Coolier - 新生・東方創想話

魔法少女達の百年祭

2010/02/14 04:08:06
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ヒュルルル、と甲高い音を立てて三尺が天へと昇ってゆく。
夜空へ打ち上がった光の玉は一瞬の静寂の後、虚空に一際大きな花を描いた。
幻想郷中の人々が見上げる中、目蓋を焼く閃光はやがてその輝きを失っていき、空を舞う火の粉もまた闇へと帰り始める。
やがてその光が完全に失われ、周囲の人間達が再び目的地への歩みを再開した時。私はようやく自分の右手が隣に立つ妹―――フランドールの左手を握っていることに気が付いた。
フランは私の視線を意に介することも無く、花火の消えた空をじっと見つめている。
半分ばかりの寂しさと半分ばかりの懐かしさに彩られたその横顔に、私は声をかける代わりにギュッと強く右手を握り締めた。

「……うん。行きましょ、お姉様」

フランは私の右手をさらに強く握り返すなり、ふいに走り出した。
引っ張られるような形で私も慌てて両脚を動かす。ゆっくりとタバコをふかす大人達の脇を駆け抜け、にこやかに笑う恋人達の間を割って通り、花火の感想を語りながら走る子供達を追い抜いてゆく。
目指す目的地、博霊神社が近付くにつれて人々はその数を増やしてゆき、まばらだった屋台は沿道を埋め尽くし始める。
老若男女の喧騒と鉄板の上でソースが焦げる匂いとが入り混じる、今日は百年祭。
フランは両脇の屋台を珍しそうに覗き込みながら、街道をジグザグに走り抜ける。私はそれに引きずられながら、この気まぐれな妹がどの屋台で買物をねだるだろうかなどと考えていた。
水飴かりんご飴、といったところだろうか。そんな風に周囲の屋台を見据えていると、前を走るフランは急に立ち止まった。

「お姉様!あれ買おあれ!」

フランが嬉しそうに指差した先は、予想に反してオーソドックスなタコ焼きの露店だった。
作り置きのパックがちょうど売り切れたところなのか、店主は上機嫌にタネを混ぜ合わせている。
八個入り五百円、まぁ妥当なところか。……多分。
このくらいならいいだろうと、財布から小銭を取り出そうとする私をフランが制止する。

「お姉様、そっちじゃなくて十六個の方ね」
「……どうせあなた食べきれないって残すでしょうが」
「それなら大丈夫、だってこれ霊夢と魔理沙の分だもん」

あぁ、なるほど。そういうことであれば仕方ない。強欲なあいつらのことだ。八個入り程度じゃ全然足りないなどと吐くに違いない。
店主に紙幣を一枚手渡し、焼き上がりを待つことにする。
クルリクルリと回転させられていく球状のそれを、フランは楽しそうに見つめていた。

「それにしても殊勝になったじゃない。土産の分しかねだらないなんて」
「そう? でも私は十六個入りの方、としか言ってないんだけどね」

そう言うなり、開いたままの私の財布から一瞬で紙幣を抜き取ったフランは天使の笑顔で自分の分の十六個入りパックを追加したのだった。明日は説教。





結局フランが食べ切れなかった分の六つを食べることになった私は、一人境内の片隅でうすぼんやりと辺りを眺めていた。
フランは博麗神社に差し掛かるなり見つけたパチェとアリスと一緒に屋台巡りに走っていってしまった。土産を買ってもらったらあとは用済み扱いとは、まったく現金なものだ。
パチェとアリス、という面子からして、彼女達も屋台を回った後で霊夢や魔理沙のところにでも行くつもりなのだろう。土産のタコ焼きもフランが持っていってしまったし。
多人数で騒ぐのもいいが、今日はそういう気分でもない。霊夢達には今のうちに一人で会ってくることにしよう。手元の時計で時刻を確認すれば、既に十一時。もうそれほど時間は無い。
私は人ごみを潜り抜け神社の裏手へと向かう。何の催し物の無い平常時も人がかなり訪れるこの神社ではあるが、流石に今日はその比ではない。たかだか五十メートルを移動するのにも苦労してしまう。
そうしてようやくたどり着いた本殿の脇。祭囃子を奏でる奏者達は人気の無い裏手へと消え行く妖怪、というどう考えても怪しい私を不審に思うこともなく演奏に励んでいる。
この分だと彼女達のところにはもう何人も行ってそうだ。そんな私の予感は正しく、そこにいたのは先客、地底のさとり妖怪だった。

「お疲れさん」
「……あぁレミリアさん、お疲れ様です」

そう言って振り返った彼女の頬は真っ赤に染まっている。それもそのはず、辺りの酒瓶の数はざっと数えただけで二十を越えている。
この量では酒に強い霊夢達も前後不覚だろう。周囲に近付かずともわかってしまう強烈な酒の匂いに私は苦笑した。
まったく、この後で祭りのフィナーレを飾る役だというのに大丈夫なのか。
近寄る私に対してさとりは静かに笑うと、よろつきながらもその腰を上げた。

「さて、積もる話もあるでしょうし。それでは私はこれで失礼します」
「……足元が危ういけど? そんな状態じゃこの後が危ぶまれるわよ。準備の方は?」
「あぁ、準備の方は大丈夫だと思いますよ。ほとんどの皆さんはもうこちらに来られましたから」

それだけ言って彼女は千鳥足で去っていった。言葉だけははっきりしているが、足元は完全におぼついていない。
ふとさとりの座っていた辺りを見れば、彼女が相当長いことここにいたことがはっきりとわかった。彼女が座っていた一点を中心として、円状に転がる酒瓶は二十やそこらではきかない。ここを訪れた人妖の一人一人が霊夢魔理沙に一本ずつ持ってきたとすれば、間違いなく五十は堅いだろう。
空き瓶の山を飛び越え、まるでミステリーサークルのような中心点に私は座り込む。返事が無いとはわかっているが、一応断りもいれておく。

「座るわよ」

もちろんわかっていた通り霊夢からも魔理沙からも返事は無い。二人は今頃酔いつぶれて素敵な夢を見ていることだろう。自分達だけ先に夢の世界とは、なんともずるいものだ。
私も負けじとポケットに入れておいたブランデーの小瓶を取り出す。
蓋を開けるなり一息に呷ると、喉の奥を熱い塊が通り過ぎていくような、そんな感触が体幹を支配する。あぁ、相変わらず効く。

「ほら、あなた達も」

もし意識があればもう酒はいい、などと彼女らは言ったかもしれないが、寝ている彼女達にそれができようはずもない。
取り出したもう二本の小瓶の蓋だけを開けて、私は彼女達の前にそれらを置いた。

「ま、匂いだけでも楽しみなさい。滅多に味わえない高級品だから」

とは言っても、これだけ他の酒が散乱していれば匂いも何もないだろうが。まぁこいつらは飲み意地が張っているし、高級品というだけでありがたがるだろう。
しかし、こうして思えばこいつらと出会ってからもう長いものだ。
最初はとんだ迷惑者の闖入者だとばかり思っていた。巫女としての職務でやってきた霊夢はまだしも、魔理沙に関してはパチェやフランが肩入れする理由がさっぱりわからなかった。
だがまぁ、長く付き合った今ならわかる。長いスパンでしか考えられない私達には、一瞬のために生きる人間達は酷く眩しく見えるのだ。人間達がすぐに消えてしまう花火を美しいと思うように。
それはもちろんここにいる二人だけでなく、妖怪の山の巫女―――いや、風祝だったか。そいつや、うちのあの子だってそうだ。

「……とは言っても、そんなこと面と向かっては言ってやらないけどね」

呟きながら、私は戯れに落ちていた空き瓶の一つを手に取って転がす。コロコロと転がった一升瓶は魔理沙の足元に当たるとカツンと音を立てて止まった。
本殿裏のここでは、表で鳴り響く祭囃子もやぐら太鼓も別の世界のことのように、遠く小さくしか聞こえない。周囲に響くのは私の息遣いとわずかに流れる生ぬるい真夏の風だけだ。
面と向かっては言ってやらないと呟いたばかりだが、考えてみれば珍しくこいつらの周りに誰もいないのだ。普段言えないようなことを言っておくのも悪くは無い。

「あー……そのなによ、あれよね」

しかし本人が聞いていないとはいえ、いざ自分の気持ちを表にするのは中々気恥ずかしいものだ。
そう簡単に本心を表に出せるわけがない。そういう意味でも、彼女達の開けっぴろげな一面は羨ましいものだ。

「まぁなんというかねぇ、その……」
「もう、どーんと言っちゃえばいいのに」
「……ッ!?」

ふいに聞こえた声に振り向くと、背後の茂みの上、開かれたスキマの奥から顔を覗かせていたのは八雲紫。

「……まったく、これだから品のない奴は。いつからピーピングがご趣味に?」
「二人が相手してくれないから一人寂しげに空き瓶を転がしていた辺りからだったかしら?」
「品もなければ趣味も悪い。さらに加えて性格も悪い。とくればいつまで経っても貰い手がいないわけだな。それで? 一体何用?」
「いえいえ。たかが人間、なんて目で彼女達を見てるはずのあなたがいざ水入らずになったら真っ赤になったり沈黙したり怪人百面相する姿があまりにも面白おかしかったから―――」

よし殺そう。うん殺そう。

「―――面白かったから、そんな姿を妹君には見られたくないんじゃないか、と思っただけよ」

その言葉に、本殿へ続く通路に目を向ければ確かに歩み寄るフラン達三人の姿が見える。
まだこちらには気付いていないようだが、それも時間の問題だろう。

「……一応は礼を言っておく」
「あら珍しい。それじゃせっかくの機会だしもうちょっと恩を売っておこうかしら」

そう言った彼女は、中へ入れと私を誘うようにスキマを広げた。

「どういう風の吹き回しだ? 今日と言う日を迎えてセンチメンタルにでもなったのか?」
「それはそっちの方じゃなくて? それよりいいのかしら。流石にそろそろ気付くわよ」

フラン達はもう二十メートル余りのところまで来てしまっている。
別に私がここにいることがバレたからといってどうなるわけでもない。

「……入るわよ」

けれども、あの子達にも積もる話があるだろう。特にあの三人はこの幻想郷で霊夢を除けば一番魔理沙と親しい者達だ。
この記念すべき日、たまには気を使ってやるのもいい、そう思った。さとりもおそらくそう思って立ち去ったのだろう。
身を乗り出して暗いスキマの中へと押し入る。
入ると同時に少しずつスキマは閉まり始め、代わりに後方に空間が広がってゆくのを知覚する。なんとも便利なものだ。

「……あぁ、ちょっと待った」

そんな閉まり掛けのスキマに無理矢理片腕を突っ込み、力まかせにもう一度押し開く。
八雲紫は不思議そうな顔でこちらを見つめている。

「何よ、忘れ物?」
「ま、そんなようなものよ」

スキマから半身だけを表に晒した私は後ろの八雲紫に聞こえないよう、そっと呟く。

「……お休みなさい、霊夢、魔理沙」

結局気の利いた言葉一つ思い浮かばなかった私が選んだのは、そんなありきたりな言葉だった。





スキマの出口を紅魔館へと繋げた八雲紫は、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべながらいつもとはうって変わって忙しそうに消えていった。巫女はああいったイベントは面倒臭くて手を出さないし、今日はほとんど八雲とその式達で回しているんだろう。
手持ち無沙汰になった私はしばらく紅茶とスコーンで時間を潰した。今日のはまぁまぁの出来映えだった。
バルコニーへと出た私は、ポケットの懐中時計を取り出す。時刻はあと二分ほどで零時。ちょうどいい時間。今頃神社では巫女が閉会の宣言でもしていることだろう。
手すりに両肘をつき、ぼんやりと神社の方を見る。
いくら身体能力に秀でた吸血鬼とは言え、ここから神社の姿は見えない。あの頃はもっと近く感じたものだが、なんとまあ随分と遠くなってしまったものだ。

「美鈴」
「何でしょうか?紅茶のおかわりならちょっと時間かかっちゃいますけど」

声をかけるなり、すぐさまバルコニーの真下から返ってくる返事。

「紅茶はいらないわ。貴方も見ているのかと思っただけ」
「そりゃまぁ、節目ですからね。もちろん見てますよ」
「そう。ならいいわ」

右手に持った懐中時計をチラリと見やる。
零時まであと五秒。私は再び神社へと向き直り、カウントダウンを始めた。三、二、一、……零。
そうして時計の短針と長針が重なり合ったその瞬間。長大な光の柱が神社の辺りから天へと垂直に奔った。
この身を幾度か焦がしたこともあるそのスペルカード―――マスタースパークは夜空すらも我が物だと主張するように、その身同様に世界を真っ白に染め上げる。
その出力は遠目に見るだけでもかつて受けたマスタースパークの数倍、どころか数十倍はあるだろうと容易に予想がつく程だ。
かなり酔っていたからどうなるかと密かに心配していたが、この手際は流石といったところか。準備は万全だとも言っていたし。
そんな閃光に満たされ、今や陽光と見紛う程に明らんだ空は薄目で見てもなお眩しく、私はそっと両目を閉じた。
目蓋ごしにも目を刺すその光に私は懐かしき昔を想起して、右手の時計をぎゅっと握り締める。
しかしやがて光は薄まり始める。時間にすればほんの数分。私達の生にすれば、ほんの一瞬。

「短いものね」
「短いものですね」

最後まで残ったわずかな光が完全に消えるのと同時に、私は懐中時計を懐へと戻した。間際に見た時刻は零時二分。
時計の針が重なり合ったのはほんのわずかばかりの間。長針はすぐに短針を置いていってしまった。
置いてゆかれた短針がゆっくりと動き続ける間に、長針はぐるりと一周分の働きを終えてしまう。周回遅れの私達はその周回をただ数えることしかできない。一年、二年、五年、十年、二十年、五十年。
私は美鈴に声をかけること無く、背を向けて館内へと扉をくぐる。階下の美鈴もそんな私に気づいているだろうが、声をかけたりはしない。
時刻は零時を過ぎたばかり。吸血鬼にしてみればまだまだこれからが活動時間といったところだが、今日に限ってはそんな気分でもない。もう寝てしまおう。
自室のベッドを目指して私は一人廊下を歩く。共をする者はどこにもいない。ドアを開いた私を待っているのは静寂だけだ。
服を着替えるのももどかしく、私はベッドに倒れるように寝転ぶ。
表からはただいまを言うフランの声が聞こえる。出迎えの美鈴が門を押し開く音が聞こえる。図書館から門へと急ぐ小悪魔の足音が聞こえる。土産とともに祭りの感想を語るパチェの呟きが聞こえる。
そんな百年祭の―――スペルカードルール制定百周年の今日も、銀時計は時を刻み続ける。
チクタクと進む秒針の音だけが響くベッドで、今はいないあの子を思い出して私は少しだけ強く枕を抱きしめた。
作品集100おめでとうございます。

100という数字に絡めようと色々やってみましたが、慣れないことはするもんじゃないですね。
時間がかかり過ぎて気付けば記念すべき作品集100も埋まりかけ。必死でネカフェから書きあげてなんとかセーフ、でしょうか。

お読みいただきありがとうございました。それではまた。デンでした。
デン
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コメント



0.1540簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
100年という事は、人間4人組はもう全員……。
最後のマスタースパークで、魔理沙だけは種族魔法使いになったと思いきや、これってさとりの想起で再現したんですよね?
10.80読む程度の能力削除
切ないけど優しい
12.100名前が無い程度の能力削除
「人間を友達に持った吸血鬼の独り言」という副題が思い浮かんだ。
17.80名前が無い程度の能力削除
ひそかに評価されるべき。
24.90ずわいがに削除
時計の秒針は人間、時針が妖怪ってわけですか。
レミさんがとんでもなく感慨深い感じになってると思えば……おぉ。
紫も気を利かせてくれてね……。
27.100名前が無い程度の能力削除
淡々と描写される普段と変わらない幻想郷の夏祭りの風景。
その中にほんの少しずつ加えられていく事態の真相‥と書くと推理小説みたいですが、
その難しい内容を、些かのぶれや戸惑いも感じさず、端正で優しく描きあげた作者様の筆力に圧倒されました。
百年の時が持つ人にとっての重みと、それを軽々と越えて行かざるを得ない妖怪の生の切なさが胸をうちます。
素晴らしい作品をありがとうございました。