ドーン!!
響く音は擬音語にするとまさにそんな感じだった。
「な、何なのよ!!」
その突然の轟音に昼寝をしていた霊夢は布団から飛び起きると、障子を開き外を見る。
雨は降っていない。降っていないのに霊夢の目に映る光景は、まさに土砂降りしている様相を描いていた。
降ってくるチョコ、チョコ、チョコ。
チョコが果てしなく降り注いでいたのだ。
降っているものがチョコだと分かった理由?
これだけ降っていれば量も相当、色も茶色だし、周りに立ち込める甘ったるい匂いが鼻腔に流れ込んでくるんだから、どう考えてもチョコでしかない。
一体誰がこんなことをしてるのかと、霊夢が上空を見上げると、そこには日傘を差したレミリア・スカーレットが従者の十六夜咲夜を引き連れ、さあ、私の愛を受け取りなさい!!というような笑みを浮かべながら、咲夜からチョコを受け取りながら投げていた。
やれやれ、と霊夢はレミリアになんでこんなことをするのか聞くために、空へと飛び上がると、チョコの弾幕を華麗に避けながら、時折グレイズさせ降ってくるチョコを口の中に入れ頬張った。
「うん、なかなか美味しいわね」
「でしょ! もっと私の愛を受け取りなさい!!」
霊夢の言葉が聞こえたのか、レミリアは調子付きさらにチョコを投げる量を増やし、口が釣りあがるほどの笑みを浮かべる。
チョコの弾道は、基本的に固定のようで避けやすい。時たま霊夢目掛けて飛んでくるものがあり、それをグレイズさせていたのだが、いい加減同じチョコの味に飽きてくる。
「ちょっと、いい加減同じもんばっかり飽きてきたわよ!」
「大丈夫よ!! 私の愛は無限大!! 飽きることなどないわ!!」
「いや、飽きるからさ」
「なんて言いつつ、チョコ食べてるじゃないの」
しかし、はて?と霊夢はチョコを避けながら疑問に思う。いや、最初から疑問を抱くべきなのだが、何故レミリアはチョコを降らせているのだろう。
だが、その疑問はレミリアの隣にいる咲夜の顔を見て、すぐに解けた。
「やっぱりあんたが妙なこと教えたのね!!」
「さて、何のことでしょうか」
その澄ました顔はまさに瀟洒。しかし、その澄ました顔の裏側に見える悪意に満ちた気を、霊夢は敏感に感じとり、本性を暴きだしてやろうと考え、口撃を放った。
「咲夜! 嫉妬したいのは分かるけど、変な風に当たらないで!」
「なっ?!」
霊夢の口撃はピンポイントで咲夜に命中し、澄ました顔は一瞬で崩れ、その顔は真っ赤に染まっていく。
「咲夜! チョコが足りないわ!!」
「は、はい」
その口撃により、チョコを手渡していた咲夜のペースが崩れ、レミリアからチョコの催促がされるが、なかなかチョコを手渡せずわたわたとうろたえるだけであった。
「どうしたの、咲夜!!」
「す、すいませんお嬢様」
チョコがなかなか手渡されないことに若干憤りを感じながらも、レミリアは霊夢から視線を離さずチョコが手渡されるのを律儀に待つが、チョコの追加はなかなかこない。
「咲夜ぁ、どうしたのかな~、お顔が真っ赤ですよ~」
そんなレミリアにお構いなく、攻めるときは、一気に攻めるほうが効果があるのが分かっていた霊夢は、咲夜を追撃する。
「一体なんなのよ!」
あまりにもチョコの手渡しがスムーズに行われないことに限界を感じたのか、レミリアがそう叫び、ついに咲夜の方を向いた。
「咲夜」
「はい、すいませんお嬢様」
「むっ、なかなか頑張るわね」
勝ちを確信していた霊夢は、いやそもそもこれが勝負かどうか分からないし、何を持って勝利とするのかはわからないが、予想以上の咲夜の精神の強さに感嘆の言葉を放つ。
しかし、このままで終わる霊夢ではない。既に当初の目的すらも分からなくなっているが、霊夢はさらなる追撃を行うために、咲夜の方へと目を向ける。
すでにチョコ弾幕は、わざわざ避ける必要もないほどスカスカになっていた。
「レミリア。もういい加減咲夜の気持ちに気づいてあげなさいよ」
「は? 何を言っているの」
「ちょ、ちょっと霊夢!!」
「咲夜はね、レミリアあんたのことが好きなのよ」
「今更何を言ってるの、そんなこと分かりきっているわ」
「「へ?」」
レミリアの予想外の言葉に、思わず声を上げる霊夢と咲夜。その驚いている理由は全く違うわけなのだが、その後の反応も全く違っていた。
「お、お嬢様、そ、それは一体どういう」
「レミリア、あんたそれ本気で言ってるの?」
咲夜は、しなりをつくり顔を真っ赤にさせ、どもりながらレミリアの顔色を伺い、霊夢は、咲夜のことが好きならなんで神社になんか来るのよ、と問いかけるようにレミリアの顔色を伺っていた。
「二人してどうしたっていうのよ」
「あんたが、爆弾発言したから固まってるのよ」
「お、お嬢様」
「爆弾? 何、霊夢爆発するの?」
「するか!」
チョコ弾幕は既になくなっており、通常弾幕からスペル弾幕へ移行する幕間のように静寂に包まれ、会話する声だけが響き渡っていた。
「ねぇ、咲夜」
「はい」
「チョコちょうだい」
「はい、お嬢様」
そんななか淡々とレミリアは咲夜からチョコを受け取り、チョコ弾幕を再開させる。心なしか、先ほどより弾幕が厚い、というか咲夜がいつの間にか立ち直っていた。
「さ、咲夜ぁ!!」
「す、すいません!」
だが、立ち直っていたと思ったのは間違いだった。どう見ても一杯一杯の表情をしているし、気合だけでチョコを手渡していたようだ。まさに最後の炎の揺らぎだったのだろうか、チョコ弾幕は完全に打ち止めとなった。
「気は済んだ?」
「愛が、愛が足りないわ!!」
「いや、もうおなか一杯だから」
「つ、つれないわね霊夢」
レミリアは満足していなかったようだが、霊夢はレミリアを諭し地上へと降り、周りを見てことの重大さに気づく。
神社が……茶色一色で染まっていたのだ。もともとそんなに明るい色を使っている建物でもないが、これは酷い。
「ちょっと、これ何……」
「チョコよ」
「チョコですね」
淡々と語るレミリアと咲夜。
唖然と立ち尽くす霊夢。
「まさに、愛で染まった感じね」
「はい、さすがお嬢様です!」
「これのどこが愛なのぉ!!」
霊夢はレミリアに掴みかかり、がっくんがっくんと首を揺らすが、レミリアは満足そうな笑顔を浮かべながら、「愛よねぇ」などとのたまっていた。
だめだ、そう思った霊夢は攻める方向を変えることにし、さっきの爆弾発言を掘り返すことにする。
「それはそれとして」
「ん?」
「さっきの言葉の真意を聞かせてもらおうかしら」
「れ、霊夢?!」
その矛先はどちらかというと、レミリアよりは咲夜に向いているだろうか、小悪魔的笑みをにやにやと浮かべ、霊夢は反応を待つ。
「さっきって、何?」
「咲夜のことが好きだっていったこと」
「ああ、そんなこと」
「そんなこと、って」
それがどうしたの、当たり前じゃない。レミリアの表情はまさにそんな感じで、咲夜はその様子をちらちらと伺っていた。
「じゃあ、なんで神社にくるの?」
「そんなの、決まっているわ。霊夢が好きだからよ」
「は? だって咲夜が好きなんでしょ」
「ええ、好きよ」
「……」
「……」
話が進まない。レミリアは一体何を考えているのだろうかと、霊夢は首をひねる。
「ねえ、その好きって同じなの?」
「同じな分けないでしょ」
「ああ、やっぱりね」
「そ、そうなんですか?」
その様子を見ていて、霊夢はなんとなくレミリアの『好き』の意味を感覚で理解した。だが、咲夜は逆で全く理解していないようだった。近すぎて見えないのだろうか。
恐らく霊夢に対する好きは、気に入った友達感覚、咲夜に対する好きは、側に居て欲しい、居なければならない存在、そんな感覚。
簡単に言えば、レミリアが咲夜に対し抱いているのは、異性相手に対し恋をしている形に近いのだろう。
だが、レミリアはそれに気づいていないようだった。
「咲夜、あなたも大変ね」
霊夢はそう言わずにはいられなかった。
「え」
「いえ、なんでもないわ」
その言葉に、不思議そうな顔をする咲夜を見て、霊夢は、咲夜も似たようなもんか、と思いつつ、そのときもう一つ聞きたいことがあることに気づく。
「そういえばさ」
「何、霊夢」
「チョコ降らそうって考えたのは、咲夜なの?」
「いえ、違うけど」
咲夜の答えに、霊夢の脳裏にある人物が浮かぶ。
「もしかして……」
「ええ、東風谷早苗に聞きました」
なんというか、まあ予想通りというか。
その人物の名を聞いたとき、やっぱりね、と霊夢は思った。
「何か、特別講習しますとかいって、色んな人に教えてたわ」
「え」
続けざまに咲夜から放たれた言葉、霊夢はそれを聞いて冷や汗を垂らした。
嫌な予感がしたのだ。
そして、その嫌な予感は的中していた。
2月14日
その日、幻想郷の各地で、チョコ弾幕が降り注いだ。