三個目のチョコレート

　カチャカチャという食器の音と共に、甘い香りが台所に広がる。
部屋を見渡すと、日めくりカレンダーは、2月14日にめくられている。
誰が決めたかは知らないが、2月14日は女性が愛を込めてチョコレートを作り意中の人に渡す、　
いわゆるバレンタインデーという行事がある。
今日の秘封倶楽部の活動はその行事にあやかり、チョコレートを作る事になったのである。
市販のミルクチョコレートを溶かしながら、蓮子がつぶやいた。

「ねえメリー？」
「何よ。」
　
蓮子が話しかけると、溶けたチョコレートを忙しそうにかき回しながらメリーが答えた。

「なんで私達はチョコレートなんて作っているの？」
「あら、またその話？」
「だって行事っていったってただのチョコレート会社の陰謀じゃない。」
　蓮子がとても疲れ切った様につぶやく。
「バレンタインデーなんていっているけど、こんな風習は日本だけなのよ？
　それに好きな男子なんていないし...」

......まったく、蓮子には乙女心というものが無いのだろうか。

「蓮子、こういうのは心意気が大事なのよ。
　だいたいチョコをあげたい人だって一人くらい居るでしょう？」
「まあそれもそうだけどー」
　
喋っているうちにチョコレートがならされてきたあとは型に入れて固めるだけである。
私がに型チョコレートを流し込んでいると、蓮子が
「市販のやつを溶かして型に流すだけで手作りチョコレートって言えるの？」
なんて事を言い出す。なので、
愛が込めてあればいいのよ、と適当に答えておいた。その後も
「いったいどの作業のときに愛を込めるのよ」
とかいろいろいっていたが、スルーしながらチョコ作りを再開した。
ちなみに愛を込める作業は一番大変なチョコを溶かすところの作業だと思う。
個人的には。
さて、型入れも終わり後は冷やすだけという時に、違和感を感じたらしい蓮子が私にこう言った。

「あれ？メリー？なんで三個あるの？」
「えっ？」

蓮子が台所のテーブルの上にあるチョコを指差しながらいった。

「えーっと、これは...ほ、ほら、早く冷やしましょう。」
「なんでごまかすのよー」
「まあ、ほ、ほら冷えるまで休憩しましょう。」
「...うん、そうね。」

蓮子が少し悲しそうな顔になりながら答える。あげる人を言わないのは意地悪だっただろうか？

「そんなに悲しそうにしなくても、大丈夫よ。」

自分でも何が大丈夫なのかわからないが、そういうと蓮子は元気を取り戻したように、
たしかに疲れたわね、休みましょうといった。
三時間程たち、冷蔵庫をあけるとチョコは固まっていた。
それを型からはずし、ココアパウダーをかける。
そしてチョコレートを箱に入れて、包装紙で包み、飾りのリボンを付けて出来上がり。

「よし、できたわ。」

と蓮子が言うのと同時に、私も飾りのリボンをむすび終える。
私は蓮子のほうを見ながら自分のチョコをつかみ、

「さて、じゃあ、はい蓮子。本命よ？一応。」

私は完成したばかりのチョコを蓮子に渡す。

「へっ？ほ、本命？」

蓮子は数秒間きょとんしていたが、やがて

「あ、ありがとう。」

と言いながら私のチョコを受け取る。すると、今度は蓮子がわたしにチョコを差し出す。

「え、えっと私もメリーに貰って欲しくて作ったの。」

と、少し頬を赤らめながらいった。
普段は絶対見せないが、男だったら心を奪われるくらいの表情で。

「ええ、ありがとう蓮子。嬉しいわ。」

私はそう言ってチョコを受け取った。
蓮子は恥ずかしがりながらも、バレンタインもまんざらでも無いわね、
なん言いながら、私のチョコを食べていた。
やっばり心意気次第でしょう？と私がいうと確かにそうね、と返した。
そのまましばらくチョコを食べていたが、不意に蓮子が話を切り出してきた。

「そういえばあと一つは誰にあげるの？」
「え？それは……」

私はしばらく黙り込み、そして「秘密よ、」とだけ返した。
その後しばらく雑談し、今日の秘封倶楽部の活動は終了した。
蓮子が帰ると、私は冷蔵庫のドアを開け三個目のチョコの箱取り出し、
リボンに白い小さなメッセージカードを挟む。
そのカードには、「この作品を見てくれたあなたへ」
と書かれていた ―――