紅魔館の地下に存在する図書館は広大だ。
古今東西、ありとあらゆる書物が混在し、魔道書はもちろんのこと、中には参考書やら漫画やら小説やらが所狭しと並んでいる。
そんなわけで、この図書館に訪れる人物は意外と多い。
この紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットもその一人である。
基本的に自室に居ることの多いフランだが、その暇をつぶすのがもっぱら書物だ。
小説、魔道書、時には漫画と、彼女の暇つぶしにはもってこいだったのである。
今日も彼女は暇つぶしのために、いくつかの本を自室に持っていこうと品定めをしていた彼女の目に、ふと気になる書物が目に付いた。
豪奢な装丁の黒い本。それが妙に気になって、フランは半ば吸い込まれるようにその本に手を伸ばす。
それなりの厚さがある本の題名を確認するように、彼女は表紙を上に向け。
―――小悪魔取扱説明書―――
ツッコミどころ満載のその名前に、フランは思わずぴたりと硬直した。
目を凝らすように眉を寄せ、ごしごしと眼をこすってもう一度表紙に目を通す。
小悪魔取扱説明書。何度見直してみても、何度目をこすって見ても、その素っ頓狂な拍子は変わらない。
「あ、まだ残ってたんだそれ」
「ほわぁっ!!?」
後ろから……というより、むしろすぐ耳元で聞こえたその声に心臓が飛び上がりそうになったフランは、情けない声を上げてビクッと身を竦ませた。
後ろの人物から距離をとるように体を反転して逃げようとするのだが、残念ながらその場所は本棚で塞がれていて逃げ道はない。
そんな彼女の様子が可笑しかったのか、声をかけたワインレッドの髪の少女はクスクスと苦笑した。
「こ、小悪魔!? 何でここに!!?」
「何でも何も、私の仕事場はここですよ? 今はパチュリー様もお嬢様とテラスで紅茶を楽しんでいらっしゃいますし、丁度休憩中なんですよ、私」
実にもっともらしいことを言う彼女に、フランはそりゃそうだよねと内心で納得する。
今も持っている意味不明な書物の影響もあるのだろうが、彼女の登場で予想外に混乱してしまったらしい。
いつもいつも、気配もなくふらりと現れるのだから心臓に悪いったらありゃしない。
時々、コイツを司書にしておくのってものすごくもったいない気がしてくるのだが、そこはそれ。
彼女はあくまでパチュリーの使い魔である。小悪魔の役職はパチュリーの気持ちしだいだろう。
一方、うろたえるフランを視界に納め、小悪魔は愉快そうにニマァと笑う。
あぁ、やばい。あの表情は何か悪戯を考え付いたときの表情だと悟ったフランだったが、残念ながら逃げ道は何処にもない。
小悪魔はぴんっと人差し指を立て、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。
この人の良さそうな笑みこそが、心底油断ならない表情というのは、まさに小悪魔といったところではあるが、それはさておき。
「妹様、その本の内容、気になりません?」
「え、いや気になるって言えば気になるけど、この本なんなの?」
「表紙の通りですよ。私の取扱説明書です」
胡散臭い。心底胡散臭い。ものごっつい胡散臭い。電話の先で「あ、婆ちゃん。オレオレ」とか言ってくる奴並に胡散臭い。
ニコニコ笑顔でとてもかわいらしいのだけれど、その笑顔が心底信用できないとはこれいかに。
しかし、彼女の言うとおり気になるのも事実なのだ。
この素っ頓狂な書物の中身がどうなっているのか、非常に興味が湧いてしまって、一度気になるとどうしても中身を見てみたくなってしまう。
「えっと、見ていいの?」
「もちろんですとも。ささ、あちらにテーブルがありますから、そちらでゆっくり読みましょう」
「うん、……そうね、そうするわ」
正直、小悪魔のあの嫌な笑顔が気になったが、興味のほうが勝って彼女の提案になることにした。
二人で一緒に備え付けられたテーブルに向かい、フランは椅子に座ってあらためて本の表紙に視線を向ける。
「それじゃ、ごゆっくり。私は紅茶を淹れてきますね」
「うん、ありがと」
やんわりとした言葉に、フランは礼を言って表紙を開いた。
こうやって、自然と他人を気遣ったり出来るのはある意味小悪魔らしいといえばらしいのだが……どうしてあんなに悪戯好きになってしまったのやら。
遠ざかる足音を聞きながら、考えても詮無きことと判断したのか肩をすくめるようにため息をついた。
○初めに○
本書をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
使い魔として小悪魔を召喚したあなた様に、まずはこの取扱説明書を読んでいただきたいと思います。
……本当だった。思いっきり丁寧な言葉で注意事項が書いてあったのを見て、フランはあんぐりと口をあけてしまう。
そんなときに、小悪魔が戻ってきて彼女のそばに紅茶を置いたのだが、それに気がついた様子もない。
あぁ、そういえばパチュリー様も最初はこうだったなぁと思いながら、小悪魔はくすくす笑ってフランの隣に腰掛けた。
一方、フランはぶんぶんと首をふり、先の内容が気になってページを捲り、本の内容を読み進めて行く。
まず、初めにコレだけは申しておきたいと思います。
私どもの小悪魔は70%が思いやりで出来ています。
「ダウト」
即答だった。
「わーお、妹様ってば酷い。私、いじけちゃいますよ?」
「あなたの何処に思いやりがあるのかものすごく問いただしたいんだけど?」
ちっともいじけた風に聞こえない小悪魔の言葉に、フランはジト眼で言葉を返す。
それを気にした風もなく、彼女はけらけらと楽しそうに笑う。
ため息をひとつつき、これ以上問答してもしょうがないと視線を本に移す。
そしてその100%が悪戯として表現されます。
彼女なりの愛情表現ですので、怒らないであげてくださいね?
「超迷惑!!?」
「え、そうですか?」
「何故不思議そうなのかがわからないよ!!?」
迷惑極まりなかった。しかも、本人に本当に自覚がなさそうなのが恐ろしい。
それが演技なのか、それとも本当に自覚がないのか、どっちにしても性質が悪いことに変わりはないのかもしれないが、それはさておき。
昨今、使い魔というものを勘違いしている人がとても多いです。
使い魔として呼び出したからといって、エッチなことを強要したりする召喚者が非常に多いことは、誠に残念です。
あなた様がそういう人物でないことを祈ります。もしそうだった場合―――殺しますよ。
「物騒極まりないんだけど!? いや、わかるけどね!?」
「いやはや、パチュリーさまで良かったって心底思ってますよ、私」
「……本当にね」
ため息が自然とこぼれ出る。
果たして、この書物をこのまま読み進めていいのかどうか、心底不安になってきた。
なんだか、このまま読み進めていると呪われそうな気がしてきたのである。
予想以上に内容がぶっ飛んでいる。
ですが、全うな関係を築いたというのであれば、その限りではありません。
当人たちで納得し、お互いを認め合い、愛し合うことが出来るようになったのなら、それは皆さんの自由ということになります。
私としては、そういう関係になった子達を良く知っているので、「子供が生まれました」と報告が入るたびに一喜一憂する思いです。
恋愛っていいですよね。子供って可愛いです。かくいう私も可愛い子供達が居るのですが―――
「お母さん?」
「いえ、魔界の神様です」
「世帯くさいね魔界の神様!!? なんだかもう主婦の世間話みたいになってるよ!!?」
まさかの爆弾発言の投下に、フランが驚いて大声を出してしまう。
それも仕方があるまい。だって、まさかの神様である。しかも恐ろしく所帯じみた神様だし。
そんな彼女の心を見透かすように、小悪魔はにっこりと笑って一言。
「たくましい人ですから」
「意味わかんないよ!!?」
小悪魔だって生きています。怒りもすれば喜びもしますし、もちろん恋愛だってしちゃいます。
ですので、彼女を召喚したあなた様が、彼女とより良い関係を築けることを心より願っております。
では、これから彼女についての様々な説明を行うわけですが―――
神綺様、こんなところに居たんですか!?
げぇ、夢子ちゃん!!?
こんなところで油売ってないで仕事してください。どれだけ書類がたまってると思ってるんですか!
ま、まって! 私今仕事中!! 小悪魔取扱説明書製作中なの!! 待ってってば、アホ毛引っ張らないでぇ~!!
「……ねぇ、なにこのやり取り。何でこんなのまで文字にしちゃったの」
「あ、魔界の神様特有の技術でして、音声入力で書物を作れちゃうんです」
「無駄にハイテク!!? ていうか魔界の神様って立場弱っ!!?」
ちょっと神様に同情してしまうフランであった。
ぺらぺらとページを捲るのだが、その間は全部白紙。大体百ページほど捲った頃だろうか、ようやく文字が復帰する。
やっと開放されたらしい。書体から疲れがにじみ出ているような気がした。
……コホン。えーと、お見苦しいやり取りをお見せしちゃいましたね。
あ、小悪魔ちゃんのスリーサイズは秘密です。聞きたかったら、彼女と仲良くなって聞いてくださいな。
あー、私の子供の一人が幻想郷に住んでるんだけど、今頃どうしてるのかなぁ。
今はどのくらい成長したのかなぁ。もう背は追い抜かれちゃったかなぁ。
もう聞いてよ! 夢子ちゃんってば私が出て行こうとすると、いっつも止めるのよ! 愛娘に会うのを邪魔するのよ!!?
今この本を読んでくれてる人、酷いと思わない!!?
「とうとう愚痴りだしたよ。ものすごく姑に娘を取られた母親の愚痴だもんこれ。神様の威厳ゼロだよ」
「そこが魔界の神様のいいところですよ。かわいらしいでしょ?」
「かわいらしいかもしれないけど神様としては駄目だよね? もうこれ取扱説明書になってないもん」
ツッコミどころ満載の内容に、フランは冷や汗流しながら言葉を紡ぐ。
そんな彼女の感想にクスクスと苦笑を零しながら、小悪魔はおもむろに席を立った。
んーっと、固まった関節を伸ばすように背筋を伸ばす彼女を尻目に、フランは次のページをめくる。
さて、次に語るべきことは自爆スイッチについてですが―――
噴出した。思いっきり噴出して我が目を疑った。
そんな馬鹿なと頭をふり、思わず小悪魔に視線を向けて……愕然とした。
あった。真っ赤で艶やかそうな、丸くてプッシュされることを待ち望んでいるかのように、小悪魔の背中、羽の間にボタンがあった。
まさか、いやしかし、でもまさか。
頭の中をぐるぐると否定の言葉が回り、その否定の言葉が否定の言葉で塗りつぶされる悪循環。
きらきらと輝いているように見えるその魔性の輝き、赤く丸いあんちきしょうは今も押されることを待ち望んでいた。
レッツプッシュ!! そんな叫びすら聞こえて聞そうな錯覚。いや、フランの耳にはすでに「カモン!!」と高らかに叫ぶスイッチが見えていた。
彼女は知らないだろう。それがスイッチ自身が持つ魔性の魔力であることを。
そして彼女はその魔力にとらわれていることにも、終ぞ気付かぬままに緩やかに、恐る恐る手を伸ばす。
その時、彼女は操られていたのだ。そのスイッチの未知なる魔性。見かけるとつい押したくなるという深層心理に働きかける恐るべき力に。
そうして、フランは固唾を呑み、スイッチを―――
その日、幻想郷に巨大なきのこ雲が立ち上った。
▼
さて、次に語るべきことは自爆スイッチについてですが―――もちろん、そんなものはありません。
ですが、これを読む際には小悪魔の居ないところで呼んでください。
彼女のことです。コレを読んでいるときにこのページを見れば、それに関連した悪戯を仕掛けてくることでしょう。
……あれ、これって最初に注意しなくちゃいけないんじゃないかな?
と、とにかくお気をつけください! 彼女は悪戯に命を賭けるほど悪戯が大好きの困ったちゃんです!
コホン。
では次に、彼女の髪の毛を地面に植えると手乗りサイズの小悪魔が生まれる現象についてですが、収穫する際は出ている花を引き抜いてください。
まず赤い花の子が力持ちで―――
―――「小悪魔取扱説明書」 著・神綺 より一部抜粋。
古今東西、ありとあらゆる書物が混在し、魔道書はもちろんのこと、中には参考書やら漫画やら小説やらが所狭しと並んでいる。
そんなわけで、この図書館に訪れる人物は意外と多い。
この紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットもその一人である。
基本的に自室に居ることの多いフランだが、その暇をつぶすのがもっぱら書物だ。
小説、魔道書、時には漫画と、彼女の暇つぶしにはもってこいだったのである。
今日も彼女は暇つぶしのために、いくつかの本を自室に持っていこうと品定めをしていた彼女の目に、ふと気になる書物が目に付いた。
豪奢な装丁の黒い本。それが妙に気になって、フランは半ば吸い込まれるようにその本に手を伸ばす。
それなりの厚さがある本の題名を確認するように、彼女は表紙を上に向け。
―――小悪魔取扱説明書―――
ツッコミどころ満載のその名前に、フランは思わずぴたりと硬直した。
目を凝らすように眉を寄せ、ごしごしと眼をこすってもう一度表紙に目を通す。
小悪魔取扱説明書。何度見直してみても、何度目をこすって見ても、その素っ頓狂な拍子は変わらない。
「あ、まだ残ってたんだそれ」
「ほわぁっ!!?」
後ろから……というより、むしろすぐ耳元で聞こえたその声に心臓が飛び上がりそうになったフランは、情けない声を上げてビクッと身を竦ませた。
後ろの人物から距離をとるように体を反転して逃げようとするのだが、残念ながらその場所は本棚で塞がれていて逃げ道はない。
そんな彼女の様子が可笑しかったのか、声をかけたワインレッドの髪の少女はクスクスと苦笑した。
「こ、小悪魔!? 何でここに!!?」
「何でも何も、私の仕事場はここですよ? 今はパチュリー様もお嬢様とテラスで紅茶を楽しんでいらっしゃいますし、丁度休憩中なんですよ、私」
実にもっともらしいことを言う彼女に、フランはそりゃそうだよねと内心で納得する。
今も持っている意味不明な書物の影響もあるのだろうが、彼女の登場で予想外に混乱してしまったらしい。
いつもいつも、気配もなくふらりと現れるのだから心臓に悪いったらありゃしない。
時々、コイツを司書にしておくのってものすごくもったいない気がしてくるのだが、そこはそれ。
彼女はあくまでパチュリーの使い魔である。小悪魔の役職はパチュリーの気持ちしだいだろう。
一方、うろたえるフランを視界に納め、小悪魔は愉快そうにニマァと笑う。
あぁ、やばい。あの表情は何か悪戯を考え付いたときの表情だと悟ったフランだったが、残念ながら逃げ道は何処にもない。
小悪魔はぴんっと人差し指を立て、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。
この人の良さそうな笑みこそが、心底油断ならない表情というのは、まさに小悪魔といったところではあるが、それはさておき。
「妹様、その本の内容、気になりません?」
「え、いや気になるって言えば気になるけど、この本なんなの?」
「表紙の通りですよ。私の取扱説明書です」
胡散臭い。心底胡散臭い。ものごっつい胡散臭い。電話の先で「あ、婆ちゃん。オレオレ」とか言ってくる奴並に胡散臭い。
ニコニコ笑顔でとてもかわいらしいのだけれど、その笑顔が心底信用できないとはこれいかに。
しかし、彼女の言うとおり気になるのも事実なのだ。
この素っ頓狂な書物の中身がどうなっているのか、非常に興味が湧いてしまって、一度気になるとどうしても中身を見てみたくなってしまう。
「えっと、見ていいの?」
「もちろんですとも。ささ、あちらにテーブルがありますから、そちらでゆっくり読みましょう」
「うん、……そうね、そうするわ」
正直、小悪魔のあの嫌な笑顔が気になったが、興味のほうが勝って彼女の提案になることにした。
二人で一緒に備え付けられたテーブルに向かい、フランは椅子に座ってあらためて本の表紙に視線を向ける。
「それじゃ、ごゆっくり。私は紅茶を淹れてきますね」
「うん、ありがと」
やんわりとした言葉に、フランは礼を言って表紙を開いた。
こうやって、自然と他人を気遣ったり出来るのはある意味小悪魔らしいといえばらしいのだが……どうしてあんなに悪戯好きになってしまったのやら。
遠ざかる足音を聞きながら、考えても詮無きことと判断したのか肩をすくめるようにため息をついた。
○初めに○
本書をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
使い魔として小悪魔を召喚したあなた様に、まずはこの取扱説明書を読んでいただきたいと思います。
……本当だった。思いっきり丁寧な言葉で注意事項が書いてあったのを見て、フランはあんぐりと口をあけてしまう。
そんなときに、小悪魔が戻ってきて彼女のそばに紅茶を置いたのだが、それに気がついた様子もない。
あぁ、そういえばパチュリー様も最初はこうだったなぁと思いながら、小悪魔はくすくす笑ってフランの隣に腰掛けた。
一方、フランはぶんぶんと首をふり、先の内容が気になってページを捲り、本の内容を読み進めて行く。
まず、初めにコレだけは申しておきたいと思います。
私どもの小悪魔は70%が思いやりで出来ています。
「ダウト」
即答だった。
「わーお、妹様ってば酷い。私、いじけちゃいますよ?」
「あなたの何処に思いやりがあるのかものすごく問いただしたいんだけど?」
ちっともいじけた風に聞こえない小悪魔の言葉に、フランはジト眼で言葉を返す。
それを気にした風もなく、彼女はけらけらと楽しそうに笑う。
ため息をひとつつき、これ以上問答してもしょうがないと視線を本に移す。
そしてその100%が悪戯として表現されます。
彼女なりの愛情表現ですので、怒らないであげてくださいね?
「超迷惑!!?」
「え、そうですか?」
「何故不思議そうなのかがわからないよ!!?」
迷惑極まりなかった。しかも、本人に本当に自覚がなさそうなのが恐ろしい。
それが演技なのか、それとも本当に自覚がないのか、どっちにしても性質が悪いことに変わりはないのかもしれないが、それはさておき。
昨今、使い魔というものを勘違いしている人がとても多いです。
使い魔として呼び出したからといって、エッチなことを強要したりする召喚者が非常に多いことは、誠に残念です。
あなた様がそういう人物でないことを祈ります。もしそうだった場合―――殺しますよ。
「物騒極まりないんだけど!? いや、わかるけどね!?」
「いやはや、パチュリーさまで良かったって心底思ってますよ、私」
「……本当にね」
ため息が自然とこぼれ出る。
果たして、この書物をこのまま読み進めていいのかどうか、心底不安になってきた。
なんだか、このまま読み進めていると呪われそうな気がしてきたのである。
予想以上に内容がぶっ飛んでいる。
ですが、全うな関係を築いたというのであれば、その限りではありません。
当人たちで納得し、お互いを認め合い、愛し合うことが出来るようになったのなら、それは皆さんの自由ということになります。
私としては、そういう関係になった子達を良く知っているので、「子供が生まれました」と報告が入るたびに一喜一憂する思いです。
恋愛っていいですよね。子供って可愛いです。かくいう私も可愛い子供達が居るのですが―――
「お母さん?」
「いえ、魔界の神様です」
「世帯くさいね魔界の神様!!? なんだかもう主婦の世間話みたいになってるよ!!?」
まさかの爆弾発言の投下に、フランが驚いて大声を出してしまう。
それも仕方があるまい。だって、まさかの神様である。しかも恐ろしく所帯じみた神様だし。
そんな彼女の心を見透かすように、小悪魔はにっこりと笑って一言。
「たくましい人ですから」
「意味わかんないよ!!?」
小悪魔だって生きています。怒りもすれば喜びもしますし、もちろん恋愛だってしちゃいます。
ですので、彼女を召喚したあなた様が、彼女とより良い関係を築けることを心より願っております。
では、これから彼女についての様々な説明を行うわけですが―――
神綺様、こんなところに居たんですか!?
げぇ、夢子ちゃん!!?
こんなところで油売ってないで仕事してください。どれだけ書類がたまってると思ってるんですか!
ま、まって! 私今仕事中!! 小悪魔取扱説明書製作中なの!! 待ってってば、アホ毛引っ張らないでぇ~!!
「……ねぇ、なにこのやり取り。何でこんなのまで文字にしちゃったの」
「あ、魔界の神様特有の技術でして、音声入力で書物を作れちゃうんです」
「無駄にハイテク!!? ていうか魔界の神様って立場弱っ!!?」
ちょっと神様に同情してしまうフランであった。
ぺらぺらとページを捲るのだが、その間は全部白紙。大体百ページほど捲った頃だろうか、ようやく文字が復帰する。
やっと開放されたらしい。書体から疲れがにじみ出ているような気がした。
……コホン。えーと、お見苦しいやり取りをお見せしちゃいましたね。
あ、小悪魔ちゃんのスリーサイズは秘密です。聞きたかったら、彼女と仲良くなって聞いてくださいな。
あー、私の子供の一人が幻想郷に住んでるんだけど、今頃どうしてるのかなぁ。
今はどのくらい成長したのかなぁ。もう背は追い抜かれちゃったかなぁ。
もう聞いてよ! 夢子ちゃんってば私が出て行こうとすると、いっつも止めるのよ! 愛娘に会うのを邪魔するのよ!!?
今この本を読んでくれてる人、酷いと思わない!!?
「とうとう愚痴りだしたよ。ものすごく姑に娘を取られた母親の愚痴だもんこれ。神様の威厳ゼロだよ」
「そこが魔界の神様のいいところですよ。かわいらしいでしょ?」
「かわいらしいかもしれないけど神様としては駄目だよね? もうこれ取扱説明書になってないもん」
ツッコミどころ満載の内容に、フランは冷や汗流しながら言葉を紡ぐ。
そんな彼女の感想にクスクスと苦笑を零しながら、小悪魔はおもむろに席を立った。
んーっと、固まった関節を伸ばすように背筋を伸ばす彼女を尻目に、フランは次のページをめくる。
さて、次に語るべきことは自爆スイッチについてですが―――
噴出した。思いっきり噴出して我が目を疑った。
そんな馬鹿なと頭をふり、思わず小悪魔に視線を向けて……愕然とした。
あった。真っ赤で艶やかそうな、丸くてプッシュされることを待ち望んでいるかのように、小悪魔の背中、羽の間にボタンがあった。
まさか、いやしかし、でもまさか。
頭の中をぐるぐると否定の言葉が回り、その否定の言葉が否定の言葉で塗りつぶされる悪循環。
きらきらと輝いているように見えるその魔性の輝き、赤く丸いあんちきしょうは今も押されることを待ち望んでいた。
レッツプッシュ!! そんな叫びすら聞こえて聞そうな錯覚。いや、フランの耳にはすでに「カモン!!」と高らかに叫ぶスイッチが見えていた。
彼女は知らないだろう。それがスイッチ自身が持つ魔性の魔力であることを。
そして彼女はその魔力にとらわれていることにも、終ぞ気付かぬままに緩やかに、恐る恐る手を伸ばす。
その時、彼女は操られていたのだ。そのスイッチの未知なる魔性。見かけるとつい押したくなるという深層心理に働きかける恐るべき力に。
そうして、フランは固唾を呑み、スイッチを―――
その日、幻想郷に巨大なきのこ雲が立ち上った。
▼
さて、次に語るべきことは自爆スイッチについてですが―――もちろん、そんなものはありません。
ですが、これを読む際には小悪魔の居ないところで呼んでください。
彼女のことです。コレを読んでいるときにこのページを見れば、それに関連した悪戯を仕掛けてくることでしょう。
……あれ、これって最初に注意しなくちゃいけないんじゃないかな?
と、とにかくお気をつけください! 彼女は悪戯に命を賭けるほど悪戯が大好きの困ったちゃんです!
コホン。
では次に、彼女の髪の毛を地面に植えると手乗りサイズの小悪魔が生まれる現象についてですが、収穫する際は出ている花を引き抜いてください。
まず赤い花の子が力持ちで―――
―――「小悪魔取扱説明書」 著・神綺 より一部抜粋。
アホ毛神は今日もカリスマが無かったww
ママンより夢子さんの気苦労が心配だwww
最近、小悪魔タグを見つけると 神綺様の登場を期待するようになってきたw
…お、誰か来たようだ……
つまりだ増え(ry
食べら(ry
押したら「ふぅ……ぁあん……」とか言うかと思ったら、背中だったのね。なんだ、ハハハハ……
もしかして説明書のどこかには「右のスイッチを押すと大人しくなって左は座り込みます。同時に押すとスイッチが入ります」とか書かれてあったりして。
ちょっと自爆スイッチと間違えた振りしてぷにっt(殺されました)
とりあえず、真面目に仕事せんと、娘さんからのお叱りがきますよ?
そしてこぁはいつも通りでしたね・・・こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁ!!
たくましい人は自重しろww
小悪魔はうちにこい
てことで5000ゲト