Coolier - 新生・東方創想話

あなたと私

2010/02/16 00:45:50
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 誰もが寝静まった深夜。
 真っ暗な廊下を、私は優雅に闊歩する。

「……ククク」

 夜に興奮するのは吸血鬼の本能だ。
 思わず笑みが零れてしまう。
 
 ―――さて、今日は何をして過ごそうかね。

 そんなことを思いながら、とある部屋の前を通りがかったときだった。

 ギィイと音を立て、緩慢にその部屋のドアが開いた。

「うん?」

 反射的に振り仰ぐと、ドアの影から、ぬぼ~っとした顔が現れた。

「……あれ。おじょうさま」

 咲夜だった。

「……なにやってんです?」

 ぼけぼけだった。
 
「……夜の散歩だよ」
「そうですか。……ふわあ」
「……お前の方こそどうしたんだ。こんな夜更けに」
「ええ、なんか目が覚めちゃって……ちょっとお水でも飲みに行こうかなと。あ、よかったらお嬢様もどうです? ご一緒に」
「……いいだろう」


 
 ―――私の今日の過ごし方。
 
 とりあえず、寝ぼけ眼の従者と水を飲みに行くことが決まった。





 ……それはいい。

 いいのだが、とりあえず私にはツッコんでおかなければならないことがあった。

「……ていうかお前、それで寝てるの……」
「ええ。楽なんで」

 そう言って笑う咲夜が上下に着込んでいるのは、いわゆるジャージである。
 少し前に、香霖堂で買ったとか言って嬉しそうに着ていたが、まさか寝巻きにまで使用していたとは思わなかった。
 ちなみに色は緑で、腕と足の所に白いラインが縦に入っている。
 そこは忠誠心的に紅色じゃないのと言ってやったら、趣味じゃないんでとバッサリ切り捨てられた。
 あの日ひそかに夜枕を濡らしたのは内緒だ。
 
「……それならいいけどさ」
「どうも」

 咲夜は緊張感の欠片もないような表情でにへらと笑った。
 彼女は髪もぼっさぼさで、もはや瀟洒もへったくれもないのだが、しかしその雰囲気全体が、今のジャージ姿には妙にマッチしていた。
 やや大きめのジャージらしく、だぼっとした感じになっているのも相乗効果かもしれない。

 ……なんて心底どうでもいいような考察を行っているうちに、私達は食堂に着いた。

 この時間は妖精メイドも働いておらず、ランプの灯りも点いていなかったが、窓から差し込む月明かりのお陰で、うすぼんやりと周囲を見渡すことができていた。
 たまにはこういうのも風情があっていい。

 私が暗闇の中、テーブルに着いて静かに佇んでいると、咲夜が厨房の方から水の入ったピッチャーを持ってきた。
 もう片方の手にはワイングラスが二つ。

 咲夜はその二つのグラスをテーブルに並べると、無造作にどばどばと水を注ぎ始めた。
 ってせめてもうちょっと瀟洒に入れろよメイドだろお前はよ。

「すみません、今はオフなものでご容赦を」

 相変わらずオンオフがきっちりしている奴である。
 
「さあどうぞ。咲夜特製天然ミネラルウォーターですわ」
「……ああ、この水ってあれか、お前がはるばる妖怪の山にある滝から汲んできたやつか」
「ええ。でもそれだけじゃありませんわ。その後更に地道に蒸留して精製したものです」

 咲夜は得意気に言いながら、ごきゅごきゅと喉を鳴らして水を飲み始めた。
 凄い飲みっぷりだ。
 なんか今の服装も相まっておっさんみたいだな。

「ぷはーっ」

 一気にグラス一杯分の水を飲み干した咲夜は、景気良く息を吐き出した。
 前言撤回。
 みたいじゃなくておっさんそのものだった。

「よく冷えてて美味しいですわ。どれもう一杯」

 そしてまたどばどばと注ぐ咲夜。
 ……まあもう好きにすればいいんじゃないかな。

 私は半ば呆れながら、グラスを口元へと傾けた。
 
「……うむ」

 確かに、美味い。
 透き通るような喉越し。
 まるで自分が河童になって、川流れでもしたかのような光景すら幻視した。
 これはまさしく、咲夜の努力の賜物と言うべきだろう。

「ありがとうございます」

 そう言って、頭を少し下げる咲夜。

「…………」
「…………」

 その姿勢のまま、留まること暫し。
 やがてその意図を理解した私は、溜め息混じりに言う。

「……はいはい。咲夜よく頑張った。えらいえらい」
「えへ」

 若干投げやり気味に咲夜の頭を撫でる私。
 それでもこんなに嬉しそうにしているのだから、やっぱり人間ってやつはよく分からない。



 
 ―――こうして、咲夜特製天然ミネラルウォーターを飲み終えた私達は、行くあても無く館の中をぶらぶらと彷徨った。

 というか、咲夜は寝なくていいのだろうか。

「大丈夫ですわ。昨日は少し早めに眠りに就きましたので、四時間くらいは寝れましたから」
「四時間って……それじゃ足りないだろ」
「ご心配なく。普段から私の睡眠時間はそのくらいですし……それに、どうしても昼間眠くなったときは、時間を止めて昼寝してますから」
「……そんなことに能力使ってたのか、お前は」

 いや、まあ別にいいんだけどさ。
 でも主の前で「居眠りしてます」って堂々と言う従者もそう滅多にいないよね……。

「あ、お嬢様。昼寝といえば……」
「うん?」

 咲夜が、何やら悪戯を思いついた子供のような顔になった。
 そしてひそひそと、私に耳打ちをし始める。

「あのですね……」
 
 なんで他に誰もいないのにこんなことをするのかはよく分からない。
 まあそういう気分なんだろう。たぶん。

「……行ってみません?」
「……まあ……いいけど」
 


 ―――私の今日の過ごし方。
 
 次は、なんだか目が冴えてきたらしい従者と、門番の様子を見に行くことに決まった。
 


 そういうわけで。

「うわあ! 見て下さいお嬢様。めっちゃ寝てますよ美鈴ったら!」
「うん、そうね……」

 私と咲夜は、夜の紅魔館を守護している(はずの)美鈴の様子を観察していた。
 と言っても、流石に真正面からじゃあ勘付かれるだろうという咲夜の提案により、わざわざ上空からである。
 何この無駄な気合の入れよう……。

 美鈴はそんな私達のことなど露知らず、門柱に背をもたれかけたまま、こっくりこっくりと気持ち良さそうに舟を漕いでいた。

「いやー。相変わらず見事なまでの昼寝っぷりですね!」
「そうね……」
「あ、昼寝じゃないですね。夜寝ですね!」
「そうね……」

 そろそろ咲夜のハイテンションについていけなくなってきた。
 これはあれかしら、深夜のナチュラルハイってやつなのかしら。

「……ていうか咲夜さ」
「はい、何でしょう」
「なんであんた、そんなに嬉しそうなのよ。あんた一応、あいつを監督すべき立場でしょうが」
「ええ、まあ普段、というか私も仕事してるときなら怒りますけど……でも今はオフだし、まあいいかなって」
「ああ、そう……」

 あんたはオフでも、あいつはオンなんだから関係ないと思うんだけど……。

 ……まあでも、いいか。
 美鈴はああ見えてかなり強いし、そんじょそこらの妖怪程度なら、寝ながらでも十分撃退できるだろう。

 つかそれより、こんな夜更けに空に浮いてはしゃいでいる吸血鬼とジャージ姿の人間ってのはどんな存在だよ。
 霊夢にでも見つかったら問答無用で退治されそうな気がしてならない。
 
 そんな感じで、なんとなく居づらくなってきた私は咲夜に告げた。

「……そろそろ館に戻ろう」
「もうですか? ……はあい」

 少し残念そうな表情をしながらも、咲夜は素直に従った。
 うむ。まだ一応忠誠心らしきものは残っていたみたいで何よりだわ。


 

 ―――そして館に戻った私と咲夜は、また行くあても無く、真っ暗な廊下を延々と歩いていた。

 するとそのとき、曲がり角から一つの影。

「あら、フラン」

 我が愛すべき妹、フランドールがきょろきょろしながら歩いてきた。

「あら、お姉さま」

 私を見て、にっこりと笑うフラン。

 そうだった。

 誰も起きていないような深夜でも、お前は私と、同じように起きているのね。

 そんな当たり前のことを、しみじみと思う。
 フランが自由に館内を闊歩するようになってから、まだ日が浅い。
 いつかそのうち、こんな風に驚くこともなくなるだろう。

 フランは、無垢な表情で私に尋ねる。

「何してるの?」
「何というわけでもないけど……ちょっと、咲夜と夜の散歩をね」
「咲夜?」

 フランはきょとんと首を傾げた。
 それに応じるように、私もふと横を見る。

 すると。

「あら?」

 さっきまですぐ隣にいたはずの、ジャージ姿の従者が消失していた。

「……咲夜なんていないじゃん。お姉さま寝ぼけているの?」
「いや、そんなはずは……」

 辺りを見渡すも、その姿は見えず。
 
 ……そこでようやく、私は事態を理解した。

「……そういうことか」
「? 何が?」

 フランは合点がいっていない様子。
 眉根に皺を寄せている。

「ああ、いや……フランの言うとおり、ちょっと寝ぼけていたみたいだ。ごめんごめん」
「もう、吸血鬼が夜に寝ぼけてどうするのよ、お姉さまったら」
「違いない」
「ふふっ」
「くくっ」

 私とフランはひとしきり笑いあってから、それじゃあまた朝食のときに、と言って別れた。
 
 フランはこの後、大図書館に行ってみるらしい。
 おそらくパチェも、いつものように寝ないで本を読んでいるだろうから、きっと良い話し相手になってくれることだろう。
 
 私は、妹が少しずつ自分の世界を広げていっているのを嬉しく思いながら、さて、突然この場から姿を消した、小生意気な従者の名前を呼んでやることにしよう。

「……咲夜」
「はい。お嬢様」

 一秒と経たずに、咲夜が私の隣に現れた。
 先ほどのジャージ姿のままで。

 私はすぐに、ぎろっと非難の目を向ける。

「……何いきなり消えてんのよ」
「だ、だって……妹様がいらっしゃったものですから」
「……フランがいたら、なんかまずい事情でもあんの?」

 と言いながら、私はまあ、本当のところは分かっていたりする。
 それでも咲夜をいじめたくなったのは、あれだ、深夜のナチュラルハイ。

「だ、だって……恥ずかしいじゃないですか。こんな、格好で……」

 そう言ってもじもじと、両手を体の前で合わせる咲夜。
 おお、なんか乙女になっとる。

 ……というか、やっぱりそれが原因だったのか。

「それに、か、髪も、こんなんですし……」

 そう言いながら、ぼっさぼさの髪をなんとか手櫛で整えようとする咲夜。
 まあ今更どうにもならないのは言をまたない。

「……その羞恥心を何故主人である私に対しては覚えないのか。私はそれが知りたいよ」
「そ、それは……」

 少し意地悪に言ってみた。
 まあ、その答えも既に分かっているんだけどね。

 咲夜は少しだけ言葉を探すような素振りをしたが、すぐに、ふにゃっとした笑顔になった。
 それは、さっきまで私に見せていたのと同じ、気の抜けきった笑顔。

「……お嬢様なら……平気なんです」
「…………」
「どんなにかっこ悪い姿でも。どんなに情けない姿でも」
「…………」
「なんというか、どんな私でも、ありのままの私をさらけ出せるというか……」
「…………」

 私は黙って、咲夜の言葉に聞き入っていた。
 咲夜は続ける。

「だから私は……お嬢様になら、どんな自分であっても、恥じることなく……見せられるのです」

 ぼさぼさの髪。
 だぼだぼのジャージ。
 にへらっとした笑顔。

 
 ―――不思議だった。


 こんなにもかっこ悪いはずの咲夜が、こんなにもかっこよく見えてしまうなんて。

 ……これは明日にでも、永遠亭を訪れた方がいいかもしれないわね。
 眼科もやってたかどうかは分からないけど。

「……お嬢様?」

 ふと気付くと、咲夜の私を見つめる目が不安げなものに変わっていた。
 ああ、少しだんまりし過ぎたかな。
 
 私は咲夜の目を見て、安心させるように言った。

「……分かってる」
「えっ」
「……分かってるよ、咲夜」

 そう。

 そんなことは、とっくの昔に分かっていた。
 

 なぜなら。

 なぜなら私も―――同じだから。

 
 どんなにかっこ悪い姿でも。

 どんなに情けない姿でも。


 それでも私は―――その私の姿を、一分の恥も感じることなく、お前に見せることができる。


 何故かって?

 そんなこと、考えるまでもない。


 それが―――私と咲夜の関係、そのものだからだ。




「……咲夜」

 かっこ悪いけど、かっこいい。
 そんな愛する従者に向けて、私は言った。
 
「……これからも、よろしくね」 
「……はい。……ふわぁ」
「って、そこで欠伸? せっかくいいところだったのに……」
「すみません、なんか、今になってまた眠気が……ふわふ」
「ったく、もう……」
「……ふふっ」

 おかしそうに、咲夜は笑った。

「……くくっ」

 つられて、私も笑った。

「ふふ、ふふふっ」 
「くく、くくくっ」


 ―――真っ暗な廊下で、私達はどこまでも笑顔だった。








 ……その後、咲夜の部屋の前にて。


「それではおやすみなさい。お嬢様」
「ええ、おやすみ。……あ、咲夜」
「はい、なんでしょう?」
「わかってると思うけど、私が寝る前にはちゃんと起きときなさいよ。あんたの淹れてくれるハーブティーを飲んでからでないと、寝つきが悪いんだから」
「……ええ。もちろんですわ」

 眠そうな笑顔でそう言って、咲夜はドアの向こうに消えた。


 ……さて。

 私が眠る夜明けまで、まだ二、三時間はある。

 それまで一体、何をして過ごそうかしら。


 今、私の心身は―――いつにないくらいに、昂揚していた。



 その理由は……まあ、あえて語るまでもないな。






 
この咲夜さんはあんまり瀟洒じゃないようにみえるかもしれませんが、それでも私は、やっぱりそういう部分も全部含めて咲夜さんは瀟洒なんじゃないかなあと思っていたりします。


それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
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コメント



0.4240簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ジャージ長(へんたいではない)好きだなぁwwwww
8.100名前が無い程度の能力削除
広辞苑 第六版によると

しょう‐しゃ【瀟洒・瀟灑】
(1)すっきりとしてあかぬけしたさま。「―な身なり」
(2)俗を離れてあっさりしているさま。洒脱。

うん、この咲夜さんは瀟洒だよ。
10.100奇声を発する程度の能力削除
瀟洒!!瀟洒!!!!
肩の力を抜いて読めるスッキリした良いお話でした!
15.100名前が無い程度の能力削除
いいの見れたし

眠るとしようか
16.100名前が無い程度の能力削除
またジャージかwww
この二人いいなぁ~
17.100名前が無い程度の能力削除
ここまでツッコミ役に徹したお嬢様は、なかなかないなw
オンオフをきっちり区別できるメイド長もとてもよいものだ
18.100夕凪削除
心を許せるからこそ見せれるものがある。
いいなぁ、この二人。
和みました。
21.100名前が無い程度の能力削除
ホントええなぁこの二人。
なごむわぁ。
24.100名前が無い程度の能力削除
\ジャージ長!/
29.90名前が無い程度の能力削除
これいいなぁ。
変な意味ではなく夜の秘め事っぽい。
33.100煉獄削除
この二人の関係がとても良かったですし、和みました。
咲夜さんの寝ぼけ眼の状態や、頭を撫でてもらうのを待っていたりする姿とか
レミリアの心情なども面白かったです。
34.100名前が無い程度の能力削除
良い関係だオンオフの差がいいわな
41.100名前が無い程度の能力削除
最近まりまりささんのレミ咲が増えてきて幸せです
50.100名前が無い程度の能力削除
良いねぇ実に良いねぇ。
61.90名前が無い程度の能力削除
これは良い二人ですね.
64.90ぺ・四潤削除
咲夜さんのジャージがスポーティなのじゃなくてダサジャでよかった。
お嬢様だけには素の姿を見せられるってのがいいです。
ところで咲夜さんいくらオフだからってジャージで館内を出歩いちゃ駄目だろww
ホテルとかでも浴衣で廊下を歩かないでくださいってあるだろww
67.100名前が無い程度の能力削除
ジャージ長素晴らしいな
76.100ずわいがに削除
ジャージ――それは割烹着に次ぐ神のコスチューム。
ちょっと流石にこれはやばいッスよ;萌え殺しだッ
88.90名前が無い程度の能力削除
いい関係だ
91.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さん、それミネラルウォーターじゃなくて蒸留水や・・・
94.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
良い主従ですね。
96.100名前が無い程度の能力削除
ジャージ咲夜さんかわいすぎです。
いい二人ですね。
99.100名前が(以下同文)削除
これが噂の中年咲夜さんですね。
111.90名前が無い程度の能力削除
頭なでりこされた時の「えへ」が可愛くてもう……
咲夜さん、いっぱいお嬢様に甘えて欲しいなあ