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「気に入らないわねえ、あの仔」
私の主人は嫌な笑顔で、右の口端を極端に吊り上げた笑顔で、私にそんなことを言った。
「私を見てもビクつくばかり。全く、返事もしやしない」
つり上がった口端に押されて、右の眼がきゅっ、と縮まる。
「ねえ?どうしてくれようかしら」
おぞましい。そう形容するほか無い。もとが絶世の美貌であるからか、その醜悪なまでの表情からは、言い様の無い圧力を感じる。
「あの仔、お仕置きしてあげようかしら?」
その視線は針よりも鋭く、強い。紫色の相貌が、私を捕らえて逃がさない。
「あの仔の意識、私が矯正してあげる」
静かに、言い放つ。
「そうしましょう?だって、今のあの仔じゃ、全く使い物にならないもの。だから、ねえ?私が、あの仔を最高の式にしてあげる。素晴らしいじゃない。主人の命令に絶対服従。そう、例え自滅であっても受け入れる様な、自意識の無い、式で成された、私の式の式に、貴方の式に」
ぴったりでしょう?、と、
心の奥底を、覗き込むように、
「そうしてあげれば、貴方もあの仔も、シアワセになれるわよ?」
その声は、私にとって天からのそれに等しい。この方の式である私には。
だが。
「ご冗談を」
私はそれに逆らって、天に喰らいつく。
「……ふうん?」
――出来ないとでも思っているの?
紫色の水晶から、想いを汲み取る。しかし、それこそ冗談だ。
この方に不可能なことなど、私は知らない。在ったとしても、きっと私の理解できる限界を超えているだろう。
――でも、
――しかし、
――それでも、
この方は、
手元に視線を落とす。
「紫さまは、優しいですから」
視線を戻すと、紫様は頬杖をついておられた。
先刻までの鉛の様な雰囲気は、すっかり消え失せている。
「本心ですよ」
そう、声を掛ける。
紫様はそっぽを向いて、ふんっ、と鼻を鳴らした。
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『氷精と妖精の話』
「ねえチルノちゃん」
「ん?何、大ちゃん」
「初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「……ん?ん~っ、うん?」
……忘れたんだね。
「いや、忘れてないからね?ただちょっとネジに頭が引っ掛かっているだけで」
「どこで覚えたの、そんな表現」
「魔理沙」
「……やっぱり」
はぁ、とため息をつく。この子は、いつもそうだ。頭が良いのか悪いのかすら分からない程に奇妙なことを言って、それで誤魔化してくる。わざとではないのだろう、多分。確信犯だとしたら、それはそれで凄いと思う。
まあ、と私は一言、声を漏らす。
彼女が次に言うことは、もう分かっているから。
「そんなことより、遊ぼう!」
ねっ!、と彼女は言った。他の誰も気にせず、他の何にも頓着せず、ただ小さかっただけの私に声を掛けてきたときと同じ様に。
本当に、この子は、いつも、
最初から、そうだった。
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『歴史喰いの半獣と死ねない焼き鳥の話』
私にとって藤原妹紅という人間は、非常に重要な存在と言える。
彼女が居たから、今の私が居る。今、ここに居る。
彼女と初めて会ったのは、幻想郷に来る前だった。
といっても、その記憶は鮮明ではない。
何故なら私はまだほんの生まれたての子供だったし、そのころの彼女は、私に全く構ってくれなかったのだ。そんな猶予は無い、もっと早くもっと遠くと、国中を駈けずり回っていた。私はそれに、ただただ付いて行った。
彼女はその頃から死ねなかった。死ねない彼女に着いて行ったお陰で、私は何度でも死にそうになった。ある時など、見果てるほど高い崖の下に降りようと言ってきた。まず彼女が落ちて、復活した後に私が落ちる。そうすれば彼女が私を受け止められる、というのだが、全力で拒否した。実のところ、すでに二、三回同じ手を使ったことがあるのだが、それは私が本当に、本当に小さかった時の話だ。既に人間の七、八歳の少女と等しい体躯を持っていた私を受け止めたのでは、どちらも無事では済まない。彼女はしばらく不満そうな顔をしていたが、やがて諦めた様に別の道を降りはじめた。
彼女は別に、常に仏頂面というわけではなく、むしろ笑顔を見せることも多かった。しかし、その下に拭いきれないほどの憎しみが詰まっていることを、私は長旅の共で知っていた。
蓬莱山、輝夜。
彼女が憎んでいる相手だ。といってもその名前を知ったのは、私も彼女も、大分後のことだが。彼女は何も教えてくれなかったし、寝言などで呟いていたのも、「かぐや」の三文字だけだった。
寝言といえば、彼女が寝言を呟くとき。その声は、何時も格好良い彼女からすれば驚くほど無邪気で、可愛らしかった。そんな声で「かぐや」と呟いているのを聞いては、まるで想い人の様ではないかと思うのだが、その後に続くのが「……殺す」では、千年の恋も消し飛ぶか。
そんな時私は、理解できないなぁ、とため息をついて、彼女を見つめて、不意にその「歴史」を見てしまうことがあった。今より妖力が無かった頃、それが見えるのは極たまに、満月の時くらいだったのだが。それは巻物状になっていて、持ち主に蔦の様に絡みついていて、時折その中身を私に開示してくるのだが、彼女のそれはある点で特異だった。普通の人と違って、ああ、これが永遠か、と絶望したくなるような、巻物、でもなく、蔦、でもなく、吹けば揺れて飛ばされ蹴散らされ、掴めば折れる暇もなく消えてしまいそうな、永遠に続く、細い、砂糖で出来た紐の様な、飴細工。それは彼女が弱い、という訳ではなく、直ぐに消えてしまう、という訳では勿論なく、ただ彼女の歴史はどうしようもなく、彼女にとってそれは否定しようもなく、純粋に無価値なものだと自己主張していて、そんなものを目にした私は、幼い私は、涙がどうしても止まらなかったのを覚えている。
彼女の顔に、絶望の文字が浮かび始めたのは、全国を一周してしまった頃だ。
そう、驚くべきことに、彼女は、そして私は、徒歩でほぼ全ての道を制覇してしまったのだ。何十年もかけて。そして、彼女が求める姫のことは、何処に行っても聞こえなかった。
その頃の彼女は、私が見てきた中で、最も荒んでいた。彼女は死ねない体なのを良いことに、自分の体のいたる所を傷つけていた。朝起きて彼女が居ないと思ったら、蚊帳の外で串刺しになっていた。自分で竹を斜めに切って立てて、そこに飛び込んだのだろう。彼女を竹から引っこ抜くのは、ようやっと15歳ほどの体躯を持った私にとって、かなりの重労働だった。
私は、その行為を、やめて、とは言わなかった。彼女の心中を察する、などという話ではない。最早それは私にとって日常で、彼女にとっては、異常が正常であることなど頓着すべき問題ではなかったのだろう。ただ、衝動的に、そうしたかったから、そうしたのだと思う。彼女のなかで、「かぐや」の次の次くらいには、死への羨望があったに違いないから。
……もっともそれは以前には見られなかった行動で、彼女が追い詰められていたということを、明確に示してはいたけれど。
そして限界にきていたのは、私も同じだった。
半獣として生を受けた私は、半分は人間と同じく存在し、半分は聖獣として成立していた。聖獣と言えば聞こえは良いが、要するに妖怪と等しい。その存在が、人々のココロによるという点から見れば。
全国一周を成し遂げたあたりで、私は妖力――なのだろうか、とにかくチカラが抜けていく感覚に襲われていた。最初はなんてことは無いと思っていたのだが、そのうち無視できないほどになった。それはまるで、自分が暗い闇の底へ重力に引き摺られて落ちて行く様で、実際その通りだった。私は遂に、一歩も動けないまでに衰弱してしまった。竹林の中だった。
普通だったら大変なところで倒れてしまったと思うだろうが、私はむしろ安心していた。人間がもう妖怪を想っていない今となっては、下手に人里に近い方が面倒が起こる。もう満月が近い。私の頭に生えた角を見られるのは、御免だった。
それに、ああ、ここは死に場所にしても悪くない――
見ていてあげるよ、と彼女は言った。その頭の向こうに、満月が見える。
私は、ありがとう、と答えて、彼女の膝の上に横になった。もう、指の一本も動かしたくない程に疲れ切っていた。
色々なことがあったね、と彼女は言って、ああ、と私は返した。
初めて会ったのは、何年前だっけ?―――私に言われてもな、うん、私の年齢と同じだろう―――それもそうか……あれ、今何歳?―――乙女に年齢を聞くのは最低の礼儀知らずだと思うぞ―――はは、ごめんごめん。でも、そろそろ100の大台に乗った頃じゃないの?―――……まあ、そうだなあ―――ほんとにねえ、こんなに小さいのにねえ―――五月蝿い、既に700は過ぎたお前が言うか?―――あ、酷い、褒めてよね?若作りって大変なんだよ、人間にとっては。変な薬でも飲まなきゃやってらんないくらいに―――ああ、蓬莱の薬、か―――欲しい?―――いらない、かな―――何で?―――だって―――
永遠の歴史なんて、見ていて楽しくないんだもの。
彼女はそれを聞いて、笑った。そして、泣いた。
それを視界に納めて、彼女が泣くのを見るのは、もしかして初めてなんじゃないかと気付いて、でももう二度と見る機会はないんだろう、と理解して、
私の意識は落っこちて――
――いらっしゃい。
――境界線を、越えた。
私は、竹林に居た。妹紅も居た。一瞬、変に息を吹き返してしまったか、と思って、じゃあ直ぐに死ぬな、と思って、そして、違うよ、という妹紅の声に起こされた。
そのときに自分が発した、えっ、という声の間抜けさを、私は一生忘れないだろう。
体が、軽かった。空も飛べそうだった。実際飛べた。吃驚した。
それを見て妹紅は笑った。いつもよりも声が大きかった。
私たちは、境界を越えた、向こう側に来ていた。
それから先のことは、特に書くべきもなく、ただ今ある状態になったというだけである。
妹紅にとって重大なことと言えば、そう、蓬莱山輝夜を見つけたことだろう。しかも、それは私たちが幻想郷に来て、一番最初に出会った人物だった。
そのときのことは、また、別の機会に話そうと思う。
そして、私にとって一番重大なことは、彼女の、藤原妹紅の歴史が、幻想郷に来たときから、普通の人と変わらない形になったこと。今では、彼女の周りは、楽しげな歴史が一杯に舞っている。このことを彼女に話したら、どんなんなの?と聞かれたので、飴細工が金太郎飴になった、と答えたら、なんとも微妙な顔をされた。一気に可愛げが無くなった、らしい。結構良い例えだと思ったのだが。
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『地の底のオソロシイ妖怪とただの人間の話』
初めまして……ああ、言葉は喋らなくていいですよ。読心術を嗜んでますので。
……はい?読心術って……人間にできるものなんですか、そんなの?
ええ、できます。といっても大したものでもないんですけど。小さな仕草とかを見逃さなければ、出来る人には出来ますよ。
はあ……分かりました。それはそれで楽ですしね。良いでしょう。
あ、でも出来ればこっちに視線を向けていて欲しいですかね。そうでないと、正確なことは読み取れないので。
「目は口ほどにものを言い」ということですか、なるほど。じー……。
………。
………?
いえ、ロリい少女にこんなに熱心に見つめられる日が来るとは思っていませんでした。いいものですねぇ、眼福眼福。
……すみません、殴っても?
止めてください、流石にマゾの気はありませんので。
全く……で、本日のご用件は、書物編纂用の資料集め、で宜しいのですね?
はい。資料というか、むしろ貴女にお話を伺いに来たのですけどね。
なるほど、インタビュー形式ということですか。
ええ、対談方式で資料を集めます。
微妙に噛み合いませんね……執筆はどなたが?
えー……あ、執筆ですか、はい、私です。私個人で書いているものなので、まあ一種の同人誌ですね。
同人誌?
分かりませんか。なら良いです。
?
それはともかく。これは同人――個人誌とは言え、一応幻想郷の歴史に関する本。一般大衆の殆どはこの本を読んで、あなた方妖怪のことを知るわけです。ですから、そこは真実のみを載せるべきなのでしょうが、実際のところは結構融通を利かせています。
……なるほど。その載せられる本人からの要請があれば、いくらか内容に手を加えると。
ん?よく分かりましたね……まだ思っていないんですけど。
ええ、今、少しずつですけど、貴女の心、覗かせてもらってます。
え、いやん。
なんですかその反応。
私のあんなことやこんなことが今明らかに……!!くう、この変態さんめえ、その情報、天狗に幾らで売るつもりだッ!?
は?
ああ、こんな酷いことがあるのかしら?未だ花の十台に差し掛かったばかりの幼気な少女を捕まえて、その裸のココロを新聞で全国配布しようだなんて……この鬼畜!外道!何ということでしょう、私は大変なところに来てしまいました……!!
……とりあえず、売る気はありませんよ。というか貴女、楽しんでいるでしょう。
やっぱり分かります?
ええ、当然。
閑話休題、話を元に戻しましょう。それで、どうします?
そうですねえ……できることなら、地霊殿の妖怪たちも、危険度を極高にしてくれますか?
んー……っと?すみません、今極高って言いました?
え?はい。
どうも。いや、読心術って言ってもまだまだですね。こういう簡単な二択ほど分かり難いです。
なら普通に声に出せば良いんじゃないですか?
声を出したら負けかな、って思っている。
なんですかそれ。
まあいいです。で、何故?
簡単なことです。下手な観光気分で来られたら、ペットが喜ぶだけですから。
んー、つまり死体が増えて美味しいと。成る程。
というか、貴女も危険なんですよ?道中は護衛が居るからと言って、地霊殿内で襲われない保障はどこにも無いんですから。
そこはまあ、愛と勇気がなんとかしてくれるのがお約束ですし。
手提げカバンの中にお札、ですか、なるほど。
む……ええ、霊夢から貰いました。結構強力なのを。試しに使って見たら半径5200cm程が吹き飛びました。
……突っ込みませんよ。ああもう、さっきから話が脱線ばかりして進みませんね。昔を思い出します。
ふい?昔、ですか?
ええ、昔、妹が眼を開いていたころを。
えーっと……他のサトリ妖怪が居た頃ですか?
はい?
うん?
あ、なるほど「妹のことなんですが」
……うわ吃驚した。いきなり声出さないで下さいよ、で、妹さん……といえば、ああ、こいしさんですか。あー、これは迂闊だった。すっかり忘れていました。成る程成る程、そういうことですか。つまりアレですね、妹さんとの会話もこんな感じに脱線していったんですね?
ええ。あの子の頭の中は、貴女に負けず劣らず混沌を極めていましたから。覗いていて楽しいには楽しいんですけど、こっちも酔ってしまって、ついムキになって想い返して、そのうち最初に何を伝えたかったのか忘れてしまったりとか。
っちょ、待って下さい。長文は止めて長文は。読みきれませんから。
あら、これは失礼。つまり、貴女は妹に似ていますね、と。
………。
………?
お姉さま、とお呼びしても宜しいですか?
すみません、蹴り飛ばしても?
あら酷いですわお姉さま。
全く……。兎に角、本当に久しぶりですよ。こいしが眼を閉じてからは、私の心の声を聞く人は誰もいませんでしたからね。ペットたちはむしろ声に出さないと分からないし……。
あ、そうだ。一つ聞きたいことがあったんですけど。
何か?
えっと、サトリ妖怪の第三の目って、どれくらい人のココロを読めるものなんですか?人の心の奥底にあるトラウマまで引っ張り出されるって、霊夢が言っていたんですけど。でも今はそれほどココロを読まれている気がしない。
なるほど。……今は丁度、薄目を開けて見ている状態ですから。第三の眼を全開にしてしまうと、相手の心を読みすぎてしまって気持ちが悪くなるんですよ。そうすると記憶でも何でもわかるんですけどねぇ。
ああまた……長文自重してください。つまり今は本気じゃないと。
ええ。本気を出せば、色々なことが出来ますよ。単にココロを読むだけじゃなく、本人が意識していない深層意識まで覗き込んだり、逆に意識を相手に送りつけたり、記憶をぶっとばしたり。
なんでか分かりませんが、『ぶっとばす』のところだけは良く理解できました。というか、多機能ですねぇ……サトリ妖怪って。
まあ、伊達に地底に封印されていませんよ。
………。
………?
こんなに小さいのにねえ……。
すみません、投げ飛ばしても?
か弱い人間の小娘としては断固として拒否させていただきます。
はあ……あ、そうです。私の方からも一つ質問が。
はい?
その読心術ですが、一体何時から覚えているんですか?貴女の暫くの記憶を辿ってみたのですが、それを覚えたという記憶が無いんですよね。
あ、これですか。阿礼……初代が覚えていました。どうでも良いことばかり受け継がれるのが、稗田の特徴でして。
え……?
え、って……あー、なるほど、知りませんね?
へ、え、え?何、あれ?
ふふふ……もしかして、ですけど、記憶の量が多いことに、戸惑っていません?
あ……そうですね。なんでこんなに多いんですか?変ですよね?貴女まだ十歳かそこらですよね?
ああ……困惑顔の幼女っていいですねぇ……。
ちょ、何考えてんですか、……え、でも……。
さて、私はそろそろお暇させて頂きます。今日は余り収穫もないですし、また近いうちに。
だからそんなに気軽に地霊殿に近づいては……あ、あれえ?
これから末永く、いぢめて差し上げますよ。大丈夫です、求聞持はこういう、楽しいことだけは忘れないですから。
え……ちょ、待っ……。
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『ツンデレな賢者と小さな猫の話 その後』
「らーん?」
主人から呼ばれて、顔を上げる。
「手が止まってるわよ?」
あ、と気付いて慌てて動かす。
先ほどのことを考えていて、つい止まってしまった。
「全く……」
呆れ顔をした主人の顔を盗み見る。
先ほどまで異常な殺気を見せていた妖怪とはとても思えない。
優しげで、穏やかな顔だった。
この主人のことを、私は「素直じゃない性格」だと思っている。
なまじ力が強いから、能力が強すぎるから、素直になることに、抵抗を感じてしまう。大体力が強い連中というのは同じ傾向があるようだが、素直になってしまうと、周りにかける影響が甚大ではないか、と危惧してしまうのだろう。実際、素直になられては困るのも確かだ。
それでも、私に対してこの表情を見せてくれるというのは、信頼されている証拠なのだろうか――
「藍」
また声を掛けられる。
「馬鹿なこと考えてないで、とっととお夕飯作っちゃいなさい」
私は苦笑して、目の前の油揚げを切り刻む。
「で、今夜のお夕飯は何なの?」
私は答える。
「スパゲッティと、アジの開きと、炒飯と、コーンポタージュと、杏仁豆腐です……冗談ですよ」
主人の右目がきゅきゅきゅっ、と狭まるのを見て、慌てて付け足す。紫様は一瞬私を睨んで、直ぐにその空気を霧散させて、廊下の方に眼を向けられた。
「………」
どうされました、とは聞かない。私にも、分かっている。
足音がする
廊下の向こうから、もう一人の家族が走ってくる。
「……廊下は走らないように、言いつけなきゃね」
私は頬を緩ませて、丁度炊けたご飯を、三人分の茶碗に盛り始めた。
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ごちそうさまでした。
良い味でした。
つまり何が言いたいかっつーと、この作品は素晴らしい。