キラキラ廻る、世界は万華鏡。
二人分の瞳に、ありったけの星空を映して――。
一
「やっぱり、その……するの?」
「当然よ蓮子。そのためにこんな場所まで来たんじゃないの」
満開の桜の下。私たちは頬を同じ桜色に染めていた。
「そりゃ、雰囲気は大事だけどさメリー」
「じゃあ、その口を閉じて。雰囲気は大事よ」
「ん」
「ちゅっ」
二
「身長に差があるというのも捨てがたいわ、蓮子」
「そ、そういうものかな?」
メリーはそう言い出すと木の幹の出っ張ったところに移動する。
「これでよし、と」
ふぁさ、と蓮子の前髪をかき上げる。不安そうな表情で蓮子がメリーを見上げていた。
「ちゅっ」
三
「むぅ……私はもうちょっとロマンティックなのが良かったのに」
「一方的過ぎたかしら?」
「過ぎる過ぎる! メリーばっかりずるい!」
「じゃあ、さ。蓮子の好きなようにして良いわよ?」
その言葉で真っ赤になってしまった蓮子はゆっくりとメリーの頬に手を伸ばした。
「ちゅっ」
四
「主導権を蓮子に握られるって言うのもこれはこれで中々……」
「うるさいよメリー」
ぼそぼそと喋るメリーの口を蓮子の唇が塞ぐ。
「むぐぐ」
「ちゅっ」
五
「ぷぁっ。ふぅっ! 蓮子激しすぎよっ!」
「……メリーの、馬鹿」
少女が少女を押し倒し、舞い散る桜が秘め事を隠す。
「やだ、ちょっとまだ! 待っ――」
「ちゅっ」
六
「ばかぁ……」
「メリー」
「何よう蓮子。無理やりだなんて……」
ひっくひっくとしゃくり上げるメリー。目の端には涙が浮かんでいた。
「だーいすき!」
「ひゃっ」
「ちゅっ」
七
「蓮子ぉ……私、こんなのいやぁ」
「残念ながらメリー。それは逆効果よ」
「みみみみっ! 耳はやめて!」
「はむっ。ちゅっ」
「いやぁぁぁん」
八
「だ、だいたい! こんなに良い場所ですることがキスだけだなんて不健全よ!」
「もっとしたほうが良い? 舌、入れたほうが良かった?」
「違うわよ蓮子。その……」
カサ、と紙袋を突き出すメリー。
「ぁ……。バレンタインデー?」
「ん」
「あ、あははっ。ありがとメリー!」
少しいびつなハート型。齧りかけのチョコレート。
ちゅっ、と音を立てて、蓮子は欠けたハートに口付けした。
九
桜の下、寝転がる二人。コロコロとペットボトルが転がった。
思わず手を伸ばす二人、重なる手に、重なる吐息。
絡み合う視線と視線が今は世界の全てだった。
「蓮子、先に飲んでいいわよ」
「メリーこそ。喉乾いてるでしょ?」
二人の口の中は浮かされる熱に乾ききっていた。
「ちゅ」
ペットボトルなどいらなかったのだ。
いらなかったのだ。
十
「痛っ」
ささくれ立った桜の木の僅かな棘がメリーを傷つけた。
「じんじんする」
白い指先に滴る紅。不浄とも思えるその紅を清めるのは蓮子の役目だった。
「メリー、指かして。舐めときゃ治るのよ、舐めとけば」
「ん……。くすぐったい、かも」
「我慢しなさい、メリー。んっ、ちゅ」
十一
「桜ってさ、血を吸うからこんなに綺麗な色を咲かせるって話、知ってる?」
「そんなの都市伝説よ。陳腐すぎるわ」
「でもほら……心なしか私の血を吸った桜が綺麗」
「メリー。貴女二つほど誤解しているわ」
「二つ?」
「ええ、一つは桜は貴女の血を吸ってないということ。そしてもう一つは、貴女の方がずっと綺麗よ、メリー」
「……蓮子」
「ちゅ」
十二
「やめて蓮子、首筋は。跡が残っちゃうよう」
「良いじゃないの。私のものは私のもの。メリーは私のもの」
「ジャイアニズムの極地よ蓮子!」
「じゃあ……ええと、二の腕っ!」
「ひぇ!?」
「メリーの二の腕ぷーにぷにー。ちゅっ」
十三
「メリー。私は考えたの」
「貴女の考えっていつも不安だらけなのよ」
「つまり、ね。跡さえ残らなければ何処でも良いんじゃないかって!」
「ほら、やっぱり! 蓮子のばかー!!」
「と言うわけでおへそにちゅー」
「ひゃんっ」
十四
パシンッ、と音を立ててメリーが蓮子の手のひらを叩いた。
「うにゅ?」
「ふっふっふ。攻守逆転よ蓮子!」
「へぇっ!?」
「貴女、私よりも耳弱いってこと、知ってるんだから」
「ひゃ、ちょっ、メッ」
「ちゅっ」
十五
「大丈夫、蓮子と違って跡は残さないわよ?」
「くっ、びっ……?」
「正解。ちゅっ」
「ふぁあ」
十六
「初キスの味はレモン味ってホントにそうだった?」
「……知らない。メリーに初キス奪われたもの」
「あら奇遇ね。私も蓮子が初めてだったわよ?」
「じゃあ、メリー。覚えてるんじゃないの?」
「ええと……一回目から先は覚えていない! 変なことを言う口は塞いでくれるわ! ちゅー」
十七
「そんなの嘘っぱちよ! 唇にレモン味のリップ塗ってない限りレモンの味するわけ無いじゃないの!」
「メリーにしては珍しい力説ね」
「でも、もしかしたらという可能性もあるわ、蓮子」
「ま、まぁ。偶然レモンを死ぬほど食べていた、とか?」
「だから試させてよ蓮子!」
「ひゃぁああ」
「ちゅっ」
十八
「大体さ、ワンパターンだよメリーは」
メリーの魔の手から逃れた蓮子が距離を取る。
「あら? やろうって言い出したのは蓮子じゃないの」
百物語という伝説がある。秘封倶楽部の二人はそれを現代に復活させようと目論んでいたのだ。
「だからって何も百回キスしなくても良いんじゃないの?」
「伝承だとそうなんだから仕方ないじゃない」
いつの間にか蓮子の後ろに回りこんでいたメリーは振り向きざまに唇を奪う。
「ちゅっ」
十九
「じゃあさっきからキスするたびに蝋燭の火を一つずつ消していってたのは盛り上げるためじゃなかったのね」
「ある意味凄く盛り上がるわよねぇ?」
「ムードはあるわよね。うらめしやぁ」
「あははっ。ぜんぜん怖くないわよ蓮子」
ばけばけばーと片目を閉じて舌をペロッと出し、いかにもな表情をする蓮子。
その舌を見逃すメリーではなかった。
「ちゅっ」
二十
二人は寝ころんで桜を見上げていた。夜の風は柔らかい。
「メリー、私でよかったの?」
「何よ今更」
「だってさ、私、メリーより綺麗じゃないし、あんまり女の子らしくないし、メリー程じゃないけど変な瞳を持ってるし」
「くすくす。ずいぶんと女の子らしい悩みを抱えているじゃないの」
「そう……かな?」
「ええ、とっても。それに蓮子、私は貴女が宇佐見蓮子だから……秘封倶楽部の宇佐見蓮子だから」
だから一緒にいるのよ、とほっぺたに優しいキス。
二十一
「ん、少し元気出た。ありがとねメリー」
「うふふ、お安いご用ですわ、部長サン」
笑いあう二人の間に、ヒラヒラと落ちてくる桜の花びら。メリーは空中で優しく春の欠片をすくうとほぅ、と小さな吐息を漏らした。
「……ぱくっ」
「食べたっ!?」
「春の味がするわ、蓮子」
「貴女の頭の中も春色よ、メリー」
「うふふ。くーちうーつしっ!」
「んっ!?」
「ちゅっ」
二十二
「風情を楽しむものがいつのまにか食い気に染まってしまったわよ、メリー」
「良いじゃないの。花は綺麗だしお団子は美味しいし」
「桜の花びらしか食べてないけれど」
「風情があるわ。ワビサビよ」
「なんかメリーが言うと片仮名チックに聞こえるわ」
「桜の花以外にも何か口にしたらいいんじゃない?」
「そんなこと言ったってここにはーー」
メリーは瞳を閉じて今か今かと待ちわびていた。つまり、桜以外のものを口にしたい、と。言葉にしなくてもメリーの表情を見れば一目瞭然だ。
「わかったわよ」
「えへへ。蓮子大好きっ」
「そりゃどうも。私も好きよメリー」
「ちゅっ」
二十三
「でもさ、あんまり耳元で愛の言葉を囁かれてるとなんだかチープに聞こえてくるわよね?」
「わがままメリ子……」
「人間の飽くなき欲望は私にももっともっとって囁いているのよ」
「態度で示しているじゃない」
「でも、なんだか物足りないって言うか、蓮子のキスって優しくて好きなんだけど」
「強引にしたら泣いたくせに」
「女の子ですもの。無理矢理っていうシチュエーションは確かにそういう趣味がある人は興奮するけど、ごあいにくさま。私にそんな趣味はーー」
「ちゅっ」
「ん、ぷ」
「はふ、……あるわよね、メリー?」
「……ん」
二十四
「ん、れんこっ、りぇんこぉ」
「メリー、んっ」
お互いがお互いを呼ぶ名が口の中を行き交う。このまま二人で溶けてしまったらいいのに、なんて思考が蓮子の頭の中をよぎる。それも悪くない。ずっとこうやってくっついていられるなら、それはそれは幸せなことなのだろう。
「ちゅっ」
二人の口の間から時折漏れる声と、水音が桜の園に静かに響きわたる。
二十五
「ちょ、ちょっとタンマ! 休憩っ!」
「えぇー」
「流石に、息が、続かないわよう。酸素不足で頭がぼうっとしてきたわ」
「蓮子、それは酸素不足じゃなくて」
好きって気持ちがそうさせるのよ、と今度はメリーが蓮子を押し倒した。
「ちゅー」
二十六
「蓮子、今まで言うの恥ずかしかったけどね」
「んぅ……」
「私、貴女が羨ましくてしょうがないの。ねぇ、聞いてる?」
メリーは耳元で囁きながら指を蓮子の口に入れて遊んでいる。
「世界の真理だってきっと貴女の瞳には映っているのよね。私と違う世界を見ている貴女」
「ぷふっ。ふぁっ、め、メリーだってぇ」
「結界? あれはあるものだわよ。いつかきっと蓮子にも見えると思うわ」
蓮子の唾液でベタベタになってしまった指を、トロンとした表情で咥えるのだった。
二十七
「あ、忘れてた。おにぎり作ってきたのよ、お花見だし。梅干入り」
「最初から言ってよ……。花びらだけじゃおなかいっぱいにならないわ」
もそもそとバスケットからおにぎりを取り出すメリー。綺麗な俵型おにぎりだ。
「流石におなか空いちゃったし、メリー、一つ頂戴」
「はむっ。はい蓮子」
「なんで食べかけ寄越すのよ! ……ありがと」
二十八
「おいしーね」
「そりゃ、愛情が篭っていますもの。あら、蓮子」
「ん?」
「ほっぺたにご飯粒がついてるわよ。とってあげるわ」
「うん」
「ちゅっ」
二十九
「普通にとってくれても良いのに」
「うふふー」
頬を染めながらおにぎりをパクつく蓮子。最早味なんて分かったものじゃない。
「蓮子、大変。蚊がほっぺたに」
「えっ? ってちょっと待ってメリー。貴女は口でほっぺに止まった蚊をやっつけるの!?」
「細かいことは良いから反対側のほっぺよこしなさい!」
「ちゅっ」
三十
「結論。アンタはキスができれば何でも良いってこと」
「それは違うわよ蓮子!」
「言い訳があるなら聞いてあげるわ。結論は変わらないと思うけど」
「私はキスができれば何でも良いんじゃなくて蓮子ならなんでもしたいの!」
「メリー……」
メリーは顔を真っ赤にして今までで一番恥ずかしい表情をした。
「ちゅっ」
三十一
「ね、中世のナイトの忠誠の証って手の甲にキスすることなのよね」
「なあにそれ。新しいギャグ?」
「違う違う、メリー。立ってこちらにお手を拝借」
メリーは立ち上がり、手を差し出した。蓮子は跪き、片膝を立てて忠誠を誓う。
「貴女が世界の何処に居ても、私、宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンと共に在ることを誓います」
誓いの音。
「な、なんだかプロポーズみたいね、蓮子」
「嫌いじゃないでしょ?」
「ん、嫌いじゃない」
三十二
「蓮子って面白いわよね」
「メリーほどじゃないよ」
「秘封倶楽部の活動の時とかホントに頼もしいのに。サ」
「ふぅ、んっ」
メリーは蓮子の手を優しく握り、指を絡める。
「こーやってると、ホントに純情な女の子みたい」
「前から、ゆってるじゃないの。私は純情なのよ。ちょっと、またみみぃー」
「宇佐耳蓮子。ちゅっ」
三十三
「ウサミミじゃないのよう!」
「でも私は持ってきているわ、ウサミミ。ねぇ、蓮子、これつけてよ」
「嫌よ」
「じゃあ私がつけちゃう。ウサミミマエリベリー。……語呂が悪すぎるわ!」
「全く……馬鹿ね」
蓮子はくすりと笑うと静かにメリーに口付けした。
三十四
「くちゅんっ」
「あら、風邪?」
「ここで一晩明かしたら二人揃って風邪ひきそうよ」
蓮子の顔が赤く染まっているのは決して風邪だけのせいではなかった。
「綺麗な場所なのに、残念ね。帰る?」
「そうね、続きは帰ってからにしよう。メリー。さぁ、早く蝋燭をしまって」
わかったわと腕まくりをしながらさりげなくメリーは蓮子の唇を奪った。
「ちゅっ」
三十五
蓮子とメリーは手を繋ぎながら星空の下を行く。
「千話一夜。一話千夜? それに似てるなぁ、なんて思って」
「長く楽しむって意味なら後者よね。あと何回だっけ?」
「あと六十回とちょっと。きっと今日だけじゃ無理ね」
「だったら終わるまで続けるわよ」
「終わったら? それで終わりなの、蓮子?」
「終わったら? またはじめるに決まってるじゃない!」
二人分の足音に、僅かな水音が混じった。
三十六
「蓮子。私ブルーベリーが好きなの」
「どうしたのよ突然。メリーのブルーベリー好きは今更言わなくても知ってるわ」
「レモン味のリップじゃ物足りないのよ」
「ブルーベリー味のリップが良いってこと?」
「今度買ってきてあげる」
「あ、自分じゃやらないんだ?」
「だって」
大好きなブルーベリーと、大好きな蓮子の唇を一度に味わえるでしょ。
メリーははにかみながら、蓮子にキスをする。
三十七
「まぁ、確かに。口臭って気になるわよね」
はぁっと蓮子が息を吐く。仄かに白い蒸気が夜空の闇に溶けて消えた。
「あれ、そんな話してたっけ?」
「自分じゃ中々気がつけないから特にね」
「普段口にしているものが影響するものね。蓮子の唇はすっぱかったわよ、何故か」
「メリー。それは間違いなくさっきメリーにもらったおにぎりさんの所為よ」
「ちゅ」
「ん」
「やっぱり酸っぱい」
「だからアンタの所為だってば……」
三十八
「煙草は最悪ね」
「蓮子は嫌煙家だっけ?」
「そうじゃないけど。ほら、キスするときムードぶち壊しじゃ無い?」
「あの匂いが良いっていう子も居るわよね」
「あの匂いがダメなのよ、私は。髪にも匂いがうつっちゃうし。前に一度吸ったことがあったけど、すぐにお風呂で匂いを洗い流したもの」
「煙草を吸う蓮子かぁ、ちょっと憧れるかも」
「吸わないわよ?」
「分かってるわ。蓮子には高品位な食事をして欲しいの。健康的な蓮子が一番好きよ」
「ちゅっ」
三十九
「メリーは煙草吸ったことあるの?」
「あるわよ?」
「へぇ、意外」
「やっぱり匂いが気になってすぐやめちゃったけどね。でもきっと私の肺は真っ黒よ」
「一度は手を出してみたくなるのよね……」
嗜好品に対して厳しいこの時代。煙草は高級品として極々一部にしか流通していなかった。
「お酒の方がよっぽど心地良いし」
「酔いにかけたわね、メリー」
「ん、それに、蓮子とキスしていた方がもっとずっときもちい」
「ちゅっ」
四十
「もうすぐウチね。メリー、今日はどうするの?」
「まだ百物語を完遂していないわ」
「すでに物語ですらないけどね」
「きっと達成したとき、何かが起こるわ」
「達成感に満足して寝ちゃいそう」
「幸せな夢が見られるわね」
「それは良いことよね」
重なる唇に言葉なんて要らなかった。
今でも充分幸せだったから。
四十一
「ただいまー」
「それは私のセリフ。メリーはお邪魔しますでしょ?」
「邪魔なんてしないわ。それとも蓮子は私が居たら邪魔なの?」
「まさか!?」
「でしょ。それじゃまずはご飯にする? お風呂、それとも……」
「ちゅっ」
伝統的な作法に則った挨拶だった。メリーはちょっと古い話が大好きなのだ。
四十二
「お風呂で冷えた身体を温めたいなって言ったのは私よ、確かに」
「うん」
「なんでアンタまで居るの。メリー?」
「ウサギのマエリベリーは寂しいと死んでしまうのよ」
ぴょこたんとウサミミを取り出すメリー。裸にウサミミ。相当特殊な趣味である。
「まだそのネタ引きずってたのね」
「うさうさ」
「そんな目で見たってダーメ」
「ダメな理由は無いじゃない」
「……それもそうでした」
「ちゅっ♪」
四十三
「しっかし、お風呂って何でこう……歌いたくなるのかしらね」
「天然のコンサートホールですもの。ゆめたがーえっ、ゆめたーがーえっ」
「メリーは歌うの上手いね」
「歌わないと上達しないのよ、蓮子。歌うことは大事だわ」
「鳴かせるとか、黙らせるとかは得意なのになぁ」
「そのセリフはえっちぃわ!」
「黙りなさいメリー!」
「ん」
「ちゅ」
四十四
「良いお湯でした」
「お粗末様です」
二人は限界が来る前に浴室から脱出した。
「ちゃんと乾かさないとワカメちゃんになっちゃうわよ」
ドライヤーを髪に当てながらメリーが蓮子に忠告した。
「夜風が気持ちいいんだもの」
蓮子はベランダの窓を開け、縁に腰かけ、風で髪を梳いていた。
「まったく……絡まっちゃったらどうしようもないでしょう? それに風邪ひいちゃうわよ」
蓮子の後ろにやってくるとガラガラと窓を閉じる。
「メリー、その位置からだと色々丸見え」
「さっき散々見たじゃない」
「そのままあるのと、チラリと見えるのでは風情が違うのよ。侘寂よ」
「な、なんだか蓮子が言うと漢字っぽいわ」
「気のせいじゃない? それよりもほら、ちょっとこっちに来て」
蓮子はメリーを隣に座らせ、ゆっくりと唇を重ねた。
四十五
「蓮子、蝋燭並べないの?」
「別にいいじゃない。そんな細かいディテールが必要?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」
「ちゅ」
メリーは変に拘り派だった。蓮子の位置から見えるパンツも縞い。
四十六
「ねぇ、やっぱり並べましょうよ」
「大体、数覚えてるの?」
「あと50回くらいだったと思うわ。53か54だと思う」
「一本一本並べている時間でキスした方が良いわよ」
「な、なんか蓮子が積極的だわ」
「月が紅いからかしらねぇ」
「ちっとも紅く無いわ」
「ちゅ」
「ん」
細かいことはどうでもいいのだった。
どうでもいいのではなく、心を重ねた瞬間に、全てを彼方へと押し流してしまうのだ。
メリーは蕩けそうな感覚の中、心地よさに身を委ねていた。
四十七
「やっぱり一日じゃあ無理ね。朝までかかっちゃう」
「じゃあこのまま朝までする?」
「んー。眠たい」
布団の中で朝まで起きているというのも魅力的な提案だったが、蓮子は睡眠を選択した。
二人で夢の中というのも悪くない。
「じゃあ布団敷くから、蓮子はそこで待っててね」
「ちょっと待ってメリー」
立ち上がろうとするメリーの腕を強引に引っ張りキスをする。
「……」
「頑張ってねのちゅー」
5分後、完璧なベッドメイクを施された布団が床に出現した。
四十八
「ま、ま、ま。寝る前に一杯」
「晩酌ね」
「日本酒を一口どうぞ。飲みすぎないのが長生きのコツらしいから」
蓮子はメリーに注いでもらった酒をコクンと呑みこんだ。
「……甘い。でも、美味しいわ」
「家からくすねて来た取っておきですもの」
蓮子から盃を受け取るとメリーもコクンと一口。
「甘くて、蓮子の味がするわ」
「ブルーベリー?」
「梅」
メリーはネタを引っ張るのも大好きだった。
四十九
「問題は、何故か一人分の布団しか敷いてないことね」
「何が問題なのかしら?」
「……。メリーにこの問いかけは無意味だったわね。寝よう、メリー」
部屋の照明を落とし、もぞもぞと二人で同じ布団に入る。
トクン、と脈打つ心臓の音と、体温が心地良い。
「お休み、蓮子」
「お休み、メリー」
顔を見合わせて小さくおやすみのキス。
五十
寝顔が可愛すぎて眠れない。そんなことは日常茶飯事だった。
この前はメリーが、そして今日は蓮子が不眠の事態に陥っていた。
「これをどうするか、よね」
絡めた指は解けない。このままじゃオチオチトイレにもいけない。
「はむっ」
音を立てないように慎重に指を口で咥え、一つ一つ外していく。
「ん……」
メリーの口から零れる声に、蓮子の胸は高鳴りっぱなしだった。
五十一
「ふぅ……」
メリーの指から解放された蓮子はトイレですっきりすると再び布団に潜り込んだ。
「おかえりなさい、蓮子」
「ただいま、メリー。ええっ!?」
「くすくす。起きてたわよ」
「えっ? えぇっ!? 何それ、言ってよメリー!」
「あまりにも蓮子が可愛すぎるからついつい狸寝入りしちゃった」
「ふぇえ」
「ちゅ」
涙目になっていた蓮子の目元に口付け。
「泣かないの。可愛かったんだから良いじゃない」
五十二
「んぁ……おはよ」
「おはよう。ふふ、くっ。あはははは」
「ん。どしたのメリー?」
「蓮子ったら赤ちゃんの頃のクセ、抜けてないのね? うふふ」
「へっ?」
「寝ている間、無意識にこう……むにむにしながらちゅーちゅーしてたわよ」
「へぇっ!?」
赤ちゃんが母親の母乳を求めるときのように、それをメリーにしていたのだった。
「やっぱり蓮子は可愛いわよねぇ」
五十三
「いい加減布団から出なさいよ」
「おゆはん私が作ったから朝ごはんは蓮子でしょお」
「できるまで布団から出ないつもり?」
「うん。あっ、でも蓮子がおめざのキスしてくれるなら別かなぁ」
「……全く」
布団にもぐりこんだ蓮子は暗闇の中でメリーにキスをする。
五十四
「ふぁぁぁぁ」
「どう? 起きる気になった?」
「ん」
「じゃあ顔洗って歯を磨いてきなさいな。その寝癖が元に戻るころには朝ごはんができてるから」
メリーはぼんやりと布団に座り込む。
「蓮子、起き上がれないー」
「おら、起きた起きた」
蓮子がメリーの腕を引っ張りその勢いで唇が重なった。
五十五
「……」
洗面所で眺めるは歯ブラシ。蓮子の使った歯ブラシとメリーの歯ブラシ。
「どっちだっけ?」
数分後、洗面所には濡れた一本の歯ブラシが取り残された。
五十六
「おはようございます」
「まだ寝癖が爆発してるわよ」
「爆発オチですわ」
「そのネタは聞き飽きたわよ、んっ」
「ちゅっ」
ぽやぽやと寝癖を揺らしながら、エプロンをしている蓮子の唇を奪った。
五十七
「朝ごはんはスクランブルエッグよ、メリー」
「塩コショウ?」
「ケチャップ」
「醤油?」
「ケチャップよ」
「ちゅっぷ!」
「んんっ!?」
スクランブルエッグはすっかり冷めてしまった。
五十八
「馬鹿なことをやってるうちにもう遅刻しちゃうじゃない」
「まだ大丈夫よ蓮子。バスの時間には間に合うわ」
キュッと蓮子のネクタイを締めるメリー。
いつからか蓮子のネクタイはメリーが締めてあげる決まりになっていた。
蓮子はメリーの前でくるりと回る。
「今日もバッチリね」
「どういたしまして。じゃあ蓮子」
「うん、いってきます」
「ちゅっ」
寝癖ボワボワのメリーを見て、蓮子はハッとした。
「アンタも登校するのよメリー。完全に遅刻じゃない!」
五十九
「いってらっしゃいー」
「ちゅっ」
手をヒラヒラとさせて蓮子を見送るメリー。
完全におサボリモードである。
「あだだだ、痛い痛い。耳引っ張らないでよう」
「ほら、さっさと支度する。じゃないとそのまま引っ張ってくわよ」
「やだやだ! ちょっと待ってよ蓮子!」
六十
「ほらぁ、バス行っちゃったじゃない。……次でギリギリ間に合うかな」
「やっぱり私の言ったとおりだったじゃない。まだ間に合うって」
爽やかな朝の風を全身に浴びながら、二人でバス停に並ぶ。
「行っちゃったばっかだから私たちしか居ないわね、蓮子」
「そうね」
「んー」
目を閉じて口を尖らせるメリー。何を求めているかは明白である。
「……ホント、メリーったら」
「ちゅっ」
六十一
大人気の講義は席が埋まるのも早い。
「なんとか講義には間に合ったわね」
「最前列しか空いてないじゃないの、もう。メリーの所為なんだからね」
「あはは、ごめんなさい。お詫びにちゅー」
「ちょ、ちょっと、センセが見てるじゃないの」
「じゃあ黒板向いた隙にちゅー」
生徒たちからは丸見えだった。
六十二
休み時間、二人一緒にトイレの個室に入る。
「なぜ……?」
「うふふ。誰も見てないから、よ」
「で、でもっ。聞こえちゃうよメリー」
「なら音を立てないで……」
変な声が外に漏れたらどうしようかという想像で蓮子の頭の中はいっぱいだった。
六十三
「メリーって意外と度胸あるっていうか、何も考えてないよね?」
「あらそう? これでも私色々考えてますのよ」
「例えば?」
「どうやって蓮子の唇奪おうかなぁとか、ここは廊下だから皆に見られちゃうわねぇとか」
「後先考えないくせに」
「考えるのは今、この瞬間ですもの」
「ちゅっ」
六十四
お昼休みはいつものカフェテラス。
サラダをむしゃむしゃと食べながら蓮子はメリーに質問する。
「メリー。さっきの講義さ、どう思う?」
「女の子同士で子供が作れるってヤツかしら」
「うん。倫理的には問題ないんだろうけどさ。自然の摂理には反してるんじゃないの?」
「あら、蓮子にしては珍しく常識的な意見。けどそれは偏見ね。だってホラ――」
愛があれば性別なんて関係ないのよとメリーは優しいキスをした。
六十五
「大体さ、男女ならできちゃったってことあるかもだけど、同性同士なら作ろうと思わなければできないわけで」
「蓮子は」
メリーは再びキスをすると蓮子のサラダを奪い、食べ始める。
「作りたいの? 赤ちゃん」
「ん」
蓮子がこくんと小さく頷いた。
六十六
「いや、ほら。メリーとだったら、ガクジュツ的な興味もあるわけで」
「ふーん」
メリーは頬杖をつきながらフォークをプラプラとさせていた。
「折角女として生まれた以上、別の命を身体に宿すっていう体験もしてみたいわけでして」
ワタワタと慌てる蓮子は顔を真っ赤にして視線をフワフワと浮かせていた。
「それだけ?」
言い訳は良いのよ、とメリーは蓮子の唇を奪った。
六十七
「例えば、私と蓮子の赤ちゃんを二人同時に妊娠したとしたら、それは兄弟なのかしら?」
「遺伝子的にはそうよね。異母兄弟?」
「でも父親も母親も同じよ?」
「腹違いの兄弟っていう表現が一番しっくりきそう」
同じ遺伝子を結合したところで、同じ人物になるとは限らない。
世界に存在する兄弟姉妹が性格が全然違うことを考えれば当然の話である。
「しかし……例えが悪すぎるわね」
「そぉ、もし作るなら二人一緒でしょう?」
メリーはにへらと笑って蓮子にキスをした。
六十八
午後の講義、おなかいっぱいの身には辛すぎる悪魔の時間。
「ふぁぁ……ねむ……」
「だから一番後ろの席とったんでしょ、ここなら眠ってても気がつかれないよ」
「気がつかれないならやることは一つじゃない。全く……眠いのに」
水音が講義を中断するのにはもう少し時間が必要だった。
六十九
「これで今日の講義は終わりね、帰ろ帰ろ?」
「帰って……何するのかしら」
メリーは机に突っ伏したまま蓮子を見上げる。口の端から涎が垂れていた。
「ええと、今日はどうしようか。秘封倶楽部の活動は昨日から継続中だし」
「じゃあ、今日はなんとしても百物語を完遂するということで」
「ちゅ」
七十
「あ、飛行機雲!」
メリーがパタパタと駆け出し空を指さす。
「珍しいわね」
最近では雲を引くような飛行機なんか滅多に飛ばなかった。
夕暮れに淡く解けていく白の軌跡。
「なんて、幻想的なのかしら」
淋しそうに見上げるメリー。
その横顔が儚げで、思わず蓮子はメリーを抱きしめ唇を重ねた。
ぎゅっと。
七十一
「メリー。……何処にも行かないで」
「あ、はは。何を言ってるのよ蓮子」
「なんかメリーのこと見てたら、今にも何処か行ってしまいそうで……」
「私はここに居るわ。私は、蓮子の隣にずっと居る」
「メリー」
「蓮子。だから貴女も、私の隣に居て頂戴ね」
返事の代わりに小さな音が響く。
七十二
再び唇を重ね、ゆっくりと離す。
確かに自分たちは此処に居るということを再確認した。
「蓮子、このまま帰る?」
「嫌」
「じゃあいつものカフェに寄りましょうか。夜のこともあるしね」
「うん」
メリーは蓮子の手を引き、歩き出した。
七十三
カランカラン。
鈴の音を軽快に響かせて、お気に入りのカフェのお気に入りの席に腰掛ける。
「私ね、ずっと頼んでみたかったものがあるのよ」
「どれ……?」
「コレコレ、二人で飲むミックスジュース」
「みっくちゅじゅーすかぁ」
「蓮子、噛んでるわよ」
「ミックスじゅーちゅ」
「ミックスジューちゅっ」
七十四
「では、引き続きお楽しみくださいませぇ」
店員がゴトリと大きなカップをテーブルに置いた。
「す……凄いわねこれ」
「でしょう? 一人じゃなかなかねぇ」
虹色の飲料が注がれたカップに突き刺さるY字ストロー。
恋人同士がよくやる例のアレだ。
「じゃあ、早速」
「ちょっとまって」
ストローの端を咥えた蓮子をメリーが止める。
「私、そっち側が良いわ」
「別にいいけど……。何か違いがあるの?」
「ううん。間接キッス。えへへー」
七十五
パキリ、とメリーがポッキーを咥える。
「折角ムード満点のもの頼んだんだからもっと味わいたいわ」
「それがポッキー?」
「んんー」
メリーは咥えたままのポッキーを蓮子の方に突き出した。
「いろんな人が見てるんだよ、メリー」
「宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンだって知ってる人は少ないわよ」
「……もう」
七十六
「そういえば、さっきの店員さん、メリーに似てなかった?」
「そぉかしら? あんまり見てなかったけど」
「髪が長くて金髪で、なんか妙に若作りしてたけど結構似てたわよ」
「妙な若作りってなんだか引っ掛かるわね」
「だからなんだってわけじゃないんだけどね。私にとってメリーは一人だけだよ」
「何人も居たら私は蓮子の知性を疑うわ。はい、ポッキーおかわり」
「ひょっとしてメリー、怒ってる?」
メリーは蓮子の返事に応えること無く、十数本のポッキーを咥えた。
七十七
「ありがとうございました。またお越しくださいませー」
カランカラン。
「ね、やっぱり似てたでしょ?」
「もうその話は良いでしょう。私は私!」
「あ、うん。……ごめん」
「……怒ってないわよ。だから謝らないで」
その存在を確かめるように、蓮子はメリーの背中に手を回し、精一杯のキスをした。
七十八
「夜に向けて買出しして帰ろう。冷蔵庫の中空っぽだし」
「お酒も無いしね」
「スーパーで良いわよね」
「そうね、蓮子は何か食べたいものある? んんっ!? にゃっ」
蓮子が食べたいもの、メリーには充分伝わった。
七十九
買い物カゴをぶらりと下げて、二人で楽しく店内を闊歩する。
「とはいえ、マウスだけじゃお腹は膨れず」
「ネズミを食べる変人だと思われるわよ」
「鼠肉も売ってるじゃない」
「合成肉だけどね。食べる?」
「遠慮したいところだわ」
「ちゅ。うん、この唇に良く似た触感は……鱚?」
「語感だけじゃない!」
八十
「あ、ちょっと私買い忘れ。並んでてメリー」
「はいはい、早くね」
蓮子は慌てて売り場に戻り、何かを掴むと買い物カゴに放り込む。
その視線の先に不穏な物体を見つけてメリーに文句を言う。
「あ、また私の嫌いなしいたけ入ってる!」
「だって蓮子いつも除けちゃうじゃない。嫌いなものも口移しで食べれば好きになるかもしれないわ」
「残念ながらそれはないよ、メリー」
私が好きなのはメリーであってしいたけじゃないんだから、と蓮子はメリーの頬にキス。
八十一
「ところで何買ったの? 会計終わったらすぐにカバンにしまっちゃったから気になるわ」
「ふっふっふ。帰ってからのお楽しみよ」
「んちゅ……教えてくれないの?」
「だーめ」
口付けは口を割らせるための手段ではないのだから。
八十二
世界が紫色に染まっている。昼と夜の境界。
終わりと始まりを連想させる、高貴な色。
「飛行機雲。もう消えちゃったわね」
「大丈夫よメリー。またきっと見られるわ」
終わらない物語はない、始まらないお話は無いのだから。
キスの音と共に夜が降りてくる。
八十三
「愛しの我が家ー」
「相変わらずセリフ間違ってるわよ」
「えぇ、だって週に最低七日は蓮子のアパートで暮らしているじゃない。もうこれは我が家と言っても差し支えないわよ」
「差支えあるわよ。元々一人暮らしで申告してるんだから、二人だって言われたら賃貸料に響くわ」
「そんな小さなこと?」
「私にとっては大きな問題なのよ。苦学生、宇佐見蓮子の受難」
ちなみに奨学特待生なので学費はタダである。
「食費、電気代、水道代、それに蓮子の下着のお金も私持ちなのに?」
「それには感謝してるわ。だけどね……」
玄関先でちゅっと音が響く。
同棲は魅力的だけど、通い妻という響きのほうが好きな蓮子だった。
八十四
「つまり蓮子は朝だよーって起こしに来てくれるメリーさんが良いってこと?」
「それも捨てがたいなってだけ。大体メリー、いつも私が起こしてるじゃない」
「だって一緒に寝るの楽しいんですもの」
「答えになってないよメリー」
メリーはえへへと笑い、蓮子に唇を重ねた。
言葉なんていらなかった。
八十五
結界を見る瞳が熱に浮かされている。
世界の真理を見破る瞳が潤んでいる。
長い長い沈黙の後、蓮子が顔を真っ赤にしながら慌てて言葉を紡ぐ。
「さ、さてと。ひ、秘封倶楽部の活動よ。メリー」
「さっきからしてるじゃないのよ」
八十六
「それで……あといくつくらい?」
メリーは指折り数えてキスのカウントを取る。
「えっと……多分十五回かな?」
「多分って」
「蓮子が寝ている間に無意識に私にキスしてなければ十五回ということですわ」
「ん」
「あと十四回ね」
八十七
「質より量って考えは嫌いだなぁ」
「あら、蓮子は質は追求してなかったわけ?」
私は常に最高の口付けを考えていたわよ、とメリー。
「やっぱり愛情が一番だと言う結論にたどり着きました。んー」
再びメリーの舌の侵入を許し、蓮子は耐え切れずその場にペタリと座り込んだ。
八十八
メリーはかさりとビニール袋を漁り、一冊の本を取り出した。
「一から始める情熱のキス」
「は、ハウトゥ本……!? 今時のスーパーってこんなものまで売ってるんだ……」
キスのHowto本。何故か表紙は女の子同士。
「だから、あんなに……」
上手だったのね、という言葉を蓮子は飲み込んだ。メリーはまだこの本を読んでいないのだ。
経験の差がなせる技なら同じだけ回数をこなしている自分だって最高のキスができるはずなのだ。
「ちゅっ」
今度は蓮子がメリーの唇を奪った。
八十九
「ねぇ、メリー。私って上手い?」
「主語が無いからわからないわぁ。くすくす」
メリーは服の袖で口元を拭い、にやけた顔で蓮子を見つめている。
「うぅ~……」
「うふふ。冗談よ、蓮子」
「ちゅっ」
九十
「技術ではなくて愛情。蓮子のキスはね、とっても想いが篭ってる」
だから好きよとメリーが言う。
「メリーだってぇ」
好きという言葉だけでは物足りない。信じてるという言葉だけでは不安。
確かなぬくもりを肌で感じて、確かな存在に口付けする。
九十一
「いい加減おゆはん作らないと。ねぇ蓮子」
「いつまでもこうしていたいな」
「いつまでも玄関先に居るわけにはいかないでしょう」
メリーは足でビニール袋を蹴飛ばした。冷蔵庫に入れないと傷んでしまうと言っているのだ。
「じゃあもう一回だけー」
「蓮子って結構甘えん坊よね」
「ちゅー」
九十二
「エプロンって何で魅力的なんだろうね、メリー」
「家庭の象徴だからよ」
「思わず後ろからこうやって手を回したくなっちゃう」
「危ないわよ。私今包丁もっているんだから」
メリーの肩に顎を乗せ、頬擦りをすると耳たぶに口付けする。
「ちゅ」
包丁を持つ手が震えていた。
九十三
「あー! やっぱりしいたけ出てるじゃない!」
「しいたけの蜂蜜味噌焼きー。茸の中では一番美味しいわよ」
「そんなことないわっ!」
「もぐ……」
メリーはしいたけの味噌焼を頬張ると蓮子に口移しする。
「んっ!?」
「ぷぁ……」
「どうかしら? 私の手料理、口移しー」
「……不味くなかった」
美味しかった、とは意地でも言えない蓮子。
「うふふ。お粗末様です」
九十四
「今夜は満月ね」
蓮子は寝転んでベランダの窓から降りそそぐ月の光を浴びていた。
「どうしたの、ぼんやり月を見上げちゃって」
「22時18分24秒、25、26……。メリー。もう一度、月を目指してみない?」
「月面旅行、ねぇ」
「今度こそ私達の足跡を月面に残すのよ」
「お金があればね」
「きっと他の方法でメリーを月まで連れて行ってあげるわよ」
蓮子はよいしょっと起き上がるとメリーに誓いのキスをした。
「ん……待ってる」
九十五
「そうそう。さっきスーパーでね、蓮子が居ない間に買っちゃった」
紙袋をカサリと鳴らせてメリーはリップクリームを取り出した。
「あ……、ブルーベリー」
「そ。大好きなブルーベリー。ねぇ蓮子。目を閉じて」
「うん」
蓮子の柔らかい唇をちゅっと奪うとメリーは優しくリップクリームをひいた。
九十六
「あれ……。紫色じゃないのね」
蓮子は鏡を見て呟いた。
「色は無色だけど香りと味はブルーベリーでしょう」
「うん。甘酸っぱい味がする」
「ちょ、ちょっと蓮子! 私が味わうのよ!」
「んぐっ」
九十七
「せっかくつけたのに、全部メリーに舐めとられちゃったじゃない」
「ご馳走様でした」
「お粗末様。って何かおかしいわね」
「次は素の蓮子を味わいたいわ」
「眼光が鋭すぎるよメリー」
「いただきまーす」
九十八
「ぇっ?」
メリーは目をパチクリさせて蓮子を見つめた。
「私が好きなのはストロベリーだからね」
唇を僅かに苺色に染めたメリー。蓮子の手に握られたリップクリームがその答えを物語っていた。
二人とも同じことを考えていたのだ。
九十八回目のキスは苺の味がした。
九十九
「で、こうするとミックスベリーよね」
「んちゅ」
キスは身も心も、魂の底から繋がろうとする行為。
宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンが居ないと宇佐見蓮子たり得ない。
マエリベリー・ハーンは宇佐見蓮子が居ないとマエリベリー・ハーンではなかった。
お互いが、お互いを補い合って初めて成立するオカルトサークル。
この冥い街を駆けるのは、少女と少女の秘封倶楽部。
百
月のカーテンが二人を包み込んでいる。
満月の下、二人は改めて向かい合う。
時刻は23時59分。
メリーの瞳には今までに見たこと無いような結界が映っていた。
「コレでおしまいだね」
「くすっ。終わるんじゃないわ。これから始まるのよ」
「そっか。そうだよね、メリー。……何が起こっても、傍に居るよ」
「私もよ」
九十九を越えたその先、遥かな古の伝承、百物語。
伸びる影が重なる瞬間、蓮子はカチリ、と世界の変わる音を聞いた――。
-終-
ちゅっちゅ! ちゅっちゅ! ちくしょうこの秘封めちゅっちゅ!
八、二十五、三十一、六十一、七十四、九十四が特に好きですちゅっちゅ
ちゅっちゅ!
ああもう!
>三十三 マエリベリー・宇佐見ならどこもおかしくはない。
100×100で10000を投じたいですが、上限があるのでこの点数で
百回のキスを飽きることなく楽しめましたちゅっちゅ
ちゅっちゅすぎる。
九十四が特にお気に入りです。
この距離感こそがちゅっちゅ。
百の傍に居るっていうセリフが素敵でした。
ちゅっちゅ!
ちゅっちゅ!
>秘封倶楽部の二人それを現代に復活させようと目論んでいたのだ。
秘封倶楽部の二人は、かな
>「桜の花びらしか食べてないれど」
食べてないけれど
非常にごちそうさまでした。
終始にやにやが止らない!
というかあんたらは人目を構わずいたる所で何やってますかw
蓮メリちゅっちゅ!
少し物足りない気がしましたが、健康の為には腹八分がいいと言いますしね
100点じゃたりないよう。
とりあえず、ちゅっちゅ。
ちゅっちゅっちゅーのちゅっちゅっちゅですよ!
キーボードが砂糖でべたべただぜ
秘封ちゅっちゅで世界と私が救われました
沙月さんGJ!
100個も作れるあなたの秘封愛は本物です。
そしてssが面白い物語として成立する辺りに凄みを感じました
この胸の鼓動の名前を教えてよ!→萌え
すっごく良かったです、凄いって字がゲシュタルトに良かったです!
所で秘宝と輝夜の続きが読みたいです。
謝罪と賠償を要求します!
簡易評価で50点入れてたので無評価で