


でろりん。


私の…赤い第三の目とコードが出ていた。
つまり。白蓮にぎゅっとされたことで、私の帽子が落ちてしまったのだ。
…じゃあ、髪も紫と白が混じっているのが…ばれて…?

「あら、私とおんなじ感じの髪なんですね。…ぬえ?」
「この人…この人、こいしじゃないよ!?」

私の頭の中に、またも警鐘が鳴り響く。思考が回転する。
ぬえはこいしのことを知っているので、こいしの髪は全部白であることは分かっていたのだ。
他の人たちはこいしのことをよく知らないので、ぬえの叫びに疑問を浮かべている。
このままではぬえに言及されて、私がこいしではないことを暴露されてしまう。
そう思ったが矢先、私は白蓮から離れ、自分の帽子と第三の目を取り、走り出していた。

「あ、こいし…ではない誰かさんっ?」

白蓮の声が聞こえるが、最早その声など聞こえていない。
私は夢中で走り出していた。こいしではないとばれた以上、ここではただの不法侵入者。

走る。

走る。

こうして走っていると、昔幼いころ誰かに追われたことを思い出した。

昔のトラウマを抉られながら、さとりは駆けていく。不安と恐怖しか出てこない。
幸い道は分かっていたので、一気に入口まで走っていく。後ろから小さく声が聞こえる。…急がないと。
残るはあの尼さんのいた門だけ。ここさえ抜ければ、後は大丈夫だ。
尼さんもいないし…今なら行ける…はず!
ばむと入口の扉を開ける。…そこには、あの尼さんと、見知った、それはとてもよく見知った顔が、そこにいた。


「…お姉ちゃん何してるの?」


…ぴたりと時間が止まる。
息をごくりと飲む。そして、同時に理解をする。
こいし。私の妹であるこいしが、目の前にいた。
なんということだろう。なんというテンプレ的な展開なのだろう。
それはつまり、私にとって「詰み」を意味することだった…。










「…と、いうわけでして…本当、ごめんなさい…」

何故、こんなことになってしまったのだろうか。
私はただ、甘いものが食べたかっただけなのに…。
あの後、こいしと一輪さん(後で名前を聞いた)に捕まり、命蓮寺に戻された。
こいしがぺこぺこと周りに謝っている間、ぬえがこちらをじーっと見ていたことだけは覚えている。
…それだけしか覚えていないのか、ですって?自分にとって都合が悪いことは、すぐに忘れてしまいたいのですよ…。

「…こんな、こんなお姉ちゃんなんて…!私はこんなお姉ちゃん、みとうなかった!」
「すみません、本当にすみません、こいし…あの時、私がどうかしていたのです…」

何故か変な言い回しで怒るこいしに、何回も頭を下げる私。
そして現在、私は正座させられながら、こいしを含む全員にこれまでの事情説明していた。
…なんという羞恥プレイなのだろう。
謝るだけならまだいい。私はそのままこいしの服を着ながら謝罪している。
しかも横にこいしがいて、だ。何この状況。泣きそうなんですけど。

「なるほど…大体事情は分かりました」
「本当すみません。こんな不出来で碌な考えしないひきこもりなお姉ちゃんが迷惑をかけてしまって…」
「そこまで言わなくても良いと思いますけど…」

星がフォローをするも、返す言葉もない。私はそれだけのことをしてしまったのだ。
こんなことをしてしまった以上、きっとこいしに色々と周りに言いふらされてしまうだろう。
そして、ゆくゆくは地霊殿の主の座を追われ、路頭の道に迷ってしまうのだ…。
どよどよとネガティブな想像が止まらない。気持ちがどんどん重くなる。
さとり自身、ずっとこいしを無理して演じていたので、その反動も激しかった。ガタがきていたのだ。
と、白蓮がゆっくりと、こちらに歩み寄ってきた。

「さとりさん。古明地さとりさん」
「…はい」

じっと、白蓮に見つめられる。
最初に会ったときと同じ、穏やかで、優しげな目で。
それが、今は悲しげに揺れているように見えた。…ああ、また嫌われてしまったんだな。

やっぱり、私なんか地上に行っちゃいけなかったんだ。
そのまま地下に籠ってれば、こんな目に会わずに済んだんだ。
この地上に、私がいていい場所なんて、ないんだ。

ぼうっと白蓮の姿がぼやける。自分が情けなくて。悔しくて。愚かで。浅はかで。
もう、この場から消えてしまいたかった。白蓮は、そんな私に―――。


ぎゅっと、抱きしめてきて。


…え?
あまりにも突然のことで、呆然とする私。
そんな私を、白蓮はしばらくぎゅっとしたままで。
寺の皆も、こいしも、皆呆気にとられている。
私を抱きしめながら、白蓮はそのまま語り始めた。

「そのような可愛らしい理由で地上に来ようとしていたのですね?」

顔がぼっと赤くなるのが分かる。私は白蓮に埋まり、顔を隠した。
改めて言われると、ものすごく恥ずかしい。
埋まる私の頭をゆっくり撫でながら、白蓮はそのまま語り続ける。

「地上はどうでしたか?昔と随分変わったと思いません?」
「どう…と言われましても」
「いいですから。自分の思ったことを言ってくださいな」
「…随分…変わったはずです。…いえ、変わりました…」

顔を上げて、白蓮の質問に答える。
実際地上は相当変わっていた。まず、雰囲気だ。
穏やかな風が吹き、のどかな雰囲気を感じる…そんな場所。
しかし、何より一番驚いていることは…。

「特に、人と妖の関係が」
「…そうですね。人と妖怪が共存しています」

この関係だ。
人間と妖怪が傍にいる光景。
それこそまだ数が少なかったが、人里で見かけたその光景は強く心に残っていた。

「ええ。人と妖怪が共存して、お互い生きている」
「…ええ」
「確かに数こそ少ないですが、昔では到底考えきれなかったことです」

そこで言葉を切り、白蓮は私を見る。
それはとても穏やかな目だった。女性でも思わず見惚れてしまうような、慈愛に満ちた目だった。
そして、そのまま抱いたまま、しっかりと私の目を見て。

「なら、さとり妖怪であるあなたにも、きっとそれが可能なはずなのです」
「…!何が…ですか?」
「あなただって、人や妖怪と手をとることが出来るはず。私は…そう思います」

信じられない。
私があの人ごみのなかにいても、何とも思われないなんて。
それどころか、私と一緒に手をとって一緒に過ごせる…?
私の、かつて望んでいた無謀な願い。今でも無理だと思う、微かな願い。
でも、白蓮の言葉を完全に否定することは出来なかった。何故なら。


私を見つめる目が、心が、本気だったから。


今まで私が生きてきた中で、他人のことをここまで思える人を、私は見たことがなかったから。


「最初の内は否定され、拒絶されてしまう場合もあるでしょう」
「ですが…私は最後まで抵抗し続けます。さとりさんが普通に地上を歩ける、その日まで」

ぼうっとしていた視界がさらに歪む。ぐにゃぐにゃで、ぐちゃぐちゃになって、もう前が見えない。
何も考えられなくなって、涙がこぼれそうになる。
でも、白蓮がにっこり微笑んでいることだけは、何となく分かった。

「ここ命蓮寺は人も妖怪も妖精も、困っている人は誰でも受け入れます」
「私たちと一緒に…探してみません?その道を」

その言葉で、私はもう限界だった。
ぽろりとこぼれた涙は、もう止めることは出来ない。
私はここにいいのか。ここでなら、私は許されるのか。
今までこんなことは言われ無かった、私にとっての救いの手。
それが、地上のこんな寺にあるとは。…信じられなかった。でも、本当のことだった。
この温もりが、感触がなくならない。それだけでも、私にはたまらなく救われて、嬉しかった。

「…っ!ふ、う…っ!」
「いいのですよ、今は泣いて。泣いて、全てを洗い流して…」
「ふぇっ…ぐすっ、うえぇ…っ!」

ぽふりと胸に埋まると、後はもう単純だった。
わんわんと子供のように、久しぶりに声を出して泣く。
でも、昔とは違って、誰かに抱かれたまま。
私が泣いてる間、白蓮はずっと抱きしめてくれていて。
それが温かくて、心地よくて、ずっと離れることが出来なくて。
でも白蓮は私を決して離すことなく、私が泣きやむまでそのまま抱きしめてくれていたのだった。










「…落ち着きましたか?」
「くすん…はい…」

結局、白蓮の胸を借りることになってしまった。
今までの分もあったのか思いっきり泣いてしまったので、白蓮の胸元は私の涙で濡れている。
…ちょっと恥ずかしかったが、同時にすがすがしい気持ちもある。
これだけのことはしたけど、それだけの収穫もあった。
私を受けいれてくれる場所が地上にあるだけでも、十分すぎたから。

「…さ。さとりさんも泣き止んだことですし、そろそろ夕食にしませんか?」

はっと周りを見ていると、こいしとナズーリン以外貰い泣きしていた。
…きっと私ではなく、白蓮の行動を見てのことなんだろうな…と、何となく分かった。
でも、この人たちなら仲良くなれそう…そんな、予感もした。
そうしていると、白蓮は私の手を取り、また微笑みかけてくる。

「どうぞ、さとりさんとこいしさんもご一緒に。私が腕を奮って作りますから、期待してくださいね?」

…そういえば、昼に食べたあんみつ以降、何にも食べていなかった。
今なら、地上の料理を食べてもいいかもしれない。…そう思ったさとりは、白蓮の手をとり…。


「待って」


不意に声をかけられる。
一体誰だというのだろう。折角このままいい雰囲気のまま終わりたかったのに…。
と思っていると、ずんずんと私の目の前に来るものがいた。
…それは、こいしだった。

「このままいけば言う機会もないかもと思ったから、ちょっとね」

こいしがそういうと、白蓮はすすすと数歩下がる。どうやら察してくれたらしい。
…でも、今の状況を考えるといてくれた方が良かった…かも。
それにしても、こいしには多大な迷惑をかけてしまった。許してもらえないかもしれないが、誠心誠意謝らないと。

「こいし…本当にすみませんでした。こんなお姉ちゃんですが、許してもらえますか…?」
「うん、それはもういいんだよ。地上に出たことも不問にしてあげる。私も出てるんだし」
「こいし…!」

ぱあっと私の頭上に一条の光が降りてくる。
あんなことをしたのに、こいしまで許してくれるなんて。
…こんなに素晴らしい妹を持って、お姉ちゃんとっても嬉しいです…。

「…しかし!」

否定されてしまった。私しょんぼり。
少ししょげている私に、こいしは私に問いかけてくる。

「どうして普通に地上に出ないの?」

うぐ。

「どうして私の姿で出たの?」

うぐぐ。

「私の姿になって、地上に出る。それはとんでもないことだって、普段のお姉ちゃんなら分かるよね?」

…ごもっともです。

こいしは止まらない。今では両手を腰に当て、こちらにずずいと顔を近づけている。
近いので周りの光景が分からないが、こいしの握りこぶしがわなわなと震えているのが分かる。
これは…もしや。

「甘味だって、頼めば私やお燐が持って帰ってきた!それなのに…それなのにお姉ちゃんはぁ…!」

…あー。
こいしのこの怒り方はやばい。こんなこいしの怒り方久々に見るわー。
気が付いたら私は走り、飛び出していた。勿論、こいしから逃げ切るつもりで。
無理だとは思うけど、やらなくては分からない。さっき白蓮から学んだことだ。
…まさか、学んだそばからいきなり実践することになるとは。少し皮肉にも思うけど、いい機会だ。
そう思った矢先、後ろからこいしの怒号と白蓮の穏やかな声が、聞こえてくるのだった。


「お姉ちゃんのバカー!」

「…あらあら。二人ともまだまだ元気みたいですね」


…とりあえず、生きて帰れたら白蓮に言おう。
本気で怒ったこいしは、死ぬ気で逃げないととんでもないことになるということを。
でも、こいしと久々にこんなことをするのも…楽しいかも。
こいしには悪いが、私はくすりと笑いながら、一気に飛ぶスピードを上げるのだった。




















END?















一方その頃。
地霊殿の前に戻っていた空は、今まさに扉を開けようとしていた。

「うーん…大分遅くなっちゃった。さとりさま、怒ったりしてないかな…」

ちょっと怖気づく空。…でも、ここで逃げるわけにはいかない。
意を決して、空は扉を思いっきり開くことにした。
手を扉にかけ、そこから一気に力を解放する。

ばたん!

「さとりさま!霊烏路空、只今帰り―――」
「おくうううううぅぅぅぅっ!!」
「う、うにゅあー!?」

すると、弾丸のような速さで空に飛びついてくる人物がいた。お燐だ。
でも、扉を開けてどうしてこんなに熱烈な歓迎をするのか?と空は考えたが、燐を見てその考えは吹き飛んだ。

燐が、泣いていたからだ。

「ぐす、ぐすんっ…!うう、おくううぅ~…!」
「ど、どうしたのさお燐っ!?…ああもう鼻水が出てるし…ほら、落ち着いて」
「うぅー…」

背中をさすり、ぽんぽんと頭を撫でてあげる空。
こういうときどうしていいか分からないけど、前に私が泣いてたときにお燐がしてくれたことをしてやった。
しばらくそのままでいると燐は大分落ち着いたようだったので、ゆっくりと話を聞くことにした。

「…大丈夫?」
「…うう、ごめん。取り乱しちゃったよ…」
「まあそれは私とお燐の仲だからいいよ。…で、何があったの?」
「あぁ、そうだ!さとり様が!さとり様がどこにもいないのよぉ!」
「…さとりさまが?」

確かにさとりは地霊殿から離れることはない。
何より、部屋からあまり離れない。地上の世界で言うひきこもり…らしい。
色々きっちりこなすお燐のこと、見落としなどしないはず。ならばどこへ行ったんだろう…。

「と、とりあえず私もさとりさまを探すよ!二人で探せばきっと見つかるって!」
「ん…ありがと。もしかしたら、どこかにいるかもしれないしね!」

その後二人は探した。
さとりの部屋、他の部屋、厨房、風呂場、食堂、トイレ、物置、廊下、果ては灼熱地獄まで探した。
でも、やっぱりさとりはいない。どんなに細かいところを探しても、いない。いや、いるはずないのだ。

「さ、さとりさまぁー?」
「さとり様ー!どこにいるんですかー!?」

さとりは現在地上の命蓮寺にいて、全く別の場所にいたのだ。
でもそんなことはまったく知らない二人は、必死で探し続ける。でも当然見つかることもなく。

「うわーん!さとりさまどこー!?」
「あたい達が何か粗相をしたなら謝りますから、出てきてくださいよー!」

果てには二人でお互いを抱きしめあいながら、泣き始めてしまいましたとさ。

「さとりさま、帰ってきてー!」
「こいし様でもいいから、二人とも帰ってきてえぇー!」














END
こちらでも初投稿となります、kururuと申すものです。
今回はさとりさんと命蓮寺のお話。
命蓮寺の全員出そうとしたら、大分長くなってしまいました。
少しでもくすりとしていただければ、これ幸いです。
※修正しました。誤字指摘ありがとうございました。





雲山さんは…。…殴られる覚悟はできているっ!
くるる。
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コメント



0.4900簡易評価
15.100名前が無い程度の能力削除
読ませていただきましたー。
いやはや命蓮寺も地霊殿も仲良しだったり家族思いだったりで微笑ましいものですね。
18.90ぺ・四潤削除
「っきゅううううううううううんっ♪」
凄まじく悶えたwww 俺もっきゅううううううううううんっ♪って感じだww

こいしちゃんが怒っていたのは自分の格好をされたからではなくて、そこまでして地上に出たかったのに皆と一緒に行かなかったことについてですよね。
聖姐さんにぎゅっとされて何か当ってたら俺は間違いなく昇天する。最期は聖姐さんの胸の中で死にたい。藍様の尻尾の中以上に柔らかくて暖かい場所に認定。
23.無評価名前が無い程度の能力削除
多分全力で逃げてもこいしちゃんからは逃げ切れない。そんな気がします。
ほのぼのしたいいお話でした。あなたには雲山型の綿飴を(ry
31.100夕凪削除
長い!長いけど途中で飽きることなく、一気に読めました。
ぺ・四潤さんも書いてるけど、「っきゅううううううううううんっ♪」のところで萌え尽きそうだったよ。
うんうん、こういう関係を見ているとなんかほのぼのしてきますね。
さとり様可愛かったし。
あれ、雲山?
雲山はどこぉぉぉぉぉぉぉぁお?!
40.100名前が無い程度の能力削除
甘いものを馬鹿にしたらいかんな、うん。
さとり様は甘いものを買って帰るべきだよ絶対。
50.100名前が無い程度の能力削除
良いお話でした。
全体的にさとりが可愛かったー。
もっともっと幸せ(甘味)を得て欲しいものです。
52.100名前が無い程度の能力削除
やばい、可愛いすぎる

ところどころにあるさとりの過去の回想がよかったです
きっとこいしも同じ経験をしてきたんでしょうね

今度は変装せずに心置きなく地上や命蓮寺に遊びに来れることを願います。もちろん、こいしと一緒に
59.80名前が無い程度の能力削除
いい話だなー
すごく面白かった。ただちょっとさとりんは可愛すぎる。
75.100名前が無い程度の能力削除
きゅううううううううんっ☆
81.100名前が無い程度の能力削除
良い!
83.100ずわいがに削除
>この青い第三の目とコードは…自分で作りました
それ、自分のを青く塗ったら良いじゃないですかww
素直に地上に出たらいいのに、さとり様めんどくさいッスwww

いやぁ、まさかの命蓮寺組との交流でしたが、ナズーリンが一番のくせものでしたねぇ
94.無評価kururu削除
コメント返しのお時間です。いつの間にやらもう3月ですね。

>>15さん
命蓮寺と地霊殿、この二つにはほのぼのがよく合うと思います。
組み合わせてみると相乗効果が期待出来るかもしれませんね。

>>18のぺ・四潤さん
さとりのあのセリフはまず一番最初に決めました。
狙い通りの結果になってこちらも喜ばしい限りです。

こいしについては大体そんな感じでよろしいかと。古明地さとりとして堂々と地上に出て欲しかったようです。
後、白蓮さんにぎゅっとされたら辛抱たまらんと思います。

>>23さん
普通に考えたらさとりに勝ち目がないような気もしますね。
…雲山さんの綿飴…舐めがいがありそうです。

>>31の夕凪さん
長さは少し心配しましたが中だるみがないように頑張ったつもりです。
後、もう少し命蓮寺の話が欲しかったかな…。
因みにそのころ雲山さんは雲と一緒に流されておりました。

>>40さん
甘い物は定期的にとらないと耐えられないと思うのです。特に少女ですと尚更。
あの後皆であんみつを食べに行ったそうですよ。

>>50さん
あんまり幸せすぎると逆に幸せ太りしてしまうのでご注意を。
しかも甘い物プラスなら効果は2倍に…。

>>52さん
姉妹ですから、昔は二人とも互いに寄り添っていたものかと思います。
こいしも似た経験があるからこそ、分かっててさとりを怒っているのでしょう。
こいしと言わず、地霊殿全員で行ったらどうなるのでしょうか…。

>>59さん
さとりはかわいすぎるくらいがちょうど良いと思いました。
今回の場合地霊殿から久々に出て、少々臆病なところが出てしまったのでしょう。

>>75さん
きゅんきゅん!

>>81さん
ありがとうございます。
これからも地霊多めに頑張っていきたいと思います。

>>83のずわいがにさん
その発想はなかっ(ry
まあ、さとりとしては第三の目を置いていくということは考えられなかったのでしょう。

出番が少なめでしたが、その分印象をつけるようにしました。