その日、紫は珍しく朝方に目を覚ました。
冬場は万年床と半分融合しているかのような自堕落な暮らしを続けている彼女だったが、たまにはそんなこともある。
思い切り伸びをしてからゴソゴソと布団から這い出すと――枕元には橙がちょこんと座っていた。
藍に会うために、妖怪の山から帰省(?)してきたのだろうか?
これぞまさしく帰省獣ってところね(右手が喋ったりはしないが)! などとすっとぼけた事を考えながら、目を擦りつつ話しかける。
「あら、おはよう橙。いつ帰ってきたの? もう藍には会った?」
「そ、それが……変なんです紫さま。一緒に来てください!」
「???」
橙はどこか落ち着きの無い様子で、困ったように瞳をきょろきょろとさせている。
半分脳味噌が寝たままの紫の手を引き、なかば無理やり布団から引きずり出してしまった。
寝起きのポーズのまま、ずるずると引きずられて居間へと連行される紫。
大妖怪の威厳もクソもない情景である。
「あらら、どうしたの? そんなに慌てて……」
「これを見てください!」
紫の言葉を遮るように言うと、橙はぴしゃりと襖を開け放った。
そこには――――
「おや、珍しい。お早うございます、紫さま」
いつも通りの藍。
「何か召し上がりますか? ちょうど今から何か作ろうかと思っていたところです」
古きよき時代の母親チックな藍。
「紫さま、いくら寝起きとは言えそんなポーズでは威厳がありませんよ」
ちょっと説教臭い藍。
「……エロいネグリジェ……」
主の寝間着に興奮する藍。
「おや、橙。いつ帰ってきたんだい? 早く私とペッティングしようじゃないか」
とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍。
「スッパテンコーネタで笑いが取れたのは、もはや恐竜がいたころと同じほど昔ですよ」
安易なネタに走ることを戒める藍。
「おーい、紫ババアが起きたぞー」
失礼な藍。
「なにっ! 幻想郷は滅亡する!」
MMRな藍。
藍、藍、藍――――藍がいっぱいいた。
突然の事に呆然としている紫に、橙が困り顔で問いかける。
「見ての通りなんです。私はどの藍さまに挨拶すればいいんでしょうか?」
眼前で展開される藍祭りに呆然としていた紫だったが、1分ほどでようやく我に帰った。
まずはこの状況にコメントをひとつ。
「……どういうことなの……」
「わ、私にもさっぱり。帰ってきて、挨拶しようと思ったらこんなことに」
「……………………」
「紫さま、いったいどうすれば」
「…………これは異変よ!」
「えっ?」
ささっ! ぴぽぱぱぽぴぽ(プッシュ音)
「もしもし、霊夢? ……えっ、なによイタズラ電話って。違います、本人ですからね!
それより大変なのよ。異変が起きたの……ええ、そうなの……私の家で起きてる真っ最中なのよ。
まず異変の内容? それによって料金プランが変わると、なるほどね……
ちょっと待ってよ霊夢。あなた私からお金取るつもりなの!?」
霊夢と通話を始めた紫の横では、“とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍”が橙に襲い掛かっていた。
橙は脅えた表情で逃げ惑っていたが、他の藍たちの妨害を受けて着実に部屋の隅に追い詰められつつある。
“古きよき時代の母親チックな藍”は「いたいけな子供に襲い掛かるとは何事か」と諭したが、
愛欲に目が眩んだ“とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍”を説得することは出来なかったようだ。
「今すぐ幻想郷がどうなるって種類の異変じゃないと思うんだけど、これは普通じゃないのよ。
とにかく藍がいっぱいいて……えっ、そっちにも藍いるの!?」
いったいどれだけ増殖しているのだろうか。
紫は不安になった。
「そっちの藍は何をしているの? ……なるほど、神社で巫女さんの真似事を……
と、とにかくこのままじゃ妙なことになるわ。早く解決しないと」
藍たちに揉みくちゃにされている橙の横で、紫は通話を終えた。
何かあったら取りあえず霊夢に連絡。
これさえ守れば幻想郷の平和は維持される(丸投げとも言うが)。
「あら? 橙、どこに行ったの? もう大丈夫よ、すぐに霊夢が来てくれるから――
って、あんたら何やってんの! 橙から離れなさい!」
ぐったりした橙をスマキにして連れ去ろうとしていた数名の藍が、血相を変えた紫に一喝された。
誰をターゲットにしているのか、もはや理解不能な光景になりつつある。
霊夢、早く来てくれ!
「……確かに、これは普通じゃないわね」
紫が通報してからしばらくして、何だかんだ言いつつも頭にサイレンを乗せた霊夢が駆けつけてくれた。
巫女服とはミスマッチな“幻想郷・治安維持部隊”のタスキがきりりと眩しい。
何事にも動じないと思われる彼女でさえ、眼前の光景に戸惑いを隠せない様子である。
いったい何が起きているのだろうか?
「紫。ちょっと言いにくいことなんだけど……」
「……なに? やっぱりお金取るの?」
「違うわよ、もう。それがね? ここへ来る途中でも、沢山の藍を目撃したのよ。
簡単にメモしておいたから、これを見て」
そう言って霊夢が差し出した紙片には、幻想郷各地で目撃された藍の情報が走り書きで記されていた。
①博麗神社にいつの間にか紛れ込み、巫女さんをしていた。
②紅魔館で門番をしていた。「太歳星君が攻めてくる!」
③厄神様に負けじと猛回転し、「私にも厄が集められる」と叫んでいた。
④妖怪の山の麓、河辺で突如全裸になり「服だけ光学迷彩!」という一発ギャグを披露していた。
⑤巨大化して雲山とリアルファイトを展開。山が数個吹き飛ぶ。スタンドが増えたことで、一輪は3面ボスからEXボスに昇格した。
⑥猫車で運ばれていた。ピクリとも動かなかった。
⑦不良天人と「大地震ごっこ」で遊んでいた。
⑧「そろそろ西行妖の封印解けるよ」と各地に吹聴して回っていた。魔理沙は居てもたっても居られず、異変解決に向けて飛び立った。
⑨チルノと一緒に、湖のそばでカエルを凍らせて遊んでいた。
⑩ちょっと小さくなって、アリスの人形の中に紛れ込んでいた。式神「九尾吊り天狐人形」!
⑪永遠亭に紛れ込み、「ケモミミキャラはここに居るのが自然」と熱弁を振るっていた。
⑫無縁塚で「私はプリンセス善行」と名乗っていた。
⑬ヒソウテンソクを操縦していた。
頭を抱える紫。
「藍……あなたに一体何があったというの……?」
霊夢はそんな紫を気の毒そうに見つめていたが、居住まいを正すと真剣な表情で語りかけた。
「解決策をいくつか考えたわ。まずは落ち着いて、どの方法が一番良いのか考えるわよ」
「……そうね。では、あなたの考えた解決法を教えてちょうだい」
「まずはコレね」
プラン1:面倒なので全ての藍を倒す
「疲れそうね」
「そもそも、全部で何人いるのかさえ把握できてないものね……」
プラン2:面倒なのでこのまま放っておく
「霊夢、あなたやる気あるの!?」
「あんまりない!!」
「断言しないで!!」
プラン3:紫が藍に対して心から謝る
「……なんで原因が私ってことになってるのかしら」
「あれ、違うの?」
「……………………」
「私はてっきり、過労やストレスで藍がおかしくなったのかと」
「あなたが私をどう思ってるか、今ので良ーく分かりました」
プラン4:橙をエサにして釣る。一番激しく反応するのが本物!→本物をとっちめて分身をやめさせる
「まあ、一番現実味があるのはコレかしらね」
「油揚げも付ければ、なお良いわね」
「コレにしましょうか」
「そうね!」
作戦会議は5分で終了した。
紫と霊夢は、スマキにされたまま放置されていた橙を担ぎ上げると意気揚々と外へ出た。
「……こんなに苦しいのなら……こんなに悲しいのなら……藍などいらぬ!」
やさぐれた目付きで呟く橙であったが、彼女のか細い抗議は風に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。
世は常に無情である。
「まずは周囲の状況を改めて探るついでに、里へ油揚げを買いに行きましょう」
「了解よ」
爽やかな冬晴れの中、黒猫入りのスマキを担いで巫女とスキマが空を飛ぶ。
「スマキとスキマは似ている……これはナノマシンウイルスにより人類が滅亡するというメッセージなんだよ!」
「な、なんだってー!!」
「…………MMRごっこもそろそろ飽きてきたわねえ」
「もうじき人里に着くわよ。えーと、お豆腐屋は……」
「あっ、霊夢あれを見て! 藍がいるわよ」
紫が指差した先、人里の寺子屋あたりに見慣れた尻尾と帽子が……
二人はすぐさま現場に急行した。
「霊夢、逮捕よ!」
「ピーッ! こちら幻想郷治安維持部隊。そこの式神、無駄な抵抗はやめてお縄に付きなさい!」
「あっ なにをぱら」
目にもとまらぬ速さで飛び掛かった霊夢(妙にノリノリ)は、分厚い本を抱えた藍をあっさりと取り押さえた。
寺子屋の入り口にひょこっと顔を出した慧音先生も、これにはびっくり仰天。
「やあ、藍先生ありがとうございます。算数の授業を――って何やっとるか!?」
「あ、慧音。すぐ終わるから気にしないで」
「霊夢、藍先生になんて仕打ちを! 彼女が何をしたと言うんだ」
「分身の罪で逮捕するわ」
「えっ、分身?」
―――― 少女説明中…… ――――
「なるほど……にわかには信じ難いが、そんなことが」
「そうなの。こうして慧音の前に居る藍以外にも、いま幻想郷には藍がいっぱいいるのよ」
「ウチの式神がご迷惑をお掛けして、なんとも……」
「いえいえ、迷惑なんて。彼女は算数の授業を手伝うと言ってくれたのです」
どうやら、慧音と出会った藍はまともな藍らしい。
本物かどうかは判然としないが……
「なんかここの藍は真面目みたいだし、いきなりとっちめるのも気が引けるわね」
「有無を言わさず飛び掛かっておいて、よく言うよ……無罪放免ということで良いかな、霊夢?」
抗議の声を受けて、まじまじと藍の顔を見つめる紫たち。
「……どこにもおかしな点は無いわね」
「確かに。いつも見ている藍の姿だわ」
「いやはや、分身の術だったとは。てっきり当人とばかり」
寺子屋の藍(仮称)の全身を嘗め回すように見つめる3人の背後を、また別の藍が通り過ぎていった。
橙はぐったりとしている。
スマキの中で輝くその瞳には、もはや諦観の光さえ宿っていた。
ひとまず寺子屋の藍は保留にしておこうという結論になり、紫と霊夢は豆腐屋へと足を運ぶことにした。
まずは油揚げをゲットし、作戦の準備を整えるのが先決である。
「すいませーん、油揚げをくださいな……って、あら」
「あ、霊夢さん。紫さんもいらっしゃいませ!」
店先に現れたのは早苗。
「なんでここに?」
「神社の経営だけでは日々の暮らしが物寂しいので、ここでアルバイトをすることにしたんです」
「早苗が豆腐屋……」
「豆腐屋早苗……なるほどね!」
あまりにオーソドックスなので、これ以上何かを描写・説明しても虚しくなってしまう。
別に早苗に非があるわけではない。
里の豆腐屋が悪いわけでもない。
強いて言えば、東風谷という苗字に問題があったと言うべきであろう。
俺は悪くねえ!
「えっと、油揚げですね? 何枚ほど……」
「そうね、では念のために10枚頂くわ」
「油揚げだけそんなに買って行かれるお客は珍しいですね。何かあるのですか?」
「ええ、ちょっとキツネ狩りを――」
「霊夢、物騒な表現はやめて!」
「少々お待ちください。油揚げ10入りましたー!!」
早苗が元気に店の奥に声をかけたところ――
「あーい! 揚げ10よろこんでー!」
威勢よく応えながら現れたのは、よりにもよって藍であった!!
目を見開く紫と霊夢。
スマキの中で愕然とする橙。
そんな三人の反応に首を傾げる早苗。
手際よく油揚げを用意する藍。
(何が何だか、わからない……!!)
――結局、紫たちは釈然としない気持ちのままに藍と早苗から油揚げを購入した。
「……霊夢。どうやら事態は想像以上におかしな方向へ向かっているようね」
「そのようね。このままじゃ、いずれ幻想郷の半分が藍になってしまうかも」
「次回作の自機が、全てショットタイプの違う藍……想像しただけで怖ろしいわ」
「画面中シッポだらけね!」
顔を見合わせて力強く頷き合うと、二人は橙が入ったスマキに油揚げを括り付け始めた。
「橙、もう少しの辛抱よ……きっと何とかするわ」
「正直、もうどうでも良いです」
紫の暖かな気遣いに、しっかりと言葉を返す橙。
血は繋がっていなくとも、これぞファミリーと言うべき心温まる光景と言えよう。
やがて、全ての油揚げがスマキにセットされた。
勝負はここからである。
見晴らしの良い湖付近の上空にスマキを安置すると、紫と霊夢は声を揃えて呼びかけた。
「見て! ここに油揚げまみれの橙がいるわよー!!」
「橙がいると聞いて」
「油揚げがあると聞いて飛んできました」
「これぞ果たすべき善行」
「“行符「八千万枚油揚げ」”」
「すごいブディスト感を感じる。今までにない何かアルティメットなブディスト感を。
風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私たちのほうに。
中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろう橙。
幻想郷の空の向こうには沢山の私がいる。一人や二人どころじゃない。
信じよう。そしてともに戦おう。
紫と霊夢の邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ」
二人が呼びかけるや否や、瞬時に大量の藍が押し寄せてきた。
あるものは巫女さんの格好。
あるものは豆腐屋の割烹着。
あるものは門番チャイナルック。
あるものは紅魔館のメイド服。
あるものは寺子屋の先生。
あるものは一輪のスタンド。
あるものはアリスの人形サイズ。
あるものは服だけ光学迷彩のまま。
あるものはヒソウテンソクを操縦しながら。
藍。ただひたすらに藍。
橙の入ったスマキを目掛けて、ふさふさの尻尾が形作る黄金の波が殺到する。
先ほどまで至って静かだった湖上空は、あっという間に阿鼻叫喚の修羅場へと変貌した。
藍。
藍、藍。
藍、藍、藍。
藍、藍、藍、藍。
藍、藍、藍、藍、藍……
視界を埋め尽くさんばかりの式神の群れ。
その瞳は、最高の獲物を前にして爛々と輝いていた。
「来た来た……うようよ集まってきたわね!」
「勝負はここからよ、霊夢。橙を担いで逃げて!」
紫の声を受けて、霊夢は軽やかな身のこなしでスマキを担ぎ上げると猛スピードで飛び始めた。
風に煽られて、括り付けられた油揚げがバタバタと翻る。
藍たちはすぐさま狂乱状態となった。
「逃がすか!」
「橙ーっ!!」
「怖がること無いよ、すぐに気持ち良くなるから」
「油揚げを粗末にするな!」
殺到する追っ手の腕をひらりひらりとかわしながら、霊夢は藍の群れを翻弄する。
(そろそろね……)
今が頃合と見計らったか、霊夢は藍の群れからかなり離れたところまで飛び去るとスマキから橙の顔を覗かせた。
精神的疲労と、朝からの理不尽な展開の連続ですっかり虚ろな顔つきである。
群れの動きがピタリと止まった。
「おお……」
「なんというプリティフェイス」
「揉みしだきたい」
「橙ー! お母さんだよー!!」
霊夢はスマキの莚(むしろ)をそろそろと下ろして行く。
橙の上半身が覗く形となった。
藍の群れは、外人四コマのようなリアクションを繰り返している。
自然発火でも起こすのではないかと気を揉んでしまうほどの熱さを見せる藍たちに対して、霊夢は至って冷静だ。
何を思ったのか、莚を下ろす手をピタリと止めてしまった。
ざわつく藍たち。
ニヤリと渋い笑みを浮かべると、霊夢は冷酷にもこう言い放った。
「必要な分は見せたということだ……これ以上は見せぬ」
――――藍の群れは、滂沱の血涙を流しながら絶叫した。
「……ここで、紫から提案があるわ。みんなよく聞いて!」
霊夢が紫の方を指し示しながら声高に言う。
紫は力強く頷くと、片手を上げて群れに呼びかけた。
「皆、静粛に……はいOK。
あなたたちが橙をとても可愛がっているということは良く分かりました。
でも、悲しいことに橙はただ一人。
あなたたちは余りに多すぎる――そこで、私から提案があります」
ざわ……ざわ……
「これから、橙を巡って勝負をしてちょうだい。
その中で最後まで残った一人を、今後は本物の藍ということにします!!」
<ルール説明>
・弾幕で勝負しよう。
・負けた藍は、潔く勝った藍に吸収されよう。
・別にタイマンでなくてもいい。これはバトルロワイアル。
以上!!
「では、開始にあたって橙さんから激励のメッセージがあります。みんな、注目!」
「正直、もうどうでも良いです!!」
いま、激闘のゴングが鳴った――――
“Fox ∞” is End.
冬場は万年床と半分融合しているかのような自堕落な暮らしを続けている彼女だったが、たまにはそんなこともある。
思い切り伸びをしてからゴソゴソと布団から這い出すと――枕元には橙がちょこんと座っていた。
藍に会うために、妖怪の山から帰省(?)してきたのだろうか?
これぞまさしく帰省獣ってところね(右手が喋ったりはしないが)! などとすっとぼけた事を考えながら、目を擦りつつ話しかける。
「あら、おはよう橙。いつ帰ってきたの? もう藍には会った?」
「そ、それが……変なんです紫さま。一緒に来てください!」
「???」
橙はどこか落ち着きの無い様子で、困ったように瞳をきょろきょろとさせている。
半分脳味噌が寝たままの紫の手を引き、なかば無理やり布団から引きずり出してしまった。
寝起きのポーズのまま、ずるずると引きずられて居間へと連行される紫。
大妖怪の威厳もクソもない情景である。
「あらら、どうしたの? そんなに慌てて……」
「これを見てください!」
紫の言葉を遮るように言うと、橙はぴしゃりと襖を開け放った。
そこには――――
「おや、珍しい。お早うございます、紫さま」
いつも通りの藍。
「何か召し上がりますか? ちょうど今から何か作ろうかと思っていたところです」
古きよき時代の母親チックな藍。
「紫さま、いくら寝起きとは言えそんなポーズでは威厳がありませんよ」
ちょっと説教臭い藍。
「……エロいネグリジェ……」
主の寝間着に興奮する藍。
「おや、橙。いつ帰ってきたんだい? 早く私とペッティングしようじゃないか」
とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍。
「スッパテンコーネタで笑いが取れたのは、もはや恐竜がいたころと同じほど昔ですよ」
安易なネタに走ることを戒める藍。
「おーい、紫ババアが起きたぞー」
失礼な藍。
「なにっ! 幻想郷は滅亡する!」
MMRな藍。
藍、藍、藍――――藍がいっぱいいた。
突然の事に呆然としている紫に、橙が困り顔で問いかける。
「見ての通りなんです。私はどの藍さまに挨拶すればいいんでしょうか?」
眼前で展開される藍祭りに呆然としていた紫だったが、1分ほどでようやく我に帰った。
まずはこの状況にコメントをひとつ。
「……どういうことなの……」
「わ、私にもさっぱり。帰ってきて、挨拶しようと思ったらこんなことに」
「……………………」
「紫さま、いったいどうすれば」
「…………これは異変よ!」
「えっ?」
ささっ! ぴぽぱぱぽぴぽ(プッシュ音)
「もしもし、霊夢? ……えっ、なによイタズラ電話って。違います、本人ですからね!
それより大変なのよ。異変が起きたの……ええ、そうなの……私の家で起きてる真っ最中なのよ。
まず異変の内容? それによって料金プランが変わると、なるほどね……
ちょっと待ってよ霊夢。あなた私からお金取るつもりなの!?」
霊夢と通話を始めた紫の横では、“とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍”が橙に襲い掛かっていた。
橙は脅えた表情で逃げ惑っていたが、他の藍たちの妨害を受けて着実に部屋の隅に追い詰められつつある。
“古きよき時代の母親チックな藍”は「いたいけな子供に襲い掛かるとは何事か」と諭したが、
愛欲に目が眩んだ“とりあえず橙が可愛ければ他はどうでもいい藍”を説得することは出来なかったようだ。
「今すぐ幻想郷がどうなるって種類の異変じゃないと思うんだけど、これは普通じゃないのよ。
とにかく藍がいっぱいいて……えっ、そっちにも藍いるの!?」
いったいどれだけ増殖しているのだろうか。
紫は不安になった。
「そっちの藍は何をしているの? ……なるほど、神社で巫女さんの真似事を……
と、とにかくこのままじゃ妙なことになるわ。早く解決しないと」
藍たちに揉みくちゃにされている橙の横で、紫は通話を終えた。
何かあったら取りあえず霊夢に連絡。
これさえ守れば幻想郷の平和は維持される(丸投げとも言うが)。
「あら? 橙、どこに行ったの? もう大丈夫よ、すぐに霊夢が来てくれるから――
って、あんたら何やってんの! 橙から離れなさい!」
ぐったりした橙をスマキにして連れ去ろうとしていた数名の藍が、血相を変えた紫に一喝された。
誰をターゲットにしているのか、もはや理解不能な光景になりつつある。
霊夢、早く来てくれ!
「……確かに、これは普通じゃないわね」
紫が通報してからしばらくして、何だかんだ言いつつも頭にサイレンを乗せた霊夢が駆けつけてくれた。
巫女服とはミスマッチな“幻想郷・治安維持部隊”のタスキがきりりと眩しい。
何事にも動じないと思われる彼女でさえ、眼前の光景に戸惑いを隠せない様子である。
いったい何が起きているのだろうか?
「紫。ちょっと言いにくいことなんだけど……」
「……なに? やっぱりお金取るの?」
「違うわよ、もう。それがね? ここへ来る途中でも、沢山の藍を目撃したのよ。
簡単にメモしておいたから、これを見て」
そう言って霊夢が差し出した紙片には、幻想郷各地で目撃された藍の情報が走り書きで記されていた。
①博麗神社にいつの間にか紛れ込み、巫女さんをしていた。
②紅魔館で門番をしていた。「太歳星君が攻めてくる!」
③厄神様に負けじと猛回転し、「私にも厄が集められる」と叫んでいた。
④妖怪の山の麓、河辺で突如全裸になり「服だけ光学迷彩!」という一発ギャグを披露していた。
⑤巨大化して雲山とリアルファイトを展開。山が数個吹き飛ぶ。スタンドが増えたことで、一輪は3面ボスからEXボスに昇格した。
⑥猫車で運ばれていた。ピクリとも動かなかった。
⑦不良天人と「大地震ごっこ」で遊んでいた。
⑧「そろそろ西行妖の封印解けるよ」と各地に吹聴して回っていた。魔理沙は居てもたっても居られず、異変解決に向けて飛び立った。
⑨チルノと一緒に、湖のそばでカエルを凍らせて遊んでいた。
⑩ちょっと小さくなって、アリスの人形の中に紛れ込んでいた。式神「九尾吊り天狐人形」!
⑪永遠亭に紛れ込み、「ケモミミキャラはここに居るのが自然」と熱弁を振るっていた。
⑫無縁塚で「私はプリンセス善行」と名乗っていた。
⑬ヒソウテンソクを操縦していた。
頭を抱える紫。
「藍……あなたに一体何があったというの……?」
霊夢はそんな紫を気の毒そうに見つめていたが、居住まいを正すと真剣な表情で語りかけた。
「解決策をいくつか考えたわ。まずは落ち着いて、どの方法が一番良いのか考えるわよ」
「……そうね。では、あなたの考えた解決法を教えてちょうだい」
「まずはコレね」
プラン1:面倒なので全ての藍を倒す
「疲れそうね」
「そもそも、全部で何人いるのかさえ把握できてないものね……」
プラン2:面倒なのでこのまま放っておく
「霊夢、あなたやる気あるの!?」
「あんまりない!!」
「断言しないで!!」
プラン3:紫が藍に対して心から謝る
「……なんで原因が私ってことになってるのかしら」
「あれ、違うの?」
「……………………」
「私はてっきり、過労やストレスで藍がおかしくなったのかと」
「あなたが私をどう思ってるか、今ので良ーく分かりました」
プラン4:橙をエサにして釣る。一番激しく反応するのが本物!→本物をとっちめて分身をやめさせる
「まあ、一番現実味があるのはコレかしらね」
「油揚げも付ければ、なお良いわね」
「コレにしましょうか」
「そうね!」
作戦会議は5分で終了した。
紫と霊夢は、スマキにされたまま放置されていた橙を担ぎ上げると意気揚々と外へ出た。
「……こんなに苦しいのなら……こんなに悲しいのなら……藍などいらぬ!」
やさぐれた目付きで呟く橙であったが、彼女のか細い抗議は風に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。
世は常に無情である。
「まずは周囲の状況を改めて探るついでに、里へ油揚げを買いに行きましょう」
「了解よ」
爽やかな冬晴れの中、黒猫入りのスマキを担いで巫女とスキマが空を飛ぶ。
「スマキとスキマは似ている……これはナノマシンウイルスにより人類が滅亡するというメッセージなんだよ!」
「な、なんだってー!!」
「…………MMRごっこもそろそろ飽きてきたわねえ」
「もうじき人里に着くわよ。えーと、お豆腐屋は……」
「あっ、霊夢あれを見て! 藍がいるわよ」
紫が指差した先、人里の寺子屋あたりに見慣れた尻尾と帽子が……
二人はすぐさま現場に急行した。
「霊夢、逮捕よ!」
「ピーッ! こちら幻想郷治安維持部隊。そこの式神、無駄な抵抗はやめてお縄に付きなさい!」
「あっ なにをぱら」
目にもとまらぬ速さで飛び掛かった霊夢(妙にノリノリ)は、分厚い本を抱えた藍をあっさりと取り押さえた。
寺子屋の入り口にひょこっと顔を出した慧音先生も、これにはびっくり仰天。
「やあ、藍先生ありがとうございます。算数の授業を――って何やっとるか!?」
「あ、慧音。すぐ終わるから気にしないで」
「霊夢、藍先生になんて仕打ちを! 彼女が何をしたと言うんだ」
「分身の罪で逮捕するわ」
「えっ、分身?」
―――― 少女説明中…… ――――
「なるほど……にわかには信じ難いが、そんなことが」
「そうなの。こうして慧音の前に居る藍以外にも、いま幻想郷には藍がいっぱいいるのよ」
「ウチの式神がご迷惑をお掛けして、なんとも……」
「いえいえ、迷惑なんて。彼女は算数の授業を手伝うと言ってくれたのです」
どうやら、慧音と出会った藍はまともな藍らしい。
本物かどうかは判然としないが……
「なんかここの藍は真面目みたいだし、いきなりとっちめるのも気が引けるわね」
「有無を言わさず飛び掛かっておいて、よく言うよ……無罪放免ということで良いかな、霊夢?」
抗議の声を受けて、まじまじと藍の顔を見つめる紫たち。
「……どこにもおかしな点は無いわね」
「確かに。いつも見ている藍の姿だわ」
「いやはや、分身の術だったとは。てっきり当人とばかり」
寺子屋の藍(仮称)の全身を嘗め回すように見つめる3人の背後を、また別の藍が通り過ぎていった。
橙はぐったりとしている。
スマキの中で輝くその瞳には、もはや諦観の光さえ宿っていた。
ひとまず寺子屋の藍は保留にしておこうという結論になり、紫と霊夢は豆腐屋へと足を運ぶことにした。
まずは油揚げをゲットし、作戦の準備を整えるのが先決である。
「すいませーん、油揚げをくださいな……って、あら」
「あ、霊夢さん。紫さんもいらっしゃいませ!」
店先に現れたのは早苗。
「なんでここに?」
「神社の経営だけでは日々の暮らしが物寂しいので、ここでアルバイトをすることにしたんです」
「早苗が豆腐屋……」
「豆腐屋早苗……なるほどね!」
あまりにオーソドックスなので、これ以上何かを描写・説明しても虚しくなってしまう。
別に早苗に非があるわけではない。
里の豆腐屋が悪いわけでもない。
強いて言えば、東風谷という苗字に問題があったと言うべきであろう。
俺は悪くねえ!
「えっと、油揚げですね? 何枚ほど……」
「そうね、では念のために10枚頂くわ」
「油揚げだけそんなに買って行かれるお客は珍しいですね。何かあるのですか?」
「ええ、ちょっとキツネ狩りを――」
「霊夢、物騒な表現はやめて!」
「少々お待ちください。油揚げ10入りましたー!!」
早苗が元気に店の奥に声をかけたところ――
「あーい! 揚げ10よろこんでー!」
威勢よく応えながら現れたのは、よりにもよって藍であった!!
目を見開く紫と霊夢。
スマキの中で愕然とする橙。
そんな三人の反応に首を傾げる早苗。
手際よく油揚げを用意する藍。
(何が何だか、わからない……!!)
――結局、紫たちは釈然としない気持ちのままに藍と早苗から油揚げを購入した。
「……霊夢。どうやら事態は想像以上におかしな方向へ向かっているようね」
「そのようね。このままじゃ、いずれ幻想郷の半分が藍になってしまうかも」
「次回作の自機が、全てショットタイプの違う藍……想像しただけで怖ろしいわ」
「画面中シッポだらけね!」
顔を見合わせて力強く頷き合うと、二人は橙が入ったスマキに油揚げを括り付け始めた。
「橙、もう少しの辛抱よ……きっと何とかするわ」
「正直、もうどうでも良いです」
紫の暖かな気遣いに、しっかりと言葉を返す橙。
血は繋がっていなくとも、これぞファミリーと言うべき心温まる光景と言えよう。
やがて、全ての油揚げがスマキにセットされた。
勝負はここからである。
見晴らしの良い湖付近の上空にスマキを安置すると、紫と霊夢は声を揃えて呼びかけた。
「見て! ここに油揚げまみれの橙がいるわよー!!」
「橙がいると聞いて」
「油揚げがあると聞いて飛んできました」
「これぞ果たすべき善行」
「“行符「八千万枚油揚げ」”」
「すごいブディスト感を感じる。今までにない何かアルティメットなブディスト感を。
風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私たちのほうに。
中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろう橙。
幻想郷の空の向こうには沢山の私がいる。一人や二人どころじゃない。
信じよう。そしてともに戦おう。
紫と霊夢の邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ」
二人が呼びかけるや否や、瞬時に大量の藍が押し寄せてきた。
あるものは巫女さんの格好。
あるものは豆腐屋の割烹着。
あるものは門番チャイナルック。
あるものは紅魔館のメイド服。
あるものは寺子屋の先生。
あるものは一輪のスタンド。
あるものはアリスの人形サイズ。
あるものは服だけ光学迷彩のまま。
あるものはヒソウテンソクを操縦しながら。
藍。ただひたすらに藍。
橙の入ったスマキを目掛けて、ふさふさの尻尾が形作る黄金の波が殺到する。
先ほどまで至って静かだった湖上空は、あっという間に阿鼻叫喚の修羅場へと変貌した。
藍。
藍、藍。
藍、藍、藍。
藍、藍、藍、藍。
藍、藍、藍、藍、藍……
視界を埋め尽くさんばかりの式神の群れ。
その瞳は、最高の獲物を前にして爛々と輝いていた。
「来た来た……うようよ集まってきたわね!」
「勝負はここからよ、霊夢。橙を担いで逃げて!」
紫の声を受けて、霊夢は軽やかな身のこなしでスマキを担ぎ上げると猛スピードで飛び始めた。
風に煽られて、括り付けられた油揚げがバタバタと翻る。
藍たちはすぐさま狂乱状態となった。
「逃がすか!」
「橙ーっ!!」
「怖がること無いよ、すぐに気持ち良くなるから」
「油揚げを粗末にするな!」
殺到する追っ手の腕をひらりひらりとかわしながら、霊夢は藍の群れを翻弄する。
(そろそろね……)
今が頃合と見計らったか、霊夢は藍の群れからかなり離れたところまで飛び去るとスマキから橙の顔を覗かせた。
精神的疲労と、朝からの理不尽な展開の連続ですっかり虚ろな顔つきである。
群れの動きがピタリと止まった。
「おお……」
「なんというプリティフェイス」
「揉みしだきたい」
「橙ー! お母さんだよー!!」
霊夢はスマキの莚(むしろ)をそろそろと下ろして行く。
橙の上半身が覗く形となった。
藍の群れは、外人四コマのようなリアクションを繰り返している。
自然発火でも起こすのではないかと気を揉んでしまうほどの熱さを見せる藍たちに対して、霊夢は至って冷静だ。
何を思ったのか、莚を下ろす手をピタリと止めてしまった。
ざわつく藍たち。
ニヤリと渋い笑みを浮かべると、霊夢は冷酷にもこう言い放った。
「必要な分は見せたということだ……これ以上は見せぬ」
――――藍の群れは、滂沱の血涙を流しながら絶叫した。
「……ここで、紫から提案があるわ。みんなよく聞いて!」
霊夢が紫の方を指し示しながら声高に言う。
紫は力強く頷くと、片手を上げて群れに呼びかけた。
「皆、静粛に……はいOK。
あなたたちが橙をとても可愛がっているということは良く分かりました。
でも、悲しいことに橙はただ一人。
あなたたちは余りに多すぎる――そこで、私から提案があります」
ざわ……ざわ……
「これから、橙を巡って勝負をしてちょうだい。
その中で最後まで残った一人を、今後は本物の藍ということにします!!」
<ルール説明>
・弾幕で勝負しよう。
・負けた藍は、潔く勝った藍に吸収されよう。
・別にタイマンでなくてもいい。これはバトルロワイアル。
以上!!
「では、開始にあたって橙さんから激励のメッセージがあります。みんな、注目!」
「正直、もうどうでも良いです!!」
いま、激闘のゴングが鳴った――――
“Fox ∞” is End.
しかし増えても動じない人里は色んな意味でピンフかと。
俺の幻想郷はここにあったのか‥
ダメ、橙への愛で我を忘れてる!
でも後書きだけで70点あげてもいいw懐かしいw
素晴らしいじゃありませんか。
オチの見事なぶん投げっぷりが爽快w
「藍様なら何人いてもいいじゃない!」
と思ってたけど、これはひどいwww
遠回しな自己紹介あざーっす